調査・報告 専門調査  畜産の情報 2014年8月号


持続可能な地域酪農を支える
「泣fイリーサポート士別」(後編)

筑波大学 名誉教授 永木 正和



【要約】

 北海道士別市の酪農経営者は、利益的でゆとりのある経営を目指し、地域完結型の酪農産業システムを構想し、(有)デイリーサポート士別(以下「DSS」という。)を設立した。

 DSSは、DSS出資酪農経営者(以下「DSSメンバー」という。)から酪農の作業のうち「搾乳・繁殖」以外の「哺育・育成」「自給飼料の生産」「堆肥処理」を “外部化”させ、DSSがその受け皿になった。

 その結果、DSSメンバーは、「搾乳・繁殖」に集中することができ、利益を出しながら、生活にゆとりを持てるようになった。

 DSSには、もう1つの大きな役割がある。DSSメンバーは、第三者経営移譲により、後継者がなく引退・廃業する酪農経営を移譲する人材を地域で育成し、牧場リース事業で就農を支援している。

 DSSは、後継者不在で衰退している酪農産地に1つの確かな産地発展の道筋を拓いた。酪農者のボトムアップな活動組織のDSSは、有限会社ではあるが、地縁の農民会社の持ち味が生かされている。酪農振興の方途を模索している産地に示唆を与えてくれている。

7.DSSの低価格TMR事業の仕掛け

 DSSが外部化の受け皿になることでその役割を果たすが、しかし、DSSがメンバーに正の経済効果をもたらすためには、例えばTMR供給事業なら、DSSの事業収支が採算し、かつ、DSSメンバー自らがTMR製造するよりも安価にTMRを供給できなければならない。哺育・育成事業、糞尿散布事業、草地更新も同様である。DSSによると、平成25年度のTMR供給価格は1キログラム当たり19.6円であった(搾乳牛用2種類のTMR加重平均単価)。

 恐らく他の道内TMRセンターの供給価格より安価である(注)。DSSメンバーは十分に経済効果を得ている。

(注):次の2つの理由から厳密にTMR生産コストでないことに留意すること

 (1)草地更新と糞尿散布は、広義には牧草・トウモロコシ栽培過程の一部ではあるが、考慮されてない。

 (2) 経理処理上の理由で、DSSはメンバーから粗飼料原料を購入し、原料代として、別途、支払っている。

 低コストTMR供給の背後には、考え抜かれた仕掛けがあった。主な要因を列挙しておこう。

ア  全草地面積は1150ヘクタール、筆数は何と440筆にもなるが、DSSの全草地一括管理・利用で、作業上の分散錯ほ(ぶんさんさくほ)はかなり解決され、団地的に利用できている。ほ場別の作業順序を決める調整は必要なく、調整につきもののメンバーの不満もなく、効率的に作業を進めている。草地更新も計画的に実行している。糞尿散布も畜舎の周辺草地から効率的に散布されている。

イ  飼料作の一連の作業はメンバーの出役ではなく、DSS社員による。また、DSSは少ない作業機で円滑に組み作業を進めている。DSS常備トラクターはわずかに10台である。しかも、稼働開始時には、トラクターも作業機もメンバーからの中古買い取りで、機械購入費負担を抑えていた(DSS設立時に、23戸で、72台のトラクターが不要になった)。

ウ  メンバー22戸分のTMR製造量は、おそらく日本で最大規模で、資材購入単価や製造原価にスケール・メリットを得ている。なお、TMRの配送は運送会社に外注している。これらも低コスト化に寄与している。

エ  メンバーは市内全域に分散しており、配送距離は平均でも9.8キロメートルになる。そこで、輸送回数の削減、ハンドリングの利便性向上、保管スペースの節減、製造後の発酵、発熱などによる品質劣化防止の目的で、TMRを圧縮・脱気・梱包して配送している。しかも隔日配送が可能になった。DSS自慢のオリジナル技術である(TMR圧縮梱包方式は、その後、各地のTMRセンターで採用されている)。

オ  DSSは飼料栽培・TMR製造、草地更新、糞尿散布、哺育・育成を社員の分担制にして専門性を高め、規模効果を生かしている。そもそもDSSは農事組合法人ではなく、有限会社法人である。会社存続のために事業の採算がとれなければならないものの、利益獲得が目的ではなく、利益を留保する必要がない分、供給価格を低くできる。会社法人であるから、常に価格引き下げの努力をしていないとメンバーが脱落する。社員は常に作業の効率化に真摯(しんし)に取り組んでいる。

カ  TMRの栄養バランスを改善するためにトウモロコシの作付け増に積極的に取り組んでいる。平成13年までは120ヘクタール水準だったのが、平成15年以降は3倍に近い350ヘクタール以上を作付けしている。しかも、簡易耕起栽培法を導入して作業効率を高めた。耕作放棄地は一掃された。

以上、DSSはTMRの低コスト供給が生命線であるとして、随所にコスト引き下げのアイディアを埋め込んでいる。事業を導入する時、他人任せではなく、ボトムアップに事業の当事者が真剣に計画立案に参画すべきことの重要さを教えている。

写真1 圧縮梱包されたTMR

8.DSSの「新規就農者定着事業」の考え方−「第三者経営移譲」就農とその支援−

 DSSには、もう1つ、一歩先の時代を見据えて取り組んでいる特徴的な事業がある。次世代の酪農経営の担い手を地場で育成し、地場に新規就農させる「新規就農者定着事業」である。

 DSSの玉置代表取締役は語気を強めて言う。「DSSメンバー23戸の内、過去10年間に4戸が廃業した(その間に今から紹介する新規就農者定着事業で3戸の新規就農あり)。

 今後の10年間には、およそ10戸で経営主が代替わりしなければならない年齢になるが、おそらく過半は後継者となる子弟がいない。このままでは士別の酪農は数十年後に消滅する。手をこまねいているだけか?行政に任せて待っていられるか?」と。今や、後継者確保問題は切迫した課題である。

 酪農に限らないが、農家子弟以外で新規就農の願望を持っている者に農業経営者への確たる社会階梯(かいてい)はない(婿養子で後継者に迎えられるケースはあるが)。

 酪農の場合、名の通った牧場で研修、あるいはヘルパー組合に勤務して技術を習得し、経験を重ねても、将来へのスケジュールが立たないまま、各地を転々としている若者は少なくない。実家は兄に任せて自分は独立したいと考えている酪農家の次・三男もいる。この際、「第三者経営移譲」を新規就農の1つの方式として、広く定着させたい。

 しかし、当初は“よそ者”と見られがちな若者が、廃業した酪農経営跡の資産一切を購入し、就農・定着するまでには、何よりも周辺農家からの賛意を得て歓迎されること、牧場のマッチング、牧場の譲渡価格、就農者の資金手当てなど、問題が山積している。これらは、とても当事者同士の協議で進められる事項ではない。要は、地元の農業者が理解し、積極的に協力することであり、地域の問題として捉えなければならない。

 我が国に第三者経営移譲の途が制度的に閉ざされているわけではない。農林水産省の「新規就農・経営継承総合支援事業」は農家・非農家出身を問わず就農支援している。だが、重要なのは地域ボトムの積極活動である。地域全体で有望な後継候補者をリクルートし、研修・交流させ、牧場マッチングしたら公正な売買交渉への仲介、資金繰手当て面での支援など、就農してからも営農改善面でサポートを継続しなければならない。地域全体で新規参入者を温かく迎え、経営が軌道に乗るまで支援する体制や活動こそが重要である。

 DSSメンバーが連日の鳩首会談で考え抜いた結論は、まさにそのことであった。酪農産地として集積の利益を享受するために、地域農業資源を荒廃させることなく農業発展を持続するためには、現在の酪農経営戸数を維持させなければならない。やむなく引退・廃業した酪農経営の農地を荒廃させず、建物・施設を生産的に活用すべきとし、そのためには第三者経営移譲して、間髪をいれずに経営を継続させようというものであった。

 そのために、次のような方針で「新規就農者定着事業」に取り組むこととした。

(1)  士別市で将来に夢、展望がある酪農経営のビジネスモデルを描き、全酪農経営で実践する。

(2)  自信をもって就農させるために、市内で就農準備研修を積ませる。

(3)  酪農新規就農候補者のリクルート、研修者との交流、就農資金面の支援、就農後の経営支援などを地域の酪農経営者の全体で取り組む。

 玉置氏は、「同じ地域に住む仲間になってもらう人を迎える事業であるから、プロ経営者になる資質と共に人間性を重視しなければならない。DSSの低価格TMRだけを目当てにして落下傘降下した者では受け入れられるはずがない。そのため、自分達が手分けして候補者を見つけ出すしかない。次代の地域の担い手人材育成は、行政に後方支援してもらうが、行政に任せるだけではなく、自分達の問題として自覚し、自分達が主体的に取り組まなければならない。」と言う。つまり、本来、地域で主体的に取り組むべき事業であると考えている。こうして、DSSの取り組み事業の1つの柱としたのである。

 まず、(1)の酪農ビジネスモデルの具現は、前編で述べてきた分業と集中(専門化)の地域酪農システムであり、DSSのメンバーになれば実現する。

 (2)と(3)はさらに次の具体的な取り組みによる。

ア 就農者探し

 行政に任せるだけでなく、市内の酪農経営者、関係者がリクルーターになって情報の網を張って情報収集し、意欲、向学心、そして誠実さや協調性、社会性のある人材を見つける。

イ 人材教育

 候補者が見つかり、合意すれば、一定期間、DSSが開設する実践研修牧場「ファームつむぐ」(以下「研修牧場」という。)で、当地の酪農の先輩や指導者と交わりながら十分な実地研修を積む。その間の研修家族の生活費を、DSSが社員給与として支給する毎月の給与とボーナス支給、住宅手当てなどで保障する。DSSが費用全額持ち出しで主体的に実施する事業である。

ウ 就農支援・経営支援

 廃業牧場が公正、円滑に売買されるベく、DSSが交渉に関与する。就農者の資金負担を軽減するために、いったん、DSSが廃業牧場を買い取り、就農者に低利で長期間リースする。これもDSSの全額負担で実施する事業である。また、就農してからは、農業者、関係機関・団体と連携して、経営支援、技術支援、精神的支援する。

エ 地域交流、地域馴化(じゅんか)・融和

 市内、集落内の各種行事や学校行事を通して、積極的に交流を深め、信頼を醸成し、地域に馴染ませる。地域住民の全体で“よそ者意識”を払拭する。

 日本での第三者経営移譲の代表的な農場売買方式は、直接売買移譲と、いったん、地域の公的な団体(公社)が買い上げて、一定期間リース農場とした後で売却する方法がある。DSSは就農直後の負担軽減を考えて後者を採用しているが、DSSが事業主体となっており、リース期間は最長で法定耐用年数期間としている。就農者は、自己の裁量で期間を決められる。

 なお、ニュージーランドの「シェア・ミルカー制度」は、十分な低利の制度資金に恵まれていないからでもあるが、引退予定経営は、かなり早くから経営移譲予定の経営者を迎え入れて、長い年限をかけて段階的に資産を切り売る。日本でも、法人経営には、一定期間、共同経営した後、売却する例もあるが、引退・廃業を予定している者とこれから新規就農する者とでは経営方針が合わないことが多い。

 以上の(1)、(2)、(3)、および、ア〜エのDSSメンバーが取り組んでいる新規就農者定着事業を模式的に図にした。

 横軸は、新規就農・営農展開の時間的フローを、縦軸は、上段が新規就農のハードがらみの取り組み事項、下段は就農者当人が自覚し、習得すべき経営者の資質内容を表している。中段の緑のボックスは、DSSの新規就農者定着事業である。

 DSSメンバーの意向からすると、新規就農者の意欲・能力が第一義ではあるが、営農活動と生活の両面で信頼と扶助の精神により隣人や酪農仲間と協働・共生する心構えが重視される。

 第三者経営移譲は、見ず知らずの“よそ者”を地域に受け入れるのであるから、地域住人から信頼され、仲間意識を持ってもらえなければならない。これらを反映して、下図で特に言及しておきたいことの1つは、最下段に記す“コミュニティ交流力”である。関連して2つ目に、図の最上段に記す「コミュニティ馴染み期間」であるが、のり付けではないコミュニティでの人間関係の融合は、就農前からその努力が始まっていることを看過してはならない。なお、図の上段の「経営就農の実務と経営活動」の水色のボックスは、地域コミュニティでの良好な人間関係を前提にしていることを意味する。
図 DSSの第三者経営移譲方式による新規就農者定着事業

9.DSSの実践研修牧場・つむぐ

 研修牧場には、DSSの社員1名が研修牧場長として専任配置されている。敷地内に研修生用住宅2棟、60頭用搾乳牛舎がある。研修牧場の運営は、場長の給与を除いて、独立採算を建前にして、研修生に高いモチベーションを促している。研修期間は2〜3年を想定しているが、譲り受けが成約し、実際に経営を開始するまでである。

 玉置氏は、研修牧場の必要性、意義につき、次のように説明する。

 1つには、酪農ヘルパー経験者は技術面で豊富な体験を持つにしても、経営者としての知識や自覚は十分でなく、経済感覚に基づく経営判断力が不足している場合が多い。

 2つ目に、著名な牧場での研修は、残念ながら研修の方法論がなく、牧場によって研修分野・内容に偏りがある。また、牧場主との意見交換が、しばしば、目上に対する「口出し」と見なされて、感情のもつれになる場合もある。まれにだが、研修生を労働力としてしか見てくれない場合もある。

 3つ目には、研修牧場があることが、優秀な担い手人材をリクルートする広告塔になる。研修牧場が酪農経営主になるためのキャリア・コースとして、社会的に認められているという意義は大きい。
写真2 DSS玉置代表取締役(TMR工場前)
 DSSの研修牧場の研修内容は、網羅的で総合的である。また、その方法論が実地訓練をベースとするのはもちろんであるが、場長、普及センター職員、獣医師、DSSメンバーに質問したり、議論する機会が与えられている。会話型・オープン型である。研修期間3年間の前半期は場長が全般的な指南役になり、指導、助言をする。研修後期は研修生が経営主の立場になって年間経営計画を立て、経営管理・リスク管理も行い、日々の作業計画に基づいて営農を実践する。自己責任を自覚する。つまり、経営主としてのシミュレーションである。

 研修後期にもう1つ重視していることは、酪農経営だけでなく、社会人としての素養も会得してもらうことである。

 研修牧場も1戸の牧場と見なして、地域の会合や行事に1世帯として参加する。地域交流の実践である。このようにして、研修牧場は士別市へ酪農経営で第三者就農するためのキャリア・パスとして重要な役割を担っている。

 現在、研修牧場では1組の夫婦が研修を受けている。平成25年10月に研修生になった藤井裕之氏(31歳)、恭子氏(36歳)夫妻である。
写真3 藤井氏夫妻
 新潟県出身の裕之氏は道内の大学で酪農を修めた後、酪農経営者になることを将来目標にして牧場勤務や酪農ヘルパー勤務をしていた。やはり、大学卒業後、道内各地の牧場に勤務をしていた恭子氏と出会った。

 その後、友人の父がDSSの玉置氏と既知であったことから紹介を受けて、認められて第1号の研修生夫婦として研修牧場に入所した。場長との3名で52頭の搾乳牛を飼養している。研修生だが社員扱いで、研修期間中は生活費として1人当たり17万9800円(諸手当は別)の給与と諸手当、ボーナスが支払われている(給与は、当社の給与規定に従って、勤務年数に応じて昇給する)。厚生年金、労災保険、健康保険、雇用保険にも加入している。なお、正規社員であるから、農水省の青年就農給付金(準備型)は受給してない。

 研修生の藤井氏夫妻は、雪深い士別市の冬を越し、この地の風土にも慣れ、関係者や近隣農家とも顔見知りになりつつある。夫妻は、

(1)  研修牧場に入所してからは、さまざまな状況にどう対応すべきかを自分のこととして真剣に考えるようになり、研修の日々を重ねるにつれて、技術が身につき、自信になってきている。

(2)  これまでの漠然とした夢であった酪農経営が、今はどういう考え方で飼料給与するか、搾乳目標は、繁殖管理は、などを具体的に考えるようになったと語る。この地で酪農経営者として身を立てる決意はできている、士別市の酪農の一翼を担いたい。

 とたくましく語ってくれた。

10.第三者経営移譲による離農跡地就農

 過去10年間にDSSメンバーで4戸の離農・廃業があった。この内、3戸に第三者経営移譲によって新しい血が入った。いずれも順調に発展をしているが、その中の2戸を訪ねた。

多田牧場(平成17年就農、多田 和宏氏(35歳))

 多田氏の実家は、旭川市に隣接する東神楽町で酪農共同法人(父と叔父の共同経営)を営んでいた。学校から帰ると牛舎で乳牛と遊んで育った本人は、いつの間にか自分の将来を酪農に託したいと思うようになり、高校も短大も酪農を専攻した。卒業後、修行目的で十勝の清水町で5年間、ヘルパーとして勤務し、多くの酪農関係者と既知になり、先進的な酪農技術を習得して帰り、その後は実家の共同法人を手伝っていた。

 しかし、共同経営者である従兄が年上で、将来、法人代表に就任することが暗黙の了解事項になっていた。そのような背景から、多田氏はやがて独立する決意をしていた。

 当初は地元での独立就農を考えていたが、人づてで父の知人でもあった玉置氏から、「士別で一緒に酪農をやらないか」と勧誘を受けた。考え抜いた末、親子で共同法人牧場の経営から完全撤退し、平成17年9月に士別市の牧場に第三者経営移譲方式で就農した。両親を含む家族全員が力を寄せ合う酪農経営がスタートした。多田氏が26歳の時であった。
写真4 多田和宏氏
 DSS育成センターの設立前であったので、育成牛は域外の上川、豊富両家畜市場から調達せざるを得なかったが、ほぼ目標頭数を確保できた。哺育・育成舎を考慮する必要なく、牛舎を搾乳牛の繋養だけに使って、経営開始当初から満度の規模で搾乳できたのは大きな経済的メリットであった。また、DSSメンバーだからであるが、自給飼料生産や糞尿処理に係る機械装備や育成舎を要さなかったので、初期投資額を節約できた。

 牧場購入に必要とした資金額は、1年目に4300万円、2年目に500万円の計4800万円であった。

 この内、1年目の原資の内訳は、長期借り入れ金2800万円、JA短期借り入れ500万円、自己資金1000万円で、2年目には就農支援資金と農機具ローンで計500万円を借り入れた。

 出費費目の主なものは、1年目は、まずは乳牛50頭の導入に2000余万円、32頭用牛舎に100万円、草地30ヘクタールに300万円、住宅に200万円を要した。

 さらに、購入時の牛舎の補強改築と、52頭規模への増築、増築分のバーンクリーナー設置、中古トラクター購入などである。2年目は堆肥舎の建築、中古タイヤ・ショベル購入などである(旧牛舎のバーンクリーナーとバルククーラーは前牧場主からの譲受資産、ミルカーはリース)。

 現在、搾乳牛57頭飼養で、牛群乳量は1頭当たり1万1000キログラム(DSSメンバーの平均は1頭当り9400キログラム。)、年間620トン(平成25年度)を出荷した。

 就農3年目から1万キログラムを達成しており、既に士別市で屈指の高泌乳酪農経営である。多田氏による持続的高泌乳のポイントは、個体観察、記録利用、飼槽チェックであると言う。朝の作業は飼槽チェック、記録、飼槽清掃から始まる。食い込ませるために、午前中に2回給与の1日4回飼料給与している。また、“ゆとり”の効用を強調する。ゆとりがあるから適切な個体観察・個体管理ができる。ゆとりはDSSメンバーであることの目に見えない恩恵であると言う。当面の多田牧場の目標は、搾乳牛70頭規模の実現と子供達への体験牧場の開設である。来年、住宅を新築する。まぎれもなく、士別市にしっかり経営基盤を据えた。今やこの地の酪農業を先頭に立って牽引してくれている頼もしい経営者である。
表1 多田氏の新規就農に係る収支
高玉牧場(平成24年就農、高玉 英昭氏(40歳))
 士別市から遠くない東方の滝上町出身の高玉氏が第三者経営移譲により就農したのは、研修牧場設立前年の平成24年であるが、DSS牧場リース事業による就農の第1号である。高玉氏は、道内大学で酪農を修めた後、いずれはどこかで酪農就農したいという目標を持って、ヘルパー組合に勤務していたが、北海道主催の新規就農・求職説明会に参加し、たまたま、士別市のブースに入ったところ、先取的なDSSの考え方に魅せられ、将来、士別市での就農を夢見ながら、平成19年5月に、ちゅうちょなく新設されたDSS育成センターに転職した。

 結局、DSS育成センターに7年弱勤務した。この間にDSSのメンバーからも、「高玉夫妻をこの地で酪農経営させてやろう。」という暗黙の合意が形成されてきていた。

 平成24年の年明けに廃業する牧場が発生した。DSSメンバーではなかったが、DSSは土地を含む牧場の全てを買収し、再整備し、リース牧場として第三者経営移譲することにした。そして、高玉氏に白羽の矢が立った。もはや、地域の酪農家とも馴染みになり、士別が自分の酪農人生を生かす場であると確信していた高玉氏は「長年の夢を実現する時が来た」と悟った。

 奥さんの強い後押しもあって、高玉氏も即応した。DSSは、高玉氏への経営移譲交渉を前提にして牧場を買い上げた。譲受の交渉やリース契約は円滑、円満に成立した。
写真5 高玉氏夫妻
 DSSは、次のことを行なった。

(1) 高玉氏の意向を受けて、牛舎内を整備(搾乳牛舎を増築して繋養面積を倍増、バルククーラーを新設)。

(2) 牛舎敷地の土地と牛舎、バルク・クーラーを高玉氏に長期リース。

(3) DSSが製造するTMRを供給する契約。

 

住宅は、当面、簡易プレハブ構造住宅でしのぐことにして、高玉氏の負担で敷地内に建設した。そして、搾乳牛55頭を引き連れて入植した。

経営移譲にかかる高玉氏の原資は次のようであった。自己資金1000万円、就農支援資金(無利子)は平成24年に2300万円(乳牛導入費に2250万円)、平成25年に500万円(タイヤ・ショベルローダー、給餌機を購入)で、合計3800万円になる。

なお、DSSに支払うリース料は年間320万円である(DSSは就農者の資金負担力を考慮して、リース期間は耐用年数相当期間に設定しており、建物は15年、施設は8年)。

かくして、若い船長の搾乳専業の酪農経営は出帆(しゅっぱん)した。

現在の飼養頭数は、搾乳牛55頭である。牛群乳量は、1頭当たり9500キログラム(乳飼比40%)で、年間450トンを出荷している。乳価1キログラム当たり80円で計算した乳代収入は。およそ3600万円になる。

高玉氏は、就農時を振り返って、資金的に苦しい就農時に次のような支出抑制のメリットを享受できたと語ってくれた。

(1) 無利子の就農支援資金を借り入れられた。

(2) 就農当初は草地がなくても飼養できる(草地所有義務を課してない)。

(3) 畜舎と基本施設はDSSが補修・整備してくれた。

(4) DSSに低利長期のリース払いで就農できた。

(5) 育成牛なしでスタートしたので、最初の2年間は育成費負担が少なかった。

(6) 最初から牛舎の許容満度の頭数搾乳で、計画通りの乳代収入を確保できたのが収支バランスに有利に作用した。

(7) もう1点言及するなら、導入した乳牛の殆どをDSS育成センターやメンバーから購入できたので、素性が判っており、飼料に慣れている個体を安価に購入できた上に、輸送や環境変化のストレス、輸送コスト負担がない。

 いずれもDSSメンバーであるが故に享受できたメリットである。DSSメンバーから温かく受け入れてもらい、さまざまな支援を受けたことへの感謝を決して忘れないと言う。

 高玉氏の高い牛群乳量を裏付ける牛群管理の方法を聞いた。個体別に乳量に応じてTMR飼料、配合飼料、サプリメントを調製給与している。過肥にしない管理が重要だが、しっかり食い込ませることがポイントで、1日4回、給与している。

 繁殖管理、連産長寿の牛群作りの淘汰(とうた)更新も重要で、そのために作業時に個体情報を記録すること、そして作業前にそれをチェックする。労働力は夫婦2人だが、搾乳部門に特化しているので、作業にも生活にもゆとりを実感できるのが何よりもありがたい。第1に体を休められるという最大のご褒美をもらえている。また、ゆとりがあるからこそ、データ収集、データチェックを行って緻密(ちみつ)で正確な乳牛の泌乳や繁殖管理ができていると言う。

 高玉牧場は、順風満帆に出帆した。既に、しっかり地域に根付き、二人三脚で意欲的に酪農経営に取り組んでいる高玉牧場の今後の視界は良好である。
表2 高玉氏の新規就農に係る収支
注:高玉氏はリース牧場で就農した。搾乳牛舎と内部施設はDSSの所有物件で、
  高玉氏の意向を受けて増改築整備した後、バルク・クーラー、敷地と合わせてリースしている。

11.むすび

 DSSが果している役割は大きく分けて2つある。そこには、新しい時代へ向けた酪農発展の論理が貫かれている。

 第1に、“分業と集中”という考え方に基づいて、魅力的な酪農への新しい地域酪農のビジネス・モデルを作った。個の主体的な経営者努力と地域協同の結集力を組み合わせたもので、酪農生産性を高め、家族にゆとりを創出した。

 第2に、次代の担い手を確保して持続的な酪農産地として発展させる道筋を創り、後継者育成・経営移譲の取り組みを地域に内部化した。

 担い手人材育成と第三者経営移譲を行政に任せるのではなく、地域主体的に取り組んだ。衰退の途にある流れを止め、持続的な酪農として発展させてゆこうとするものである。新規就農者の多田氏と高玉氏の、高い技術や酪農経営への考え方に裏打ちされた明晰で的確な意見に、外から若い血を入れる取り組みの成果をみてとれる。

 DSSが担っている2つの役割は、もう一歩先の時代を見据えている。この発想ができること、そして着実に実行していることを、DSSの組織にも見ておきたい。会社組織であり、会社組織の経済性、効率性に動機づけられた利益原理と、伝統の地域密着と互助の共生・協同の理念で土着産業・酪農の持続的発展性を規範とする経済を越えた行動原理も持ち合わせている。もう一つの地域協同事業体と言ってよい。筆者には、イギリスの「社会的企業」をほうふつさせる。DSSメンバーは、地域共助の視野を持ってボトムアップに意見形成し、活動している。そこには、酪農経営者の良心がにじみ出ている。地緑の農民会社の持ち味が生かされた組織でもある。農業組織のあり方としても示唆してくれているものがある。

 今、士別市の酪農は、若いエネルギーが加わり、活力がみなぎる士別酪農へ生まれ変わる化学反応が起きている。日本型酪農のこれからの進路を考える上でのヒントが詰まっている。


 本調査報告の執筆にあたって、現地調査で多くの方々にお世話になった。特に、泣fイリーサポート士別・代表取締役の玉置豊氏と、当時、上川農業改良普及センター士別支所(現在は宗谷農業改良センター)の林川和幸氏には、概要説明、資料提供と含蓄豊かな知見を披露して頂けた。ここに記して、厚くお礼を申し上げます。


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