調査・報告 専門調査 畜産の情報 2014年8月号
筑波大学 名誉教授 永木 正和
【要約】 北海道士別市の酪農経営者は、利益的でゆとりのある経営を目指し、地域完結型の酪農産業システムを構想し、(有)デイリーサポート士別(以下「DSS」という。)を設立した。 7.DSSの低価格TMR事業の仕掛け DSSが外部化の受け皿になることでその役割を果たすが、しかし、DSSがメンバーに正の経済効果をもたらすためには、例えばTMR供給事業なら、DSSの事業収支が採算し、かつ、DSSメンバー自らがTMR製造するよりも安価にTMRを供給できなければならない。哺育・育成事業、糞尿散布事業、草地更新も同様である。DSSによると、平成25年度のTMR供給価格は1キログラム当たり19.6円であった(搾乳牛用2種類のTMR加重平均単価)。 低コストTMR供給の背後には、考え抜かれた仕掛けがあった。主な要因を列挙しておこう。 ア 全草地面積は1150ヘクタール、筆数は何と440筆にもなるが、DSSの全草地一括管理・利用で、作業上の分散錯ほ(ぶんさんさくほ)はかなり解決され、団地的に利用できている。ほ場別の作業順序を決める調整は必要なく、調整につきもののメンバーの不満もなく、効率的に作業を進めている。草地更新も計画的に実行している。糞尿散布も畜舎の周辺草地から効率的に散布されている。 イ 飼料作の一連の作業はメンバーの出役ではなく、DSS社員による。また、DSSは少ない作業機で円滑に組み作業を進めている。DSS常備トラクターはわずかに10台である。しかも、稼働開始時には、トラクターも作業機もメンバーからの中古買い取りで、機械購入費負担を抑えていた(DSS設立時に、23戸で、72台のトラクターが不要になった)。 ウ メンバー22戸分のTMR製造量は、おそらく日本で最大規模で、資材購入単価や製造原価にスケール・メリットを得ている。なお、TMRの配送は運送会社に外注している。これらも低コスト化に寄与している。 エ メンバーは市内全域に分散しており、配送距離は平均でも9.8キロメートルになる。そこで、輸送回数の削減、ハンドリングの利便性向上、保管スペースの節減、製造後の発酵、発熱などによる品質劣化防止の目的で、TMRを圧縮・脱気・梱包して配送している。しかも隔日配送が可能になった。DSS自慢のオリジナル技術である(TMR圧縮梱包方式は、その後、各地のTMRセンターで採用されている)。 オ DSSは飼料栽培・TMR製造、草地更新、糞尿散布、哺育・育成を社員の分担制にして専門性を高め、規模効果を生かしている。そもそもDSSは農事組合法人ではなく、有限会社法人である。会社存続のために事業の採算がとれなければならないものの、利益獲得が目的ではなく、利益を留保する必要がない分、供給価格を低くできる。会社法人であるから、常に価格引き下げの努力をしていないとメンバーが脱落する。社員は常に作業の効率化に真摯(しんし)に取り組んでいる。 カ TMRの栄養バランスを改善するためにトウモロコシの作付け増に積極的に取り組んでいる。平成13年までは120ヘクタール水準だったのが、平成15年以降は3倍に近い350ヘクタール以上を作付けしている。しかも、簡易耕起栽培法を導入して作業効率を高めた。耕作放棄地は一掃された。 以上、DSSはTMRの低コスト供給が生命線であるとして、随所にコスト引き下げのアイディアを埋め込んでいる。事業を導入する時、他人任せではなく、ボトムアップに事業の当事者が真剣に計画立案に参画すべきことの重要さを教えている。
8.DSSの「新規就農者定着事業」の考え方−「第三者経営移譲」就農とその支援− DSSには、もう1つ、一歩先の時代を見据えて取り組んでいる特徴的な事業がある。次世代の酪農経営の担い手を地場で育成し、地場に新規就農させる「新規就農者定着事業」である。 (1) 士別市で将来に夢、展望がある酪農経営のビジネスモデルを描き、全酪農経営で実践する。 (2) 自信をもって就農させるために、市内で就農準備研修を積ませる。 (3) 酪農新規就農候補者のリクルート、研修者との交流、就農資金面の支援、就農後の経営支援などを地域の酪農経営者の全体で取り組む。 玉置氏は、「同じ地域に住む仲間になってもらう人を迎える事業であるから、プロ経営者になる資質と共に人間性を重視しなければならない。DSSの低価格TMRだけを目当てにして落下傘降下した者では受け入れられるはずがない。そのため、自分達が手分けして候補者を見つけ出すしかない。次代の地域の担い手人材育成は、行政に後方支援してもらうが、行政に任せるだけではなく、自分達の問題として自覚し、自分達が主体的に取り組まなければならない。」と言う。つまり、本来、地域で主体的に取り組むべき事業であると考えている。こうして、DSSの取り組み事業の1つの柱としたのである。まず、(1)の酪農ビジネスモデルの具現は、前編で述べてきた分業と集中(専門化)の地域酪農システムであり、DSSのメンバーになれば実現する。 (2)と(3)はさらに次の具体的な取り組みによる。 ア 就農者探し 行政に任せるだけでなく、市内の酪農経営者、関係者がリクルーターになって情報の網を張って情報収集し、意欲、向学心、そして誠実さや協調性、社会性のある人材を見つける。 イ 人材教育 候補者が見つかり、合意すれば、一定期間、DSSが開設する実践研修牧場「ファームつむぐ」(以下「研修牧場」という。)で、当地の酪農の先輩や指導者と交わりながら十分な実地研修を積む。その間の研修家族の生活費を、DSSが社員給与として支給する毎月の給与とボーナス支給、住宅手当てなどで保障する。DSSが費用全額持ち出しで主体的に実施する事業である。 ウ 就農支援・経営支援 廃業牧場が公正、円滑に売買されるベく、DSSが交渉に関与する。就農者の資金負担を軽減するために、いったん、DSSが廃業牧場を買い取り、就農者に低利で長期間リースする。これもDSSの全額負担で実施する事業である。また、就農してからは、農業者、関係機関・団体と連携して、経営支援、技術支援、精神的支援する。 エ 地域交流、地域馴化(じゅんか)・融和 市内、集落内の各種行事や学校行事を通して、積極的に交流を深め、信頼を醸成し、地域に馴染ませる。地域住民の全体で“よそ者意識”を払拭する。 日本での第三者経営移譲の代表的な農場売買方式は、直接売買移譲と、いったん、地域の公的な団体(公社)が買い上げて、一定期間リース農場とした後で売却する方法がある。DSSは就農直後の負担軽減を考えて後者を採用しているが、DSSが事業主体となっており、リース期間は最長で法定耐用年数期間としている。就農者は、自己の裁量で期間を決められる。 なお、ニュージーランドの「シェア・ミルカー制度」は、十分な低利の制度資金に恵まれていないからでもあるが、引退予定経営は、かなり早くから経営移譲予定の経営者を迎え入れて、長い年限をかけて段階的に資産を切り売る。日本でも、法人経営には、一定期間、共同経営した後、売却する例もあるが、引退・廃業を予定している者とこれから新規就農する者とでは経営方針が合わないことが多い。 以上の(1)、(2)、(3)、および、ア〜エのDSSメンバーが取り組んでいる新規就農者定着事業を模式的に図にした。 横軸は、新規就農・営農展開の時間的フローを、縦軸は、上段が新規就農のハードがらみの取り組み事項、下段は就農者当人が自覚し、習得すべき経営者の資質内容を表している。中段の緑のボックスは、DSSの新規就農者定着事業である。 DSSメンバーの意向からすると、新規就農者の意欲・能力が第一義ではあるが、営農活動と生活の両面で信頼と扶助の精神により隣人や酪農仲間と協働・共生する心構えが重視される。 第三者経営移譲は、見ず知らずの“よそ者”を地域に受け入れるのであるから、地域住人から信頼され、仲間意識を持ってもらえなければならない。これらを反映して、下図で特に言及しておきたいことの1つは、最下段に記す“コミュニティ交流力”である。関連して2つ目に、図の最上段に記す「コミュニティ馴染み期間」であるが、のり付けではないコミュニティでの人間関係の融合は、就農前からその努力が始まっていることを看過してはならない。なお、図の上段の「経営就農の実務と経営活動」の水色のボックスは、地域コミュニティでの良好な人間関係を前提にしていることを意味する。
9.DSSの実践研修牧場・つむぐ 研修牧場には、DSSの社員1名が研修牧場長として専任配置されている。敷地内に研修生用住宅2棟、60頭用搾乳牛舎がある。研修牧場の運営は、場長の給与を除いて、独立採算を建前にして、研修生に高いモチベーションを促している。研修期間は2〜3年を想定しているが、譲り受けが成約し、実際に経営を開始するまでである。
研修後期にもう1つ重視していることは、酪農経営だけでなく、社会人としての素養も会得してもらうことである。 研修牧場も1戸の牧場と見なして、地域の会合や行事に1世帯として参加する。地域交流の実践である。このようにして、研修牧場は士別市へ酪農経営で第三者就農するためのキャリア・パスとして重要な役割を担っている。 現在、研修牧場では1組の夫婦が研修を受けている。平成25年10月に研修生になった藤井裕之氏(31歳)、恭子氏(36歳)夫妻である。
その後、友人の父がDSSの玉置氏と既知であったことから紹介を受けて、認められて第1号の研修生夫婦として研修牧場に入所した。場長との3名で52頭の搾乳牛を飼養している。研修生だが社員扱いで、研修期間中は生活費として1人当たり17万9800円(諸手当は別)の給与と諸手当、ボーナスが支払われている(給与は、当社の給与規定に従って、勤務年数に応じて昇給する)。厚生年金、労災保険、健康保険、雇用保険にも加入している。なお、正規社員であるから、農水省の青年就農給付金(準備型)は受給してない。 研修生の藤井氏夫妻は、雪深い士別市の冬を越し、この地の風土にも慣れ、関係者や近隣農家とも顔見知りになりつつある。夫妻は、 (1) 研修牧場に入所してからは、さまざまな状況にどう対応すべきかを自分のこととして真剣に考えるようになり、研修の日々を重ねるにつれて、技術が身につき、自信になってきている。 (2) これまでの漠然とした夢であった酪農経営が、今はどういう考え方で飼料給与するか、搾乳目標は、繁殖管理は、などを具体的に考えるようになったと語る。この地で酪農経営者として身を立てる決意はできている、士別市の酪農の一翼を担いたい。 とたくましく語ってくれた。10.第三者経営移譲による離農跡地就農過去10年間にDSSメンバーで4戸の離農・廃業があった。この内、3戸に第三者経営移譲によって新しい血が入った。いずれも順調に発展をしているが、その中の2戸を訪ねた。 多田牧場(平成17年就農、多田 和宏氏(35歳))
牧場購入に必要とした資金額は、1年目に4300万円、2年目に500万円の計4800万円であった。 この内、1年目の原資の内訳は、長期借り入れ金2800万円、JA短期借り入れ500万円、自己資金1000万円で、2年目には就農支援資金と農機具ローンで計500万円を借り入れた。 出費費目の主なものは、1年目は、まずは乳牛50頭の導入に2000余万円、32頭用牛舎に100万円、草地30ヘクタールに300万円、住宅に200万円を要した。 さらに、購入時の牛舎の補強改築と、52頭規模への増築、増築分のバーンクリーナー設置、中古トラクター購入などである。2年目は堆肥舎の建築、中古タイヤ・ショベル購入などである(旧牛舎のバーンクリーナーとバルククーラーは前牧場主からの譲受資産、ミルカーはリース)。 現在、搾乳牛57頭飼養で、牛群乳量は1頭当たり1万1000キログラム(DSSメンバーの平均は1頭当り9400キログラム。)、年間620トン(平成25年度)を出荷した。 就農3年目から1万キログラムを達成しており、既に士別市で屈指の高泌乳酪農経営である。多田氏による持続的高泌乳のポイントは、個体観察、記録利用、飼槽チェックであると言う。朝の作業は飼槽チェック、記録、飼槽清掃から始まる。食い込ませるために、午前中に2回給与の1日4回飼料給与している。また、“ゆとり”の効用を強調する。ゆとりがあるから適切な個体観察・個体管理ができる。ゆとりはDSSメンバーであることの目に見えない恩恵であると言う。当面の多田牧場の目標は、搾乳牛70頭規模の実現と子供達への体験牧場の開設である。来年、住宅を新築する。まぎれもなく、士別市にしっかり経営基盤を据えた。今やこの地の酪農業を先頭に立って牽引してくれている頼もしい経営者である。
士別市から遠くない東方の滝上町出身の高玉氏が第三者経営移譲により就農したのは、研修牧場設立前年の平成24年であるが、DSS牧場リース事業による就農の第1号である。高玉氏は、道内大学で酪農を修めた後、いずれはどこかで酪農就農したいという目標を持って、ヘルパー組合に勤務していたが、北海道主催の新規就農・求職説明会に参加し、たまたま、士別市のブースに入ったところ、先取的なDSSの考え方に魅せられ、将来、士別市での就農を夢見ながら、平成19年5月に、ちゅうちょなく新設されたDSS育成センターに転職した。 結局、DSS育成センターに7年弱勤務した。この間にDSSのメンバーからも、「高玉夫妻をこの地で酪農経営させてやろう。」という暗黙の合意が形成されてきていた。 平成24年の年明けに廃業する牧場が発生した。DSSメンバーではなかったが、DSSは土地を含む牧場の全てを買収し、再整備し、リース牧場として第三者経営移譲することにした。そして、高玉氏に白羽の矢が立った。もはや、地域の酪農家とも馴染みになり、士別が自分の酪農人生を生かす場であると確信していた高玉氏は「長年の夢を実現する時が来た」と悟った。 奥さんの強い後押しもあって、高玉氏も即応した。DSSは、高玉氏への経営移譲交渉を前提にして牧場を買い上げた。譲受の交渉やリース契約は円滑、円満に成立した。
(1) 高玉氏の意向を受けて、牛舎内を整備(搾乳牛舎を増築して繋養面積を倍増、バルククーラーを新設)。 (2) 牛舎敷地の土地と牛舎、バルク・クーラーを高玉氏に長期リース。 (3) DSSが製造するTMRを供給する契約。 住宅は、当面、簡易プレハブ構造住宅でしのぐことにして、高玉氏の負担で敷地内に建設した。そして、搾乳牛55頭を引き連れて入植した。 (1) 無利子の就農支援資金を借り入れられた。 (2) 就農当初は草地がなくても飼養できる(草地所有義務を課してない)。 (3) 畜舎と基本施設はDSSが補修・整備してくれた。 (4) DSSに低利長期のリース払いで就農できた。 (5) 育成牛なしでスタートしたので、最初の2年間は育成費負担が少なかった。 (6) 最初から牛舎の許容満度の頭数搾乳で、計画通りの乳代収入を確保できたのが収支バランスに有利に作用した。 (7) もう1点言及するなら、導入した乳牛の殆どをDSS育成センターやメンバーから購入できたので、素性が判っており、飼料に慣れている個体を安価に購入できた上に、輸送や環境変化のストレス、輸送コスト負担がない。 いずれもDSSメンバーであるが故に享受できたメリットである。DSSメンバーから温かく受け入れてもらい、さまざまな支援を受けたことへの感謝を決して忘れないと言う。高玉氏の高い牛群乳量を裏付ける牛群管理の方法を聞いた。個体別に乳量に応じてTMR飼料、配合飼料、サプリメントを調製給与している。過肥にしない管理が重要だが、しっかり食い込ませることがポイントで、1日4回、給与している。 繁殖管理、連産長寿の牛群作りの淘汰(とうた)更新も重要で、そのために作業時に個体情報を記録すること、そして作業前にそれをチェックする。労働力は夫婦2人だが、搾乳部門に特化しているので、作業にも生活にもゆとりを実感できるのが何よりもありがたい。第1に体を休められるという最大のご褒美をもらえている。また、ゆとりがあるからこそ、データ収集、データチェックを行って緻密(ちみつ)で正確な乳牛の泌乳や繁殖管理ができていると言う。 高玉牧場は、順風満帆に出帆した。既に、しっかり地域に根付き、二人三脚で意欲的に酪農経営に取り組んでいる高玉牧場の今後の視界は良好である。
11.むすび DSSが果している役割は大きく分けて2つある。そこには、新しい時代へ向けた酪農発展の論理が貫かれている。 本調査報告の執筆にあたって、現地調査で多くの方々にお世話になった。特に、泣fイリーサポート士別・代表取締役の玉置豊氏と、当時、上川農業改良普及センター士別支所(現在は宗谷農業改良センター)の林川和幸氏には、概要説明、資料提供と含蓄豊かな知見を披露して頂けた。ここに記して、厚くお礼を申し上げます。 |
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