話 題  畜産の情報 2014年8月号

消費動向を見据えた
6次産業化の展開

立命館大学 経済学部 学部長 松原 豊彦


 農業の「6次産業化」の取り組みが各地で広がっている。6次産業化とは、1次産業(農林水産業)と2次産業(加工)、3次産業(販売、外食、観光)を一体化・連携させて、農産物に付加価値を付け、地域に新しいビジネスを起こすことである。その目指すところは、農業生産者の所得増加であり、ひいては地域に所得と雇用を増やすことである。

 6次産業化そのものは、先駆的な農業生産者や企業によって、かなり以前から取り組まれてきた。近年農政や地域産業政策の重要な柱とされ、6次産業化を支援する政策メニューが続々と整備されてきた。

 2008年から経済産業省は農商工連携事業を始め、農林水産省は「第3次食料・農業・農村基本計画」(2010年3月)の目玉として6次産業化を位置づけた。2011年にいわゆる「6次産業化・地産地消法」が施行され、同法による総合化事業計画の認定は全国で1800件を超えた(2014年3月末)。

 農林水産省の6次産業化総合調査(2012年度)によれば、6次産業化の総販売金額は1兆7451億円で年々拡大している。

 このように広がってきた6次産業化であるが、農業生産者の所得増加と地域に所得と雇用を増やすという本来の目的に立ち返ると、多くの課題があるのが現実である。地域で6次産業化を進めるに当たって、次の3点が課題であると筆者は考えている。

 第1に、6次産業化のモデルは単一ではなく、地域農業の立地条件と特徴を分析し、その強み、弱みを徹底的に議論して戦略を立てることである。

 その際、次のことなどを考慮に入れる必要がある。

(1) 市場圏との距離、位置関係
(2) 多品目少量生産か、特定品目に生産が集中しているのか
(3) 生鮮品が多いのか、加工品が多いのか
(4) 農産物の販売経路(卸売市場中心か、市場外流通が多いのか)
(5) 農業担い手の状態、後継者の有無

 第2に、ハード(施設)整備が中心であった従来型の事業とは異なり、6次産業化を進めるには、地域資源を活用し、他産業との連携を組織することのできる人材育成などのソフト面が決定的に重要である。現在の6次産業化推進の障害はこれを担う人材の絶対的不足であり、6次産業化プランナー、コーディネ―ターなどの人材育成の仕組みを構築することが急がれる。

 第3に、6次産業化は農業生産者が主体の取り組みであるが、生産者中心の発想ではうまくいかないということである。言い換えれば、消費動向の変化を常に念頭におき、販売チャネルや販売方法、情報発信を含めた川下戦略を持つことが重要である。せっかく加工施設を作っても、売れ残りの山ができては何もならないのである。最近の消費動向変化は急速であり、それは調理や食べ方の変化や世帯構造の変化と深く関連している。

 この点を最近の家計調査からやや詳しく述べよう(「変わる家計支出―‘13年家計調査からー、『日本農業新聞』2014年3月24日から4月28日までによる)。

 生鮮野菜の支出金額は過去10年間で最高額になった。中でもレタス、トマトなどのサラダ商材の消費が伸びる一方で、調理に手間のかかるサトイモやダイコンなどは減り、二極化している。

 「サラダ」の支出金額は前年比7%増、4年連続で過去最高を更新している。カット野菜が伸びているのも同じ傾向であり、調理の手間を省く簡便志向のあらわれである。

 牛乳・乳製品では、牛乳は支出金額・購入数量ともに横ばいであるが、乳製品のヨーグルトの支出金額は伸びつづけており、前年比6%の増加であった。消費者の健康志向にフィットしたものと考えられる。同時に注目すべきは、世代間の差が大きいことであり、ヨーグルトの場合、60代の支出金額は20代の2.6倍になる。

 食肉では、豚肉と鶏肉の購入数量が伸び続けており、消費者の節約志向が表れている。

 こうしたデータからは、消費者の簡便志向、健康志向、節約志向がキーワードであることがわかる。これに加えて世帯構造の変化も重要な要素である。1人・2人世帯が総世帯数の過半を占めるようになり、世帯の少人数化が進行している。小売業では4人世帯用のパックが標準であったが、2人用や個食用のパックの売り上げが増えている。

 実際に地域で6次産業化に取り組むに当たって、マス(大量販売)かニッチ(すき間市場)かの選択が重要である。多くの地域では、最初から全国区で大量販売を考えるのは現実的ではないと思われる。その場合は、販売戦略のフォーカス(焦点)を明確にし、特定の世代、性別、所得階層、対象地域(大都市志向か、地産地消か、観光客志向か)などを考慮して、的を絞って市場調査をすることが大切である。

 事例として、滋賀県東近江市の農業生産法人(有)池田牧場をとりあげよう。池田牧場は生乳価格の低迷から酪農経営だけで続けることに限界を感じ、1997年から自家生産の生乳を原料に滋賀県初のジェラート加工に取り組んだ。酪農家女性によるジェラートは話題性があり、「美味しい」と口コミで評判が広がった。その後、農家レストランを併設し、地元産食材によるメニューを提供している。都市・農村交流の場として、年間10万人以上が来訪し、市の観光スポットとして地域振興に貢献している(近畿農政局「高付加価値農業(6次産業化を含む)を実践している取組150事例」を参照)。

 畜産経営が6次産業化に取り組む際に重要なポイントは、(1)消費者の視点や女性の感性を生かすこと、(2)自家生産の原料にこだわりそれに付加価値をつけること、(3)いきなり大規模に販売するのではなく、できることから始めて少しずつ広げていくこと、(4)中味がよいものは口コミで広がること、などである。

 まとめとして再度強調したい。6次産業化は農業生産者が主体の取り組みであるが、生産者中心の発想だけではうまくいかない。消費動向の変化を見据え、販売チャネルや販売方法、情報発信などの川下戦略に基づく6次産業化が広がることを期待する。

(プロフィール)
松原 豊彦(マツバラ トヨヒコ)

昭和58年京都大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士。宮城学院女子大学、立命館大学経済学部教授を経て平成22年から現職

立命館グローバルイノベーション研究機構食料研究拠点代表

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