海外情報  畜産の情報 2014年8月号


EUにおける酪農部門の現状と展望

調査情報部 矢野 麻未子(現 野菜業務部 交付業務課)


【要約】

 EUは、2015年3月の生乳クオータ廃止を目前に控え、各国で生乳生産増加に向けた体制が整いつつある。EUにとって、増産分を域外市場に輸出することは、域内の需給バランスを維持するために重要なポイントとなっている。世界的な乳製品の需給ひっ迫は、EUの輸出拡大に対し楽観的な見解をもたらしているものの、他の主要輸出国との競合は免れない状況である。

 また、生乳クオータ廃止により酪農大国はさらに力をつける一方で、酪農小国は自国の生乳生産の維持が困難となり、EU域内における生乳生産は集約するだろう。

1.はじめに

 EUの酪農業界は、2015年の生乳クオータ廃止を目前に控え、近年の世界規模での乳製品需要の高まりにいち早く対応し、市場を獲得すべく増産体制を整え始めるなど、生乳クオータ廃止向けた対応が着々と進んでいる。

 欧州委員会は、「現在、世界の牛乳・乳製品市場は需給ひっ迫化傾向にあり、生乳クオータ廃止による乳製品の増産は輸出市場で吸収される」との楽観的な見解を示しているが、スイスが生乳クオータを廃止した際に、大幅な乳価下落による乳業界の混乱を間近で見てきたEU加盟国にとって、自国の生乳生産をいかに円滑に移行させるかが重要な課題となっている。特に、金融危機からの経済回復が遅れている加盟国や、地理的制約から規模拡大が困難な加盟国では対応が遅れており、増産体制が整いつつある加盟国との格差は大きい。

 本稿では、EUの生乳クオータ廃止に向けた現在の状況および今度の見通しについて報告する。

2.EUの概況

(1)基本概況

 EUは、2013年にクロアチアが加盟して28カ国となり、多様な土地、気候、歴史を持った国々で形成されている。農業形態も多様な中で、農業は共通農業政策(CAP:Common Agricultural Policy)として全加盟国が一つの政策の下に動いている。

 CAPは、その時々の社会的状況に合わせた改革がなされており、近年は、EUの景気後退による緊縮財政により、かつてEUの共通財政の7割を占めた農業予算は、現在およそ4割まで削減し、農業以外の雇用促進や社会保障への予算が増加している。また、農業支援では、WTO協定に基づき生産を刺激しない「青の政策」としての直接支払による所得補償が進められている。直近の2013年CAP改革では、農業の多面的機能を見い出すべく、環境保護や景観保護政策に重点が置かれ、直接支払のうちおよそ3割が受給条件として環境保護対策の実施が義務付けられる緑化(Greening)が加えられた。これは、EU予算がひっ迫する中で、その多くが農業支援に回されることに対し、農業支援が単に農業者のみを支援するのではなく、全EU市民の利益に繋がるものとの考えを示すものである。

 また、かつて多大な支援により保護されていた農業部門は、市場志向性を強めた再編が求められた結果、2008年CAP改革時に2015年3月をもって生乳クオータの廃止が決定された。生乳クオータ量は、各加盟国ごとに設定されており、2013/14年度の状況を見ると、年々、生乳出荷量は増加傾向ではあるが、未だEU全体の設定された生乳クオータ量をおよそ5%下回る状況である(図1)。この状況を理由に、生乳クオータ廃止が決定された当初、欧州委員会は、生乳クオータ撤廃の影響は少ないとの見解を示していた。

 EU加盟国の畜産生産額に占める畜種別シェアを見ると、生乳部門が高い割合を占めている国が多く、生乳生産が根幹的かつ重要な農産業であることがわかる(図2)。

 各加盟国にとっては、生乳クオータ廃止後いかに自国の生乳生産を維持または発展させるかが重要な課題となっており、現在はまさにEU酪農業界の過渡期といえる。
図1 生乳クオータ量と生乳出荷量の推移
資料:欧州委員会
図2 畜産生産額に占める畜種別のシェア(2010年)
資料:欧州委員会

(2)酪農部門の概況

 2013年のEUの生乳出荷量は、1億4174万8000トン、乳牛頭数は、2351万9000頭で、世界で最も生乳生産が盛んな地域である。生乳生産を加盟国別に見ると、ドイツ、フランス、英国、ポーランド、オランダおよびイタリアの上位6カ国でEU全体の生乳生産量のおよそ7割を占める(図3)。また、加盟国別の経営規模(2010年)を見ると、1戸当たりの乳用経産牛の飼育頭数規模が最も大きいデンマークは109頭であるのに対し、ブルガリア、ルーマニアではそれぞれ2.9頭、1.6頭など加盟国間で大きな格差があり、EUの中で酪農規模はかなりの違いがある。一方で、EUは単一市場であるため、乳製品は加盟国間での自由な流通が行われており、大手乳業メーカーの乳製品がEU全土にわたって広く流通し、高い市場シェアを保有している。

 このような環境下で、2015年3月の生乳クオータ廃止が決定された。当然のことながら、生乳クオータによって自国の生乳生産が抑制されていた加盟国は、生乳クオータの廃止を待ち望んでおり、一方、経営規模が小さく、規模拡大のための投資力も弱い加盟国にとっては、制度廃止によりさらに自国の牛乳・乳製品市場が奪われ、重要な産業である自国の酪農の衰退を強く懸念している。

図3 加盟国別生乳生産量(2013年)
資料:ZMB

 EUの生乳仕向け割合を見ると、生乳生産のうち約31%がバターに、27%がチーズに、12%が飲用乳に仕向けられている(図4)。
図4 生乳仕向け割合
資料:GIRA
また、2013年の品目別生産量を見ると、飲用乳が3310万2000トン、バターが210万5000トン、チーズが982万1000トンである(表1)。近年の生乳の増産により大部分の乳製品が増加傾向で推移しており、特に増加率が高いのはチーズ、バター、脱脂粉乳で、唯一減少しているのは全粉乳である。

 EUは、全ての乳製品で生産量が消費量を上回っている純輸出国である。脱脂粉乳および全粉乳は輸出割合が高いが、その他の乳製品は大部分がEU域内で消費されるものの、近年の生乳生産の増加に伴いこれら製品の輸出も増加している。
表1 牛乳・乳製品市場の概要
資料:ZMB
  注:2013年は概算値
 EUの牛乳・乳製品市場は成熟市場であり、新規加盟国の人口増などに伴い、消費量はわずかに増加との予測ではあるものの、生乳クオータ廃止後の増産分をEU域内で吸収するのは困難である。このため、EU域内の需給バランスを維持し、大幅な乳価下落などを引き起こさないためには、EU域外の市場開拓が必要となる。欧州委員会の長期予測では、EUの生乳生産に占める輸出割合は、2013年の10.1%から2022年には11.1%まで拡大すると見ている(図5)。

 2013年の乳製品輸出量を見ると、最も多いのはチーズで78万9000トン、ホエイが51万5000トン、脱脂粉乳が40万8000トンとなった(図6)。このうちチーズは、EUブランドが世界で通用する製品であり、また、ロシアなど近隣諸国での需要も高く安定的な需要が望めることから、最も有力な輸出乳製品といえる。また、ホエイは、かつてはチーズの副産物として安価で取引されていたが、近年はさまざまな用途に利用される製品として需要が高まっており、EUにとってこのホエイをいかに付加価値製品として販売できるかが利益拡大の重要な鍵となっている。

 脱脂粉乳および全粉乳は、近年、中国などの需要の高まりを背景に、国際相場が堅調に推移しており、EUの輸出量も増加しているが、ニュージーランド(NZ)や豪州など生乳生産コストがEUに比べて低い国々との厳しい価格競争にさらされる製品となっている。

図5 生乳生産に占める乳製品輸出割合の推移(生乳換算)
資料:欧州委員会
  注:2013年は概算値、2014年以降は予測値である。
図6 乳製品輸出量
資料:ZMB
  注:2012年まではEU27、2013年はEU28

(3)2014年の動向

 2014年6月5日から6日にかけて、ポルトガルのリスボンでEucolait(欧州乳製品輸出入・販売業者連合:EUの乳製品輸出促進団体)の総会が開催された。

 総会で報告された2014年の牛乳・乳製品生産動向によると、2014年は前年冬期の天候が温暖となったことで牧草の生育が良好となり、同年1月から4月までの生乳生産は、前年同期と比べて400万トン増となった(図7)。

 また、平均生産者乳価は、2013年からの国際需要の高まりを背景に堅調に推移しており、3月以降下落傾向にあるものの、依然として高水準を維持している(図8)。また、飼料価格が下落基調にあることで酪農の収益環境が改善し、生産者の生産意欲は依然として高いとしている(図9)。

 このような状況を背景に、乳製品の輸出量は前年と比べて大幅に増加している(図10)。特に、脱脂粉乳や全粉乳は、高水準にある国際相場を背景に輸出も大きく回復した。一方、チーズは、ウクライナの政情不安によるロシアとの関係悪化により減少傾向にある。

 また、同総会では、各加盟国から生乳クオータ廃止に向けた各国の対応状況が報告された。

図7 生乳出荷量
資料:ZMB
  注:2014年は暫定数値
図8 平均生産者乳価
資料:LTO
  注:域内主要乳業17社の平均値
図9 生乳生産コスト、生産者乳価、売上総利益の推移
資料:欧州委員会
図10 乳製品輸出量(1〜4月)
資料:ZMB

主要酪農国であり、生産拡大を目指すフランス、オランダ、ドイツなどは、「生乳クオータ廃止後の増産体制は整った」との報告があり、廃止に向けた準備が着実に進められていた。一方、景気後退からの脱却が遅れている東欧諸国や地理的制約により生乳生産の拡大が困難なポルトガルやイタリアなどは、「酪農は重要な産業であり、地域の雇用創出も担っていることから、生乳クオータ廃止の影響で国内の酪農の衰退を懸念する」といった意見も出されるなど、加盟国間の対応の違いが浮き彫りにされた。

(4)EUの生乳クオータ廃止に向けた対策

 2013年に欧州委員会が発表した資料や研究機関の影響分析によれば、生乳クオータ廃止後は主に以下の状況が起こると予想されている。

 (1)EU北西部の主要生産国(英国、ドイツ、オランダ、フランスなど)の生乳生産が拡大。

 (2)さらにそれらの国々においても生乳生産地域が集約化。

 (3)制度廃止に伴う生乳増産分はEU域外の市場で消費(輸出)。

 (4)そのため、国際価格の変動がEU域内の牛乳・乳製品市場に大きく影響を与えるようになり、価格変動性が高まる。

 欧州委員会は、今後の見通しとして、生乳生産は、2022年までに現在設定されている生乳クオータ量に達し、その間およそ25%の地域で生乳生産が増加、50%の地域で生乳生産が減少としている(図11)。生産増が予測されるのは、オランダ、ドイツ、フランス、ポーランドなどであり(図12)、これらの国では、生乳生産はより集約化されるとしている。現在までの状況を見ても、上記(1)と(2)は実際に起こっており、EUで最も生乳生産が多いドイツでは、2002年から2011年にかけて、山岳地域などの生産効率の低い南部から生産効率の高い北西部沿岸の平たんな地域へと生乳生産地域は集約化している。同国は、飼料を北西部の港から輸入しているため、北西部沿岸地域は輸送コストが低く、山岳地域に比べて価格面で有利となる。また、中央地域は、穀物生産に適した土地であることから、生乳生産から穀物生産への移行が進んでいる。また、フランスも同様に、山岳地帯である南部での生乳生産の減少が進み、平たんな北部では増加している(図13)。
図11 生乳生産量および生乳出荷量予測
資料:欧州委員会
図12 欧州における生乳生産成長地域
資料:Hoogwegt
  注:bn=10億
図13 ドイツおよびフランスの地域別生乳生産の変動
資料:欧州委員会
 予測される状況に対して欧州委員会は、生産者と流通業者のパワーバランスの偏りを是正すべく、2012年3月から「ミルクパッケージ(Milk Package)」として、生産者との生乳取引の明文化や、生産者乳価決定方法の明確化、また、契約期間を最低6ヵ月以上とすること、生産者の組織化による価格交渉力の強化を図ることなどを定めた規則を施行した。

 さらに、同委員会は、需給に即した生乳および乳製品生産が行われることを目的に、2014年4月に「牛乳・乳製品市場観測(MMO: Milk Market Observatory)」を設置し、市場の透明性の強化を図るべく、市場関連情報の迅速な提供を開始した。MMOには、生産のみならず流通から販売まで牛乳・乳製品市場に関係する団体を構成員とした委員会が設けられ、市場の短期および長期予測が公表される。

 また、欧州委員会は、CAPの第1の柱である直接支払による所得補償のみならず、加盟国が独自の情勢に照らし合わせて設定をする第2の柱と呼ばれる「地域発展」プログラムを利用した、環境保護や景観保護など地域発展の支援を活用することで、山岳地域などの条件不利地域における生乳生産の維持を促している。

3.海外市場の開拓

 生乳クオータ廃止による生乳生産の増産分は、輸出市場の拡大で吸収されるとの予測ではあるが、もし輸出が停滞し、EU域内に出回ったとすれば、すでに成熟市場であるEUでは、すぐに乳製品の需給バランスが崩れ、乳製品価格の下落が予想される。このため、主要生産国における海外の市場開拓は、自国の利益のみならず、EU全体の酪農部門の存続につながる重要な事項となっている。

 欧州委員会の予測を見ると、チーズはサウジアラビアで約60%増、米国で約25%増、脱脂粉乳は中国で約33%増、米国で約42%増となっている(図14)。EUにとって、今後これら成長市場にいかに参入していくかが大きな鍵となる。

 欧州委員会は、海外の新たな市場を考える上で、ポートフォリオ製品(市場成長率が高い製品)と高付加価値製品に分け、それぞれの戦略を立てる必要があるとしている。現在の牛乳・乳製品市場におけるポートフォリオ製品は、加工用チーズ、全粉乳、脱脂粉乳およびホエイがこれに当たる。これらは、特定の地域での生産や特別な技術が必要とされる製品ではなく、最も重要なのは価格である。そのため、生産コストをいかに抑えて安価に提供できるかが鍵となる。また、ポートフォリオ製品は、より国際市場価格の影響を受けるため、いかに早くその兆候を読み取り、迅速な対応ができるかが重要となる。一方、付加価値製品は、EUでPDO(原産地名称保護:Protected designation of origin)やPGI(地理的表示保護:Protected geographical indication)を取得したチーズなどや、特別な加工技術を必要とするものである。これらは、最終ユーザーが求めるこだわりのある乳製品を提供できるか、また、ニッチな市場を発掘し、ユーザーがどの程度まで高価格な乳製品を購入できるのかなどの情報把握と市場開拓が重要な要素となる。

 次に、EUにとって期待の大きい米国と中国について報告する。
図14 世界の乳製品需要の変化予測(2022/2012年)
資料:欧州委員会

(1)チーズ市場としての米国

 EUのチーズ輸出状況を見ると、約8割がEU域内向けであるものの、EU域外への輸出量は、2008年以降、毎年増加している。2013年の主な輸出先は、ロシアが25万7300トンと輸出量全体の33%を占め、次いで米国が11万2900トンと14%を占める。また、日本向けは4万800トンと5%を占めている(表2、図15)。ロシア向けはほぼ一貫して増加しており、今後、増産するチーズを吸収する市場として有力視されているが、ウクライナとの関係悪化により2014年のチーズ輸出量は大幅減との見込みであり、ウクライナ問題が解決した後も、不安定な要素を含むとされている。一方、米国向けは、同国の乳製品需給はひっ迫との予測もあり、EUとしては魅力的な市場とされる。

 また、2013年6月から交渉が開始されたEU米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)について、EUの酪農業界は、地理的表示(GI)の保護や一部のチーズにおける低温殺菌処理などの課題は残るものの、チーズ輸出量の大幅な拡大につながるものとして期待している。

 現在のEUから米国への乳製品輸出を見ると、チーズが約85%占め、2013年は前年比4.6%増となっている(図16)。また、米国のチーズ消費は年々増加しており、1人当たりの年間消費量もEUの16.6キログラムに対しては15.2キログラムであることから、今後も消費量は増加すると見ている(表3)。さらに、加盟国別の米国への輸出状況を見ると、最大の輸出国はイタリアであり、次いでフランス、オランダ、スペインとなり、価格のみならず品目や品質での評価が輸出に連動していることがわかる(表4)。このような状況を踏まえ、米国市場でのEU産チーズは、一定の競争力を持つとの分析がなされており、さらなる輸出拡大に期待がかけられている。
表2 主要輸出先別チーズ輸出量
資料:ZMB
図15 EUの輸出先チーズ輸出量(2013年)
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
図16 米国向け乳製品輸出量(2013年)
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
表3 EUと米国のチーズ消費量
資料:EU:CLAL、米国:USDA
表4 米国におけるチーズ輸入国別単価
資料:Fayrefield Foods

(2)脱脂粉乳および飲用乳市場としての中国


 現在、EUの乳製品関係者は、顔を合わせるたびに中国の話題になる。中国の強い乳製品需要が国際相場を引き上げ、ひいてはEU域内の乳製品価格も堅調に動かしている。EUの酪農部門にとって生乳クオータ廃止時に乳製品の国際相場が堅調であることは、生乳増産への追い風となっている。

 中国の乳製品輸入量を見ると、2008年のメラミン混入事件以降、大幅な拡大を続けている。2013年は、全粉乳が輸入量全体の4割を占める61万7800トン、次いでホエイが43万600トン、脱脂粉乳が23万5000トンであった(図17)。

 EUとしては、近年、大幅に輸入を増加させている脱脂粉乳および全粉乳市場の拡大を狙うところである。脱脂粉乳と全粉乳の輸入価格を見ると、全粉乳は、NZ産に比べてEU産の価格競争力は弱いことがわかる(図18)。また、EUにとっては域内需要の高いバターとともに生産される脱脂粉乳の需要を創出する方が、全粉乳を生産するよりメリットが高く、脱脂粉乳が有力製品となる。中国の脱脂粉乳の輸入量を見ると、NZが53%を占め第1位、次いで米国が23%、第3位のEUが16%となっている(図19)。近年の中国の輸入量増加に伴いEU産の輸出量も拡大しているものの、EUより安価な米国産ほどは増加していない状況にある。このため、EUにとっていかに価格競争力を生み出せるかが今後の課題である。

 さらに、この粉乳需要の高まりは、EUの生産者乳価にも影響を及ぼしている。オランダの大手乳業メーカーは2013年、生産者乳価の決定方式を従前の乳脂肪含有量を基礎として換算する方法から、乳タンパク含有量も換算に加える方法に変更した。これは粉乳の主成分であるタンパク質の重要性を価格に反映させるためであり、乳成分の重要性が脂肪からタンパク質へと変わってきている点を指摘している。

 EUは、中国が依然として人口増加が継続していること、さらに2013年にいわゆる一人っ子政策が見直され、夫婦のどちらか一方が一人っ子の場合、2人目の子供の出産を認める「単独二孩」の政策を採用したことにより、乳製品需要はさらに高まると見ている。また、中国では、都市部に比べて農村部の乳製品消費量が8分の1程度と少なく、今後、都市化の進展により需要はさらに拡大すると見ており、EUの当該市場への参入の可能性は高いとしている。

 また、EUは、中国の牛乳・乳製品消費量のうち6割から7割が飲用乳であることに着目し、長期保存が可能なUHTミルクの輸出を増加させている(表5)。
図17 中国向け乳製品輸出量の推移
資料:ZMB
図18 主要輸出国における脱脂粉乳価格と全粉乳価格
資料:欧州委員会
図19 中国の国別脱脂粉乳輸入量
資料:GTI社「Global Trade Atlas」
表5 飲用乳輸出量(パック詰め)
資料:ZMB
  注:2011年および2012年は、EU27カ国、2013年はEU28カ国

4.おわりに

 かつて、第二次世界大戦後の食糧不足から始まったEUの農業支援政策は、農業の発展を促し、自給率を向上させるため大きな役割を果たしてきた。しかし、現在、EU経済が停滞する中で、農業予算はEU財政を圧迫するようになってきた。EU市民にとって農業生産は、依然として自給率の維持および食品の安全性などの観点から重要であり、一定の支援は必要であると捉えられているものの、雇用や社会保障といったその他の分野での改革の必要性は誰もが感じているところであり、EUの共通財政のおよそ4割を占める農業予算は、納税者からの関心が高まっていた。

 そのため、農業支援政策は、単に農業生産を促進するものではなく、農業の多面的機能として環境保護、景観保護および地域発展に大きく寄与するものとして位置付ける必要があった。また同時に、多大な農業支援がないと維持できない経営に対しては、市場指向性を強めた競争を通じた農業再編により、EU域内の農業生産を効率化されることが求められた。

 2013年CAP改革における、環境保護政策の重視と、生産コスト削減などによる市場指向性の追求は、相反するようにみられる。しかし、これは、EU域内で環境保護や地域活性化など、多面的な機能としての生産活動を行う「社会的貢献」と、効率的な生産により国際市場での競争力を獲得していく「農業」の双方を進めていくことを意味している。

 多面的な機能を活かした生産活動は、農業の潜在的な可能性を示すものであり、この分野では酪農小国が、どのようにして自国の乳業を維持、展開していくのかは、先行事例として重要なものとなるだろう。また、中国など新興国市場への参入は、EUの経済発展に欠かせない重要事項であり、今後、国際競争力を高めるEUの酪農部門が、どのように対応するのか、また、NZや豪州といった低コスト生産の国々とどのように競争していくのか、国際的な乳製品需給に影響を与えるEUの先行きに注視する必要があろう。

 
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