話 題  畜産の情報 2014年12月号

食品への意図的な
異物混入について考えよう

農林水産省 消費・安全政策課 食品安全危機管理官 鋤柄 卓夫


 食品防御は、生産から製造・流通に至る関係者にとって、消費者の安全や信頼のため、また安定的な経営のために重要である。意図的な混入をしたいと思わせない職場の風土づくりや混入が実行し難い環境づくりを進めること、また、平時からの危機発生への備えが、問題の発生や拡大を防止する鍵となる。製造事業者だけでなく広く生産者や流通事業者も、過去に発生した事故や事件を他人事とせず、その背景と対応を学び、「自分のところでも起こり得る」と考えて対応を検討いただきたい。

1 冷凍食品への殺虫剤混入事案

 昨年末、アクリフーズ社製冷凍食品から殺虫剤(マラチオン)が検出され、同社は群馬工場で製造した全製品の自主回収を発表した。その後、同工場の準社員が冷凍食品の製造中にマラチオンを故意に混入した容疑で逮捕され、親会社であるマルハニチロホールディングスは、食品安全管理や危機管理に関する同社の対応を検討するために第三者検証委員会を設置し、対策を進めている。

 農林水産省は、広く事業者による食品防御などの取り組みについて検討するため「食品への意図的な毒物などの混入の未然防止等に関する検討会」(以下「検討会」という。)を設置し、検討結果について関係者への普及を図っている。

2 本事案から得られる教訓

 検討会は、本事案を他山の石として各自の取り組みを再点検し、類似の事案が発生しないよう取り組むことが重要なことを指摘した。今回の事件については、(1)被害拡大防止のための初動体制の確保(危機管理)、(2)食品防御の考え方の導入、および(3)これらを実現するための企業ガバナンスの強化が重要とされている。

(1) 危機管理上の問題として、同社が消費者から最初の異臭苦情を11月13日に受けてから、12月29日に製品の回収を公表するまでに1カ月半を要したことが挙げられる。特に工場と本社・親会社など組織間の危機意識の共有に失敗し、原因究明のための外部検査の決定が遅れたことは問題であった。さて、読者であるあなたの会社では、苦情対応や回収決定に当たり責任者とその権限、社内基準は明確になっているだろうか。責任者への情報の集中を含め、苦情対応や危機対応の手順を予め点検し、できれば文書化しておくことが望ましい。

(2) 対応の遅れの背景として、健康影響を過小評価したことは致命的だった。同社は最初の記者会見で、マラチオンの濃度を「一度に60個のコロッケを食べないと発症しない量」と説明したが、これは実験動物集団の半数を死亡させると推定される半数致死量を誤用した間違いだった。同社は正しい毒性の指標(急性参照量)を用いて「8分の1個のコロッケで吐き気などの可能性がある」との訂正会見を翌日に開いたが、消費者は混乱した。さて、あなたの会社では、「急性参照量」や「半数致死量」を理解し、外部へ正しく説明できるだろうか。また、経営者は食品安全の知識や経験、判断力を考慮して人材を配置しているだろうか。

(3) 記者会見では回収対象商品名の漏れなど、重要な情報を正確に伝えられなかった。年末休業中の発表となり、消費者対応や、取引先への情報提供などが混乱した。原因として情報提供を統轄する組織の不在や回収シミュレーションなどの準備不足が考えられる。あなたの会社では回収範囲や方法の決定、消費者への情報提供などについて、危機管理マニュアルを整備し、訓練しているだろうか。また、PB商品の製造委託元などの関係者と、苦情や問題の発生を含め、平時からの情報交換や問題発生時の連携した対応を検討しているだろうか。

3 事業者が食品防御に取り組むに当たり参考となる事項

 食品防御は「公衆衛生への危害および経済的な混乱を引き起こす意図的な異物混入から、食品を守る努力」と定義される。

(1)食品防御に対する意識を向上させる

 食品安全対策は食中毒の防止などの観点から進められてきたが、意図的な混入は食品衛生への対策のみでは対応できず、まず食品防御の概念を理解し、取り組みの必要性に気づくことが重要である。事業者が食品防御を意識することにより、内部・外部の者が意図的な混入をしたいと思わせないようにするほか、万一混入が起きても、危機管理体制や訓練ができていれば消費者の健康被害や事業者の経済・社会的な損失を最小限に抑えることが期待できる。

(2)意図的な混入をしたいと思わせない職場の風土づくり

 意図的な混入を防ぐためにも、「消費者に安全で高品質な食品を届ける」といった事業者の使命を社内に浸透することが重要である。職場の風土づくりは、経営者や管理職と従業員との人間関係や信頼関係が基本となる。また、今回は事件の前につまようじなどの混入があったが、このような「予兆」に適切に対応し、従業員の意識向上を図ることも重要である。

(3)意図的な混入が実行し難い環境を作る

 社内外の者が万一悪意をもっても、ソフトやハードの対策により混入が実行し難い環境を作ることが大切である。製品のカバーやカメラの設置といった対策がすべての事業所で有効とは限らない。各事業所で規模や立地、人的資源、扱う食品や工程などの諸条件を勘案しながら、攻撃からの脆弱性や対策の効果を分析し、弱いところや効果的な対策ができるところを優先して、計画的に対策を行うべきであろう。分析や対策を検討する際の参考として、厚生労働科学研究班が作成した食品防御対策のガイドラインなどが公表されている(http://www.naramed-u.ac.jp/~hpm/res_document.html)。

(プロフィール)
鋤柄 卓夫(すきがら たくお)

1987年 農林水産省入省。
1972年 生産局、大臣官房、農畜産業振興機構、消費・安全局などを経て、2013年より現職

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