【要約】
経済成長が著しいフィリピンでは、人口も堅調に増加し畜産物消費が増加している。食肉消費においては、豚肉や鶏肉が大勢を占め、価格の高い牛肉は、近年、さほどの増加は見られない。国内生産は、主産地が消費地近郊へ移行するなどの構造変化が見られる中、肉用牛飼養頭数や牛肉生産量は横ばいで推移している。また、牛肉の輸入については、中国の旺盛な需要や米国の減産など複合的な要因により牛肉の国際価格は高水準となっており、低価格志向のフィリピンにとってこれまでのような調達は今後困難となることが予想される。
牛肉消費市場の拡大には、低所得層を中心とした可処分所得の増加が欠かせないが、現下の経済情勢では大幅な所得向上は期待できず、牛肉消費が今後急増することは想定し難い。
はじめに
フィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)は、2008年のリーマンショックで経済的打撃を受けたものの、その後は、V字回復により高い経済成長を遂げてきた。また、人口も堅調に増加しており、これらを背景に畜産物消費は増加傾向にある。食肉消費においては、豚肉と鶏肉が大勢を占めており、牛肉については豚肉や鶏肉と比べて価格が高いことから、近年、さほどの消費の増加は見られない。しかし、ASEAN諸国の中でもフィリピンは歴史的な背景から米国の影響を強く受けており、ファストフードなど外食において牛肉が消費される素地は形成されているといえる。
国内生産については、豪州から肥育もと牛を導入するフィードロット経営など大規模経営が一定程度存在するが、依然として生産の大部分は小規模経営によるものであり、安定的な供給が可能とはいい難い。また、豚肉や鶏肉生産については、従来からの農業保護政策によって伝統的に守られてきたため、自給率が高いのに対し、牛肉は国内需要の3割程度が輸入されている状況にある。近隣のアジア諸国が経済成長に伴い、食肉消費を増加させてきたように、フィリピンがさらなる経済成長によって牛肉消費を増加すれば、輸入量の増加も見込まれる。
本稿では、こうしたフィリピンの経済状況などを概観するとともに、直近の牛肉の需給状況について報告する。
なお、本稿中の為替レートは1フィリピンペソ=2.6円(10月末日TTS相場:2.60円)、1米ドル=110円(同110.34円)を使用した。
1 フィリピンの経済概況
国連統計部によると、フィリピンの推定人口(2013年)は9800万人で、ASEAN諸国の中では、インドネシアに次ぐ第2位の人口を誇る。人口増加率も直近5年間で1.7%を達成しており、2014年の7月には1億人を突破したとみられている。人口構成を見ると、高齢層に比べて若年層に厚みがあるピラミッド型となっており、20歳未満の割合が4割を超える(図1)。こうした若年層の厚みが、今後の消費市場のさらなる拡大を期待させる。
図1 フィリピンの人口構成(2010年) |
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資料:国連統計部よりALIC作成 |
国際通貨基金(IMF)によると、フィリピンの2013年の経済成長率は7.3%を達成し、1人当たり実質GDPは2790ドル(30万6900円)となった。経済成長率は過去5年平均で5%を上回るなど、ASEAN諸国の中でも高い水準にある(表1)。こうした背景には、好調な第3次産業や海外フィリピン人労働者による送金と、それによる堅調な家計消費などが寄与しているとされ、国民所得も向上している。
次に所得階層別に見ると、年間可処分所得が1万5000ドル(165万円)を超える世帯が2012年には3割を超え、今もなお増加している(図2)。こうした購買力のある中間所得層・富裕層の厚みが増したことで、消費市場も拡大している。
表1 ASEAN諸国10カ国における過去5年平均(2009〜2013年)の経済成長率 |
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資料:IMF「World Economic Outlook Database October 2014」よりALIC作成 |
図2 フィリピンの所得層比率の推移 |
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資料:Euromonitor InternationalよりALIC作成
注:年間世帯可処分所得5,000ドル未満を低所得層、同5,000〜15,000ドルを
下位中間所得層、同15,000〜35,000ドルを上位中間層、同35,000ドル
以上を富裕層と定義。 |
所得が向上し、生活にゆとりが生じた結果、食料費の世帯支出も堅調に伸びている。フィリピンでは、家計支出の中で最も割合が高いのが食料費支出であり、国家統計調整委員会によると、2013年の家計支出に占める食料費支出は4割を超えている。また、食料費支出の内訳を見ると、ここ数年で顕著に増加しているのが、食肉、魚、外食への支出である(図3)。こうしたことから、フィリピンでは所得の向上に伴い、消費者がより高品質なたんぱく源を求めるようになったと推察される。
図3 1世帯当たりの食料費支出の推移 |
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資料:Euromonitor InternationalよりALIC作成
注:各年の支出額は、2013年を基準とした実質額で算出。 |
2 牛肉の消費動向
フィリピンの食料品消費の特徴として、コメの消費が圧倒的に多く、副食もコメとの相性の良い汁気のあるものが好まれる(写真1)。野菜は付け合わせ程度にしか消費されず、食肉については、宗教上の制約もないため、その種類や用途などにおいて幅広く消費される傾向にある。また、豚肉など比較的脂っこいものが好まれ、最近、都市部ではとんかつブームが到来している。
フィリピン農業統計局(BAS)によると、食肉の1人当たり年間消費量は堅調に増加しており、2013年には30.4キログラム(豚肉14.9キログラム、家禽肉11.9キログラム、牛肉3.2キログラム)となった。豚肉が最も多く消費されているが、近年、家禽肉、とりわけ鶏肉消費の伸びが著しい(図4)。これは、最近、都市部以外でもファストフード店が出店攻勢を強めており、外食で鶏肉が消費されるウエイトが大きくなってきたためである(写真2)。
図4 1人当たり年間食肉消費量の推移 |
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資料:フィリピン農業統計局(BAS)
注:家禽肉は可食処理ベース(骨付き)、それ以外は枝肉重量ベース |
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写真2 地場ファストフード最大手ジョリビーの
ご飯とフライドチキンのセットメニュー |
国民の多数が肉食をし好するにもかかわらず、牛肉の1人当たり消費があまり伸びない理由について、フィリピン農務省畜産局(BAI)は、低所得層を中心とした可処分所得がその制限要因にあるという。図2に示したとおり、中間所得層以上は着実に増加しているが、消費が増加傾向にあるのは比較的低価格帯にある鶏肉および豚肉であり、牛肉については1キログラム当たり240ペソ(600円)程度と、食肉の中で高価格帯に位置するため、庶民がなかなか手を出しづらいのが現状である(図5)。
一方、フィリピンでは地域によって所得格差が大きく、経済成長が著しく、高所得者層が集中するマニラ首都圏の1人当たり実質GDPは5000ドルを超えている。こうした都市部では、輸入牛肉を含め高価格帯の牛肉も消費される傾向にあり、牛肉消費のけん引役を担っているとの話も聞く。最近では外資系外食産業の進出も拡大しており、牛肉消費が定着しつつあるが、牛肉の1人当たり消費量の増加には、さらなる国民所得の向上が必要である。
図5 食肉の小売価格の推移 |
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資料:BAS
注:フィリピンでは農務省などの政府機関が日用品の希望小売価格
(SRP:Suggested Retail Price)を品目ごとに設定し、小売業者に
対して、SRPを順守するよう要請している。いわゆる政府による
物価統制が行われているため、食肉の価格も過度に高騰する
ことはない。 |
国内で流通する牛肉は、国産が73%、輸入が27%となっている(図6)。なお、水牛肉については、流通や販売に際して、基本的に牛肉と区別されず、国産牛肉と同じように消費される。
図6 牛肉供給量(部分肉ベース)の内訳(2013年) |
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資料:BASおよびGlobal Trade AtlasよりALIC推計
注:牛肉および水牛肉生産量は、枝肉生産量に部分肉歩留まり
70%を乗じて算出。 |
輸入牛肉の動向については後述するが、主な輸入先はインド、豪州、米国、ブラジルなどとなっており、それぞれの価格帯によって消費形態も異なる。米国産、豪州産のロイン系など高級部位は、市場の中でハイエンドに位置しており、富裕層を中心にステーキなどで消費される。食肉輸入業者協会によると、牛肉の消費形態は米国の影響を受けており、統治期間が長かった米国産グレインフェッドは、フィリピン人のし好にマッチしていると言う。中間所得層になると、国産をはじめ、これと同等の価格帯に位置するブラジル産、米国産や豪州産の中でも、グラスフェッドやロイン系以外の比較的安価な部位が消費される。こちらもステーキなどでの消費が多いが、部位によってはスープなどで軟らかくなるまで煮込んで消費される(写真3〜4)。豪州、米国産についてはファストフードなど外食産業向けのパティの輸入量も多く、中間所得層以上の消費が中心となる。一方、低所得層でインド産水牛肉由来のコンビーフが大半を占める(写真5)。これは価格帯が最も低く、保存も可能なためである。
なお、中間所得層以上の世帯になると、家政婦を雇っている場合もあり、テーブルミートによる消費も多い。
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写真3 フィリピン料理のブラロ、牛の骨髄やテールなどを
煮込んだスープ |
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写真4 フィリピン料理カレカレ、牛肉(内臓肉含む)を野菜などと一緒に
ピーナッツソースで煮込んだシチューに似た料理 |
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写真5 スーパーマーケットに陳列されるコンビーフ(マニラ) |
3 肉用牛の生産
(1)飼養規模および品種
肉用牛生産は、飼養頭数の規模から小規模農家と大規模農家に区分される。なお、BAIによると、大規模農家は、(1)肥育牛を21頭以上飼養、(2)子牛または育成牛を41頭以上飼養、(3)肥育牛を10頭以上かつ子牛または育成牛を22頭以上飼養のいずれか1つを満たすものと定義しており、これ以外を小規模農家としている。その割合は、生産量ベースで小規模農家が9割を占めるが、小規模農家の飼養頭数規模は1戸当たり平均5頭で、肉用牛生産のみでは生計を立てられないため、畑作との複合経営によるものが多い。
BAIによると、小規模農家での主な飼養品種は、在来種もしくはブラーマン種と在来種の交雑種が多いとされる。自生する草や稲わら、糖みつ、果物の搾りかすなどを飼料として給与されるものの、放牧主体で飼養され、比較的安価な牛肉の供給源となっている。
一方、大規模農家の主な飼養品種は、ブラーマン種の純粋種が多く、アンガス種やシンメンタール種などの肉専用種も見られる。また、大規模農家の中にはフィードロット経営も見られ、豪州から肥育もと牛を輸入し、3カ月から6カ月程度肥育した後、マニラ首都圏近郊の消費者などをターゲットとして牛肉を供給している。豪州産生体牛については、近年、増加傾向にあり、特に2012年には、一時的に輸入頭数が大幅に増加した。これは、豪州産生体牛の主要な仕向け先であるインドネシアの輸入頭数が大幅に減少した結果、フィリピンの買いが進んだことによると考えられる(図7)。
図7 豪州産生体牛の輸入頭数の推移 |
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資料:Global Trade Atlas
注:豪州からフィリピンへの輸出頭数を同国の輸入頭数とみなした。 |
大規模肉用牛農家の動向
消費地マニラ首都圏が位置するルソン島には、大規模農家も出現している。今回訪問したルソン島の大規模農家は、ブラーマン種200頭規模の農場で、育成ステージに合わせて半舎飼半放牧が行われていた。もと牛は近隣の家畜市場から、一頭当たり2万〜2万6000ペソ(5万2000〜6万7600円)で導入し、おおよそ20カ月齢まで肥育された後、出荷される。また、飼料は30ヘクタールを超える自作地で収穫された牧草のほか、大豆かすや米ぬか、糖みつなども給与されている。経営の中で特徴的なのが、肥育のほか米国から輸入したブラーマン種の種雄牛を1頭保有しており、農場で採取した精液(液状)を近隣の生産者に供給していることである。この精液は、肉質や増体効果に優れていると、他の農家からも評判は上々とのことである。なお、当農場では、自家繁殖について、輸入精液を用いており、この種雄牛は近隣農家への精液供給のみに供される。まさに地域の中核的存在を担う農家であった。
一方、広大な土地を有し、飼料資源の豊富なミンダナオ島では、フィードロットを中心とした大規模農家が多い。フィードロットには、給与飼料にバナナかすやパイナップルかすを主体とした、飼養頭数1万頭を超える経営も存在する。
ミンダナオで訪問した農家は、フィードロットではなく、舎飼でアンガス種とブラーマン種を800頭ほど飼養する大規模経営である。育成ステージに合わせて畜舎を移しており、写真は肥育後期のものである。こちらの農家は、米国からアンガス種の精液を導入し、自ら人工授精を実施している。なお、もと牛を導入する場合は、250キログラム程度のものを導入し、6カ月程度肥育して、450〜500キログラムで出荷しているとのことである。飼料は、近隣のビール工場から安価に入手できるビールかすを主体とした濃厚飼料が給与されている。
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写真 アンガス種とブラーマン種を飼養する大規模農家(北部ミンダナオ) |
(2)飼養頭数および生産量
肉用牛の飼養頭数を地域別に見ると、イロコス地方、カラバルソン地方、西ヴィサヤ地方、中部ヴィサヤ地方、ミンダナオ地方で、飼養頭数が多い(図8)。また、大規模農家は、ミンダナオ地方のほか、カガヤン・バレー地方、中部ルソン地方およびビコール地方など、マニラ首都圏を含むルソン島に多く分布している。特にカガヤン・バレー地方やビコール地方の飼養頭数は近年増加傾向にある。
畜産開発委員会(LDC)によると、主にマニラ首都圏近郊での需要が増加していることから、流通の合理化を図るために生産拠点もマニラが位置するルソン島に増えつつある。最近では肉用牛の輸送コストも上昇しており、その傾向は強まっている。
図8 地域別の肉用牛飼養頭数の分布(2014年) |
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資料:BASよりALIC作成 |
肉用牛(水牛を含む)の飼養頭数は、減少傾向で推移しており、2014年は541万頭とピークの2007年から54万頭も減少している。これは、主に水牛頭数の減少によるものであり、水牛は2007年の338万頭をピークに、2014年は290万頭と48万頭減少している。BAIによると、農業近代化の進展により、役牛の需要が低下したことによるものとのことである。
一方、肉用牛は2007年から6万頭の減少にとどまっている。これは、ルソン島北部のイロコス地方、ミンダナオ島のザンボアンガ半島での飼養頭数が減少する一方で、西ヴィサヤ地方や、フィードロット経営が増加しているマニラ首都圏近郊のカラバルソン地方の飼養頭数が増加したためで、小規模農家から大規模農家に生産が徐々に移行していることがうかがえる。
また、牛肉の生産量は2007年以降30万トン程度と横ばいで推移し、2013年は29万7000トン(前年比0.7%増)となっている(図9)。
図9 肉用牛および水牛飼養頭数と生産量の推移 |
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資料:BAS |
(3)政府による肉用牛農家への支援
フィリピンの肉用牛生産には、増体や歩留まりが低いという課題がある。これに対し政府は、気候、国土に適した品種の導入・定着を支援している。政府は、従来から保有するブラーマン種などの種雄牛の一定期間貸与を実施している。さらに、政府は、試験場にジーンバンクを整備するとともに、各地に人工授精(AI)センターを設置しており、AIの普及を推進している。具体的には、米国から生体で導入したブラーマン種から採取した精液や、米国などから輸入したブラーマン種やアンガス種、シャロレー種などの精液を用いて、小規模農家を中心に、交配を進めている。
AIの普及については、安価で優秀な精液を供給できる一方で、精液の輸送・保管などが課題となる。また、農家単位の種雄牛の貸与については、大きな設備投資は不要であるものの、疾病の問題や相当数の種雄牛の確保などの課題がある。
BAIは、当面、小規模農家を対象に両方策を実施する意向にあるが、支援の主流はAIの普及にあるとしている。
このような状況の中、肉用牛生産者協会は、現行の政府の支援では不十分とし、牧草地(57万ヘクタール)面積の維持や税制上の優遇、もと畜導入資金の融資などを政府に対して求めている。しかし、政府は予算的な制約などもあり、生産者の要求には応じられないものとみられる。
4 牛肉の流通
肉用牛の取引に関して、主産地では、家畜市場や家畜商が介在しているが、その他の地域では、一般的に相対で取引が行われる。近年、消費者の牛肉のし好が、水牛から肉用牛に変化しており、国内の肥育もと牛出荷価格は徐々に上昇している(図10)。また、豪州の生体牛輸入価格もインドネシアや中国などからの引き合いが強まっていることにより、さらに上昇することが見込まれる。
このことから、肉用牛生産者協会は、今後、大規模農家において、肥育もと牛を国内で手当てする動きが顕著になると見込んでいる。また、と畜後の流通形態をみると、フィードロットで飼養された牛は、食肉加工場で部分肉に整形後、スーパーマーケットで販売されるが、その他の小規模農家で飼養された牛は、ウエットマーケットと呼ばれる伝統市場で流通される。
伝統市場(ウエットマーケット)とは、コールドチェーンによらない温と体で取引される市場のことで、フィリピンにおける牛肉は、他の東南アジア諸国と同様、温と体で流通している。これは、と畜直後の肉が新鮮であるという消費者のし好によるものである。このため、図11のとおり、伝統市場の売り上げは全体の6割を超え、依然高い状況にある。一方、近年、と畜場の整備やコールドチェーンの発達などによりスーパーマーケットなど近代的な店舗数が増加しており、これに伴い牛肉の売り上げも伸びている。
輸入牛肉は輸入業者を通じて、直接ホテルやレストランへ配送されるほか、食肉加工場で部分肉にカットされた後、専門店やスーパーマーケットに配送される。
図10 豪州生体牛輸入価格および国産肥育もと牛出荷価格の推移 |
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資料:BASおよびGlobal Trade Atlas |
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写真6 バタンガス(マニラから100km南)の家畜市場、
多様な肥育もと牛が取り引きされる |
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写真7 北部ミンダナオのと畜場のカット室、米国製の機材を使用 |
図11 牛肉の流通システム |
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資料:BAI、小売の比率はEuromonitor InternationalよりALIC作成
注:比率は、2013年の売上高で算出。 |
5 牛肉の輸入状況
生体牛については、ほとんどが豪州からの輸入であるが、牛肉は、主にインド、豪州、ブラジル、NZおよび米国から輸入されている(図12)。
牛肉輸入量は、2008年の11万2000トンをピークに減少傾向に転じ、2013年は、7万8000トン(前年比8.4%減)となっている。
この減少要因は、加工用向けに調達していたインド産やブラジル産価格の上昇である。
食肉輸入業者協会によると、牛肉の国際価格は、中国の旺盛な需要、米国での減産など複合的な要因により、高水準となっており、加工用向けも例外ではなく、輸入価格が上昇しているとのことである。フィリピンでは、低価格志向が強いため、国際価格の上昇が輸入量に影響するものと考えられる。従来、インド産やブラジル産の牛肉は、主にコンビーフなどの加工用向けとして利用されてきたが、輸入価格の上昇の影響により、国内産の安価な鶏肉に置き換わっているという。
このような状況の中で、豪州産とNZ産の輸入増を注目したい。2007年までは、これらの国からの輸入はわずかであったが、最近は増加傾向で推移している。輸入のほとんどは、ファストフードなど外食産業向けのパティだが、一部は、マニラ首都圏向けにテーブルミート向けとされている。
また、2010年1月1日に発効したアセアン豪州ニュージーランド自由貿易協定(AANZFTA)により、2012年以降、両国からの牛肉の輸入関税が撤廃されたことも、追い風となっていると考えられる。
なお、フィリピンの牛肉の輸入関税は10%となっているが、豚肉および鶏肉の関税率はそれぞれ30%、40%と牛肉に比べて高く設定されている。フィリピンでは、政策上、牛肉の重要性は低く位置づけられているため、輸入牛肉が比較的入りやすい状況となっている。
図12 輸入相手先別の牛肉輸入量 |
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資料:Global Trade Atlas
注:HSコード0201、0202 |
おわりに
フィリピンの肉用牛生産は、フィードロット経営の出現などで大規模化が進み、一定の拡大は見られるものの、依然として生産の大部分は小規模農家が担うぜい弱な生産基盤である。こうした状況の中、政府はAIの普及を主体とした支援を実施しているが、国民に必要なたんぱく源の供給を豚肉と鶏肉を中心に行う意向であり、牛肉の供給量を増やすためのさらなる支援が行われることは想定し難い。
内需を満たすために牛肉輸入の増加も考えられるが、現在、米国での供給不足なども影響し、世界的に牛肉の引き合いが強まり、輸入価格も上昇していることから、低価格志向の強いフィリピンにとっては、調達しづらい状況が続くと思われる。このことについて、「世界中から安い価格帯にある低級部位を求めていくことになる」との食肉輸入業者協会のコメントは、今後の調達の困難さを物語っていた。
フィリピンは、著しい経済成長を遂げているものの、依然として多数の低所得層・下位中間層と小数の富裕層・上位中間層で成り立つ所得格差の大きい社会である。食肉の1人当たり消費量を見ても低価格帯の鶏肉消費が伸び、高価格帯の牛肉消費が伸び悩んでいることがその証左と言えよう。牛肉消費の主体は富裕層・上位中間層が担っており、消費市場の拡大には適正な富の再配分、すなわち低所得層を中心とした可処分所得の増加が欠かせない。
しかしながら、現下の内政や経済情勢では大幅な所得の向上は期待できず、畜産物消費を刺激するような事態も想定し難い。このため、牛肉消費が今後急速に増加することは見込まれず、1人当たり消費量は横ばいで推移するか、増加するとしてもそのスピードは緩やかであるとみられる。
日本の牛肉輸出とフィリピン
日本からのフィリピン向け牛肉輸出は、日本国内の牛海綿状脳症(BSE)の発生を受け、2001年9月以降、停止措置がとられた。停止前の同国への輸出量は年間1トンに満たない少量のものであった。今般、日本とフィリピン間で検疫協議が全て完了し、2014年5月に14年ぶりとなるフィリピン向け牛肉の輸出が再開された。
フィリピン向け牛肉輸出は6月に開始され、8月までの累計輸出量は501キログラムとなっている。2008年に発効した日・フィリピン経済連携協定(JPEPA)によって段階的に牛肉の関税が削減され、2014年は4%、2018年には撤廃される。これは日本産の輸出にとっては追い風となろう。
和牛のターゲットは、フィリピンの経済状況を考慮すると、図2に示した800万人に相当する富裕層(人口の約8%、2013年)に絞られると考えられる。さらに消費地も、必然的に富裕層が集中するマニラ首都圏、セブなどに限定される。フィリピンの富裕層の多くは、日本への渡航時などに和牛を食した経験もあるため、和牛を高級で美味しいものと認識し、その認知度も高い。
しかし、フィリピンでは、米国産、豪州産、さらにはフィリピン産などのWagyuと称する牛肉が数多く販売されており、このような牛肉は高価格で販売されている(表)。
表 輸入牛肉などの販売価格 |
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資料:My Own Meat ShopおよびKitayama Meatshopの聞き取りをもとにALIC作成 |
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写真 フィリピン産Wagyu
(ミンダナオ島生産者の店舗Kitayama Meatshop(マニラ)で販売) |
こうした中、今年の9月、日本から輸入した和牛を販売する専門店がマニラ首都圏のマカティにオープンした。店内では、和牛とおくら豚(オクラを給与した豚)のテイクアウトがメインとなるが、テーブルや立食席も用意されており、せいろ蒸しなどにした和牛を食べることも可能である。出だしの販売状況は好調とのことで、SNSを中心とした口コミによって和牛が食べられる店として評判は徐々に広まっているようである。購買の中心は富裕層で、ヒレ肉などの高級部位はショーケースに並べた途端に売り切れるほどとのことであった。
店主によると、現在の月1頭の輸入から3頭に増やし、さらには、流通コストの低減にも努めたいとのことで、今後の販売拡大に積極的であった。
フィリピン向け牛肉輸出はまだ再開されたばかりで流通量は少ないが、これから本物の和牛がフィリピン市場で消費拡大されることを期待したい。
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写真 和牛専門店「JAPANESE BEEF」(マニラ) |
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