特集:飼料生産の効率化、低コスト化に向けた取り組み  畜産の情報 2014年2月号

不耕起対応トウモロコシ播種機の開発

独立行政法人農業・食品産業技術総合研究機構 生物系特定産業技術研究支援センター
畜産工学研究部 飼料生産工学研究 橘 保宏、川出 哲生


【要約】

 わが国の10〜30アール程度のほ場で、高能率な不耕起播種が可能なトウモロコシ播種機を開発した。30馬力(22kW)級のトラクターで、耕起ほ場と不耕起ほ場の双方に、最高速度8km/時で作業が可能であることが特徴である。本機の利用によって、耕うん・整地作業を省略でき、消費燃料(軽油)を大幅に削減できる。

1.はじめに

 輸入飼料価格の高騰・高止まりが農家経営を圧迫するなか、飼料の自給率向上が重要な課題となっている。飼料用の青刈りトウモロコシ(以下、「トウモロコシ」という。)は、他の飼料作物に比べて収量が多く、栄養価の面で優れ、濃厚飼料の一部を担うなどの利点を持つため、作付面積の拡大が期待されている。飼料生産構造の高齢化や担い手不足が深刻さを増すなかで、作付面積の拡大を図るため、耕うん整地作業を省略することが可能なトウモロコシ不耕起栽培が注目されている。世界最大のトウモロコシ生産国かつ輸出国のアメリカではすでに広く普及している技術であり、南米のブラジルやアルゼンチンでは不耕起栽培技術を使いトウモロコシの生産量と輸出量を大幅に拡大させている。わが国でも、不耕起栽培が有効であることを示す研究成果は、数多く報告されている1)2)3)。特に、播種適期が極めて短いトウモロコシの二期作栽培において、耕うんせずに短期間に播種ができる不耕起栽培の効果が高い4)とされ、トウモロコシの二期作栽培は条件次第で関東北部(栃木県南部)まで可能5)との報告もある。不耕起栽培は、速やかに播種作業を完了することによって、収量増と飼料自給率向上に大きく貢献すると期待される。しかしながら、トウモロコシの不耕起栽培を行うには、耕うんしていないほ場でも播種が可能な不耕起播種機が必要となるが、国内製にはトウモロコシに適するものがなく、海外製は大きく重いため、わが国の狭小なほ場では利用場面が限られることから、普及は伸び悩んでいる。数年前、トウモロコシ不耕起栽培の複数の研究者から、「不耕起栽培は日本でも有効であるものの、海外製しかない状況では国内に広く普及することは難しい。日本に適した不耕起播種機を開発して欲しい。」との要望が寄せられた。

 そこで、生物系特定産業技術研究支援センター(以下、「生研センター」という。)では、わが国で一般的な10〜30アール程度のほ場で効率的に不耕起播種作業が可能なトウモロコシ播種機(以下、「開発機」という。)を、メーカーと共同で開発したので報告する。

2.特徴・構造

 開発機の主な特徴は、(1)30馬力(22kW)級のトラクターで作業が可能、(2)耕起ほ場と不耕起ほ場の双方に対応可能、(3)最高速度8km/時の高速作業が可能、の3つである。

 狭小なほ場への適応性を高め、小型トラクターでの作業を可能にするため小型軽量設計とし、トラクター3点リンク直装式の2条仕様とした。主な構成は、種子を1粒ずつ分離・放出する種子繰出装置、土壌表面に切り込みを入れ播種溝を形成する作溝部、播種深度を安定させ覆土鎮圧する鎮圧輪、開発機の姿勢を整え、土壌の硬さによって押しつけ力を調整するサイド輪とした(写真1)。播種機の心臓部ともいえる種子繰出装置と作溝部には、不耕起ほ場でも高速作業を可能とするため、新たな技術を投入した。
写真1 30馬力のトラクターで作業中の開発機
(トウモロコシ収穫後、二期作目の不耕起播種)

(1)種子繰出装置

 従来のトウモロコシ用播種機の種子繰出装置は、穴付きのプレート1枚が回転するが、開発機の種子繰出装置は、分離プレートと放出プレートの2枚のプレートで構成される(写真2)。分離プレートは種子ホッパ内の種子だまりから1粒ずつ種子を分離する役割を担い、放出プレートは分離した種子を下方に運び、種子放出口から播種機の進行方向後方へ等間隔に放出する役割を担う。分離と放出という二つの仕事を別々のプレートに分担させることで、従来の2〜3倍の高速繰出を可能にした。高精度に種子を分離するため、分離プレートは、種子の大きさに合わせて交換する。分離プレートの取り外しと装着は、片手で簡単に行うことができる。なお、種子繰出装置の内部にブラシを使用していないので、ブラシが摩耗する心配はなく、交換や位置調整などの手間も不要である。
写真2 種子繰出装置
左:種子ホッパを外して撮影、右:分離プレートを外して撮影

(2)作溝部

 作溝部は、土壌に切り込みを入れるディスクコールター(以下、「コールター」という。)、切り込みの幅を広げて溝を作る溝拡幅部、その溝に種子を誘導するスリットで構成した(写真3)。海外製トウモロコシ不耕起播種機の作溝部は、2枚または3枚のコールターが用いられており、土壌が硬い場合は抵抗によって浮き上がり易いため、質量を大きくする必要があった。開発機は、軽量でも土壌に入りやすくするため、コールターを1枚とし、溝拡幅部は下方ほど前方に突出させることで、土中に入りやすい形状とした。

 また、従来の播種機では、細長い管(パイプ)を使って種子繰出装置から地面まで種子を誘導していたが、管の内部と種子との摩擦によって落下速度にばらつきが生じ,さらに、播種速度を速くすると株間のばらつきも大きくなってしまう課題があった。開発機は、前後方向に長いスリット構造とし、種子はその内部をほぼ自由落下で地面まで誘導され、種子はほぼ同じ間隔で接地するため、株間のばらつきが小さくなる。
写真3 作溝部の構造

3.作業性能

(1)作業精度

 開発機を30馬力(22kW)のトラクターに装着し、イタリアンライグラス収穫後の不耕起ほ場と耕起ほ場で、作業速度0.7、1.5、2.0m/sの3段階に設定し精度試験を行った。その結果、平均株間はほぼ設定通りで、不耕起ほ場で約18センチメートル、耕起ほ場で約19センチメートル、株間のばらつき(標準偏差)は、不耕起ほ場と耕起ほ場ともに、作業速度が速いほど大きくなるが、不耕起ほ場で5.2センチメートル以下、耕起ほ場で7.2センチメートル以下であった(表1、写真4)。
表1 開発機の作業速度と1粒率および株間*1

*1:供試トウモロコシはKD777NewMF、分離プレートはN16φ8、設定株間は19cm。
*2:総繰出回数に対する1粒点播された種子の割合であり、株間5cm以内を1回2粒繰出、
    設定株間の2倍以上を欠株と判定。
写真4 イタリアンライグラス収穫跡へ不耕起播種したほ場での出芽

(2)作業能率

 リードカナリーグラス収穫後の不耕起ほ場20アール(20×100m)で能率試験を行った結果、ほ場作業量は1時間当たり64アールであった。石が少なく土壌が比較的柔らかいなど条件が良ければ、10アール当たり10分弱で作業を完了できる。

4.調整箇所と方法

(1)播種深さの調整

 開発機は、サイド輪の取り付け固定位置を上下させることによって、播種ユニットが地面に作用する強さを変えることができる。不耕起ほ場や鎮圧されたほ場では、播種溝をしっかり成形するため、サイド輪を上げて平行リンクのバネを伸ばし播種ユニットを地面に強く押しつけて播種する。ロータリー耕うん後などの土壌が柔らかい場合や鎮圧輪が深く沈む場合は、サイド輪を下げて地面への押しつけ力を弱める。株間は、スプロケットの交換によって設定する。播種深さは、鎮圧輪高さ調節ノブを回して調整する。なお、ほ場ごとの残渣の量や土壌の硬さなどの違いで、同じ設定でも変わることがあるので、播種作業の始めに播種深さが適正か確認する必要がある。

(2)分離プレートの選定

 開発機の利用に当たっては、作業前に必ず分離プレートが種子に合っているかを確認する。確認は、種子ホッパを取り外し、ひとつかみの種子を分離プレートの上に載せ、分離プレートをゆっくりと反時計方向に回転させて行う。写真5のように分離プレート外周の切り欠き(以下、「ホルダ」という。)に1粒ずつ入っていれば適正な分離プレートである。ホルダに種子が入らないことがあれば、一段大きいホルダの分離プレートに交換し、2粒同時に入ることが多い場合は、一段小さなものに交換する。
写真5 各ホルダに種子が1粒ずつ入った状態
(ピンク色がトウモロコシ種子)

(3)ほ場条件

 ほ場表面が硬く作溝部が土に入りにくい場合や地中の石に当たり作溝部が飛び跳ねるなどの現象が見られるほ場では、作業速度を落とし、場合によってはあらかじめ耕起するなどの対応が必要である。なお、開発機は、水田など粘土質土壌には適さない場合がある。

5.不耕起栽培の導入効果

 不耕起栽培は、省力効果と消費燃料の削減効果が極めて大きいことが特徴である。具体的には、慣行の耕うん播種作業で行われる堆肥散布、耕うん、施肥、播種、鎮圧、農薬散布の作業量の合計を100としたとき、不耕起栽培では、耕うんと鎮圧作業が省略されるため、作業時間の約6割、燃料(軽油)の約7割を削減することが可能との報告6)がある(図1)。昨年8月初めに、トウモロコシ二期目の播種に開発機を利用した農家からは、「この機械で二期作が可能となった」、「従来の目皿式より3倍速い」、「コールターの切れ味が抜群」、「耕うんしないため燃料(軽油)が大幅に節約できた」と嬉しい評価をいただいている。なお、「4条仕様を追加してほしい」との要望が寄せられており、現在、メーカーでは、仕様追加を検討しているところである。
図1 トウモロコシ不耕起栽培の効果

6.最後に

 開発機は、平成25年4月にアグリテクノ矢崎株式会社から市販化された。製品の仕様と外観を表2と写真6に示す。
表2 市販機の仕様

資料:アグリテクノ矢崎株式会社ホームページより転載。
※1:株間は、ほ場条件により増減することがあります。
※2:最高作業速度は、株間設定およびほ場条件等によって異なります。
写真6 市販機(NTP-2)の外観
(アグリテクノ矢崎株式会社ホームページより転載)

 現在、6県の試験研究機関と共同で、開発機の現地実証試験を進めている。今後は、それらの結果から、より多くのユーザーに満足いただけるよう、ほ場条件等に応じた不耕起栽培および開発機の利用上の留意点などを明らかにしていきたいと考えている。

 また、生研センターでは、開発機に搭載した種子繰出装置が多様な作物の種子に適応可能であることに着目し、大豆、稲、麦類に適応可能な高速汎用播種機の開発を進めている。メーカーおよび県試験研究機関等の協力を得て、早期の実用化を目指したいと考えている。


参考文献

1)原田直人・小村洋美・宮薗勉・竹之内豊(2010)不耕起栽培トウモロコシの収量は
  耕起栽培と同等で耐倒伏性が高い傾向にある.九州沖縄農業・畜産・草地
  (草地飼料作)研究成果情報[技術・普及]

2)平久保友美・魚住 順・川畑茂樹・雑賀 優・佐野宏明(2011)連続不耕起栽培が
  飼料用トウモロコシの収量に与える影響.日草誌57:73-79

3)魚住 順・平久保友美・出口 新・嶝野英子・折舘 信・堀間久巳・尾張利行(2007)
  トウモロコシは不耕起栽培でも耕起栽培と同等の収量性が得られる.東北農業・
  畜産、畜産草地研究成果情報[技術・普及]

4)加藤直樹(2011)九州における飼料用トウモロコシ不耕起栽培技術の紹介.
  日草誌57(3):172-175

5)菅野 勉・森田聡一郎・佐藤節郎・黒川俊二・西村和志・九石寛之・増山秀人・
  島田 研(2012)関東におけるトウモロコシ二期作の栽培適地と限界地帯に
  おける生産性.畜産草地研究所・研究成果情報  http://www.naro.affrc.go.jp/project/results/laboratory/nilgs/2012/120c1_04_11.html
   (平成26年1月9日参照)

6)畜産草地研究所(2012)革新的農業技術に関する研修テキスト「自給飼料作物
  の生産・給与技術と未利用資源の飼料化技術」:p1-12

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