はじめに
自宅近くにある盛岡市郊外の県道は林を横切っており、強風や豪雪の後に道路が閉鎖されることがよくある。植林後の手入れが十分でなく、密生した樹木が倒れることによる。日本では戦後の復興のため木材需要が急増し、木材の需要を賄うべく昭和30年代に段階的に始まった木材輸入の自由化が、国産材の利用を激減させ、林業を衰退させた。木材の自給率は昭和30年に9割以上あったものが、現在は2割まで落ち込んでいる。日本は国土面積の2/3を森林が占める世界有数の森林大国であり、資源を生み出す土地基盤を有しながら、この現状は残念でならない。
牛肉輸入自由化による草地利用率の低下
わが国の飼料問題は、木材輸入の二の舞を演じているように思える。高度経済成長時代を迎えた昭和30年代、畜産物需要の増大、家畜飼養頭数の増加に伴って飼料の需要が増した。全国的に草地造成が進められ、飼料作物栽培面積は年3万5000ヘクタールずつ増加するという驚異的な伸びを示した。しかし、昭和60年代の急激な円高で、自給飼料は次第に輸入飼料に置き換わっていった。追い打ちをかけるように、牛肉の輸入自由化が平成3年から始まった。海外から入ってくる安価な輸入牛肉と肉質において競合する日本短角種など、粗飼料を効率的に利用できる畜種の飼養頭数が激減した。この影響で平成3年に約105万ヘクタールにまで増えた飼料作物作付面積は、平成19年には90万ヘクタールに満たないまでに減少するとともに、公共牧場の利用率が低下し、荒廃草地が目につくようになった。
飼料高騰の状況と今後の見通し
これと対照的に、粗飼料の輸入量は、昭和50年の15万トンが、平成3年には200万トンを超え、16年には300万トンを記録した。経営規模の拡大に伴って輸入飼料に依存する割合がさらに高まった結果、世界の飼料需給状況が、わが国の畜産経営に大きく影響するようになった。配合飼料の主原料(使用割合:約45%)となる飼料用トウモロコシの輸入(CIF:日本の港渡し)価格は、平成18年まではトン当たり1万7000円前後であったものが、アメリカにおけるトウモロコシのエタノール向け需要増加により、20年9月には4万円以上に高騰した。その後、円高で2万円前後にまで値を下げたが、25年6月には3万4000円を超えた(図1)。
図1 飼料用トウモロコシの輸入(CIF)価格
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資料:貿易通信社「飼料情報」 |
一方、乾牧草の輸入(CIF)価格は、平成20年にはトウモロコシ価格高騰の影響を受けて、9月にトン当たり4万1000円となった後3万円台で推移したが、24年9月から高騰し、5月には4万4000円と20年の最高値を塗り替えた(図2)。最近のトウモロコシや乾牧草の高騰は、円安の影響のみならず生産地での高騰を背景としている(図1及び図2のドル値)。高騰の背景は、生産地の気象による不作等の要因に加えて、中国やUAE、ブラジルなどの需要急増等、国際需給が大きく影響しており、当面、価格低下は期待できない(図2における25年9月の価格は、新収穫物を見越し一時的に低下したもの)。飼料自給率の向上は、これまで何度となく叫ばれてきたことではあるが、再度真剣に認識すべき時期にある。
図2 乾牧草の輸入(CIF)価格
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資料:貿易通信社「飼料情報」 |
飼料生産基盤の見直し
昭和40年代から全国に設置されてきた公共牧場数は最大1,179まで増えたが、その後減少傾向で推移し、平成24年には原発事故の影響もあり761まで減っている(図3)。利用頭数も減少傾向にあり、24年の12万9000頭は、最盛期の6割に過ぎない。牧草地と野草地を合わせた草地面積も、24年の11万2000ヘクタールは最盛期の68パーセントであるが、利用率が低下していることを考慮すると、さらに少ないと推定される。新たに草地開発することは困難でも、前に草地として利用していた場所を再生させることはそれほど難しくはない。
図3 公共牧場数、草地面積、利用頭数
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資料:農林水産省「公共牧場をめぐる情勢」 |
日本の森林が荒廃したといわれ始めて久しいが、耕地の荒廃も進んでいる。耕作放棄地の面積は、昭和60年までは約13万ヘクタールであったが、その後増加して約40万ヘクタールとなった。全国の耕地面積が約455万ヘクタールであるので、約9パーセントに相当する。耕作放棄地は、山間農業地帯の傾斜地など条件不利地が多い。これらの土地利用は他作物でも考えられているが、畜産利用、特に放牧利用は、牧柵と水を確保できれば簡単に行えるので、耕作放棄地の利用には有効だ。舎飼いされていた繁殖牛を放牧することにより、灌木や雑草に覆われていた耕作放棄地は、景観的にも優れた農地としてよみがえり、家畜はミネラル豊富な野草を食べて毛艶が良くなり、健康になる効果がある。既にソーラー電牧や簡易な給水装置などが開発されているので、技術的な裏付けは整っている。
国土交通省が管理する河川堤防の刈り草は、多くが野焼きされたり、産業廃棄物として処理されていたが、近年、農林水産省との連携で、刈り草が家畜飼料として利用され始めている。河川堤防は想像以上に面積が広く、関東地方整備局が管轄する1都7県の年間堤防除草延べ面積は、年2回刈取りで7000ヘクタールにのぼり、乾草に換算すると少なく見積もっても1万5000トンが収穫できる計算になる。刈り草の畜産利用は、環境保全、資源循環の面からも望ましいため、関係者が協力して全国的に推進する必要がある。
飼料自給率向上の取り組み
平成20年のトウモロコシ価格高騰は、飼料自給率向上の取り組みを後押しした。北海道では集約放牧の推進が図られ、最近は草地植生改善プロジェクトが進められている。東北地方や四国地方では、桑園跡地や中山間地帯などの耕作放棄地における放牧、関東地方や北陸地方、九州地方では水田放牧、黒毛和種生産が盛んな中国地方では、これまでの小規模移動放牧の技術を発展させた、広域連携周年放牧の取り組みが始まっている。これらの取り組みはまだ部分的であるので、畜産技術者と行政担当者が一丸となって、地域全体の取り組みに拡大・発展させる必要がある。
政府は新たな米政策で、平成26年産から飼料用米の生産拡大に力を入れ、米の直接支払交付金を半減させる一方、数量払いを導入して飼料用米生産を誘導し、加えて、農業の多面的機能に着目した日本型直接支払制度を創設しようとしている。これらの政策は、いずれも自給飼料増産を通じてわが国の畜産経営の安定化を後押しするものではあるが、TPP交渉の如何によっては、畜産全体が大きな打撃を受ける。公共牧場、耕作放棄地、堤防刈り草の利用拡大と飼料用米の生産拡大を組み合わせて、自給飼料増産に取り組むことが重要である。
おわりに
最近、東北地方の山間地をドライブしていて気づくのは、製材工場が活気を取り戻しつつあることだ。伐り出したばかりの材木がうず高く積まれ、車の出入りが頻繁で、人の動きが活発化している。木材自給率は少し上向き、木材ペレットを燃料とするストーブの広告も目立ち、永年にわたる林業の衰退から少しずつ活気を取り戻しつつあるように見える。わが国の耕地面積は狭く、現在国内で飼養している家畜頭数を賄うだけの飼料生産は無理としても、わが国が持つ飼料生産基盤をフル活用して飼料自給率向上に結びつけ、国際的な飼料需給の影響を受けにくい、安定した畜産経営を図らねばならない。
(プロフィール)
雑賀 優(さいが すぐる)
静岡大学農学部卒業後、1966年農林省入省。北海道農業試験場、農蚕園芸局、草地試験場を経て、1985年に岩手大学農学部に転出。2009年退職。岩手大学名誉教授
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