調査・報告  畜産の情報 2014年1月号

国際酪農連盟ワールド デイリー サミット2013を終えて

国際酪農連盟日本国内委員会(JIDF)
雪印メグミルク株式会社 総合企画室 シニア・アドバイザー 野村 俊夫
畜産需給部


【要約】

 平成25年10月28日〜11月1日に横浜でワールド デイリー サミット2013が開催された。サミットの概要および10の特別講演会の中から関心の高かった「酪農政策・経済」、「子供とミルク」、「マーケティング」について、その状況を報告する。

T サミットの概要

1 サミットを終えて

 国際酪農連盟(International Dairy Federation:IDF)は1903年、ベルギー国ブリュッセルにおいて設立された世界規模での酪農乳業界を代表する唯一の国際団体である。ワールド デイリー サミットは、IDFおよび開催国が主催で毎年開催される国際会議で、世界の酪農政策、乳業技術、食品安全等共有する課題について、その研究成果を発表し話し合うためのものである。これまで、主にIDF業務全体の報告および意見交換を行うIDFフォーラムや世界の酪農状況、乳業政策の進展、家畜の健康などを取り上げた特別講演会などが実施されてきた。日本では、1972年、1991年の東京開催に続き、今回、22年ぶり3回目の開催(横浜)となる。

 国際酪農連盟ワールド デイリー サミット2013は、10月28日(月)午後の開会式を皮切りに11月1日(金)までの5日間、横浜市みなとみらい地区のパシフィコ横浜及び横浜ベイホテル東急を主会場として開催された。56カ国から2,226名の酪農・乳業関係者が、サミットのテーマ「Rediscovering Milk(牛乳の再認識)」のもと、開会式、10の特別講演会(計150名の講演者(うち日本人50名))、展示会、社交行事、ツアー等に参加し、同サミットは成功裏に終了した。

 本サミットに世界の酪農乳業関係者が集い、乳の価値を再認識・共有できたことは大きな成果であった。情報交換を通じて関係者が自らの問題解決に資することができたといえる。また、日本の酪農乳業関係者が、準備段階から結集してサミットを盛り上げ、海外の参加者をフレンドリーに迎え入れることができたことも一つの成果である。サミットは「乳」を通じて日本の酪農乳業が社会に果たす役割を関係者が再認識する機会を与えたともいえる。

2 参加国・参加人数
  〜過去最高の参加者。多くの生産者が参加〜

 今回のサミットは、日本も含め56カ国が参加した。地域別参加国数は次のとおりである。

 例年のサミットに比べ、アジア諸国からの参加が多かった。これは、プログラム作成において、アジアの酪農乳業を発信することを念頭にアジアの講演者をより多くしたことが主たる要因である。

 参加人数は、海外から792名、国内から1,434名の、計2,226名(展示会要員・同伴者等199名含む)であり過去最大の参加人数であった。国内参加者の約3分の1に当たる約500名は、酪農家や酪農団体等酪農関係者が参加したことも大きな特徴である。

3 ハイライト

(1)サミット1日目(10月28日)  〜秋篠宮殿下御臨席のもとでの開会式で開幕〜

 初日は午後の開会式をもって、サミットが開幕した。秋篠宮殿下ご臨席のもと、国内外から約1,000名が出席し、開会式が盛大に行われた。殿下によるお言葉の前に、主催者代表として挨拶した国際酪農連盟日本国内委員会海野研一会長が、このサミットを機会に牛乳乳製品の消費減退を断ち切り流れを逆転させたいと強調した。また、IDF会長ジェレミー・ヒル氏は、乳の価値再認識に加えて、IDFの価値・役割も再認識する必要性を強調した。その他、林芳正農林水産大臣、林文子横浜市長および一般社団法人日本乳業協会中野吉晴会長の祝辞のあと、2013サミット組織委員会田中要委員長による大会宣言で締めくくった。

 その後、同会場にて行われたIDFフォーラムでは、IDFの役割・価値・貢献について、IDF活動全体・栄養面・国際規格面・環境的持続可能性面から、それぞれのIDF関係者が講演した。

 夜には歓迎レセプションが行われ、1,000名近くの人が参加し、再会を喜ぶとともにそれぞれ交流を深め盛会であった。
開会式(パシフィコ横浜)
(2)サミット2日目(10月29日)  〜2つの特別講演会、ポスター発表、展示会〜

 サミットの目玉の一つである、世界の乳業会社経営者ら7人による特別講演「ワールドデイリーリーダーズフォーラム」が行われた。各経営者は自社の紹介を交えながら、持続可能な酪農乳業のあり方や戦略等について講演した。

 フォーラム終了後の午後、酪農政策・経済特別講演会が行われた(内容はUの(1)に後述)。

 ポスター発表が29日からサミット最終日の1日までの4日間開催された。最初の2日間では、酪農政策・経済および酪農科学・乳業技術分野、残りの2日間でその他の分野の合計160余りのポスターが発表された。今回は昼休みの30分間、ポスター発表者はポスターの横で控え、参加者の求めに応じてポスターを説明した。
ポスター発表
 横浜ベイホテル東急の特別講演会会場に隣接した会場では、35のブースが設けられ、国内外の乳業会社等が自社・団体のPRを行う、展示会が開催された。そのブースの一画には、日本の乳・乳製品を、特に海外の参加者に自由に試飲・試食してもらうミルクバーも開設された。

 また、講演会終了後、チーズソムリエの国内のチーズ工房が生産したチーズをワインとともに賞味しながら懇談するコーナー「ハッピーアワー」も設けて、海外の参加者から好評を得た。
ハッピーアワーで並べられたチーズ
(3)サミット3日目(10月30日)  〜3つの特別講演会、酪農家が集う会食〜

 前日に引続き酪農政策・経済特別講演会が行われたほか、酪農科学・乳業技術特別講演会および子供とミルク特別講演会が開催された。

 酪農科学・乳業技術特別講演会は、今までのサミットでは取り上げられていなかった「おいしさ」をテーマとしたセッションがあり、参加者の大いなる関心が寄せられた。

 子供とミルク特別講演会においては、各国の学乳制度の紹介があった(内容はUの2に後述)。

 夜には、酪農家が集う会食が開催され、国内外の酪農関係者を中心に約420名がクルーズ船ロイヤルウィング号の船上で懇親を深めた。
酪農科学・乳業技術(DST)
特別講演会(横浜ベイホテル東急)
(4)サミット4日目(10月31日)  〜4つの特別講演会、ガラ晩餐会〜

 酪農分野である家畜の健康・福祉特別講演会および農場管理特別講演会のほか、栄養・健康特別講演会およびマーケティング特別講演会が開催された。

 家畜の健康・福祉特別講演会では、国際獣疫事務局(OIE)から反芻動物の疾病に焦点を当ててOIEの最近の活動や現在取り組んでいる新たな家畜福祉基準が紹介された。また、日本からは乳房炎やヨーネ病等の実態と対策、日本の酪農における家畜福祉の進展が紹介された。

 農場管理特別講演会では、世界の酪農の現状と問題点が報告された。

 栄養・健康特別講演会における基調講演では、メタボリックシンドロームの発症リスクに及ぼす乳・乳製品の影響について報告があった。

 マーケティング特別講演会においては、イブブトナーIMPトロフィー賞(国際販促賞)がアメリカの「チョコレートミルクで販売競争に勝つ」に授与された(内容はUの3に後述)。

 夜に開催されたガラ晩餐会には約900名が参加し、国内外の参加者が交流を深め、盛会裏に終了した。ガラ晩餐会において、世界の酪農乳業の発展に貢献した人を称えるIDF賞にノルウェーのRoger K. Abrahamsen名誉教授に、また、今年より新設されたIDFの活動に貢献したIDF優秀賞にノルウェーのOdd Ronningen氏の受賞が発表された。
ガラ晩餐会(横浜ロイヤルパークホテル)

(5)サミット5日目(11月1日)  〜3つの特別講演会でサミット閉幕〜


 前日に引き続き栄養・健康特別講演会が行われたほか、環境特別講演会および食品安全特別講演会が行われた。

 栄養・健康特別講演会では、日本独自のテーマとして、高齢者における加齢に伴う疾患を予防するために摂取するたんぱく質に焦点を当てて講演がなされた。

 環境特別講演会は、温室効果ガス排出量を表すカーボンフットプリントや水消費量をあらわすウォーターフットプリント等の総称である環境フットプリントをセッションテーマに講演がなされた。

 食品安全特別講演会は、「総合サプライチェーンアプローチによる酪農製品のリスクマネジメント」をテーマに、リスクマネジメントの実践的アプローチの講演がなされた。

 この3つの特別講演会の終了をもってサミットが閉幕した。

U 特別講演会

 今回のサミットでは、全部で10の特別講演会が開催された。このうち、「酪農政策・経済」、「子供とミルク」、「マーケティング」の特別講演会からかいつまんで、その状況を報告する。

1 酪農政策・経済特別講演会

(1)世界の酪農情勢2013
アドリアン・クリーガー
(オランダ・デイリー・ボード)
<2012年の結果>

 2012年は、従来の酪農乳業の傾向が基本的に継続される年となった。

 生乳生産量は前年比2.2パーセント増となったが、乳製品の生産量はチーズを除き前年より伸び率が低下した。国際的乳業企業の売上高は、トップ3(ラクタリス、ネスレ、フォンテラ)は前年を上回ったが、その他の企業は総じて前年を下回った。

 一人当たり牛乳乳製品の年間消費量(生乳換算数量、以下同じ)は、109.1Kgとなり前年を僅かに上回った。2005年からの増加率は、ブラジル(26%増)、ベネズエラ(62%増)、インド(24%増)、中国(39%増)ナイジェリア(38%増)等が高かった。

 乳製品の貿易量は3年連続で過去の平均増加率を上回り、バター(10.3%増)、チーズ(9.7%増)、脱脂粉乳(5.9%増)、全粉乳(7.9%増)となった。乳製品の輸出量のシェアは、NZが28パーセント、EUが26パーセント、米国が12パーセント、豪州が7パーセントであった。乳製品の輸入量は、中国(610万トン)、ロシア(530万トン)、メキシコ(340万トン)、アルジェリア(290万トン)、日本(230万トン)となり、前年比の増加率は、中国(30%増)、ロシア(16%増)が高かった。

 乳製品の国際価格は、2012年7月から2013年1月にかけて上昇し、2011年の水準には至らなかったものの、全般に高い水準となった。生乳の生産者価格(2007年を100とする指数)は、EU、NZ、米国で激しい変動後にほぼ元の水準に戻ったが、ロシア、インド、中国およびブラジルでほぼ一貫して上昇した。

<2013年の状況>

 2013年は、生乳及び乳製品の生産が伸び悩み、従来の傾向から見ると例外的な年になりつつある。

 生乳生産量は前年比1.5パーセント増となり、従来から続いていた2パーセント台の伸びが一服すると見込まれている(図1)。乳製品の貿易量も、同2.2パーセント増となり、2009年から続いていた年8〜10パーセントの増加を大きく下回る見込みとなっている(図2)。

 その結果、乳製品の国際市況は2013年前半に高騰し、その後は落ち着いたものの、依然として高い水準で推移している(図3)。
図1 生乳生産量

注1:生乳生産量。全畜種
注2:*は見込値
注3:プレゼンテーション資料より作成
図2 世界の乳製品貿易量

注1:*は見込値
注2:プレゼンテーション資料より作成
図3 乳製品国際市況

注:プレゼンテーション資料より作成
<2014年の見通し>

 2014年には、乳製品の国際市況が現在の記録的な高水準から低下すると見込まれているが、何がその低下の要因となり、また何時の時点から低下に転じるかを見通すことは難しい。

 国際市況の低下は、EU、米国、豪州およびNZなど主要な輸出国の気象条件、中国、インドおよびブラジルなど主要な消費国の需要動向、主要な通貨の為替変動、世界的な人口変動などの要因に影響されることが想定されるが、いずれもプラス又はマイナス要因になる可能性があり、正確に予測することは困難である。

(2)韓国の酪農乳業
ジョン・ス・パク
(忠南大学教授:酪農乳業経営管理学)
<韓国酪農乳業の概要>

 韓国では、1930年代に商業的な酪農乳業が始まり、1960年代に近代化が進んだが、現在の姿になったのは1990年代である。約6千戸の酪農家が首都ソウルの近郊を中心に存在しているが、牧草資源が乏しいため、輸入飼料に大きく依存しており、家族労働で集約的な酪農が行われている。国内生乳生産量は210万トンで、総消費量の62パーセントをカバーしている。生乳の取引価格は、諸外国に比べ2〜3倍高い水準にある。

 国産生乳の69パーセントは乳業に直接販売されており、韓国酪農委員会(KDC)経由が23パーセント、酪農協同組合経由が8パーセントとなっている。2012年の生乳生産額は18億米ドルで、畜産物総生産額の12.6パーセントを占めた。

 2002年から2012年にかけて、生乳生産量は254万トンから211万トンに、酪農家戸数は11千戸から6千戸に、経産牛飼養頭数は544千頭から420千頭に減少したが、一戸当たり飼養頭数は46.4頭から69.9頭に、一頭当たり生乳生産量は7,071Kgから8,878Kgに増加した。

 牛乳乳製品の生産額は、2005年の55億米ドルから2011年には64億米ドルに増加、乳処理工場数は、2000年の55から2012年には44に減少した。

 2012年に生産された生乳211万トンのうち、141万トン(66.6%)が飲用乳向け、20万トン(9.3%)が粉乳向け、17万トン(8.1%)が加工乳向け、33万トン(16.0%)がその他向けに処理された。

 2002年から2012年にかけて、一人当たり飲用牛乳消費量は年34.9kgから33.6kgに減少したが、牛乳乳製品全体の消費量は年64.3kgから67.2kgに増加した。これは出生率の低下とライフスタイルの変化によるもので、牛乳乳製品全体の消費量はコメと同水準になった。

<韓国酪農乳業が抱える問題>

 現在、韓国の酪農乳業は、(1)生乳販売ルート分散で全国レベルの生乳需給調整が困難、(2)高齢化により酪農家が減少、(3)飼料価格の乱高下と乳製品輸入の自由化により酪農経営が複雑化、(4)糞尿処理や疾病等によりネガティブイメージが増加、(5)出生率低下や競合飲料増加により飲用牛乳の消費量が減少等の問題に直面している。

<韓国酪農乳業の将来>

 韓国の酪農乳業は、(1)生乳需給見通しのシステムを確立して全国レベルの生乳需給調整を実施、(2)生乳出荷割当の無償貸与や後継牛育成の外部委託により酪農経営の負担を軽減して新規参入及び後継者育成を促進、(3)穀物給与量削減や飼料生産強化により飼料価格を安定させて生乳生産コストを低減、(4)糞尿処理の基準を徹底、(5)口蹄疫等の家畜疾病を撲滅、(6)研究開発促進やアンチミルクキャンペーン対策で牛乳乳製品消費を拡大する等により、次の目標を達成するべく努力している。(1)2020年の生乳生産量を218万トンにする、(2)経産牛平均飼養頭数を86頭、一頭当たり平均生乳生産量9,786Kgにする、(3)国民一人当たり牛乳乳製品消費量75.7Kgにする。

2 子供とミルク特別講演会

 この特別講演会では、子供の発達段階において牛乳・乳製品が発揮する栄養学的効果や、それに裏打ちされた学校給食用牛乳供給制度(学乳制度)の意義、世界各国における同制度の紹介など、多彩なプレゼンテーションが展開された。
子供とミルク特別講演会
(1)子供の栄養とミルク〜子供に牛乳を与える科学的根拠〜(セッション1)

 最初のセッションでは、牛乳・乳製品の日常的な摂取が、血圧降下や体脂肪減少の効果をもたらし、糖尿病や心臓病といった生活習慣病の発症リスクを低減することや、牛乳・乳製品の摂取量減少がカルシウム・ビタミンD欠乏につながることが示された。また、日本において、学校給食は子供たちの重要な栄養源となっており、仮に給食での牛乳供給が中止される場合、カルシウムなどの必須栄養素の欠乏状態となる子供の割合が、大幅に上昇するとの試算が紹介された。

(2)世界の学乳施策の紹介と展望(セッション2)

 セッション1で確認された、牛乳・乳製品の栄養学的性質を背景に、世界各国で実施されている学乳施策が紹介され、各国の経済の発展状況によって、制度の仕組みや目的、抱えている課題がさまざまであることが明らかとなった。

 例えば、日本の学乳制度は、50年以上に渡り、児童・生徒の体位・体力向上および国産生乳の需給調整を目的として実施されてきたが、近年は前者の目的が達成されており、減少傾向にある牛乳摂取量の回復が課題となっている。

 一方、子供たちの牛乳消費拡大に成功した例として、ポーランドの取り組みが紹介された。同国では、2004年のEU加盟以降、学乳プログラムが実施されており、それとともに、酪農協同組合が核となり、酪農家、乳業会社、包装容器メーカー、官公庁の連携の下、子供たちの興味を引くキャラクターやデザインを利用して飲用拡大キャンペーンを張ったことが奏功し、多くの子供たちが牛乳を好んで飲用しているとのことである。

 多くの発展途上国では、子供たちの栄養状態について、その改善および地域間格差の縮小が学乳事業の最大の課題となっている。具体例として、中国での貧困地域に重点を置いた経費補助や、モロッコにおける栄養強化牛乳を含む朝食の配布、メキシコにおける飢餓撲滅プログラムの一環としての地域色を活かした給食の提供が紹介された。

 タイにおける学乳事業も、2002年以降、子供たちの栄養状態の改善を目的として実施されてきたが、国内産生乳の約4割が学乳に仕向けられることから、同制度は生乳の需給調整の役割も果たしているとのことである。

 また、本セッションでは、国際酪農連盟(IDF)と食糧農業機関(FAO)による、世界各国を対象とした学乳事業に関する共同調査についての経過報告もあった。今後、詳細な分析結果の発表が期待される。

(3)栄養以外の効果〜学校における乳と酪農の価値再発見〜(セッション3)


 本セッションでは、子供たちが牛乳・乳製品およびそれらを生み出す酪農に関する知識を深めることにより、牛乳・乳製品を積極的に摂取することを目的とした活動が紹介された。

 まず、日本における酪農教育ファームの実施例が紹介され、その効果に関する検証結果が報告された。この活動は、酪農体験も含めた教科横断的なプログラムであるが、単なる栄養教育にとどまらないその実施内容に効果があると見え、プログラム実施後に、牛乳を含めた食品全般に対する感謝の念が芽生えたり、給食の食べ残しが減ったりするなど、子供たちの心境や行動に変化がみられたとのことである。

 次に、ニュージーランドの事例が紹介された。同国では、1960年以降、学乳事業が実施されていなかったが、2012年より、フォンテラ社が、子供たちの食生活向上や国産牛乳の消費減少対策、地域との連携強化を目的として、小学校への牛乳の無償提供を開始した。これにより、子供たちの牛乳消費量が増加し、また地域社会との関係も深まったとのことである。今後は、さらに対象を拡大するとともに、酪農教育制度の確立を目指していく方針である。

 また、ロシアの事例として、学乳事業と関連して実施されている、牛乳・乳製品の消費拡大を目的としたイベントなどが紹介された。

 健康維持・増進の観点から、牛乳・乳製品の習慣的な摂取はあらゆる年代において求められている。とりわけ小児・思春期における摂取は、成長に不可欠であるとともに、その後の健康状態に多大な影響を及ぼすということから特に重要である。このことから、広く牛乳・乳製品を提供する学乳制度は、子供たちの健やかな成長を促す上で、極めて重要な役割を担っている。本講演会は、こうした認識が参加者の間で改めて共有される機会として、意義深いものであったと言える。

3 マーケティング特別講演会

 この特別講演会では、米国、イギリス、フランス、フィンランド、チリなどに加え、次回の開催地であるイスラエルからの講演者が各国の牛乳・乳製品に関するマーケティングの状況について発表した。

 多くの先進国に共通して言えるのは、牛乳や乳飲料の消費量は、頭打ちまたは減少傾向であるということだ。この理由は国によって異なるが、他の飲料(ミネラルウォーターや清涼飲料水)の消費増、不況や失業率上昇による購買力の低下、高齢化などが挙げられた。こういった状況のなか、牛乳・乳製品の消費増加のため、各国のマーケティング方針やその方法について報告があった。
マーケティング特別講演会
(1)牛乳の機能性やおいしさの追求とセレブを使ったイメージ戦略

 マーケティング方針について、牛乳・乳飲料の新しいまたは効果的な摂取方法の紹介の事例やおいしさを強調した製品の開発事例とともに、牛乳・乳飲料、乳製品のイメージアップを図る事例が発表された。

 前者の事例として、牛乳消費量の減少が続くなか、フレーバーミルク(風味を添加した乳飲料)の消費が安定的な米国では、タンパク質を効率的に摂取する方法として、運動後にチョコレート味牛乳を飲むことを提案し、プロスポーツ選手を起用した宣伝に力を入れている。また、フィンランドでは、牛乳に含まれる乳糖を消化できない体質の人のために、特別な処理をした乳糖フリー牛乳の販売を行っている乳業会社の事例が紹介された。同社の乳糖フリー牛乳の販売は好調であり、さらに、同社は乳糖フリー牛乳の製法をライセンスとして販売し、他国でも同様の商品が製造されている。また、日本の報告では、おいしさを追求した牛乳や機能性を強調した商品の販売が好調である事例が発表された。日本の量販店などでは特売商品として扱われる傾向にある牛乳だが、消費者の求めるおいしさを追求し開発した、しぼりたての牛乳に近いという商品は安定した販売価格を保っているという。また、骨の健康に注目し、機能性を強調した商品は、宅配など販売チャネルを限定することで、付加価値のある商品として販売している。各国の特徴ある商品を紹介するプレゼンテーションでは、栄養や機能性だけではなく、商品のパッケージ(おしゃれ、エコなど)にこだわったものも紹介された。

 イメージアップを図る事例として、チリやイギリスの発表では、芸能人やモデル、スポーツ選手など著名人(セレブリティ)を宣伝に起用したマーケティングの方法が紹介された。何年にもわたって各業界のセレブを使いシリーズ化した宣伝や、テレビコマーシャルだけではなく街頭広告やインターネット広告など、さまざまな場面でプロモーションを行った結果、消費量が増加したと報告された。こういった手法は、牛乳自体の栄養価の高さやおいしさを強調するというよりは、セレブを使ったイメージ戦略によって牛乳・乳製品の消費拡大を実現している点が興味深い。

(2)マーケティングの対象

 マーケティングの対象として、国によってさまざまな違いがみられた。日本では、医師や栄養士など(ミルクインフルエンサー)を通じて、母親を対象としたプロモーションを行っているが、南アフリカでは、人口比率の高い10代を対象として牛乳・乳製品の栄養価や摂取方法を教えるプロモーションが行われている。年齢や性別のほかに、牛乳・乳製品を摂取する場面、例えば朝食や運動後など、という切り口の商品も例に挙げられた。

(3)アンチミルクへの対応

 牛乳の摂取が身体に悪影響を与える、乳牛の飼養方法が動物福祉に反しているといった理由でアンチミルクの動き(反酪農運動)に頭を悩ませているイスラエルやノルウェイの対応について、報告があった。反酪農運動は、誤った理解に基づいていたり、ごく限られた事例が一般化されてインターネットなどを通じて拡散しており、これらのことは、牛乳・乳製品の消費に悪影響を及ぼしていることから、この対応には苦慮しているものの、これといった方策がなく、酪農関係者団体が、正しい情報や知識の発信を地道に続けていくことが重要だ、ということが語られた。

(4)ソーシャルメディアを通じたマーケティング


 これらの発信方法については、テレビコマーシャルや街頭広告などに加え、インターネットを通じたプロモーションが行われており、その比率は増しているという。インターネットと一口に言っても、フェイスブックのようなSNSやバナー広告、遊びながら牛乳・乳製品の知識が得られるゲームやクイズなど多様な方法があるようだ。

 各国の状況は異なるものの、これらのマーケティングに関するセッションを通じて、牛乳・乳製品の消費を伸ばすためにさまざまなアプローチが行われていることがよくわかった。日本のように牛乳の品質に注目した商品や、ミルクインフルエンサーを通じて牛乳・乳製品の機能を、母親というキーパーソンに効果的に伝える手法もあれば、セレブを使って牛乳・乳製品のイメージを改善する手法など、さまざまな視点での取組みが行われている。また発信方法についてもインターネットやイベントなどさまざまな媒体が利用されている。こういった世界的な会議で各国の牛乳・乳製品のマーケティングの取組みに関する情報を共有することは有意義なことと思われた。

(注1)本稿において、T「概要」については、国際酪農連盟日本国内委員会が、Uの1「酪農政策・経済」については、野村俊夫氏が、Uの2「子供とミルク」及びUの3「マーケティング」については、畜産需給部が執筆した。

(注2)本稿で使用している写真は、国際酪農連盟日本国内委員会より提供されたものである。

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