調査・報告 専門調査  畜産の情報 2014年7月号


持続可能な地域酪農を支える
「泣fイリーサポート士別」(前編)

筑波大学 名誉教授 永木 正和



【要約】

 「酪農を利益的で、ゆとりのある経営にしたい。」という酪農家が集まり、(有)デイリーサポート士別(以下「DSS」という)が設立された。

 DSSでは、酪農の作業のうち「搾乳・繁殖」以外の「哺育・育成」「自給飼料の生産」「堆肥処理」を請け負う。その結果、個々の酪農経営は、「搾乳・繁殖」に集中することができ、利益を出しながら、生活にゆとりを持てるようになった。また、地域の酪農後継者を確保するために新規就農希望者向けの研修施設や酪農経営の第三者への委譲の仕組みを作り運営している。既に3家族が研修を終えて就農し、地域は活気を取り戻している。

 本稿では、今後の日本型酪農の進路を模索する上で大いに参考になると考えられるDSSを紹介する。

1.はじめに

 稲作の集落営農のように協同原理を生かした地域組織化は日本農業の1つの特徴である。酪農でも、公共草地や牧草の共同収穫・調製作業慣行などがそうであるが、北海道士別市のDSSは、酪農産業のもう一歩先の時代まで見据えた地域組織化としてみることができそうである。

 それは、当該地域の酪農経営者と指導者らが、酪農への熱い思いを込めて、長年、構想し練り上げた次の世代にバトンタッチする酪農のカタチ。そして、それを確実に実現するための真摯な熟考を重ねてきた結果の創意工夫が積み重なって出来上がった地域完結型の酪農産業の形態である。単なる一形態ではない。日本の酪農が背負っている課題に前望的に対処した酪農の輪郭を形作った先進ビジネス・モデルを成している。

 本稿は、今月号と来月号の2回に分けて、このDSSがどのような特徴をもった組織か、地域酪農にどのような役割を担っているのかを筆者の目線で紹介する。市場開放度がますます進むであろうこれからの酪農であるが、それに抗して、発展する論理を秘めたものかどうかを考察する。

 DSSの大きな役割を完全に切り分けることはできないが、あえて大きく2つに分ける。1つは、地域酪農の形態である。個々の酪農経営から搾乳部門以外を“外部化”させ、DSSがその受け皿になった。

 もう1つは、酪農後継者の育成である。こちらは、これまで行政任せであったものを、積極的に“地域内部化”した。

 今月号は前者を取り上げ、来月号は後者を取り上げる。今、“構造再編”がはやり言葉になっているが、この時、何を外部化し、何を内部化すべきかをわきまえるのは重要なポイントであろう。

2.牛乳は不要?

 筆者は、わが国の食料・農業に関して、かねがね“4つの疑問”を感じている。

(1)国の食料自給率目標は50%であるが、長らく40%を下回ったまま、国の安全保障や危機管理が俎上に上がっている昨今であるのに、食料安保や食の安全性は置き去りになっているのではないか?

(2)食料自給の基盤的資源が農地であるが、耕作放棄地が増大している。農業従事者も高齢化してきている。若い消費者が高齢者に食料生産を依存している構図で気にならないか?

(3)食品廃棄物の年間発生量が2000万トン(平成23年度)にも達している。想像を絶する膨大な量である。私達は食品ロスに無頓着すぎないか?

(4)和食が世界遺産になったが、和食の食材を海外に依存しなければならない、家庭で和食料理を作れない人、和食の味を知らない人が増えている。これでは過去遺産になりかねないのでは?

 そんな思いをしていた著者であるが、最近、もう一つ、疑問を付け加えなければならなくなった。

(5)消費者の支持があってこそ国内農業が成り立つのである。酪農もしかり。

 ところが、最近、「牛乳は和食に合わない。」という声が上がり、学校給食で牛乳を提供することが議論されている。

 多くの家庭の朝の食卓に牛乳が並んでいる。育ち盛りの児童には牛乳は必要不可欠な食材であろう。
 和食に合う飲用の感覚形成や飲用方法、料理法を開発するなど国民全体でもっと強く酪農を応援する環境づくりが求められているのではないか?

 要するに、食料が絶対的に足りないわが国にあって、私達は常日頃からもっと食料に関心を持っていたい。

3.日本型酪農の方向−地域完結型酪農―

 産業を支える最大のサポーターは川下の末端に位置する消費者である。だからこそ、酪農は消費者の理解を得て、支援し続けてもらう環境づくりは重要なのである。

 一方、現代の産業は川上、川中、川下のサプライ・チェーンを形成している。相互に連携し、支え合っている。これは生産物の流れに沿う縦糸連携である。酪農・乳業もしかり。飼料メーカー、酪農経営、乳業とつながっている。だが、もう少し微視的に見ると、横糸的な連携もある。酪農経営の横糸は育成牧場やヘルパー組合、共済組合などである。

 つまり、最終生産物になって消費者に届くまでには、縦糸、横糸の連携や協業という形態で役割を分担し合っている。これは「分業」(Division of Labor)という産業体制である。

 経済学の祖と言われているアダム・スミス(Adam Smith、1723〜1790)が概念化し、提唱した「分業」とは、生産工程を分離し、それぞれの分担領域を決めて、スケジュールに基づいて作業を行う体制のことである。本社が製造工程の一部を切り離し、それを外部の事業体に委託するのを「外部化」(Outsourcing)と言う。切り離した工程は独立性を強めて裁量が自由になり、より高度な専門技術を採用、規模拡大効果を図り、低コスト化、均質化、安定供給を図れる。製造工程の全体としては統括されているが、裁量権を持った複数の独立した事業体との分業によって1つの製品製造が完結する。

 具体的に酪農で話をしよう。酪農経営は、大きく分けて搾乳・繁殖部門、哺育・育成部門、自給飼料の生産・調製の部門がある。従来の酪農経営は、全ての部門を自己完結してきた。家族経営の根本理念である自己完結、周年自己雇用の思想に基づいている。

 しかし、西欧・北アメリカ・オセアニアの酪農先進国でも、太宗は自己完結型である((注)アメリカの西部からフロリダ州に至る南部の州に搾乳専門のメガ・ファームが多数出現している)。ところが、今、日本の酪農は、従来の自己完結型から、搾乳・繁殖以外を外部化し、その代り、飼料生産・調製、哺育・育成、糞尿搬出・散布を地域的に完結する体制に歩を進めている。これは、日本固有の酪農の発達方向であろう。

 地域的に完結する体制とは、搾乳・繁殖に特化した個別酪農経営からみると、周辺に、(1)公共草地、(2)仔牛哺育・育成牧場、(3)酪農ヘルパー組合、(4)TMRセンター、(5)コントラクター会社、(6)堆肥センター、(7)JA、共済組合、乳検組合、普及センターなどの経営指導・技術指導組織を配した地域体制である。これらのそれぞれが酪農工程の一部を担って分業し、個別経営の搾乳専門化を支える構図である。

 この内、(7)はパブリック・サービス事業体であるが、その他は、地域的に一定の範囲の酪農経営の発意で共同利用組織として設立される事業体である。

 (5)のコントラクター会社は利益を追求する民間企業が担っている場合が多いものの、共存の発想なくして地域に根を下ろしたビジネスにならない。それ以外は、酪農経営が出資し、設立した事業体であり、自らの利益を追求する事業体ではない。酪農経営が搾乳・繁殖に特化するために外部化する受け皿事業体である。

 従って、当然の論理として、これらは地域の搾乳・繁殖専門経営群の総意によって創設された身内事業体である。つまり、搾乳・繁殖専門経営群は組合員、または株主であり、オーナーである。こうして地域完結酪農の分業体制が形成される。

 地域の実情に応じて外部化された機能のウエイトの置き方が異なり、分業体制の形式は相異する。次節に事例紹介するDSSは以上の日本型地域酪農体制のフレームワーク上に位置しているが、その組織や活動には将来を見据えた先進性がある。

4.北海道士別市の「泣fイリーサポート士別」の事業

 酪農家戸数は、平成元年に68戸あったが、11年後の平成12年には43戸に減少した。DSSの設立当初から代表取締役を務めている玉置豊氏(64歳)は、「放置していたら士別から酪農が消滅してしまうという危機感を抱いた。」と言う。

 これまで、経営を安定させようと考えて、規模拡大を図ってきたが、逆に、ますます、家族の負担を増やした。家族は、身を磨り減らす思いであった。

 今の自分達の世代の酪農経営を利益的で、しかも、ゆとりのある経営にしたい。それは、酪農経営を魅力あるものにし、後継者を確保する方法にもなると考えた。

 玉置氏は、自分達の世代と次の世代を同時に考え、仲間に呼びかけてDSSを設立したと言う。

 この玉置氏の思いはDSSの役割に明確に組み込まれている。設立の理念的目標として、“持続可能な酪農システムの構築”を掲げ、その具体目標として、次の4項を挙げている。

(1)過重労働の解消

 酪農経営を搾乳・繁殖だけにすることで、牛舎内の作業が中心になり、季節の繁閑がなくなって、過重労働が解消する。TMRを供給してくれるので、大きな労働負担が解消された。

(2)経営に貢献するTMRの供給

 「経営に貢献する」とは、自家でTMRを製造するより安価であることを求めている。

(3)後継牛の育成

 後継牛育成は、酪農経営を搾乳・繁殖専門にするための必要条件である。

(4)酪農後継者の育成

 現在、士別市全体では40戸の酪農経営になってしまったが、草地飼料畑地4100ヘクタール、5000頭の乳用牛(乳成牛は3000頭)を飼養している。現在の基幹牧場である市営大和牧場は昭和54年開設で、550ヘクタールの草地に乳牛700頭、肉用育成牛100頭の夏期預託を受け入れている。酪農関連の地域レベルの団体・機関として、北ひびき農業協同組合、上川農業改良普及センター士別支所、北ひびき乳牛検定組合、北ひびき酪農ヘルパー利用組合、上川北農業共済組合士別家畜診療所がある。上川北部地域の拠点として酪農インフラは整っている。

 DSSは、平成13年11月に市内43戸の酪農経営の内、23戸の酪農家が出資し、設立された有限会社である。図がDSS参加酪農経営の支援環境と関係組織の役割を模式図に示している。また、DSSの概況を表に整理した。

 DSSの第1の役割は、粗飼料を生産、貯蔵し、TMRセンターで均質かつ栄養バランスのとれた4種類のTMRを製造し、参加酪農経営に供給することである。飼料栽培からTMR生産までの全てをDSS社員が行う。

 第2は、糞尿の搬出、ほ場散布作業を請け負う。

 第3は、哺育牛・育成牛を受託する「カーフセンター」の運営である。

 DSSの以上の役割分担で、参加酪農経営は搾乳・繁殖部門に特化できることになった。 第4は、牧場リース事業である。

 第5は、新規参入を目指す者(家族)の研修牧場「ファームつむぐ」の運営である。士別市内で酪農経営を目指す研修生を受け入れて、2〜3年間、研修させる。次代の担い手が第三者経営移譲就農で自信をもって羽ばたけるように、その人材育成に取り組んでいる。 この第4と第5の役割については来月号で説明する。

図 士別市の酪農経営支援環境と(有)ディリーサポート士別の役割(模式図)
表 (有)ディリーサポート士別の概要

5.「泣fイリーサポート士別」の特徴

 DSSの特徴を挙げておこう。

(1)個々の酪農経営は搾乳部門に特化し、その他の部門は外部化するという目的に対して、既に士別市内には公共育成牧場とヘルパー組合があったので、個別経営の外部化の受け皿として足りないのは自給飼料の生産、TMR製造・配送、糞尿散布、仔牛の哺育・育成であった。そこで、DSSはこれらの作業を請負うコントラクター事業とした。

 もう一つは将来の経営者育成である。これは教育事業である(経済事業ではない)。DSSをTMRセンター事業体と見られがちだが、実は、このような複数の事業部門を、相互有機連携させながら実行する酪農分野の総合コントラクター会社である。

(2)作業受託事業を行うが、単純にコントラクターの範疇(はんちゅう)には当てはまらない。当初、DSSをコントラクター事業体にするかTMRセンター事業体にするかを議論したそうであるが、結論として、「一歩、押し進めた事業体」になった。通常の牧草収穫・調製のコントラクター事業では農地が分散したままで作業が非効率(コスト高)、作業受託に季節的繁閑があって円滑な事業運営が困難である。しかし、共同センター方式のTMR製造ならTMRは個人の区別がなくなるので、それならば参加酪農経営は全草地をDSSに貸し付けてしまえばよいということになった。草地がかなり団地化した。水田転換田の草地は畦畔(けいはん)を切った。ほ場別の作業順番調整が必要でなくなった。最も効率的なほ場の順序、方法で作業を実施できることになった。これが第二の特徴である。

(3)DSSの経済的な存立意義は、これまでの農家完結型の生産活動より低コストで行われるところにある。そのためには、DSSは仲良しクラブ共同体ではなく、常に緊張感をもって生産性向上、低コスト化に取り組む事業体でありたい。

 そこで、参加酪農経営が出役する農事組合法人ではなく会社法人を選択した。すなわち、自分達がオーナーである有限会社である。オーナーであるから、DSSへの草地貸し付けに抵抗感はなかった。また、請負事業の低コスト化観点で、まずはスケール・メリットが働く事業規模にしたいとして、全市的な事業規模にした。DSSは、恐らく、わが国では屈指の規模のTMR生産量を誇る。

(4)今の酪農家戸数の減少は地域農業の衰退・荒廃である、次代の担い手は、従来からの世襲の考え方だけでは確保できないと考え、牧場離農が発生した場合、第三者経営移譲方式で外から新規入植者を迎える方針に転換した。しかし、第三者経営移譲入植者選びは、十分に慎重でなければならないし、選んだ後も、技術と経営、地域の人間関係を十分に会得した人材に育てなければならない。つまり、極めて地域主体的な取り組みである。

 そこで、DSSでは、次のことを行うこととした。

(1)自分達が手分けして、様々な人伝ルートから入植候補者を探すこと。

(2)平成25年に就農実践研修牧場を開設し、ここで経営者としての素養を習得させ、地域に馴染ませること。

(3)加えて、搾乳専門経営であるから、牧場買取りの資金面での壁は低くなっているが、これをさらに軽減するための牧場リース事業。

 もはや、DSSは酪農の経済事業を行う1民間企業であるに留まらない。現存の酪農経営を支援し、さらに将来の地域酪農を見据えて、新規酪農入植を支援する全市的で準公的な事業体である。これまた、もう一歩、時代の先を行く特徴である。

注)DSS設立を検討していた当時、参考にした北海道内のTMRセンターの事例は、平成7年設立の「泣~クセス」(恵庭市)と平成11年設立の「給サ部フィードサービス」(興部町)の2カ所しかなかった。(その後、平成13年に別海町に「泣fイリーサポート別海」が立ち上がった。DSSがTMRセンターを実稼働開始したのは平成15年で、道内4番目になる)。なお、泣~クセスは配合飼料型、給サ部フィードサービスと泣fイリーサポート別海は自給飼料型・集落型である。DSSは、操業規模が大きいだけでなく、自分達の独創的な理念と目標に基づいて作り上げた“第三の酪農経営支援システム”として位置づけている。

6.「泣fイリーサポート士別」の直接・間接効果

 TMRは乳牛が必要とする栄養素のすべてを満たすべく、配合設計に基づいて粗飼料、濃厚飼料、ミネラル、ビタミンなどを混合した飼料である。TMRのバランスある給与で乳量・乳成分のアップや個体の健康維持などへの顕著な直接効果が認められている。自給飼料生産意欲の高まりや、地域の食品残さの積極利用などの間接効果もある。農水省の調査によると、平成25年にTMRセンターは全国に110カ所(都府県に59カ所、北海道に51カ所)ある。今では不可欠な酪農の地域インフラになっている。

 DSSも地域酪農に大きな効果をもたらしている。代表取締役の玉置氏や上川農業改良普及センターの林川和幸氏の説明と手持ちデータからDSSの直接・間接効果を要約すると次のようになる。

(1)牧草が適期収穫されて品質が向上し、嗜好性高く、栄養とエネルギー・バランスがとれた飼料給与ができるようになり、乳量、乳質、繁殖成績が向上した(乳牛検定農家18戸の経産牛1頭当りの平均乳量は、平成15年の7943キログラムが5年後の20年には9056キログラムにまで上昇)。

(2)労働力と牛舎スペースに余裕ができた。草地面積の拡大や牧草関連機械投資を考えることなく、搾乳牛頭数規模を拡大できた(17戸で搾乳牛頭数を拡大)。

(3)労働力に余裕ができた。周到な個体観察ができるようになり、泌乳生理や衛生・防疫などの専門知識・技術が向上し、故障牛が少なくなった。目に見えない経営改善である。

(4)精神的に余裕が生まれ、家族団らんの時間が取れるようになり、地域や集落の会議や親睦交流行事に参加できるようになった。明日の営農に鋭気を養うことになっている。

(5)息子が地元に戻り酪農を継ぐことになった経営がある。実践研修牧場は開設したばかりであるが、第三者経営移譲で既に3戸の離農跡牧場への新規参入があった。これは、ムラに活力を取り戻してくれている。

 次号では、DSSの低コストTMR事業や第三者経営移譲への取り組み、新規就農者の状況などについて報告する。


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