話 題  畜産の情報 2014年7月号

高病原性鳥インフルエンザ発生に
係る熊本県の具体的対応と
バックグラウンドについて

熊本県 農林水産部 生産局 畜産課長 矢野 利彦


1 はじめに

 まずはじめに、去る4月13日に当県球磨郡多良木町で発生した高病原性鳥インフルエンザ(以下「HPAI(注)」という。)については、全国の養鶏農家や自治体、畜産関係者のみならず、多くの方々に多大なるご心配をおかけいたしました。

 農家から異状家きん発生の通報を受けた後、最悪の事態を想定し、防疫作業の準備に取りかかりました。

 疑似患畜確認後は、県知事を本部長とする県対策本部を設置し、全庁的対応を柱とした次の4原則の下、感染拡大防止を第一に、鋭意対応いたしました。

(1) 迅速な「初動対応」
(2) ウィルスの「封じ込め」
(3) 「監視体制」の強化
(4) 風評被害防止のための「広報」

 おかげさまをもちまして、特定家畜伝染病防疫指針に定める疑似患畜確認後72時間以内の殺処分などの防疫措置を終了し、5月8日午前0時には、無事、終息宣言をし、制限区域を全て解除することができました。

 これも、昼夜を問わず、過酷な環境において、防疫作業に従事して頂いた方々をはじめ、民間、自治体、関係者皆様のご理解とご協力のたまものであると、厚くお礼申し上げる次第です。

 当県としては、今般の経験が初めてのことであった中、日頃の防疫演習などを通じた訓練と自治体、関係団体などとの連携体制が、初動的防疫対応として、よく機能していたと感じられた一方、課題も浮き彫りになったと考えています。

 こうした対応について、私なりに具体的な整理をいたしましたので、この情報を全国の関係者と共有するとともに、無いとは言い切れない、万が一のための防疫対応を検討する上で、本稿をその一助として頂けると幸甚です。

2 防疫措置の具体的対応とバックグラウンド

  今回、当県の防疫対応、特に初動的対応がよく機能したのは、自治体、畜産関係者などをはじめ、多くの方々の万難を排した協力があったためです。

 そして、その力を発揮できたことは、以下の4つの重要なポイントおよびそのバックグラウンドがあったためと考えています。

(1)農家から家保への迅速な通報

 一つ目のポイントとして、初動的対応の原点となる、発生農家から家畜保健衛生所(以下「家保」という。)への通報が迅速に行われたことです。 初動対応の速さの理由の一つは、まさにここにあると考えています。

 これまで家保は、毎年、全養鶏場へ立入検査を実施してきたほか、飼養管理状況について養鶏農家とお互いにチェックすることにより、コミュニケーションを図ってきました。

このような取り組みの中で、農家に対し、飼養家畜に異状が観られた場合は、直ちに家保へ連絡・通報するようお願いしており、これが定着していたものと考えています。

(2)県庁の迅速な初動対応

 二つ目のポイントとして、県庁が異状家きん発生の通報を受けて、農林水産省消費・安全局動物衛生課に速やかに通報し、防疫指針に沿った対応の指示を受け、疑似患畜確定後の防疫措置に直ちに着手できるよう、県のHPAI防疫対策マニュアル(以下「マニュアル」という。)に則って、防疫作業員の招集・配置、必要な資機材の手配・運搬、防疫作業を支援するセンターの設置などについて、迅速に準備できたことです。

 防疫作業員については、あらかじめ、県農林水産部職員の動員名簿を作成しており、また、防疫作業支援センターの設置場所や消毒ポイントについても事前に選定していたことなどは、速やかな防疫対応準備に有効であったと考えています。

関係者(県庁各課、自衛隊など)が集まって、
資機材の調達、運搬などについて、打合せを行う様子。

(3)国・自治体・関係団体との連携

 三つ目のポイントとして、地域(市町村)、関係団体などと情報共有がなされていたこと、および、自衛隊、農林水産省、国土交通省などに対する当県からの要請に対して、適時・適切、迅速に防疫作業員・資機材の協力を得られたことです。

 県畜産課では、県一斉の防疫演習などを通じて、農林水産省やその出先機関、自衛隊、県警、県建設業協会などとの連携を深めていたほか、有事の際の協力を依頼するなど、協力関係を構築しており、こうした取り組みが防疫対応の迅速性につながるものと再認識いたしました。

(4)防疫演習の実施

 最後のポイントとして、これまでの防疫演習の実施の成果と評価です。

 県畜産課では、不測の事態に備えるべく、全国一斉の防疫演習に加え、県独自の防疫演習を実施するとともに、その検証を行ってきました。

 県の防疫演習は、県一斉および11カ所の地域振興局において、実地演習や机上演習を年間延べ20回程度実施しており、地域振興局、市町村、県農業団体、県建設業協会、県警、自衛隊との連携を図ってきました。

 そのことにより、関係者が防疫措置の流れと、それぞれの役割を認識していたことが今回の速やかな対応につながったものと考えています。

 また、平成16年のマニュアル制定以来、防疫演習や国の防疫指針公表、他県における経験などを踏まえ、より現実的な防疫対応が可能となるよう、マニュアル改訂を実施してきたことも功を奏したものと考えています。

3 今後の課題

 今回の防疫措置では、関係機関などとの連携が図られていた一方で、いくつかの課題も浮き彫りになりました。 具体的には、次のことなどです。

(1) 殺処分・埋却などの防疫作業には畜産関係者以外の多くの動員を必要とすること

(2) 発生農場の規模・防疫措置期限に応じた動員数の確保およびローテーションの計画が必要なこと

(3)そうした防疫作業体制を円滑に指揮・運営すること

(4) 養鶏場の大規模化に対応した防疫資材の備蓄の充実と休日、夜間における資材の確保・運搬手段を準備しておくこと

 こうした課題については、現在、農林水産部内に検討チームを立ち上げて、当時の現場での具体的な状況を整理・検討(県庁職員アンケート調査も実施)するとともに、全庁的な防疫体制の再構築と、それに合わせたマニュアル改訂を行うこととしております。

  さらに、マニュアル改訂を踏まえた県一斉の防疫演習などを実施し、新たな防疫体制の確認をしたいと考えております。

4 終わりに

 最後に、今回のHPAI発生とその対応において、緊急時の行政対応の重要性について、県職員一同が再認識する機会となったと考えています。

 ある養鶏農家の方が私に、「改めて消毒の徹底を意識するようになった。」と言われましたが、今回のことが防疫意識を再認識する機会となったものと思います。同じことが、県内の養鶏農家だけでなく、畜産農家全体にも言えるのではないでしょうか。

 この経験を奇貨として、行政関係者のみならず、畜産関係者皆さんのさらなる防疫意識の向上と、活力ある畜産を通じた地域振興につなげていきたいと思っています。

(注)HPAI:高病原性鳥インフルエンザ(highly pathogenic avian influenza)

(プロフィール)
矢野 利彦(やの としひこ)

昭和52年3月 宮崎大学農学部畜産学科卒業
同年   4月 熊本県庁入庁
平成22年4月 熊本県宇城地域振興局農林部長
平成25年4月から現職

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