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 畜産の情報 2014年7月号

2013/14年度のアルゼンチンの
トウモロコシ生産の見通しと新たな動き

調査情報部 米元 健太、横田 徹


【要約】

 2013/14年度のアルゼンチンの穀物生産は、大豆が作付面積拡大により増産する一方で、トウモロコシは2010/11年度以降最低水準の作付面積により、生産減が見込まれている。また、トウモロコシなど穀物輸出に対する政府管理が国内優先供給の政策のもとで行われる中で、今年に入り国内の流通に対する政府の管理統制法案が提出されるなど、同国にとって新たな動きが出てきている。

1 はじめに

 2012年に主要穀物生産・輸出国である米国で発生した干ばつは、トウモロコシなどの飼料穀物生産に大きな打撃を与え、国際的な飼料穀物価格の高騰につながった。これ以降、世界の主要穀物生産国の生産状況に注目が集まっている。本稿では、世界の穀物主要生産・輸出国であるアルゼンチンの2013/14年度(3月〜翌2月)のトウモロコシの生産状況に加え、それを取り巻く最近の動きについて報告する。

 なお、本稿中の為替レートは、1米ドル=103円(5月末日TTS相場:102.66円)、1アルゼンチンペソ=13円(同:12.70円)を使用した。

2 トウモロコシの生産状況

2013/14年度のトウモロコシ生産は減少

 ブエノスアイレス穀物取引所(BOLSA)が、2014年6月5日に発表した週刊農業報告書によると、2013/14年度のトウモロコシ生産は、作付面積が2010/11年度以降最低水準となる357万ヘクタール(前年度比3.0%減)、生産量は2400万トン(同11.2%減)に落ち込むとしている。

 また、国内の生産者は、収穫時期の天候不順により品質が悪化した場合や、市場価格が下落した場合、トウモロコシの実の収穫を諦め、実と茎を破砕してそのまま家畜用飼料として利用するケースもあるため、最終的な生産量は2200万トンまで落ち込む可能性もあるとみている。

 アルゼンチンでは、2012年の米国での干ばつによる記録的なトウモロコシの国際価格高騰を受け、生産者の作付け意欲が高まったことから、2012/13年度のトウモロコシ生産量は過去最高の2700万トンを記録した。

 なお、2013/14年度のトウモロコシの1ヘクタール当たりの平均単収は、好成績となった前年度の同7.27トンをわずかに上回り、同7.32トンを記録する見込みである。

 一方、2013/14年度(9月〜翌8月)の大豆生産は、作付面積が過去最大の2035万ヘクタールに拡大し、生産量も過去最高の5550万トン(前年度比12.6%増)が見込まれている。大豆の生産については、生育期に当たる1〜3月の降雨が重要とされ、2013年12月〜翌年1月にかけて猛暑が続いたものの、2月に適度な降雨があったことで生育は良好とされ、1ヘクタール当たりの単収は3.19トンを記録する見込みである。
表1 生産量の推移
資料:アルゼンチン農牧漁業省(MINAGRI)
写真1 BOLSAのコパティ(Copati)氏

ア 減産の主な3つの要因

 BOLSAなど関係機関からの情報を総合すると、2013/14年度のトウモロコシ作付面積、生産量の減少要因として主に3点が挙げられる。

(1) 収益性の問題
 トウモロコシ生産は、大豆生産に比べて初期費用(種の購入代金や肥料代)や管理費用などのコストが高く、また、生育期には高温少雨などの気象リスクを受けやすいことも、大豆生産を拡大させ、生産者の収益の増加に寄与している。

(2) は種、生育期の気象条件
 アルゼンチンでは、一般的にトウモロコシのは種時期は9月前後とされているが、2013年は、8〜9月にかけて降雨が少なかったことで乾燥状態が続き、主要トウモロコシ生産地域(コルドバ州、サンタフェ州、エントレリオス州:図1)の生産者は、は種時期が11月前後となる大豆へと作付品目の変更を迫られた。

図1 アルゼンチン全土と主要州
資料:機構作成

 また、トウモロコシの生育期となる12〜翌1月にかけて、高温少雨の乾燥状態となったことで生育への影響が一部で見られた。

(3) 輸出許可数量の存在
 3章で後述するとおり、アルゼンチン政府はトウモロコシ輸出に対して許可数量を設定しており、生産したトウモロコシを必ずしも輸出できる保証はない。

作付けの義務により一定水準の生産量は維持

 アルゼンチンでは、農地の約7割が借地であり、土地所有者は、借地契約の条件として借主(生産者)に対して土壌保全を目的に一定割合(借地の2割程度)のトウモロコシ作付けを義務付けることが一般的となっているためである。このため、トウモロコシの作付面積は縮小傾向にあるが、現状のトウモロコシの作付面積350万ヘクタールからさらに縮小する可能性は低いとみられている。

(参考)アルゼンチンで農地の多くが借地となった背景

 2001年の同国における経済危機により、生産者の大部分が農地を手放し、以降、金融機関や投資家などが投資の対象として農地を所有している。

 農地所有者は、管理者を雇い、農場の運営に当たらせることで高い収益(リターン)を確保している状況にある。

 アルゼンチントウモロコシ協会(MAIZAR)によれば、同国のトウモロコシ生産者の手取り額(2014年3月時点)は、1トン当たり1200ペソ(1万5600円)程度とされている。なお、生産者販売価格は、シカゴ相場を参考に輸出税分(輸出税については後述)を2割程度差し引いたものとされている。このため、大豆に比べて生産コストが高く、収益性が乏しいとされるトウモロコシの作付面積の急激な拡大は期待できないとみられている。一方で、一定規模の作付義務があることから、生産現場では単収増や環境変化に対応可能な遺伝子組み換え(GM)種の積極的な導入が進んでいる。BOLSAによれば、現在のGM種の普及率は、主要生産州で8〜9割に達するとしており、この割合は、今後さらに上昇する可能性が高いと見込まれている。このため、同国のトウモロコシ生産量は現状の価格水準で推移した場合でも、2200万〜2500万トン程度は維持できるとみられている。

トウモロコシの作付けについて

 アルゼンチンのトウモロコシ生産は、気象条件などから隣国ブラジルのような二期作は行っていない。一般的にトウモロコシのは種期は、伝統的な9月の早蒔きと、近年、種子の品種改良により作付けが拡大している11月末〜12月の遅蒔きの2つが存在している。

 早蒔きのは種開始時期は、サンタフェ州北部やエントレリオス州など、パンパ地方の中部・東部を中心に8月末頃から順次開始され、コルドバ州などでは9月頃に開始される。早蒔きの特徴として、は種から生育期の気候が良好であれば単収の大幅増が見込める一方、開花〜結実期が高温や乾燥気候になりやすい11〜1月と重なるため、年度によって単収が大きく増減する可能性があることから、生産者にとってはリスクが大きい。一方、遅蒔きについては、開花期の2月以降に一定の雨量が見込めるため、早蒔きに比べて生育リスクが小さいとされている。また、遅蒔きの単収は、温度や雨量の関係で通常は早蒔きに比べ下がるものの、比較的安定している。このため、高い単収が見込まれる地域(コルドバ州、サンタフェ州、エントレリオス州)では、高品質のGM種の導入や施肥管理などコストをかけ、9月には種が行われているが、それ以外の地域では、リスク分散の観点から早蒔きと遅蒔きを組み合わせる手法が一般的とされている(図2)。

図2 アルゼンチンのクロップカレンダー
資料:機構調べ

生産現場からの報告

 ブエノスアイレス市から北西170キロメートルのサンペドロ(San Pedro)市にある生産現場を、早蒔きトウモロコシの収穫期にあたる2014年3月に訪問した(図3)。

 サンペドロ市があるブエノスアイレス州北部は、元々肉牛の肥育経営が盛んな地域であったが、アルゼンチン経済が下降局面に入った1996年頃から、畜産よりも収益性の高い穀物の不耕起栽培が拡大して現在に至っている。なお、アルゼンチンの不耕起栽培は、1970〜80年代の同国のハイパーインフレと呼ばれる急激な物価上昇に困窮した農家が、資本投入を極力抑えるべく確立した栽培方法である。当初、不耕起栽培は単収が見込めない栽培方法として冷ややかな目で見られていたが、種子の改良が進んだことも相まって現在は主流となっている。
図3 サンペドロ市の位置
資料:機構作成
 農場主のリサンドロ氏は、借地2400ヘクタール(複数の農場面積の合計)で穀物生産を行う傍ら、他の生産者の農場で営農指導や作業受託を行っている。経営に携わる農地面積の合計は1万2000ヘクタール(山手線の内側の面積の約2倍)ほどである。農地は、ブエノスアイレス州のほか、近隣のコルドバ州やエントレリオス州など作業領域は半径500キロメートルに広がっている。農地を広範囲に分散させている理由として、気象条件を勘案したリスク分散を挙げている。収穫したトウモロコシや大豆は、農場内のサイロに貯蔵後、トラックで港に輸送されるが、自家生産分の穀物の販売は、サンペドロ市の農協を経由して行っている。毎年度、穀物輸出業者との契約により収穫時のトウモロコシ水分含有量が決められており、同氏は立毛乾燥で水分調整を行い、早蒔きの水分量は16%程度、遅蒔きについては18%程度で収穫している。
写真2 農場主と収穫前後の農場風景
 今回訪問した農場では、農地面積1200ヘクタールのうち、600ヘクタールほどでかんがい設備(地下水を利用した自走式の散水機)を導入しており、降雨が少ない時期でも良好な生産が可能となっている(訪問時に確認できたかんがい設備導入エリアの単収は1ヘクタール当たり12トン程度、非導入エリアの単収は同7トン程度)。ただし、同国では、農業生産者に対する銀行の貸付(融資)条件が厳しいため、多額の初期投資が必要となるかんがい設備は普及が困難な状況にある。
写真3 トウモロコシの収穫(2014年3月)
 2013/14年度のサンペドロ市のトウモロコシ生産状況は、2014年1月に猛暑となった後、2月の多雨により土壌水分が過剰となったことから、早蒔きトウモロコシの単収は前年度比で約3割の低下と見込まれている(例年の単収は同8〜10トン)。一方、遅蒔きの単収については例年同8トン程度とされるが、今年は2月の多雨が生育に好影響を与えたことで同9トン程度が見込まれている。

 今回訪問した農場は、主要生産地域の農場に比べて高単収が見込めないため、トウモロコシ作付面積の7割程度は遅蒔きとしており、今後も比較的低い単収ながらも安定した収量が見込め、生産リスクが低い遅蒔きにシフトしていく計画としている(BOLSAによれば、2013/14年度は国内のトウモロコシ作付面積の45%程度が遅蒔きとしている)。

 大豆との競合に関し、同氏の農場でも2013/14年度のトウモロコシ作付面積を前年度比2割減としており、収益性が高く手間がかからない大豆の作付けを拡大させている(生産コストはトウモロコシ2に対し大豆1)。自身が借り受ける農場では、農地の契約条件が見直されたことで同年度の作付比率(トウモロコシ:大豆)を1:23としており、サンペドロ地域全体の平均(1:8程度)や、国内平均(1:5程度)を上回っている。

3 トウモロコシの生産・輸出を取り巻く課題と新たな動き

 アルゼンチンでは、トウモロコシ輸出に対して輸出許可数量が設けられている。これは、国内の需要が大きい穀物に対して設定されており、現在は小麦やトウモロコシが対象となっている。輸出許可数量は、政府によって国内生産量から国内需要量を差し引いて設定され、2013/14年度については1600万トン(2014年4月時点の数量。生産実態に応じて変更の可能性あり)とされている。なお、国内需要が小さい大豆に対して輸出許可数量は設けられていない(同国における国内消費と輸出の割合は、大豆は1:9、トウモロコシは4:6程度)。国内のトウモロコシ需要量は年間800万〜1000万トン程度とされている。

 一方、輸出向けは国内消費分を上回ることから、生産者側は輸出上限の撤廃を希望している。しかし、現状、政府は国内供給を優先したい思惑がある。そのため、政府と生産者側との意思のずれは大きいが、今後も輸出許可数量は維持される見込みである。これにより、生産者は輸出税を勘案した価格での取引を強いられている中、コスト削減に取り組むなどして国際競争力の確保に努めている。
写真4 輸出向け穀物ターミナル(ロサリオ港)
 また、このほか、同国には輸出振興を妨げる輸出税制度も存在する。この制度により、輸出に際して、大豆で35%、トウモロコシで20%の輸出税が課されている。2月の公定レート改定でペソ安が強まった際には、穀物輸出企業の輸出競争力が強化されることを政府が逆手にとり、輸出税率の引き上げも検討されたとしているが、業界からの反対にあったため、輸出税は現行の水準のままとなっている。政府は全輸出額の9%程度を占める穀物輸出を通じて税収を確保したい意図があり、今後も輸出税制度は現状維持される見込みである。

 現在、アルゼンチン経済は情勢が悪化し、高いインフレ率の問題を抱えている。こうした状況は、80年代のハイパーインフレの時にやや近いとされている。ハイパーインフレ時は、国策として生産者価格を抑えつけてインフレを抑制させようとしたが、結局、生産者の生産意欲を低下させ、作付面積が減少した。そのため、政府は現在、インフレ対策として、これまでストックしてきた外貨を投入してペソ買いの市場介入を行っている状況にある。しかし、公定レートと実体経済に即した闇レートは乖離しており、実際にはペソ安が現在も進行している状況にある。こうした状況から、ペソの安定のために、さらなる外貨獲得の必要性がうたわれているものの、現在の政権は外貨獲得のための輸出振興政策を講じることはせずに、あくまで国内優先の政策を進めており、政権交代しない限り、政策の変化は期待できないといわれている。

 こうした状況の中、最近では、穀物の収穫後の保管から流通・販売を政府が統制する管理統制法案が国会に提出された。これにより、政府はこれまでの輸出許可数量の設定や輸出税制度に加え、国内優先主義の更なる徹底のもと生産段階から関与することを通じて、より安定的な市場供給を実現したい思惑があるとみられる。しかし、本法案が国会を通過して施行された場合、販売時期などを生産者自ら選択できなくなることで生産者の裁量が低下して生産意欲の低下を招き、ひいては国内の農業や経済の衰退につながる可能性が高く、同国の穀物生産現場をとりまく環境は厳しい状況が続いている。

4 おわりに

 上述のとおり、穀物生産現場をとりまく環境は決して好転していない状況にある。しかし、旧来、放牧主体であったアルゼンチンの酪農・肉牛生産において、近年、濃厚飼料の給与率も上昇しており、国内の飼料穀物需要は増加傾向にある。また、同国は世界の主要穀物輸出国としての地位を確立しており、今後も国内外から堅調な需要が期待できる。

 2014/15年度は、同国の穀物生産者にとって、明るい要素があるとみられている。政情不安に揺れるウクライナからの穀物輸出の減少の可能性やエルニーニョ現象の発生(※アルゼンチンはエルニーニョ発生により平年より降雨が見込める)は、アルゼンチンの穀物生産にプラスに働くとみられている。

 近年、アルゼンチンの穀物生産者は、作付品目の選定に際して、国際価格や需給バランス、天候を踏まえて、は種期の直前まで時間をかける傾向にある。以前は、作付けの2カ月程度前には作付品目を決定する生産者が多かったが、近年は直前に決める生産者が多く、BOLSAとしては各品目の作付面積を事前に把握しづらい状況にある。

 ただし、業界関係者からの聞き取りによると、昨今の大豆生産拡大のトレンドは継続し、トウモロコシは大豆の輪作作物として現状の作付面積のレベルで推移する可能性が高いとみられている。

 昨年、同国では農業大臣が交代したものの、今のところ農業政策に大きな変更は見られない状況にある。そのため、大方の業界関係者は、2015年の大統領選まで政策の変更などは行われないとみている。これにより、輸出許可数量や輸出税制度等についても廃止される可能性が低い状況にあるため、業界関係者は、現在審議中の穀物の管理統制法案による業界のさらなる後退を憂慮している状況にある。

 
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