調査・報告  畜産の情報 2014年5月号

6次産業化を支援する農林漁業成長産業化ファンド

前 株式会社農林漁業成長産業化支援機構 投融資本部 磯貝 保


【要約】

 6次産業化を支援する農林漁業成長産業化ファンドが始まって1年余り、地方銀行を中心としたサブファンドは40を超え、畜産関係では、岩手県の乳業プラントに対する出資が決定した。本稿では、畜産関係での活用の広がりを期待し、制度の概要と現状、そして畜産の出資案件について報告する。

T 農林漁業成長産業化ファンドについて

1.制度創設の背景と仕組みの概要

 我が国の農業は、農業者の所得の減少や担い手・後継者不足の深刻化など、厳しい状況に直面し、農山村の活力も低下している。この状況を打開することは喫緊の課題であり、農山村の強みである、農産物(畜産物含む)やその生産活動などの特色を生かし、その価値を2次・3次産業につなぎ、農業者の所得の確保と農山村における雇用機会の創出を図ることが重要となっている。

 こうした認識の下に、国と民間が共同出資する株式会社農林漁業成長産業化支援機構(略称「A−FIVE」)が平成25年2月に開業し、農林漁業成長産業化ファンド(以下「6次化ファンド」)が本格的に動き出した。6次化ファンドは、政府の「日本再興戦略」にも位置づけられ、政府の掲げる農林漁業の成長産業化のための重点施策とされている。

 6次化ファンドは、農業者とパートナーとなる2次・3次産業の事業者(以下「2次・3次事業者」)が出資して設立、また場合によっては農業者が単独で出資して設立した、農産物の価値を高める新商品の開発や販売方式の改善等に取り組む事業体を支援するものである。出資とともに経営支援を一体的に行っていくこととなっている。

 出資は、A−FIVEから直接行うことも可能ではあるが、民間の資金・ノウハウを十分に生かすとともに、地域等に根ざした取組に対してきめ細やかに経営支援を行っていく観点から、地域やテーマごとに設立されるサブファンドを通して行うことを基本としている。

 畜産においては、乳・肉ともに加工が不可欠といった特性等から、1次産業(生産)とともに、2次産業(加工・流通)、3次産業(販売)を行う事業体が特別なものではなく普通に存在している。新たな事業体だけでなく、そうした既存の事業体においても、さまざまな新商品の開発・製造や新たな方式での販売、飲食店や観光農場への参入、さらには海外輸出などさまざまな事業に取り組むことが考えられる。堆肥の製造・販売やバイオマス発電、稲わらや牧草の収集・加工・販売なども、6次産業化の取組となり得るものである。

2.新たな政策ツールとしての出資

 平成23年3月に施行された「六次産業化・地産地消法」では、農業者が、農産物及び副産物の生産及びその加工又は販売を一体的に行う事業計画、いわゆる6次産業化のための「総合化事業計画」を策定し、農林水産大臣の認定を受けることができることとなっている。

 この認定を受けた農業者は、施設整備に対する補助事業(補助率1/2)や、新商品開発等に対する補助事業の補助率かさ上げ(1/2→2/3)等の支援措置が受けられる。これらに加え、出資も受けられるようになったわけである。

 6次化ファンドは、6次産業化に取り組む事業体(以下「6次化事業体」)に対し、従来からの補助金や融資に加え、より柔軟性の高い出資という手法で資金を供給する。補助金等の場合であれば、資金使途が補助対象施設の整備等に限定されるが、出資の場合には、研修や商品開発、営業、運転資金にも充当可能である。

 加えて、出資により資本(自己資金)の充実が図られるため、民間資金の融通を引き出し易くなるといった効果も期待される。

 なお、6次化ファンドの出資期間は、農業や食品産業特有の事業サイクルを考慮し、一般的なファンドとは異なり、最長15年と長期になっている。また、サブファンドからの出資金の回収にあたっては、農業者の意向と事業体の持続的発展に配慮することとなっている。そのため、事前に契約書等において、事業体による自社株買いを基本に、どのような方法を優先するか、またその際の価格はどのように算定するか等について、同意を形成しておくこととなっている。

3.対象となる6次化事業体

 新たに6次産業化に取り組む場合にあっては、農業者が自ら考え取り組む場合と、農業者が2次・3次事業者から声をかけられて取り組む場合等があると思われる。どのような場合であっても、農業者の努力に報いるような取組としてなされることが重要である。

 農産物の価値を消費者に確実に届けるためには、農業者が主体性をもって2次・3次事業者と連携し、生産から消費までのバリューチェーンをつなげていくことが重要であろう。それによって、2次・3次事業者にとっても、安全・安心な付加価値をもった食材を安定的に調達し、消費者を見据えた商品を開発・販売できることにつながり、農業者と2次・3次事業者のWin-Winの関係が築けるものと考えられる。

 そのため、出資の対象となる6次化事業体は、図1のように、農業者の出資が、2次・3次事業者の出資よりも、議決権ベースで多いことが要件となっている。このことによって、6次化事業体の経営において農業者の主導権を確保し、農業者の所得向上につなげていこうと考えられている。また、農業者とは別法人となるが、それにより、新たな取組のリスクが農業生産から分離されることになる(注)

 農業者が出資金を準備することは難しい場合が多いが、現物出資も可能である。例えば、既に食肉加工品の製造を行っている農業者が、製造部門の強化や新たに販売店を開店するような場合、分社化し、加工場の施設・機械や用地を現物出資することも可能である。

 サブファンドは、農業者と2次・3次事業者の出資の総額と同額を上限として出資する。  なお、農協や農協連は、農業者に該当する。そのため、農協の子会社は、6次化ファンドの対象となる。

 また、既に農業と2次・3次産業を行っている事業体の出資は、全額が農業者としての出資にあたる。例えば、生産農場をもっている食肉関連会社は、その会社自体が農業者に該当し、その子会社は6次化ファンドの対象となり得ることになる。

(注)総合化事業計画は、前述のように、農産物等の生産と加工・販売を一体的に行う
   事業の計画であるが、出資対象となる6次化事業体の場合は、出資者である
   農業者の経営指標を用いて認定される。
図1 出資の対象となる6次化事業体の議決権のある株式構成(サブファンドからの出資後)

※議決権のない株式については別途

4.サブファンドの設立と出資の状況

 A−FIVEの開業から1年程になるが、平成26年3月末時点で、図2のとおり41のサブファンドの設立が決定された。手続き中のものもあり、さらに増えていくと思われる。(注:図中の金融機関等は各サブファンドの主な出資機関)

 出資に係るA−FIVEへの相談も、サブファンドを通じたものも含め600件を超えている。畜産に関するものも、牛・豚・鳥の食肉関係、牛乳乳製品関係、鶏卵関係、バイオマス関係等、多数寄せられている。

 これらのうち、平成26年3月10日時点で、サブファンドからの出資にA−FIVEが同意決定したものは下表の8件である(この他に同意決定後に取り消されたものが1件あり)。
図2 サブファンドの設立状況(平成26年3月末現在)

表 出資に同意決定した6次化事業体

 畜産関係では、3月に岩手県の乳業プラントへの出資が同意決定されている(後述)。牛・豚・鳥肉を提供する飲食店の展開、食肉加工品や牛乳乳製品の製造・販売、バイオガス発電など相談は多く、今後も、出資は増えていくと見込まれる。

5.具体的なファンドの活用事例

 具体的な6次化ファンドの活用について、みちのく銀行のHPに詳しく掲載されている「深浦マグロ」の出資案件を例に紹介したい。

 深浦マグロは、青森県内一の水揚げ量を誇るが、漁期が限られ、これまでは市場に鮮魚で出荷されていた。そのため、新会社において冷凍加工場を整備し、柵加工した後、マイナス55℃で冷凍保管することにより、通年出荷する体制を構築するのが本案件である。

 人気を博している「深浦マグロステーキ丼」の通年での提供や、首都圏ベンダーへの直接販売、ネットや対面による消費者への直接販売等を進めることとしている。  新会社「株式会社あおもり海山」は、漁業者8千万円、パートナー2千万円、サブファンド1億円、計2億円の出資により設立される。

 冷凍加工場の総事業費4億円を、補助金2億円と出資金2億円で賄う計画となっている。運転資金等については、金融機関からの融資が想定される。

 従 来:漁業者から市場に鮮魚で出荷

 新会社:柵加工・冷凍保管を行い首都圏ベンダー等に通年直接販売


6.相談から出資までの流れ

 6次化ファンドを活用する場合の相談から出資までの流れは図3のとおり。事業計画・構想がある場合は、サブファンドあるいはA−FIVEに相談することになる。(仕組みの確認等については、A−FIVEに問い合わせ。)

 A−FIVEに相談した場合、ある程度具体化した段階で、相談者の意向に沿ってサブファンドが紹介される。

 いずれの場合も、図3にあるように、事業計画等は一義的にはサブファンドで審査されるが、計画を詰めていく段階から、A−FIVEはサブファンドと密に連携して事業者に対応する。

 なお、サブファンドの詳細等についてはA−FIVEのHP(http://www.a-five-j.co.jp/)、6次産業化に関するファンドや補助事業をはじめとするさまざまな情報は農林水産省のHPに掲載されている。
図3 ファンド制度の相談から出資までの流れ

U 畜産における出資事例について

 畜産では、3月に、岩手県の三陸北部にある洋野町大野の「おおのミルク工房」への出資が決定した。以下、概要を紹介したい。

おおのミルク工房について

 JAが平成5年に整備した施設を引き継ぐ形で、平成17年に地元酪農家15戸が中心となって設立された会社である。高温保持殺菌(85℃・20分間)の「おおのミルク村ゆめ牛乳」、「おおのミルク村ゆめヨーグルト」を主力商品として、地元に密着しながら牛乳・乳製品を供給している。


事業計画の概要

 地元産生乳を用いた牛乳・乳製品の販売について、地域特産物を活用した新商品の開発等を行い、特にヨーグルトやソフトクリームミックス等の販路拡大を目指すこととしている。具体的には、ヨーグルト・デザートの製造ラインの強化を中心とした設備の整備を計画している。

 [出資決定額]

 酪農家(15戸・16名)の出資 885万円
 工場長ほか(8名)の出資  415万円
 小計              1,300万円
 サブファンドからの出資  1,300万円
 合計              2,600万円

 おおのミルク工房は既存の会社であり、今回は、酪農家等からの新たな出資はなく、サブファンドから同額を増資する予定となっている(既存の会社の場合は株価の再評価が必要)。なお、有限会社から株式会社へ改組する予定である。

今回の支援に期待されること

 平成17年の設立時に出資した酪農家15戸は、すべて経営を継続している。さらに、この間に4戸が経営継承し、11戸にも後継者があるとのことである。経営主の平均年齢は53才、生乳生産量は平均580トン(都府県平均の約2倍)、飼料作付け面積は平均25ha(同約4倍)となっており、地元の地名を冠した牛乳・乳製品の供給を励みに、乳質の改善等にも取り組まれている。

 今回の新商品開発と販路拡大の事業は、出資酪農家のみならず、地域の酪農家にとっても、さらなる経営の継続や拡大意欲、そして後継者の経営継承意欲の向上につながることが期待される。地域における雇用の維持・拡大や出資酪農家の所得向上といった6次産業化の本来の目的とともに、現在の酪農の最大の課題である生乳生産基盤の強化に資することが期待される。

 現状は、畜産農家・関係者の多くの方々が、6次化ファンドを自分たちを支援する施策として認知していないと感じている。  一方で、総合化事業計画の認定は、2月末時点で1,800件を超え、1割超を畜産関係が占めている。6次産業化の計画・構想は少なくないものと思われる。

 6次化ファンドは、個々の畜産農家、地域の畜産農家の集まり、農協などが、ノウハウを持つパートナー企業と一体となって、あるいは単独で6次産業化に取り組む場合に、A−FIVEとサブファンドが出資とともに、出資者(=共同事業者)として支援していくものである。

 6次産業化に取り組む計画・構想をお持ちの方々には、6次化ファンドの活用について、ぜひご検討いただきたい。

(補足)

 4月15日に、新たに4件(うち畜産関係1件)の出資が同意決定されました。

 A-FIVEのHP「出資同意案件一覧」をご覧下さい。

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