話 題  畜産の情報 2014年5月号

食材の適正表示、
ブランド化と輸出戦略について

東京理科大学専門職大学院(MIP) 教授 生越 由美


1.食材の適正表示

 昨年は有名ホテルのレストランのメニューで「バナメイエビ」を「芝エビ」と表示していた事件などが多数指摘され、食材の適正表示が社会の大きな問題となりました。これを受けて消費者庁は本年3月28日に景品表示法に基づいたメニューなどの適正表示ガイドライン(「メニュー・料理等の食品表示に係る景品表示法上の考え方について」)を公表しました。

 ガイドラインでは「表示と実際の食材が異なることを消費者が知ったら、その料理に魅力を感じないこと」を基本的な考え方とし、「優良誤認(=実際よりも著しく良いと誤認させる)」と該当する基準は「社会常識や他の法令などを考慮し、表示全体から個別に判断する」とし、Q&Aにおいて合わせて30数個の事例が示されました。

 その中の肉類に関するQ&Aでは6つの事例が示されました(表1)。

 最初の事例は、「牛の成形肉」を焼いた料理のことを「ビーフステーキ」と表示することについての是非です。回答はステーキとは牛の生肉の切り身を焼いた料理と認識されているので問題ありでした。

 合鴨肉で作った「鴨南蛮」の事例では、食材が社会に定着し、消費者が誤認しないという理由で問題なしという回答でした。しかし、このガイドラインについて主婦連合会は「使った食材の名前を正しく表示させることを基本とすべきだ」と指摘しました。
表1 適正表示ガイドライン(肉類に関するQ&Aから)
適正表示ガイドラインにおいては、次のような説明が付されています。
※1 牛の成形肉を焼いた料理を「ビーフステーキ」と表示する場合には、あわせて、例えば、「成形肉使用」、
 「圧着肉を使用したものです。」等と料理名の近傍又は同一視野内に明瞭に記載するなど、一般消費者に
 誤認されないような表示にする必要があります。
※2 牛脂注入加工肉(インジェクション加工肉)を焼いた料理を「霜降りビーフステーキ」と表示する場合には、
 あわせて、例えば、「インジェクション加工肉使用」等と料理名の近傍又は同一視野内に明瞭に記載するなど、
 一般消費者に誤認されないような表示にする必要があります。

2.ブランド化

 食材の適正表示について消費者は厳しい目で見ています。そこで消費者の信頼に応えるため、近年では「松阪牛」などのように、「地域名」と「商品名」を組み合わせてブランド化して地域の産品を保護しようという動きが活発になっています。この流れを受けて特許庁は平成18年4月から「地域団体商標制度」を導入しました。この制度は、地域名と商品名を組み合わせた名称を迅速に商標権で保護する制度です。

 通常の商標では、「全国的に有名」であることが課されますが、全国的に有名になる前に模倣品が出てブランドが崩壊するケースがあります。そこで地域団体商標では基準が緩和され、全国的でなくても、「一定の範囲(隣接の都道府県など)で有名」であれば商標が取得できるようになりました。現在(平成26年4月7日現在)、肉類に関する地域団体商標は55件あり(表2)、地域団体商標全体(563件)の約1割を占めています。
表2 登録されている地域団体商標(産品別 肉)
 国内には200〜300の銘柄牛があるそうですので、この4分の1〜6分の1が地域団体商標登録をしていると考えられます。

 なぜ銘柄牛が増えているのでしょうか。飼料価格の高騰に対抗するためには肉の販売価格を高くすることも必要だからだと思われます。販売価格を高くするには、他の地域の牛よりも優秀であることを明示にするためにブランド化が必須だからです。このブランド化の手法の一つとして地域団体商標が活用されています。

3.「WAGYU」問題

 日本の人口の減少局面を受けて、各自治体(政府を含む)は地域の農林水産品を海外で販売することに尽力しています。銘柄牛の海外販路の開拓も多大な努力がなされているところですが、海外の状況を知るほど驚かされます。例えばオーストラリアの「WAGYU」です。現在では、このオーストラリアのWAGYUが米国、EU、中国などの市場を席巻しています。

 既にオーストラリアには「WAGYU協会」があり、同協会が発行した登録証を持った「WAGYU」が中国などで販売されている実態を知ると愕然とします。

 「WAGYU」は、日本の和牛と比べ品質差はあるものの海外で低価格で流通している現状であり、日本の和牛に商機をもたらすためには、解決しなければならない課題があるといえるでしょう。

4.輸出戦略

 和牛を構成する黒毛和種、褐毛和種、日本短各種、無角和種の4つの品種は、明治時代に日本在来の牛と外国の牛を交配して改良した日本固有の肉専用種ですから、これらの遺伝資源を最大に活用して、さらなる品種改良をすることが急務です。そして遺伝子特許や商標などを有効に活用して巻き返す戦略を構築しなければなりません。

 遺伝子特許については、都道府県の農業試験場と農林水産省の所管する研究機関等との協力関係の強化、牛のゲノム情報の迅速な分析を進めるとともに、遺伝子特許や生産技術特許を海外でもたくさん出願することが必須と考えます。他国に情報を必要以上に開示しないように「営業秘密」の考え方を関係者に周知することも重要です。

 欧米やアジアの方々に日本の「和牛」を積極的に販売していくためには、ブランド戦略を再構築した方が良いと思います。

 第1に、「WAGYU」ブランドがかなり普及していることを逆手に活用することです。「WAGYU」の故郷は実は日本で、美味しい形質の源は「JAPANESE WAGYU」と宣伝してはどうでしょうか。

 「和牛=日本の牛肉」とするのではなく、「最も優秀な和牛=日本の和牛」とする戦略が重要と思います。

 第2に、各地域の銘柄牛(松阪肉、上州牛、宮崎牛、いわて牛など)は海外販売では「JAPANESE WAGYU」に属するブランドであることを明記することです。

 日本では「和」は日本を指すと分かりますが、外国では理解している人は多くはありません。「和食」が世界無形文化遺産になっても日本は油断してはいけません。

5.地理的表示

 今、食の偽装表示への取り締まり強化への要請が高まっています。現在の日本では食のブランドにかかわる法律には、食品衛生法、景品表示法、日本農林規格法(JAS法)、不正競争防止法、商標法、酒税法などがあり、所管する役所も異なるため全体像がつかみにくいという問題があります。つまり偽装表示対策だけでなく、地域特産品などの、地域のブランド食材の品質を保証する仕組み作りも必要なのですが、その品質や製法も含めて、国が保証するところまで至っていないのです。

 その点、欧州連合(EU)が進んでいます。「地理的表示」という制度があり、ロックフォール(チーズ)やアバッキオ・ロマーナ(子羊の肉)などを登録しています。表示を使用できるのは、どの地域でどういう条件で作られたかを示す「産品明細書」の条件に合致した製品だけになります。イタリアやフランスでは政府や関連機関が明細書に合致しているかどうかを監視し刑罰も用意されており、しっかり管理されているのです。

 日本も地理的表示の制度が必要だと判断した農林水産省が地理的表示の制度構築に動いています。攻めの姿勢で、日本の食の信用を守る制度が構築されるよう願っています。

(プロフィール)
生越 由美(おごせ ゆみ)

1982年3月  東京理科大学薬学部卒業
1982年4月  経済産業省特許庁入庁
2003年10月  政策研究大学院大学助教授
2005年〜   現職

<現在の主な公職>

 農林水産技術会議評価専門委員会委員
 IT総合戦略本部新戦略推進専門調査会
 農業分科会委員

 
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