話 題  畜産の情報 2014年11月号

本来畜産の経営を現地に見る

一般財団法人生物科学安全研究所 理事長 萬田 富治


1.本来畜産とは

 本来畜産とは自然と生命の循環力を生かしつつ、長期にわたり経済価値を生み出し、地域の人々に豊かな生活をもたらす畜産の営み方と定義します(図)。

図 本来畜産の価値の捉え方
(経済価値、環境価値、生活・社会価値の
三つの価値を同時に調和的に達成すること)

2.畜産の課題は飼料の確保

 戦後農業の大転換は1961年に制定された農業基本法に始まります。これを契機に畜産は海外からの輸入飼料用穀物の利用を基本において発展し、今日の産業として成立を見ました。この発展経過から理解できるように、畜産の最大の解決すべき課題は飼料の自給です。

3.乳牛・肉牛は繊維質飼料の確保と資源循環が基本

 鶏や豚などの中小家畜と同様に乳牛や肉牛も飼料用穀物を中心とした飼養形態が一般的ですが、草食家畜の生理上、健康な飼養管理にとって繊維を多く含む飼料の給与が必須です。一般に繊維質飼料は単位重量当たりの容積(がさ)が大きく、飼料用穀物に比べて長距離運搬では輸送費がかかります。また、乳牛や肉牛は大量のふん尿を排せつし、この処理と利用が問題となります。これを資源として有効利用してきた農法の歴史が、有畜農業とよばれるものです。この資源としての循環系の成立が持続的生産にとって大切です。国が当面の目標に粗飼料自給率100%を掲げているのは、このことも含めています。

4.飼料自給率向上の取り組みと全国自給飼料生産コンクール

 畜産経営の安定化のため、飼料自給率の向上に対するさまざまな取り組みが行われています。その代表例として飼料用米、エコフィードが挙げられます。エコフィードについては認証制度も立ち上がっており、実践例も増えております。

 また、普及・啓蒙活動として、毎年開催される農林水産祭参加表彰行事には、各種団体や研究会組織などで選抜された優秀な畜産経営が出品されています。(一社)日本草地畜産種子協会が主催する「全国草地畜産コンクール」もその一つでした。当コンクールは飼料自給率向上という明確な目的をもっており、毎年、全国各地域から優秀な草地畜産経営を表彰し、その実践例を普及してきました。審査の方法は各地域から出品された事例について、書類審査を行い、経営と技術の優秀性を評価します。その後、実際に現地に出向いて経営を審査するという2段階方式です。筆者はこの審査会において、長年、審査委員を担当させていただきましたが、現場を見せていただき、経営者や関係者から直接、聞き取る現地審査がハイライトです。この機会は私にとっては書物やマスメディアを介した情報からではなく現場で直接、「五感」を通して、しかも全国の先進事例の動向を経年的に知ることが出来るという実に恵まれた機会となります。昨年度より当コンクールは飼料自給率の向上という今日的な課題に応えるため、名称が「全国自給飼料生産コンクール」へ変更されました。これまでの「全国草地畜産コンクール」は名称の示すとおり、乳牛や肉牛などの自給飼料生産を対象としていました。名称を新たにした「全国自給飼料生産コンクール」は飼料生産の対象家畜が大家畜から中小家畜まで範囲が広がりました。国産飼料用穀物は輸入飼料用穀物との価格差において、とても太刀打ち出来ない状況でしたが、米余りで転作田や放棄水田が増え、国は飼料用米の生産を奨励しています。関係者の期待も大きく、すでに専用の品種や栽培技術が開発され、飼料用米の茎葉部分は稲わらとして牛の飼料に、もみ米は主として鶏や豚の飼料に使われています。飼料用米など国産飼料用穀物の生産利用の定着により、耕種(水田)と畜産の有機的連携による日本的農法の普及が期待されます。

5.本来畜産の推進が必要

 しかし、このような取り組みにもかかわらず、耕作放棄地は一向に解消せず、野山は荒れ、鳥獣害は都市近郊まで迫り、土砂崩壊など大規模災害が頻発しています。農業の衰退は食料自給率の低下ばかりではなく、地域経済を直撃し、自然が荒れ、都市へ人口が集中し、国土の均衡のとれた発展が危ぶまれ、この危機は日々進行しています。このような情報が映像やニュースを通して毎日のように報道され、多くの人々が将来に不安を覚えています。しかし、生産現場では実に明るい未来を見据えた取り組みが進行しています。この経営を掘り起こすことにより図に示した「本来畜産」の道筋が展望できます。

6.本来畜産の受賞例

 この「本来畜産」の例を今年の受賞事例から読み取ってみます。まず、論点を絞り込み、今日的な課題である自給飼料生産の場所はどこで、誰が担い手かについて考えてみます。自給飼料の生産の場は広大な奥山(大牧場、おおまきば)、里山などの傾斜地(小牧場、こまきば)と水田や畑です。これらのいずれの場所も高齢化が進み人手不足です。奥山や里山、放棄地の棚田の担い手は牛です。牛の放牧により荒れ地が解消され、生産者へ利益をもたらし、美しい景観を作ります。美しい景観は地域の人々にやすらぎを与えます。国土保全や資源循環、生物多様性、アニマルウェルフェアなども保持されるでしょう。これらは環境・社会便益とよばれるものです。水田や荒廃地の担い手は生産者自らと地域住民によって地域に形成される営農組織などです。最近では自給飼料生産を請け負う専門のコントラクターが増えており、農業とは異業種の地元企業などの参入も見られます。これらの実践例は以下に示した今年(平成26年度)のコンクールで表彰された事例に見ることが出来ます。

7.基本技術の実践例と普及の可能性

 大分県豊後高田市の肉用牛繁殖経営(冨貴茶園・写真1)と北海道足寄町の酪農経営(吉川牧場・写真2)の基本技術は放牧畜産、青森県の肉用牛・水田経営の基本技術は共同組織で生産する飼料用米のソフトグレインサイレージ(稲のもみの部分をサイレージにしたもの)、岡山県の酪農経営の基本技術は個別経営の自給飼料生産の拡大、熊本県の建設会社の基本技術はコントラクター会社による自給飼料生産の請負、山口県の農事組合法人と生産組合の基本技術は飼料用米生産です。このような基本技術を駆使できる土地・経営環境は全国どこにでも存在しております。日本畜産の飼料問題の解決のため、優良事例に学び、行政や関係組織が生産現場をバックアップして取り組んで行くことで本来畜産の推進が可能であることを示しています。

写真1 稲WCS(稲の茎葉部分ともみの部分も一緒にして
サイレージにしたもの)を冬期飼料に利用し、放棄茶園・遊休農地を
放牧地に造成し、繁殖雌牛の周年放牧利用による低コスト
子牛生産を 実現した大分県の肉用牛繁殖経営(冨貴茶園)
写真2 季節繁殖で冬期全頭乾乳・広大な傾斜地草地の
放牧利用による低コスト生乳生産を実現した北海道足寄町の
放牧酪農経営(吉川牧場)

8.おわりに

 「船頭多くして船山に登る」ということわざがあります。自給飼料生産についても「指図する人が多くて」と言われないように、現場に根差したしっかりした取り組みが求められています。目指すところは将来に展望が持てる「持続可能な農業経営」の確立と、そこで生産された「安全な国産畜産物」を消費者に安定的に供給することだと思います。結果として私達のような検査機関や研究機関も存在感を増すことが出来ます。農家数が減少し、担い手不足が問題になっている今日こそ、机上の空論ではなく、生産者と生産者を支える生産現場の人々の実践例に学ぶことが大切であると思います。

(プロフィール)
萬田 富治(まんだ とみはる)

1972年 東北大学大学院農学研究科博士課程修了
1972年 日本学術振興会奨励研究員、農林省入省
1988年 北海道農業試験場総合研究第3チーム長
1994年 草地試験場研究交流科長
1996年 中国農業試験場畜産部長
1999年 畜産試験場企画調整部長
2001年 独立行政法人畜産草地研究所副所長、草地研究センター長
2002年 北里大学獣医学部教授、フィールドサイエンスセンター長
2011年 財団法人畜産生物科学安全研究所理事長
2013年 一般財団法人生物科学安全研究所理事長、現在に至る

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