1 はじめに
筆者が勤める日本食肉輸出入協会は、食肉貿易を行う商社などを会員とする任意団体であり、本年、創立20周年を迎える(図1)。
この20年間の牛肉の需給動向を振り返ると、平成3年度の輸入自由化以降の輸入拡大、国内外でのBSEの発生、米国産の輸入停止、需要の低下、輸入規制の緩和などの大きな変化が見られた。
そこで、これまでの状況を分かりやすく把握するため、独立行政法人農畜産業振興機構(以下「機構」という。)のホームページに掲載されている統計データなどをグラフ化してその傾向を示し、加えて、主要な輸入先である豪州や米国の状況も紹介する。
図1 食肉貿易を行う商社などを会員とする団体の変遷 |
|
|
2 わが国の牛肉市場の現状
(1)BSEで落ちた需要の回復はわずか
牛肉の需要量は、機構の「牛肉需給表」にある推定出回り量で見ると、今から20年前の当協会が創立された平成6年度に初めて100万トンを超えた。その後、12年度のピークまでは、年間60〜70万トンの輸入があり、輸入の増加が牛肉需要の伸びを支えた時期といえる(図2)。
牛肉需要が伸びていた時期を含め、この20年間で、牛肉にかかわる関係者にとって最大の試練となったのが、13年の国内でのBSE発生である。
需要量は、13年度以降、国内生産量の減少、米国産の輸入停止などによる輸入量の減少などから20万トンほど落ち、16年度には80万トンほどとなった。
その後、段階的に輸入規制が緩和され輸入量は少しずつ増加している一方、国内生産量は、22年の宮崎県での口蹄疫の発生、23年の東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故の影響を受け、微減傾向のため、全体として需要量は微増傾向ではあるものの、依然として80数万トン台で推移している。
牛肉を扱う関係者にとって、BSE発生以前の牛肉需要量100万トンへの回復は悲願であると思われるが、まだ、わずかな回復が見られる程度である。
図2 牛肉需給表 |
|
資料:農林水産省「食肉流通統計」、財務省「貿易統計」、在庫量は農畜産業振興機構調べ。 |
(2)輸入量は冷蔵牛肉は伸び悩み、冷凍牛肉は増加
ここ10年間程の動きを見ると、国内牛肉生産量は横ばいから微減傾向であるのに対して、輸入量は、冷蔵牛肉は減少から横ばい、冷凍牛肉は「その他」を除き、16年度を底に増加傾向である(図3、図4)。
部位別に見ても、冷蔵牛肉は、「バラ」にわずかな増加傾向が見られる程度で、他のいずれの部位も微減から横ばいである。
一方、冷凍牛肉は、主に牛丼などに使用される「バラ」の増加が著しく、24年度にハンバーガー、ハンバーグなどの原料となる挽肉などの「その他」を上回るなど、冷凍牛肉の輸入増をけん引している。
図3 冷蔵牛肉の部位別輸入量 |
|
資料:財務省「貿易統計」 |
図4 冷凍牛肉の部位別輸入量 |
|
資料:財務省「貿易統計」 |
(3)価格は、冷蔵、冷凍いずれも上昇中
輸入牛肉の部位別輸入価格(CIF)を見ると、1キログラム当たり600円前後の冷蔵牛肉の方が、同300円前後の冷凍牛肉と比べ価格変動は大きいが、「ロイン」を除いては、だいたい同じように数年間隔で上下する傾向を示している(図5、図6)。
ここで注目すべきことは、24、25年度と最近になっていずれも価格は上昇傾向にあることである。特に輸入が増加傾向にある冷凍牛肉で、ロインを除く部位の最近の価格が、これまでにない高い水準となっていることである。
図5 冷蔵牛肉の部位別輸入価格(CIF) |
|
資料:財務省「貿易統計」 |
図6 冷凍牛肉の部位別輸入価格(CIF) |
|
資料:財務省「貿易統計」 |
(4)米国、豪州は、干ばつによる牛肉生産の減少が価格上昇の主因
わが国は、現在、輸入する牛肉の9割程度を豪州および米国から調達している。
最近の輸入価格の上昇は、一般的に取引通貨としている米ドルが円に対して高い(円安)傾向にあることと、豪州および米国での牛肉の現地価格の上昇のためである。
現地価格については、両国とも、これまでの干ばつによる飼料の不足から、かなりの牛がと畜されたため、頭数が減って牛肉生産量が減少していることに加え、中国、韓国などのアジア諸国や米国内からの旺盛な需要があるため、価格は上昇基調で推移している。
こうしたことから、輸入価格は、本年度に入っても上昇基調で推移している(表1)。
表1 日本、米国、豪州の牛肉生産、輸出の現状及び見通し |
|
資料:農林水産省「畜産統計」、「畜産物流通統計」、「食料需給表」、財務省「貿易統計」
USDA/ERS 「Cattle & Beef Statistics & Information」、 「Livestock, Dairy, and Poultry Outlook」、
USDA/ NASS「Cattle」
Australia DAFF, MLA forecasts Mid-year update
注:米国は重量をポンド表記のため、日本、豪州と合わせるためトン表記に変更している。 |
3 牛肉輸入の見通し −「豪州産から米国産へ」に変化の兆し−
今後の牛肉輸入の見通しを考える際、既に高値安定水準にある国産牛肉に対して、マーケットの過半を占める輸入牛肉、とりわけ、その中心となる米国産および豪州産がどうなるのか、注目されるところである。
米国産および豪州産の牛肉について特徴的なことは、BSE発生により輸入停止となっていた米国産の輸入が再開された17年度頃から25年度までは、豪州産は減少傾向、米国産は増加傾向で推移したことである。
特に冷蔵牛肉ではその傾向は顕著で、豪州産冷凍牛肉が横ばいから減少傾向となる中、豪州産冷蔵牛肉は、ほぼ一貫して減少した。要は米国産の増える分、豪州産が減っていたのである(図7ー1、図7ー2)。
それが本年度に入り、価格がさらに上昇し、これまでない水準となったため、全体の輸入は減少し、減少一辺倒であった豪州産が増加するなど豪州産へ回帰する動きも見られるようになった(表2)。
さらに今年7月、日本と豪州両政府の間で、経済連携協定(EPA)が署名され、豪州産牛肉の関税率は現行の38.5%から、協定発効初年度は、冷凍牛肉は8ポイント下がり30.5%に、冷蔵牛肉は6ポイント下がり32.5%になることとなった。同協定で定められた初年度の牛肉のセーフガードの発動基準数量(冷凍牛肉19万5000トン、冷蔵牛肉13万トン)は、これまでの輸入実績から見て多少の余裕があることから、豪州産への回帰がさらに増長すると思われる。
図7ー1 米国産、豪州産の冷蔵牛肉輸入量の推移 |
|
資料:財務省「貿易統計」 |
図7ー2 米国産、豪州産の冷凍牛肉輸入量の推移 |
|
資料:財務省「貿易統計」 |
表2 最近の牛肉輸入数量、輸入価格(CIF) |
|
資料:財務省「貿易統計」
注:輸入価格は、輸入金額を輸入量で除した金額である。 |
4 おわりに
牛肉の需要が大きく低下したBSEの発生から10年以上経過したが、牛肉にかかわる話題には依然として事欠かない。最近では、牛丼の値下げ戦争にピリオドが打たれ、熟成牛肉や、プレミアム牛めしなどが登場しているが、こうした新しいニュース(話題)を見聞きしても、全体として需要量の顕著な伸びが見られないのは、ひとえに価格の高騰である。
安くておいしい牛肉を食べたい欲求は世界共通であり、そのためには、わが国も含めて、肉用牛生産の拡大について、地道に取り組んで欲しいものだと業界人のみならず、多くの消費者も願望しているものと思われる。
(プロフィール)
岩間 達夫(イワマ タツオ)
愛知県出身
昭和49年4月 農林省入省
平成15年1月より現職
|