【要約】
政府は、農産品の中で牛肉を重要品目の一つとして挙げ、輸出額を2012年の51億円から、2020年に250億円まで拡大することを目標として掲げた。本年になって日本産牛肉の輸出が可能となったベトナム、EU(英国、ドイツ、フランス)そしてメキシコで、官民一体となった和牛のプロモーションイベントが行われ、一定の成果・効果が得られた。また、欧州において牛肉市場調査を行ったところ、日本産和牛はEU初進出となるが、外国産により既にWAGYUの名称と特徴(肉質が軟らかい霜降り肉)は知られており、高級牛肉としてのステータスが築かれている。日本は、そこに本物の和牛として攻勢をかけることになる。幅広く和牛の美味しさを広めるためには、海外の需要(消費形態)にあった和牛の提供も必要と思われる。
1 はじめに
政府が掲げる農林水産物輸出拡大の推進に向け、農林水産省は牛肉輸出のための環境整備に取り組んでいる。
国産牛肉の輸出については、2001年9月に発生したBSE(牛海綿状脳症)や2010年の口蹄疫、2011年の原発事故などにより多くの国が日本からの牛肉の輸入を禁じた。その後、国内の環境が整備され、輸出先国の輸入基準などを満たしたことから、順次、日本産牛肉の輸出が解禁され、本年は2月からメキシコ、3月からニュージーランド、4月からベトナム、5月からフィリピン、そして6月からEU向け輸出が可能となった。
これを受けて6月末から7月末にかけてベトナム、英国、ドイツ、フランス、メキシコなど日本産牛肉の輸出拡大が期待される国において、官民一体となった和牛輸出促進に向けた各種プロモーションイベントが開催された。本稿ではその概要を報告するとともに、EUの牛肉の消費実態などについて調査結果を報告する。当該調査はEUの一部地域を対象としたが、そこに共通する要素があると思われるので、今後の和牛輸出拡大への一助になれば幸いである。
なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=139円(7月末日TTS相場:139.30円)、1ポンド=178円(同178.00円)、1米ドル=104円(同103.85円)を使用した。
〔中野貴史〕
2 海外における和牛輸出促進の取り組み
(1)最近の和牛輸出解禁の動きについて
日本の牛肉輸出については、これまで米国、カナダ、香港・マカオなど限られた国や地域にとどまっていたが、今年に入り、メキシコ、ニュージーランド、ベトナム、フィリピン、EUと立て続けに牛肉の輸出条件が整備され、実際に日本からの牛肉輸出が開始されている。
今年の4月に輸入を開始したベトナム、6月に開始したフィリピンなどの東南アジア地域では、著しい経済成長に伴い、今後、富裕層を中心とした和牛の需要拡大が期待されている。
また、成熟した牛肉市場とされるEU諸国では、赤身肉を主体とした一般的な牛肉にはない和牛特有の風味や軟らかさに対する一定の需要が期待されるとともに、高級食材として富裕層をターゲットにした販売が期待されている。
一方、メキシコは、北米自由貿易協定(NAFTA)による米国経済との一体化の進展とともに、ブラジルなどの成長目まぐるしい南米市場の間に位置するという地理的優位性があり、今後も中長期的に安定的な経済成長が見込まれている。また、1億人を超える国内人口の半数以上が30歳未満とされ、経済成長に伴う所得水準の向上により富裕層を中心に和牛の消費拡大が大いに期待されるところである。
今回、これらの国・地域に初めて和牛が輸出されることになったが、これらの市場では既に、豪州産やチリ産などの外国産WAGYUが流通しており、軟らかくジューシーな高級牛肉としてのステータスを築いている。これらに対し日本産の和牛は、既存のWAGYU市場に、
本物の和牛ブランドを引っ提げて進出する形となる。
なお、外国産WAGYUは、血統が保証されたものではなく、多くは交雑とされることから、本稿ではアルファベットでWAGYUと表記し、日本の和牛とは区別することとする。
〔中野貴史〕
(2)政府の輸出促進対策について
2013年1月、安倍総理大臣は林農林水産大臣に対し農産品の輸出拡大対策を強化するように指示し、同年8月29日、林農林水産大臣は農産品の輸出拡大対策を強化するため検討した結果を、「農林水産物・食品の国別品目別輸出戦略」として公表した。
この中で具体的な品目と品目別の目標額が定められ、重要品目8品目の一つとして「牛肉」が掲げられた。政府の「牛肉」の輸出目標として、2012年の51億円(数量ベースで863トン)から2020年には250億円(同4000トン)を目標として設定された。
また、本年6月24日閣議決定の「日本再興戦略」改定「2014−未来への挑戦−」では、2020年に農林水産物・食品の輸出額を1兆円、2030年には5兆円の実現を目指す目標が掲げられている。
農林水産物・食品の輸出促進としては、官民一体となったオールジャパンでの統一的なプロモーションが実施される中、公益社団法人中央畜産会(以下「中央畜産会」という。)を主体に「和牛統一マーク」を使用した和牛輸出促進活動が行われることとなった。
和牛統一マークは、和牛を海外に輸出するに当たり視覚により外国産WAGYUとの識別を容易にするとともに、海外の消費者に品質の保証をアピールするものである。
日本にはブランド和牛がたくさん存在しているが、ブランドごとに個別に宣伝するより、このマークの下で、先ずは日本産和牛としてアピールすることが外国産WAGYUに対抗する上でも有効と思われる。
〔中野貴史〕
以下に各国で開催された和牛販売促進イベントの概要を紹介する。
ア ベトナム、英国
政府の輸出促進の取り組みの一貫として、今年6月にベトナムのホーチミンおよび英国のロンドンで、現地食肉関係者やレストラン・ホテル関係者などに対して、和牛の優れた品質やおいしさを知ってもらうための和牛のセミナー・試食会と商談会が実施された。また、ベトナムでは、これと合わせてホーチミンのイオンモールで一般消費者向けのプロモーションイベント(和牛試食会など)も行われた。(和牛のセミナー・試食会などの概要は以下のコラム参照)
現地出席者からのアンケート結果では、日本産和牛と外国産WAGYUの違いを知らなかったとする人(ホーチミンで24%、ロンドンで36%)も多く、和牛を正しく理解するためのセミナー開催を高く評価する声も多かった(ホーチミンで92%、ロンドンで77%がセミナーを「大変良かった」または「よかった」と評価)。
ベトナムでは林農林水産大臣、ロンドンでは小里農林水産大臣政務官が出席され、現地関係者に対し、和牛のプロモーション活動に国を挙げて取り組んでいるという実態が広く周知されることで、現地マスコミの取材も多くなるなど、和牛イベントに対するインパクトがより強まったことがうかがえた。
さらに、英国ロンドンでは、和牛のプロモーションイベントが在英国日本大使公邸で開催されたことから、現地関係者に対し、国を挙げた取り組みと認知され、さらなるプロモーションの効果もあったと思われる。
〔西村博昭、宅間淳〕
1 和牛プロモーションイベントの開催日時、場所
(1)ベトナム:6月25日(水)15時〜19時 ホテル日航サイゴン(ホーチミン)
(2)英国:6月30日(月)16時〜20時 在英国日本大使公邸(ロンドン)
2 概要
(1)和牛セミナー
(1) 4つのテーマについて講演
・和牛の飼い方の特徴
(ベトナム:全国肉牛事業協同組合(大吉商店椛纒\取締役)永谷武久)
(英国:全国肉牛事業協同組合 副理事長(中林牧場代表)中林正悦)
・日本における牛肉の安全性と消費者の信頼確保に向けた取組
(独立行政法人農畜産業振興機構 総括理事 強谷雅彦)
・和牛の肉質の特徴、おいしさの秘密、栄養素
(京都大学 名誉教授 矢野秀雄)
・高品質な和牛肉の取り扱い方と食べ方
(潟~ートコンパニオン 常務取締役 植村光一郎)
ベトナムでは、この後、部分肉から商品化する際のカッティング技術の実演があり、その後、試食会を開催。英国では、試食会の中で実演が行われた。
(2) 講演後の質疑応答では、ベトナムは和牛の冷凍・冷蔵での賞味期限、英国は和牛香(ココナッツ風の香り)に対する具体的な説明、また、和牛の屋外での飼養期間などについて質疑が交わされた。
(2)試食会兼レセプション
日本人シェフ等のプロデュースによる和牛肉を使った料理が提供された。
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写真2 現地高級日本食レストランによる牛肉のたたき:英国 |
3 出席者
(1)ベトナム
和牛セミナー約220名、試食会約260名(日本側出席者を含む):輸入業者、ホテル関係者、ベトナム料理レストラン、日本食レストランなど
(2)英国
和牛セミナー約150人、試食会約200人(日本側出席者を含む):流通・小売事業者、レストラン関係者、メディア関係者、政府関係者など
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写真3 トップセールスとして和牛をアピールする
林農林水産大臣:ベトナム |
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写真4 参加者に和牛の良さを伝える小里農林水産大臣政務官:英国 |
4 一般消費者に対するプロモーションイベント
6月24日(火)〜25日(水)、11時〜18時半 イオンモールタンフーセラドンのイベントコーナーに和牛ポスター、ボードを掲示し、小冊子「和牛」の配布、和牛肉の展示、和牛試食会などを実施
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写真5 モール内イベントコーナーに和牛ブースを設置 |
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写真6 来場した一般消費者に試食を提供する林農林水産大臣 |
〔西村博昭、宅間淳〕
イ ドイツ、フランス
ドイツとフランスでは、和牛の輸出業者と両国の実需者が会して比較的小規模の、実務ベースでの商談会および和牛の啓発・普及活動が行われた。
(ア)ドイツ・デュッセルドルフ
ドイツでは、7月3日にドイツ・在デュッセルドルフ日本国総領事公邸の庭園で独立行政法人日本貿易振興機構(以下「ジェトロ」という。)主催の和牛商談会が行われた。デュッセルドルフは日本人が多く、日本食レストランも多いことで、ドイツ人にとって「日本」を連想する都市とされる。このため、EUの主要牛肉消費国であるドイツでの和牛プロモーションの開催地にこの都市が選ばれた。
快晴の青空の下で、現地の食肉流通業者・輸入業者、ホテルやレストラン関係者40名ほどが集まった。ステージでは、中央畜産会による挨拶と和牛の説明に加え、日本の輸出業者から、和牛に関する説明がなされた。その後、現地高級日本食レストランのシェフによる、和牛を使用した試食品が参加者に提供された。また、日本の輸出業者は、ドイツの需要者との商談を進めるとともに業者自らが持参した和牛が、参加者に提供されていた。
軟らかくジューシーな各種和牛料理を堪能した参加した人々からは、高い評価を受けており、これを契機として今後の和牛輸出につながることが期待された。
翌4日には、市内の日系ホテルの和食レストランで、中央畜産会による和牛の普及・啓発セミナーが行われた。こちらは、ドイツの食肉団体であるジャーマン・ミート・アソシエーションの会員7名とメディア関係者、ホテル関係者が参加し、和牛の説明や中央畜産会制作による和牛のDVDの放映、質疑応答が行われるとともに、等級Aー4の和牛サーロインのカッティングのデモンストレーション、そしてその調理実演と料理が振る舞われた。試食会は3つのテーブルに分かれ、日本の輸出業者がそれぞれのテーブルで、和牛の説明を加える形で行われた。
このセミナーは、ドイツの牛肉を扱う卸売業者等を相手に、日本産和牛の特徴について生産から流通までを説明し、実際に和牛肉を見て、味わってもらうことで正しい知識を普及することを目的として開催された。セミナー時の質疑応答では、日本の格付け制度やトレーサビリティ、和牛と神戸ビーフの違い等についての質疑が交わされるなど、和牛に対する関心の高さがうかがえた。
1 開催日時、場所
(1)和牛商談会:7月3日(木)13時〜16時 在デュッセルドルフ日本国総領事公邸 (デュッセルドルフ)
(2)和牛の普及・啓発セミナー:7月4日(金)11時〜14時 ホテル日航「弁慶」 (デュッセルドルフ)
2 概要
(1)和牛について説明、和牛統一マークの説明、日本の輸出業者紹介、和牛を使用した料理実演・試食、商談(ネットワーキング)
(2)和牛DVD視聴、和牛統一マークの説明、日本の輸出業者紹介、和牛部分肉のカッティング実演、和牛ステーキの試食、会談・商談
3 出席者
(1)約40名:レストランシェフ、ホテル・レストラン関係者、食肉流通業者・輸入業者
(2)12名 :ドイツ食肉団体「ジャーマン・ミート・アソシエーション」の会員、メディア関係者、ホテル関係者
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写真8 カッティングされた和牛サーロインの切り身を
見入る参加者(普及・啓発セミナー) |
〔中野貴史〕
(イ)フランス・パリ
7月7日には、会場をフランスのパリに移して、市内のイベント・ギャラリー「Le Purgatoire」でジェトロ主催の和牛商談会が開催された。和牛の実需者となる食肉流通業者やレストラン等の関係者が80名以上集まった。中央畜産会による和牛の説明後、和牛の料理実演と試食が実施された。
和牛に対するフランス関係者の関心は非常に高く、一流の食材しか扱わないというレストラン経営者は、値段ではなく最高級の牛肉を提供できるのかと、詰め寄る者もいた。一方、この日の日本の輸出業者によるプレゼンテーションでは、和牛は必ずしも高価なものばかりではなく、部位によってはより低価格で提供できるものもあるとして、「肩肉」や「もも肉」もアピールした。
翌8日には、中央畜産会主催により、パリ郊外にある高級食肉を扱う食肉卸売業者の本社を会場に、レストランシェフやメディア関係者15名を集めた和牛の普及・啓発セミナーが開催された。同社の社長は、かつて日本で和牛を食べて以来、和牛のファンになったものの日本産和牛を欧州に輸入できないので、代わりにチリ産WAGYUなどを取り扱ってきた人物である。
セミナーでは、等級Aー5の和牛のサーロインとリブロースを、同社社長自らが日本の業者のアドバイスを得ながらカッティングのデモンストレーションを行った。参加者は、スライサーを使っての牛肉のうす切りを特に興味深く見つめていた。これらカッティングされた肉は別室のキッチンホールで調理実演が行われ、同時に試食もされた。調理はフランス在住の日本人シェフにより行われ、和牛の炙り寿司、しゃぶしゃぶ、味噌漬けの焼き肉、そして屋外でステーキが焼かれ参加者に提供された。参加者がレストラン関係者ということで、調理方法、調味料にも強い関心を持たれ、細かい質問をシェフに投げかけていた。
1 開催日時、場所
(1)和牛商談会:7月7日(月)16時〜19時 Le Purgatoire(パリ)
(2)和牛の普及・啓発セミナー:7月8日(火)10時〜15時 Denaux社(サンス)
2 概要
(1)和牛について説明、和牛統一マークの説明、日本の輸出業者紹介、和牛を使用した料理実演・試食、商談(ネットワーキング)、終了後にプレス向けセミナー 〜21時
(2)和牛DVD視聴、和牛統一マークの説明、日本の輸出業者紹介、和牛部分肉のカッティング実演、和牛ステーキの試食、会談・商談
3 出席者
(1)80名以上:レストランシェフ、ホテル・レストラン関係者、食肉流通業者・輸入業者
(2)15名 :レストランシェフ、メディア関係者
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写真10 鉄板の上の和牛調理状況も写真に撮る参加者
(普及・啓発セミナー) |
〔中野貴史〕
ウ メキシコ
2013年4月のペニャ・ニエト・メキシコ合衆国大統領来日の際に、江戸時代に日本がメキシコに派遣した外交通商使節団のメキシコ到着400年を記念して、2013年から14年を「日メキシコ交流年」と位置付けることが日墨共同声明において確認された。この来日の際の招請に応える形で、安倍総理大臣は本年7月25日から27日まで同国を公式訪問したが、その際に、本年2月に同国への日本産牛肉の輸出が解禁されたことを踏まえ、政府が掲げる成長戦略の1つである牛肉の輸出拡大の強化のため、首都メキシコシティにおいて和牛プロモーションイベントが開催された。
当日は、現地のレストラン・ホテル関係者や流通・小売業関係者などの現地食肉関係者のほか、現地政財界有力者、メキシコ日本商工会議所関係者、在墨日系団体関係者など約400人が来場し、和牛の魅力を伝えるセミナーや、地元の日本人シェフによる、和牛を用いた料理のデモンストレーションが披露された。また、同時に和牛料理の試食会が開催され、その場でデモンストレーションにより紹介された和牛料理が振る舞われ、来場者に本物の和牛の美味しさを実感してもらうことができた。当日は多くの現地報道関係者も来場しており、安倍首相による「トップセールス」を通じて、外国産WAGYUにまねできない、日本産和牛の本物の魅力を幅広くアピールすることができた。
和牛のセミナーでは、日本産の「本物」の和牛の優れた特性や、日本産和牛につけられる和牛統一マークは、「本物」の日本産和牛の証であることを説明するなど、現地食肉関係者への日本産和牛に対する理解譲成を図った。
試食会会場において当機構による試食会参加者への和牛に関するヒアリングを実施した結果、回答の主な傾向として、以下のとおりまとめられた。
・和牛のイメージは、おいしいが高価
・メキシコでの和牛の購入可能な価格の上限は、1キログラム当たり200米ドル(2万800円)程度
・和牛の認知度は高かったものの、消費者へのプロモーションは不足。メキシコ食材を活用した調理法の提案も効果的
・今後の販売拡大には、価格設定が課題。低価格帯の部位(ウデ、肩など)の需要も見込まれることから、品揃えの多様化を希望
・メキシコは所得格差が大きいことから、販売対象を高所得層に絞ることが肝要
・メキシコにも、価格によらず品質で判断する消費層は存在する。本物を扱う店の証として、和牛統一マークは効果的。外国産WAGYUでないことの証明として、店頭での表示を希望
※市内高級小売店にて、「KOBE−BEEF」と表示された低品質な牛肉が販売されていた。
また、メキシコ農牧省(The Secretariat of Agriculture, Livestock, Rural Development, Fisheries and Food)との意見交換を実施した際、和牛に関して以下のような発言があった。
・2014年2月に日本産牛肉の輸入が解禁されたが、牛肉消費は所得水準と密接に関連するため、今後も経済成長が見込まれるメキシコでは、和牛の消費も増えるものと見込んでいる(ただし、食肉消費の中心は豚肉・鶏肉。牛肉の焼き具合は、レアよりもウェルダンが好まれる傾向)。
・メキシコは和食ブームにあるため、日本産和牛の消費拡大の余地はある。ただし、和食の知識や和牛の調理方法のノウハウが浸透していないことが、今後の和牛消費の定着に向けた課題。
・外国産WAGYUの価格帯は、メキシコ産牛肉の4〜5倍程度(※メキシコ産サーロイン:100グラム当たり280円:機構調べ)。メキシコ市場での差別化を図るための方策が必要。
〔山ア博之〕
1 和牛プロモーションイベントの開催日時、場所
(1)7月26日(土)日墨会館(メキシコシティ)
(1)和牛セミナー:17時〜18時15分
(2)和牛試食会兼レセプション:18時30分〜20時
2 概要
(1)和牛セミナー
セミナーでは、以下の内容について講演が行われた。
・和牛の特徴と生産状況について
(公益社団法人中央畜産会 顧問 菱沼毅)
・日本における牛肉の安全性と信頼性確保に向けた取り組みについて
(独立行政法人農畜産業振興機構 調査情報部長 新川俊一)
この後、在墨ホテルシェフによる和牛を使った料理(握り寿司、和牛おろし和えなど)のデモンストレーションが行われた。
(2)和牛試食会兼レセプション
日墨協会会長などの挨拶後、安倍首相による和牛プロモーションの実施の背景を交えた挨拶がなされた。その後、現地政財界関係者や日本の和牛取扱事業者などと懇談された。また、参加者には和牛セミナーのデモンストレーションにて紹介された和牛料理が提供された。
3 出席者
(1)和牛セミナー 約40名:ホテル・レストラン関係者、流通業者、小売業者
(2)試食会兼レセプション 約400名:ホテル・レストラン関係者、流通業者、メディア関係者、政財界関係者、メキシコ日本商工会議所関係者など
〔山ア博之〕
3 EUの牛肉消費状況等
(1)主要国の牛肉消費の動向
EU(28カ国)の牛肉消費量は、2013年は756万トンであった。世界最大の牛肉消費国である米国が1161万トン、2位のブラジルが788万トン、EUはそれに次ぐ牛肉消費地域であることから、政府の定めた「農林水産物・食品の国別・品目別輸出戦略」でEUは、牛肉輸出先の重点地域として位置付けられている。
EUの牛肉消費量の96%は旧加盟国(15カ国)の消費である。そしてうち上位4カ国で消費量の4分の3を占める。トップはフランスでEU全体の20.6%を占め、イタリアが17.0%、英国15.0%、ドイツ14.7%と続く。
このうち、各国富裕層が数多く集まり、文化的・経済的に影響力の強いパリ、ロンドンを有するフランスと英国、そしてEU経済をけん引するドイツが、EUの主要和牛輸出市場とみられている。
EUの牛肉の消費は、ここ数年、微減傾向にある。これは、牛肉が食肉の中で比較的高価な食べ物であることから、2008年のいわゆるリーマンショックに端を発した世界金融危機以降の世界経済の停滞を反映して、EUの人々の食肉消費は、牛肉からより安価な豚肉や鶏肉にシフトしたためである。牛肉の中でも高価なステーキ肉の消費は減り、安価なミンチ肉(ひき肉や刻み肉)の消費が増えている。
EUの1人当たり年間牛肉消費量は14.9キログラムとなり、国別ではフランスが同23.7キログラム、英国同15.7キログラム、ドイツ同13.5キログラムとなる(2013年欧州委員会)。
ちなみに、米国は同37.0キログラム、ブラジルは同39.1キログラムで、日本は同9.0キログ
ラムである(2011年FAO)。EUの人々は米国やブラジルには及ばないが日本の1.5〜2.6倍の消費量となる。
(2)主要国の牛肉販売動向
ア フランス
フランスでの食肉販売は、ハイパーマーケットが全体の43%、スーパーマーケット(含むデパート)が同31%とされ、合わせて74%が大なり小なりの総合食料品店で販売されている。次いで精肉店が16%とされる。パリ市内に限ると精肉店の割合は多く、富裕層はスーパーよりも精肉店で購入する割合が高いといわれている。
高級スーパーの中には対面販売コーナーを有しているところもあり、比較的高品質の牛肉が販売されている。そこには、自国(フランス)産の牛肉だけを置いているところが多く、一般的なフランスの消費者は、食に関しては保守的であり自国産を好む傾向がある。
高級住宅街が多いパリ16区の精肉店を訪ねてみた。この店では、外国産の牛肉も多く並べており、スペイン産WAGYUを熟成(ドライエイジング)させて販売している。これは、WAGYUには味がないからだとしている。部位や品質により値段は異なるが、1キログラム当たり180ユーロ〜300ユーロ(2万5000円〜4万1700円)で販売している。通常の牛肉の価格は、ランプ肉でキログラム当たり45ユーロ(6300円)、フィレ、サーロインで同60ユーロ(8300円)であり、WAGYUはその3〜5倍の価格となっている。同店責任者の話では、今回、日本産和牛の輸出解禁にあわせていくつかの商談もあったが、脂肪(サシ)が多過ぎるのと価格が高すぎるので購入を見送ったとしている。日本の業者から提示された価格で小売価格を見積ると、少なくとも同400ユーロ(5万5600円)になってしまうそうだ。
※ハイパーマーケットとは、郊外立地の倉庫型の巨大スーパーマーケットをいう。
イ 英国
英国での食肉販売は、全体の72%がスーパーマーケット(含むデパート)を通じて販売されているとされ、消費者への食肉の主要な販売ルートとなっている。そしてハイパーマーケットが9%で、精肉店は13%とされている。ロンドン市内の対面販売コーナーを有する高級スーパーでは、WAGYUは見なかったが、高級デパートでは販売されていた。
老舗高級デパート「Harrods」では、牛肉売り場(対面販売)に豪州産とウェールズ産のWAGYUが陳列されていた。格付等級AA9(等級AA12〜8が日本の等級Aー5にほぼ相当する。)の豪州産は、フィレが1キログラム当たり約200ポンド(3万5600円)、ウェールズ産は同130ポンド(2万3000円)で売られていた。他にはスコットランド産のブランド牛肉があり、価格はフィレが同62ポンド(1万1000円)とWAGYUの2〜3分の1程度であった。
この牛肉売り場には、WAGYUの解説が天井から吊り下げられており、そこには「和牛もしくは神戸ビーフは、世界で突出した牛肉であり、血統書付きのこの牛は独特の飼養哲学で育てられ、卓越した軟らかさと脂肪交雑がある。」と紹介されている。英国の最高級デパートでこのように和牛が紹介されているのは嬉しいところではあるが、実際に売られているWAGYUと本物の日本産和牛との違いが消費者に理解される状況にはない。
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写真13 「Harrods」デパート牛肉売り場の天井から
吊り下げられたWAGYUの解説 |
この「Harrods」の食料品売り場には、ステーキのイートインコーナーがあり、ここで豪州産のWAGYUが1キログラム当たり330ポンド(5万8700円)で提供されている。注文は最低200グラムからとなり、一皿66ポンド(1万1700円)と、一般消費者は簡単には手を出しにくい値段である。
「Harrods」に次ぐ老舗高級デパートの「Selfridges」でもWAGYUが販売されていた。過去にチリ産、スペイン産、ウェールズ産を扱ったこともあるとしていたが、現在は豪州産のみ扱っている。豪州産の等級AA6(等級AA7〜5は日本の等級Aー4にほぼ相当する。)のWAGYUの価格は、フィレが1キログラム当たり185ポンド(3万2900円)であった。「Selfridges」の食肉販売担当によると、WAGYUはロシア人やカザフスタン人が自国に持ち帰って販売するためか、大量に購入していくとのこと。また、今秋から日本産の神戸ビーフの販売を予定している、としていた。
WAGYUは高級食材として、高級デパートや高級レストランでの位置付けがほぼ確立されている中で、今年6月、ロンドンに展開されるドイツ資本の安売りのディスカウント・ストア「ALDI」で、ニュージーランド(NZ)産グラスフェッド(牧草肥育)のWAGYUサーロインステーキ227グラムパックが、6.99ポンド(1200円)で販売され話題となった。格安スーパーがWAGYUを低価格で販売するということもあり、数量限定のWAGYUは、どの店舗も開店後すぐに売り切れとなった。これは、英国では格安スーパーに対する評価が低く、客足が遠のいているといわれる中間所得者層を引き寄せるための特売であったとされている。今後のWAGYUの販売戦略については、現時点では不明であるが、中間所得者層に対してWAGYUの特売で呼び込もうとしたことは興味深い。
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写真14 ディスカウント・ストア「ALDI」のWAGYUステーキ広告 |
英国のディスカウント・ストアでは、米国ウォルマート系の「ASDA」で、2011年11月から英国産WAGYUを販売している。こちらは、和牛とホルスタインとの交雑種とされており、価格は1キログラム当たり30ポンド(5300円)と、高級デパートの6分の1の価格で売られている。ただし、脂肪交雑が少なく肉質が劣ることから、評判はそれほど高くないようである。
WAGYUに対する一定の認識がある中で、日本産和牛は、本家本元の「本物」の和牛として、外国産WAGYUの一歩上を行く位置をつかみ、それに見合った価格を設定できるかが問題となるだろう。
ウ ドイツ
ドイツでの食肉の販売は、ハイパーマーケットが全体の10%、スーパーマーケット(含むデパート)が同41%、ディスカウント・ストアが同20%とされている。これら総合食料品店での販売は合計71%となり、その他、精肉店での食肉の販売は19%となる。ドイツでは、ディスカウント・ストア(格安ス−パー)が消費者に幅広く利用されおり、英国のような低い評価はない。また、本家ディスカウント・ストア「ALDI」では、低価格路線を守り、英国のように中間所得層を囲い込むためのWAGYU販売戦略もとられていない。
デパートやスーパーでは、パック詰め商品売場だけではなく一部対面販売も行われている。大手スーパー「EDEKA」の対面販売コーナーでインタビューしたところ、現時点でWAGYUの取り扱いはないが、以前はNZ産と豪州産を扱っていたことがあり、NZ産のWAGYUの脂肪交雑は、アイリッシュ・ビーフ並みで、豪州産はUSプライムリブ並みであったとのこと。訪問時(7月)に量り売りされていたアイリッシュ・ビーフは、フィレが1キログラム当たり199ユーロ(2万8000円)、サーロインが同179ユーロ(2万5000円)であった。
〔中野貴史〕
4 EUにおける和牛販売の課題
(1)EUにおける価格優位性
先に述べたように、EUでは豪州産やチリ産のWAGYUが市場を既に開拓しており、WAGYUの名称と特徴(肉質が軟らかい霜降り肉)を知らしめ、高級牛肉としての一定のステータスを獲得している。このため、日本産和牛の輸出拡大に当たり、「和牛」とは何かといった説明はあまり必要がない。日本の和牛は、外国産WAGYUが拓いてくれた高級牛肉市場に「本物の和牛」として攻勢をかけるということである。
一方、懸念材料は価格である。日本でも和牛は高級食材であり、毎日食べることは難しいことから海外で牛肉を常食する人たちの価格帯に受け入れられるのかは不透明とされる。WAGYUは確かに高級牛肉として、現地の牛肉の価格とは一桁異なる価格でのステ−タスを得ているが、和牛は外国産WAGYUの価格をさらに上回ることが想定されるため、現地の人々の購買意欲をかき立てるのか、懸念されるところである。
また、EU域内へ輸入される冷蔵の骨なし牛肉に対しては、12.8%の従価税と100キログラム当たり303.4ユーロ(4万2173円)の従量税が課されるため、原価の高い和牛にとっては価格優位性を損なう。
(2)新たな和牛の価値の普及
現在、諸外国における和牛の評価は、非常に美味しいが高価という認識が確立されている。しかしながら、高級部位以外の一般的に硬いと思われる部位であっても、和牛の場合は軟らかく美味しいという特性がある。こういった高級部位以外の和牛の魅力を伝えて、比較的安価で美味しい和牛を食べることのできる部位の紹介と需要の発掘が望まれるところである。
(3)流通ルートの確保
日本産和牛の冷蔵肉の賞味期限は50日程度と、豪州産WAGYUの半分程度に設定されている。EUの規則に従った上で賞味期限を拡長することも考えられるが、それが困難な場合は、この賞味期限に合わせた適切な品質管理と流通ルートを確保することも課題の一つと考えられる。
(4)継続的なPR
和牛の初進出としてベトナムやEU、メキシコなど世界各地で和牛のプロモーションイベントが開催され、一定の成果・効果が得られたところである。しかし、これを持続・発展させていくためには、現地での継続的な情報提供が求められる。現地食肉関係者からは、日本産和牛の継続した情報提供を強く求められたところであり、特に、日本産和牛の用途やカット技術、また、飼育方法など幅広い情報が必要とされた。これらの情報を継続して発信することにより、実際に和牛の輸出拡大に結びつくとみられる。
〔中野貴史〕
5 おわりに
政府の輸出戦略においては、和牛は高級部位だけでなく、多様な部位を輸出することとしているが、当面の販売戦略としては、外国産WAGYUが作り出した、高級牛肉市場で富裕層を相手に売り込んでいく形となろう。ただし、同時に多くの人々に和牛の美味しさを味わってもらう販売戦略も必要と思われる。
外国産WAGYUを取り扱う英国の流通業者は、友人の家で行われたバーベキューの肉があまりに硬かったので、次の時に自ら購入したWAGYUのもも肉を提供したところ非常に好評だったと語った。欧州の人々は、赤身肉を好むことから、WAGYUの場合はロイン系ではなく、ももなどの部位にも需要があるという話も聞いている。キャビアやフォアグラに並ぶ高級食品としての和牛だけではなく、このように手軽に食べられる食材にも入り込む余地は大いにある。一般的に硬いとされる部位でも、和牛の場合は軟らかい肉が提供できるので、より低価格な商品の開拓も可能と考えられる。
特に海外の一般的な消費者に和牛を提供しようとする場合、日本においては最高級品の和牛として提供されている等級Aー5のロインなどは、必ずしも同様に評価されるとは限らない。パリにある有名精肉店の店長は、等級Aー5の和牛のサーロインを見て「脂肪ばかりで食べるところがない」と語った。日本人にとって、サシのたくさん入った霜降り牛肉は美味しそうに見えるが、赤身肉を食べる習慣を持つ欧州の人々にとっては、単に脂肪の多い牛肉にしか見えないこともある。
英国の食肉関係者からは、日本では等級Aー5の肉より安い等級Aー3の肉が、欧州では逆に高値で取引されることになるかもしれないとのコメントもあった。こうした取引にあっては、等級Aー3の肉質が等級Aー5の肉質と比較して劣るものではなく、脂肪交雑の割合の違いであることを周知する必要があるだろう。
和牛の輸出拡大を視野に入れた場合、すき焼きやしゃぶしゃぶなど、日本の調理方法を普及・浸透させるには一定の時間を要する。日本の食文化とのセットでの販売戦略だけではなく、海外の需要(消費形態)にあった和牛の提供も必要となる。特に欧州は牛肉の成熟マーケットであり、長い牛肉文化を擁するので、欧州の食べ方に合う和牛の提供も求められるところである。
日本産和牛の海外市場への浸透には、ハードルがいろいろあるが、それらを克服し、和牛の美味しさを世界の多くの人々に味わってもらえることを望むところであり、当機構としても、引き続き和牛の輸出拡大に向けた活動に協力していく所存である。
〔中野貴史〕
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