【要約】
動脈硬化を予防・治療する食事として、脂肪制限食、炭水化物制限食、タンパク質制限食などが提唱されているが、その意義について、いまだ十分には解明されていない。急性冠症候群発症時のアミノ酸組成、脂肪酸組成を健康ボランティア男性と比較検討した。
80歳未満の急性冠症候群連続患者94人(男性83人)と40歳以上の健康ボランティア男性25人の血中アミノ酸、脂肪酸組成を測定した。血漿中の脂肪酸をガスクロマトグラフィーで、アミノ酸を高速液体クロマトグラフィー質量分析計で測定した。
総アミノ酸は両群間で同等であったが、必須アミノ酸が急性冠症候群で有意に低く、特に、リシン、メチオニン、トリプトファン、ヒスチジンが有意に低値で、フェニルアラニンが有意に高値であった。総コレステロールとLDLコレステロールは同等であったが、HDLコレステロールは急性冠症候群で有意に低値であった。脂肪酸組成では多価不飽和脂肪酸のアラキドン酸(AA)は両群で同等、急性冠症候群でエイコサペンタエン酸(EPA)が低値傾向、ドコサヘキサエン酸(DHA)、EPAとDHAを併せたω3系多価不飽和脂肪酸濃度が有意に低値であった。
脂肪や炭水化物の過剰摂取と動脈硬化との関連が注目されているが、魚介類や肉類に含まれる良質なタンパク質を摂取することが、致死性冠動脈疾患の発症予防に有益かもしれない。
1 はじめに
心臓に酸素や栄養を運搬する動脈が冠動脈である。冠動脈の内腔に血栓という血液の塊ができ、その大きさが増大し、冠動脈の血液の流れが突然妨げられる病気が急性冠症候群である。急性冠症候群では、心臓に血流不足または血流途絶による障害が生じ、急性心筋梗塞、不安定狭心症または心臓突然死のいずれかの病気が生じる。急性冠症候群は死亡率が高く、迅速な診断と治療が必要である。
急性冠症候群を生じる背景には、冠動脈に生じた動脈硬化性変化がある。動脈硬化の進行には、動脈硬化を進行しやすい体質(遺伝因子)、加齢、喫煙、高血圧、脂質異常症、糖尿病など複数の危険因子が相互に影響し、これらを危険因子と総称している。危険因子には生活習慣と密接に関連するものが多く、特に、食生活は非常に重要である。
脂肪、炭水化物、タンパク質はヒトが生きていくために必要なエネルギー源となる三大栄養素である。動脈硬化を予防・治療する食事として、脂肪制限食、炭水化物制限食、タンパク質制限食、エネルギー制限食などさまざまな食事が提唱されているが、その意義について、いまだ十分には解明されていない。著者らは、このようなある成分の制限食よりも、栄養素の適度な摂取量とバランスが健康の維持に重要であると考えている。タンパク質の構成成分であるアミノ酸の組成が糖脂質代謝に影響することが指摘されているが1)、タンパク質の摂取量や摂取不足が急性冠症候群発症と関係しているか否かは不明である。アミノ酸には、体内で合成できず、食物から摂取しなくてはいけない9種類の必須アミノ酸がある。本稿では、急性冠症候群発症時のアミノ酸組成、脂肪酸組成を測定し、年齢の一致した健康ボランティア男性と比較し、その発症に関係する栄養素の違いを検討したので報告する。
2 研究成果
本研究の対象者は急性冠症候群で緊急入院した患者とボランティアで募集した40歳以上の健康男性である。健康男性の最高齢が79歳であったため、急性冠症候群は、緊急入院し、入院時に緊急冠動脈造影検査およびカテーテル手術を施行した80歳未満の連続患者を採用した。緊急冠動脈造影検査直前に静脈血を採取し、血清と血漿を分離した。対照群は、ボランティアで募集した男性の空腹時採血の検体を用いた。健康男性の中で、血糖高値で糖尿病が疑われた例を除外した25人のデータを採用した。血漿中の脂肪酸をガスクロマトグラフィーで、アミノ酸を高速液体クロマトグラフィー質量分析計で測定した。LDLコレステロールはホモジニアス法で測定した。群間比較はMann-Whitney U検定で解析した。
急性冠症候群患者は94人(男性83人)で、冠血行再建術の既往20人、心筋梗塞の既往13人、高血圧59人(降圧薬服用者41人)、糖尿病21人(インスリン治療中3人、経口糖尿病薬服用中10人)、喫煙習慣(現在49人、過去25人)、抗血栓薬服用者22人、脂質低下薬服用者22人であった。
脂質およびアミノ酸の結果を表1に示す。総アミノ酸は両群間で同等であったが、必須アミノ酸が急性冠症候群で有意に低く、特に、リシン、メチオニン、トリプトファン、ヒスチジンが有意に低値で、フェニルアラニンが有意に高値であった。総コレステロールとLDLコレステロールは同等であったが、HDLコレステロールは急性冠症候群で有意に低値であった。脂肪酸組成では多価不飽和脂肪酸のアラキドン酸(AA)は両群で同等、急性冠症候群でエイコサペンタエン酸(EPA)が低値傾向、ドコサヘキサエン酸(DHA)、EPAとDHAを併せたω3系多価不飽和脂肪酸(EPA+DHA)濃度が有意に低値であった。
表1 健康男性と急性冠症候群患者の血清脂質値およびアミノ酸組成の比較 |
|
注:Mean±SD *p<0.05 **p<0.01, ***p<0.001 vs 健常男性 |
急性冠症候群で低値であったアミノ酸を多く含む主な食品を表2に示す。一般にアミノ酸は肉類、魚介類、卵類に多いため、その他の食品における不足した4種のアミノ酸の含有量を表3に示す。4種のアミノ酸は肉類、魚介類に多く含まれている。EPA+DHA濃度も有意に低値であったことから、魚類の摂取不足が考えられるが、肉類の摂取不足も否定できない。従って、急性冠症候発症時に肉類、魚介類の摂取量が不足していた可能性が推察される。一方、必須アミノ酸の血中濃度は、摂取量と代謝のバランスにより影響を受けるため、単に摂取量不足と結論することには問題があり、今後のさらなる検討が必要である。
表2 急性冠症候群患者で不足しているアミノ酸を多く含む食品 |
|
注:最新日本食品成分表 日本食品標準成分表2010・アミノ酸成分表2010・五訂増補脂肪酸
成分表医歯薬出版 より著者が作成 |
表3 肉類・魚介類・卵類以外の食品における急性冠症候群患者で
不足しているアミノ酸の含有量 |
|
注:最新日本食品成分表 日本食品標準成分表2010・アミノ酸成分表2010・五訂増補脂肪酸
成分表医歯薬出版 より著者が作成 |
トリプトファンはタンパク質合成の素材となる一方、完全分解されてエネルギー源として利用される。トリプトファンは、腸粘膜の細胞や中枢神経系の細胞で代謝を受けセロトニンに合成される。代謝されなかったセロトニンは血小板に取り込まれ体内を循環する。セロトニンは中枢神経系、心血管系、消化管における重要な生理活性物質である2)。セロトニンが不足すると、不安やうつが発現するため、ストレスの多い現代人において、非常に注目される物質である。また、慢性炎症などのストレス下では、トリプトファンからキヌレニンが産生され、セロトニンが枯渇する一方、ネオプテリンなどの炎症惹起性物質の産生が増加する3)。さらに、トリプトファンは膵臓のインスリン分泌細胞(β細胞)の機能を保護し、血糖低下作用を有することが報告されている4-6)。従って、トリプトファンは糖代謝や炎症状態において非常に重要なアミノ酸といえる。
メチオニンの中間代謝産物のホモシスチンの血中濃度の上昇は、動脈硬化の危険因子である7)。ホモシスチンの増加には、その代謝系やメチオニンの産生系に関与する葉酸、ビタミンB6、ビタミンB12の摂取不足が影響する。メチオニンの低下はホモシスチンの上昇を反映しているのかもしれない。リシンとヒスチジンの意義に関しては、不明であり、今後の課題である。
本研究結果は、急性冠症候群発症時には、一部の必須アミノ酸が健康人に比し、明らかに不足していることを示した。慢性および急性炎症などのストレス下の代謝状態がこのような変化をもたらしたのか、あるいは良質なタンパク質の摂取不足の可能性がその成因として考えられる。必須アミノ酸濃度低値の機序の解明には、食物摂取情報の詳細な検討が必要である。
3 おわりに
脂肪や炭水化物の過剰摂取と動脈硬化との関連が注目されているが、本研究より、魚介類や肉類に含まれる良質なタンパク質を摂取することが、致死性冠動脈疾患の発症予防に有益かもしれない。
(参考文献)
1)Wu G: Amino acids: metabolism, functions, and nutrition. Amino Acids. 2009;37(1):1-17.
2)笹 征史:総論 セロトニン受容体の役割、受容体の種類、関与する疾患について 医薬ジャーナル 2000;36(5):1381-1388
3)Oxenkrug G, Ratner R, Summergrad P: Kynurenines and vitamin B6: link between diabetes and depression. J Bioinform Diabetes. 2013 Sep 14;1(1). pii: http://openaccesspub.org/journals/download.php?file=51-OAP-JBD-IssuePDF.pdf.
4)Marshall S, Monzon R: Amino acid regulation of insulin action in isolated adipocytes. J Biol Chem 1989;264:2037-2042.
5)Traxinger RR, Marshall S: Role of amino acids in modulating glucose-induced desensitization of the glucose transporter system. J Biol Chem 1989;264:20910-20916.
6)Inubushi T, Kamemura N, Oda M, Sakurai J, Nakaya Y, Harada N, Suenaga M, Matsunaga Y, Ishidoh K, Katunuma N: L-tryptophan suppresses rise in blood glucose and preserves insulin secretion in type-2 diabetes mellitus rats.J Nutr Sci Vitaminol (Tokyo). 72012;58(6):415-422.
7)Malinow MR, Bostom AG, Krauss RM: Homocyst(e)ine, Diet, and Cardiovascular Diseases. A Statement for Healthcare Professionals From the Nutrition Committee, American Heart Association Circulation. 1999;99:178-182
|