調査・報告  畜産の情報 2015年8月号

沖縄県の酪農事情
〜飼料価格高騰下における所得向上の取り組み〜

那覇事務所 石丸 雄一郎、和田 綾子


【要約】

 亜熱帯気候に属する沖縄県では、暑熱対策などに工夫を重ねながら乳用牛(ホルスタイン種)を飼養し、生乳を県内で自給するために酪農家が奮闘している。

 特に、飼料価格高騰が問題とされる昨今、農業生産法人有限会社伊盛牧場は、石垣島において粗飼料を自給しつつ、六次産業化による生乳の加工・製造部門の拡大により収益増加を成し遂げている。一方、自給飼料基盤が少ない沖縄本島においては、高宮城牧場が高能力牛群の造成およびETによる和子牛販売により安定した経営を実践している。将来を見据え、沖縄県酪農の自給率向上に向けた新しい飼料作物(飼料用サトウキビ)の普及・定着に向けた取り組みも始まっている。

1 はじめに

 飼料価格が高止まりする中、酪農経営においても、生産コストに占める飼料費の割合は増加傾向にあり、廃業による酪農家数の減少および生乳生産量減少の影響が懸念されている。

 全国の生乳生産量は、平成9年以降、おおむね減少傾向で推移しているが、特に北海道を除く都府県での減少が目立つ。平成22年から26年の5年間で見ても、北海道の生乳生産量が390万トンから382万トンと2.1%減にとどまった一方で、都府県では373万トンから351万トンと5.9%減であった。この間、全国では、763万トンから733万トンとなっており、減産分30万トンのうち7割が都府県の減産分ということになる。生産者団体は平成27年度以降3年間において、増産型の中期計画生産を実施しているところであり、生乳生産量の回復には、特に都府県における酪農家の果たす役割が大きい。

 沖縄県においても、都府県と同様、酪農家戸数減少による生乳の減産傾向が顕著である。同県の酪農は主に沖縄本島南部で営まれているが、宅地化の進展などにより草地面積の拡大は難しい状況にある。粗飼料自給が困難であるため、購入粗飼料に頼らざるを得ない環境下での飼料価格の高騰は、県下の酪農家の経営に大きな影響を与えているものと思われる。

 本稿では、このような経営を取り巻く厳しい環境を乗り越えるため奮闘している沖縄県下の酪農家が、亜熱帯気候に属する離島で、気候的・地理的に不利な条件を克服した事例を報告するとともに、同県酪農の飼料自給率向上に向けた取り組みについて報告する。

2 沖縄県における酪農と粗飼料生産の現状

(1)酪農の状況

 沖縄県の農業産出額約885億円のうち、畜産業は4割強を占める主力産業である(図1)。このうち肉用牛が約4割を占め、酪農は1割と農業産出額の5%弱を占めるにすぎないものの、本土から離れた立地条件を考慮すると、県内の生乳需要に地産地消で応えるという点で重要な産業といえる。

図1 沖縄県の農業産出額(平成25年)
資料:農林水産省「生産農業所得統計」より機構作成

 しかし、沖縄県でも酪農家戸数の減少など生乳生産を取り巻く環境は厳しい状況にある。

 沖縄県農林水産部畜産課「家畜・家きん等飼養頭羽数調査」(平成25年12月)によると、生産者の高齢化や経営難などにより、平成25年の酪農家戸数は、16年の調査と比べ4割(50戸)減の81戸と大幅に減少した一方で、依然続く厳しい経営環境を背景に、生産者の規模拡大の意欲が高まらず、25年度の1戸当たりの飼養頭数は同1割(5.3頭)増にとどまっている(図2)。

 この結果、直近10年の生乳生産量と乳牛飼養頭数も減少傾向で推移している。16年の飼養頭数は6959頭で、生乳生産量は3万8899トンであったが、25年にはそれぞれ3割減の4731頭、2万8281トンとなった(図3)。

図2 沖縄県の酪農家戸数と1戸当たり飼養頭数の推移
資料:沖縄県農林水産部畜産課「家畜・家きん等飼養頭羽数調査」より機構作成
図3 沖縄県の乳用牛飼養頭数と生乳生産量の推移
資料:沖縄県農林水産部畜産課「家畜・家きん等飼養頭羽数調査」より機構作成

(2)粗飼料生産の状況

 沖縄県内の飼料作物の作付面積および収穫量を見ると、近年、共に減少傾向にはあるものの、20年・10年前と比較するといずれも増加している。平成5年には作付面積4249ヘクタール、収穫量54万トンだったが、25年には5792ヘクタール(平成5年比36.3%増)、収穫量59万トン(同9.3%増)となった(図4)。沖縄県農林水産部畜産課によると、県内の粗飼料自給率は87%と、全国平均を上回っていると推定される。

 同県の高い粗飼料自給率は、伝統的に肉用牛の飼養が盛んな宮古および八重山地方で、暖地型牧草の栽培が普及していること、特に石垣島を中心とする八重山地方では、昭和40年代から農林水産省の補助事業である畜産基地建設事業などによる草地整備が進められたことに起因している。一方で、酪農の粗飼料自給率は、県畜産課の推定によると1割強程度と低迷している。図4のとおり、近年は飼料作物の作付面積および収穫量は伸びておらず、酪農家の6割が集まる沖縄本島南部においては、那覇市周辺の宅地化の進展などから今後も大幅な作付面積の拡大を見込むことは難しいものと思われる。

図4 沖縄県における飼料作物の作付面積と収穫量の推移
資料:農林水産省「作物統計」より機構作成
  注:平成24年は、主要生産県でのみ集計が行われたため、沖縄県の収穫量は公表されていない。

 このような状況において、輸入飼料価格の上昇は、沖縄県下の酪農家にも大きな影響を与えているが、高温多湿・離島という気候的・地理的に不利な条件を克服しながら、収益を確保するための取り組みを紹介していきたい。

3 石垣島産の生乳でジェラートの製造・販売、六次産業化の成功事例
  〜伊盛牧場(石垣市)の取り組み〜

(1)伊盛牧場の概要

 農業生産法人 有限会社伊盛牧場(代表取締役社長 伊盛米俊氏。以下「伊盛牧場」という)が営むジェラー販売店「ミルミル本舗」(以下「ミルミル本舗」という)は、石垣島の南部、東シナ海に面した高台に位置し、遠く小浜島を望むことができる絶景が眼下に広がり、周辺を青々とした牧草地が囲む。

 本土復帰以降、草地整備が進んだ石垣島において、伊盛牧場は粗飼料の完全自給に取り組み、生乳生産からジェラーなど加工品製造・販売まで一貫して行っている。平成25年以降、売り上げを大幅に増加させ、六次産業化の成功例として高い評価を得ている。

 現在、伊盛牧場は65頭の経産牛、35頭の育成牛を飼養し、年間約500トンの生乳を産出している(表1)。500トンのうち95%を株式会社八重山ゲンキ乳業に販売、さらにそのうち半分が学校給食向けとして供給されており、残り5%が自社加工製品の原料となる。

表1 伊盛牧場の概要
資料:聞き取りに基づき機構作成

 従業員は、牛舎での飼養管理が伊盛氏を含む5人、加工製造・販売が夫人と息子夫婦3人を含む17名である。

写真1 伊盛牧場 代表取締役社長 伊盛米俊氏
写真2 明るく風通しの良い伊盛牧場の牛舎

(2)温暖な気候を生かした牧草栽培で粗飼料を完全自給

 漁師の家庭に生まれた伊盛氏は、今から30年ほど前、和牛生産を経て、何の知見もないところから酪農を始めた。毎年台風が襲来する離島で農業をするには、畜産が一番良いと考えた結果だという。

 まず、伊盛牧場の特徴は、温暖な気候をかして牧草栽培に取り組み、粗飼料を完全自給しているという点である。当初、「ペンペン草も生えない」と言われた粘土質の土地を10ヘクタール購入し、牧草栽培を始めた平成元年にはコンパクトベールで3個ほどしか収穫することができなかった。その後、「いい土は利益を生み出す」との理念の下、牛舎から出るふん尿は全て畑に還元するなど土づくりに励んだ。現在の草地面積となった平成21年以降は、出来が良い年は直径120センチメートルのロールを年間約850個程度生産している(図5)。

 現在、14ヘクタールの草地(うち借地1ヘクタール)でローズグラスを年に平均5.5回収穫する。石垣島の冬は暖かく、ローズグラスの生育も旺盛で、1月から収穫が可能である(図6)。昨年の出来高は779個にとどまったが、八重山地方が干ばつに見舞われたことが要因である。

 草地は、最大2ヘクタールのほ場をはじめ、13筆に分散しており、刈り取りはモアを用いて自ら行う。刈り取った草は、翌日、ロールベールラッパーを所有する業者に、サイレージ調製を依頼している。水分含量は特に気にしておらず、予乾半日でラッピングを行い、40日間発酵させた後に給与している。作業料金は、1個当たり2300円とのことである。

 このほか、ミルミル本舗や牧場周辺の景観維持のために刈り取った青草についても、毎日飼料として給与しており、これらの取り組みによって、伊盛牧場の粗飼料自給率は100%となっている

図5 伊盛牧場における牧草の収穫量(ロールベール個数)
資料:聞き取りに基づき機構作成
  注:現在の飼養頭数における年間のロールベールの必要個数は800個。
図6 ローズグラスの収穫スケジュール(例)
資料:聞き取りに基づき機構作成

(3)石垣島に適した効率的な牛群管理

 石垣島の年間平均気温は24.3度で、もっとも暑い7月の月間平均気温は29.5度にまで上昇する。伊盛氏がこだわった牛舎の立地は、高台で海風が吹き抜ける場所で、当然、台風に負けない頑丈な作りになっている一方で、牛舎内には気温が上昇しない工夫が施されていた。牛舎は、西日の入り方など考慮し、最大限日差しを遮るよう計算した設計になっており、2頭に1台の割合で扇風機が設置され、牛の体温が上がらないよう細霧器が稼働している。

 かつて、初牛を帯広など北海道から導入していたが、夏場の高温などから導入後の事故も多く、現在では自家育成を柱に後継牛を育てている。特に、3年ほど前から、(一社)家畜改良事業団の性判別精液を活用し、より効率的に後継雌牛の確保に努めている。今のところ、受胎率は若干低いものの、雄が生まれたことはなく、精液1本当たり7000円程度で購入できるため、導入をするよりもはるかにコストが低い。

 種雄牛の能力にこだわり、1頭当たりの泌乳量を増やすよりも、自家育成による石垣島生まれの、暑さに強い牛群づくりを目指している。

写真5 10年前の牛舎新設時に、ミルカー移動・運搬用のレールを設置。
生乳は、1日1回自ら工場へ搬入する。

(4)ジェラート販売を展開し地元へ貢献

 生乳生産の拡大に努めてきた伊盛氏は、風光明媚な牧草地の一部をかして、加工製品の直売所を立ち上げることを思い立つ。ジェラーの加工・販売に至ったきっかけを「石垣島には地元産の果物も豊富にあり、手っ取り早いと思った」と話す。東京でジェラー作りの研修を受け、自己資金5000万円でイタリア製のジェラー製造用機器を購入、ミルミル本舗を建設した。

 ミルミル本舗の開店に伴い、息子夫婦が従業員として、加工・販売に従事するようになり、地元産の野菜・果物を原料とし、多彩な種類のジェラーを商品開発し、これが人気を生み出す要素となった。ジェラーは、沖縄特産の黒糖、紅いもをはじめ、パイナップル、マンゴー、パッションフルーツ、グアバ、島バナナなどすべて無添加・無着色で製造されている。原料の果物は、地元生産者と相対取引で購入しており、その際、規格外で出荷できなかったものなど、なるべく全てを引き受けるようにしている。ここには、地元産の食材を地元の人はもちろん、観光客など島外の人に味わってほしいという思いと、地元の生産者をはじめとする地域に貢献しようとする思いがある。

 また、ミルミル本舗では、とう汰牛を利用したハンバーガーも人気である。牛は、と畜解体・カット処理までを委託し、買い戻してからハンバーガーを製造する。伊盛氏が「加工場を持ってからは、とう汰牛を処分するコストを気にしなくていい」と話すとおり、日乳量10キログラム以下の乳の出が悪くなった牛などは、なるべく早くとう汰にする。自家育成の体制が整っていることもあり、加工場を持つことによって牛群の更新がより効率的になった。

 平成24年には、六次産業化法による事業認定を受け、加工・製造部門を拡大した。25年の新石垣空港(南ぬ島ぱいぬしま石垣空港)開設に伴い、2つ目の店舗を空港内に開した。26年度に過去最高の入域観光者数(八重山地域)を記録した好調な八重山観光の発展に呼応するように、加工・製造部門の売り上げは、大きく伸長する。

 24年の加工・製造部門の売り上げは、約2570万円、翌25年には約3.3倍となる約8460万円、26年は1億円を突破した(図7)。

 現在、製造設備の能力から、増産が難しいため、売り上げ増加に対応する規模拡大を図っていきたい考えだ。

図7 伊盛牧場 加工製造部門における売り上げの推移(平成24〜26年)
資料:聞き取りに基づき機構作成
写真8 ミルミルバーガーは、ゴールデンウィークに
原料が不足するほどの人気だという。

4 改良・ETの推進による高泌乳経営 〜高宮城牧場(沖縄市)の取り組み〜

(1)高宮城牧場の概要

 高宮城牧場(牧場主 高宮城実一郎氏)は、昭和57年、沖縄市内の酪農を集積するため、米軍の元軍用地に防衛庁(当時)の基地周辺整備事業で建設された沖縄市美里酪農団地(組合員7戸)の一画で営農している。嘉手納基地に近く、牛舎の真上を米軍の軍用機が飛び交う環境である。

 高宮城実一郎氏は、北海道の農業高校で酪農を学び、帰郷後21歳で就農、平成26年に父・実孝氏から経営を受け継ぎ、現在29歳である。母、姉、弟、本人と1名の従業員で飼養管理を行い、実孝氏は美里酪農団地組合の組合長を務め、隣接する堆肥センターの運営に携わっている。

 現在、高宮城牧場は経産牛110頭(うち搾乳牛88頭)、育成牛50頭(うち預託35頭)を飼養している。平成26年の生乳生産量は881トンで、1頭当たりの泌乳量(搾乳牛88頭)は、1万122キログラムである(表2)。これは、農林水産省「畜産統計」から沖縄総合事務局が集計した沖縄県平均の1頭当たりの泌乳量7987キログラムを2割以上上回る高い成績である。

表2 高宮城牧場の概要(平成26年)
資料:聞き取りに基づき機構作成
写真9 高宮城実孝氏(右)と実一郎氏(左)
写真10 牛舎内の様子

(2)給餌を工夫して乳量を増加

 実孝氏が「沖縄の酪農が上り調子の時」と話す40年前、高宮城牧場が設立され、昭和57年に酪農団地に移り、現在に至っている。酪農を始めた頃は、飼料代を節約するために、冬はサトウキビの梢頭部(頂上部分)を無料で入手し、夏場はネピアグラスをそれぞれ青草で給与していた。しかしながら、乳量が思うように伸びず、試行錯誤の末、粗飼料は輸入チモシー乾草のみを給与するようになった。当時は、輸入粗飼料の価格もそれほど高価ではなく、実孝氏は「畑の賃借、機械の購入により自給するよりもコストはかからなかったと思う。むしろ資金を借り入れて機械を揃えていたら、やっていけなかったのではないか」と話す。

 給餌は、配合飼料を1日7回に分け分離給与し、個体の食い込みの状況を1頭ずつ管理できるよう、つなぎで飼養している。

 給餌の時間は、かつて朝4時から2時間ごとであったが、実一郎さんが北海道から帰ってきたころ、実験的に深夜1時から夕方6時にかけて7回給餌したところ、牛がストレスなくエサを食べられるようになり、食べ残しが減ったことから、現在もこのスケジュールで続けている(図8)。労働の負担が大きいため、タイムスケジュールの見直しを考えているとのことであったが、1日7回の分離給与については、大変ではあるが続けたいとのことであった。

図8 高宮城牧場 1日の作業スケジュール
資料:聞き取りに基づき機構作成

 こうした努力の末、1頭当たりの泌乳量が1万2000キログラムに迫るようになった。ここ2、3年は、粗飼料価格が高騰したため、チモシーだけを給与することが難しくなり、チモシー、スーダングラス、アルファルファを混合し、給与している。実孝氏は、「これほどまでに粗飼料価格が値上がりしたことはかつてなかった」と話す。経費全体に占める粗飼料・濃厚飼料を合わせた飼料代金の割合は、3年前でも55%を占めていたが、現在では6割を超えているという。

 1頭当たりの泌乳量を見ると、高宮城牧場が理想とする飼料設計ができていないこともあり、ここ2、3年は減少傾向にある。平成24年に1万1194キログラムだったが、26年には1万122キログラムとなっている(図9)。それでも亜熱帯地域の沖縄で1万キログラムを超える水準を維持できる要因は、給餌の工夫のほか、暑熱対策、優秀な育成牛保持の努力にある。

図9 高宮城牧場 生乳生産量と1頭当たりの泌乳量の推移
資料:聞き取りに基づき機構作成

(3)本土からも視察が来る暑熱対策

 沖縄本島の年間平均気温は、23.1度と石垣島よりも1度程度低い。高宮城牧場のある美里酪農団地は、牛舎は基本的にはすべて同じ設計となっているが、高宮城牧場では、天井の分厚いコンクリートに穴をあけ、その上に直射日光が入らないようにひさしを設け、その隙間から光が差し込むようになっている。また、牛舎内の温度を下げるため、10年前から年一度、自ら断熱用ペンキを屋根に塗装している。「断熱用ペンキの効果は非常に高いように感じる」ということであった。そのため、牛舎内は明るさを維持しつつ、外気に比べ気温の上昇が緩和されている。さらに、2頭に1台ずつ風機を設置し、梅雨明け以降暑さの盛りには、細霧器で牛の体温が上がらないようにする。牛床は、気温・湿度が高い環境下でも清潔に保つために、敷料を使用せずに、ゴムチップマットを使用し、細霧機を稼働させる際は過度に湿らないよう湿度に注意している。

 これら暑熱対策ついては、近年夏場の気温が高くなっている本土からの視察も年々増えているという。

写真13 牛床はゴムチップマットを利用
写真14 扇風機は2頭に1台設置されていた

(4)和子牛の販売、良質の後継牛づくりで収益を確保

 実一郎氏の就農以降、後継牛の自家育成のほか、ヌレ子に付加価値をつけて販売し利益を得るため、和牛受精卵移植(ET)による繁殖にも取り組んでいる。

 和牛ETは、親戚の和牛生産農家から、供卵(ドナー)牛を借用し、契約している獣医師に採卵、処理・凍結までの一連の作業を委託する。現在はドナー牛として、借用した牛2頭と自家育成した牛2頭を飼養している。ドナー牛の借用費用は、妊娠させた状態で返却することで相殺し、獣医師に対しては一連の作業について設定されているセット料金を支払う。

 採卵は、年に4〜5回実施している。1回につき15〜20個の受精卵ができるが、そのうち状態が良く移植・凍結できるものは7〜10個である。

 和子牛は、産まれてから2カ月以内に相対取引で販売し、県外に販売する。買い手が引き取りにくるため輸送費用はかからない。子牛の販売高は、高宮城牧場の売り上げの3割に上る。

 経産牛およそ100頭前後のうち、30〜40頭に和牛の受精卵を移植し、「後継牛を作りたい」という3〜4割の良い牛には、(一社)家畜改良事業団の性判別精液により牛を産ませ残り2割で人工授精によるF1を生産ている。

 実孝氏、実一郎氏ともに沖縄県の畜産共進会で優秀な成績を収めており、実孝氏が「共進会を見るのが好きで、全国いろいろと回ってきた」と話すとおり、経験を積んで、良い乳牛を残す目を養ってきた。実一郎氏は、平成24年度沖縄県共進会において、最高賞となる農林水産大臣賞を受賞している。こうした努力も、高い水準で1頭当たりの泌乳量を維持する要因の一つであろう。

5 粗飼料自給率の向上に向けた取り組み

(1)酪農経営における自給率向上の課題

 2の(2)で述べたとおり、自給飼料の生産拡大については、肉用牛の生産振興を目的として、八重山地域の草地開発を中心に国庫補助事業などが実施され、飼料作物作付面積は平成25年で5792ヘクタールとなっている。このほとんどが永年牧草地であり、暖地型のローズグラスやパンゴラグラスが主な品種である。

 一方、多くの酪農家が存在する沖縄本島は、土地面積の制約などから粗飼料の作付・生産およびその拡大が難しく、粗飼料については、高宮城牧場の例にもあるよう、輸入乾草に頼らざるを得ない現状である。

 飼料自給率の向上は農政上の最大の課題の一つであり、沖縄県においても、現行の沖縄県酪農・肉用牛生産近代化計画(平成32年度目標)では、現状56%の飼料自給率を60%へ増加させることとしている。そのためには、永年草地の単収向上とともに、酪農における飼料自給率の向上、つまりは本島における飼料作物生産の拡大が大きな課題である。

 この課題を克服し、自立した新しい酪農経営を展開するため注目されるのがケーングラス(飼料用サトウキビ)の活用である。

 従来、南西諸島では、家畜用の飼料として、サトウキビの梢頭部が利用されてきたが、ケーングラスは茎葉部全体を飼料として利用することを目的に品種改良されたものである。ケーングラスは、糖度が低く繊維分が高いことから、製糖用には向かないものの、再生力に優れるため年2回収穫での栽培が可能であり、高い単収が見込まれることが特長である。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構九州沖縄農業研究センター(以下「九州沖縄農研」という)では、現在、「KRFo93-1」と「しまのうしえ」の2品種が開発・育成されており、奄美地域以南では、黒穂病の抵抗性が強い「しまのうしえ」の栽培が推奨されている。

(2)ケーングラスの特長と普及に向けて

 九州沖縄農研の資料によると、ケーングラスは他の飼料作物と比較して、収量および栽培コストに優位性があることがわかる(表3)。収穫までの現金支出例を見ると、10アール当たりでは、ケーングラスが2万7288円、牧草が2万5462円と、ケーングラスの方が多くなっているが、収量が多いことから、乾物1キログラム当たりではケーングラスが牧草の6割程度と、コスト的には有利である(表4)。

表3 ケーングラスと牧草の栽培における特長比較
資料:九州沖縄農研「飼料用サトウキビ品種KRFo93-1利用の手引」より機構作成

 沖縄県では、今年度までの3年間で、ケーングラスなどの長大作物を利用した飼料生産基盤構築のモデル事業を実施し、生産技術の確立とともに、残された課題である、ケーングラスの農薬登録に向けた作物残留試験についても実施しており、その成果と早期の普及・定着に期待が集まっている。

 沖縄本島における粗飼料生産については、沖縄農業の基幹である製糖用サトウキビ生産との競合に留意する必要はあるものの、高齢化や担い手不足による耕作放棄地や不作付地が増加する現状を見れば、沖縄の気候風土に適したケーングラスの栽培・普及に向け、関係者が一致して努力する価値は十分にあると思われる。今後、ケーングラスの普及をはじめ、粗飼料増産の取り組みの浸透が期待される。

表4 収穫までの現金支出例(年間10アール当たり)
資料:九州沖縄農研「飼料用サトウキビ品種KRFo93-1利用の手引」より機構作成
  注:機械償却費を含まない。

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