海外情報  畜産の情報 2015年8月号


米国の肉用牛繁殖経営の現状と見通し

調査情報部 渡邊 陽介、小林 誠


  

【要約】

 米国の繁殖経営は、2011年、2012年に発生した干ばつにより繁殖の基盤である草地の状態が悪化したため、雌牛を中心にとう汰が進み、2014年には過去最低の飼養頭数を記録した。2015年に入り降雨により草地の状態が回復に向かっているとされ、飼養頭数は増加に転じたところである。

 今回の調査では、繁殖経営の現状と今後の見通しについて、テキサス州およびフロリダ州にて現地関係者および生産者から聞き取りを行った結果、いくつかの課題が浮き彫りになったものの、牛群再構築へ向けた生産意欲の高まりが確認された。

1 はじめに

 2014年の米国の牛飼養頭数は、1975年以降で最低となり、この減少にいつ歯止めがかかるのかについて、米国のみならずわが国でも多くの関係者の関心を集めている。この減少要因として、2011、12年と続いた深刻な干ばつによる繁殖農家を中心とした雌牛とう汰の増加が挙げられる。特に、米国の牛飼養頭数を左右する最大の子牛生産地帯を抱えるテキサス州では、すでに2009年から一部地域で干ばつが始まり、2011年から2014年までの4年連続で、深刻な干ばつもしくは著しい乾燥条件に見舞われていた。繁殖経営は通常、牛を通年放牧で飼養するため、干ばつにより草地の状態が悪化すれば保有する繁殖雌牛頭数を削減せざるを得なくなり、結果として子牛の生産も減少し、その後の飼養頭数に大きく影響する。

 テキサス州の干ばつは、2015年に入り解消に向かっており、現地調査を実施した2015年5月末には、一転して多雨のため洪水を心配する事態となった。しかし、干ばつが解消しても牛飼養頭数の回復には一定の時間を要する。これは、需給動向を反映して子牛価格が上昇基調にあることで、他州から子牛を導入し飼養規模を拡大するにも、多額の資金が必要となるほか、牛が生まれてから初回分娩を行うまでには、少なくとも2年を要するからである。

 他方、フロリダ州は、全米繁殖経営の経産牛頭数上位10牧場のうち5牧場が所在するなど、有数の子牛生産地であるが、干ばつの影響がほとんど見られなかったとされている。

 本稿では、米国最大の肉牛生産州であり、干ばつの影響を大きく受けたテキサス州と有数の肉牛生産州であり干ばつの影響をほとんど受けていないフロリダ州について、現地調査と関係者へのインタビューを通して、牛群再構築の現況と今後の動向さらに課題を報告する。

 なお、本文中の為替レートは、1米ドル123円(2015年6月末日TTS相場:123.45円)を使用した。

2 米国の肉牛生産の概況

(1)飼養頭数の推移

 米国の牛の総飼養頭数は、いわゆるキャトルサイクルによる増減を繰り返しているものの、1975年をピークに全体としては減少傾向で推移してきた。さらに、最近では、2011年、2012年に発生した干ばつの影響で草地の状態が悪化し、放牧主体の繁殖経営は従来の飼養規模を維持できず、経産牛を中心にとう汰が進んだ。この結果、飼養頭数の減少に拍車がかかり、2014年には8852万6000頭と、統計史上最低水準となった(図1)。同年の経産牛(乳用を除く)の飼養頭数は、2908万5400頭となり、飼養頭数が減少に転じた2007年との比較では11.8%減となっている。

 2015年の牛の総飼養頭数は、前年比1.4%増の8980万頭となり、減少傾向に歯止めがかかったとみられている。なお、米国農務省(USDA)は、今後も草地の状態が改善に向かうという前提で、牛の総飼養頭数は増加傾向で推移すると予測している。

図1 牛飼養頭数の推移
資料:USDA/NASS「Cattle」(1)
注 1:各年1月1日時点。
  2:経産牛は乳用を除く。

(2)と畜頭数の動向

 テキサスおよび南西部養牛者協会(TSCRA)のニーデッケン理事は、「種付けからと畜まではおよそ3年を要するため、現在と畜されている牛は、2012〜2013年前半にかけて種付けされた牛であり、2009年からの干ばつにより経産牛飼養頭数が減少していたことを考えれば、と畜頭数の減少が必ずしも牛群再構築を示すものではないことを考慮しなくてならない」と、雌牛のと畜頭数の減少が牛群再構築の表れを示すものであることは確かだとしながらも、厳しい見方も示している。

 しかしながら、と畜頭数の動向を見ると、経産牛および未経産牛のと畜頭数の割合が減少しており、繁殖農家が繁殖雌牛の保留率を高めていることが要因と考えられている(図2)。このことからも、今後の牛の総飼養頭数は増加が見込まれ、生産基盤の回復が図られていくとみられている。

図2 総と畜頭数に占める経産牛および未経産牛のと畜割合の推移
資料:USDA/NASS「Livestock Slaughter」(2)
  注:経産牛は、乳用を除く。

(3)生体牛および牛肉価格

 牛の飼養頭数の減少が肥育もと牛の供給頭数の減少につながったことから、肥育もと牛価格は、2014年11月に100ポンド当たり262.3米ドル(1キログラム当たり711円)と過去最高値を記録した。その後も高止まりを続け、2015年6月は同253.0米ドル(686円)と高水準を維持している(図3)。また、肥育牛価格も同月に同151.0米ドル(同409円)と同様に高値で推移している。

 また、と畜頭数減に伴う牛肉生産量の減少で、牛肉需給状況はひっ迫しており、牛肉卸売価格は、2013年3月以降前年同月を上回って推移し、2015年6月には100ポンド当たり250.1米ドル(1キログラム当たり678円)となった。


図3 肥育もと牛、肥育牛および牛肉卸売価格の推移
資料:USDA/ERS 「Livestock and meat domestic data」(3)
注 1:肥育もと牛価格は、オクラホマシティ市場の去勢牛ミディアム
    No.1の600〜650ポンドのもの。
  2:肥育牛価格は、ネブラスカ市場の去勢牛チョイス級1100〜
    1300ポンドのもの。
  3:牛肉卸売価格は、チョイス級600〜900ポンドのもの。

(4)繁殖経営(注)の概要

 繁殖雌牛飼養頭数の分布を見ると、米国の繁殖経営は、テキサス州を中心とする中南部やフロリダ州などに多い(図4)。これは、繁殖経営は放牧を行う草地が必要なためであり、草地の分布状況に一致している。

(注)米国では、肉牛の繁殖から肥育までを行う一貫経営は一般的ではなく、繁殖農家、育成農家、フィードロットを含む肥育
   農家がそれぞれの生育段階を担う分業経営が主流となっている。なお、米国の肉牛生産の構図については、本誌
   2014年2月号の「米国における肉用牛の生産現場での取り組み状況〜2011・12年の干ばつを終えて〜」
(4)を参照
   されたい。

図4 繁殖雌牛の飼養頭数の分布
資料:USDA/NASS「2012 Census of Agriculture」(5)

 米国の繁殖経営の規模は、全国平均では1戸当たり経産牛飼養頭数が40頭であり、これを見る限りはそれほど大きな規模ではない(表1)。しかし、この中には税金対策(土地を農業利用していると見なされると、「農地」として低税率が適用される)や、副業または趣味として牛を飼養する農家が半数以上を占めている。このため、繁殖経営の診断ツールを設計する場合には、一般的に飼養規模200頭を想定して設計するとのことであり、典型的な飼養頭数は1戸当たり同200頭規模とみられる。

表1 米国における経産牛の飼養戸数および飼養頭数
資料:USDA/NASS「2012 Census of Agriculture」(6)
  注:乳用を除く。

3 テキサス州の状況

(1)繁殖経営の概要

 米国南部に位置するテキサス州は、一部で亜熱帯性の気候も見られることから、耐暑性のあるゼブー種やダニ熱耐性品種の導入が必要不可欠とされており、現地では、血量に関わりなく、これを雑種強勢に取り入れていると説明している。このため、同州の肉用牛は、大多数が温帯種との交雑種であり、温帯種として飼養される主な品種には、アンガス種、シンメンタール種、ヘレフォード種などがある。


写真1 テキサス・ロングホーン種。枝肉収量が低く、肉用として
      は不適当とされるが、「牛の州」であるテキサス州の象徴
     とされている。

 子牛市場では、アンガス種は高品質というイメージがあることから、体表に黒色が表れている場合、6%ほど高値で取引される(7)。一方で、耐暑性の観点からブラーマン種の血統が入っていないと繁殖成績が低下するため、ブラーマン種の血統も重要視される。このため、ブラーマン種の繁殖雌牛にアンガス種やヘレフォード種を掛け合わせた交雑種の価値が高くなる傾向にある。

 同州の繁殖農家1戸当たりの経産牛平均飼養頭数は32頭であり、全国平均より少なく、50頭未満の小規模農家が9割を占めている(図5)。これらの小規模繁殖農家の大部分は兼業であり、会社勤務や穀物などの生産を行っている。例えば、繁殖雌牛を飼養しながら、小麦やえん麦を秋には種し、冬季には、この畑に牛を放牧する育成農場(ストッカー)となり、3月に放牧を止めて、夏季に作物を収穫するといった経営がある。また、バミューダグラスなどの牧草を栽培し、乾牧草として生産、販売する場合もある。

図5 テキサス州における経産牛飼養頭数規模別繁殖農家戸数
資料:USDA/NASS 「2012 Census of Agriculture」(8)
注 1:グラフ中の%表示は全体に占める割合。
  2:乳用を除く。

(2)干ばつおよび草地の状況の推移

 テキサス州では、2009年に一部地域で干ばつが発生し、2011年に州全体に広がった後、2014年まで一部地域で干ばつの影響がみられた(図6)。TSCRAによれば、テキサス州の草地は長引く干ばつによって、干ばつ前の水準から約35%減少したとされている。

図6 テキサス州における干ばつ状況の推移
資料:USDA「Drought Monitor」(9)

 米国農務省全国農業統計局(USDA/NASS)が公表している「Texas Crop Progress and Condition」(10)によると、最も干ばつ被害が深刻だった2011年(8月1日時点)には、同州の草地の状態について「とても悪い(Very Poor)」、「悪い(Poor)」と回答した割合が93%を占めていた(図7)。しかし、2015年6月22日現在、草地の状態を「とても悪い(Very Poor)」、「悪い(Poor)」と回答した割合は4%にまで低下しており、反対に「とても良い(Excellent)」、「良い(Good)」と回答した割合が76%を占めたことから、草地の状態は改善してきているとみられる。2015年に入りテキサス州の降雨量は増加し、草地の状態が改善したとみられる。また、国立気象局(NWS)によれば、2015年5月の降雨量(テキサス州ヒューストン)は、過去30カ年(1981〜2010年)の5月の平均降雨量の3倍以上となっており、干ばつから一転して洪水が発生する事態となった(図8、写真2)。

 なお、TSCRAが会員向けに最近実施したアンケート調査では、長期にわたる干ばつにより、過放牧となったことで草地の損傷が深刻となり、干ばつ以前の状態まで回復するには、今後1〜2年は必要という結果も示されている。

図7 テキサス州における草地の状態の比較
資料:USDA/NASS「Crop Progress」
図8 テキサス州における降雨量の推移
資料:国立気象局(NWS)「Extremes, Normals and Annual Summaries」(11)
注 1:観測地点はヒューストン。
  2:30カ年平均は1981〜2010年の平均値。
写真2 豪雨により水浸しになった草地(2015年6月、
     テキサス州コーパス・クリスティ周辺で撮影)

(3)飼養頭数の推移

 前述のとおり長引く干ばつで、繁殖農家は飼養頭数を減らさざるを得なくなったため、繁殖雌牛をとう汰したり、ネブラスカ州やミズーリ州、サウスダコタ州など北部諸州へ牛を移送する動きも見られた。牛の所有状況は繁殖農家の経営環境により異なり、資金状況が悪ければ現金収入を得るために売却され、資金状況が良い場合は一時的に預託されることも可能になる。

 この結果、テキサス州の牛飼養頭数は、2010年から減少傾向で推移しており、2014年(1月1日現在)は経産牛を中心にとう汰が進んだことなどで1110万頭と過去最低を記録した。

 2015年は、干ばつ状況の改善および草地状態の回復により、生産者の生産意欲が高まっていることから、牛飼養頭数(2015年1月1日現在)は、前年比6.3%増の1180万頭となり、2006年以来およそ10年ぶりに増加に転じた。

(4)今後の懸念事項

ア 長引く干ばつによる資金不足とジレンマ

 牛群増加の方法としては、(1)自家繁殖による増頭、(2)外部からの導入による増頭の2通りがある。ただし、自家繁殖による増頭は、雌子牛が生まれてから次の子牛が得られるまでに少なくとも2年程度が必要となる。このため、外部から子牛や繁殖雌牛を購入した方が即効性がある。

 しかし、長年に及ぶ干ばつにより、繁殖農家の収益性は低下しており、購入資金の確保が困難な状況にある。TSCRAでは、同州の牛飼養頭数が干ばつ前の水準まで回復するには早くとも4〜5年間は必要とみている。

 一方、子牛の価格が高値で推移していることから、繁殖農家は、高値のうちに雌子牛を販売して現金収入を確保し、近い将来に値下がりした段階で市場から雌子牛や繁殖雌牛を購入して生産拡大を行うか、あるいは、現在の高値がしばらく継続すると予想して雌子牛の自家保留を強化するかの二者択一のジレンマに陥っている。

イ 農地価格の上昇

 テキサス州は石油が採掘されており、これが他の州に比べて農地価格を引き上げる要因となっている。全米の平均農地価格は、穀物価格の下落により、これまでの上昇傾向から落ち着きを見せ始めているが、同州の農地は1ヘクタール当たり2300米ドル(12)(28万2900円)と高水準にあり、規模の拡大や新規就農の大きな妨げとなっている。例えば新規繁殖農家が、新たに200ヘクタールの農地を取得すると、単純に5千万円以上の大きな投資が必要となる。同州の農地価格を地域別に見ると、西部は人口が少なく、利用可能な土地が多いことから比較的安価であるが、東部ではトウモロコシなどの穀物が栽培できる気候のため、より高値となっている。

写真3 農地で行われる石油採掘

ウ 狩猟場への転換

 一部の繁殖農家では、経営安定の一環として農地の一部を野生の鳥やシカなどの狩猟場として外部に貸し出している。これは、干ばつ以前から行われていたが、長引く干ばつで牧養力が低下したため、現在は、安定した収入と単位面積当たりの収益増加を期待できる狩猟場に転換を図る経営が増えている。このような経営の増加は、放牧地としての利用機会を奪うものであり、将来的な繁殖経営基盤の弱体化が懸念されている。

 なお、狩猟場としての貸し出しは、フロリダ州などでも行われており、年間のリース料は1ヘクタール当たり25米ドル(3075円)程度とされている。

4 フロリダ州の状況

(1)繁殖経営の概要

 フロリダ州は繁殖農家戸数が、1万8433戸(2012年農業センサス(13))と全米でも有数の繁殖経営地域である。また、1戸当たりの平均経産牛飼養頭数は53頭と小規模であるが、表2に示すように全米でも上位に入る大規模経営が多く存在する。さらに、繁殖農家がかんきつ類やパルプ原料および木材用の樹木栽培を行うことで経営を多角化し、リスク分散を図るのが一般的であり、経営規模に関わらず多くの農場でこのような手法が採られている。

表2 米国の繁殖農場の農場規模上位9社(経産牛飼養頭数による)
注 1:※は2013年時点。
  2:−は不明。
  3:乳用を除く。

 フロリダ州での飼養品種は多岐にわたっており、アンガス種、ブラーマン種、ブランガス種、シャロレー種などが中心となっている。なお、肥育もと牛として出荷する際は、アンガス種の交雑種は1頭当たり20〜40米ドル(2460〜4920円)のプレミアムが付加される。しかし、DNA検査によってアンガス種の血縁を確認しているところは少なく、体表に黒色が表れていることが、アンガス種が交配されている証として認識されている。フロリダ大学で牛繁殖経営やフィードロット経営などを教えているスリフト教授によれば、5年ほど前まではフロリダ州で生産される子牛のうち、アンガス種の交雑種は25%ほどであったが、現在ではアンガス種の交雑種が多くの割合を占めるようになったという。

 また、フロリダ州養牛協会のホーリー部長によれば、繁殖雌牛の供用年数は、一般的に12〜13歳までであり、10〜11頭の子牛を生産したのちとう汰されるが、同州ではブラーマン種の交雑種が多いため、繁殖雌牛としての供用年数が長く、16〜20歳まで供用される雌牛も珍しくないという。

 一方で、フロリダ州は肥育農家が少なく、肥育もと牛は主に他の州のフィードロットに出荷される。具体的には、繁殖農家で生産された子牛は、離乳まで州内で飼養され、離乳後、州外の育成農家(ストッカーやバックグラウンダー)やフィードロットに出荷され、150日間ほど肥育された後、と畜場で処理される。

写真4 高値で取引されるアンガス種の交雑種

(2)牧草地の状況

 フロリダ州は亜熱帯地域に属しており、その高温多雨な気候から干ばつの影響が少なかった地域である。また、気候に恵まれ、草地が豊かであることから、牧養力は0.4〜0.8ヘクタール当たり1頭となっており、繁殖経営では全米で最も飼料コストが安い地域の一つである(図9、10。「フルーツリム」地域に含まれる)。一方で、土壌は砂土が多く、保水力に欠けるという特徴を持っている。このため、保水力の低い砂土にも耐えるバヒアグラス(Paspalum notatum)が、最も一般的な草種である。なお、改良草地ではリンポグラスやバミューダグラスなども使用されている。

 また、補助飼料として、廃糖蜜(モラセス)を給与する生産者もいるが、同州北部では冬季になると降霜により牧草の品質が劣化するため、生後3カ月の離乳期の子牛には綿実油かす、かんきつ類のジュースの搾りかす(シトラス・パルプ)のほか、ミネラルのサプリメントなどを給与する場合もある。

図9 米国の牛繁殖経営における地域別生産コスト
資料:USDA/ERS 「Commodity Costs and Returns」(14)
注 1:2014年、経産牛1頭当たりの生産コスト。
  2:地域区分については、図10に記載。
  3:諸経費には労働費や減価償却費、税金などが含まれる。
  4:運営費には医薬品費や光熱費など含まれる。
図10 図9に係る地域区分
料:USDA/ERS「USDA Farm Resource Regions」(15)

(3)飼養頭数の推移

 フロリダ州の牛飼養頭数は、テキサス州のように干ばつを起因とした大きな変動は見られず、2013年は前年比2.9%減の166万頭となった。飼養頭数減少の要因として、他州からの定年退職者の移住による住宅開発やテーマパークなどのリゾート開発により、草地面積が減少しているためと考えられている。これに加えて、マイアミなど中部以南では、かんきつ類生産などとの土地利用上の競合もあり、繁殖農家はオーキチョビー湖よりも北部に集約されつつある。

 2014年の牛飼養頭数は増加に転じ、2015年には170万頭を超えたが、頭打ちの傾向が強まっている。土地利用上の競合に加え、生産者が増頭に踏み切るだけの十分なキャッシュフローを見込めないことも、この要因の一つとされる。

(4)繁殖経営の事例

ア 北米最大の大規模繁殖経営の事例:デセレット牧場
   (Deseret Cattle & Citrus)(クラウド郡)

 モルモン教会が運営する同牧場の経産牛飼養頭数は、4万2000頭と北米最大の繁殖経営である。

 同牧場では、全体を1群当たり3000〜4000頭の14ユニットに分割し、各群を1名の作業長と2名のカウボーイで管理している。1群当たりの草地面積は4800〜6000ヘクタールである。

 飼養品種は、ブランガス種、シンブラ種(シンメンタール種とブラーマン種の交雑種)、デセレット・レッド種(同牧場独自の品種)、アンガス種を基本にしており、ブランガス種、シンブラ種、デセレット・レッド種の3品種を中核とし、これらにアンガス種の種雄牛を交雑するという同牧場独自の交雑システムに基づき繁殖を行っている。

 草地面積は11万8000ヘクタール、池や野生動物保護用の土地を含めると12万ヘクタールにも及ぶほか、かんきつ類の畑を800ヘクタール所有している。牧草地ではバヒアグラスを中心に栽培しており、改良草地にはリンポグラス(Hemarthria altissima)をは種している。

写真5 デセレット牧場独自の品種であるデセレット・レッド種

 この結果、年間3万2000頭の子牛が生産され、そのうち、5000頭の雌子牛を自身の牧場の繁殖後継牛として保留している。これ以外の2万7000頭はカンザス州にあるモルモン教会が運営しているフィードロットへ送り、その後、カーギル社の食肉処理場でと畜、食肉処理される。また、子牛のほか、更新時期となった経産牛(年間3000頭)が食用としてとう汰される。種雄牛については、外部導入ではなく、牧場内で生産した雄牛を利用しており、基本的には自然繁殖であるが、一部で人工授精や受精卵移植を行っている。なお、繁殖用雄子牛は年間300頭程度が生産される。

 繁殖サイクルは、3月初旬に経産牛の群に種雄牛を導入し、6月初旬に群れから引き上げる。ただし、未経産牛の牛群については、30日早く雄牛を導入することで経産牛よりも繁殖期間を長く設けている。種付けの結果、12〜2月にかけて分娩された子牛は、9月ごろに離乳した後、6週間の育成期間を経てフィードロットへ搬送されることになる。

 同牧場では、牛の繁殖経営のほかにもかんきつ類の栽培や野生動物の保護などを行っており、これら全体で85名の従業員を雇用している。

写真6 デセレット牧場内の用水路(写真左はジェンホー牧場
     長)。草地はほとんどが砂土のため、保水性が悪く、
     3日ほど雨が降らなければ干ばつに近い状態になる。
     この用水路は、多雨時の排水路兼かんがい用水路と
     して機能している。

イ 妊娠牛購入による繁殖経営効率化の事例:グリーン氏の牧場
  (フロリダ州ゲインズビル近郊)

 グリーン氏は、獣医師であるとともにフロリダ大学ウエスト名誉教授と共同で繁殖経営を営んでいる。

 草地は一部リースしており、今回、訪問した放牧地では、119ヘクタールの草地(バヒアグラス)に104頭の経産牛が飼養され、品種はブラーマンの交雑種(ブラーマン種の血量が37.5%)であった。

写真7 グリーン氏とリースしている放牧地

 繁殖は、自然交配であり、ブランガス種(アンガス種とブラーマン種の交雑種)雌牛の牛群(25〜30頭)にシャロレー種の種雄牛(1頭)を導入することで種付けが行われている。フロリダ州では一般的に種付けは10〜12月、または、1〜3月に行われるが、今回訪問した放牧地では、繁殖率を高めるために4月まで雄牛を導入している。生産された子牛のうち、雌子牛は自身の牧場に保留され、雄子牛は販売される。繁殖雌牛を外部から導入する際は、未経産牛ではなく妊娠牛を購入することとしており、不妊のリスクを低減させるともに、早期に投資資金を回収することができるよう取り組んでいる。

写真8 賃借地での放牧。賃借料は、放牧地として
     利用する場合は1ヘクタール当たり年間75
     米ドル(9225円)、スイカなどの畑作を行う
     場合は同250米ドル(3万750円)が相場。

ウ ブランド化による州内生産基盤強化の事例:ケンプファー牧場(クラウド郡)

 ケンプファー牧場は創設120年であり、現在の牧場主であるケンプファー氏が5代目となっている。また、フロリダ州養牛協会の会長職は、協会設立当初からケンプファー家が代々就任しており、ケンプファー氏は3代目会長(調査時)でもある。この牧場では、牛の繁殖経営のほか、リスク管理のために木材生産や移植用の牧草栽培なども行っており、経営の多角化を図っている。

 繁殖方法は、繁殖雌牛群に種雄牛を1月20日〜4月20日の3カ月間導入し、11月〜1月に分娩するよう調整している。例年の繁殖率は90%であるが、2015年は種雄牛の導入期間を30日間延長することで、繁殖率を95%に引き上げようと試みている。また、ブラーマン種とアンガス種の純粋種については、人工授精で繁殖を行っており、独自に実施している後代検定によって成績の劣る繁殖雌牛を判定し、更新することで全体の成績の底上げを図っている。

 経産牛を2600頭飼養しており、これらから生産した子牛のうち、25%の雌子牛は、後継牛として保留され、残りは子牛または肥育もと牛として販売される。肥育もと牛の販売については、2013年からJBS社と契約を結んでおり、契約に基づいて、生後7カ月齢で離乳し、生体重約123キログラムでフィードロットに送っている。

 草地面積は4000ヘクタールあり、このうち1040ヘクタールが改良草地である。牧草の種類は、野草地ではバヒアグラス、改良草地ではリンポグラスが栽培されている。フロリダ州は住宅地などと土地が競合しており、州内だけでは牧場の面積確保が困難なため、ミシシッピ州にも草地を所有している。

写真9 ブラーマン種の牛群とケンプファー氏
写真10 牧場内の水たまりで暑さをしのぐアンガス種の種雄牛

 現在の経営については、子牛が高値であることから、短期的には良い状態だと判断しており、雌子牛を自身の牧場に残す割合を高めている。しかしながら、フロリダ州で子牛を生産して、他州で肥育し、再度牛肉をフロリダ州に運んでくるのでは、環境負荷や持続可能性の観点から問題があると考えており、同牧場を含む8牧場でフロリダ・ヘリテージ・ビーフというブランドを立ち上げた。このブランドの下、JBS社へ年間5万頭の肥育もと牛を出荷することで、フロリダ州の牛肉自給率を高めたいとの意欲を示している。

(5)今後の懸念事項

 米国国勢調査局の公表によると、2014年のフロリダ州の人口は1989万人と、1990年(1294万人)から20年余りの間に約1.5倍にまで増加した(16)。また、1960年以降、数々のテーマパークが建設され、リゾート地としての発展を遂げてきた。今回の調査先では、このような人口増加に伴う住宅地の拡大やリゾート地化が、草地拡大の障壁となっていると問題視する声が聞かれ、現在の同州が抱える最も大きな問題であるとの印象を強く受けた。今後も人口の増加が予測され、ますます草地との競合が激化し、牛の繁殖経営を圧迫すると懸念されている。

 また、リスク分散の観点から経営を多角化している繁殖農家も多く、北部ではパルプ原料や木材用の松類の生産、南部ではかんきつ類の生産が行われている。テキサス州と同様、放牧地を狩猟用として貸し出すケースもあり、リスク分散の一策としての位置づけである一方、草地と競合する分野でもある。

 なお、人口増加による問題は土地の競合だけにとどまらず、特に北部では、水資源についても生活用水と農業との競合も起きている。

写真11 放牧地の近隣にも増加する住宅地

5 おわりに

 今回の調査では、干ばつの影響が深刻であったとされるテキサス州では、飼養環境が改善に向かっていることで、多くの繁殖農家は牛群再構築の意向を持っていることが確認できた。一方で、干ばつ以外の課題も浮き彫りとなり、特に、長期にわたる干ばつにより繁殖農家は資金不足に直面しており、増頭の阻害要因となっている。

 一方、フロリダ州では、干ばつの影響が見られなかったにもかかわらず、住宅地の増加やリゾート開発により草地の拡大が困難であることが共通の問題意識となっていた。しかし、フロリダ州養牛協会が発行している月刊誌には、未経産牛の販売広告がいくつも掲載され、2015年5月には800頭という大きなロットで州外への販売があったほか、州外から多くの引き合いがあるとしており、米国全体として、繁殖農家の増頭意欲が高まっていることは間違いないと思われる。

 いくつかの課題は残されているものの、主要な肉牛繁殖州では牛群再構築の動きが表れており、今後の進展に期待が持たれるところである。

謝辞

 今回、テキサスおよび南西部養牛者協会ニーデッケン理事およびフォックス部長、テキサスA&M大学パスカル教授およびラッセル博士、フロリダ州養牛協会ホーリー部長、フロリダ州繁殖農家グリーン氏、フロリダ大学ウェスト名誉教授およびスリフト教授、デセレット牧場ジェンホー牧場長、ケンプファー牧場ケンプファー氏、ハーパー牧場ハーパー氏をはじめ、多くの方々に快く調査に応じていただき、紙面をお借りして深く感謝の意を表します。

【参考文献】

(1)USDA/NASS(2015)、“Cattle”、http://usda.mannlib.cornell.edu/MannUsda/viewDocumentInfo.do?documentId=1017

(2)USDA/NASS(2015)、“Livestock Slaughter”、
   http://usda.mannlib.cornell.edu/MannUsda/viewDocumentInfo.do?documentID=1096

(3)USDA/ERS(2015)、“Livestock and meat domestic data”、http://www.ers.usda.gov/data-products/livestock-meat-domestic-data.aspx#26056

(4)ALIC(2014)、“米国における肉用牛の生産現場での取り組み状況〜2011・12年の干ばつを終えて〜、      http://lin.alic.go.jp/alic/month/domefore/2014/feb/wrepo02.htm

(5)USDA/NASS(2014)、“2012 Census of Agriculture”、
  http://www.agcensus.usda.gov/Publications/2012/Online_Resources/Ag_Atlas_Maps/Livestock_and_Animals/Livestock,_Poultry_and_Other_Animals/12-  M137-RGBDot1-largetext.pdf

(6)USDA/NASS(2014)、“2012 Census of Agriculture”、
  http://www.agcensus.usda.gov/Publications/2012/Full_Report/Volume_1,_Chapter_1_US/st99_1_014_016.pdf

(7)Levi A. Russell(2014)、“ECONOMIC EFFECTS OF GENETIC FACTORS ON SOUTH TEXAS MARKET CALVES”、
  http://agrilifecdn.tamu.edu/resultdemos/files/2015/03/ECONOMIC-EFFECTS-OF-GENETIC-FACTORS-ON-SOUTH-TEXAS-MARKET-CALVES.pdf

(8)USDA/NASS(2014)、“2012 Census of Agriculture (Texas)”、
  http://www.agcensus.usda.gov/Publications/2012/Full_Report/Volume_1,_Chapter_1_State_Level/Texas/st48_1_014_016.pdf

(9)USDA(2015)、“Drought Monitor”、http://droughtmonitor.unl.edu/

(10)USDA/NASS(2015)、“Texas Crop Progress and Condition”、
  http://www.nass.usda.gov/Statistics_by_State/Texas/Publications/Crop_Progress_&_Condition/

(11)National Weather Service Weather Forecast Office(2015)、“Extremes, Normals and Annual Summaries”、
  http://www.srh.noaa.gov/hgx/?n=climate_iah_normals_summary#2015

(12)Real Estate Center(2015)、“Texas Land Market Developments 2014”、http://recenter.tamu.edu/pdf/2097.pdf

(13)USDA/NASS(2014)、“2012 Census of Agriculture (Florida)”、
  http://www.agcensus.usda.gov/Publications/2012/Full_Report/Volume_1,_Chapter_1_State_Level/Florida/st12_1_014_016.pdf

(14)USDA/ERS(2015)、“Commodity Costs and Returns”、
  http://www.ers.usda.gov/data-products/commodity-costs-and-returns.aspx

(15)USDA/ERS(2000)、“USDA Farm Resource Regions”、http://www.ers.usda.gov/media/926929/aib-760_002.pdf

(16)USDC(2015)、“People Quick Facts”、http://quickfacts.census.gov/qfd/states/12000.html

 
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