海外情報  畜産の情報 2015年8月号


生乳クオータ制度廃止後の
EU主要酪農国の動向

調査情報部 中野 貴史


【要約】

 EU酪農政策において31年間にわたって中心になってきた生乳クオータ制度が2015年3月末をもって終了した。欧州委員会は、生産者自らが市場を観察することで需給調整が可能となるよう、需給・市場動向をウェブサイトで提供している。国際乳製品市場は、供給側や需要側の事情により需給バランスは大きく崩れ、価格も大きく変動する。このため、生産者は効率的な生産に加えて、価格変動への対応能力が求められている。

1 はじめに

 EU酪農政策の基幹的制度として、31年間にわたり実施されてきた生乳クオータ制度は、2015年3月末をもって終了した。4月以降は加盟国の生産上限枠がなくなり、生産者は自由な生産が可能となった。

 しかし、生乳生産は需給バランスに応じた迅速な調整が難しく、この点は現在も同制度を設けた当時の状況と特に異なるものではない。このため、世界最大の生乳生産量を誇るEUの乳製品需給動向は、乳製品国際価格に大きな影響を及ぼすことから、供給過剰から生産者乳価の暴落を招いたかつての失敗を繰り返すことにはならないのか、世界の酪農関係者は、同制度廃止後の動向を注意深く見守っている。

 4月からの数カ月間で、その状況を評価することは時期尚早であるが、EUの生産者が手探りで歩み始めた現状を、主要生産国を中心に現地調査を交えて報告する。

 なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=139円(6月末日TTS相場:138.73円)を使用した。

2 生乳クオータ制度廃止とその背景

(1)廃止の経緯

 生乳クオータ制度は、各加盟国ごとに生乳の供給可能な上限を定めたものであり、制定された当初の1984年のEU規則では、1989年3月31日までを期限としていた。しかし、CAP(共通農業政策)改革の流れの中で3回の延長が行われ、2003年の規則改正時に2015年3月末までと示された。そして、2008年に行われた評価(ヘルスチェック)による市場志向性の推進と将来的な拡大が見込まれる国際需要に対応するため、生乳クオータ制度の再延長はなされず、2015年3月末での廃止が正式に決定された。

(2)廃止に向けて取られた対策

 決定を踏まえ、どのような形での廃止が望ましいのか検討が繰り返された。その結果、2009年から廃止までの毎年、ほぼ1%ずつクオータ枠を拡大し、クオータ枠超過に係る課徴金単価の減額といった激変緩和策が取られることになった。

 また、生産者は価格交渉に対して弱い立場にあることから、生産者の組織化、書面による生乳売買契約書の作成、最低半年間の契約期間の明記の実施などを推進した、通称「ミルク・パッケージ」と呼ばれる生産者支援措置などが、生乳クオータ制度廃止に向けた対策として2012年から実施された。

3 生乳クオータ廃止後の各国の動向

(1)想定された動向と現状

 生乳クオータ制度の廃止は、生乳の市場志向性を高めることから、より効率的な生産(大規模化)と同時に適地生産が進むことで、生乳生産は2極化すると想定された。

 本報告を作成した2015年6月末時点では、同制度廃止から3カ月間しか経過していないこと、また、現在の生産者乳価が生産者の増産意欲をそぐ低い水準にあることから、生乳生産に大きな変化はみられない。

 さらに、EUの生産者乳価に影響を与える乳製品国際市場を見ると、中国の輸入需要は当面、大きな動きはないとされ、また、ロシアによる禁輸措置も1年の延長が発表されたことから、短期的に国際需給が逼迫する状況は想定しにくく、現在の乳価水準が上昇に転じる状況にはない。

 しかし、一方でこの状況を見ると、同制度廃止にとっては絶好のタイミングであったのかもしれないとさえ思える。つまり、生産枠が取り払われたとはいえ、現在の低い乳価水準では、生産者の増産意欲は低く、供給過多の懸念には至らないからである。

(2)主要酪農国などの動向

 EUは28の加盟国で構成され、地理、気候・風土、歴史、経済などの要因から、酪農の形態やその国での比重は大きく異なり、一口にEUの酪農動向を述べることは困難である。つまり、「EUは非常に多様性(Diversity)に満ちた地域」と言える。

 生乳クオータ制度の廃止に当たっては、効率的な酪農が可能で、大手乳業を多く抱える欧州北西部の国々は賛成の立場であり、一方、小規模・家族経営主体の酪農が多い南部の国々は反対の立場であると言われていた。

 生乳生産量で見ると、生産上位5カ国でEU全体の6割以上を占めており、これらの国々の動向を押さえることでEUの傾向はある程度、把握することが可能となる(表1)。以下、特定の事例となるが、上位5カ国のうち4カ国と、同制度の廃止を最も待ち望んでいたアイルランド、さらに同制度廃止後の価格変動に対する経営の安定を大規模化により実現しているチェコについて現地調査を交えたそれらの国々の動向を紹介する。

表1 EU28カ国の生乳生産概況(2013年)
資料:欧州委員会、農林水産省

○ドイツ −効率的生産と適地生産の進行−

 EU最大の生乳生産国であるドイツは、牧草の生育に適した気候、土壌を有し歴史的に酪農生産が盛んである。同国の生乳生産は、旧西ドイツの北部と南部が中心であり、中部は肥よくな土地から畑作が中心となっている。一方、東部(旧東ドイツ)では、東西ドイツ統一後、安価な土地を求めて300〜400頭規模の生産者が台頭したが、牧草の生育に適した土地は少なく、配合飼料主体の酪農が行われている。生乳生産は、北西部が4割、南部が3割を占め、この地域が同国での2大産地となり、中部は1割程度、東部はその割合を2割程度まで伸ばしている(図1)。

図1 ドイツの1ヘクタール当たりの生乳生産量(2013年)
資料:milchtrends.de

 1戸当たりの平均経産牛飼養頭数は52頭(2013年)であるが、地域別に見ると北西部73頭、南部36頭、中部49頭、東部165頭となる。東西ドイツ統一後の酪農開発途上地域である東部はさておき、北西部には比較的規模の大きな生産者が多い。協同組合系の乳業メーカーにより主に乳製品が製造されている。一方、南部は民間乳業メーカーが主体となり、飲用乳主体の生産が行われている。

 生乳クオータ制度下でも生乳の適地生産化は着実に進行し、同制度廃止後はその流れに拍車がかかり、同時に生産者はより効率的な生産(大規模化)に進むとみられている。

 酪農に向けられる土地に制約があることから、政策的な後押しがなければさらなる生産拡大は難しいとされる中、2020年の生乳生産量は、2013年比で10%前後の伸びが予測されている。

 ドイツの酪農家は、クオータ制度廃止を見込んで数年前から規模拡大に向けた投資を行ってきた。しかし、現行の低い乳価水準で、ローン返済に困窮するなど厳しい状況に立たされている生産者も多い。

親子で200頭を搾る西部の酪農家(ドイツ)

 親子二人三脚で経営しているドイツ西部アイフルの酪農家を訪ねた。2005年に息子が経営に参画し、その後、2010年に牛舎を拡大して2年間で経産牛を100頭から200頭に増頭した。搾乳も哺乳もすべてロボット(オランダ製)を導入し、省力化を図っている。200ヘクタールの草地とトウモロコシ用に20ヘクタールを所有(14ヘクタールを自己所有で残りは借地、収穫時には1名を雇用)し、その他にビート、ビール粕、なたね粕、子牛の離乳用ペレットを購入している。

 「生乳クオータ制度がなければ、200頭に規模拡大するためにクオータ枠を購入する必要がなく、もっと楽に規模拡大ができた」と笑う。規模の拡大は、同制度の廃止とは関係なく、自分たちの望む生活水準を得るために必要な頭数を算出した結果である。ドイツでは、一般的に1人につき年間500トン(生乳販売額:約2085万円)の生乳生産が必要とされるところ、ここでは2人で2000トン(同8340万円)を生産しており、1人当たり2倍の生産規模となる。現状は、牛舎、ロボット、草地などの能力をほぼ最大限活用し収入にも満足しているので、さらなる規模拡大は考えていない。
写真1 牛舎の餌寄せもロボットが行う
 現在の乳価水準は1キログラム当たり30セント(41.7円)であるが、まだ、再生産が可能な水準としている。2009年には、生産者乳価が同21セント(29.2円)まで下落したが、「(生産者乳価は)下落してもいつかは底を打って上昇に転じるため、経営が上向いている時に資金をどれだけ蓄えられるかがカギ」と言う。資金を蓄えるためには、高い利潤の追求が必要となり、結果として効率的な生産・経営が求められる。そのような能力を得るために調査・研究は不可欠となるが、「欧州は酪農の歴史が長いことから、優れた酪農家が多く、その情報を得やすいことが大きな利点だ」とも言う。

○フランス −多種多様な経営体が存在−

 フランス酪農の特徴としては、豊富な草資源を活用した高い飼料自給率が挙げられる。ただし、地理的な特性から経営形態は千差万別であり、さまざまなスタイルがある。放牧酪農をしている北西部では全生乳の半分を生産し、効率的な生産が行われている。また、家族経営が多いのも特徴とされるが、これは労働時間などを厳格に定めている労働法によるところが大きく、従業員を雇用した規模拡大の阻害要因にもなっている。また、畑作や肉牛との兼業も多く、それらの生産者は、酪農と比較して有利とされる作物に比重をシフトしながら経営している。

 フランスでは、酪農に恵まれた広大な土地を有することから、比較的低い生産コストで生乳が生産され、生産量はEUでドイツに次いで2番となる。しかし、フランスは、条件不利地域や小規模家族経営の生産者を擁護するための政治的な配慮から生乳クオータ制度の廃止に対して反対の立場とされている。

 なお、生乳クオータ制度の廃止と同時に、地域間の生乳の移動を禁止してきた国内規制も同時に撤廃された。この解除の方がフランス酪農の構造改革に寄与するとされており、他のEU諸国と同様に、生産者レベルではより効率的な生産が進み、地域レベルではより適地生産が進むものと期待されている(図2)。

 ただし、家族経営が多いことから他のEU諸国と比較して、生産規模の拡大意欲は少ないとみられている。

図2 フランスの地域別生乳集乳量(2010年)
資料:CNIEL

○オランダ −環境規制という負荷を追って規模拡大に乗り出す−

 オランダの国土面積は、日本の九州とほぼ同じである。小さな国土で国内総生産(GDP)を上げる手段として、輸出への特化が位置付けられてきた。この中で畜産は、資本集約的な生産を行う養豚・養鶏・酪農に傾注された。貴重な土地資源は高価であり、また、人件費水準も比較的高いことから、農業は高コスト体系にあり、輸出競争力を有するためには、より効率的な生産が求められる。このため、生産者は、一般的に高学歴で調査・研究意欲が旺盛、かつ、企業家精神に富んでいると言われる。その結果、九州程度の国土でありながらも日本の1.6倍の生乳を生産し、EUでは5番目の生乳生産国となり、同国の乳製品は代表的な輸出品目の一つとなっている。

 一般的に生乳クオータ制度の廃止はオランダの酪農家にとって好機とされ、多くの酪農家は生産量の拡大に向けた投資を行った。しかし、他の加盟国に比べて厳しい環境規制があることで規模拡大には制約があり、今後は一層、1頭当たりの乳量を増大することに力点が置かれることになる。

クオータ撤廃に否定的な酪農家を訪ねて(オランダ)

 オランダ南東部、ドイツとの国境付近のナイメーヘンで経産牛80頭を飼養するクロス氏を訪問した。限られた国土で草地が少なく、購入飼料依存度の高い同国の酪農家の中で、50ヘクタールの草地を所有し、牧草とトウモロコシを自給するなど、同国では高い飼料自給率を誇る少数派の生産者である。効率化を主点に搾乳ロボット・哺乳ロボットを導入しており、1人での労働を可能としている。現行の低い乳価水準で収入は減少しているものの、経営は安定している。

 酪農家組合役員として、酪農への行き過ぎた市場原理の導入には反対の立場にある。多くの生産者はクオータ制度廃止後の生産拡大をにらんで、効率的生産のために設備投資を進めた結果、「現在の低い乳価水準ではローン返済が厳しい状況にある」と言う。また、「低迷する現状の乳製品需要が短期的に回復するとは思えず、少なくとも今年はこの乳価水準が続く」と見ており、耐え切れずに債務不履行に陥る生産者が多数出ると予測している。

 同制度の廃止により、生産者に対してリスク・マネジメントを求める風潮が強くなるが、「そのようなものを生産者に求めるのは酷であり、セーフティネットを設計するのは政府の役目」と主張する。加盟各国の生産者は、より激しい競争社会に入ったが条件は同じではない。「オランダは他国に比べて環境規制が厳しく、増頭に対して平等な競争条件ではないことから生産者は不利な立場にある」と言う。

写真2 経産牛80頭を飼養するクロス氏一家

○ポーランド ―旧東欧圏最大でEU4番目の生乳生産国―

 旧東欧圏では最大の生乳生産国であり、英国に次いでEUで4番目の生産量を誇る。しかしながら、生産者の規模はさまざまで、中小零細規模の家族経営を数多く抱える。そのような生産構造から、生乳クオータ制度の廃止に対してポーランドは反対の立場を取った。

 一方で、ポーランドの酪農・乳業は、2004年のEU加盟を機にEU基準に揃えるための設備投資を行い、効率的経営を目的としたドイツ・オランダタイプの酪農形態を取り入れる生産者が増加した。

 EUではドイツに次ぐ大きな国土面積を有しており、牧草の生育に適した酪農地域は北西部を中心に中央部へと続く。酪農家の飼料自給率は高く、また、人件費も安いことから、平均生産者乳価はEU平均を1キログラム当たり3セント(約4.2円)以上下回る。

 また、乳業も中小零細規模の経営が多いが、今後、これらの再編と拡大により、乳製品国際市場での存在感を高めていく可能性を秘めている。

先進的な生産者を訪問(ポーランド)

 ポーランドの1戸当たりの平均経産牛飼養頭数は、零細家族経営の生産者が多いことから5.3頭と小さいが、主要な生産者層は平均20〜50頭規模とされている。そのような中、200頭を搾乳するグライェボの生産者を訪問した。

 所有する農地ではトウモロコシや牧草を収穫し、それらを牛舎で給餌するとともに、スウェーデン製の搾乳ロボットを3台導入し、規模拡大を図る中で効率化も図っている。また、牧草などの担当として3名を雇用し、低コスト生産という地域特性の中で、ドイツ・オランダ式の効率的な酪農生産を実施し成功している事例である。

 生乳クオータ制度の廃止によりさらなる生産の拡大が可能となっても、現時点で生産者に増産の意欲は小さい。十分な経営規模に達していることもあるが、「(国内市場の伸びが見られない中では)増産には、生乳の販売先である乳業の積極的な海外輸出戦略が必要」と言う。乳業側にその意向がない現状では、生産者にとって増産のインセンティブは小さい。
写真3 清掃の行き届いた牛舎で自給飼料を給餌する

○アイルランド −制度廃止を強く待ち望んでいた国−

 アイルランドは、日本の北海道より小さい国土ながらも北海道の1.4倍の生乳を生産し、その8割以上を輸出向け乳製品製造に振り向けている。同国は生乳クオータ制度の廃止を最も待ち望んでいた国とされ、2020年までに2013年比で50%の増産を目標に掲げている。同制度が始まった1984年当時の生乳生産量は、ニュージーランドとほぼ同水準であったが、生産枠が設定されたことで増産が許されず酪農大国になる道を閉ざされたとされるほどである(図3)。同制度の廃止を好機として、生乳生産の拡大路線に突き進むことを国是に取り組んでおり、生産者は、現在、同制度下の抑制生産から解放された喜びに満ちている。

 アイルランド酪農の強さは、豊富な牧草資源を使った放牧酪農による低コスト生産にある。このため、生産コストは1キログラム当たり20〜25セント(27.8〜34.8円)とEUの中で最低レベルにある。

 また、多くの加盟国では生産者戸数の減少と大規模化の進展により生産量の維持・拡大が進められているが、アイルランドでは、その中で、毎年、平均的飼養規模層の新規参入300戸(全生産者の1〜2%)を目標に織り込んでいる。

図3 アイルランドとニュージーランドの生乳生産量の推移
資料:Agriland Media Ltd
さらなる効率性を目指すために調査・研究を怠らない生産者(アイルランド)

 アイルランド政府は、農業および食品産業の発展に資するための研究・開発機関である農業食料開発局(TEAGASC:Agriculture and Food Development Authority)(政府が50%を出資)を通じ、持続的農業の研究や農業の国際競争力強化のための調査・研究を行うとともに、その成果を生産者に還元している。

 アイルランドでは、国内各地で酪農経営が行われているものの、南部は、牧草の生育に適した土壌であることから、全体の半数以上の生産者が集まっている。ここには、TEAGASCの研究農場があり、隔年で生産者を対象とした各種セミナーが屋外の草地で開催されている。2015年は7月1日に開催され、アイルランドの全酪農家数の4割に当たる7000人が参加した。「持続的な拡張」と題して行われたセミナーでは、計画性のない拡張は存在せず、目標と分析に基づいた拡張計画が重要とするなど、技術面のみならず、より経営面を重視した内容となっている。

 このセミナーに参加する生産者の動機は、純粋に効率的な生産を行うための情報収集であり、TEAGASCもその要求に適う調査・研究結果を提供している。このようなセミナーは、世界中の中でアイルランドだけだと主催者は胸を張る。
写真4 研究農場で開催された青空セミナー

○チェコ共和国 −1戸当たりの経産牛頭数はEU最大級−

 チェコの酪農は、生乳生産量ではEU14番目となり、この10年間で大きな変化はない。このため、生産量のみを見ればEU加盟国の中で大きな特徴がないとされる旧東欧圏の小国となるが、1戸当たりの経産牛飼養頭数ではEUで最大級となる。これは、旧社会主義時代の集団農場がそのまま個人酪農家に継承されたことによるものとみられる。民主化後20年以上が経過し、生産設備は近代化され、また、水資源にも恵まれていることで広大な草地を有し、生産される生乳は良質と評価も高い。チェコでは、採算のとれる酪農経営を行うためには大規模であることが必要条件であり、その最低頭数は250頭とされている。

大規模経営は、安定経営の見本(チェコ)

 チェコ北西部、ポーランドとの国境付近にあるヘイニツェで経産牛340頭を飼養する酪農家を訪問した。この地域は、冬は一面の雪に覆われてしまうが、広大な平野は降雨に恵まれ牧草の生育に適している。同国では珍しくない女性による経営であり、1960年に起業した親から継承した1100ヘクタールの広大な草地を有している。飼料担当を変えたところ1頭当たりの乳量が大きく増加したことで、適切な飼料設計の大切さを説く。2年前の生産者乳価が高水準にあった時、減価償却を終えた施設を一新した。この規模で経営を行っていれば、規模の原理から生産コストは抑えられ、現状の低い乳価水準であっても「収入が減って嬉しくないという程度の状況」と言う。まさに、同国の必須条件とされる大規模化が経営の安定化につながる見本と言えよう。生乳クオータ制度の廃止についても関心は低く、同制度の廃止による経営への影響は大きくないとし、「自分の経営を見据えることが大切」とする。
写真5 広大な草地に放牧するチェコの酪農

4 まとめ

 EUの生乳クオータ制度は、1970年代から80年代の供給過多による生産者乳価の下落やそれに伴う財政支出の肥大を受けて、生産を抑制するために制度設計されたものである。欧州委員会では、不測の事態を除いて生産者自らが市場を観察することで、この供給過剰は避けられると考え、その判断材料として、需給・市場の動きを逐次、ウェブサイトを通じて提供している。これはCAP改革の方向性に沿った、より市場志向性を高めた生産方式へと変更するものとなる。

 しかし生産者は、同制度の廃止により個々の生産上限枠が撤廃される一方、乳業との契約では取引数量が定められていることから、必ずしも自由な増産が可能な状況とはなっていない。

 また、現在、欧州の乳製品は、域内のみならず国際市場の影響を強く受け、やや割高とされる価格に対して競争力の強化が求められている。競争原理のみを捉えると、酪農を含めた全ての業種にも当てはまるが、付加価値のあるものを除き、非効率的(高コスト)な生産は、おのずと淘汰されていくことになる。これに加えて酪農の場合、国際乳製品市場への供給量のうち、7〜8割を5カ国・地域(ニュージーランド、EU、米国、豪州、アルゼンチン)で占める一方、需要面においても少数の国が輸入の過半を占めるという脆弱な基盤であることから、供給側や需要側の事情により需給バランスは大きく崩れ、価格も大きく変動する。このため、効率的な生産に加えて、この大きな価格変動性への対応能力も求められる。

 そもそも、価格の変動時に生産者が対応すべきことは何であろうか。先ずは、生産者乳価が高い時期に暴落時に備えた資金の蓄え、また、価格暴落時に備えた保険、そして、先物取引によるリスクヘッジなどが考えられる。しかし、選択肢はそれほど多くはなく、EUでは、これらの保険や先物取引の機能が十分に発揮されているとは言い難い状況である。

 このような中で、EUの酪農生産者は、市場志向性に重きを置き、市場の動向を踏まえた生産、かつ、国際価格の変動に対応可能な能力が求められるなど、経営者として多面的な管理、分析力が必要とされている。わが国の酪農生産においても経営処理能力は必須のものであり、参考となる点は少なくないだろう。


 
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