調査・報告 専門調査  畜産の情報 2015年1月号


和牛産業の命運を握る繁殖牛増頭対策の課題
〜JA宮崎中央における農協直営事業と
新規就農者への牛舎貸付事業に学ぶ〜

中村学園大学 学長 甲斐 諭



【要約】

 牛肉輸出が農政課題の1つになっている。望ましいことではあるが、和牛肉の供給源泉である繁殖牛が近年急速に減少しており、対策が焦眉の急である。

 従来、繁殖牛は市場遠隔地の中山間地域の高齢者によって飼養されてきたので、飼養形態を改革する必要がある。改革の担い手としてビジネスモデル変更に取り組んでいる好例がJA宮崎中央である。

 そこでの農協直営方式、あるいは新規就農者への農協牛舎貸付方式による繁殖牛増頭対策は有効であるのか検証し、今後の課題を考察した。

1 はじめに〜調査研究の目的〜

 農産物輸出が最近の農政課題の1つになっている。農林水産省の「『品目部会』輸出拡大方針(案)」によれば、牛肉の平成32年の輸出目標額は250億円であり、平成25年(57.7億円)の4.3倍になっている。ちなみに、同期間の青果物の輸出額は132億から250億円への1.9倍である。国産和牛と「外国産“Wagyu”との差別化を図りつつ、日本食文化と一体的な和牛プロモーションを引き続き実施していく方針」であると報じられている〔1〕

 大きな期待が寄せられている牛肉輸出ではあるが、国内では和牛資源である繁殖牛が減少の一途をたどっている。国内から繁殖牛が大きく減少すれば輸出どころではない。和牛産業の命運は、繁殖牛の飼養動向に懸かっていると言っても過言ではない。足元の不安をどう解消するのかが大問題である。

 本調査研究の目的は、従前の市場遠隔地の中山間地域における主に高齢者に依存した繁殖牛飼養方式から、(1)農協直営による方式、あるいは(2)新規就農者への農協の牛舎貸付による方式への転換により、わが国の繁殖牛飼養が維持拡大される可能があるのか検証し、それぞれの方式の今後の課題は何であるかを検討し、将来の対策を考察することにある。

 調査対象として、全国第2位の和牛生産県である宮崎県の中でも繁殖牛増頭のために、上記の農協直営方式と農協による新規就農者への牛舎貸付を実施しているJA宮崎中央と新規就農のA、B経営を選定した。

2 和牛産業のメカニズム〜繁殖牛頭数と肥育牛頭数の統計分析〜

(1)繁殖牛頭数と肥育牛頭数との関係分析

 農林水産省の『畜産の動向』を見ると、わが国では、近年、図1のように繁殖牛頭数も肥育牛頭数も減少していることが分かる。1年前の繁殖牛頭数と当該年の肥育牛頭数の関係を図示したのが、図2である。両図から両者には密接な関係があることが推察される。分析した結果である(1)式は、1年前の繁殖牛頭数が当該年の肥育牛頭数に強く影響していることを明示している。当該年の肥育牛頭数(Y)の変動は、1年前の繁殖牛頭数(X)の変動によって、86.4%の影響(R2)を受けている。

Y=563.3355+1.864118X…(1)

        (6.659) R2=0.864

 Y=当該年の肥育牛頭数(千頭)

 X=1年前の繁殖牛頭数(千頭)

 R2=決定係数

 ( )内の数値=t値

図1 繁殖牛頭数と肥育牛頭数の推移
資料:農林水産省『畜産の動向』2014年10月
図2 1年前の繁殖牛頭数と当該年の肥育牛頭数の関係
資料:農林水産省『畜産の動向』2014年10月

 なぜ、当該年の肥育牛頭数は1年前の繁殖牛頭数によって影響を受けるのであろうか。両者の関係を仲介する大きな要因の1つが子牛価格である。図3によれば、最近、子牛価格が急騰していることが分かる。

 繁殖牛頭数が飼養者の高齢化などにより減少し、子牛の市場出荷頭数が減少すれば、子牛価格が高騰し、肥育牛経営の収益性が悪化して、肥育牛飼養頭数も減少するという悪循環に陥っているのが現在の和牛を取り巻く社会経済状況であるように思われる。

図3 子牛価格の推移
資料:農林水産省『畜産の動向』2014年10月

(2)肥育牛経営の収益性の決定要因分析

 図4は肥育牛経営の収益性を示しているが、近年、収益性の低下が著しい。肥育牛経営の収益性を分析したのが、(2)式である。

Y=−145,749.3−1,007.107X+558.3409Z…(2)

           (−3.533)   (4.625) R2=0.864

 Y=当該年の去勢若齢肥育牛1頭当たり所得(円/頭)

 X=2年前の雄子牛価格(円/頭)

 Z=当該年の枝肉価格(省令価格、東京・大阪市場、円/kg)

 R2=決定係数

 ( )内の数値=t値

 (2)式は、当該年の肥育牛経営の収益性(Y:去勢若齢肥育牛1頭当たり所得)の変動は、2年前の雄子牛価格(X)の変動と当該年の枝肉価格(Z)の変動によって、86.4%の影響(R2)を受けていることを明示している。

(3)子牛価格に反応しない繁殖牛頭数

 子牛価格が高騰しているので、それが肥育牛経営の収益性を悪化させ、肥育牛頭数減少の誘因になっている。子牛価格の上昇には肥育経営が求めるもと牛需要もあろうが、それ以上に繁殖牛経営から子牛が供給されないことが主因であるように思われる。

 図5の横軸は繁殖牛頭数であり、子牛出荷頭数の代理変数とみなしている。その理由は『畜産の動向』には子牛出荷頭数が表示されていないからである。子牛価格が上昇すれば、それに対応して繁殖牛頭数が増加するはずであるが、現実には子牛価格が高騰しても子牛の供給母体である繁殖牛頭数は増加するどころか、減少しているのである。

図4 肥育牛経営の収益性
資料:農林水産省『畜産の動向』2014年10月

 子牛価格と繁殖牛頭数との関係は(3)式の通りである。(3)式のXは図5の横軸であるが、子牛の市場出荷頭数ではなく、子牛供給の母体である繁殖牛頭数である。従って(3)式は子牛供給関数と見なされる。通常、供給関数は右上がりであるが、(3)式のXのパラメータは有意な負値(−0.49055)であり、図5から見ても回帰直線は右下がりであるので、特異な供給曲線と言えよう。

Y=854.5258−0.49055X…(3)

        (−7.122) R2=0.863

 Y=雄雌平均子牛価格(千円/頭)

 X=繁殖牛頭数(頭)

 R2=決定係数

 ( )内の数値=t値

図5 繁殖牛頭数と雄雌平均子牛価格との関係
資料:農林水産省『畜産の動向』2014年10月

(4)旧来の子牛供給構造の崩壊と新たな子牛供給システム構築の必要性

 上記の(1)式と(2)式および(3)式を総合的に判断すると、次のような指摘が可能である。

 子牛価格が急騰すれば繁殖牛農家が潤い、一般的には繁殖牛頭数が増加するものと期待される。しかし、現実にはわが国の繁殖牛飼養は中山間地域や市場遠隔地の農山村の主に高齢者によって担われているので、子牛の市場価格に反応して、容易には規模拡大できず、子牛価格の高騰とは無関係に、高齢化が主因となって繁殖牛飼養が放棄され、子牛出荷頭数が減少しているものと判断される。

 主に農山村の高齢者に依存して維持してきた従前の和牛の子牛生産構造は、いま急速に崩壊しつつあり、新たな和子牛生産システムを構築する必要性に迫られている。

 以下、全国第2位の和子牛供給県である宮崎県にあるJA宮崎中央が取り組んでいる農協直営事業と新規就農者への牛舎貸付事業による繁殖牛増頭対策は、和子牛供給に有効であるのか検証し、今後の課題は何であるのか検討してみよう。

3 宮崎県の繁殖牛増頭計画の概要

(1)肉用牛飼養の変化と第七次宮崎県農業・農村振興長期計画

 宮崎県における平成24年の農業産出額は3,036億円であったが、そのうち畜産は54.7%の1,662億円を占めており、畜産が基幹的作目であることが分かる。畜産の中では鶏が最も多く676億円(全県の22.3%)であり、肉用牛は480億円(同15.8%)である。

宮崎県の肉用牛飼養頭数の推移を示した表1を見ると、平成2年に飼養戸数は2.4万戸、飼養頭数は21.9万頭であった。しかし、戸数は現在まで徐々に減少し、頭数は平成21年までは徐々に増加したが、平成22年4月の口蹄疫の発生による牛の殺処分により急減した。口蹄疫終息後も頭数回復の勢いは鈍い。

 平成23年6月に策定された「第七次宮崎県農業・農村振興長期計画」〔2〕によれば、平成27年の肉用牛飼養頭数の目標値は29万9,300頭であり、平成32年のそれは30万300頭であったが、その達成は困難に直面していた。

表1 宮崎県における肉用牛飼養の推移
資料:『宮崎の畜産』より作成。

(2)宮崎県畜産新生プラン

 宮崎県では、口蹄疫の被害を受けた畜産農家が安心して経営を再開し、また、県全体の畜産農家が経営を維持・発展させるため、さらには、畜産業が将来にわたって本県の基幹産業であり続けるためには、中長期的な視点で、「全国のモデルとなる安全・安心で付加価値や収益性の高い畜産の構築」(県畜産の新生)に向けた取り組みを進める必要があり、平成25年3月に「宮崎県畜産新生プラン」〔3〕を策定した。

 その中で平成27年度の肉用牛飼養戸数は7,680戸、飼養頭数は25万2,100頭うち繁殖牛は8万頭と計画している。

 表2によれば、平成26年現在で肉用牛飼養戸数は7,271戸、肉用牛飼養頭数は25万頭であり、平成27年度を目標にした数値に近いが、繁殖牛は毎年減少し、平成26年には目標の8万頭を切り、7万4,500頭に減少している。

 日本を代表する和牛大産地でも繁殖牛頭数の減少を如何に食い止め、増頭に導くのかが大きな課題になっている。宮崎県の中でも繁殖牛の増頭に熱心に取り組んでいる中部地域に属するJA宮崎中央の繁殖牛増頭の取り組みは有効なのであろうか、以下で検証してみよう。

表2 宮崎県における地域別肉用牛飼養の状況(平成26年2月1日現在)
資料:宮崎県HP
  注:調査方法の違いから、国の農林水産統計と同じではない。

4 JA宮崎中央の繁殖牛増頭の取り組み

(1)JA宮崎中央の概要

 JA宮崎中央は、平成9年2月1日に6JAの合併により発足した。太平洋にそそぐ宮崎の代表河川である大淀川の下流域に広がる宮崎平野を取り巻く1市1町、県庁所在地で人口約40万人の中核都市宮崎市と国富町を管轄している。JA宮崎中央の組合員数は平成26年1月31日現在3万3,110人(正組合員1万520人、准組合員2万2,590人)であり、准組合員数が正組合員数の2倍以上になっている。

 平成25年度の総販売額は225億円であり、第1位は野菜の132億円(きゅうり、ピーマン、トマトなど)であり、第2位は畜産の52億円(肉用牛など)である。第3位は果樹の16.3億円(日向夏、マンゴーなど)であり、コメは第4位の10億円である。

 特に、JA宮崎中央管内で生産された子牛は、消費者に好まれる血統への改良と肉質向上が進んでおり、JA宮崎中央家畜市場の子牛平均価格は、全国のトップクラスである。

 JA宮崎中央は、平成26年8月20日〜21日に8月期の子牛セリ市を家畜市場で開催した。703頭(雌299頭、去勢404頭)が販売され、販売平均価格は55万1,260円で、前月期とほぼ同額で取引された。平均価格は雌が51万9,447円(前月期:51万3,753円)、去勢が57万4,805円(前月期:58万4012円)であった。

写真1 左から宮崎県中部農林振興局農畜産課 中塩屋 主任技師、
宮崎県畜産振興課 上原 主査、筆者、宮崎中央農業協同組合
畜産部 生産指導課 東郷 課長

 ちなみに平成26年8月期の宮崎県の子牛の平均価格は53万6,968円であり、雌は50万5,516円、去勢は56万3,501円であった。

(2)繁殖牛増頭の取り組みの必要性

 平成26年の繁殖牛飼養戸数は657戸であり、飼養頭数は9,975頭、1戸当たり15.2頭である。和牛肥育牛飼養戸数は33戸であり、飼養頭数は1,523頭、1戸当たり46.2頭である。表3と図6に示したJA宮崎中央における経営者の年齢階層別繁殖牛飼養戸数と頭数(平成26年7月)を見ると、飼養戸数は経営者が後期高齢者である75〜79歳層の127戸が最も多く、繁殖牛飼養者の高齢化が著しいことが分かる。

 しかし、繁殖牛飼養頭数は経営者が50〜54歳層の1755頭が最も多い。1戸当たり飼養頭数が多いのは経営者が40〜44歳層である。

 表3と図6から経営者が85歳を過ぎると急速に繁殖牛飼養が放棄されることが分かる。現在の75歳以上の経営者は203戸(全体の30.9%)、繁殖牛飼養頭数は1,315頭(全体の13.2%)であり、10年後にはこれらの繁殖牛飼養の放棄が進むものと予想される。以上からJA宮崎中央が繁殖牛飼養頭数を維持し、増頭させるには新規就農者を確保育成する必要があることが分かる。

表3 JA宮崎中央における経営者の年齢階層別
繁殖牛飼養戸数と飼養頭数(平成26年7月)
資料:JA宮崎中央資料
図6 JA宮崎中央における経営者の年齢階層別繁殖牛飼養戸数と
飼養頭数(平成26年7月)
資料:JA宮崎中央資料

(3)繁殖牛増頭を目指したJAの直営事業と牛舎貸付事業

 JA宮崎中央では、肉用牛の地域一貫体制確立のための総合的な畜産団地を整備し、育成牛供給および子牛の共同育成などに取り組み、農家の規模拡大などを図ることで、地域肉用牛の生産基盤を強化することを目的として、平成13年度から平成15年度にかけて管内の国富町に畜産団地を建設し、肉用牛総合ファームを開設した。総事業費は約5.6億円であり、国庫補助金を50%、国富町補助金を25%得たことから、JA事業費は25%になった。

 畜産経営活性化事業により、平成13年度に整地(約38百万円)をし、平成14年度に農協直営施設(約2.4億円)として繁殖育成牛舎1棟(子牛50頭+育成牛70頭)、子牛育成牛舎2棟(各150頭:キャトルステーション)、肥育牛舎3棟(合計500頭)、管理棟2棟、倉庫2棟を建設した。これらにより繁殖牛が90頭、肥育牛が500頭、それぞれ増頭可能になった。

 15年度には農家入植施設(農協貸付、約2億円)として繁殖牛舎3棟、肥育牛舎2棟、倉庫2棟を建設した。これらにより繁殖牛が240頭増頭し(70頭農家2戸、50頭農家2戸)、肥育農家が300頭増頭した(75頭農家2戸、150頭農家1戸)。

 また、耕畜連携・資源循環総合対策事業として14年度に堆肥化施設(約8,100万円)1棟を建設し、撹拌施設一式、附帯車両など3台を導入した。

 JA宮崎中央は、国富町以外にも管内に農協直営の肥育センターを3カ所(合計1,100頭:500頭規模1カ所、300頭規模2カ所)展開しており、また農家入植施設(農協貸付)の繁殖団地を2カ所(合計350頭:50頭規模7カ所)運営している。

(4)繁殖牛増頭の新たな取り組み

 JA宮崎中央では、農協直営施設として、平成26年3月に300頭規模のキャトルステーションを建設し、また平成27年3月までに200頭規模の繁殖牛施設の建設を予定している。

 農協直営の繁殖牛施設から子牛を供給することによって、一般農家からの子牛供給の減少を補完し、自らが運営する子牛市場の維持を目指すとともに、キャトルステーションを作ることによって、高齢の一般農家も安心して繁殖牛の飼養を維持できるようにしている。

(5)繁殖牛増頭を目指した取り組みの成果の検証

 JA宮崎中央が、平成13年度から15年度にかけて取り組んできた国富畜産団地の事業および、それ以外の農協直営と農協貸付による農家入植施設建設の効果を検証してみよう。

(1)子牛育成部門(キャトルステーション)の事業効果

 キャトルステーションの利用契約を締結している契約農家51戸の繁殖牛頭数をみると、平成15年3月の712頭から平成25年12月には874頭に162頭も増頭している。

 また、キャトルステーションを事業開始当初から利用している農家(25戸)の繁殖牛頭数は平成15年3月の258頭から平成25年12月には371頭に113頭も増頭している。25戸のうち増頭農家が21戸(84%)、維持農家が2戸(8%)、減少農家が2戸(8%)であった。

 一般の繁殖牛農家は高齢化が進んでおり、動きの激しい子牛の管理に難渋する場合が多い。しかし、農協直営のキャトルステーションに生後3カ月頃から預けることにより、大人しい繁殖牛だけの飼養管理になり、繁殖牛の飼養放棄を思いとどまらせる効果がある。

(2)キャトルステーションの子牛価格に与える効果

 平成25年度の子牛価格を見るとキャトルステーションから出荷された雌子牛価格は45万4,087円であり、去勢子牛は53万5,651円であった。これらの水準は国富町管内の平均値(雌子牛45万1,019円、去勢子牛53万4,928円)より、わずかではあるが高い状態であった。

(3)農協貸付施設を利用した後継者の入植などによる繁殖牛飼養維持効果

 平成15年3月から平成25年12月にかけての繁殖牛飼養の変化を見てみよう。繁殖牛飼養戸数は305戸から190戸に115戸(37.7%)減少しているが、繁殖牛飼養頭数は2,538頭から2,521頭に17頭(0.7%)減少しているにすぎない。1戸当たり繁殖牛飼養頭数は8.3頭から13.3頭に5頭(60.2%)も増頭している。

 同期間のJA宮崎中央管内の繁殖牛の飼養状況を見ると戸数が1,134戸から684戸に450戸(39.7%)減少し、頭数は9,879頭から8,490頭に1,389頭(14.1%)も減少している。1戸当たり頭数は8.7頭から12.4頭に3.7頭(42.5%)増頭したにすぎない。

 畜産団地を建設した国富町では、団地に後継者が農協の施設貸付方式で入植したことなどにより、明らかに繁殖牛の飼養頭数の減少がわずかになっている。

(4)農協直営と農協貸付の繁殖団地の子牛供給による上場頭数維持効果

 農協直営と農協貸付の繁殖団地からの子牛供給が、一般繁殖牛農家からの子牛供給の減少を補完し、農協が運営する子牛市場での子牛上場頭数維持に貢献している。それが北海道から沖縄までのバイヤーを集める効果をもたらしている。

(5)農協直営肥育施設が改良に与える効果

 農協直営肥育施設から出荷される肉牛の肉質データは繁殖牛の交配に利用されることから、改良の速度が一段と早くなっており、それが三重県、滋賀県、佐賀県、長野県など日本の代表的な肥育産地からのバイヤーを集める要因となっている。

 口蹄疫で殺処分された宮崎県が保有していた種雄牛の多くは、JA宮崎中央管内で生産された雄牛であった。現在では、最も有望と思われる雌子牛に対しては農家保留資金を提供して優良資源の管内保留に努めている。

(6)農協直営繁殖施設が農協直営肥育施設の赤字を補完する効果

 農協直営肥育施設には、改良を促進する効果や子牛が安い時には買い支える効果がある。しかし、農協直営肥育施設といえども市場実勢価格で子牛を購入しなければならないので、現在のように子牛セリ価格が高騰すると農協直営肥育施設の収益性は赤字になる。

 その赤字を補塡しているのが、農協直営繁殖施設から出荷される高い価格の子牛販売収入である。農協直営の繁殖施設と肥育施設の収益をプールすることにより、肉用牛部門の収支を均衡させている。農協直営の繁殖と肥育の両施設を保有していることが、肉用牛部門の収益安定に貢献していると評価できよう。

 以上のJA宮崎中央の取り組みの結果、表4に示すように、宮崎県の繁殖牛の大産地が頭数減少に苦しんでいるのに対して、最近のJA宮崎中央管内の繁殖牛の減少は食い止められていると言えよう。

(6)農協主導による畜産団地の拡大を阻害する要因

(1)繁殖牛団地の建設に反対する住民の意向

 JA宮崎中央は、さらに繁殖牛団地を作り、繁殖牛の増頭を図りたいのであるが、繁殖牛団地からの悪臭、ハエの発生、鳴き声を忌避する建設予定地住民の反対により、貸付による牛舎建設が暗礁に乗り上げている。

(2)新規就農者の資金不足と経営能力不足による就農の困難性

 牛舎だけは農協貸付により入植が可能だとしても、40頭規模の繁殖牛経営を営むには、繁殖牛導入資金として約2,000万円、自給飼料の栽培収穫用の機械購入費として約1,000万円、それに子牛出荷までの飼料費として約1,000万円合計約4,000万円が必要になる。

 これを補助金でどの程度削減できるかにもよるが、多額の資金が必要であり、新規就農者が簡単に調達できないのが実態である。

表4 宮崎県の家畜市場における肉用子牛の取引頭数
資料:農畜産業振興機構「肉用子牛取引状況表(黒毛和種)」

(3)農協直営肥育施設維持の困難性

 農協直営肥育施設は、セリで高い子牛を導入せざるを得ず、それに対応して枝肉価格が上昇している訳ではないので、原料高の製品安の交易条件悪化により、肥育施設の維持が困難になっている。

 JA宮崎中央では肥育部門の割合を下げ、繁殖部門の拡大を志向している。しかし、東日本大震災の復興資金の影響により東北地方の肥育産地が補助金付きで、結果的に子牛市場でセリ値を釣り上げているので、補助金の無い地元では肥育牛の買い負けが発生している。

 東日本大震災の復興資金が補助金のない産地の肥育牛経営を苦しめる結果になっているのは、「不都合な」事実である。

5 JA宮崎中央の新規就農者への牛舎貸付事業の実態と課題

(1)新規参入円滑化等対策事業取り組みの目的

 JA宮崎中央管内でも繁殖牛農家の高齢化が進み、飼養農家戸数が毎年減少傾向にある。繁殖牛飼養の維持拡大を図るためには、増頭対策を進める必要があった。そのためには、新しい担い手を育成・確保することが繁殖牛の飼養維持拡大には必要である。

 そのためJA宮崎中央では、省力的な牛舎を整備し、繁殖牛経営を目指す新規就農者に貸し付けを行い、中核的な経営を育成するとともに、繁殖牛経営の普及促進を図ることを目的として、フリーバーン方式による繁殖牛30〜40頭規模の経営を育成する新規参入円滑化等対策事業に取り組んだ。

 以下、この事業で経営を開始したAとBの新規就農経営について取り組みの実態を概観し、今後の課題を分析しよう。

(2)調査対象のA、B経営の立地する宮崎市佐土原町の概要

 調査対象のA、B経営が立地する宮崎市佐土原町は、宮崎県の海岸部のほぼ中央部に位置し、東は太平洋・日向灘に面し、北は新富町、一ツ瀬川、西は西都市、国富町、南は宮崎市の住吉・北地区と接する総面積56.84平方キロメートルの地域である(図7)。

図7 宮崎市佐土原町の位置

 温暖多照な気候を利用して、農業は稲作を基盤に施設園芸、畜産などを組み合わせた複合経営を中心に発展しており、キュウリ、トマト、しょうが、花などの栽培のほか、うなぎの養殖が盛んに行われている。同町は水田地帯が広がる宮崎平野の北部に位置しており、なだらかな地形で丘陵でも標高が100メートル程しかなく、林野も少ない。

 近年、繁殖牛経営が大規模化しており、耕畜連携が進み、飼料用稲の作付けが増加している。全国的に有名になった種雄牛の安平、福桜、福之国などの生産地であり、地域一体となって和牛改良に取り組み、経営の安定を図っている。

(3)JA宮崎中央における新規就農者の支援態勢

 農家の長男として育ったA氏は運送会社に勤めていたが、平成21年に34歳で退職し、同様に農家の長男として育ったB氏はスーパーマーケットに勤めていたが、平成24年に45歳で退職した。両氏は、両親が繁殖牛を飼養していたので、退職を契機にJA宮崎中央の勧めもあり、新規参入円滑化等対策事業を利用して繁殖経営に取り組むことにした。

 両氏は、おのおの、JA宮崎中央の繁殖部会や青壮年部会およびヘルパー組合が主催する繁殖性向上に係る研修会や子牛育成・疾病対策研修会、飼料作物の栽培管理に関する研修会に積極的に参加し、技術習得に努めてきた。

 また、JAや獣医師、家畜人工授精師においても計画交配や子牛育成管理、環境衛生管理に関する現場指導を計画的に行い、新規就農者である両氏のスキルアップを支援している。経営面では、(公社)宮崎県畜産協会が経営コンサルタント関連事業を実施し、資金運用などを指導するなど、円滑な就農ができるよう関係機関が一体となり、支援態勢を構築している。

(4)A氏の就農理由と事業内容

 A氏は幼少の頃から父親の繁殖牛飼養に触れながら育っており、関心が高く、将来は繁殖牛経営者になる希望を持っていた。現在は、別経営のA氏の父親は繁殖牛を10頭飼養し、稲作とタバコ栽培を行う複合経営を営んでいる。

 平成21年度から平成25年度までの5年間で、繁殖牛40頭飼養を目標とする新規参入円滑化等対策事業を利用して繁殖牛飼養に取り組んだ。平成21年度事業で実施された設備など整備費(税抜き)は(1)母牛・分娩舎1棟(約802万円)、(2)子牛・育成舎1棟(約479万円)、(3)堆肥舎1棟(約377万円)、(4)電気設備工事一式(約117万円)、(5)給排水設備工事一式(約54万円)、(6)牛舎附帯設備一式(約490万円)合計2,320万円で、そのうち補助金は50%の1,160万円であった。

 繁殖雌牛の導入費(税抜き)は、(1)子牛・育成牛21頭(約949万円)、(2)育成牛(妊娠牛)9頭(約619万円)の合計1,568万円で、そのうち補助金は39%の約612万円であった。

 総事業費(税抜き)は約3,888万円であり、うち補助金は約1,772万円で、A氏の負担は約2,116万円であった。その他、ロールベーラー、ラッピングマシーン、モアー、テッダー、ジャイロデッキ、ロールクラブなど粗飼料確保のための農業機械の購入が必要であった。

 A氏の負担部分のうち牛舎などについては、JA宮崎中央が事業実施主体となって整備し、A氏に貸し付けて、毎年定額のリース料を受け取る方式にしている。その他のA氏の負担部分についてもJA宮崎中央が融資している。

(5)A氏の事業の展開過程と事業成果

 平成22年度から平成25年度までの事業の展開過程を年度を追って検証してみよう。繁殖牛頭数は29頭、34頭、34頭、38頭と増頭している。生産子牛頭数は17頭、26頭、22頭、35頭で、販売子牛頭数は0頭、11頭、26頭、27頭と一応順調である。平成25年度の生産率は92%で、事故率は0%であった。

 現在、1人で経営しており、自作地3ヘクタールと借地の4ヘクタールの合計7ヘクタールの水田で飼料用稲を栽培し、ホールクロップサイレージを生産している。うち4ヘクタールの畑ではイタリアン、エンバクを栽培している。夏はメヒシバ(ホトクリ)を採草するなど飼料栽培と収穫に多大な労力を投入している。

 平成25年度のJA宮崎中央家畜市場の全体の平均価格は49.9万円であったが、A氏出荷の27頭の平均子牛価格は54.7万円であり、高い市場評価を受けていることが分かる。

 平成26年7月末現在で、繁殖牛は38頭、生産子牛は1月から6月まで19頭であり、順調である。

 平成25年の経営収支(所得税青色申告決算書)を表5に示す。自給飼料の生産に追われ、発情の見落としと夏場の受胎率が低かったため、子牛の出荷頭数が計画の33頭を下回り、27頭であった。その他の収入は受取補助金、受取小作料などである。

 飼料費が400万円強になっているが、購入飼料が増加し、また、その飼料費が高騰したことが影響している。修繕費は飼料生産用機械の修繕代であり、資材費は飼料ラップ代、敷料費である。賃料料金は牛舎などのリース料である。

 青色申告決算書の所得は約220万円であった。平成26年は1月から6月までに既に19頭の子牛が生産されているので、平成26年の所得はかなり増加されるものと思われる。

(6)B氏の就農理由と事業内容

 B氏は両親が繁殖牛を飼養していたので、いずれは繁殖牛飼養を望んでいた。退職後、平成24年度から平成28年度までの5年間で、繁殖牛30頭飼養を目標とする新規参入円滑化等対策事業を利用して繁殖牛飼養に取り組んだ。

 平成25年度に父親が急死したので、父親所有の繁殖牛10頭を母親から買い取ることとなった。

 そのため平成25年度の計画は25頭であったが、一気に34頭飼養になった。妻は農外で就業しており、母親は高齢であるので、現在は1人で飼料生産と繁殖牛飼養に取り組んでいる。

 平成24年度事業で実施された設備など整備費(税抜き)は(1)繁殖牛舎1棟(約1,075万円)、(2)堆肥舎1棟(約423万円)、(3)電気設備工事一式(約92万円)、(4)給排水設備工事一式(約48万円)、(5)牛舎附帯設備一式(約453万円)合計2,090万円で、そのうち補助金は50%の1,044万円であった。

 繁殖雌牛の導入費(税抜き)は、(1)子牛10頭(約475万円)、(2)育成牛(妊娠牛)5頭(約290万円)合計約765万円で、そのうち補助金は39%の約301万円であった。

 総事業費(税抜き)は約2,855万円であり、うち補助金は約1,345万円で、B氏の負担は約1,510万円であった。その他、マニュアスプレッダー、ロールベーラー、ラッピングマシーン、モアー、テッダー、ジャイロデッキなど粗飼料確保のための農業機械の購入が必要であった。

 B氏の負担部分のうち牛舎などについては、JA宮崎中央が事業実施主体となって整備し、B氏に貸し付けて毎年定額のリース料を支払う方式にしている。その他のB氏の負担部分についてもJA宮崎中央が融資している。

(7)B氏の事業の展開過程と事業成果

 平成24年度は事業で牛舎などを整備し、実際に経営が始動したのは平成25年度であった。25年度の計画は25頭であったが、実際には34頭になり、生産子牛頭数は6頭で、販売子牛頭数は2頭(平均単価55万円)であった。

 平成26年7月現在、繁殖牛34頭、育成牛2頭、子牛14頭を飼養している。その他8頭はキャトルステーションに預けている。キャトルステーションには生後3〜4カ月で預けている。平成26年は、1月から6月まで16頭を出荷している(平均単価53万円)。

 妻は農外に従事しており、母親は高齢であるので、1人で経営している。自作地1ヘクタールと借地の2.6ヘクタールの合計3.6ヘクタールで飼料用稲(ミナミユタカ)を移植方式で栽培している。堆肥は年間1回しか散布しないが、2回刈りが可能であり、全てホールクロップサイレージを生産している。

 同水田で冬場にイタリアンを栽培し、1回刈りを行っている。0.8ヘクタールの畑で夏場にスーダングラスの2〜3回刈り、冬場にイタリアンの3回刈りを行っている。また、別の転作田0.3ヘクタールでもスーダングラスとイタリアンを栽培している。

 以上の飼料栽培以外に他の経営から早期水稲のわらを7ヘクタールから収集して、粗飼料を確保している。大量の粗飼料確保に苦労しており、平成26年には夏場の粗飼料搬入において一時雇用しているが、その他は全て1人で行っている。

 平成25年度の経営収支(所得税青色申告決算書)を表5に示す。B経営は、25年度が経営開始の初年度で2頭しか販売できなかったために赤字経営になっているが、26年度は順調に子牛が生産されているので、近い将来に黒字に転換するものと期待される。

表5 A、B両経営の平成25年度の経営収支
資料:A、B両経営の提供資料より作成。

6 むすび〜JA宮崎中央の繁殖牛増頭対策の評価と今後の課題〜

(1)JA宮崎中央の直営事業の評価

 JA宮崎中央が実施している直営事業には6つの効果が認められ、高く評価される。

 (1)子牛育成部門のキャトルステーションに契約している農家などが子牛を預けることにより、繁殖牛農家の省力化が図られ、繁殖牛飼養の維持や拡大が図られる効果があった。

 (2)キャトルステーションに預けた子牛の販売価格は市場平均価格より高かった。

 (3)農協貸付施設を利用した後継者の入植などにより地域の繁殖牛飼養が維持された。

 (4)農協直営と農協貸付の繁殖団地の子牛供給によりJA宮崎中央が運営する子牛市場の上場頭数が維持された。

 (5)農協直営肥育施設から枝肉情報が繁殖牛飼養農家に提供されることにより、地域の改良が加速した。

 (6)農協直営繁殖施設の黒字が農協直営肥育施設の赤字を補完することにより、JA宮崎中央の肉用牛部門の収支が平準化された。

(2)A経営の成果からみた施設貸付方式の評価

 A経営は経営開始から4年目であり、まだ経営が計画に達しておらず発展途上であるが、表5の経費の総額の1,392万円を販売頭数の27頭で割ると1頭当たり物財費は51.6万円になる。これを平成24年度の農林水産省の子牛生産費調査の20頭から50頭層の物財費の34.7万円に比較するとかなり高く、今後の改善が必要であることが分かる。

 しかし、A経営の220万円の所得を繁殖牛頭数の38頭で割った繁殖牛1頭当たり所得は5.8万円であり、これを前述の子牛生産費調査の20頭から50頭層の繁殖牛1頭当たり所得の5.3万円と比較するとほぼ同値である。これはA経営の子牛価格が非常に高かったことに起因しており、評価できる。

写真2 母牛と生まれたばかりの子牛

(3)今後の課題

(1)飼料用稲栽培のコスト削減

 A経営は7ヘクタールの水田がまとまっており、熱心に飼料生産に取り組んでいる。当地域は飼料用稲の耕作に積極的であり、10アール当たり8万円の補助金を受けられるので、飼料用稲の栽培が非常に盛んである。しかし、飼料用稲の栽培は移植方式が中心であり、直播栽培などによる飼料用稲栽培のコスト削減が課題になっている。

 畑については、高齢化した農家から10アール当たり1万円程度の借地料で耕作を依頼する農家が増加している。

(2)A経営の牛舎拡大を制約する建築基準法の規制緩和

 A経営は、現在38頭の繁殖牛を50頭まで拡大したい希望を持っている。牛舎には県の単独事業が、繁殖牛の導入にはJA宮崎中央の独自資金が利用できるが、現在地に隣接して牛舎を建てることが建築基準法の要件を満たしていないため、牛舎の建設がストップしていた。

 宮崎県の基幹作目である繁殖牛の飼養維持と拡大のためには建築基準法の規制緩和が課題である。

(3)飼料生産と牛の飼養管理とのバランス〜求められる経営者能力〜

 A、B経営とも粗飼料の栽培に毎日、長時間を投入しており、繁殖牛や子牛の管理がおろそかになり、生産率低下を誘発している。粗飼料栽培と牛舎内での牛の飼養管理との時間配分に悩んでいるが、1人で経営している限り、この問題に必ず直面する。大規模になれば、朝夕の牛の管理、記帳の励行など経営者能力の向上が課題になる。

(4)新規就農者の満足度からみた総合評価

 A、B両氏とも、前職に比較して粗飼料の確保と牛の飼料管理に多忙ではあるが、精神的には非常に楽であると言っている。A、Bの新規就農者は経営者であることを誇りに思っているようであり、この施設貸付方式による事業は高く評価される。この方式により、就農を希望している若者に繁殖牛飼養に参入してもらい、世界的に貴重な和牛資源の保全と拡大に寄与してもらいたいものである。

(5)政府支援の必要性

 従前の高齢者に依存した繁殖牛飼養は早晩崩壊するものと危惧している。JA宮崎中央が実施しているような農協直営事業と新規就農者への貸付事業を、わが国の繁殖牛飼養地域により広範に拡大することができるように、政府の支援が強く望まれる。


参考分析

〔1〕農林水産省「『品目部会』輸出拡大方針(案)」農林水産省HP。

〔2〕「第7次宮崎県農業・農村振興長期計画」宮崎県『宮崎の畜産』2014年。

〔3〕宮崎県「宮崎県畜産新生プラン」宮崎県HP。

元のページに戻る