調査・報告 学術調査  畜産の情報 2015年1月号

静岡県における後継牛確保の現状と
公共育成牧場の存立要件

日本獣医生命科学大学応用生命科学部 教授 小澤 壯行
教授 牛島 仁
講師 長田 雅宏

【要約】

 本稿は、静岡県における後継牛確保の現状と公共育成牧場(以下「公共牧場」という。)に対する預託ニーズおよび公共牧場の存立要件を明らかにした。

 分析の結果、本県の酪農経営は、交雑種生産を主とし、乳牛初妊牛の導入によって経営を維持・拡大していること、小規模経営と複合経営の担い手確保率は低く、これらの経営体を中心に預託ニーズが多いことが明らかになった。また、組合管理による公共牧場の存立要件は、組合員自らの後継牛生産と育成牛預託が前提となることが示唆され、乳牛雌子牛の効率的な生産を含めて、本県の公共牧場への対応が迫られている。

1 はじめに

(1)公共牧場について

 公共牧場は、酪農経営体などの経営安定を図るため、行政、農協などの公的機関が、酪農経営体などが預託した乳用牛ならびに肉用牛の集団的育成を担う牧場として、1960年代後半から1980年代前半にかけて全国に創設された。

(公社)静岡県畜産協会のHPより
 天城哺乳場・放牧場の基本的な飼育管理

 哺乳場では、哺乳舎で代用乳を与え離乳は2カ月齢を基準とし、その後、一般牛舎に移動しおおむね20頭を1群として群を構成し、月に1回牛房を移動させながら飼育し、おおむね8カ月齢を目安に放牧場に移動させます。

 放牧場では、4〜5群の構成で管理し受胎適期の月齢に到達した牛に人工授精を行いますが、受胎しなかった牛はまき牛群として種付けを行います。
写真1 天城哺乳場・放牧場遠景
((公社)静岡県畜産協会提供)
写真2 天城哺乳場・放牧場の哺乳場
  2カ月齢までは、哺乳牛舎の自動ほ乳器によって、
代用乳を与える。同時に良質な乾草を給与する。
  2カ月齢以降一般牛舎に移動し、月齢に応じ
人工乳又は配合飼料を給与するとともに、良質な乾草を
給与し、餌を十分摂取できる胃づくりの準備をする。
((公社)静岡県畜産協会提供)
写真3 天城哺乳場・放牧場の育成牛舎
  夏季(5月〜10月)は、育成前期の牛を主体に草地に放牧して
生草を十分給与し、胃の発達を促すとともに繁殖の供用に備える。
  冬期(11月〜4月)は、全頭を牛舎内で飼育し、乾草と
配合飼料を給与する。
((公社)静岡県畜産協会提供)

(2)問題の所在

 本報告は、酪農経営を対象にした後継牛確保のアンケート調査から、預託農家の経営的特長、預託ニーズの実際および公共牧場の存立要件を、自家育成牛生産の視点から統一的に把握して、公共牧場の経営継続のための得策を提示したものである。

 急速な多頭化により、草地資源の不足している地域や労働力が不足する経営において、育成部門の外部化が増加している。しかし、公共牧場の多くは厳しい運営を迫られており、とりわけ都府県の公共牧場は、受託業務を停止または閉場する牧場も少なくない。

 樋口らは、北海道を対象にした公共牧場の研究において、労働力や牧草地面積に対し、頭数集約的な酪農経営で預託受け入れサービスの希望が多く、さらに預託ニーズを有する非利用者の存在も多いと報告している(注1)。ところが、都府県の酪農は、北海道と比べると飼料作地面積が少なく、小規模な酪農経営が多く存立していることから、公共牧場への評価はより顕著に表れることが期待される。

 このような視点から、静岡県下の酪農家を対象にアンケート・聞き取り調査を実施し、個別経営における後継牛確保の手段と、これに対して公共牧場が果たす役割について明らかにする。また、受託業務を停止した組合管理による公共牧場の閉場要因を究明し、公共牧場の存立要件を提示する。

(3)調査対象と分析方法

 静岡県の酪農経営体(254戸)全てを対象に、「後継牛確保に関わるアンケート」の調査票(A4×6頁、無記名式)を、指定生乳生産者団体であるJA静岡県経済農業協同組合連合会を通じて配布し、郵送で回収する方法を採用した。(配布日:2013年9月17日、回収締め切り10月11日)。

 調査内容は、次のとおりである。

 (1)酪農経営の概要と規模の変化

 (2)後継牛確保の方法

 (3)公共牧場の重要度・満足度の評価

 (4)利用料金の評価

 (5)その他自由記述

 有効回答率は62.6%(254戸中159戸、うち公共牧場利用者52戸(32.7%)、非利用者107戸(67.3%))であった。

 また、2008年に受託業務を停止した公共牧場の閉場要因を明らかにするため、役員(経験者を含む。)に聞き取り調査を実施した。データの分析は、一次集計およびクロス集計を行うとともに、調査対象を後継牛確保の比率を基に、(1)自家育成型、(2)育成預託型、(3)乳牛導入型に類型化し、その結果に対して統計学的な分析を行った(注2)

 預託ニーズは、「統計ソフトエクセルアンケート太閤Ver.5.0、(株)エスミ」を用いて、公共牧場の利用者・非利用者の満足度・改善度(Customer Satisfaction)を分析した。アンケート調査の推定精度は、公共牧場を利用する母集団比率を50%と仮定し、許容できる目標精度5%、推定信頼率95%として算出した(注3)

 その結果、最も安全な標本数はn=154となり、有効回答数はこれを上回っていることから本調査は有効であると判断された。

(注1):樋口聖哉・仙北谷康・樋口昭則(2012)「酪農経営の公共牧場に対する評価と預託ニーズ」『農業経営研究』
     日本農業経営学会、第50巻、第3号、 pp.62-67.を参照のこと。

(注2):各経営体の飼養頭数規模は大きく異なるため、外れ値やデータに特定な分布を仮定できないなどの問題が生じる。
    本稿では、ノンパラメトリック法による解析を行うため、データを順位値に変換して分析するWilcoxonの順位和検定、
    および3類型間の平均値を分析するため一元配置分散分析を用いた。

(注3):アンケート調査研究は、母数(母集団の平均値や比率)の推定精度を確保するため標本の大きさを決める。
    目標精度とは許容できる最大誤差であり、10%前後が一般的である。本調査は預託ニーズを50%と仮定して
    要求精度を5%、推定信頼率を95%に設定することで信頼度を確保している。

2 後継牛確保に関わるアンケート調査結果

(1)調査結果の概況

 表1はアンケートの一次集計を基に、「自家育成型」、「育成預託型」、「乳牛導入型」に類型化した159戸の経営概要を示したものである(注4)。また、2011年度の酪農全国基礎調査データを参考値として表掲した。

 静岡県の経産牛40頭以上経営の割合は42.8%と高く、都府県平均の30.1%を大きく上回った。さらに飼養頭数規模の二極化が生じ、小規模の複合経営を中心に高齢化と担い手確保率が低下していることから、これら経営の離農が懸念される(注5)。未経産/経産牛比率(0を含む)は26.4%で、都府県平均の38.0%を大きく下回り、主として乳牛初妊牛の外部導入により経営を維持・拡大していることが伺われる。

 自家育成型の経産牛頭数は最も少なく、繋ぎ牛舎による飼養管理が82.4%を占めている。その特徴として、(1)担い手確保率が高いこと、(2)粗飼料自給率が高いことから、いわゆる従来型の土地利用型酪農を展開しているものと思慮される。

 育成預託型は粗飼料自給率および担い手確保率が低く、複合経営の比率が最も高い特徴を有し、今後の経営展開において規模拡大には消極的である。乳牛導入型は、フリーストール牛舎・フリーバーン牛舎(注6)を整備し、雇用労働力と乳牛導入により効率的に生乳を生産する、いわゆる企業的な経営が大宗を占めている。この経営群は担い手確保率が高く、今後も飼養頭数規模の拡大を志向するという特徴を有している。

(注4):類型化は、最も比率の高い後継牛確保の方法から行った。同比率の場合は、自家育成、育成預託の順を優先した。

(注5):飼養頭数規模を1〜9頭、10〜19頭、20〜29頭、30〜49頭、50〜99頭、100頭以上に類型化し、担い手確保に
    ついて一元配置:分散分析を行った結果、有意差が認められた(P<0.01)。また、それぞれの確保率は
    小規模経営から0%、13%、20%、40%、73%、82%となり、小規模経営ほど担い手が確保されていないことが伺われる。
    なお、酪農専業経営の担い手確保率は41.7%、複合経営は25.8%であった。また、複合経営の内訳は、水田複合
    経営10.0%、畑作複合経営5.7%、乳肉複合経営3.8%、その他(教育ファーム・乳製品販売・不動産関連)6.3%と
    なるが、水田・畑作複合経営の担い手確保率は20.8%で、都府県の46.3%はもとより、調査対象の平均値38.1%を
    大幅に下回っている。

(注6):フリーストール牛舎:牛を繋がずに、自由に歩き回れるスペースを持った牛舎の形態のこと。 ストールはパイプなどで
    1頭ずつに仕切られているが、どのストールでも自由に出入りして休息できるため、フリーストールと呼ばれている。
    これは、個々の牛の休む場所が混み合わず清潔に保たれ、敷料が少なく済む、給餌場を休息場内に設けられる
    などの利点がある。出典:「畜産大事典」
    フリーバーン牛舎:牛をつながずに、自由に歩き回れるスペースを持った牛舎の形態のことで、フリーストール牛舎と
    違い、一頭ごとに休息できるストールが無い牛舎である。牛は好きな場所でリラックスして横になれる。出典:「畜産大事典」

表1 調査対象の経営概況と3類型間の比較(2013年)
平均値±標準偏差  Wilcoxonの順位和検定を用いた。a、b、c:異なる添え文字を
もつものは項目間で有意差あり P<0.05
注1:家族酪農従事者と家族以外の酪農従事者数である。
  2:専業経営率は、酪農単一経営/全ての経営体である。
  3:担い手確保率は、経営主50歳未満経営+50歳以上で後継者既定の
   比率(無回答を除く)である。
  4:初妊牛導入割合は、後継牛に占める導入頭数の割合,乳牛導入頭数/
   未経産牛頭数である。
  5:経産牛1頭当たり面積とする(0含む)。
  6:繋ぎ牛舎比率は、繋ぎ牛舎/(繋ぎ牛舎+フリーストール牛舎+フリーバーン
   牛舎)とする。
  7:調査時点の5年前(2008年)と比較した経産牛飼養頭数の増減である。

 

 今回の調査結果から静岡県の酪農経営の特徴を示すと、繋ぎ牛舎の比率は自家育成型、育成預託型、乳牛導入型の順で低くなり、粗飼料自給率も低下するが、経産牛の飼養頭数規模はこの順で拡大し、労働力1人当たりの生乳生産性(総出荷量/労働力数)は向上する。また、5年前(2008年)と比較した経営規模の変化において、類型間に経産牛頭数の増減の差がみられたが、拡大・維持・減少のカテゴリーでの差が認められないことから、一部の雇用型大規模酪農経営体が急速に飼養頭数規模を拡大していることが伺われる(注7)

 経産牛の飼養頭数規模と生乳生産量において、自家育成型は育成預託型および乳牛導入型との間で有意差が認められることから、自家育成型は、家族労働力を主とする自己完結型の専業酪農であり、預託育成型、乳牛導入型は搾乳専業的経営といえる。

(2)利用者の預託目的

 各評価項目と総合評価との単相関係数を重要度、各評価項目で「良い」の割合を満足度として、また、平均点は、「全くそう思う」を5点、「ややそう思う」を4点、「どちらともいえない」を3点、「あまりそう思わない」を2点、「全然そう思わない」を1点として算出し、有効回答を得た利用者49名と非利用者37名の預託ニーズを図1、図2に示した。利用者の57.1%は預託育成に満足していると回答し、「経産牛の管理に集中」、「労働力不足の解消」、および「牛舎不足の解消」に対して高く評価している。これは、先に述べた数量的傾向と経営行動を的確に捉えており、育成牛預託は労働力、牛舎収容力の側面で酪農経営を補完しているといえる。重要度偏差値、満足度偏差値の交点と、原点(50,50)との距離を改善度として、利用者、非利用者の育成預託に対する評価を示した(図3、図4)。

 図3から収益性の評価は、総合評価との相関係数(0.52)が高いにもかかわらず、「良い」の比率(59.2%)が低いことから育成度合いにばらつきがみられる点を指摘し、その改善が必要と判断された(改善度7.54、図3に記す矢印)。

 さらに、受胎率が「良い」と評価している利用者は57.1%に止まったことから、受胎率の改善も指摘できる。また、非利用者は、「品質向上」、「受胎率」に対して重要度が高いことから、育成預託を推進するためには、「品質向上」と「受胎率」に対し預託ニーズに応える必要がある。総合評価において、非利用者の32.4%が「良い」と評価していることから、静岡県では、非利用者のうち21戸の酪農家が育成預託を検討していると推察された(注8)

(注7):5年前と比較した経営規模の変化を「拡大」、「維持」、「減少」のカテゴリーに分類し、一元配置:分散分析を行った
    結果、検定統計量のF値(0.11)が棄却域(3.05)に入っていないため仮説(3類型間に差はない)は棄てられない
    ことから、3類型間に差があるとはいえない。

(注8):今回の調査では非利用者(107名)のうち66名(61.7%)が「料金に関わらず利用しない。」となった。静岡県全体
    (254戸)に換算すると171名の非預託者のうち105名は「料金に関係なく預託をしない」となる。残る66名のうち32.4%、
    21名が預託の可能性を占めていることになる。
    254戸×67.3%≒171戸 −(171戸×61.7%)= 66戸 × 32.4% = 21戸

図1 利用者の預託ニーズ
資料:アンケート調査
図2 非利用者の預託ニーズ
資料:アンケート調査
図3 利用者の偏差値CSグラフ
資料:アンケート調査
図4 非利用者の偏差値CSグラフ
資料:アンケート調査
図5 預託料金および支払い許容額
資料:アンケート調査

(3)預託料金に対する評価

 図5は、利用者の預託料金と非利用者の支払い許容額を示したものである。利用者の預託料金の平均は1頭当たり533円/日となった。非利用者107名に対し、育成牛預託を検討する場合の支払い許容額を尋ねたところ、37名の有効回答を得た。13戸は550円/日(静岡県の公共牧場の預託料金)以上と回答しているが、過半数はこれ以下の許容額を示し、全体は473円/日であった。また、料金に関係なく利用する意思のない酪農経営は66戸となり、自家育成の有利性を唱える自家育成型と、交雑種生産により乳牛後継牛を生産しない乳牛導入型のそれぞれの経営方針の表れとみることができる。

(4)小括

 静岡県の酪農経営は、自家育成型は戸数において過半数を占めているが、相対的には乳牛導入に依存する経営形態である。育成預託型の3割が複合経営で、担い手確保率は極端に低く、これらの経営体に預託ニーズが集中しているが、静岡県全体の預託ニーズは想定していたほど多くない。また、預託ニーズは労働力に対して頭数集約的な経営で確認されたが、飼料作地面積に対しては認められない。預託ニーズが少ない要因として、効率的稼動の実現や操業効率を重視する雇用型大規模酪農経営体の交雑種生産の増加が挙げられる。県内の交雑種分娩頭数比率は61.6%となるが、北海道の18.7%はもとより、都府県の48.1%を大幅に上回っている(注9)。この比率は、都府県の分娩頭数の多い序列で最も高いことから静岡県の酪農経営の特徴は、乳牛導入と交雑種生産の2つに集約できる。昨今では、(公社)静岡県畜産協会が運営管理する天城哺乳場・放牧場の受託頭数が漸減しているが、このような事情が大きく影響していることも示唆されてくる(注10)

 以下では、2008年に受託業務を停止した組合管理の公共牧場に焦点を当て、静岡県における公共牧場の存立要件を提示する。

(注9):農林水産省「畜産統計(平成25年2月1日現在)」を参照のこと。

(注10):天城哺乳場・放牧場の平成23年度の受託延べ頭数は14万1275頭、平成24年度は12万7510頭。
     (公社)静岡県畜産協会「平成24年度静岡県家畜共同育成場事業報告」を参照のこと。

3 公共牧場の存立要件

(1)調査対象の概況

 農事組合法人育成牧場H組合(以下、「H公共牧場」という。)は、静岡県富士宮市北端に位置し、西富士開拓地域最大となる57.7ヘクタールの牧草専用地を管理する組合管理の公共牧場であった(注11)。開設当初からまき牛方式の周年受託形態を採り、1990年からは黒毛和種のみを供用していた。1993年に静岡県公共牧場の指定を受け、生後9カ月齢から分娩する2カ月前までの1年余りを受託して農家に返すのが標準的な運営であった。一日平均受託頭数は、受託業務を停止した2008年には143頭まで減少したが、それ以前は平均して250頭以上であり、組合員の預託料は1頭当たり525円/日、組合員以外は575円/日であった。組合員の地区(以下、「H地区」という。)では、1993年には28戸の酪農家が営農していたが、2013年には16戸まで減少している。2013年の1戸当たりの飼養頭数は86.4頭であり、西富士開拓地域において最も多頭化が進んだ地区である。16戸の酪農家のうち、年間に必要な初産分娩牛の50%以上を自家生産する戸数はわずか9戸(56.3%)であり、静岡県の78.7%(118戸/150戸)を下回っている(注12)。また、未経産牛/経産牛比率(0を含む)は21.5%である。これは、静岡県全体の平均値26.4%と比較しても相当低く、外部導入を中心に後継牛を確保していることが伺われる。また、労働力1人当たりの経産牛飼養頭数は22.4頭、生乳生産量は189.5トンと多く、労働生産性が著しく高い地区といえる。

(注11):H公共牧場の沿革は、大規模草地改良事業(1964〜66年)による草地造成および放牧施設などの設置を契機に、
    組合員34名、出資金410万円により、地域の共同育成牧場として発足したことにある。その後、畜産基地建設
     事業  (1983〜88年)により250頭収容可能な育成牛舎が整備された。

(注12):西富士開拓地域の酪農経営の推移は表2の通りである。

表2 西富士開拓地域における酪農経営の動向
資料:富士開拓農業協同組合および農林業センサス
  注:飼養頭数は2歳以上の乳用牛

(2)H公共牧場の閉場要因

ア 経営収支

 過去20年間の受託事業と損益・貸借の推移を表3および図6、図7に示した。H公共牧場の延べ受託頭数は1997年度の11万9268頭をピークに、受託停止が決議された2007年度には8万9947頭まで減少した。これはH地区の農家戸数の減少と一致し、2001年には組合員外の受託頭数が組合員のそれを上回っている。受託頭数を確保するため新たに専従者を雇用したことで支払い給与は増加している。また、2008年は所有農地5ヘクタールを売却したことによる固定資産処分損が発生し、当期損失は825万円となっている。同年10月より受託牛は天城放牧場へ転牧され、2009年度より施設および牧草専用地を貸与しているが、受託業務停止以降の主な収入はこれらの賃借料である。貸借対照表の推移を概観すると、1992年度の団体営草地畜産基盤総合整備事業において、草地造成と牡牛舎、パドックの補完工事を施し、固定資産評価は上昇したが、2002年度に所有草地10ヘクタール、2007年には8ヘクタールを売却しているため、2012年度の資産総額は1億270万円に低下している。

表3 経営収支および損益と資産の推移
資料:各年度の通常総会資料
図6 年度別預託者別延べ預託頭数と構成比の推移
資料:各年度通常総会資料
図7 運営・資産の変動(1992年の値を100として)
資料:各年度の通常総会資料

イ 調査結果の概要

 以下では、前掲の分析方法を用いて、H地区16戸のデータを分析し、組合員の特徴を明らかにした。

 各類型間の経営の特徴は、静岡県を対象にしたアンケート結果と同じ傾向を示している(表4)。H地区の自家育成型は担い手確保率が高く、草地面積は十分確保されている自給的な経営である。草地面積において有意差が認められ、後継牛確保の方法を決定付ける要因と推察された。また、担い手確保率に統計的差異が認められないが、後継者が確保されている経営体は自家育成を積極的に行い、後継者の未定または確保されていない経営体は、主として乳牛初妊牛を導入する傾向が示され、静岡県全体の傾向とやや異なる結果となった。

(3)小括

 組合管内の乳牛雌子牛の減少は、受託頭数の減少をもたらすことから、組合管理による公共牧場の存立要件は、その組合員自らの後継牛生産と育成牛預託が前提となることが示唆された。近年、H地区は1戸当たりの飼養頭数規模が急速に拡大しているが、交雑種生産により後継牛の自家生産頭数は減少している。その結果、H公共牧場への受託頭数は減少し、これに対処するため組合員外の受託頭数が増加したのもこの時期である。さらに酪農に従事する組合員数の減少は、役員の担い手減少を引き起こし、多頭化する酪農経営の労働力の側面で極度な負担となっている。換言すれば、組合員のための公共牧場という役割を果たすことができない状況に陥り、受託業務を停止したと考えられる。牧野組合による牧草地所有の枠を越えた、地域全体としての公共牧場の設置が求められる。

表4 H地区の調査対象の経営規模と3類型間の比較(2013年)
平均値±標準偏差  Wilcoxonの順位和検定を用いた。
a、b、c:異なる添え文字をもつものは項目間で有意差あり P<0.05
注1:家族酪農従事者と家族以外の酪農従事者数である。
  2:担い手確保率は,経営主50歳未満経営+50歳以上で後継者既定の比率である。

4 おわりに

 酪農経営の展開は土地基盤と牛舎収容力に規定され、労働生産性の向上、資本・設備高回転の操業が必要不可欠になる。2000年以降は、全国各地で家族経営規模を超える雇用型大規模酪農経営体が形成されたが、その多くは乳牛初妊牛の導入により維持・拡大している。これらの経営体は、主として交雑種生産により、その子牛販売代金を乳牛導入資金に充てて経営を稼動している。しかし、乳牛初妊牛価格は高騰を続けており、後継牛確保は重要かつ火急の課題であることを認識しなければならない(注13)

 後継牛確保において、自家生産された育成牛の初産分娩までの生産費は、最も安価であり、従来型の酪農経営は飼養頭数規模の拡大に頼らず、自家育成によって経営費の節減に努めている(注14)。しかし、1戸当たりの飼養頭数規模は、さらに拡大することが推察され、今後は自家育成を行う余裕はなくなる。自家育成を行う経営を支援する一方で、飼養頭数規模を拡大した経営の選択肢として、預託ニーズに応える公共牧場を整備することが肝要である。また、一部の公共牧場で、黒毛和種のまき牛方式を採用しているが、妊娠牛率は決して高くない(注15)。時代の趨勢を考慮すると、妊娠をまき牛に頼るのではなく、発情観察と繁殖技術を駆使し、妊娠牛率を向上させることが求められる。

 今回の委託調査研究から、静岡県の後継牛確保の実態を明らかにしたが、如何なる場合でも乳牛雌子牛の生産は必須となる。しかし、静岡県には、経営を維持するための乳牛雌子牛が存在していない。公共牧場は、酪農家の雌子牛生産の上に成り立っていることからも、預託ニーズのある性判別精液の人工授精や性判別受精卵の移植技術を取り入れるなどして効率的に雌子牛を生産することが今後の課題となる(注16)

(注13):北海道の乳牛初妊牛取引価格は、平成20年以降高騰している(図8)。

図8 乳牛初妊牛取引価格の推移
資料:北海道農政部、ホクレン調べ

(注14):自家育成された乳牛初妊牛の生産費は、導入する乳牛初妊牛価格の63.7%となり、自家育成の有利性が
     報告されている。詳しくは長田雅宏・小渕智子・牛島仁・小澤壯行(2013)「酪農経営における自家育成牛生産費と
     能力評価に関する研究」『農業経営研究』日本農業経営学会、第51巻、第2号、pp.43-48。を参照のこと。

(注15):H育成牧場のまき牛による妊娠牛率(3回目の妊娠鑑定まで)は89%となり、受胎率は50%と推定される。

(注16):天城哺乳場・放牧場は、人工授精する精判別精液価格の3分の1を補助し、乳牛雌子牛の確保に努めている。


謝辞

 本報告をまとめるに当たり、(公社)静岡県畜産協会の土屋純夫氏、JA静岡県経済農業協同組合連合会会員の皆様にはアンケート調査実施に多大なる協力をいただいた。

 また、静岡県の酪農家様には改めて敬意を表すとともに、多忙にもかかわらず調査にご協力をいただいたこと、記して感謝の意を表したい。


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