海外情報  畜産の情報 2015年1月号


豪州の生乳取引の仕組みと
乳業メーカーの動向

調査情報部 根本 悠


【要約】

 豪州の乳業メーカーは近年、生乳生産が伸び悩む中、各種奨励策を実施して生乳獲得に腐心する一方、牛乳・乳製品の製造販売においても厳しい競争を繰り広げ、合併・買収、設備投資、安価なPB牛乳の製造への参入などを進めている。堅調な国際需要を背景に生乳生産の増加が関係者の間で期待される中、酪農家が自らの判断で生乳の供給先を決定する豪州においては、「酪農」と「乳業」が一体となった取り組みが、これまでにも増して重要となっている。

1 はじめに

 今から20年前、豪州とニュージーランド(NZ)の生乳生産は同程度であった。しかし、20年という歳月を経た今日、豪州の生乳生産は、NZの約半分であり、世界第4位の乳製品輸出国の地位も、アルゼンチンに追われる可能性すら危惧されている。そうした中、豪州国内では、労働コストや飼料コストの上昇に加えて、高齢化や離農が問題となっている。

 しかしながら、豪州の酪農乳業は暗い側面だけではない。豪州では、乳業メーカー間の激しい市場競争が見られ、海外資本の参入も活発である。これらは豪州の酪農乳業の産業としての健全性と潜在能力の証左にほかならない。その根幹にあるのは、酪農部門の生産拡大を促進する豪州の生乳取引の仕組みと、乳業部門の販売拡大を誘引する国内外マーケットの情勢にある。

 本稿では、はじめに豪州の酪農乳業の概要を確認したうえで、豪州の生乳取引の仕組みを詳述し、さらに、熾烈な競合のもと、市場拡大を目指す豪州の乳業メーカーの戦略に焦点を当てたい。

 なお、本稿中特に断りのない限り、豪州の年度は7月〜翌6月であり、為替レートは、1豪ドル=103円(2014年11月末日TTS相場102.71円)を使用した。

2 酪農乳業の概要

(1)酪農の概要

 豪州の酪農は、放牧が主体であることから、気象条件に大きく影響される。生乳生産は、2000年代以降、干ばつの影響から伸び悩み、小麦や乾草など補助的な飼料給与が増加し、一部地域ではかんがい施設の整備も進んでいる。また、その乾燥した気候から、広大な国土に比して酪農が可能な地域は限られている(図1)。最も酪農が盛んな地域は、豪州全体の約3分の2の生乳を生産するビクトリア(VIC)州であり、その約9割は輸出に仕向けられている。一方、VIC州に次ぐ生産地域であり、豪州最大の都市シドニーを有するニューサウスウェールズ(NSW)州は、生産された生乳の約7割は飲用乳向け、さらに約2割は国内消費用乳製品向けとなっており、輸出仕向けはわずか1割程度である。

図1 豪州の酪農地域
資料:デーリー・オーストラリア(DA)の資料をもとに機構作成

 2013/14年度の豪州の生乳生産量は、923万8700キロリットル(951万5900トン相当)である。これは、平成25年度(2013年度)の日本の生乳生産量744万7000トンの約1.3倍に相当する。このうち、3割弱が飲用乳、同じく3割弱が国内消費向け乳製品に仕向けられ、残りの4割超が輸出向け乳製品に仕向けられている(図2)。

 豪州の酪農乳業は、輸出に特化している印象が強いが、実際には半分以上の生乳は国内で消費されている。その一方、豪州は人口が2300万人と日本の5分の1程度しかなく、生乳生産量と比較して国内消費が少ないため、NZ、EU、米国に次ぐ世界第4位の乳製品輸出国となっている。

図2 豪州の生乳需給構造(2013/14年度)
資料:DA資料をもとに機構推定
  注:年度は7月〜翌6月
参考 日本の生乳需給構造(平成25年度)
資料:農林水産省

(2)乳業の概要

 豪州の大手乳業メーカーの概要は、表1のとおりである。

 最大手のマレーゴールバン(MG)社は、国内・輸出双方に向けて幅広い乳製品を供給している。MG社に次ぐ業界第2位のフォンテラ社は、NZ最大手の酪農協系巨大乳業メーカーであり、乳製品の生産を主体として、豪州国内においても事業を展開している。一方、業界第3位のライオン社は、飲用乳主体の乳業メーカーであり、日本の飲料メーカーキリン社の子会社でもある。さらに、ワーナンブール・チーズ&バター(WCB)社、パルマラット社、ベガ社と続いており、この6社で豪州全体の集乳量の約9割を占めている。

表1 豪州の主な乳業メーカーの概要
注1:集乳量は、各社HPなどより、各社の公表しているもののうち、直近年度のものを掲載。
   一部概算、推定などを含む。
 2:販売収入は、各社HPなどより、各社の公表しているもののうち、直近年度のものを掲載。
   フォンテラ社は豪州事業のみの数値が取得できないため記載なし。ライオン社は
   他の部門(飲料)と区分けされた数値の取得ができないため、記載なし。パルマラット社は
   同社の豪州事業における販売収入を記載。
 3:生産者乳価は、2013/14年度の加工向け処理地域(VIC州など)の代表的な価格。
   一部推定を含む。

3 生乳取引の仕組み

(1)生乳取引の概要

 次に、豪州の生乳取引の仕組みについて見ていく。

ア 各酪農家の判断による供給先の決定

 豪州における生乳取引の仕組みは、日本と異なるところが多い。豪州では、各酪農家は完全に独立した経営体であり、各乳業メーカーの提示する乳価や諸条件を比較検討し、自らにとって最も有益な供給先(乳業メーカー)を決定する。そのため、隣り合う酪農家の供給先が異なることは当然であり、酪農家が、年度によって供給先を変えることもめずらしいことではない。さらに、まれではあるが、乳代の支払遅延など著しい事態が生じた際は、年度途中の変更すら行われる。

イ 地域ごとの乳価設定

 豪州では、日本のように「飲用向け」や「加工向け」といった用途別に乳価が決められ、取引される仕組みはないが、各乳業メーカーは、自らの集乳地域に応じた乳価を設定している。都市部周辺において主に飲用向けに生乳を処理している乳業メーカーの乳価は、加工向けを主体とした乳業メーカーに比べ総じて高い(図3)。これは、日本において、都府県の乳価が北海道より高いという状況と同様である。また、集乳地域が、飲用処理向け主体と加工処理向け主体の地域にまたがっているMG社などは、地域ごとに異なる乳価を設定している。

 なお、図3において、2007/08年度および2013/14年度はすべての州の乳価がほぼ等しくなっているが、両年度はともに乳製品国際価格が高騰した年であり、そうした場合、加工処理向け主体地域の乳価は直接的に大きく上昇するものの、飲用処理向け主体地域では、影響が少ないため、結果的にすべての州で乳価が均衡すると考えられる。

図3 豪州の州別生産者乳価の推移
資料:DA
  注:年度は7月〜翌6月

(2)乳価の決定方法

 ア 乳価の決定要因

 生乳取引の前提として、豪州は放牧が中心であり生産コストが低いため、乳価の水準は日本より低く、また、日本では飲用処理向けが主体であるため、生乳1キログラム当たりで取引されているが、豪州では加工処理向けが主体であるため、乳固形分1キログラム当たりで取引されているという相違がある。

 乳価の決定方法について、乳業メーカーにより状況は異なるが、豪州では、一般的に酪農家と乳業メーカーとの乳価交渉ではなく、年度初めに各乳業メーカーから、一方的に乳価は提示される。このとき、MG社やWCB社などでは、経営陣に酪農家も参画しており、酪農家の側に立った意見を踏まえて、乳価は決定される。特に、MG社のような酪農協系の乳業メーカーにとっては、乳価を引き上げ、組合員酪農家の利益を最大化することは、経営陣の最大の使命であり、組合員酪農家の要求を満たすような、可能な限り高い乳価の設定を目指している。

 次に、豪州の乳価の決定要因について見てみると、日本では、日本国内の酪農乳業に係る需給動向や生産コストの動向などを総合的に勘案して乳価交渉が行われるが、豪州で決定的に重要な要素は、乳製品の国際価格である。日本においても一つの指標であろうが、乳製品の約4割を輸出に仕向ける豪州では、その重みは大きく異なる。そのため、乳製品の国際価格が高ければ、乳価も高くなり、低いときは逆の結果となる。つまり、個々の酪農家や乳業メーカーにとって、自らがコントロールし得ない要素によって乳価が決定・受容されていることになる。

 なお、飲用処理向けが主体の乳業メーカーであっても、乳価決定に際し乳製品国際価格の影響を受ける。基本的な考え方としては、加工処理向け地域の乳価を基準とし、これら地域から生乳を飲用処理向け地域に輸送した場合のコストを勘案して、乳価が決定される。

 イ 乳価の確定

 年度当初、多くの乳業メーカーは暫定的な乳価(初期乳価)と、年度全体の最終乳価見込みの2つを発表する。前者は「年度当初時点の需給動向から判断した暫定的な乳価」であり、後者は「1年間の需給動向を予測した上での最終乳価の見込み値」といった意味合いである。

 そして、各乳業メーカーは、初期乳価を比較的低めに設定し、乳製品国際価格を勘案しつつ、通常3〜4回引き上げ(まれに引き下げ)を行い、この改定は、年度当初まで遡及される。そして、年度終了後に最終的な乳価が決定されるという仕組みである。日本では、乳価が年度途中に改定されることはほとんどないが、豪州では、変動の激しい乳製品の国際価格に左右される以上、年度当初に確定するのは困難であるため、この方法が取られている(図4)。

 以上の豪州の生乳取引の仕組みを日本との比較の上でまとめると、表2のとおりである。

図4 豪州の乳価の確定過程
資料:DAなど資料をもとに機構作成。
  注:豪州における一般的な過程を示したものであり、細部は各社により異なる。
表2 豪州と日本の生乳取引の比較
資料:機構調べ

(3)乳価と生乳獲得競争

 酪農家は、より条件の良い乳業メーカーへと生乳の出荷先を容易に変更し得る。また、近年、生乳生産は伸び悩んでおり、生乳の確保は乳業メーカーの必須の課題となっている。このため、乳業メーカーは、より多くの酪農家を傘下に収めるため、いかに好条件の乳価を提示するかが重要となっている。

ア 頻繁な乳価の引き上げ

 通常、豪州の乳業メーカーは、年度内に3〜4回の乳価引き上げを行う。しかし、乳製品国際価格が高騰した2013/14年度は、MG社は6回、フォンテラ社は7回、乳価の引き上げを行っている。

 この結果、MG社の支払乳価は、過去最高の乳固形分1キログラム当たり6.81豪ドル(701円、1リットル当たり51セント(53円)程度)、フォンテラ社の支払乳価は同6.95豪ドル(716円、1リットル当たり54セント(56円)程度)と、ともに記録的な高値となった。豪州の乳業界では、長年、最大手のMG社が競合他社を上回る乳価を設定し、集乳量、乳価ともに業界をリードしてきた。しかし、2013/14年度においては、業界第2位のフォンテラ社は、MG社を上回る乳価を設定するなど、積極的な酪農家獲得へ向けた取り組みを進めている。

表3 豪州の乳業メーカーの乳代支払に係る奨励金および支払バリエーション(一例)
資料:各社HPなどをもとに機構作成 
  注:本表は一例を提示したものであり、実際には上記と同様の手法で他社において
    行われているものもある

イ 乳価設定における奨励策

 乳業メーカーは、単に乳価を引き上げるだけでなく、酪農家の確保、新規獲得に向けて、乳代支払に係る奨励金や支払方法のバリエーションを提示している(表3)。

 これらの取り組みは大きく3つに分類される。

 1つ目は、増産の促進であり、MG社の増産に対する追加支払や、WCB社の長期契約がこれに該当する。特にMG社のフラットミルク奨励金は、季節繁殖(搾乳)システムが当然であった豪州の加工処理向け地域において、生産システムそのものの変化を促す取り組みといえる。

 2つ目は、乳価の変動リスクを低減する取り組みであり、フォンテラ社の固定基本乳価や、ライオン社の年間固定価格モデルなどが該当する。これらは、変動の激しい乳製品国際価格に乳価が左右されるという、豪州の酪農家にとって避けがたい経営リスクをヘッジするシステムである。各乳業メーカーは、乳価を固定することで、酪農家に安心感を与え、経営の維持・拡大を促している。

 3つ目は、長期的な供給契約を包含していることであり、ライオン社の3年間固定価格モデルやWCB社の長期契約がこれに該当する。これらは、業界の激しい競合や、不安定な気候変動を踏まえ、各乳業メーカーが長期安定的に生乳の供給元を確保する必要性に迫られていることを示している。

 これら3つに分類した奨励金および支払バリエーションの基本的な考え方は、「不安定な価格変動に起因する酪農家の経営リスクを低減することで、酪農家の信頼を勝ち取り、安定的な生乳の供給元を確保すること」にあると言える。

 また、通常の乳代は、すべての酪農家に対して、隔週程度の頻度で支払われるが、これらの取り組みは、希望する酪農家に対して適用されるものが多く、実際の支払時期は各奨励策により異なる。

(4)乳価の推移

 次に、実際の豪州の乳価の推移を見ていく(図5)。既述のとおり日本と比較すれば低いものの、近年は上昇傾向にある。これまで豪州の酪農は、放牧主体であるため低コスト経営であったが、近年の干ばつを経て、大半の酪農家は、牧草以外の補助的な飼料給与を行っており、低い乳価の前提が変化しつつある。これは、国際的な乳製品需要の高まりから、乳製品国際価格が高騰する中、飼料コストを増やしても乳量を確保した方が良い、との考えも背景にあると思われる。

図5 乳製品国際価格および乳価の推移
資料:DA、豪州農濃林業省(ABARES)
  注:年度は7月〜翌6月

 2013/14年度の乳価について見ると、前年度の主要乳製品輸出国の生乳生産の減少、中国など新興国における乳製品需要の高まりにより、年度前半の乳製品の国際価格が記録的な高値となったため、1リットル当たり50セントと大幅に上昇した。

 一方、2014/15年度の乳価は、主要乳製品輸出国の生乳生産の回復と中国の乳製品需要の緩和から、前年度後半に乳製品の国際価格が一転して下落傾向となったことを受け、下落局面にある。MG社は、通常、年度途中に数回行う乳価引き上げの可能性は低いとしており、業界では、年度内の引き下げも噂されている。しかしながら、興味深いことに、乳価の引き下げについて、表立って抗議の声が上がることは少ない。豪州の酪農家の間では、不安定な乳製品国際価格の影響が避けられない生乳取引の構造について、「乳価は変動するもの」という認識がある程度共有されているように見受けられる。

4 最近の乳業メーカーの動き

 豪州の乳業界では、生乳獲得という供給面の競争だけでなく、販売面においても、堅調な国内の牛乳・乳製品消費と、中国や東南アジアなどの乳製品需要の急増を背景に、競争が活発化している。こうした各乳業メーカーの動きについて、乳業の合併・買収、乳業工場への設備投資、PB(プライベート・ブランド)牛乳の製造の3つの視点から見ていく。

(1)乳業の合併・買収

 近年、豪州の乳業界においては合併・買収をめぐる動きが活発化している(表4)。特に、WCB社の買収合戦は、2013年9月から2014年1月まで半年近くに及び、乳業界をにぎわせた。最終的には、豪州国内のMG社やベガ社の買収案は退けられ、最も高額の買収額を提示したカナダの大手乳業メーカーサプート社が、WCB社の株式の約9割を取得することとなった。その一方、もともとWCB社の株式を所有していたMG社とベガ社は、ともに9000万豪ドル(92億7000万円)程度の株式売却益を得たとみられている。

 このほかにも、フォンテラ社によるヨーグルトメーカーの資産買い取り、パルマラット社の西オーストラリア(WA)州の乳業メーカーの買収、香港の資本による中小の乳業メーカーの買収が相次いでいる。

(2)乳業工場への設備投資

 豪州の乳業界では、アジア諸国や豪州国内の堅調な牛乳・乳製品需要を背景に、乳業工場への新たな設備投資も盛んに行われている(表5)。特にWCB社の株式売却益を得たMG社は、アジア諸国向けの粉ミルクやチーズなどの製造施設を中心に投資を拡大するとともに、シドニーやメルボルン近郊において、国内消費向けの牛乳工場を新設している。同じくWCB社の株式売却益を得たベガ社も、アジア諸国向けを中心に粉ミルクの生産強化を進めている。また、フォンテラ社は、MG社と同様にメルボルン近郊において、国内消費向けの牛乳工場の増強を行っており、今後の牛乳・乳製品の製造販売拡大への布石が打たれている。

表4 豪州の乳業メーカーの合併・買収の動向(主なもの)
資料:DAおよび各社HPをもとに機構作成
表5 豪州の乳業メーカーの乳業工場への設備投資
資料:DAおよび各社HPをもとに機構作成
  注:投資額は各社HPにもとづく概算

(3)PB牛乳の製造

 ここまでは、主に豪州の輸出市場をめぐる動向について見てきたが、MG社やフォンテラ社は、堅調な国内消費を背景に、輸出市場だけでなく国内市場も重視する戦略を取り始めている。中でも最近注目されているのが、大手スーパーマーケットの低価格PB牛乳の販売競争である。

 豪州の牛乳消費は、年間1人当たり107リットルと、日本(同30.8キログラム)の3倍以上の水準にある。そうした中、2011年、豪州の2大スーパーマーケット「ウルワース」と「コールズ」は、1リットル=1豪ドル(約100円)の低価格PB牛乳の販売競争を開始した。これにより販売数量はここ4年増加し、牛乳消費量を押し上げている(図6)。

 そのため、MG社、フォンテラ社の2大乳業メーカーは、ライオン社、パルマラット社などの主要マーケットであった飲用乳市場に本格的に参入を開始した。その結果、2014年10月現在、MG社、フォンテラ社はシドニー、メルボルンという大都市を有するNSW州、VIC州において、2大スーパーマーケットとそれぞれ10年に及ぶPB牛乳の製造委託契約を締結している(表6)。

 一方、こうしたPB牛乳の低価格競争は、川上への値下げ圧力を伴うものであり、酪農家、乳業メーカーにとっては、好ましいものではない。豪州の酪農家の団体である豪州デーリーファーマーズ(ADF)は、低価格PB牛乳に対して、「一貫して明確に反対する。“1リットル牛乳”はとても持続可能な価格ではなく、酪農家はもちろんサプライチェーン全体にとって受け入れられるものではない。」としている。とりわけ、QLD州やNSW州北部の酪農家は深刻な影響を受けている。これらの地域では、ただでさえ干ばつにより生産コストが上昇している中、飲用処理向けが主体であるため、近年の乳製品国際価格上昇の恩恵は直接的に受けない一方、低価格PB牛乳に起因する値下げ圧力を直接受けるため、厳しい状況にある。

図6 NB(ナショナル・ブランド)牛乳とPB牛乳の販売動向
資料:DA
  注:年度は7月〜翌6月
表6 豪州のPB牛乳の製造契約の動向
資料:DAおよび各社HPをもとに機構作成

(4)まとめ

 最近の豪州の乳業界は、生乳生産が伸び悩む中での生乳獲得競争、一部大都市に集中する国内市場での飲用乳価格競争、世界的乳業メーカーが集中する新興国市場の需要獲得競争といった豪州特有の厳しい競合環境に置かれている。

 しかし、見方を変えると、こうした競合環境は、豪州の酪農乳業が有する潜在性の証左にほかならない。生乳生産は伸び悩むとはいえ、世界有数の乳製品輸出国であり、生産コストはEUや米国に比べ安い。また、中国や東南アジアという輸出マーケットに近いという地理的優位性も有している。さらに、TAS州など酪農を新規開拓する土地が残されている上、小麦を中心に飼料作物の生産基盤もある。これらの豪州の酪農乳業のもつ潜在性が、乳業メーカーの設備投資の拡大や海外資本の参入を呼び込み、さらなる乳業界の競合をもたらしている。

中国への牛乳(フレッシュミルク)輸出

 豪州の乳業メーカーは、低価格牛乳だけでなく、中国向けに高価格牛乳も販売している。

 2014年3月、NSW州北部の飲用乳中心の乳業メーカーノルコ社は、空輸により、牛乳(フレッシュミルク)を搾乳から7日で中国の家庭に届ける新たなビジネスを確立した。豪州は、東南アジアや中国向けにわずかながら牛乳を輸出しているが、その大半はLL牛乳であり、フレッシュミルクの輸出は画期的な取り組みとして話題になっている。ノルコ社の牛乳輸出は、当初、中国の検疫当局の厳しい規制や検査に要する時間の問題から難航していた。しかし、ノルコ社は、NSW州の酪農団体や輸出コンサルタントとの連携のもと、流通システムを見直し、また、中国の検疫当局との1年以上に及ぶ交渉の末、検疫手続きの迅速化を進めるとしたことで、ついに輸出が可能となった。

 ただし、ノルコ社が見据える市場は中国の高所得者層であるため、その価格は、1リットル当たり800円前後と高い。中国では、2008年のメラミン混入事件以降、国内産の牛乳乳製品の評判は芳しくなく、十分な購買力を有する高所得者層は、好んで輸入乳製品を消費している。このため、ノルコ社は、向こう1年間で自社の集乳量の1割以上となる2万キロリットルを輸出するとしている。

 国内向けの100円牛乳に対し中国向けの800円牛乳、豪州の牛乳の価格帯は実に幅広い。

5 おわりに

 冒頭にて「20年前、豪州とNZの生乳生産は同程度であった」と記した。しかし、そこに大事な一文が抜けていた。「日本も同程度であった」のである。

 日本と豪州の酪農乳業については「消費構造や生乳取引形態、ひいては飼養規模や生産コストなど、あまりに違いが大きく、比べるのも困難」と言われることが多い。確かにそれは事実であるが、「乳業」がいかに「酪農」の生産拡大を誘引し、いかに「酪農」がそれに応えるかが「酪農乳業」全体の発展につながるという点に何ら違いはない。その意味では、豪州の乳業メーカーが乳価の決定方法などを通じて、いかに生乳生産の拡大を促進しているかは、示唆に富む好例である。また、豪州の乳業メーカーが激しい競合にさらされながらも、国内外の有望市場を見極め、積極的な投資拡大を進めている点も興味深い。そしてそこには、生乳獲得競争の激しい豪州で、投資の見極めに失敗すれば、酪農家の「信頼とミルク」を失うという責任とある種の健全性が伴っている。見方を変えれば、「酪農」はただ乳を搾るのではなく、どこに供給するとどう販売されるのか、「乳業」の戦略にきちんと目を配る責任があるのである。このように見ると、豪州における「酪農」と「乳業」の関係は、相対する存在であると同時に、お互いの動向や戦略に関心を持ち、一体的に酪農乳業の発展を目指すことの重要性を示唆しているといえる。


 
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