【要約】
北海道の養豚経営においては、豚肉の高付加価値化が焦眉の課題となる中、6次産業化による大消費地圏への販売展開が注目されている。養豚を地域振興の中心の1つに据える北海道森町では、A−FIVEによる経営支援が、地元企業の鰍ミこま豚によるブランド化の展開に大きな貢献を果たしていることが明らかになった。
1 はじめに
目下、わが国の農政において、農林水産業の産業としての強化を図る「産業政策」と、多面的機能の維持・発揮のための「地域政策」を両輪とする施策の展開が図られている。とりわけ「産業政策」においては、輸出拡大や農林漁業の6次産業化の推進が強調され、内閣に設置された農林水産業・地域の活力創造本部による「農林水産業・地域の活力創造プラン」〔1〕において、6次産業化の推進が明確に示されている。そこでは、「農林漁業の成長産業化のためには、市場を意識し、消費者の需要に応じて農林水産物を生産・供給するとの発想(マーケットインの発想)による、需要と供給をつなぐバリューチェーンの構築が不可欠である」とされており、展開する施策の第1に、2013年2月に設立された農林漁業成長産業化ファンド(以下「成長産業化ファンド」という。)の出資案件の形成促進が掲げられている。言うまでもなく、株式会社農林漁業成長産業化支援機構(以下「A−FIVE」という。)が出資母体である。A−FIVEの設立の経緯や機能の詳細については、永木〔2〕を参照されたい。
本稿では、2014年5月、道内畜産業で初めての案件(注1)としてA−FIVEによる出資が実行された株式会社ひこま豚(以下「鰍ミこま豚」という。)を事例として取り上げ、道産豚肉の高付加価値化やブランド化が焦眉の課題である北海道養豚において、成長産業化ファンドを活用して6次産業化を進める養豚経営の実態と課題について考察したい。
注1:2015年5月末現在、全国で59件の6次産業化事業体への出資が決定している。このうち畜産関係案件が
17件となっている(A−FIVE 資料〔3〕)。
2 北海道における6次産業化支援の意向とその動向
ここでは、わが国屈指の食料供給基地という位置づけにある中、農業生産だけにとどまらない北海道の一次生産者への6次産業化支援の意向とその動向について検討する。
北海道農政部食の安全推進局食品政策課では、課内に「6次産業化推進グループ」(8名体制)を置き、同グループを中心に道経済部との連携の下、一次生産者の所得向上や雇用創出を目的とした6次産業化の一層の支援強化に取り組んでいる。同グループには、北海道銀行および北洋銀行から職員を迎え入れている。道は、北海道経済発展のための重点政策の1つとして、「食産業立国」の推進を掲げており、一次産品のブラッシュアップ、商品開発への支援、全国のバイヤーが集う商談会の場での販路拡大などの取り組みを行っている。これらを通じて道産農産物の一層の付加価値の向上を図っている。
公益財団法人北海道中小企業総合支援センターは、道からの委託を受け、北海道6次産業化サポートセンターを開設している。そこでは、(1)6次産業化に関するさまざまな個別相談への対応、(2)人材育成を目的とした研修会の開催、(3)販路開拓を目的とした展示交流会(展示商談会)の開催などが実施されている。道としては、成長産業化ファンドの積極的な活用を促進するため、その仕組みの周知に努めているところである(注2)。案件形成を促進させるべく、関係者一体となっての6次産業化の推進が、今後とも重要な課題となっている。
注2:2015年5月末現在、A−FIVEの出資が決まっている道内の6次産業化事業体の案件は、本事例の「ひこま豚」を含む
4件となっている(A−FIVE資料〔3〕)。
3 北海道における養豚経済の概況
(1)養豚生産・流通の動向
本節では、北海道の養豚経済の概況を検討する。まず、養豚生産の動向について見てみよう。一般社団法人北海道養豚生産者協会の資料によると、2012年における北海道畜産の産出額は5417億円であり、このうち肉豚は343億円で、全体の6.3%を占めている。
また、北海道における肉豚の飼養頭数も、中小規模生産者の廃業などにより減少傾向にあり、農林水産省「畜産統計」によると、2014年は62万1000頭と全国の6.6%を占めた(表1)。近年、大規模化が進展し、1戸当たり飼養頭数は2665.2頭であり、全国平均の1.4倍になっている。戸数、頭数とも北海道では2000頭以上層の占める割合が相対的に高いことも特徴で、道内で新たに大規模に展開する生産者には、道内出身者だけでなく、東北などから転入してきた生産者も多い。
表1 全国および北海道における肥育豚飼養頭数規模別の分布(2014年2月1日調査) |
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資料:農林水産省「畜産統計」
注1:学校等の非営利団体及び肥育豚を飼養していない一般飼養者(農家など)を除いた数値である。
2:1戸当たり飼養頭数は、畜産統計の数値を基に算出。 |
次に、流通動向について見てみよう。北海道「と畜検査頭数調べ」によると、道内の肥育豚の年間と畜頭数は、近年100万頭前後で推移しており、2013年は110万2000頭と全国の6.5%を占めた。北海道全体で需給を捉えると、生産が消費を上回り、余剰分が道外に流通している。なお、現在では、都府県への生体流通はほとんどなくなっており、枝肉(懸垂運搬)あるいは部分肉として流通しているのが実態である。
(2)豚肉の消費動向と養豚経営の収益性
道内の1世帯当たりの年間豚肉消費量は全国平均よりも多く、2008年以降20キログラムを超え、今なお増加傾向にある。だが、1世帯当たりの豚肉購入推定単価(2011〜13年平均)では全国が100グラム当たり128円であるのに対し、札幌市は同110円と低くなっている(総務省「家計調査」)。購入単価の低さは、つまり、道内では高価な豚肉の販売促進は厳しい面があるということである。道内人口の減少に伴い、前述のように、道産豚肉の都府県への流通量が増えてきている一方、近年では、都府県の養豚業者が道内に進出する逆の動きも出てきている。
次に、表2は、肥育豚1頭当たりの収益性を地域別に比較したものである。2012年度の北海道養豚経営の1頭当たりの所得はマイナス2353円である。流通飼料費などの生産費が相対的に高く、とりわけ冬季に光熱費などがかさむこともあり、結果として、九州との所得差は約6000円となっている。
表2 肥育豚1頭当たり収益性の地域別比較(2012年度) |
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資料:農林水産省「畜産物生産費統計」 |
以上のように、単に一次産業だけの展開となると、北海道の養豚経営は依然厳しいものがある。この面からも、付加価値を付け、道内だけでなく、都府県に積極的に販売展開するという6次産業化戦略は、北海道養豚において有効な手段と言える。もちろん、6次産業化の実現は全ての養豚経営で可能というわけではない。とりわけ、一定以上の頭数規模の経営や後継者を有するような経営に期待されるところである。
(3)(一社)北海道養豚生産者協会の取り組み 〜道産豚肉の付加価値向上を目指した農場衛生管理の推進〜
これまで見てきたように、北海道養豚において、道内外に向けた高付加価値化はきわめて重要な取り組みである。(一社)北海道養豚生産者協会(注3)では、道産豚肉の全体としてのブランド力の底上げを目指した取り組みを行っており(写真1、〔4〕)、2012年3月、「北海道ポーク」ロゴマークの商標登録を申請し、2012年11月に商標権を取得している(写真2)。生産段階におけるロゴマークの取扱基準の1つに、対象豚肉を「農場HACCP認証農場」、「農場HACCP推進農場指定申請チャレンジ農場」および「農場記帳」などに取り組む同協会会員が生産した豚肉とする旨の規定があり、とりわけ記帳の実践が重視されている。ロゴマークの貼付により、道産に加え衛生にも十分配慮し生産された豚肉であることを訴求し、引いては道産豚のブランドイメージを高め、少しでも高い価格で販売したいという思いが込められている。2015年4月時点では、19農場がロゴマーク表示参加会員となっている。
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写真1 (一社)北海道養豚生産者協会の日浅文男副会長
(道南アグロ代表取締役:左)と平野達也事務局長(右) |
前述のように北海道養豚をめぐる経済状況が非常に厳しい中、販売展開まで見越して6次化ファンドを活用したいという会員のニーズもある。「農場HACCP認証農場」は現在、道内で3農場あり、今後、同認証農場の数は増加するものと考えられる。後述の有限会社道南アグロ(以下「道南アグロ」という。)もその1つである。
注3:北海道の養豚生産者が自ら組織した団体として、北海道内の農畜産業に関係する機関や団体と連携しつつ、
自主的な生産活動の推進を通じ、養豚生産から北海道産豚肉の消費に至るまでの各種活動の促進により、
養豚生産基盤の拡充強化、養豚経営の安定と振興を図るとともに、養豚業の社会的な地位の向上と国民の健康な
食生活の維持・向上に資することを目的に、2005年に設立。2015年4月時点で会員数は123戸。
4 成長産業化ファンドを活用した養豚の6次産業化の実態
〜高付加価値化を目指した養豚の取り組み〜
(1)地域の概要〜道内屈指の養豚産地・森町〜
大沼湖畔を抱える北海道森町は、函館市から車で約60分の北方に立地する風光明媚な地域である。人口は2015年4月末現在1万6791人である(北海道森町ホームページ〔5〕)。同町は、南北海道の内浦湾に面しており、農林漁業、水産加工業が盛んである。歴史的には箱館戦争ゆかりの地でもある。農業においては、特に、養豚業が盛んである。販売目的で豚を飼養する農業経営体数は10経営体、飼養頭数は3万8082頭であり(農林水産省統計部「2010年世界農林業センサス」(2010年2月1日現在))、いずれも道内の市町村では第1位となっている。2016年3月までに北海道新幹線が開業する予定であり、その点でも観光・地域振興の追い風となっている。200%を超える食料自給率に加え、地熱発電などエネルギー自給率の向上にも現在力を入れている。同町は「いか飯」発祥の地としてきわめて著名であるが、それ以外の地域ブランドの核としての肉豚のブランドイメージ浸透に町を挙げて力を入れているところである(梶谷〔6〕)。本稿事例の「ひこま豚」の展開が大いに期待されているところである。
(2)道南アグロの経営概要
道南アグロの前身である有限会社アグロは、1989年に資本金100万円で設立され、1995年、道南アグロに改組された。事業内容は養豚業で、SPF豚(Specific Pathogen Free:特定病原体不在豚)に将来性を感じた代表取締役の日浅文男氏は、改組当初から道内に飼育例の無かったSPF豚の繁殖・肥育を行っている。当時は、道内に種豚の供給元はなく、宮城県の住商飼料畜産株式会社から種豚を購入するなど、SPF豚の肥育生産に先駆的に取り組み、1996年には道内初の日本SPF豚協会認定農場に認定されている。また、2014年3月には道内養豚場で2番目となる農場HACCP認証農場の認証を取得するなど、衛生管理の強化も図っている。この認証はバイオセキュリティ確保の点でSPF認定の取り組みと類似している。認証取得には、施設増設など特段の資本投入は行っていないが、記帳作業など多大な労力が必要であり、取得準備に2年の月日を要した。認証取得の成果として、農場スタッフの衛生意識が確実に向上したと日浅氏は感じている。
飼養規模を見ると、有限会社アグロ設立時(1989年)の母豚60頭から、1993年には120頭にまで増頭した。その後、1996年には森町に現在の農場(飼養母豚頭数400頭)を購入し、2003年には母豚を800頭にまで拡大した。調査時点(2014年9月)の年間出荷頭数は1万8000頭(月平均1500頭)で、農場スタッフ10名が常駐している。出荷先はホクレン農業協同組合連合会(以下「ホクレン」という。)に一元化しており、肥育豚用飼料もホクレンから全量購入している。年間出荷頭数1万8000頭のうち、「ひこま豚」として販売される肥育豚以外は「道産SPF豚」として、主に道内の生協店舗や函館市内のスーパーなどに出荷している。
(3)鰍ミこま豚の経営概要
鰍ミこま豚は、2013年5月7日に森町に設立され、同年9月4日に直売店を開店した。設立当初の資本金は100万円(2014年3月末)であったが、サブファンドである北洋6次産業化応援ファンド投資事業有限責任組合による増資を受けて、現在は600万円となっている。資本構成は、道南アグロ200万円(33.3%)、日浅順一氏(鰍ミこま豚代表取締役。道南アグロの文男氏の息子)100万円(16.7%)、サブファンド300万円(50.0%)である(図1)。1次事業者(道南アグロ)がその他株主(日浅順一氏)の出資比率を上回る資本構成となっているが、これはA−FIVEが新会社に出資する要件となっており、一次事業者による実質的な経営権を確保している。新会社の従業員は、順一氏、正社員(店長)1名、準社員1名、アルバイト6名の計9名の体制で運営され、道南アグロの文男氏も取締役として経営に関与している。
なお、ブランド名の「ひこま豚」は、生産者である(有)道南アグロのスタッフが相談して決めたもので、経営者の「日」浅氏が北海道の秀峰「駒」ヶ岳の麓にある森町で飼育しているSPF豚ということで「ひ(日)こま(駒)豚」と名付けた。自分たちで決めた名前であるだけに愛着が湧き、生産意欲の増進につながっている。「ひこま豚」の商標登録は2012年3月に出願し、同年11月に商標権を取得している。
図1 鰍ミこま豚をめぐる出資を通じたパートナーシップの関係 |
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同社は、SPF豚肉「ひこま豚」の販売を中心に、レストラン事業、卸売業、通販事業を主な事業内容としている(写真3、4)。年間の売上を全体で4800〜6000万円程度を見込み(販売部門:1800〜2400万円、レストラン・卸売部門:3000〜3600万円)、1期目は当初計画(3500万円)を上回った。同社は東京や大阪に卸したり、大手通販サイトを通じて販売するなど、道内にとどまらない事業展開を図っている。
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写真4 鰍ミこま豚代表取締役の
日浅順一氏(左)と筆者 |
(4)「ひこま豚」の定義と出荷実態
道南アグロで飼育される肥育豚は全てSPF豚であり、このうち、雌の上物のみを「ひこま豚」と定義している。同社の肥育豚には専用の配合飼料を給与し、授乳期には、子豚の腸内を健康に保つため、代用乳に米糠を発酵させた飼料を添加している。種豚はホクレンから導入しており、種豚用飼料と代用乳添加飼料は苫小牧飼料株式会社から購入している。
肥育豚の出荷日齢を見ると、最近では140日程度まで短期化されているものもあるが、同社ではなるべく質の良い豚肉を提供したい意向から、「ひこま豚」の出荷日齢を180日に設定している(「ひこま豚」にならない去勢豚は170日、雌は、去勢よりも最低でも5日間以上肥育日数を長くしている)。なお、同社の年間出荷頭数は1万8000頭で、上物率は約7割でその半数が雌なので、ひこま豚としておよそ6300頭を販売可能であると言え、将来的には、上物の去勢もブランド展開するなどして、全量を鰍ミこま豚で捌きたいと考えている。
(5)6次産業化への経緯
順一氏は大学卒業後の1997年、アグロに入社し、1年間養豚業に従事した後、アグロのアンテナショップとして位置づけられていた札幌市内の豚肉料理レストランにおいて、ホールや店長、取締役営業部長を経験し、2011年に道南アグロに入社した。同社では営業を担当し、小さな小屋を店舗として設置して対面で販売するなど、小規模ながらも地域の催事や通販などに関わりを持ち続けた。この経験で得た消費者の声も6次産業化の実現を後押しすることになる。なお、現在の店長は前職の同僚であり、6次産業化に踏み切った背景には、信頼できる仲間の存在があったことも大きい。
また、6次産業化以前は、都県の市場価格を参考にした「豚枝肉ホクレン卸価格」に基づいて取引されていたため、高付加価値化のための生産者の努力や取り組みが、価格に反映されにくい状況にあったことも、自分達で値段設定を可能とする6次産業化の展開に踏み切る大きな契機であった。
(6)A−FIVEのスキームを活用した背景
順一氏は、文男氏の友人である函館市内の財団理事長から紹介されたA−FIVEについて、北洋銀行地域産業支援部に積極的に相談を行った。そもそも同社は以前より同行森支店と取引があったことに加え、同部からの熱心な働きかけもあったことを受けて、北洋6次産業化応援ファンドからの出資を受けることを決意した。
鰍ミこま豚の設立は、順一氏自身初めて代表として取り組む事業であり、前職の経験を踏まえると、自分一人だけでは、どうしても経営判断を誤るリスクが伴うとの思いがあった。A−FIVEのスキームの活用には、頻繁に報告を行う必要があるなど確かに煩雑な面もあるが、経営のバックアップが充実していることや経営判断の軌道修正を行ってくれるなど、負担以上のメリットを十分に享受することができると判断したことが背景にある。同社にとってA−FIVEは、6次化事業を展開する上で欠かせないパートナーとなっている。
(7)出荷チャネルの多元化と6次産業化の成果
ア.出荷チャネルの多元化
道南アグロで生産したSPF豚は以前、全頭が株式会社北海道畜産公社函館事業所でと畜され、処理頭数の4割以上が道南アグロの肥育豚が占めていた。また、鰍ミこま豚で引き取ることができない内臓についても、同事業所内の内臓取扱業者に有償で引き取られていた。しかし、2013年8月から、月間出荷頭数1500頭のうちの400頭について、公社に比べ処理料金が安価で、豚枝肉格付間の価格差も小さい日本フードパッカー株式会社道南工場への出荷に変更した。この動きは、道南アグロの手取価格の安定化に寄与し、出荷チャネルの多元化は、A−FIVEによる経営支援と直接的に結びつき、その後の6次産業化の取り組みを基礎づけることになる。調査時点では、枝肉価格は1キログラム当たり540円と非常に高騰しており(前年は同470円)、同社から鰍ミこま豚への販売価格はホクレン相場より低い同480円であったが、通常はホクレンの年間相場よりも高く鰍ミこま豚に枝肉を卸すことができているということである。
イ.「ひこま豚」ブランドの認知度の向上
成長産業化ファンドを活用した6次産業化の最たる成果として、「ひこま豚」の認知度が向上したことが挙げられる。鰍ミこま豚を通じた販売を行うことで、飲食店からの問い合わせが増え、自らが飼養した先の豚肉の販売まで確認できるという意味で、道南アグロの農場スタッフのモチベーションが明らかに高まっている。また、鰍ミこま豚は道南アグロに対し肉の締まりや脂肪の質などの評価を必ずフィードバックしているので、生販連携による肉質改善に向けた相乗効果ももたらされている。
この認知度向上の一環として、鰍ミこま豚のプロモーション活動がある。
鰍ミこま豚は、A−FIVEのファンドを活用し、2014年7月末、店舗前に「ひこま豚食堂」と大書した看板を設置した(写真5)。この効果は絶大で、設置以降、集客が急増したということである。設置以前は、直売店でイートイン営業も行っているという情報が消費者にあまり伝達されていなかったことから、これが目に見えて現れた成果の1つとして挙げられる(写真6)。
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写真6 直売店のイートインコーナーで提供されるひこま豚(リブロース) |
来客は基本的に地元客であるが、2013年の開店以来続けているFacebookへの店舗情報の発信や、旅行誌への店舗情報の掲載により、春の大型連休やお盆などの長期休暇期間では、道南以外の来客も目立つようになった。また、降雪のため地域住民の来客も減少し、営業面に大きく影響が出る冬季の対策として、2013年春より、セットメニューやハンバーガーなど3000円以上を購入する片道約15キロメートル圏内の顧客に対する宅配サービスを開始した。これが奏功し、冬季においても一定程度の需要が生まれている。
さらに、2014年9月11〜13日には開店1周年企画として、森町および近隣3町(鹿部町、大沼町、七飯町)の世帯に対して、社員フル稼働で1万4000部の新聞折り込みチラシを配布し、切り落とし100グラム当たり75円、ローストンカツ用1枚当たり150円、ロース・ヒレを半額で販売するキャンペーンを行い、3日間で売上約120万円という予想以上の反響を得ることができた。
5 今後の展望
鰍ミこま豚の最終目標は、道南アグロが出荷する肥育豚をすべて自社で販売することである。もちろん、簡単には到達できない大きな目標ではあるが、現在の店舗規模で1カ月当たり400〜500頭の受け入れ力があることから、同社では現状の取扱頭数である60頭からの拡大を目指し、札幌市内でトンカツや焼きとん(豚の串焼き料理)を扱う飲食店などの新たな業態展開を検討している。また、最近採用したSE経験のある準職員の技術を活用し、ネットモールなどでの販売強化による通販事業のランニングコスト削減も考えている。6次産業化における異業種からの人材は、業務多角化において大変貴重である。これに加え豚の解体ショーなども企画しているが、食育の観点からも有益でユニークな取り組みである。さらには、地元の子供達には地元で生産された豚肉を食べて育ってほしいという思いから、地元森町の学校給食センターの給食食材調達業務を落札し、2014年4月より販売が開始したほか、同年10月からは隣町の鹿部町にも納品するようになるなど、同社ではさまざまな取り組みを通じた多角化が図られている。
6 おわりに
本稿では、成長産業化ファンドを活用した北海道養豚の6次産業化の実態と課題について検討してきた。わが国の養豚は、後継者難や飼料穀物価格の高騰、TPP問題など、多くの課題に直面している。とりわけ、北海道養豚をめぐる経済環境は、非常に厳しい局面にある。そのような中、6次産業化による高付加価値化を通じ道外あるいは札幌市など大消費地圏への販売展開に活路を見いだそうとする養豚経営におけるA−FIVEの経営支援の活用が明らかとなった。本事例が舞台となっている南北海道では、近日の北海道新幹線開業などを追い風に、地域の機運も高まりつつある。養豚を地域振興の中心の1つに据える森町では、特産物としての「ひこま豚」のブランド化の促進が重要な課題として扱われている。調査では、「ひこま豚」の認知度が確実に向上していることがわかったが、これは、成長産業化ファンドを活用した当該6次産業化事業体の最大の成果といえる。また、事例の鰍ミこま豚にとって、A−FIVEは6次産業化を展開するうえで欠かせないパートナーとしての位置づけがあった。今後とも、当該事例のように農林漁業の成長産業化施策、すなわちA−FIVEによる出資案件の形成促進が各地で進み、雇用創出や地域活性化に躍動する数多くの畜産経営が登場することを期待したい。
追記:本稿を草するに際し、調査に御協力頂いた日浅順一氏(株式会社ひこま豚代表取締役)、河野秀平氏(北海道農政部食の安全推進局食品政策課6次化・連携担当課長)、日浅文男氏(北海道養豚生産者協会副会長・有限会社道南アグロ代表取締役)、平野達也氏(同協会事務局長)、および本専門調査全般にかけてお世話になった岩波道生氏(株式会社農林漁業成長産業化支援機構投融資本部マネージングディレクター(畜産部長))に対して、記して感謝の意を申し上げたい。
【参考文献】
〔1〕農林水産業・地域の活力創造本部「農林水産業・地域の活力創造プラン」2013年12月決定、2014年6月改定
〔2〕永木正和「成長産業化支援ファンドを活用した地鶏新品種「黒さつま鶏」の生販直結6次産業化」
農畜産業振興機構『畜産の情報』2014年11月、pp.45-54.
〔3〕株式会社農林漁業成長産業化支援機構(A−FIVE)資料
〔4〕北海道養豚生産者協会ホームページ(http://www.hokkaido-pork.jp/)(閲覧日:2015年1月30日)
〔5〕北海道森町ホームページ(http://www.town.hokkaido-mori.lg.jp/)(閲覧日:2015年5月25日)
〔6〕梶谷恵造「森町の地域事業―自然のめぐみとレジャーで住む町、行く町を創る―」地域デザイン学会
『第3回地域デザイン学会全国大会予稿集』2014年9月、pp.76-77.
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