海外情報  畜産の情報 2015年7月号


メキシコの牛肉生産および輸出動向

畜産需給部 山神 尭基、調査情報部 横田 徹


【要約】

 メキシコは、世界第8位の牛肉生産国であり、米国の牛肉需給のみならず、近年では世界の牛肉需給に少なからず影響を与えている。同国は、2000年までは牛肉輸入国であったが、政府が推進する自由貿易政策などにより企業の垂直統合による穀物肥育化が進み、輸出へと舵を切りつつある。このような中で、飼料穀物の調達や牛飼養頭数の確保などの課題があるものの、細かなニーズへの対応により、主要輸出先である米国のみならず日本市場などへの輸出拡大を目指している。

1 はじめに

 日本の牛肉供給量の約2分の1は海外からの輸入によるものであり、米国、豪州産がその9割程度を占めている。一方で、牛肉輸出国の需給状況や中国などアジア諸国からの高い需要などを背景に、その割合は徐々に変化しつつある。2013年の日本の牛肉輸入先国を見ると、豪州、米国、ニュージーランド(NZ)の他ではメキシコからの輸入量が増加しており、減産傾向にあったカナダを抜いて日本の輸入先国としては第4位となった(図1)。

図1 日本の牛肉輸入量の推移(国別)
資料:財務省「貿易統計」
  注:HS02.01(生鮮および冷蔵)、02.02(冷凍)の合計

 メキシコは、1994年に発効した北米自由貿易協定(NAFTA)以降、食肉生産大国である米国からの牛肉輸入が急増し、自国の食肉産業は大きな構造変化を迫られた。しかし、メキシコ政府が多くの自由貿易協定(FTA)の締結を推進する中で、これまで国内供給を主眼としていた食肉企業の中から、海外への輸出に舵を切る企業が出現してきた。特に牛肉部門では、輸出を主体とした穀物肥育の拡大という新たな柱が築き上げられた。

 本稿では、目まぐるしく変化する世界の牛肉市場で、変化に柔軟に対応し、その存在感を増しつつあるメキシコの牛肉生産および輸出動向について、2015年3月の現地調査結果を踏まえて報告する。

 なお、本文中の為替レートは、1米ドル125円(2015年5月末日TTS相場:124.73円)、1メキシコペソ9円(同9.08円)を使用した。

北米自由貿易協定(NAFTA)の概要

 北米自由貿易協定(NAFTA)は、米国、カナダ、メキシコの3カ国により締結された地域自由貿易協定であり、1992年に合意し1994年1月1日に発効した。NAFTAは一部の例外品目はあるものの、加盟3カ国の関税および非関税障壁を15年間で撤廃し、貿易の拡大と投資の促進を図ろうとするものである。

 米国およびカナダ間では、NAFTA以前の1989年より、すでに米加自由貿易協定(米加FTA)を発効していたが、NAFTAはこの協定をその中に包含している。米加FTAでは、農産物の関税率については一部の例外品目はあるものの、1998年1月までの10年間で撤廃することとされていた。生きた家畜、牛肉、豚肉などの関税については、当初、10年間で段階的に削減することが合意されていたが、関税削減の加速化により、1993年から無税となっている。

2 農業概況

(1)農業の位置付け

 メキシコ政府は、1994年のNAFTA発効を皮切りに、これまで13カ国・地域とFTAを締結するなど、積極的な貿易拡大政策を進めてきた。こうした中で、低賃金や精密なモノ作りにも対応可能な手先の器用さに目をつけた外資系企業の投資拡大などが進み、精密機械や自動車など製造業を中心に国内経済は成長してきた。このため、国内総生産(GDP)に占める農林牧畜水産業の割合は4%(2013年)と必ずしも高くはない(図2)。

図2 GDP産業別構成割合(2013年)
資料:メキシコ政府

(2)農地面積および農業経営体数の推移

 メキシコ農牧農村開発漁業食料省(SAGARPA)が公表した農業センサス(2007年)によると、2007年の農地面積は6844万ヘクタール(日本の農地面積の約15倍)と、NAFTA加盟前の1991年からわずかに減少した。一方、米国農務省(USDA)によると、同国の農地面積は減少傾向にあるが、肉牛など家畜の飼料となるトウモロコシ、ソルガムなど主要飼料穀物の作付面積は増加傾向にあるとしている。

 同国の農業経営体数406万7618戸(2007年)のうち、畜産経営体数は31万4183戸と全体の7.7%となっている。このうち、肉牛の経営体数は主要牛肉生産地である中南部3州(ベラクルス、ハリスコ、チアパス、図10を参照)で4割弱を占めており、同国の牛肉生産を牽引している。一方で、これら3州は干ばつの影響を受けやすい地域とされており、干ばつ発生時には国内の牛肉需給に大きな影響を及ぼすことになる。

3 牛肉需給

(1)牛飼養頭数の推移

 SAGARPA傘下の農牧漁業情報局(SIAP)によると、メキシコの牛飼養頭数は2000年以降、ゆるやかな増減を繰り返している。直近の動きを見ると、2012年にメキシコ中・西部を中心に発生した干ばつにより、牛飼養頭数は、2012、13年の2年連続で減少した。メキシコの肉牛生産は、穀物肥育が徐々に拡大する中でも依然、多くが放牧生産を主体としており、2012年の干ばつ時は、放牧環境の悪化により早期と畜の増加や、水不足による牛の衰弱死の増加などで大幅に減少した。

 一方、2014年は、干ばつの影響が緩和したことから牛飼養頭数は回復に向かっており、前年比1.7%増の2980万頭と見込まれている(図3)。

図3 牛飼養頭数の推移
資料:SIAP
  注:2014年は見込み。

(2)牛肉生産量の推移

 メキシコの牛肉生産は、NAFTA発効を契機に、低価格部位を中心とした米国産牛肉の輸入が増加したことなどから、経営効率の悪い小規模農家の離農が進み、1996年から3年間、減少傾向となった。しかし、1999年ごろからFTAの進展に合わせて国内食肉企業の垂直統合化が進み、大規模、かつ、集約的な肉牛生産を行うことで徐々に経営効率を高めつつあり、これに伴い牛肉生産量は増加に転じた。これら垂直統合に関しては、製造業に見られるような海外からの目立った投資は行われていない。2005、06年は牛肉生産が大きく減少しているが、これは、2003年の干ばつにより増加した肉牛淘汰に伴い飼養頭数、と畜頭数がいずれも減少した影響が主な要因とされている。

 直近の動きを見ると、2012年は干ばつにより繁殖雌牛を中心にと畜が進んだことなどから牛肉生産は増加した。その後は、干ばつの影響緩和に伴う牛群再構築からと畜頭数は減少したものの、穀物肥育の割合が増えていることで1頭当たり重量が増加傾向にあることから、2014年の牛肉生産量は前年比2.7%減の176万トンと、わずかな減少にとどまっている(図4)。

図4 と畜頭数および牛肉生産量の推移
資料:USDA
  注:2015年は予測値

 食肉企業の垂直統合化は、牛の飼育形態を従来の放牧肥育から穀物肥育へと移行するきっかけとなり、結果として、海外向けの高級部位の輸出を可能とさせる1つの契機となった。特に2001年は米国の牛肉価格の上昇から、同国向け輸出を大きく伸ばしたことが、メキシコ牛肉産業の成長に大きく寄与するものとなった(表1)。

表1 主要牛肉企業(2014年)
資料:各社HPなどから抜粋し、ALIC作成
(※)SAGARPAにより検査・検疫を受け認定された食肉処理・加工施設であり、
   海外向け輸出などを行っている。

(3)牛肉消費量の推移

 メキシコでは、伝統的に豚肉や鶏肉などの消費が多く、価格の高い牛肉は購入層が限られることから、牛肉の消費は低水準で推移してきた。また、食肉や野菜などを扱う伝統的な市場で食肉を購入することが多く(写真1)、スーパーマーケットなど量販店の利用は少ないとされてきた。しかし、製造業を中心とした経済成長が続いたことにより中所得者層が拡大したことなどから、90年代後半以降の牛肉消費は増加基調で推移し、量販店で牛肉を購入する割合が増えている(写真2)。また、NAFTA発効以降の米国からのファストフード各社の進出や、低価格部位を中心とした米国産牛肉の輸入増は、メキシコ国内の中・低所得者層の牛肉消費機会を増やす大きな要因になったとされている。

写真1 伝統的な市場(メキシコ・シティ)
写真2 米国産高価格部位を販売する量販店(メキシコ・シティ)

 しかし、2008年のいわゆるリーマン・ショックを発端とした世界的な経済危機以降、同国の牛肉消費量は減少に転じ、その後は、ほぼ横ばいで推移している(図5)。2014年の牛肉消費量は、主要輸入先である米国産牛肉価格の上昇や国内の牛肉生産量の減少による価格高の影響を受け、前年比3.1%減の181万トンとわずかに減少した。また、2015年は、米国産および国内産ともに価格が高止まりしており、消費量は前年並みの水準が見込まれている。

図5 牛肉消費量の推移
資料:USDA
  注:2015年は予測値

(4)生体牛および牛肉の輸出の推移

 メキシコの牛肉産業は、牛肉輸出のみならず、国境を接する米国向けに肥育もと牛を供給する役割を担っていることも特徴として挙げられる。

ア 生体牛輸出

 NAFTA発効以降、メキシコから米国への生体牛輸出頭数は、干ばつなどにより減少した年はあるものの、概ね増加傾向で推移している。メキシコから輸出される生体牛は、主に400〜700ポンド(180〜315キログラム)のものが全体の約5割を占めている。肥育もと牛は、米国南部のテキサス州やカンザス州など主要肉牛生産地域のフィードロットで6カ月程度肥育された後、米国内の食肉処理・加工業者に出荷される。

 USDAが公表している生体牛輸入頭数を見ると、メキシコからの肥育もと牛輸入頭数は、2013年は同国での干ばつによる飼養頭数減少から落ち込んだものの、2014年は米国の肥育もと牛価格の上昇やフィードロットからの需要の高まりを受け、前年比26.2%増の63万2000頭と大幅に増加した(図6)。メキシコからの生体牛輸出頭数は、年間約3200万頭のと畜規模(2013年)を誇る米国全体で見れば2%程度を占めるにすぎないものの、主要肉牛生産地域に限れば中・長期的な牛肉生産に対し、少なからず影響を与えつつある。

図6 米国のメキシコ産肥育もと牛輸入頭数
資料:USDA
  注:体重400〜700ポンドおよび700ポンド以上の子牛。
米国の食肉原産国表示(COOL)をめぐる動き

 米国では、消費者への情報提供の強化などを目的に、2002年農業法に牛肉や豚肉などの原産国表示の義務付け(COOL:Country of Origin Labeling)が盛り込まれ、2008年農業法で規定の一部が修正された後、2008年9月30日に施行された。

 北米の牛肉・豚肉産業は、メキシコやカナダとの国境を挟んで分業化されており、メキシコやカナダで出生した牛・豚が、米国に拠点を置く肥育業者やと畜業者へ出荷されている。牛肉を例にすると、COOLでは「米国産」と表示できる牛肉は、「出生」、「肥育」、「と畜」のいずれもが米国内でなされたものに限るとされている(写真3)。このため、米国の食肉企業は、メキシコで出生・肥育した肉牛、メキシコで出生し米国で肥育した肉牛、米国国内で出生し肥育した肉牛を、牛肉の生産・流通・販売段階で仕分ける新たな作業が必要となった。米国の食肉業界は、これら仕分けに係るコストを敬遠してメキシコ産などの家畜に対し、受け入れの停止や、値引きを要求するようになったとされる。

 この影響で、メキシコ、カナダ両国は2008年、家畜の米国向け輸出頭数に影響が生じ、不利益を被ったとして、米国のCOOLを世界貿易機関(WTO)協定に違反するとして訴えた。WTOの紛争小委員会および上級委員会のいずれも、これをWTO協定違反と判断し、米国に対して見直しを求めた。WTO上級委員会は2015年5月、紛争小委員会の判断を支持するとの報告を行っており、両国政府は、WTOに基づく報復措置(当該国からの輸入品目に対して、WTOの承認した範囲内で割増関税を課す措置)を取るための手続きを開始するとの声明を発表している。

 報復措置の発動には、さまざまな手続きが必要とされることから、その発動時期は2015年10月以降とみられているが、米国内では食肉関係者を中心にCOOLの廃止を求める声が出始めている。また、米国議会でも、上・下院の有力議員の間でCOOLの維持に賛否両論の意見が出ており、今後の議会の動向が注目されている。

写真3 量販店で販売される牛肉パックの裏に記載されたCOOL表示
   左「Born, Raised and Harvested in USA:出生、肥育、と畜は米国」
   右「Born in Mexico, Raised and Harvested in USA:出生はメキシコ、肥育、
     と畜は米国」

イ 牛肉輸出 

 メキシコの牛肉輸出量は、牛肉生産量の拡大や積極的なFTA政策を追い風に2009年以降、増加基調で推移している。主な輸出先国は、輸出量全体の8割以上を占める米国であり、NAFTAにより無関税の牛肉輸出が可能であることに加え、米国内での輸入牛肉需要の増加により、年々、拡大している(図7)。米国向け輸出は、主にロイン(冷蔵)などの高価格部位が多く、外食用を中心に需要が高い。これは、メキシコ産牛肉が、1)と畜月齢が低く一定の軟らかさを持っていること、2)赤身率が高く脂肪の厚さが6ミリ程度と米国産やカナダ産牛肉と比べて薄く、健康志向の高い消費者のニーズがあること、3)需要者のニーズに応じた加工対応が可能なこと−などの特徴を有していることが要因とされる。

図7 牛肉輸出先国の割合(2014年)
資料:メキシコ国家統計地理情報局(INEGI)
  注:冷蔵、冷凍を含む。

 日本向け輸出は、2005年4月に日本メキシコ経済連携協定(日墨EPA)が発効し、メキシコ産牛肉に低関税輸入枠が設けられて以降、少しずつ拡大した。2011年に同協定が改定され、関税割当数量が拡大したこともあり、冷凍牛肉を中心に輸出量は概ね増加傾向にある。最近では、米国産牛肉価格の上昇などにより、冷凍牛肉より高価格商品となる冷蔵牛肉の輸出も増加している(図8、9)。

 その他の輸出先では香港向けが増加しており、米国産牛肉価格が上昇する中で、米国産よりも安価なメキシコ産牛肉に対する需要が拡大していることが背景にあると見られている。

図8 牛肉輸出量の推移(冷蔵)
資料:INEGI
図9 牛肉輸出量の推移(冷凍)
資料:INEGI

4 肉牛・牛肉生産

(1)肉牛生産

 メキシコの肉牛生産体系は、大きく分けて2つに分類される。1つ目は主に国内市場向けの牛肉を生産するための粗放的な牧草肥育、2つ目は飼料穀物を多給する穀物肥育である。

 1つ目の牧草肥育は、主に広大な草地を有する南部地域のチアパス州やベラクルス州などを中心に行われている。ここで飼養される品種は、暑さや乾燥に耐性があるブラーマン種やゼブー種などであり、最近では肉質の高いアンガス種との交雑種(ブランガス)も増えている。これらの南部州では、小・中規模の零細農家が多く、農地や飼料部門などへの投資が進まなかったことなどから、粗放的な肉牛生産が主流となっている。

 2つ目の穀物肥育は、主にハリスコ州など北・中部地域で行われている米国型のフィードロット生産である。大規模農家や食肉企業が多く点在するこの地域では、食肉企業の垂直統合が進んだことで大規模、かつ、輸出を念頭に置いたブランガスやアンガス種の肥育が主流となっている。また、かんがい設備を有した農地では、飼料となるトウモロコシなどの穀物生産も行われている。穀物肥育の割合は、年々、上昇傾向にあり、出荷頭数全体の2割近くにまで拡大しているとされている(図10)。

図10 主要牛肉生産地域
資料:メキシコ政府の資料を基にALIC作成
  注:数字は生産量1〜3位を表す

(2)飼料生産状況

 メキシコは、国土に3つの山脈があり、近隣の米国などと比べ標高が高いことに加え、乾季と雨季が存在する。このため、トウモロコシなど飼料穀物生産の多くは、寒暖の差が少なく、かつ、かんがい設備を有する一部の地域に限定されている。主要な穀物生産州は、シナロア州、ハリスコ州、ミチョアカン州であり、この3州で全体の約4割が生産されている(図11)。2014/15年度(9月〜翌8月)の穀物生産量は、順調な生育から前年比5.9%増の2400万トンと見込まれている(図12)。

図11 主要トウモロコシ生産地域
資料:メキシコ政府の資料を基にALIC作成
  注:数字は生産量1〜3位を表す
図12 トウモロコシ生産量と単収の推移
資料:SIAP、USDA
  注:14/15年度はUSDAの予測値

 一方で、同国は、トウモロコシ生産量世界6位の主要生産国に数えられるものの、生産されるトウモロコシの8割は、伝統的食材であるトルティーヤ(トウモロコシの粉を薄く延ばして焼いたもの)の材料などに用いられる白トウモロコシであり、飼料向け(黄色トウモロコシ)の生産は2割程度にすぎない。これは、食用トウモロコシが一般的に飼料用よりも高い価格で取引されることによる。

 このため、飼料用トウモロコシの多くを米国からの輸入に依存しており、天候不順や干ばつにより米国のトウモロコシ生産が減少した2008〜09、2012〜13年を除き、フィードロットによる穀物肥育の増加に併せて米国からのトウモロコシ輸入量も増加基調で推移している(図13)。

 このような飼料穀物の輸入依存体系は日本の畜産生産状況と類似しており、メキシコの牛肉生産は米国の飼料穀物価格の影響を受けやすいという課題を有している。また、メキシコ産牛肉価格が米国産に比べて高いとされる要因の一つでもある。

図13 米国のメキシコ向けトウモロコシ輸出量の推移
資料:USDA

(3)肉質・歩留り

 メキシコ産牛肉は、米国産より赤身率が高いことが特徴とされている。米国産牛肉(チョイス級)の赤身率は65%程度とされているが、一般的なメキシコ産牛肉では75%と、米国産よりも10ポイントも肉量が多い。

 このため、日本でも安価な赤身を求める外食産業や健康志向の消費者からの需要は、年々高まっている。また、肉質は、米国産に比べて脂肪交雑が少なく日本の格付けではB2等級程度とされているが、最近の赤身肉ブームなどを追い風にその価値は高まってきている。さらに、人件費が安く、手先が器用であることから、食肉処理・加工現場では多様な規格に対応できる牛肉生産が可能となっている。

5 農業政策

 現在のメキシコの農業政策は、80年代後半から90年代にかけて実施された農産物貿易の自由化、市場経済化のための一連の改革という流れの中に位置付けることができる。また、主に以下の3つの時代に策定されたものが現在の補助政策の柱となっている。

(1)制度革命党(PRI)時代(〜2000年)

 メキシコは86年にGATT(関税および貿易に関する一般協定)に加盟し、その後のNAFTA締結で自由貿易化へと大きく舵を切るとともに、自由化後の備えとして、90年代にさまざまな農業政策の改革に取り組んだ。

 1991年には、長くメキシコ農業の基盤となってきたエヒード(共同体農場)の改革を行い、エヒード共有地の賃貸借、売買を認めた。また、農業保険プログラムの改革、農業分野に対する政府信用の削減、乱立していた補助事業の整理などを推し進めた。さらに、1999年には、同国で特徴的な農業政策であった農産物の公定価格買上制度を担っていた国営食糧公社(CONASUPO)を解体した。一方で、現在の補助政策の基礎となる3つのプログラムを立ち上げた。1つ目は、目標価格と市場価格の差を補填する「目標所得支持(Ingreso Objetivo)」(1991年〜)、2つ目は、現在の農業政策の中で最も中心的な役割を担うものであり、作付面積に応じて生産者に直接支払いを行う「農業直接支援プログラム(PROCAMPO)」(1993年〜)、3つ目は、農業投資への補助を行う「農村アライアンス(ALIANZA)」(1996年〜)である。これらのプログラムは、少しずつ形を変えながら現在も実施されている。

 こうした一連の改革は、NAFTAによる国内農業への影響を緩和し、メキシコ農産物の競争力を高めることを目的として実施されたが、その評価は立場によって異なっている。農業直接支援プログラムでは、作付面積に応じた支払いが行われるため、小規模農家からは大規模農家を優先した政策などとの批判が根強い。

(2)国民行動党(PAN)時代(2000〜2012年)

 メキシコでは歴史的にも、治安・貧困・麻薬問題と農村対策は切り離すことのできない課題であり、政策の最優先課題として治安の改善、競争力の強化と雇用の創出、貧困削減などが掲げられた。この中で、2000年に発足したPAN政権下では、畜産分野の直接支払いである「持続可能な畜産生産と畜産・養蜂調整プログラム(PROGAN)」が新たに導入された。これは環境保全プログラムに位置づけられているが、畜産業全体の生産性向上という意味合いが強い。

 なお、2013年からの現政権の下でも、5カ年計画「PROGAN Productivo 2014-2018」として再整備されている。

 当該プログラムの対象は、一定数以上の家畜を扱う個人または企業で、生産と環境保全を両立するために設定された基準を満たすことが条件となる。対象者は、家畜の飼養規模によりA(小規模農家、牛の場合は5〜35頭を飼養)とB(中規模農家以上、牛の場合は36〜300頭)の2段階に分類され、家畜の数が多いほど基準が厳しくなる。なお、フィードロットは対象から除外されている。牛の場合、Aでは1頭当たり350ペソ(3150円)、Bでは同280ペソ(2520円)の補助金が支給される。また、一定の条件を満たした仔牛などには200ペソ(1800円、経営体ごとにPROGAN対象頭数の60%を上限)が加算される。5カ年計画では、PROGANは牛、豚などを含めた総家畜飼養頭数の約6割を対象としている。予算面では、2014年が40億ペソ(360億円)、2015年は42億ペソ(378億円)が計上されている。

なお、対象農家が満たすべき主な条件は以下の通り。

○支給2年目までに対象1頭につき30本以上の植林

○家畜識別国家システム(SINIIGA)への補助対象の繁殖家畜(母牛、母豚など)を登録

○指定された方式での森林や土壌・水資源の保全

○伝染病などを避けるための指定ワクチンの投与

(3)PRI政権(2013年〜)

 2012年12月に就任したエンリケ・ペニャ・ニエト大統領の出身母体である制度革命党(PRI)は、農民層からの支持率が高いことなどを背景に、2015年のSAGAPRAの予算のうち16%が、農畜産業への直接支払であるPROCAMPOに充てられている。

 また、新政権の下で、新たに「国家開発計画(2013〜2018)」が策定され、これに即して農業・畜産・地方開発・漁業・食品関連政策プログラムとして6カ年計画が作成された。この中で、牛肉生産量については2012年の実績182万トンに対し、2018年の目標値を203万トン(12%増)とし、畜産の主要な戦略的重点事項として、資本蓄積支援(生産インフラや草地回復など)、持続可能性(PROGANなど、利益と持続可能性の両立に対するインセンティブの付与)、バイオテクノロジー(品種改良・遺伝資源の活用など)の3点を挙げている。

写真4 治安・貧困問題の解決が大きな課題(メキシコ・シティ)

 なお、2012年の干ばつにより牛のと畜が進んで飼養頭数が減少したことを受け、2013年から「家畜の再増頭のための支援措置」が新たに導入された。当該施策は生産者が肉牛を飼養する際、上限30頭まで1頭当たり2000ペソ(1万8000円)を補助するものである。2014年は名称が多少変更されたものの、現在も継続して実施されている。SAGARPAは、この対策が牛の増頭につながっているとして、2014年の補助金額を1頭当たり1000ペソ(9000円)に引き下げた。2015年は、直接的な増頭以外にも、増頭のための資金支援やインフラ・設備投資などへの補助制度の拡充を図るため、予算額を前年比4000万ペソ(3億6000万円)増の9.7億ペソ(87億3000万円)としている。

6 現地の生産動向−北米最大規模のフィードロット−

 2015年3月、首都メキシコ・シティーの北西に位置する肉牛主産地ハリスコ州のフィードロットを訪問した。同州は、飼料穀物の主要生産地域であることに加え、太平洋に面した主要輸出拠点であるマンサニージョ港などへのアクセスが良く、国内の主要都市などにも比較的近いことから、牛や豚の生産が盛んな地域となっている。

(1)経営概況

 同フィードロットは2005年に設立され、収容規模15万頭を誇り、メキシコ国内のみならず北米地域の中でも最大規模である。訪問時の飼養頭数は14万頭で、獣医師などを含め約350名の職員が飼育管理、給餌などの業務に従事している。

 飼養品種は、全体の3分の2がブランガス(ブラーマン種とアンガス種との交雑種)であり、残り3分の1がブラーマン種、ネローレ種などの熱帯種である(写真5)。メキシコでは、フィードロットの飼養基準などは公的には定められておらず、各企業が独自に定めている。同フィードロットでは、牛のストレス低減やアニマルウェルフェアの観点から、1頭当たり約2.5平方メートル以上の飼養面積を確保しつつ、1ペン(飼養区)当たり約70頭を上限に飼養している。これにより、牛へのストレスが減り、飼料管理も容易となり、飼料効率に相関して肉質も向上している。

 また、飼養区は毎日夕方の5時に自動スプリンクラーによる散水が行われている。これは、牛が寝返りなどをうった場合に立ち込める粉じんを低減させることで、1)牛の呼吸器系疾患の予防、2)牛の飼養環境の改善、3)従業員の健康管理や周辺環境への配慮−を目的としている。

写真5 単体では北米最大規模とされるフィードロット(ハリスコ州)

(2)肥育管理

 肥育もと牛は、生体重210〜230キログラム(10〜11カ月齢)のものが、メキシコ国内に160カ所ある子牛集荷場、契約繁殖農家、市場などを経由して導入される。導入された肥育もと牛は、フィードロットで約5.5〜6カ月間肥育され、出荷目安となる約520〜530キログラムで隣接する食肉処理・加工場へと送られる。また、肥育後期の牛には、トウモロコシの割合を約80%まで高めた飼料を給餌する。飼料は、トウモロコシ、糖みつ、サトウキビの搾りかすの他、小麦などを混合している。また、トウモロコシは飼料効率を高めるため細かく粉砕する(写真6)。こうした取り組みなどにより、1日当たりの増体量は1.6〜1.7キログラムを維持しているという。

写真6 飼料:肥育前期(左)、肥育後期(右)

(3)上昇する生産コスト

 一般的にフィードロットは、導入から出荷までの回転率が高いほど収益性は高くなるといわれている。同フィードロットでは、飼料の全量をメキシコ国内の飼料メーカーから購入していることから、生産コストの多くの部分を占める飼料費の低減は容易ではない。しかし、フィードロットに食肉処理・加工施設を隣接させることで、輸送コストの削減を図るとともに出荷回転率を維持させ、収益を確保している。担当者は「フィードロットと食肉処理・加工施設の一体化は、飼料穀物や肥育もと牛価格の高騰などの影響の緩和につながる」という。これら取り組みの一方で、肥育もと牛価格は、米国からの生体牛輸入需要の増加などにより依然、高値で推移しており、2014年は平均で1キログラム当たり2.65米ドル(331円)と、5年前から同1.65米ドル(206円)も上昇した。このため、現在は肥育もと牛価格の上昇分を比較的安価で安定している飼料穀物価格で相殺させており、厳しい状況が続いているといえる。

写真7 飼料を頬張る肥育牛(ハリスコ州)

7 まとめ

 メキシコは、NAFTA発足以降、米国の需給情勢にも連動した形で牛肉などの生産、輸出入を行ってきた。具体的にはメキシコから米国への生体牛輸出や穀物肥育の進展に伴う高価格部位の輸出、また、米国からは低価格部位を中心とした輸入の増加である。こうした関係により、2000年まではNAFTAという巨大な市場の中でメキシコの食肉生産は拡大を続けてきた。

 一方で、メキシコの食肉企業は、垂直統合を契機に新たな市場を獲得すべく世界市場に乗り出している。この背景には、メキシコ政府の積極的な外交活動や食肉企業と輸出業協会との地道な活動が挙げられる。中でも、食品衛生基準の高い米国や日本向けの輸出認証を得ることで、これらの国々に対応できる食肉処理・加工施設の存在を世界市場に積極的にアピールし、これが輸出拡大に大きく寄与している。さらに、低賃金や手先の器用さを優位に活用し、目まぐるしく変化する世界市場の中で、食肉や内臓処理に対する細かな技術や、需要者のニーズに応じた仕様の変更などが容易に実行できる点も輸出を後押しする一因となっている。

 これら状況を踏まえ、食肉関係者の間では、メキシコ産牛肉は、高値が続く米国産牛肉の輸出を脅かす存在にまでなっている、といわれている。

 現在、メキシコでは、飼養頭数回復に取り組む中で、これまで米国へ輸出していた生体牛を国内に保留し、自国での増産を進める動きがみられる。2015年5月には、輸出を念頭に単体では北米最大規模となる20万頭規模のアンガス種を中心としたフィードロットが稼働するなど、積極的な展開を進めている。依然として飼料穀物の調達は大きな課題とされるものの、世界的な消費者の健康志向の高まりやコストパフォーマンスが重要視されている中で、世界の牛肉市場でメキシコ産牛肉がキープレイヤーになる日も近づいている。

(参考文献)

(1)大江 徹男(2004)「NAFTAと北米地域における畜産物貿易の構造変化」
   http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n0405re1.pdf

(2)農林水産省(2013)「第二部 メキシコの農業政策の現状と展望」
   http://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kaigai_nogyo/k_syokuryo/pdf/02america_mexico.pdf

(3)独立行政法人日本貿易振興機構「基礎的経済指標 | メキシコ - 中南米 - 国・地域別に見る」
   https://www.jetro.go.jp/world/cs_america/mx/basic_01.html

(4)本郷英毅、藤野哲也「NAFTAによる農産物貿易への影響」
   http://lin.alic.go.jp/alic/month/fore/1997/nov/rep-us.htm


 
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