食の安全を守る |
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農場管理獣医師協会会長 獣医学博士 北村 直人 |
日本の消費者は世界一、食の安全に厳しい目を持つと言われている。この背景には過去、BSEやさまざまな農薬問題などを経験し、今なおそれを教訓として生かしているからであろう。この厳しい目に対し、生産現場がどう応えていくかが、大きな課題となっている。 この課題への対応の1つに、国民の生命や健康を「科学的知見に基づいて」守ることが挙げられ、それはまさしく獣医師の役割であると言える。具体的には、獣医師が消費者に対し、農場で生産された畜産物の安全性を確保することである。一般的にこの役割を担う獣医師は「管理獣医師」と呼ばれ、これまでさまざまな議論や取り組みがなされてきた。平成23年の家畜伝染病予防法の改正などにおいて、初めて管理獣医師の位置付けが明確になったものの、まだ社会的な認知度は高くない。 本稿では管理獣医師のうち、我々が取り組む農場管理獣医師の活動について紹介し、農場管理獣医師が今まで以上に社会に普及定着し、貢献することを希望する。 1 農場管理獣医師とは農場管理獣医師とは、生産者や消費者、地域社会、行政関係機関などと協調しつつ、「農場」で活動する獣医師を指し、「食卓の安全は農場から」という意味が込められている。つまり、農場管理獣医師が、従来の生産性向上を目的とした活動にとどまらず、農場での生産から流通、小売まで視野に入れて、管理獣医師が有する科学的知見と技術を持って、消費者に対し、法律により担保される“安全”と、農場管理獣医師が“安心”を提供するものである。
2 今後の農場管理獣医師の方向性農場管理獣医師の活動は、農場には、生産性の向上、経営の効率化、動物の治療費の低減、動物福祉の実現、また社会には、食中毒や人獣共通感染症の低減による公衆衛生上の社会コストの低減、そして消費者には、安全・安心な畜産物の供給、畜産物および畜産に対する正しい知識の提供などといった複合的な効果が期待できる。 特に、農場管理獣医師が食の安全を担うためには、農場、農場管理獣医師、流通小売業者の3者が揃って理念を共有することが必要であり、加えて行政関係機関や大学などのバックアップが欠かせない。これには、我々農場管理獣医師協会(Farm Management Veterinary Association。以下、「FMVA」という。)が取り組むモデルが参考になろう。 平成19年5月、埼玉県内の行政機関、獣医師会、県畜産会、NOSAI、生産者組織および流通業者などの関係者が参集し、FMVAが設立された(埼玉県本庄市の本庄国際リサーチパーク研究推進機構内)。本会の目的は、「農場管理獣医師による事業実施を通じて、消費者に安全で安心な畜産物を提供する」というもので、消費者の視点に立脚した獣医師の組織は国内初であり、最終的には畜産関係団体の支援による全国的な発展を目指している。 このFMVAの取り組みの1つに、牛肉の生産履歴認証がある。情報開示された牛肉を、農場管理獣医師が「FMVA認証」(注)として消費者に提供するという仕組みで、これにより、23年1月にはフード・アクション・ニッポン流通システム部門でFMVA認証牛が入賞し、また、FMVA認証システムが東南アジア現地バイヤーの高い関心を誘い、25年2月21日付日本経済新聞には「FMVA認証牛、埼玉・群馬の和牛、タイへ」と海外輸出が取り上げられるなど、FMVA認証はますます進化を遂げている。この農場管理獣医師による取り組みによって、「食卓の安全は農場から」という理念が支えられているのである。 注:生産者の飼育情報を農場管理獣医師が検証し、一定の条件を満たした牛のみを認証するシステム
3 農場管理獣医師への期待を込めて今後、生産者や消費者からの認知度が高まることで、農場管理獣医師の貢献の場はより一層拡がることが期待されている。しかし、安全な畜産物を提供するには獣医師の力だけでは不可能であり、関係する者すべてが理念を共有し、協働しなければならない。農場管理獣医師の基本的な姿勢は、記録と検証、データの公開、関係者間のコミュニケーションを通した信頼関係の強化など、臨床獣医師として果たすべき取り組みをすべて成し遂げることにある。また、今後の畜産経営の姿勢にも、経済重視の経営を追求すると同時に、消費者の信頼に応える行動を取ることが求められているのである。 前述の理念に賛同し、行動する畜産農家、関係者、産業動物獣医師が数多く現れてくれることを念じてやまない。
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