海外情報  畜産の情報 2015年6月号


ニュージーランドのシェアミルカー経営と最近の動向

調査情報部 根本 悠


【要約】

 ニュージーランド(NZ)では、酪農家が一人前のオーナー経営者になるまでに、いくつかのキャリアステップがある。その中でも、シェアミルカー経営は、オーナー経営者と収入、費用、労働を分配(シェア)することで、必要な資金と経験を蓄積する重要な段階として位置づけられてきた。しかし、近年は酪農の急激な規模拡大を受けて、オーナー経営者になることが以前より困難となっており、今後は、費用負担のより少ないシェアミルカー経営や、企業経営体などが経営形態として増加すると見込まれている。

1 はじめに

 ニュージーランド(NZ)の酪農家戸数はここ数年、微増で推移しており、一般に先進国では農業従事者が減少傾向となる中で、稀な例といえる(図1)。そして、この傾向の背景の一つとして、後継者確保に貢献するNZの特徴的な経営形態がある。

 NZの酪農経営には、日本と異なる仕組みがある。NZでは、一人前の酪農経営者になる過程として、いくつかの明確なキャリアステップが存在する。すなわち、農場の手伝いから始まり、徐々に役割や責任が重くなるポジションや経営形態を経て、最終的にオーナー経営者になるという道のりである。

図1 酪農家戸数の推移
資料:Dairy NZ
  注:ここでいう「酪農家」は、後述する各種経営形態をすべて含めたもの。

 こうしたキャリアステップの中でも、特徴的なものがシェアミルカーという経営形態である。シェアミルカー経営とは、オーナー経営者の下での雇用労働者という段階を終えて、オーナー経営者と収入、費用および労働を分配(シェア)して行う共同経営システムである。この経営形態は、将来、オーナー経営者を目指す比較的若い酪農家が、知識と経験、そして資金を蓄積するための重要なキャリアステップとして機能してきた。

 その一方、近年のNZでの目覚ましい酪農の規模拡大は、シェアミルカー経営にもさまざまな影響を及ぼしている。本稿では、シェアミルカー経営の定義を確認した上で、現状および最近の動向について報告する。

 なお、本稿中特に断りのない限り、NZの生乳生産に関連する年度は6月〜翌5月であり、為替レートは、1NZドル=93円(2015年4月末日TTS相場92.71円)を使用した。

写真1 広大な放牧地を利用した酪農場

2 シェアミルカー経営の定義

(1)NZの酪農経営形態

 NZの酪農経営は、自らが土地、牛群、各種施設・農器具などを所有し、自ら収入をすべて受け取る、いわゆる通常のオーナー経営体のほかに、特徴的な経営体として、シェアミルカー経営とコントラクトミルカー経営の2つがある(表1)。

(1)シェアミルカー経営

 シェアミルカー経営とは、オーナー経営者と共同で酪農を経営し、予め定めた比率で収益の分配(シェア)を受ける経営体である。通常、シェアミルカー経営は、オーナー経営者との収益の分配率の違いにより2つに大別される。

ア 50/50シェアミルカー

 シェアミルカー経営全体の過半を占めるのが50/50シェアミルカー経営である。50/50シェアミルカー経営では、通常、オーナー経営者が土地および搾乳舎を所有する一方、50/50シェアミルカー経営者が、牛群、トラクターなどの各種施設・機械(搾乳舎を除く)、農機具などを所有する。

 労働分担としては、オーナー経営者は、主に資産(土地および搾乳舎)の維持管理を担当し、これに必要な費用を支出する。一方、シェアミルカー経営者は、搾乳、飼料生産、飼料給与、牛群の維持管理、機械のメンテナンスなど酪農場全般の日常業務を担当し、これに必要な費用を支出する。また、労働者の雇用管理および自らの労働に関連する財務管理も50/50シェアミルカー経営者が自身で行うが、より重要な経営戦略に関しては、オーナー経営者の意見が中心となる。

 そして、収入については、通常50/50、すなわちオーナー経営者とシェアミルカー経営者の間で半分ずつ分配される。

 以上のとおり、50/50シェアミルカー経営とは、不在地主に近いオーナー経営者と、ほとんどの実務をつかさどるシェアミルカー経営者との間で収入を折半するというものであるため、伝統的にオーナー経営になる直前の段階として位置づけられている。

表1 シェアミルカー経営およびコントラクトミルカー経営の概要
資料:Dairy NZ資料、現地聞き取りなどをもとに機構作成
  注:実際の経営形態の細部は各契約により異なる。

イ VOシェアミルカー

 VO(Variable Order)シェアミルカー経営と50/50シェアミルカー経営との最大の違いは、VOシェアミルカー経営は、多くの場合、オーナー経営者が資産の維持管理に加え、牛群の所有、維持管理を行うという点である。一方、VOシェアミルカー経営者は、その他の全般的な日常業務や自らの労働に関連する財務管理、労働者の雇用管理を行う。その他の基本的な仕組みは50/50シェアミルカー経営と同様であるが、収益の分配率は個別の契約により異なる。多くの場合、シェアミルカー経営側の収入分配比率は50%より低く、収入とともに費用や労働の分配も小さくなる。

 ただし、同じVOシェアミルカー経営といえども、その分配率に応じて役割の重さも異なる。VOシェアミルカー経営の多数を占める、分配率の低いVOシェアミルカー経営には、オーナー経営の大規模酪農場における、搾乳などの特定作業にほぼ特化した労働者のような側面がある。したがって、VOシェアミルカー経営者は、50/50シェアミルカー経営者ほどの独立性、責任を有しておらず、50/50シェアミルカー経営者になる前段階と認識されている。

 なお、VOシェアミルカー経営の実際の労働分担などは、個別の契約によりさまざまである。

(2)コントラクトミルカー経営

 経営体の数はわずかではあるが、シェアミルカー経営とは異なる経営体として、コントラクトミルカー経営がある。コントラクトミルカー経営もオーナー経営との共同経営であるが、収入の分配方法がシェアミルカー経営と異なっている。コントラクトミルカー経営者は、シェアミルカー経営者のように収益に応じた分配ではなく、契約上、予め生乳1キログラム単位で収入を定め、搾乳量に応じて分配する仕組みとなっている。コントラクトミルカー経営者も、搾乳、飼料生産、飼料給与、牛群の維持管理、機械のメンテナンスなど酪農場全般の日常業務を担当し、場合によっては自らの労働に関連する財務管理や労働者の雇用管理についても行っている。

 なお、コントラクトミルカー経営は、VOシェアミルカーの前段階またはそれと同等のキャリアステップとして位置づけられている。また、コントラクトミルカー経営は、乳価の変動に左右されず、毎年、同程度の搾乳量さえ得られれば同水準の収入を維持できるため、市場の不安定性によるリスクを回避できるというメリットがある。

(2)シェアミルカー経営のメリットとデメリット

(1)メリット

 シェアミルカー経営の最大のメリットは、実務経験に乏しく、十分な資金のない若年層の酪農家に対して、オーナー経営者になるために必要な技術、知識および資金を蓄積する重要な機会が提供されることである。また、シェアミルカー経営としての経験は、オーナー経営者や雇用労働者との良好な人間関係の構築や、一酪農場の責任者としての自覚を促すという側面もある。そしてシェアミルカー経営というキャリアステップの存在が、若年層がスムーズに酪農に参入し、段階を経てオーナー経営者になることを可能にしており、結果的に酪農の後継者確保に貢献してきたといえる。

 同時に、シェアミルカーという経営形態の存在は、オーナー経営者にとってもメリットがある。ただし、その内容は50/50シェアミルカー経営とVOシェアミルカー経営では少し異なってくる。

 オーナー経営者にとって収益面でのメリットが多いのは、VOシェアミルカー経営との契約である。当然ながら、50/50より収入分配比率の低いVOシェアミルカー経営との契約では、オーナー経営者の収入は多くなるからである。一方、50/50シェアミルカー経営との契約は、収益面以外の理由によるところが大きい。これは、日常業務から、経営戦略上の意思決定の一部まで、50/50シェアミルカー経営者に委ねることができるからである。その結果、オーナー経営者は、日々の仕事から解放され、高度な意思決定のみを行えば良くなり、余暇の充実などに時間を割くことが可能となる。

(2)デメリット

 シェアミルカー経営のデメリットは、経営継続に係る不安定性である。シェアミルカー経営は、基本的に3年契約であるため、契約終了の時期を迎えると、契約の更新または新たな契約先を探さなければならない。また、共同経営であるため、オーナー経営者との良好な人間関係を有することが前提であり、方針の相違という経営上のリスクも内包している。

(3)酪農家のキャリアステップ

 シェアミルカー経営は、オーナー経営になるまでの全てのキャリアステップの中で、最終段階に位置づけられる。酪農を始めてから、オーナー経営になるまでの過程は、さまざまであるが、以下に一例を示す(表2)。

(1)農場アシスタントからシェアミルカー経営者へ

 まず、雇用労働者として農場アシスタント職に就くことから酪農を開始する。この段階では、日々の作業を行いつつ、オーナーや経験豊富な労働者の指導の下、知識の蓄積や技術の習得が中心となる。その後、より指導的立場のマネージャーへのキャリアステップを経て、酪農を始めて約10年後、シェアミルカーとして自立的な経営を開始する。

表2 酪農家のキャリアステップの一例
資料:Dairy NZ資料、現地聞き取りなどをもとに機構作成

(2)シェアミルカー経営者からオーナー経営者へ

 通常、最初はオーナー経営者側の収入配分率が高いVOシェアミルカー経営者となる。そのため、比較的規模の大きい酪農場で特定の作業に従事する傾向が強い。そして、資金や経験の蓄積に応じて、VOシェアミルカー側の収入分配率の高い契約へ切り替えていく。

 VOシェアミルカー経営として資金と経験を蓄積した後、50/50シェアミルカー経営に転換する。50/50シェアミルカー経営では、牛群の自己所有という新たな費用負担が生じることから、酪農場の規模は比較的小規模となる。

(3)オーナー経営者から、シェアミルカー経営者との共同経営へ

 50/50シェアミルカー経営として資金と経験を積んだ後、最終的に酪農場を購入し、オーナー経営者となる。オーナー経営者になるためには、多額の土地と搾乳舎の購入費が必要となる。そのため、最初は小規模な酪農場から開始する。その後、酪農場の拡大または別の酪農場への移転などにより、規模拡大を図っていく。また、規模拡大の過程で、労働者の雇用も進めていく。

 一方で、オーナー経営者として年齢を重ねていくに従い、搾乳などの労働が負担になるとともに、余暇に十分時間を確保したいという欲求が生じてくることから、シェアミルカー経営者との共同経営にシフトし、自らはもっぱら資産管理に集中する。このことが、オーナー経営者から資金も経験も不足している若年層にシェアミルカーという経営機会が提供される要因にもなっており、NZの酪農経営の後継者確保に貢献する仕組みとなってきた。

 以上の通り、一定の技術、知識、資金を必要とする酪農経営を、初めから独力で行うことは困難であるため、NZではいくつかのキャリアステップが位置づけられている。その中でもシェアミルカー経営は、いわば「ヤドカリ」のようなものと言われており、始めは小規模な農場に「寄宿」して、実力を蓄えた後、より大きな農場に「寄宿先」を移し、徐々に知識、経験そして資金を蓄積していった結果、晴れて酪農場を購入し、オーナー経営者となるのである。

写真2 酪農家の巨大なバルククーラー

3 シェアミルカー経営の現状

(1)戸数の動向

 NZの酪農家戸数は、2007/08年度まで緩やかに減少した後、乳価の大幅な上昇を受けて、微増傾向で推移しており、全体の約3分の2を占めるオーナー経営者についても、おおむね同傾向で推移している(図2)。

 一方、残りの約3分の1を占めるシェアミルカー経営についても、全体ではおおむね微増傾向となっている。このうち、比較的規模の小さい50/50シェアミルカー経営はやや減少傾向となる一方、VOシェアミルカー経営はやや増加傾向となっている。VOシェアミルカー経営の多くは、実質的には大規模オーナー経営の労働力としての性格が強い。すなわち、このVOシェアミルカー経営の増加は、NZにおける酪農の規模拡大に伴う低分配率のVOシェアミルカー経営のニーズの高まりを反映した結果による。

図2 経営形態別酪農家戸数の推移
資料:Dairy NZ

 次に、地方別の動向について、ワイカト地方(北島の主要酪農地域)と、ノースカンタベリー地方(南島の主要酪農地域)の動向を、全国平均との比較により見ていくこととする。

 両地方ともに、オーナー経営の比率が全国平均よりも高いことが分かる。これは、NZの中でもとりわけ酪農が盛んな両地方においては、オーナー経営という最終的なキャリアステップの機会が、他地域に比べ十分に用意されているためとみられる。しかしながら、ワイカト地方では、50/50シェアミルカー経営がVOシェアミルカー経営よりも多いのに対し、ノースカンタベリー地方では、VOシェアミルカー経営が50/50シェアミルカー経営よりも多くなっている(図3)。

 これは、ワイカト地方が伝統的な酪農地域であり、昔からの伝統的な経営形態である50/50シェアミルカー経営が維持されているのに対し、ノースカンタベリー地方は、近年大規模酪農経営が増加している地域であるため、大規模なオーナー経営と契約している低分配率のVOシェアミルカー経営が多いことを反映しているとみられる。

図3 地方別経営形態の割合
資料:Dairy NZ
写真3 南島の大規模な酪農場

(2)経営の動向

 経営規模の指標となる1戸当たり経産牛飼養頭数および生産性の指標となる1ヘクタール当たり生乳生産量を経営体別に見ると、20%未満のVOシェアミルカーでは両数値ともに高くなっている(表3)。これは、既に述べた通り、大規模オーナー経営の経営動向を反映したものとなっている。一方、50/50シェアミルカー経営は、わずかな差ではあるが、最も飼養規模の小さい経営体であることが分かる。これは、50/50シェアミルカーはその発展過程から、資金面での制約が大きく、他の経営形態より小規模とならざるを得ないからである。一方で、50/50シェアミルカー経営は、近い将来にオーナー経営になることを目指す意欲を持った若年層であり、1ヘクタール当たり生乳生産量はわずかながらオーナー経営よりも高い。なお、わずかながら存在する50%超のVOシェアミルカー経営は、両数値ともに、わずかに50/50シェアミルカー経営よりも高い。これは、50%超のシェアミルカー経営は、その比率から50/50シェアミルカーとオーナー経営の間の段階に位置するとみられ、小規模な50/50シェアミルカー経営よりも、飼養規模の拡大、生産性の向上が進んでいる結果と思われる。

表3 経営形態別1戸当たり経産牛飼養頭数
および1ha当たり生乳生産量(2013/14年度)
資料:Dairy NZ
  注:1ha当たり生乳生産量は乳固形分ベース。

 さらに、経営動向について、現金収支と資産当たり利益率を例に挙げて、オーナー経営と50/50シェアミルカー経営を比較する。なお、ここでいうオーナー経営とはシェアミルカーとの共同経営ではない単独のオーナー経営であり、全ての費用を負担するため、資産(土地・搾乳舎)関連以外は全て負担する50/50シェアミルカーと、現金支出の費目はおおむね同様である。

 まず、現金収支を比較すると、50/50シェアミルカー経営の現金収入および現金支出は、ともにオーナー経営の半分程度となっている(図4)。これは、オーナー経営者とシェアミルカー経営者で、収入、費用を折半するという50/50シェアミルカー経営の基本的な考え方からしても当然といえる。

 一方、資産当たり利益率については、乳価に連動するため年度ごとの変動が大きいが、過去10年の平均で比較すると、オーナー経営の8%程度に対し、50/50シェアミルカー経営では、20%となっている。オーナー経営の利益率が低くなる傾向にあるのは、土地の資産価値が高いためである。また、50/50シェアミルカー経営では、乳価に連動して大きく変動する牛群の資産価値の影響を強く受けるため、年度ごとの変動が大きくなっている。

 以上から、50/50シェアミルカー経営は、オーナー経営に比べ資産当たり利益率は高い一方、年度ごとの変動が大きく、総じて、オーナー経営よりも財務的には不安定な状況にあると推察される(図5)。

図4 オーナー経営と50/50シェアミルカー経営の現金収支(2012/13年度)
資料:Dairy NZ
注1:現金収入は、乳代、乳牛売却費などの合計。
  2:現金支出は、雇用労働費、肥料費、飼料費、機器メンテナンス代など支出の合計。
    家族労働費、減価償却費などは含まれない。
図5 オーナー経営と50/50シェアミルカー経営の資産当たり利益率の推移
資料:Dairy NZ

4 シェアミルカー経営の最近の動向

 近年、NZの酪農をめぐる情勢の変化とともに、シェアミルカー経営も変化してきている。オーナー経営になること、さらにはその前段階である50/50シェアミルカー経営になることも、以前より困難となっている。そのため、VOシェアミルカー経営が増加するとともに、新たな経営形態が拡大するという傾向が見られるようになってきている。

(1)酪農の規模拡大

 まず、シェアミルカー経営をめぐる最も大きな情勢の変化は、酪農という産業そのものの拡大である。

 NZでは2000年代以降、酪農が大幅に発展し、2013/14年度の1戸当たり経産牛飼養頭数は、412頭(2003/04年度比36.4%増)、1戸当たり酪農場面積は、144ヘクタール(同29.7%増)と、ともに10年間で3〜4割増加している(表4)。

 また、経営動向についても、2012/13年度のオーナー経営の1戸当たり現金収入は96万1920NZドル(約8946万円、同約2.3倍)、現金支出は58万6744NZドル(約5457万円、同約2.4倍)と、収入、支出ともに2倍を超える水準まで増加している。

表4 酪農経営規模の変化
資料:Dairy NZ
  注:直近年度は、経産牛飼養頭数および酪農場面積は2013/14年度、その他は2012/13年度。

 このように、NZでオーナー経営になるには、10年前とは異なる次元の経営規模と資金が必要となっており、同様に50/50シェアミルカー経営も、それに準ずる経営規模と資金が必要となっている。

 このため、NZの多くのオーナー経営は、多額の借入金を前提に土地を購入し、経営を維持・拡大している。実際にNZの酪農経営の負債額は、ここ数年、増加傾向が継続しており(図6)、シェアミルカー経営がオーナー経営になるに当たり、資金の確保は大きな課題となっている。

図6 オーナー経営者の負債額などの推移
資料:Dairy NZ

 また、2000年代以降、NZでは、酪農の規模拡大に併せて急激に酪農場価格が上昇しており(図7)、オーナー経営者になることを、さらに困難なものにしている。その結果、NZの酪農団体などによると、NZ国内で酪農場を確保できない酪農家が、豪州のタスマニア州などへ移住する事例が増加していると言われている。

図7 酪農場販売価格の推移
資料:Dairy NZ
写真4 酪農場は景観が良く資産としても価値が高い

(2)労働機会の競合

 さらに、酪農従事者の動向もキャリアステップに影響を及ぼしている。

 酪農団体などによると、酪農従事者数は安定的に推移している一方、長期的に見ると酪農家戸数は減少しており、近年は、新規に酪農に従事する機会を得ることが困難になっているとしている。また、1985/86年度には、酪農従事者の53%はマネジメント職(農場マネージャー、コントラクトミルカー、シェアミルカーなど)に就いていたものの、2009/10年度にはこれが40%まで減少しているとしている。これは、酪農の規模拡大に伴い、マネジメント職よりも、大規模農場の雇用労働者に近いポジションが増加していることが背景にあるとみられる。

 これらの結果、酪農の拡大の一方で、酪農のマネジメント職という労働機会に対する競合が高まっており、結果的にシェアミルカー経営に参入することが難しくなっている要因の一つとみられている。

 こうした情勢を背景に、NZでは酪農経営の働き方に対する認識も変化しつつある。かつては、農場アシスタントから始まり、シェアミルカー経営を経て、最終的にオーナー経営になるというキャリアステップが定着していた。しかし最近は、そもそもオーナー経営をキャリアステップの最終目標とするのではなく、シェアミルカー経営や後述するような企業経営体の一員としての働き方も、一つの働き方であるという見方も広まっている。

(3)エクイティ・パートナーシップ

 近年、50/50シェアミルカー経営やオーナー経営に代わる新たな経営形態として注目されているのが「エクイティ・パートナーシップ(Equity Partnership)」である。エクイティ・パートナーシップとは、若年の酪農家と一線から退く年配の酪農家、あるいは酪農とは直接関連しない投資家など、複数の者の共同出資により酪農場、牛群、施設などを購入し、共同で経営を行う合弁企業体である。

 若年層の酪農家は、エクイティ・マネージャーとして実際に酪農経営に従事するというものであり、経営上の利益は、出資割合に応じて各出資者に分配される。また、エクイティ・マネージャーである若年層の酪農家には、合弁企業体の従業員として給料も支払われる。

 若年層の酪農家にとって、シェアミルカー経営やオーナー経営に代わり、エクイティ・パートナーシップという企業体で働くメリットの一つは、資金面である。土地持ちのオーナー経営はもちろん、牛群自己所有の50/50シェアミルカー経営においても若年層の酪農家にとってかなりの資金負担であるが、エクイティ・パートナーシップであれば、他の者との共同出資であるため、相対的に資金負担が少なくて済む。その一方、合弁企業体の従業員としての給料と経営利益の分配という二つの収入源が得られるのである。また、ある程度の資金力を持つ企業経営体であれば、金融機関からの融資を受けやすいことに加えて、複数の者が参画しているため、リスクや資金負担を分担できる点もメリットといえる。さらに、一人の酪農経営者としても、資金に余裕のない小規模な酪農場で、50/50シェアミルカー経営やオーナー経営を行うよりも、より大規模な酪農場で「実質的なオーナー」として働くことの方が意欲も高まるという側面がある。

 一方で課題もある。関係者によれば、エクイティ・パートナーシップの資産当たり利益率は、50/50シェアミルカー経営よりも低いといわれている。また、エクイティ・マネージャーには、一人で現場の実務を処理するだけの十分な経験が必要となる。さらに、複数の者の共同経営であるがゆえに、活発なコミュニケーションや経営戦略の意思統一がシェアミルカー経営以上に重要となる。

5 おわりに

 NZでは、伝統的にシェアミルカー経営が酪農家にとっての重要なキャリアステップとして機能し、2000年代以降の酪農の急激な発展を下支えしてきたといえる。しかしながら、近年の急激な酪農の発展は、同時に、規模拡大に伴う投資額の拡大、酪農場価格の上昇、マネジメント職の競合などをもたらし、結果的に、若年層の酪農家が、オーナー経営や50/50シェアミルカー経営になることが以前より困難な状態となっている。今後は、オーナー経営や伝統的な50/50シェアミルカー経営から、大規模オーナー経営の関与度合いの高いVOシェアミルカー経営や、より企業経営に近いエクイティ・パートナーシップへと経営形態が変化していくことが予想される。

 NZと日本では、酪農経営をめぐる内外の情勢は大きく異なる。しかしながら、酪農の安定と発展にとって、若年層の新規参入が不可欠であることに変わりはない。そうした意味では、シェアミルカーという経営形態が、NZにおいて、後継者確保に一定の貢献を果たしてきたことは、日本における酪農の新規参入、後継者確保策を考える上でも参考になるものと思われる。


 
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