海外情報  畜産の情報 2015年3月号


豪州のWagyu生産および流通の現状

調査情報部 伊藤 久美、西村 博昭


【要約】

 豪州のWagyuは、1990年代に日本など脂肪交雑を求める市場に応えるべく導入されたのが始まりである。豪州では、和牛血統の交配割合が50%を超えるものがWagyuとして分類され、現在のWagyu飼養頭数は、牛総飼養頭数の0.9%である約25万頭と推計されている。

 豪州産Wagyuは日本と同様に穀物で肥育されるものの、育成までは放牧主体であり、肥育期間も日本と比較して短く、コストを抑えた豪州の肉牛生産の特徴を最大限に取り入れた生産体系となっている。

 Wagyuの年間生産量は3万2000トンで、うち8〜9割はアジアを中心とした輸出市場に仕向けられているが、国内でもWagyuブランドとして、大都市の高級ステーキハウスでは定番メニューとなっている。

1 はじめに

 豪州のWagyu産業の歴史は、日本から米国に渡った和牛子孫の生体や遺伝子が、1990年代に豪州に輸入されたのが始まりとされている。

 長らく、豪州でのWagyuの位置付けは、赤身肉が主体の豪州の肉牛に、脂肪交雑の多いWagyuを掛け合わせることによって、肉質を向上させ、生産者の手取りを高めるためのものということであった。

 豪州のWagyuは、他の品種の牛肉と比べて輸出依存度が高く、かつ、価格も高いことから、海外市況や為替の動向の影響を強く受けてきた。2007年からは、豪州国内での干ばつによる穀物価格高がWagyu生産者の収益を圧迫し、輸出面では、世界金融危機による世界的な牛肉消費の低迷、主要取引通貨の米ドルに対する豪ドル為替の上昇などが、豪州Wagyu産業を厳しい状況にさらした。

 再び活況を呈したのは、海外市場での取引環境が改善し、豪州産牛肉への需要が高まってきた2012年頃からである。現在は、アジアや欧米の高級牛肉市場でその存在感を高め、豪州国内でも高級ステーキハウスなどからの引合いが強まっている。Wagyuの肥育もと牛は、一般的に通常の品種よりも高く取引されることから、生産者における導入が進み、今後のWagyu生産拡大も予想されている。

 豪州のWagyuに関しては、豪州政府や業界団体が公表する正式な統計データがなく、日本ではあまり報告されていない。和牛の輸出促進に取り組むわが国にとって、豪州のWagyuの現状には注目が集まるところであるため、機構では今般、現地での聞取りを中心に、豪州のWagyuの生産や流通、改良の状況について調査を行ったので、ここに報告する。

 なお、本稿では、豪州産を「Wagyu」と標記して、日本の和牛とは区別することとする。また、為替レートについては、1豪ドル=94円(2015年1月末日TTS相場:94.06円)を使用した。

2 豪州のWagyu生産

(1)豪州Wagyuの定義

 肉牛品種登録協会の一つである豪州Wagyu協会(Australian Wagyu Association:AWA)によると、豪州のWagyu生産は、1990年代に米国から豪州に和牛の遺伝資源が導入されたのが始まりであり、その後、Wagyuは他品種との交雑を中心に生産されてきた。このため、長らく、豪州でWagyuとされる牛の血統の交配割合はまちまちで、定義も曖昧であった。

 そこで、AWAは、豪州でWagyuとして血統登録が可能な牛を「和牛遺伝子の交配割合が50%以上のもの」と、独自に定義し、交配の割合に応じて表1に示すように分類した。なお、フルブラッドWagyuについては、以下本文中「Wagyu純粋種」とする。

 この定義と分類は、豪州Wagyuの遺伝資源、生体および牛肉が国内外の市場で販売される際に、豪州Wagyuの品種を証明するものとして、業界団体であるオズ・ミート(AUS-MEAT)(注)も支持している。

注:オズ・ミートとは、豪州食肉家畜生産者事業団(MLA)と豪州ミート・プロセッサーズ・カンパニー
  (Australian Meat Processor Corporation:AMPC)が共同で運営する非営利団体であり、食肉業界と協議し、
  豪州産食肉や家畜を販売、流通、輸出する上で、信用や品質評価につながる認証規格の制定、見直しなどを行っている。

表1 豪州のWagyuの定義
資料:AWA

(2)飼養頭数

 AWAは2014年に実施した頭数調査の結果、Wagyuの年間出生頭数を12万頭と推計するとともに、Wagyu飼養頭数を豪州の牛総飼養頭数の0.9%、うち純粋種が1割としている。豪州農業資源経済科学局(ABARES)によると、直近の牛総飼養頭数(2014年6月末時点、暫定値)は2760万頭であることから、単純に計算するとWagyu飼養頭数は約25万頭、うち純粋種は2万5000頭と推計される。

 また、Wagyu飼養頭数の州別分布を明確に示したものは存在しないが、AWAの国内の州別会員数を見ると、ニューサウスウェールズ(NSW)州とクイーンズランド(QLD)州で全体の76%を占めており、肉牛主産地であり、かつ、フィードロットの多い両州にWagyu生産者が多いことが分かる(図1)。なお、生産者数で見るとNSW州が最も多いが、QLD州には約6万頭のWagyuを飼養する大手肉牛生産企業があることから、頭数自体はQLD州が最も多いとみられる。

図1 州別AWA会員割合
資料:AWA、ABARES、豪州フィードロット協会(ALFA)より機構作成
注1:AWA会員登録数は2014年8月現在、肉牛飼養頭数は2013年6月末時点、
   フィードロット飼養頭数は2014年6月時点
  2:AWA会員数は海外(36)を除く

(3)生産体系

 Wagyu生産の一般的な流れは図2のとおりであり、種雄牛生産者や繁殖農家が肥育もと牛(去勢牛および未経産牛)を生産・放牧育成し、フィードロットで穀物肥育された後、と畜される。また、個人の生産者や大手肉牛生産企業が、繁殖から穀物肥育までを1カ所または生産ステージに応じて複数の農場で一貫して行う例もみられる。生産者数では個人経営が大多数を占めるものの、Wagyu出荷頭数で見ると、飼養規模が大きい一貫経営による大手肉牛生産企業などが占める割合は高い。

図2 Wagyuの生産体系
資料:聞き取りから機構作成

 Wagyuがアンガスやヘレフォード、熱帯種などの一般的な肉牛生産と異なる点は、ほぼすべてが穀物肥育されることである。その一方で、日本の和牛生産との違いで見ると、育成までは放牧で行われている。一般に、豪州では、広大な土地と豊富な牧草資源を利用した肉牛生産が主体であり、図3に示すとおり、フィードロットに導入されている頭数は牛全体のわずか3%を占めるに過ぎず、フィードロットから出荷される穀物肥育(グレインフェッド)牛がと畜全体に占める割合も約3割と、放牧への依存度が高いことが分かる。種雄牛生産者や繁殖農家、牧草肥育農家は、通常は、放牧のみで飼養し、穀物や乾牧草など購入飼料を補助的に利用するのは、干ばつなどで放牧環境が悪化した場合に限られる。輸出主体の豪州牛肉産業は、豊富な資源を利用して肉牛を低コストで生産することで、競争力を維持しており、Wagyu生産においても放牧が最大限に活用されている。

 AWAは、フィードロットでWagyuが肥育されている頭数を約8万頭と推計している。これは、フィードロット飼養頭数の約1割に当たり、牛総飼養頭数に占めるWagyuの割合が1%に満たないことと比べると、Wagyu生産のフィードロットへの依存度の高さがうかがえる。

 なお、肥育もと牛の一部は、日本などに生体で輸出されている。

図3 一般的な肉牛生産体系
資料:飼養形態別および出荷形態別の頭数割合はABARES、ALFA、生産体系は
   聞き取りから機構作成
注1:飼養形態別の頭数割合は2014年6月末時点であり、牛総飼養頭数からフィードロット
   飼養頭数を除したものを「放牧」とした
  2:出荷形態別の頭数割合は2013年のものであり、フィードロット出荷頭数を
   「グレインフェッド」、牛と畜頭数からフィードロット出荷頭数を減じたものを
   「グラスフェッド」とした
  3:飼養形態別の頭数割合の「放牧」には、種雄牛、繁殖雌牛および哺乳・育成期間の
   牛も含まれる

 図4には、豪州のWagyuの生産サイクルを示した。種雄牛を除いて、繁殖は主にまき牛による自然交配で行われ、生産された子牛は5〜8カ月齢程度まで母牛と共に飼養される。その後は放牧によって12〜16カ月齢、300〜320キログラム程度まで育成され、フィードロットに出荷される。

 Wagyuの肥育日数については、純粋種が450〜600日、F1で350〜450日と、日本の和牛に比べて短いものとなっている。ただし、一般的なグレインフェッド牛は100日程度の短期肥育が大半を占め、主に日本向けとして生産されてきた中期肥育(肥育期間150〜200日)や長期肥育(同200日〜)も、日本市場からの需要の減退や生産コスト高により肥育日数が短縮される現状にある中、Wagyuは他品種と比べて際立って長い。これは、脂肪交雑の入りやすいWagyuとしての特性を最大限に活かすためであると同時に、長期間の肥育コストに見合うだけの販売価格がWagyuでは得られるためでもある。

 なおフィードロットで給与される飼料は、防疫上、豪州国内で生産されたものに限定されており、大麦や小麦を主体にモラセス(廃糖みつ)などが給与されている。日本の和牛に多く給与されるトウモロコシは、土地が痩せて降水量も少ない豪州では生産量自体が少ないため、それほど多くは使用されていない。

図4 Wagyuの生産サイクル
資料:聞き取りなどから機構作成
酪農家によるWagyu生産の事例(NSW州北部沿岸地域ベリンゲン)

 豪州では、日本のような酪農家によるF1の子牛生産はほとんど見られない。このため、NSW州北部のあるフィードロットでは、「ホルスタインリースプログラム」を独自に用意し、酪農家からF1の肥育もと牛を導入している。同プログラムは、フィードロットがF1肥育もと牛を確保するため、自らホルスタインの経産牛を所有し、これを酪農家に無償で貸し付けるものである。ホルスタインをリースした酪農家は、これらホルスタインを本人が用意したWagyu純粋種の種雄牛と交配させ、F1の子牛を100キログラムまで飼養した後、フィードロットに引き渡すこととなっている。F1子牛の1頭当たり販売価格は500豪ドル(4万7000円)である。

 調査した酪農家は、同州の主要酪農地域であるベリンゲン(Bellingen)で330頭の経産牛を飼養し、このうち、130頭のホルスタインをフィードロットからリースしている。

 成績向上のため人工授精で繁殖させる後継用乳牛の生産と異なり、Wagyuは自然交配させている。生まれたF1の子牛は、生後数日間カーフハッチで1頭ずつ管理した後、放牧地に移動させ、人工哺乳と子牛用の高たんぱくペレット(原材料は小麦、大麦、なたね、綿実かす)を併用して飼養している。

 酪農家は、リース以外のホルスタインの一部にもWagyuを交配させており、フィードロットに年間140頭のF1を供給している。2014年11月の調査時点においては、QLD州南部やNSW州北部の肉牛主産地で長引く干ばつや、南部州での高温乾燥によって、と畜場への子牛の出荷頭数が増加しており、同生産者によると、乳雄子牛(生後5日でと畜場に出荷)の販売価格は1頭当たり25豪ドル(2350円)にまで下落していたという。同酪農家の放牧環境も良好とはいえない状況であった中で、同プログラムによるF1の販売は、収益を向上させる上で重要な役割を果たすものとなっていた。

 なお、調査時点のフィードロットの肥育もと牛購入価格は、アンガスが1頭当たり800〜900豪ドル(7万5000〜8万5000円)である一方、WagyuF1が同1200豪ドル(11万3000円)であり(いずれも350キログラム程度で購入)、豪州国内で最近アンガスの人気が高まる中にあっても、アンガスと比べてWagyuは1.5倍近くの価格差がついている。

(4)肉質評価

 Wagyuの枝肉の評価には、基本的にオズ・ミートによる冷蔵枝肉品質評価(チラーアセスメント)が用いられている。チラーアセスメントは、オズ・ミート認定取得が義務付けられている輸出用の食肉処理加工施設で、牛枝肉の評価および格付けをするために開発されたシステムであり、肉色や脂肪色、脂肪交雑(マーブリング)度合、ロース芯面積、皮下脂肪厚、枝肉の発育度などが総合的に評価される。

 脂肪交雑度合を評価する牛脂肪交雑基準(マーブリングスコア、BMS)は、日本より2段階少ない10段階となっており、豪州のBMS9は日本の同6程度とするWagyu生産者もいる(図5、図6)。日本よりもBMSが低く設定されているのは、牧草肥育や短期穀物肥育が大半である豪州の牛肉が、元来脂肪交雑が少ないためである。温帯種の中で、比較的脂肪交雑が入りやすいとされるアンガスでも、牧草肥育や100日程度の短期穀物肥育ではBMS0〜1、200日の長期穀物肥育でも2〜3程度であり、BMS4〜6が出ることは非常にまれとのことである。こうしたことから、チラーアセスメントの評価員が、BMS6を超える牛肉を扱う際には、通常の資格に加え高度マーブリング評価資格が必要となる。

図5 豪州の脂肪交雑基準
資料:AUS-MEAT「オーストラリア産食肉ハンドブック第7版」
図6 日本の脂肪交雑基準との比較
資料:図5に同じおよび(公社)日本食肉格付協会

 Wagyu純粋種は、一般的にBMS8以上を目標に生産され、実際の格付け結果は4〜9以上(平均7.4)となっている。また、交雑種の場合はBMS5〜7以上を目標に生産されることが多いが、実際の格付け結果はまちまちとのことである。AWAによると、WagyuのBMS5での枝肉取引価格は1キログラム当たり3.50豪ドル(330円)程度であり、BMSのスコアが1つ上がるごとに同1豪ドル(94円)程度、価格が上乗せされるとしており、これがBMS向上への意欲につながっている。

 なお、オズ・ミートの認定を取得していない国内向け専用の食肉処理加工施設では、チラーアセスメントは行われない。国内向け専用にWagyuを卸す生産者は、顧客との信頼で取り引きしている。

3 改良の現状

 日本では、肉用牛生産の振興と改良施策に関する中長期的な取組み方針を国が定め、行政と民間が一体となり和牛の改良に取り組んできた。一方、豪州では、政府は肉牛の改良に関して資金面で一部補助を行うのみであり、肉牛の育種改良の研究や遺伝能力データの蓄積は、各品種協会や大学などの研究機関、民間企業が中心となり行っている。また、これら研究成果やデータを活用し、実際の牛群改良は生産者自身が行っている。

 Wagyuについては、AWAが純粋種の維持および品種改良、品種の普及を目的として、品種改良の根幹を成す血統登録システム構築や生産者が牛群改良に利用するデータの蓄積・管理などを行っている。

(1)Wagyuの血統登録

(1) 血統登録頭数

 Wagyuの登録頭数は、2012年に初めて5000頭を超え、2013年には6657頭と、年々増加している(図7)。2012年の各品種の登録頭数については、44品種、20万5606頭が登録されたうち、最も多いのがアンガス(6万1467頭)、次いでヘレフォード(2万6702頭)、ブラーマン(2万723頭)などとなっており、Wagyuは第10位であった。

図7 Wagyuの登録頭数の推移
資料:AWA
  注:当該年に登録された頭数

 Wagyuの血統登録は、純粋種と交雑種(F1〜F4)の繁殖用およびと畜用(コマーシャル用)が可能であり、純粋種とピュアブレッド(F4)の繁殖用については、ハードブック(Herdbook)と呼ばれる血統系統図への登録も可能となっている。AWAは、血統登録が純粋種およびピュアブレッドの生体や遺伝資源を繁殖用として輸出する際の血統証明となるとともに、販売時の価格プレミアムにつながるといったメリットもあることから、これを推奨している。

 しかしながら、カテゴリーごとの血統登録数を見ると、全登録頭数の9割近くを純粋種が占めており、Wagyuを取り扱うフィードロットで聞き取った1事例によると、純粋種の肥育もと牛を導入する際には、生産者に対し血統登録書を求めているものの、交雑種は信頼取引としているような背景からも、交雑種のコマーシャル用の登録は限定的であるのが実情とみられる(表2)。

表2 カテゴリーごとの登録頭数
資料:AWA
  注:これまで登録された頭数の累計

(2) 血統登録システム

 血統登録の内容は品種ごとに各協会が任意で決定するものである。Wagyuでは、個体名、性別、個体識別番号(=耳標番号)、誕生年月日、遺伝病のDNA診断結果、Wagyuの交配割合によるカテゴリー、3代前までの血統情報−などが登録されている(図8)。

図8  血統登録の内容
資料:AWA

 AWAは血統登録の煩雑さの解消と登録データの正確性向上のため、SMARTREC(Wagyu Smart Recording)というWagyu独自の登録システムを開発した。このシステムでは、(1)Wagyu識別用耳標、(2)全国家畜個体識別制度(National Livestock Identification Scheme:NLIS)専用耳標、(3)組織標本(DNA)採取装置(Tissue Sampling Unit:TSU)がセットになったWagyu登録専用の耳標が使用されている(図9)。

図9 Wagyu登録専用の耳標
資料:AWA

 生産者は、AWA経由でメーカーに耳標を発注し、提供された耳標をWagyuに装着すると同時に、TSUで採取したDNA標本を、WagyuのDNA型検査認定機関に送付することとなっている。一方、AWAは、親子判定と遺伝病の診断結果を検査機関から受け取り、その他の個体情報とともにデータを蓄積している(図10)。

図10 血統登録の流れ
資料:AWAを基に機構作成

(2)豪州での肉牛の改良

(1) 肉牛の遺伝能力評価(BREEDPLAN)

 豪州での肉牛の牛群改良には、豪州で構築されたブリードプラン(BREEDPLAN)と呼ばれる肉牛の遺伝能力評価システムが利用されている。このシステムは、イングランド大学(NSW州アーミーデール)とNSW州第一次産業省との共同事業である動物育種遺伝ユニット(Animal Genetics and Breeding Unit:AGBU)で開発され、システムとデータベースの提供は、農業ビジネス研究協会(Agricultural Business Research Institute:ABRI)が担っている。

 BREEDPLANでは、雌雄個体の血統情報と繁殖成績、肥育成績、枝肉成績などを組み合わせたデータの蓄積から、個体のさまざまな形質の遺伝的能力を数値化した推定育種価(Estimate Breeding Value:EBVs)が作成される。

 BREEDPLANでEBVsの作成が可能な形質は表3のとおりである。各形質の遺伝的能力は品種間で差異があり、肉牛生産において重視される形質も品種によって異なるため、BREEDPLANは品種協会ごとに実施するものとなっている。品種協会の多くは、1990年代半ばからBREEDPLANを開始している。

表3 BREEDPLANで推定可能な形質
資料:ABRI

 EBVsを利用するのは主に種雄牛生産者や繁殖農家であり、種雄牛生産者の牛群の遺伝的改良を加速させるのに役立つとともに、繁殖農家が種雄牛を購入する際の指標ともなっている。

 現在、BREEDPLANは豪州国内の40の品種協会で利用されるとともに、ニュージーランドや米国、カナダ、アルゼンチン、英国など海外の品種協会でも広く取り入れられている。BREEDPLANにより遺伝能力評価を受ける肉牛は、豪州とニュージーランド合わせて年間14万5000頭にのぼっているとのことである。

(2) Wagyuの改良

 Wagyuの牛群改良にもBREEDPLANが利用されている。AWAは、Wagyu生産において最も重視する形質として増体、脂肪交雑、枝肉重量の3つを挙げており、生産者や業界の要望を取り入れ、Wagyu BREEDPLANの評価項目は、図11に示したとおり14項目が設定されている。

 生産者からは、この項目の他に、アンガスのEBVsでは設定されている「分娩の難易度」や「飼料摂取量」といった形質の評価も取り入れてほしいと要望があったが、Wagyuの場合はデータ蓄積量が少なく信頼に欠けることから、評価項目には設定していないとのことであった。

図11 WagyuのEBVsの表示
資料:ABRI

 豪州のWagyu改良の最も大きな課題は、利用可能な和牛遺伝資源が非常に限られた状況だということである。さらに、Wagyu生産の目的が、アンガスなどとの交配により既存の肉牛の脂肪交雑を高めることにあったことから、豪州に導入された和牛遺伝子は増体よりも肉質重視の血統に偏っている。

 こうした状況にある中、EBVsは個々の生産者がコマーシャル用に利用する意味合いが強く、種雄牛や繁殖雌牛の選抜において国や県、民間が広くEBVsを利用している日本とは異なっている。このため、改良はほとんど進んでおらず、現存する和牛遺伝子の維持が精一杯であるともいえる。

 なお、AWAとAGBUは、2011年からWagyuのEBVsと枝肉成績のデータ蓄積を開始しており、集まった1854頭(うち、種雄牛161頭)のBMSの平均値は7.4、平均枝肉重量は425キログラムとなっている。

種雄牛生産者による種雄牛および肥育もと牛生産の事例:Kuro Kin Wagyu農場
(NSW州アッパーハンター地域)

 ビショップ氏は、シドニーから北西約300キロメートルのNSW州アッパーハンター地域の8500エーカー(約3400ヘクタール)の牧場で、1996年からWagyuを生産している。

 同氏はQLD州の輸入業者を通じて米国からWagyuの受精卵20個を購入し、ホルスタインの雌牛に移植することで、最初のWagyuを生産した。2014年8月の調査時点で、所有するWagyu純粋種の頭数は、種雄牛が20頭と繁殖雌牛が300頭である。純粋種同士の掛け合わせにより、後継用および販売用の種雄牛と繁殖雌牛を生産している。また、アンガスの繁殖雌牛を1000頭飼養し、これをWagyuの種雄牛と掛け合わせてF1を生産し、日本への生体輸出と国内フィードロット向けの肥育もと牛として出荷している。

 純粋種もF1も基本的には放牧で育成し、穀物などの補助飼料を給与するのは干ばつなどで放牧環境が悪化した時だけである。放牧での1日当たり増体量は、F1去勢牛の場合、改良草地で1.1キログラム、えん麦草地で0.82キログラム、純粋種の場合、改良草地で0.75キログラム、えん麦草地で0.68キログラムとのことである。

 Wagyuの牛群の能力向上と後継牛の選抜のために、すべての牛は出生後および200日、400日、600日前後の体重を測定し、かつ、超音波スキャニングによってロース芯面積と皮下脂肪厚、脂肪交雑のデータを牧場で記録している。また、フィードロットでの増体成績やと畜場での枝肉成績を無料で提供してもらい、同じデータベース内に記録を蓄積している。同農場が生産したWagyuのBMSは、純粋種が平均6.8、F1が4である。後継雌牛の選抜には、フィードロットやと畜場での成績やEVBs(推定育種価)のデータを参考にし、毎年30頭ほどを繁殖用として保留している。約120頭のWagyu純粋種の未経産牛は、繁殖農家に販売する他、フィードロットの肥育もと牛としても販売する。また種雄牛の販売頭数は、年間40頭ほどである。

 F1肥育もと牛は、去勢牛を日本向けに生体で出荷し、それ以外は去勢牛、未経産牛ともにNSW州とQLD州の4カ所のフィードロットに販売している。現在の販売価格は、日本向け去勢牛が1キログラム当たり3.41豪ドル(320円)、フィードロット向けは、去勢牛が同3.20豪ドル(300円)、未経産牛が同2.90豪ドル(270円)である。なお、フィードロットへのアンガス去勢の肥育もと牛販売価格は同2.40豪ドル(230円)であり、Wagyuを掛け合わせることで、3割ほど価格は上乗せされている。

 フィードロットからのF1肥育もと牛需要が高まっていることから、ビショップ氏の息子は、将来的にアンガス繁殖雌牛を2000頭まで増頭し、フィードロットへの販売頭数を増やすことを考えている。一方で、Wagyu純粋種の経産牛については、コスト面や成績を維持する上で現在の飼養頭数が最適と考えており、現状を維持する考えである。

4 Wagyuの流通動向

 前述のとおり、Wagyuの推定年間出生頭数は12万頭であり、このうち1万3000頭程度が生体輸出、残りが繁殖用とと畜用(コマーシャル牛)に仕向けられる。AWAの推計によると、豪州のWagyu生産量は年間3万2000トン、うち8〜9割が海外市場に輸出されている。豪州の2013年の牛肉生産量を見ると、236万トンのうち7割を占める161万トン(枝肉重量換算ベース)が輸出に仕向けられており、Wagyuは他の牛肉と比べて輸出依存度が高い一方で、国内での需要も高まっている。

(1)国内消費

 豪州国内に流通しているとみられるWagyuは3200〜6400トンであり、牛肉全体の消費量75万トン(枝肉重量ベース、2013年)の1%にも満たない数量である。

 豪州では、牛肉はステーキやグリル料理を主体に消費され、日本と比べて一度に食する量が多く、かつ、口にする頻度も高いため、豪州の1人当たり牛肉消費量は日本の3.5倍と、かなり多いものとなっている(図12)。したがって、高価なWagyuは、自宅で日常的に食べる牛肉としては適さず、外食頻度の高いシドニーやメルボルン、ブリスベンなど大都市での消費が中心となっている。

図12 豪州と日本の1人当たり年間牛肉消費量
資料:米国農務省(USDA)(国内消費量)、豪州統計局(ABS)
   (豪州の人口)、総務省(日本の人口)から機構作成
注1:国内消費量は2013年、豪州の人口は2013年6月30日時点、
   日本の人口は2013年10月1日時点
  2:枝肉重量ベース

 シドニーのステーキハウスでのWagyuの提供価格を見ると、グラスフェッド牛肉やアンガスのグレインフェッド牛肉など他品種の同部位と比べて1.5〜2倍程度の価格差があり、Wagyuは豪州国内でも高級な位置付けにある(表4)。

表4 シドニーおよびブリスベンの外食の牛肉提供価格

 また、小売では、Wagyuが置かれているのは高級ブッチャー(食肉小売店)やアジア人の顧客が多い日系・韓国系スーパーなどであり、一般のスーパーの棚で見かけることはまずない。シドニーの高級百貨店でのWagyu販売価格を見ると、スーパーで販売されているアンガスなど高級ラインの牛肉と比べても4倍近い価格差がある(表5)。

表5 シドニーの牛肉小売価格
資料:機構調べ
  注:大手スーパーおよび高級百貨店は2014年8月時点、日系スーパーは同年11月時点

 豪州人からは純粋種よりもF1を好む声も聞かれる。これは、豪州人の多くが、Wagyuに対して、「脂の甘さ」や「和牛香」といった和牛自体の味わいを楽しむことよりも、これまで食べてきた赤身のステーキに適度な脂肪や軟らかさが加わることを求めているためと考えられる。赤身のステーキに慣れ親しんできた豪州人にとって、脂肪交雑の多すぎる牛肉は、見た目だけで敬遠されてしまうこともある。

 とはいえ、現在、豪州では何度目かのWagyuブームを迎えているといわれている。そのきっかけとなったのは、2009年にファストフードチェーンであるマクドナルド社やハングリージャック社が、豪州国内で「アンガスバーガー」の販売を開始したことによる。これが、豪州の人々に牛の品種と牛肉の美味しさとの相関を意識させ、Wagyuにも目を向けさせることとなった。大都市の高級ステーキハウスには、最近ではアンガスとWagyuが必ず置かれており、メニューには産地やブランド名、肥育日数やBMSなども記載されるなど、Wagyu自体が一種のブランドとして扱われている。

(参考)写真 豪州のWagyuとその他の牛肉(いずれも2014年8〜11月の間に撮影)
Wagyu生産者による国内でのWagyu販売促進

 QLD州の州都であるブリスベンに、Wagyu生産者が経営する食肉小売店(ブッチャーショップ)がある。1つ目の店舗は、中心部から10キロメートルほど離れた住宅街にあり、2つ目の店舗は2013年7月に、中心部から7キロメートル離れた大型ショッピングセンター内にオープンした。

 同生産者は、QLD州とNSW州の農場でWagyuおよび他品種の経産牛2000頭を飼養し、このうち2割ほどがWagyu純粋種という。フィードロットに肥育を委託して仕上げ、国内でと畜したWagyuの3分の2は輸出され、残りが国内に仕向けられている。国内での出荷先の8割が主にシドニーおよびメルボルンの外食用であり、残り2割をブリスベンの2店舗で販売している。

 ショッピングセンター内の店舗には、ドライエイジング専用の熟成庫も設置されており、通常のWagyuサーロインがキログラム当たり79.99豪ドル(7520円)であるのに対し、6週間熟成したWagyuサーロインは同129.99豪ドル(1万2200円)と、1.5倍の高値で販売している。また、レストランスペースも併設しており、WagyuバーガーやWagyuの盛合せなどを販売するとともに、食用販売スペースで購入したWagyuをその場で焼いてもらい試食できるようにもなっている。

 同生産者によると、シドニーやメルボルンでは単身世帯が増え、それとともに外食が増加傾向にある。外食の多い大都市での牛肉消費の特徴として、ポーション(1人前として提供される量)が小さいことが挙げられ、少量で満足感の得られるWagyuが受け入れられやすい環境にある。一方、ブリスベンは家族世帯が多いため、シドニーなどと比べて内食が多い。このため、同生産者は、家庭でもWagyuを食べてもらえるように、店舗内のレストランスペースでの試食によって、まず、Wagyuの美味しさを理解してもらおうと努力している。

 訪問時は昼時だったこともあり、レストランスペースはにぎわいを見せ、この店の人気の高さがうかがえた。また、一度Wagyuを食べると、リピーターとなる客も多いという。

 なお、同生産者は、中国(香港、マカオ)、米国、シンガポール、インドネシアなどにWagyuを輸出している。豪州Wagyuは日本の和牛に比べ安価であり、海外市場での価格競争面で有利とのイメージがあるものの、現在、同生産者の香港への輸出価格はストリップロインが1キログラム当たり140豪ドル(1万3200円)とのことであり、「日本の和牛と比べて決して有利な状況ではない」としていた。

(2)牛肉輸出

 2013年の豪州のグレインフェッド牛肉輸出量は20万9000トン(船積重量ベース)と、牛肉輸出量全体の約2割を占めている。また、その輸出先は日本向けに、韓国向け、中国向けが続き、アジアが際立って多い(図13、図14)。

 Wagyuについては公式なデータは存在しないが、AWAは、年間2万5600〜2万8800トン(枝肉重量ベース)が輸出されていると推計している。Wagyuのほぼすべてが穀物で肥育されていることから、Wagyu輸出量はグレインフェッド牛肉輸出量に含まれる。したがって、その輸出先についても、グレインフェッド牛肉と同様に韓国や中国(香港、マカオ)などアジア圏が主要輸出市場であると考えられる。訪問したフィードロット(生産するWagyuの6割が輸出向け)では、Wagyuの輸出先として最大の市場が韓国、次いで日本や米国であり、今後最も有力な市場として中国を挙げていた。

 なお、豪州から日本で輸入されるWagyuは、交雑種が大半を占めるとみられることや、日本における登録証明を持たないことなどから、日本では「和牛」として販売されてはいない。

図13 豪州の輸出先別牛肉輸出量(2013年)
資料:DAFF
  注:船積重量ベース
図14 豪州の輸出先別グレインフェッド牛肉量(2013年)
資料:MLA
  注:船積重量ベース
個人経営でWagyu純粋種を生産・販売する事例(NSW州北部沿岸地域サウスゲート)

 前述のNSW州ベリンゲンから130キロメートルほど北上したサウスゲート(Southgate)の牧場では、Wagyu純粋種を繁殖・育成し、フィードロットで預託肥育した後、国内でと畜したWagyuを海外に販売している。

 この牧場主は、以前にはQLD州で大規模農場を経営し、アンガスやブランガス(アンガスとブラーマンの交雑種)の他、Wagyuも生産していた。引退を考えて同地に移った15年前からは、収益性の高いWagyu純粋種のみを少数頭生産している。

 現在のWagyu経産牛の飼養頭数は60頭で、自然交配で生産した子牛は6〜9カ月齢まで放牧地で母牛と共に飼養し、離乳後は、16カ月齢まで放牧地で育成している。肥育は、QLD州ウォリック(Warwick)でWagyuの預託肥育を多く手掛けるフィードロットに550日間預託している。その費用は、1頭当たり約2000豪ドル(19万円)とのことである。

 年間のWagyu販売頭数は、去勢牛と未経産牛を合わせて50頭ほどで、この牛肉は中東、ドイツ、ロシア、米国などに販売している。出荷・販売は専門の業者に委託し、牧場主は枝肉のBMSに基づいた販売代金を受け取っている。枝肉販売単価は、BMS9の場合、1キログラム当たり10.50豪ドル(990円)、同8が同9.50豪ドル(890円)、同7が同8.00豪ドル(750円)、同6が同6.00豪ドル(560円)であり、1頭当たり販売価格は3000〜6000豪ドル(28万〜56万円)となる。

 高齢を理由に生産拡大は考えていないが、BMSという明確な販売指標があることがWagyu生産を続けていくための意欲につながっているようである。

写真 Wagyuの母牛と子牛を共に放牧

(3)生体輸出

 Wagyuの生体輸出頭数についても正式な統計データは存在しないが、日本向け生体輸出頭数の推移を見ると、繁殖用以外のものが大半であり、AWAは、この大部分を、WagyuとアンガスとのF1の肥育もと牛が占める、としている。F1は300キログラム程度で日本に輸出され、日本国内で約500日、穀物で肥育された後と畜される。2005年には、生体牛の対日輸出頭数は約2万5000頭にまで拡大したが、その後はほぼ一貫して減少し、2013年は約1万3000頭となっている(図15)。

図15 日本向け生体牛輸出頭数の推移
資料:Global Trade Atlas
  注:HSコード010210および010221(いずれも繁殖用途・純粋種の生体牛、
   前者は〜2011年、後者は2012年〜)、010290および010229(いずれも
   繁殖用途・純粋種以外の生体牛、前者は〜2011年、後者は2012年〜)

 また、2014年には、中国向けに繁殖用のWagyu未経産牛(純粋種および交雑種)が初めて輸出された。2014年8月までの中国向けの繁殖用Wagyu生体輸出頭数は、650頭であった。

 なお、豪州では、純粋種またはピュアブレッドが繁殖用として輸出される場合には、品種協会に血統登録がなされ、かつ、種雄牛は両親から3代にさかのぼって血統が証明されたものでなければならないとされている。

 今後の豪州Wagyuの生体輸出については、牛肉と同様、中国向けが伸びるとみる向きもある。

5 おわりに

 豪州のWagyuの定義には交雑種も含まれており、日本の和牛とは、そもそも概念が異なっている。また、肥育期間や飼養管理方法もさまざまである。このため、生産されるWagyuの品質は一般的な豪州産牛肉よりも高いものの、幅広いものとなっている。

 豪州のWagyuへの引合いは、国内外から強まっており、生産者はWagyu増産への意欲を高めている。しかしながら、今後、生産が伸びると予想されているのは交雑種であり、純粋種については大きな伸びは見込めないという見方が多い。これは、豪州がWagyuを取り入れた当初の目的が、海外市場の要望に応えるため、Wagyuを利用して従来の牛群の品質を高めようとしたことであり、これまで低コスト生産により輸出競争力を高めてきた背景を見ても、日本のようにきめ細やかな飼養管理を行って品質の高い純粋種での生産を目指すよりも、放牧を最大限に利用して交雑種を主体に生産するほうが、より収益を上げられると考えられるからである。さらに、Wagyuの飼養頭数自体が限られ、新たな和牛遺伝子の導入が困難な状況である中、純粋種を繁殖用として保留することも必要であり、交雑種の増産主体にならざるを得ないのである。

 日本の和牛は、すばらしい血統を利用した品種改良やきめ細やかな飼養管理に基づく高い品質を誇っている。また、一定品質の牛肉を提供するために、他国とは一線を画する優れた格付制度を保有している。ゆるぎない品質とそれを支える制度によって、今後も他国で生産されるWagyuの追随を許さないであろう。

 豪州のWagyuは、これまで海外において高価格帯の市場を開拓してきた。一方、日本は世界で本物の和牛の美味しさを発信するため、その証となる「和牛統一マーク」を掲げて、この上位に食い入るべく和牛輸出拡大に取り組んでいるところである。今回の報告が、この取り組みの一助となれば幸いである。


 
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