【要約】
平飼い卵(注)などは、POSデータ分析では、不特定多数の日常購買シーンでは多く取り扱われていなかった。鶏卵販売店頭実態調査からは、高級店と自然食品店が不特定多数の消費者を相手にする販売チャネルとして存在し、その限りで平飼い卵価格はケージ卵と比較して標準化していた。実際に生産する農家・企業では、「卸・親会社等販売型」も多く、「直売・加工」に取り組む「生協・宅配販売型」が一般的な販売基盤であった。つまり経営として、とりわけ量販店対応を主とする経営の存立は難しい実態が垣間見えた。こうした実態を改善するには「平飼い卵」の信頼性を高める必要がある。
(注)平飼い(鶏が自由に地面の上を歩き回れるようにした飼い方)をしている鶏の卵。
はじめに
アニマルウェルフェア(Animal Welfare、以下「AW」という)は、家畜(産業動物)においては、「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義されている。
AWの原則である「5つの自由(Five Freedom)」それは、下記に記された"自由"を家畜に保障しようというものである。
1.渇き、飢え、栄養不良からの自由
2.肉体的なそして温度上の不快感からの自由
3.痛み、傷害、病気からの自由
4.正常な行動を発現する自由
5.恐怖と苦悩からの自由
家畜の飼養管理を行う上で、家畜を快適な環境で飼うことは、家畜が健康であることによる安全・安心な畜産物の生産につながり、また、家畜の持っている能力を最大限に発揮させることにより、生産性の向上にも結びつくものである。
なお、AWへの対応とは、最新の施設や設備を導入することを生産者が求められるのではなく、家畜の健康を保つために、家畜の快適性に配慮した飼養管理をそれぞれの生産者が考慮し、実行することである※。
本稿では、POSデータ、鶏卵販売店頭実態調査、AW対応養鶏農家調査から、平飼い卵を中心としたAW対応卵の販売動向を整理し、その課題を整理する。日本におけるAW対応卵の存立構造を実証的に明らかにし、内在的な論理を示すことが、国際化における整合性を考えるキーとなるからである。
そこで、まずAW対応卵の国際的動向を紹介し、日本における鶏卵フードシステムを概観したうえで、「日経POSデータ」分析と鶏卵販売店頭実態調査から鶏卵販売におけるAW対応卵の位置づけを把握する。その上で19のAW対応生産卵農家・企業などへのインタビュー調査から平飼い卵生産・流通の課題を整理する。
※公益社団法人 畜産技術協会「アニマルウェルフェアの考え方に対応した採卵鶏の飼養管理方針」から抜粋
1 国際的なAW対応卵の動向
EUでは、採卵鶏において2012年1月よりエンリッチドケージ、すなわち1羽当たりの飼養面積750平方センチメートル以上、止まり木、爪研ぎ、巣箱、砂浴び場の設置が最低要件となった。1999年のEU理事会指令から12年後の施行だが、即時、実施できない国が存在したため1年間猶予し、2013年に施行できない4カ国が提訴された。その一方で基準を上回る規制を前倒しで実施したドイツやスイスもあり、足並みが揃っているわけではないもののEUのAWの取り組みはCAP改革に伴う大きな変革として進展している。
他方、米国では、2002年に全米鶏卵生産者組合(United Egg Producers、以下「UEP」という)が、独自のAWガイドラインと認証システムを策定し、1羽当たりの最低飼養面積を白色レグホンのケージで432.3平方センチメートル、ケージフリーで929.0平方センチメートルとしている。
2011年には、動物愛護団体(全米人道協会:The Humane Society of United States、以下「HSUS」という)とUEP間で、18年かけてケージの最低飼養面積を2倍以上に広げる連邦法案に合意した。ケージ飼育を批判し、いくつかの州で従来型ケージ飼育を事実上禁止する住民投票が可決されており、なかでも米国最大の消費州であるカリフォルニア州(以下「CA」という)では、2008年にProposition2を可決している。そこでは、産業動物が羽を広げたり、立ったり、座ったりできるスペースがなければならないとうたっており、米国の他5州で同様法が可決していることから、AWスタンダードの混乱を避ける合意であった。しかしこの連邦法は成立せず、2015年1月よりCA単独で規制がスタートしている。この規制は1羽当たり748.4平方センチメートル以上(9羽以上の場合)という点のみ規制し、パスチャライズド(殺菌)されたものは除外され、適応卵には「CA SEFS Compliant」表記が義務化されたためEUに比べ対応しやすい特徴がある。
ただし、米国ではケージフリー(注1)やフリーレンジ(注2)、オーガニックは併せて8%未満と日本の4%未満と2倍程度しか違わず、フリーレンジ以上が5割程度の英国、バーン(注3)以上が3割程度の豪州とは異なる。
日本では、AW概念になじみがなく「動物福祉」という訳語が適切でないことから、欧米のような一般化は困難とされ、(公社)畜産技術協会ではAWを「快適性に配慮した家畜の飼養管理」と定義している。しかし、有機農畜産物のような国際的基準に基づいた各国との相互認証が求められると思われ、その備えが必要である。
(注1)ケージフリーとは、米国のUnited Egg Producers の定義、1羽当たり929.0平方センチメートル以上の床面積。
(注2)フリーレンジとは、鶏を屋外で自由に動き回れる環境で飼育する方法のこと。
(注3)バーンとは、英国British Lion Eggの定義、1羽当たり1111平方センチメートル以上の床面積,1羽当たり15センチメートル以上の止まり木。
2 日本の鶏卵フードシステム
農林水産省の「畜産統計」によれば、平成26(2014)年2月1日現在、採卵鶏の飼養戸数・羽数などは表1の通りとなっている。
成鶏めす飼養羽数は、生後6カ月以上の飼養羽数である。また、農林水産省の「平成25年個別経営の営農類型別経営統計」では、採卵鶏経営は表2の通りとなっている。
平成23(2011)年「農業・食料関連産業の経済計算」によれば、同年の農業食料関連産業の国内生産額94兆0640億円のうち農業9兆4522億円。このうち畜産は2兆9088億円、鶏卵は4559億円を占めている。
国内総生産は同年度、農業全体で4兆2566億円、畜産で5631億円、鶏卵で891億円となる。
農林水産省の「鶏卵流通統計」によれば、平成25(2013)年度の生産量は252万1974トンである。
「農業物価指数」によれば、生産者価格は平成22(2010)年を100として、図1のように推移し、ここ1〜2年のエサ価格の上昇もあって鶏卵価格の上昇がみられる。
平成25(2013)年以降を月別に見ると、図2のように推移し、価格上昇が平成25(2013)年9月から始まり2014年を通じて継続している。
こうした生産者価格の上昇の結果、「平成25年度農業経営統計調査」によれば、平成25(2013)年の採卵鶏経営の1経営体当たり所得は463万円と前年の120万円を大きく上回っており、平成26(2014)年も同様と思われる。また「小売物価統計」では、ここ10年近く鶏卵価格は比較的安定的に推移してきたが、平成25(2013)年後半より250円近くまで上昇し、平成26(2014)年を通じて250円を前後する価格で推移した。
総務省の「家計調査年報」によれば、平成25(2013)年の勤労者1世帯当たり消費支出31万9170円のうちで食料支出は22.1%、卵の支出は食料費の0.96%と約1%で、平成12(2000)年以降大きな変化はない。表3に示すように、年収400万円前後(V)と600万円前後(Y)、800万円前後([)に分けて消費構造の違いを見ると、年収ベースでV層と[層では約2倍の開きがあるものの、1人当たり消費支出でみるとその差は約17%、卵の差は約15%にとどまる。
また単身世帯うち勤労者世帯の卵の1カ月の支出金額は185円と、階層別支出金額平均の196円と比較すれば低いものの、V層やY層の消費支出と変わらない水準である。ただし男性は161円、男女を問わず34才までは116円と低くなっている。
所得階層に応じた卵消費量の変化は不明だが、支出金額アップ分15%全て卵単価のアップに向けられると考えても購入鶏卵価格は大きく上昇しないため、ライフスタイルや個人の選好により高価格鶏卵が選ばれるといえる。
3 POSデータ分析
2013年4月1日(月)〜7日(日)までの週から2014年3月31日(月)〜4月6日(日)までの週、合計53週間の首都圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)における週次の「日経POSデータ」(17〜18小売チェーン95〜105店舗のうち総合スーパー(General Merchandise Store、以下「GMS」という)約3割、スーパーマーケット約5割の計8割)を利用して、鶏卵の販売構造をあきらかにしようと試みた。以下では、消費税引き上げ前の2013年4月第1週の週次データを中心に分析を加える。
全体の特徴
95店舗で55農家・企業(ポートリー)271アイテムが販売されており、うち「PI」金額(パーチェス・インデックス:レジ通過者1000人当たりの該当商品購入金額)100以上アイテムが41(15.1%)、カバー率(調査店舗に占める出現比率)10%以上アイテムは36、「PI」100以上アイテムの重複率は39.0%(16/41アイテム)であった。また「平飼いなど」(平飼い、放飼い、有機)は13アイテム(4.8%)あった。
「PI」は、売れ行きを判断する指標で、100以上が1つの目安として用いられる。そこで表4のように「PI 100」以上41アイテムの特徴は、合計金額シェアが67.4%と高く、平均カバー率も14.2%と高い。なかでも「PI 500」以上8アイテム(全体の3%)で販売金額の28%を占め、その平均カバー率は他と比較して格段に高い。ただしこの8アイテムでも特売比率は8〜9割に及んでいる。
なお、PI 100〜200未満にPI 100以上アイテムの半数が集中しており、スーパーの棚割競争の激しさを示している。また小売・小売卸系PBアイテムは2割に満たないばかりか、小売PBはいずれもPI 100台である。鶏卵競争はポートリー・飼料会社・卸会社がメインプレーヤーといえる(ただし流通大手にはPB比率が極端に高い企業もある)。またポートリーブランド卵では、数十万羽クラスは2アイテム(全19アイテム)にすぎないことから、数十万羽クラスでは十分な販売戦略がとれないと想像できる。
こうした中、年間を通じた平飼い卵などの特徴は表5に示す通りだが、4月第1週で言えば、合計金額シェアは0.94%、平均カバー率3.4%、1アイテム当たりの平均PIは11.9とかなり低いことがわかる。平飼い卵2アイテムの平均価格は1個49.0円、放し飼い卵2アイテムで90.5円、有機卵112.7円で販売されていた。
POS分析によれば、平飼い卵などの小売店販売は極めて限定的であった。スーパーで扱うアイテムの1〜2割で販売額の6割以上を占める構造ゆえ、シェア1%にも満たない平飼い卵などは、政策的配慮があって初めて店頭に並ぶ商品であることが明らかとなった。
4 鶏卵販売店頭実態調査
(1)調査の課題と方法
神奈川県、東京都、埼玉県で5地域を選び、食品小売店を(1)高級店11企業21店、(2)GMS5企業13店、(3)食品スーパー18企業28店、(4)コンビニエンスストア4企業16店、(5)自然食品店8企業13店の5つのカテゴリーに分けて店舗を選択し、2013年6月〜11月の各1回、同一週の木曜〜火曜日に、各店舗で鶏卵の品揃えと価格を調査した(表6)。対象企業は、共通化を軸にエリアごとに電車ないし車を利用して生活圏と想定できる範囲とした。いずれも、当該エリア居住者の主観をベースとした。夏期間には変動要因が増えるため、分析は、生産の安定する秋のデータ(11月)で代表させ、時系列データは参考とした(注4)。
(注4)店舗は、各地区の中心から半径約6〜10km以内の鉄道駅徒歩10分以内で、シェア、平飼卵取扱いを基準に選択した。
全国データで、選択企業の合計シェアを試算すると5地区平均で34.6%。価格は税8%込み。
(2)地域別業態ごとの卵取扱の特徴
アイテム数は、高級店で11〜16、GMSと食品スーパーで9〜17と、10〜15アイテムが平均的であった。一方、コンビニエンスストアは2〜3、自然食品店は4〜8とアイテムは限定的である。
卵殻色は、白玉はGMSで5割強、食品スーパーで4〜5割、コンビニエンスストアで6〜10割と多い一方、高級店で2〜4割、自然食品店で0〜1割とこれら業態では赤玉(ピンク含む)中心の品揃えとなっている。10個入りパックは、高級店で3〜5割、GMS・食品スーパーで4〜5割、コンビニエンスストアで2〜6割、自然食品店で2〜3割の品揃えである。
(3)平飼い卵などアイテムの取扱状況
平飼い卵などアイテムの取り扱いは、高級店で平均1アイテム取り扱われているが、GMS、食品スーパー、コンビニエンスストアでは、ほとんど扱いがなく、自然食品店では少ないアイテムの半分程度が平飼い卵などであるなど業態で著しい偏りがある(表7)。
平飼い卵などの1個当たり平均価格(税込み)は、平飼い、放飼い、有機それぞれ57.7円、80.4円、116.1円となった(表8)。
平均を標準偏差(SD)で除した変動係数は、平飼い0.16、放飼い0.30、有機0.18となった。
つまり平飼い卵は1個当たり平均57.7円、6個入りパックで340.2円であり、48.3〜67.1円(6個換算で289.6〜402.7円、本体価格268.2〜372.9円)、6個入りパックで約100円の価格幅に全平飼い卵の3分の2が販売されていることになる。
(4)高級店の特徴
平飼い卵などは、全93アイテム中38アイテムと41%が高級店の取り扱いとなる。高級店のアイテム数は226であり平飼い卵などは17%を占める。
38アイテムのうち平飼いは17、放し飼い18、有機3である。平飼いは平均で62.57円、SD6.69、変動係数0.11と価格はケージ卵と比較して平準化されている。
(5)自然食品店の特徴
平飼い卵などは41アイテムで平飼いなど全体の44.3%、自然食品店全体74アイテムの44%を占めている。平飼いは35アイテム、平均56.53円、SD10.29、変動係数0.18である。高級店と比べて平均価格で5.77円、約1割安いが変動係数はやや高い。
(6)ブランド卵の特徴
ブランド卵として2つ取り上げる。1つは大手ポートリーの白10個(以下「M卵」という)である。もう1つは特殊卵の代表である赤6個(以下「Y卵」という)である。M卵は合計の出現率は41.7%、GMS・食品スーパーだけでは66.7%。Y卵の合計出現率は65.5%、GMSと食品スーパーだけでは86.7%である。
M卵は、平均価格28.8〜29.6円(税込み)、変動係数0.06〜0.09と企業を問わず同価格帯で販売されており、Y卵も平均価格56.2〜58.7円、変動係数0.03〜0.11とほぼ同価格の販売である。
(7)小括
平飼い卵などは、高級店と自然食品店で主に扱われていた。ただし、この2業態はY卵を取り扱っていないことからY卵相当の位置づけともいえる。またGMS、食品スーパーがM卵Y卵をおおむね同一価格で取り扱っていることから、この構造とのかかわりで平飼い卵などを活用する可能性も考えられる。
第1に、平飼い卵は出現率が少ないが、Y卵と競合する領域に位置付けられている。6個赤卵で平均価格±1SDの外側にある卵はY卵と平飼い卵のみであり、Y卵を上回る訴求ポイントがあれば定着の可能性もある。
第2に、平飼い卵は店舗出現率の低さが消費を抑制している可能性も否定できない。
第3に、平飼い卵は比較的一定価格帯で販売されている。
5 AW対応養鶏農家調査
(1)課題と方法
POSデータ、鶏卵販売店頭実態調査では、AW対応卵は少数派であることを見たが、条件次第では量販店流通にのる可能性も示唆された。そこで実際のAW対応卵生産農家・企業の存立構造を明らかにして産地の課題を検討した。検討に当たりAW対応卵生産農家・企業を「有機」、「放飼い」、「平飼い」、「エイビアリー(多段式平飼い)(注5)」、「EU基準準拠等ケージ」という飼養方法で分類した。また、経営類型として、主なAW対応卵の販売ルートのタイプとして、T.生協・宅配販売型、U.量販店・自然食品店販売型、V.卸・親会社等販売型、を分類し、それにW.加工・直売の有無を加えて分けた。産地の基本データは表9〜14の通り。
注5: エイビアリーは、止まり木を設置した休息エリア、巣箱を設置した産卵エリア、砂浴びのできる運動エリアなどを
備えた平飼い鶏舎のことで、鶏の行動がより多様になるようAWに配慮して開発された飼養システムである。
止まり木、巣箱、砂浴び場を設置するためのコストや、集卵、砂浴び場の敷料の交換、消毒の際の作業時間の増加などの
維持コストが従来のケージシステムと比較して高くなるが、多段式にすることにより、坪当たりの飼養羽数を増やすことが
可能である。(出典:社団法人 畜産技術協会「アニマルウェルフェアの考え方に対応した採卵鶏の飼養管理指針」)
(2)有機経営(A、B)
有機養鶏は2経営の調査を行った。3000羽のA経営と1200羽のB経営で、卵は百貨店、自然食品店、宅配事業体、生協などでいずれも1個120円程度で販売されているが、その存立基盤には大きな違いがある。Aは首都圏に近くAWを意識して直売、宅配事業者、生協への販売を基本に経営しているのに対し、Bは地方で交通の便も悪く、有機へのこだわりを強く持ち、親企業へ半分出荷するなかで生協や宅配事業者へも販売している。
(3)放飼い経営(C〜F)
C経営は、有機に匹敵し、種鶏生産も営みながら親企業のブランド力による販売が行われている。D経営は首都圏にあり、採卵鶏専業でありながら主たる販売ルートを量販店としている点で経営的な難しさを抱えていた。ただし、販売は洗卵含めほぼ卸に全量販売している。E経営は、地方にあり豚の生産と加工販売をメインとしながら、採卵鶏は副業的に少量生産販売していた。F経営は、都市に近いながらも中山間地域で農家的な養鶏で、直売システムで経営している。
C、Dは全国販売、量販店販売ルートをもつ事業的経営で、専業的なボリュームやブランド構築が追求されている。E、Fでは、放飼いを生き方として選択した家族経営で、規模に合わせた多角化や販売ルートの開拓がなされている。
(4)平飼い経営
平飼い経営は9経営を調査した。G、H、I、J、Kの平飼い大規模ないし中心5経営とL、M、N、Oのケージ中心4経営である。平飼いを中心に据える5経営のうち、G、Hは平飼い専業大規模経営であるのに対し、I、J、Kは家族経営をベースに据えている。
ア 大規模ないし平飼い中心経営(G〜K)
G、Hは突出している大規模専業的平飼い経営だが存立基盤は対照的である。Gが自然食品店などを対象に大手2社で6割方販売するものの合計700社に及ぶ販路開拓で基盤を確立しているのに対し、H社は有機宅配事業者とともに歩んできており依存度も高く、消費者との直接取引に近い形で事業化していることが特徴である。
I、J、Kは農家的経営である。I経営は個人経営だが、出荷していた自然食品店グループの倒産が販売を直撃しており、販売の問題が経営にとって最大の課題であることを示していた。J経営は農家的経営だが、別法人からの受託生産となっている。Kは同一グループへの販売・加工を軸に据えており、一般への販売比率は3割にとどまっている。
イ ケージ主体経営(L〜O)
経営の柱をケージ卵におきながら平飼いを営む経営である。農家的養鶏の多角化・高付加価値化の手段として平飼い養鶏が機能している。事業規模は、25億円、90億円、2.7億円、12億円、平飼い構成比はそれぞれおよそ、1割、1%、1割、1%であった。販路は、生協販売をメインにするL・N、スーパーを主体にするM・Oと分かれる。大手スーパーを主体に販売するMの販売比率は生産個数と比べて少ない。Oは地元スーパーに確実に販売している点で、農家的経営でスーパー主体に平飼い卵を適正に販売できている少ない事例である。
(5)エイビアリー(P)
エイビアリーは日本では限られている。EUでは広く取り入れられており、ケージと平飼いの良さを併せ持つ(図3)。
P経営は、AWを強く意識してEU基準を先取りする形で取り組んだ。それを可能にしたのは、ケージ養鶏による経営基盤の安定という背景である。ただし2012年に宅配事業者との取引実現までは、エイビアリー単独では安定しておらず、投資コストの大きさも含めて参入には大きな経営リスクを伴う。
(6)EU基準準拠等ケージ(Q〜T)
CAの規制は2015年1月より実施されたものの、1ケージに9羽以上で飼養する場合は1羽当たり748.4平方センチメートル(116平方インチ)以上という規定以外のEUのエンリッチド部分は規則化されていない。なお1ケージに1羽で飼養する場合は、2077.4平方センチメートルが必要と、ケージ内飼養羽数により最低面積が異なる。
このため、S経営はCA規制をクリアしているが、T経営はクリアしていない。ここでは日本の平均的ケージとは異なりAWに配属しているという意味でとりあげている。
エンリッチド経営Q、Rいずれも地方かつ農家的経営で直売所などの多角化をしながら経営単独で生き残る手段として採用している。そのためにQでは直売所を起点に6次産業化を進めていた。またR経営も、エンリッチドケージ採用以前から単独で生きるために特殊卵と直売に特化した経営を志向してエンリッチドを導入している。経営継続のための投資に際してエンリッチドが選ばれたのであり、投資に見合う販売方法をあらかじめ持たないのであれば採用する経営は、現時点では考えにくい。
S経営ではAWも考慮してファミリーケージを導入している。異業種からの新規法人参入であるが、関連会社レストランや直売所で食事としての提供や卵販売など、同時進行的プロジェクトの一部として卵に参入した。販売方法・販路なども一体として戦略性をもった事例である。また卵販売の半分はグループ企業である点で、グループ販売型である。
T経営は、わずか1200羽の経営で従来の2羽用ケージに1羽で飼養し「ゆったり」と「太陽光を浴びて」「都市農業」をうたい文句に直売を軸にしている。政令指定都市ゆえ、直売で十分販売できている。
(7)事例調査のまとめ
「平飼い」養鶏の発展に欠かせない課題を示すと、ア 飼養方法、衛生基準の明確化、イ 施設・飼養管理技術体系の開発、ウ 卵の流通基盤整備の3つの領域に分けて指摘できる。
ア−(ア) 「平飼い」養鶏のAW的理解の促進
事例によれば、AWがEUの理事会指令で規則強化される以前から、自然養鶏などの考えで平飼いを始めたケースが多い。その点を尊重しながらも国際的な論理と整合性を図る議論が必要である。事例でみる限りAW理念追求型ばかりでないことから経営問題として議論できよう。
アー(イ) 「平飼い」商品定義・飼養管理基準の明確化
有機、放飼い、エイビアリー、エンリッチドケージ、エンリッチャブルケージなどは、それぞれJAS規格、公正取引規約、EU基準準拠の1羽当たり面積が意識されているが、「平飼い」は、農家の意識に数値基準が弱い。むしろ取引相手(流通、消費者団体)基準に基づいた生産を行うケースが多いようであった。このことは小売店調査で「平飼い卵」が一定価格幅で販売されていたことと対照的だが、基準のないことが適正な価格形成を阻害する可能性もある。
そして平飼いの飼養方法に大きなバラツキが生じていた。衛生管理(糞との分離、床面のあり方)、換羽誘導・デビークといった群管理の方法、巣箱・止まり木・砂浴び場・爪研ぎなどの通常行動発現に関する事柄、鶏舎基準(土間、スノコ、スノコ床面のスラット・ワイヤー)などである。
イ 「平飼い」の施設・飼養管理技術体系の開発
平飼い技術に関して、EUではAW規制に合わせて換羽なしでトータルな産卵実績が上がるような育種改良や、つつきを防ぐ研究も進んでおり、そうした最新技術を取り入れ易くするような平飼い農家などの組織化が望まれる。また以下のような項目の研究課題が指摘できる。
(ア)衛生管理分野
a 野外環境との接触リスク:放飼場における野鳥との接触リスク対策
b 糞との接触リスク:土間における糞との未分離
c 細菌、寄生虫などのリスク:鶏、作業者への被害
d 鶏卵の食品安全のリスク:糞からの汚染、巣外卵の産卵日時の特定
e オールイン、オールアウトの実効性の確保
f 床面の衛生管理(日常、アウト時)
(イ)鶏舎の作業性・採卵鶏の生産性分野
a 収容可能羽数、飼養可能羽数と飼養羽数
b 成鶏の育成率:ケージ以外に対応しやすい育雛農家・企業の存在
c 産卵率:育成、飼育技術、つつき対策、季節要因、総合的技術要因、鶏種起因
d 製品化率:集卵システム、巣外卵対策
e 商品化率:破卵、汚卵の処理。加工用、割卵用への仕分け。大玉、小玉の取り扱い
f 正規出荷率:平飼い卵などでの販売実現率
g 正規販売率:店舗など出荷中通常価格販売比率
ウー(ア) 「平飼い」卵の流通基盤整備
事例に共通する経営確立の課題は、(1)可能性ある販路を見いだし安定的に出荷すること、(2)平飼い卵として販売できない部分の活用が出来ること、(3)経営内で平飼い卵のポジションニングが適正に行われていること、と考えられる。
なかでも販路の安定性は経営に影響を及ぼす。果敢にスーパーマーケット流通にチャレンジした経営が、スーパーの方針転換や的外れなプロモーションで販売不振に陥るとしたら生産は困ることになる。一般の小売業が取り扱い易い条件を整えることが流通の課題として存在している。
ウ−(イ) 商品化のための処理
流通基盤整備のためには商品化のための処理を改善する必要がある。産卵後から農場を出て消費者にわたるまでのポイントの1つがコールドチェーンシステムである。出荷先のうち、自然食品店や、直売所、産直組織ではコールドチェーンがつながっている場合は少なく、逆に生協や宅配事業体、量販店はコールドチェーンを前提としている。コールドチェーンがないことで取引できないのは機会ロスである。洗卵方法とあわせて取り組むべき課題である。
6 まとめ 事例からみた今日の平飼い卵
POSデータ分析では、平飼い卵などは不特定多数の日常購買シーンでは多く取り扱われていなかった。
また、鶏卵販売店頭実態調査からは、高級店と自然食品店が不特定多数の消費者を相手にする販売チャネルとして存在し、その限りで平飼い卵価格はケージ卵と比較して標準化していた。そしてそれら業態では、Y卵の代替的位置づけとして不可欠なアイテムであり、GMS、食品スーパーでも継続的に扱う流通企業もあることから、取り扱いの可能性も示されていた。
実際のAW対応生産農家・企業では、「直売・加工」に取り組む「生協・宅配販売型」が多くみられ、次いで「卸・親会社・グループ販売型」となり、「量販店・自然食品店販売型」経営、とりわけ量販店を主とする経営存立は難しい実態が垣間見えた。
こうした実態を改善し、量販店で平飼い卵が流通するには、「平飼い卵」の信頼性を高める必要があると思われる。
今日の平飼い卵は、あいまいな「平飼い」定義によっても支えられている。商品としての「平飼い卵」定義が多様では、適正で健全な市場は形成されにくく、優良誤認を招くリスクすら潜んでいる。
基準作成は、農家・企業が投資を要する点で退出動機となりかねない中で、どのような要因が均衡を破るのか?
(1)AWへの消費者意識の高まり
1つは需要増加である。消費者が鶏卵生産に改善が必要と認識すれば、需要は増え生産が増加する。さらに、EUや米国で実施されている卵へのAW規制を知り共感を覚える消費者が広がる可能性もある。
(2)平飼い卵の販売競争による低価格化(流通、生産)
集荷・分荷の課題に取り組む流通企業が登場し、供給ルートを安定確立できれば、販売が増加し低価格化をもたらす可能性がある。
また新しい経営者たちは、ケージ養鶏などの安定した基盤を背景に新規事業を立ち上げ、海外展開を見据えた投資を行う可能性や、卵生産に革新が起きる可能性もある。
(3)法規制による措置
OIEガイドラインを通じたISO基準作りとして世界基準化の動きが及ぼす影響は大きい。5〜10年先を見据えて国内合意を形成し、EUや米国に対抗できる畜産物AW食品基準を作成できれば、輸出入を通じた混乱や競争劣位を避けられるだけでなく、チャンスにも変えられよう。
翻って、英国と米国の事例を見る限り、卵の付加価値は第一義的には飼育方法によって付けられているようにみえる。であれば日本でも飼育方法の違いが付加価値の基本となろう。卵という商品では飼育方法の違いの方が栄養成分よりも理解しやすいと思われるからである。ただし英米は、オーガニック卵とケージ卵の間にAW対応卵が位置づく構造となっている。また、ケージ比率が英と米(日)の中間に位置するオーストラリアでは、ケージ、ケージフリー(バーン)、フリーレンジが、大手スーパーの品揃えでは一般的であり、オーガニックは少ないなど、必ずしもオーガニックとの対比だけでは考えられない面もある。オーガニックがほとんど存在しない日本の場合、栄養分が付加価値形成に寄与する余地が多く残されているのかも知れない。
調査および調査データの整理に当たっては、所属する麻布大学動物資源経済研究室の学生と大学
院生(中村竜人、朱怡璘)の
協力を得た。
本稿は、畜産関係学術研究委託調査報告書の要約です。報告書の全文は、当機構のホームページ(http://www.alic.go.jp/joho-c/joho05_000027.html)に掲載しています。
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