調査・報告 専門調査  畜産の情報 2015年9月号


稲SGSの肉用牛繁殖経営での
利用実態と普及拡大条件

九州大学大学院農学研究院 教授 福田 晋



【要約】

 本報告では、青森県で稲SGSの生産と利用に取り組んでいる肉用牛繁殖農家の事例を分析し、稲SGSは専用品種を用いた鉄コーティング湛水たんすい直播栽培と加工調製受託組織の活用でコストを低減することができ、 新たな飼料として配合飼料に代替できることを明らかにした。

 今後の普及のために、稲作農家と畜産農家のコーディネイト機能が必要である。まずは、輸送面で無理のない範囲で、潜在的マッチング情報を地域ごとに把握する必要がある。

はじめに

 飼料用米や稲発酵粗飼料(ホールクロップサイレージ、以下「稲WCS」という)が著しく増加しているが、飼料生産コストの低減は今日においても最大の課題である。その中にあって、低コスト化に向けて注目されるのが稲ソフトグレインサイレージ(以下「稲SGS」という)である。稲SGSとは、黄熟期に通常のコンバインを使って収穫した飼料用米を粉砕してフレキシブルコンテナバック(以下「フレコンバック」という)などで密封してサイレージ化したものである(写真1)。ここでは、完熟期の原料でも加水してサイレージ化されるものも含んで稲SGSとする。

 稲SGSは稲WCSのように新たな収穫機械体系を必要とせず、飼料用米のような乾燥調製のプロセスを経る必要がないため、大幅な低コスト化が可能である。

写真1 フレコンバックに入っている稲SGS

 本稿では、青森県で稲SGSの生産と利用に取り組んでいる肉用牛繁殖農家の事例を分析することで、そのメリットと課題について明らかにしたい。以上の視点を整理して、飼料用米としての稲SGSの位置づけを明確にした上で、コスト削減方策を展望して、生産、加工過程、流通の望ましいシステムを提言する。

1 稲SGS用米栽培におけるコスト低減

 表1に、移植栽培における飼料用米と稲SGS、稲WCSの10アール当たりの収支を示している。単収、販売単価などの条件は変化するが、現状の助成金体系のもとで、水田における飼料用の稲を生産した場合の稲作農家にとっての比較優位性が把握できる。

 これによると、稲作農家の所得は、飼料用米において基準単収を達成すると10アール当たり2万8165円、稲WCSは同9720円であるが、稲SGSのもみ米では3万3817円と高い。これは、稲WCSは、調査対象地域においては、産地交付金および耕畜連携助成金が交付対象とされていないことから、当該交付金相当額が計上されていない上、収穫専用機のコストが高いため経営費がかさんでいることが要因である。また、飼料用米は収入は高いものの乾燥・調製費、流通経費がかさんでいるために経営費が高くなっていることが要因である。このように、稲SGSは飼料用米、稲WCSと比べて稲作農家の収支という点ではメリットは大きい。

表1 10アール当たり飼料用稲の収支の比較
資料:上北地域県民局地域農林水産部農業普及振興室(以下「上北地域
    県民局」という)資料より作成。
注1:飼料用米は基準単収。
  2:栽培管理費等の稲WCSは、コンバイン関係経費を差し引き、収穫
    専用機利用料金2万円を加えている。

 稲作農家にとって経営面でメリットがある稲SGS普及の現状と課題について、以下では事例を通して考察する。

2 事例農家の経営概要

 今回、事例を報告する福澤秀雄氏(61歳)は、青森県十和田市にて、夫婦2人で黒毛和種の繁殖雌牛22頭を飼養している。飼料作物作付面積は43ヘクタール(うち借地41ヘクタール)で、その内訳は牧草22ヘクタール、稲SGS10ヘクタール、エン麦8ヘクタール、稲WCS3ヘクタールとなっている(表2)。この他に食用水稲、自家製堆肥を利用した野菜類を生産している。

表2 福澤氏の畜産経営概要(平成26年)
資料:聞き取りに基づき作成。

 福澤氏は肉用牛繁殖経営の低コスト化を図るために、平成23年にもみ米破砕機を試作して約1トンの稲SGS調製に取り組んだ。子牛への給餌結果が良好であったことから、当初(23年)の0.3ヘクタールから24年には9ヘクタールに拡大し、25年にはリース事業を活用して飼料用米破砕機を導入し、地域の耕種農家3名および稲作農家1名と稲SGSの栽培と加工を受託する組織「SGSフロンティア十和田」を立ち上げ、本格的に生産利用に取り組んでいる。25年度の実績は、自家利用と受託分合計で20ヘクタールの稲SGS調製を行っている。

 当該地域は、県内有数の畜産地帯であるが、飼料価格高騰の中で、高齢化、耕作放棄地増大の課題を抱えており、福澤氏は遊休地の集積を積極的に図り、飼料作物の作付面積を拡大して自らの経営だけでなく地域の飼料基盤確保に努めてきた。

3 稲SGS受託組織の意義

 上述のとおり、福澤氏は、にんにくと米の耕種農家3名、稲作農家1名とともに、平成25年に「SGSフロンティア十和田」を設立し、稲SGSの生産拡大に本格的に取り組み始めている。当該組織は、種子の鉄コーティングから、耕うん、は種(直播)、水管理、収穫までのほ場作業と稲SGSの加工作業を受託している。

 一般的に稲SGSの取引には、典型的な2つのパターンがある。まず、稲作農家サイドが、生もみ米をSGSフロンティア十和田などの加工調製受託組織に委託し、その後、畜産農家に販売するというものである。もう一つは、畜産農家(繁殖主体)が生もみ米を加工調製受託組織に加工してもらい、自ら利用するケースがある。

 稲SGSはもみ摺り、乾燥を行うことなく、生もみ米を直接加工できることがメリットであるが、サイレージにする調製過程で、一定の集団作業を必要とする。1セットに必要な人数は3人程度であり、作業組織を作って効率的に作業を行うことが望まれる。さらに、荷下ろしのためのフォークリフト、搬送オーガ(輸送装置)、破砕機などの一定の機械と設置場所が必要となり、これらを個々の稲作農家が所有することも過剰装備となる。したがって、加工調製受託組織を設立することは、稲作農家サイドによる稲SGSの普及にとって重要な意義を持っている。

 福澤氏は飼料用米破砕機をリース事業で導入しており、自らの作業場でSGSフロンティア十和田のメンバーと稲SGS加工調製作業を行っている。作業に関わる機械および施設は福澤氏が所有して、SGSフロンティア十和田に貸与する形式をとっている。福澤氏の稲SGS調製も含めた生産コストを表3に示している。

表3 稲SGSの生産コスト
資料:上北地域県民局資料より作成。
  注:10アール当り収量は500キログラム、TDN収量は351キログラムと仮定。

 まず、稲SGSの加工調製費に注目すると、加工実費が10アール当たり3700円と試算される。現物収量500キログラム、TDN収量を351キログラムと仮定すると、TDN1キログラム当たり約11円のSGS加工実費がかかっている。SGSフロンティア十和田の作業受託料金は、稲SGS1キログラム当たり17円と設定しており、その内訳は福澤氏の機械利用リース代金として10円、人件費5円、資材費2円となっている。そのうちの機械利用リース代金は福澤氏の手取りとなる。

 加工調製費も含めた10アール当り生産費は7万9110円である。上述と同様の仮定に基づくTDN当たり生産費は1キログラム当たり225円である。食用米と比べると低コスト生産を実現しているが、飼料用米としてはより低コスト生産を追求しなければならない。

 現在は10アール当たり8万円の助成金が稲作農家に支給されているため、SGSフロンティア十和田は稲作農家から無料でもみ原料を引き取り、稲SGSを1キログラム当たり20円〜25円で畜産農家に販売している。稲SGSの販売価格は高騰した配合飼料価格70円程度よりもはるかに安い価格となっている。この原料代の設定は今後の課題であるが、現状では畜産農家にとっては合理的な価格設定となっており、受託組織の運営としても持続可能なシステムとなっている。

 ちなみに26年の稲SGS加工のみの作業は、集落外の21名から45ヘクタール、集落内の11名から18ヘクタール(うち福澤氏は6ヘクタール)受託している。現在の利用農家は福澤氏の他には繁殖農家3戸、一貫農家2戸であり、現在は需給バランスがとれている状態である。

4 稲SGS生産上の技術的工夫

(1)鉄コーティング湛水直潘栽培

 福澤氏の栽培過程におけるコスト低減の工夫は、鉄コーティングした種子(県奨励品種みなゆたか)の湛水直播栽培(注)である(写真2、3)。直播栽培は、育苗作業と田植え作業を省略できることで資材費と労働費が低減されることにより、移植栽培に比べて10アール当たりの純収益が2万円ほど高くなっている(表4)。

注:鉄粉と焼石膏をコーティングの上、乾燥させた水稲種子を、湛水した水田の表面には種する栽培法。メリットとして、
  湛水条件下でのは種が可能であり、高精度な土中は種機を必要としないことが挙げられる。

表4 10アール当たり飼料用米の栽培方法別収支比較
資料:上北地域県民局資料より作成
写真2 種子の鉄コーティング作業(上北地域県民局提供)
写真3 鉄コーティング種子の直播作業(上北地域県民局提供)

 鉄コーティング湛水直播栽培は、代かき、種子コーティング作業が必要なため、乾田直播栽培よりも省力化の程度は劣るが、雑草管理がしやすく作柄も安定すると言われている。また、鉄コーティング種子は長期保存が可能であるため、3月などの農閑期にコーティングすると、春の耕起・代かき作業と重複することのない作業が可能である。従来のカルパーコーティング種子(酸素供給剤「カルパー」をコーティングしたもの)に比べて安価であることも魅力的である。

 デメリットは、表面は種のため倒伏しやすい点や、移植栽培より収量性が劣る点が挙げられるが、省力化とコスト低減という観点から、稲SGS生産にとっては欠かせない農法である。

(2)稲SGSの調製過程

 稲SGS用米収穫後の調製は、破砕処理、加水・乳酸菌添加、フレコンバックで脱気・密封、屋外に保管という過程をとる。福澤氏は稲SGS用米を立毛状態で乾燥させ、水分20%にする。それに加水して水分25%に調製し、乳酸菌を添加している。加工過程のみを委託する農家は水分調整が不十分で、28%程度の高水分で持ち込んでくる場合が多い。このような高水分だと熱をもって発酵が進み、加工機械の作業効率が悪くなる。加工受託の条件としては水分20%以下にしたいとしている。

 福澤農場では、夏場の高温期の開封後の腐敗対策として、業務用掃除機を使って毎日朝夕2回エア抜きを行うことにより、3週間以上品質が保持されている。

 以上のような稲SGSの調製・利用に関わる技術的改善は、上北地域県民局の支援により行われており、地域の支援体制のもと、稲SGS利用のパイオニアとしての技術確立と普及に貢献していることが確認できる。

5 給餌体系と稲SGSの位置づけ

 福澤農場では、平成23年から稲SGSを試験的に導入し、24年から十和田市、北里大学、上北地域県民局が連携して実施している「十和田市産学官連携事業」により、繁殖牛の血液検査に基づく栄養診断を得て、給餌内容の試行錯誤を繰り返し、25年には以下のような安定した給餌方法を確立している。

 給餌体系は、繁殖雌牛に稲SGS2キログラム、大豆かす0.2キログラム+稲WCS5キログラム+ビタミンミネラル剤を適宜、乾草(オーチャードとチモシー)、稲わらは飽食させており、配合飼料は給与していない。5カ月以降の子牛には、稲SGS5.5キログラム+子牛用配合飼料0.5キログラム+大豆かす0.1〜0.15キログラム+ビタミンミネラル剤を適宜、乾草(オーチャードとチモシー)は飽食させている。福澤氏の話によると、稲SGSの嗜好性はとても良く、稲SGSの給与を始めてからは下痢が少なくなったと認識している。

 上北地域県民局では、子牛には育成配合と稲SGSを2:1の割合で給与することを推奨しているが、福澤氏の農場では、配合飼料と稲SGSの大幅な代替を実践している。これは従来、給餌設計は飼料メーカー任せであったが、稲SGSを利用し始めてから、微量要素や大豆かすの給与加減も含めて、自身で緻密な観察を行って給餌しているからこそ実践できることである。現在は稲SGSを通年給与することが可能であり、ビタミンやタンパク、ミネラルなどの割合を把握していれば、配合飼料を給与しなくても問題ないと福澤氏は言う。このような給餌実践により、飼料費は約240万円から75万円程度に削減している。このように、稲SGSの給与は、飼料費の節減に大きく寄与している。

おわりに 〜稲SGS用米普及上の課題〜

 本稿では、青森県十和田市の肉用牛繁殖農家と受託組織の取り組みを事例に、稲SGSの利用の現状について検討を加えた。そこでは、以下のような点が明らかとなった。

 第1に、稲SGSは流通・乾燥コストが抑制されることで、繁殖経営にとって配合飼料を代替するサイレージとなり得る。

 第2に、稲SGSの生産には、専用品種を用いた鉄コーティング湛水直播栽培が適している。

 第3に、稲SGSの加工過程において、数戸の受託組織が有効であり、普及拡大にも貢献する。

 第4に、サイレージの加工・保管過程において最善の注意を払って品質維持に努める必要がある。

 第5に、稲SGSの給餌体系は標準的なものを参考としながら、家畜の観察を絶やさず畜産農家自ら飼料設計に配慮する必要がある。

 最後に、稲SGSを一層普及拡大させるための課題について触れておく。

(1)地域自給飼料としての普及拡大

 稲SGSは、「ソフトグレインサイレージ」の名の通り水分を含有している。この点は広域流通に不向きなことを示している。ただ、保管はフレコンバッグでの貯蔵が可能であるため、広域物流と破砕加工という点を考慮すれば、物流面での制約は小さい。稲作農家は広域に存在しているが、利用サイドの畜産農家は点在している。米+繁殖牛複合経営など、自己完結型で稲SGSを自給できる農家は少ないと思われ、稲作農家と畜産農家の仲介が必要である。

 この仲介を進めるべく上北地域県民局では、マッチングフォーラムを行っている。そこでは、稲作農家、畜産農家ともに取引相手を見つけることができないという意見が多く、潜在的ニーズはあるが、取引相手を見つけることができないために稲SGSの拡大に至っていないことがわかる。それは、SGSフロンティア十和田に需給が集中する実態が物語っている。まずは、供給と需要の潜在的ニーズを輸送面で無理のない範囲で地域ごとに把握する必要がある。

(2)稲SGS調製加工の担い手

 SGSフロンティア十和田は、もみ米を加工する担い手として受託作業を拡大してきた。最近は、法人経営やJAで粉砕機を導入して加工調製に取り組む事例が出てきている。今日のように、食用米の価格が下落し、飼料用米の高額の助成金体系のもとでは、飼料用米に取り組む農家が増えることは自明である。また、畜産農家にとっても嗜好性が高いことは徐々に認識されている。このような地域自給飼料の原料を飼料用に加工する主体を積極的に組織化する支援措置も必要となる。

 本事例のような受託組織が、持続的に成立するモデルを示すことも必要となる。

(3)助成金の中長期的プログラム

 食用米の価格が低下し、それに対する明確な処方箋が打ち出されないままである。一方、飼料用向けに供給する稲作に対して8万円の高額助成金が支払われるために、相対的に飼料用米が有利になっている。しかし、この助成金が削減されると、その反動は大きいことが予想される。他方、需要サイドの畜産農家も、その栄養性や嗜好性から飼料用米などのニーズは潜在的に高いことが示されているが、配合飼料高騰の中でも普及拡大はいまだ途上である。このひとつの要因に、助成金がいつまで続くかという不安感がある。配合飼料から稲SGSなどに代替するということは、畜産農家にとって生産性や収益性を左右しかねない生命線である。この助成金がいつまで続くか不透明な中で飼料を切り替えることは大きなリスクを伴う。

 つまり、今必要なことは、この助成金体系がいつまで続くのか、中長期的なプログラムを示すことである。多くの稲作農家、畜産農家は8万円という助成金が未来永劫続くとは思っていない。削減されることも視野に入っている。たとえば、現状の水準から3年後には6万円まで削減し、さらに5年後には5万円と段階的に削減するが、その水準は水田利用と飼料自給力を維持するための直接支払いとして維持するといった中長期的プログラムを明示することである。この間に稲作サイドは水田の面的集積と規模拡大、単収向上を図り、単位当たりの生産コスト削減を急ぐ必要がある。一方、畜産サイドは、リスクのない的確な給餌体系を確立し、潜在的ニーズのある畜産農家の利用拡大を進める必要がある。

 稲SGSは肉牛経営などにおいて、地域自給飼料生産システムを構築する重要なカギを握っていると考えられる。

謝辞:本稿の作成に当たって、肉用牛繁殖経営の福澤氏や上北地域農林水産部の農業普及振興室の方々には大変お世話になった。この場を借りて、改めてお礼を申しあげる。


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