調査・報告 専門調査 畜産の情報 2016年8月号
九州大学大学院農学研究院 教授 福田 晋
海外資源に依存したわが国の飼料供給構造は極めて脆弱であり、家畜飼養規模とのアンバランスから生じる排せつ物の適正な利用という観点からも問題を抱えたままである。地域資源を利活用した一定の製造規模を持つTMRセンターを地域内で設立して、畜産経営に供給するシステムを構築することが、今後の畜産経営にとって望ましい方向の一つである。本稿では、宮崎県畜産試験場が取り組んでいる国産発酵TMRのコスト、開発に当たって実証給与した肉用牛繁殖農家の意向や給与成績を考察することで、肉用牛繁殖農家向けの国産発酵TMR供給システム構築の可能性について検討する。
為替レートの変動や海外穀物需給のひっ迫などの環境の変化により、配合飼料価格が高止まりし、輸入乾草についても高値相場が続いている。短期的な経済変動の影響だけでなく、長期的に海外資源に依存したわが国の飼料供給構造は極めて脆弱であり、家畜飼養規模とのアンバランスから生じる排せつ物の適正な利用という観点からも問題を抱えたままである。
したがって、国内資源に依存した資源循環型の畜産構造を確立することが極めて重要な課題である。もちろん、国内資源を見渡した時に農地とりわけ水田による飼料用米、イネWCSなどを生かすという視点は極めて重要である。しかし、農地だけにとどまらず各種食品産業から排出される粕類も貴重な資源である。
一方、栄養的に望ましいTMRによる給餌体系の確立は、飼料供給の経営的視点からみても望ましいものである。しかしながら、TMR製造にかかる施設を個別農家が投資することは、過剰投資にもつながる。したがって、地域資源を利活用した一定の製造規模を持つTMRセンターを地域内で設立して、畜産経営に供給するシステムを構築することが、今後の畜産経営にとって望ましい方向の一つであるといえる。
本稿では、宮崎県畜産試験場(以下「試験場」という)が取り組んでいる国産発酵TMRのコスト、開発に当たって実証給与した肉用牛繁殖農家の意向や給与成績を考察することで、肉用牛繁殖農家向けの国産発酵TMR供給システム構築の可能性について検討する。
以下では、まず初めに、試験場による国産発酵TMRの開発と給与実証について概説し、次に、給与実証する4戸の肉用牛繁殖農家の経営と飼料給与の実態を検討する。そして、国産発酵TMR給与実証の成績と農家意向について考察し、最後に国産発酵TMR供給システム構築の可能性について検討する。
(1)国産TMRの開発
宮崎県では、低コストおよび資源循環型畜産を確立する目的で地域資源を利用した国産発酵TMRの開発を進めてきた。肉用繁殖牛向けには平成26年度に国内産飼料を主体とした国産発酵TMRの開発を行い、最終的には維持期の飼料自給率100%、コスト・労働時間の10%削減を目標としている。
開発試験の結果、従来の稲わら、オーツ、配合飼料を配合した飼料に対して、オーツ、配合飼料は給与せず、飼料用米、かんしょ焼酎粕といった地域資源を利用したうえで、(1)イネWCSを配合、(2)イタリアン乾草を配合、(3)ふすまを配合した3つのタイプの国産発酵TMRについて試験場内での給与試験を行った。開発された飼料の原料配合割合は表1の通りである(1)。
その結果、調製した3つの国産発酵TMRは、飼料消化率や窒素出納、健常性に従来の飼料と有意な差はなく、飼料費削減の観点からも繁殖牛(維持期)向けとして有用な飼料であることが確認された。ちなみに、飼料費については表2に示している。飼料用米価格に1キログラム当たり25〜75円まで幅を持たせているが、従来の対照区の飼料よりも国産飼料を原料としたほうが低コストであることが確認できる。
その上で、原料を安定して確保できること、飼料コストを低減でき農家が受け入れやすいことを考慮して、(1)のイネWCSを配合した国産発酵TMRを農家実証試験に用いることにしている。
(2)農家給与実証
農家給与実証は、県内の北諸県管内3戸と西諸県管内2戸の肉用牛繁殖農家5戸(A〜E農家)を対象にして、イネWCSを主体とした国産発酵TMRを3カ月間給与している。比較対象は、農家ごとの慣行飼料である。そして、体重、作業時間、血液性状、コストなどを把握している。
原料の確保とTMR製造プロセスは以下の通りである。イネWCS、稲わらは西諸県地域のコントラクターから供給し、かんしょ焼酎粕は北諸県地域の焼酎メーカーから供給している。飼料用米は宮崎県経済農業協同組合連合会からの供給である。これらの原料を西諸県地域にあるTMRセンターに搬入してTMRを製造している。
以下では、給与実証農家5戸のうち、4戸(A〜D農家)の経営の概要と自給飼料生産の基盤を示す。ポイントは、いずれの農家も自給飼料基盤を持ち、コントラクターの利用あるいは自らその主体になるなど自給飼料給与に関心の高い繁殖経営であるという点である。したがって、表3に示すように、自給飼料関連の機械もほぼ自ら所有している。
A農家(高原町)
肉用牛繁殖単一経営の父の経営する畜舎と隣接して、新規就農者として妻とともに別農場(畜舎)で経営を始めている。したがって、自給飼料生産に関しては、父と共同作業を行っているが、牛の飼養、経営は分離している。
現在、雌牛30頭、子牛19頭を飼養し、農地は自作地2ヘクタール、借地11ヘクタールの飼料基盤を持つ繁殖専業農家である。
自給飼料の作付体系は、ミレット―イタリアンライグラス10ヘクタール、デントコーン2期作3ヘクタールであり、デントコーンの後にイタリアンライグラスを作付することもある。基本的に粗飼料は完全自給しており、購入粗飼料はない。
将来的に50頭規模までは増頭する意向である。借地料は10アール当たり年間5000円だが、近隣の大規模露地野菜作法人経営が同1万円程度で借りるため、借地環境が厳しくなっている。ただ、規模拡大に備えて借地を増やして自給飼料を増やしたい意向もあり、さらには粗飼料を販売したいという意向もある。ただ、自給飼料生産への投下労働と機械の作業体系が悪いことで、牛の管理がおろそかになることもあり、父との共同作業ができなくなり、TMRの価格が採算に合えば、将来的にTMR購入も考えられる。
B農家(えびの市)
えびの市の高台にあるB農場は、夫婦2人で雌牛70頭、育成牛10頭、子牛40頭を飼養する肉用牛繁殖単一経営である。自作地は水田3.5ヘクタール、畑1ヘクタール、借地は畑4ヘクタール、水田2ヘクタールで借地料はおおむね10アール当たり年間1万円である。経営主は別途コントラクター組織のオペレータとしても働いている。
自給飼料基盤は、畑にデントコーン―イタリアンライグラスの体系であり、水田には飼料用米とWCS用稲の作付を行っているが、基本はWCS用稲を作付している。
地元地区内の耕種農家の農地で裏作にイタリアンライグラスを栽培して収穫を請け負い、WCS用稲の収穫後に買取も行っている。
一方、オペレータとして従事しているコントラクターの業務は、主食用米の機械作業から、WCS用稲やそばの収穫、デントコーン、イタリアンライグラスなどの飼料作物収穫、稲わら収集など多岐にわたっており、地区外にも広がりを見せている。
当該オペレータは、将来的にこのTMR供給システムの中で役割を担う組織として位置づけられている。
C農家(都城市)
C農家は、現在、経営主夫婦と後継者を基幹労働力として、飼料作物6.3ヘクタールで繁殖雌牛90頭を飼養し、水稲3ヘクタールを経営している。水田稲作部門を含めて大規模複合経営と言えるが、繁殖雌牛の飼養規模からしてほぼ肉牛繁殖単一経営となっている。
父の代(1970年頃)は、水稲と露地野菜作(ごぼう、さといも)との複合経営であった。その後、徐々に繁殖牛の規模を拡大しながら、一産取り肥育にも参入している。1989年頃に露地野菜作を離脱して肉牛部門と水稲部門に集約し、1990年に繁殖雌牛は50頭規模に拡大している。
規模拡大の過程で重要な点は、水稲、露地野菜および肉用牛繁殖といった複合経営の時代には、自給飼料作はなく、露地野菜を離脱する過程で肉牛部門の拡大に伴って自給飼料作を取り込んできたという点である。それが、1989年頃である。繁殖部門と自給飼料部門による本格的繁殖経営の確立期と言える。それまでは、コーンコブやでん粉粕を購入したり、露地野菜作などの経営内残渣や水稲部門の稲わらを利用することで飼料生産を行うことなく複合部門の一部門として繁殖牛部門が位置づけられていた。もちろん、規模を拡大する過程で牧草の購入を行っているが、1996年頃でも牛舎近くの竹やぶに繋牧しながら飼養していた。
1989年以降、自給飼料生産が本格的に取り入れられたのは、水田の整備が契機となっている。これを契機に水田で飼料を生産できる基盤が確立している。
経営主はコントラクター法人の構成員であり、飼料生産機械は、ほぼその法人所有となっている。すなわち、飼料生産は経営から離脱し、コントラクターに委託する形式をとっている。本人もオペレータの一人であり、共同作業体系を採用している。
D農家(都城市)
D農家は、両親夫婦と本人夫婦の4名の家族労働力で繁殖雌牛100頭、育成牛7頭、子牛65頭を飼養する大規模肉用牛模繁殖経営である。自作地は畑5ヘクタール、水田3ヘクタールであり、畑3ヘクタール、水田1ヘクタールを借地している。この他に河川敷の飼料基盤を10ヘクタール利用している。
自給飼料の作付体系は、デントコーン2期作15ヘクタール、河川敷でイタリアンライグラス3番草、畑2ヘクタールでオーツ―イタリアンライグラスである。この他に収穫請負作業を3戸で2ヘクタールほど行っているが、規模は縮小している。
(1)給与時間
各農家の飼料給与に関わる時間は表4の通りである。表の頭数からわかる通り、従来の飼料を給与する慣行区は、試験対象となるTMR給与区と比べて著しく規模が大きいことが分かる。当然のことながら試験に供する頭数の制約があるためである。一方、慣行区では、2〜5種類の飼料を分離給与しており、一括して給与できるTMRとの給餌作業と比べると効率が悪いことが予想される。
1頭当たりの給与時間は、慣行区で1分前後であり、TMR給与区の2分前後と比べると短いことが分かる。これは、比較的大規模農家であり、畜舎も繋ぎが少ない構造になっているため、慣行区の分離給与であっても規模の経済性が大きく働いていると考えられる。4〜6頭に給餌しているTMR給与区では計量して給与するという点でも非効率な作業を行っているが、むしろ、慣行区と大きな差はないとみてよいであろう。
(2)TMR給与区と慣行区との飼料給与による効果
TMRの給与日数は、84.2日、1日1頭当たり給与量は平均16.5キログラムであり、摂取率は99.9%でほぼ食い残しはなかったので、し好性は極めて高いといえる。
試験開始時と試験終了時の体重増加はTMR給与区で約25キログラム、慣行区で約30キログラムであり有意な差はなかった。
また、繁殖雌牛50頭規模、労働力2人の前提条件で、粗飼料生産に関わる年間労働時間は、トウモロコシおよびソルゴーで329時間、イタリアンライグラスで185時間とされており(2)、TMRを購入すると、合計514時間の作業労働時間が軽減されることになる。
次に飼料生産コストについて検討する。試験区のTMRの原料となる飼料の生産原価は、1日1頭当たり379円である。一方、給与実証農家3戸(C農家以外)の慣行区での1日1頭当たり平均飼料原価は、粗飼料300.7円、濃厚飼料115.3円であり、合計415.9円となっている。したがって、生産原価ベースで慣行飼料に比べてTMR試験区では1日1頭当たり91.1%に削減されている。しかし、TMR製造には1キログラム当たり23.4円のコストがかかる。さらに、TMR工場からの輸送費が同6.3円加わり、TMR自体の製造原価は同44.7円と想定される(3)。したがって、繁殖雌牛に対する効果にTMRと慣行飼料との間に大きな差がない限り、同45円前後のコストに中間マージンを加えた購入価格がTMR供給から見た採算ラインとなる。
しかし、飼料生産労働が514時間節減され、労賃単価を900円とすると46.3万円のコスト削減につながっていること、給餌労働も現状よりも軽減されることを考慮すると、TMR購入・給与のメリットは大きいと考えられる。
以上の客観的なTMR給与に関する給与試験検討結果を前提として、農家の給与後の意向について検討してみよう。
A農家
TMRは水分が60〜70%であるが、ストックされたサイレージの底に水分がたまる傾向があることが気になっていたが、反転させると問題なく給与上の不都合もなかった。TMRのし好性は悪くなく、種付け成績が悪くなることもなかった。ハンドリングも良く、給与頭数を増やしてみたいという意向であった。ただ、TMRの原料にデントコーンがあっても良いという指摘があった。これは自らデントコーンを作付して給餌している現状があり、栄養成分に問題がないことを確認できれば解決する点である。
しかし、実際に利用するとなるとコストが問題となる。1日1頭当たり15キログラム給餌すると1キログラム当たり45円の購入価格で675円となり、現状の416円と比べても割高となると認識している。しかし、自ら飼料を作ることには必ずしもこだわっておらず、飼料生産にかかるコストを考慮すると、その効果は大きいとみている。さらに、自動給餌機があれば、非常に作業的に軽減されるとのことである。
B農家
現状の繁殖雌牛への給餌は、夕方のみイネWCS、イタリアンライグラス、稲わらのロールサイレージを給餌したのちにデントコーンサイレージ、最後にヘイキューブ、ビート、配合飼料を給与している。
TMRについては給餌した量はすべて朝までになくなっている状況でし好性は良いと認識している。給餌も現状は1時間程度かかっているが、TMR給餌は作業的に楽であるためフォークリフトを購入してでも利用したいとしている。給餌作業の効率性は認識されている。
現状はバンカーサイロを利用しており、徐々に利用することで2次発酵が進むことがあるが、ロールだと1個ずつ使い切るのでロール体系が望ましい。したがって、バンカー作業がやれなくなるとロールのTMR購入につながることになる。問題はコストであるが、1キログラム当たり30〜40円程度なら購入できるとしている。ちなみにコントラクターとしては、稲わらを同30円、イネWCSを同12.5〜14.3円で販売している。購入飼料はミニキューブは同72円、配合飼料は同62円のレベルである。
品質の高いものが周年安定供給できれば購入は進むものとみている。
C農家
TMRは6頭に給餌したが、1頭を除いて朝・夕の2回給餌ですべて食べており、増体も問題はなかった。ロールによる一度の給餌は作業性がよく、ロールによる給餌体系で問題はない。便に未消化の実が出たり水分の多さはあるが、問題となるレベルではない。
購入価格が1キログラム当たり40円程度に設定されれば十分購入できるものと考えられる。現在は、コントラクターを組織して飼料生産の外部化を図って効率化しているが、次のステージを考えると、TMRを購入したほうが良いと考えている。
TMRのユーザーの確保のために、新規就農の繁殖農家などにTMR給餌をセットにしたアパート方式で入植させる方式の事業化を検討すべきであるとの意見を持っている。この点は、TMR供給サイドのシステム確立が重要であり、E農家や当該農家が関わっているコントラクター組織とTMRセンターを構築することが望まれる。
D農家
現状の給餌体系は、朝・夕2回給餌で、成牛にイタリアンライグラス⇒コーンサイレージ⇒配合飼料、子牛にオーツヘイ・ワラ⇒配合飼料となっている。
TMRの食い込みは良く、牛の状態も良くなり、増体も良かった。作業性については、試験牛のみの給与では判断しにくいが、すべてに給餌できれば作業性が上がっていることを実感できると考えている。水分が多いことは、当初気になったが、実際に使ってみるとさほど問題ではなかったし、TMRの成分としても問題はなかったという点から、飼料として十分利用できる意向である。
したがって、TMR給与に大きな障害はないとみられるが、実際に繁殖成績への影響の有無、通年給与した場合の影響などが今後の課題である。
まず、作業性については、試験区の供与牛が少頭数であったために、全頭給与した場合の作業性を確認することはできなかったが、実際の1頭当たりの給与時間は、表2のように大きな差はなかった。しかしながら、ロールを一度開封して給与するだけで給餌作業が終わり、数回に分けて給餌する現行の分離給与に比べると、作業的にははるかに楽であるとの感想を得られている。
品質という点では、現状で利用している作物が入っていないことへの不安感などはあるが、栄養成分としても問題なく、牛のし好性も良く、増体にも問題がないことが確認されている。もちろん、通年給与の影響や繁殖成績への経年的な影響などの課題は残るが、試験的には十分普及が可能であるとみられる。
問題は、このようなTMRセンターを利用した供給システムをいかにして構築するかであろう。
今回の試験の現場は、宮崎県の西部の北諸県、西諸県地域である。イネWCSなどを供給するコントラクター組織、TMRセンターは西諸県に位置し、都城市やえびの市などの県西部の肉用牛繁殖経営に供給するという構図である。今回の試験研究の成果だけでなく、供給に関わった組織や農家も実際の国産TMR供給システムに生かしたい意向がある。このように、試験研究が実際のシステムに応用され、発展的に実践に移るという取り組み自体が、地方自治体の試験場の活動として高く評価できる。
さらに、コントラクター、TMRセンターおよび利用農家の意向が相互に反映されて、より利用効率の高い取引システムの構築が望まれる。
【参考文献】
(1)資料は、『攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術展開事業に係る平成27年度試験研究設計会議資料』中武真「牛の飼料用米を活用した完全自給飼料の確立」平成27年5月
(2)データは、『宮崎県農業経営管理指針』平成22年3月より抜粋している。
(3)以上のデータは、すべて宮崎県畜産試験場の調査結果である。