海外情報 畜産の情報 2016年8月号
調査情報部 大内田 一弘、瀬島 浩子
EUは、生乳クオータ制度の廃止以降、増産傾向を強めているが、世界的な乳製品需給の緩和も相まって、生乳および乳製品価格は低迷に陥っている。欧州委員会や現地の業界関係者は、EU酪農は、ロシアの禁輸措置の継続や不透明な中国需要など需給の緩和要因が引き続きあり、引き締め要因は少ないことから、増産ペースは緩やかになるものの、厳しい状況が継続するとみている。
EUは、全世界の約2割を占める世界最大の生乳生産国・地域であり、純輸出地域として、国際乳製品市場において大きな影響力を持っている。
EUでは、31年間にわたって実施されてきた生乳クオータ制度(生産調整)が2015年3月末をもって廃止され、生産者は自由に生乳を生産できるようになった。同制度の廃止以降、EUの生乳生産量は、廃止を見越して増産の準備を進めてきた加盟国を中心に増産傾向で推移し、2015年は前年比2.2%増となっている。
一方、需要面について見ると、域内では消費量が安定的に推移する中、域外では、近年、輸入量が増加傾向にあった中国は、経済成長の減速や在庫調整により需要が減少し、最大の輸出先であったロシアも、2014年8月以降、ウクライナ問題を契機にした農畜産物の輸入禁止措置を講じている。
このように、需給緩和により生乳および乳製品価格が低迷している状況下、EU各国の乳業関係者が一堂に会し、2016年6月2日から3日にかけてアイルランドの首都ダブリンで欧州乳製品輸出入・販売業者連合(EUCOLAIT)総会が開催された。
本稿では、この総会での報告や欧州委員会が2016年7月に公表した短期需給見通しなどを交え、EU酪農の直近の需給動向および今後の展望などについて報告する。
なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=116円(6月末日TTS相場:115.89円)を使用した。
(1)飼養頭数
ア 2015年の状況
2015年の経産牛飼養頭数は、前年比0.2%増の2360万頭となった。頭数の多い順に、ドイツ(シェア18.2%)、フランス(同15.5%)、ポーランド(同9.0%)、イタリア(同8.7%)、英国(同8.1%)、オランダ(同7.3%)、アイルランド(同5.3%)となり、この上位7カ国でEU全体の7割を占める。
同頭数は、欧州酪農危機といわれた2009年から3年連続で減少した。欧州酪農危機では、生乳および乳製品価格の下落と燃料費などの生産コストの大幅な上昇が同時に発生し、多くの酪農経営が廃業に追い込まれた。その後、需給が安定したことや生乳クオータ制度廃止後の増産を見据え、2012年以降は緩やかだが増加傾向で推移している(図1)。
国別に見ると、2014年、2015年ともにアイルランドが最大増加率で、それぞれ前年比4.2%増、9.9%増であった。オランダも同制度廃止の2015年に同6.6%増と増頭の傾向を強めたが、その他の主要生産国は大きな増加はなく推移しており、同制度廃止以前からのアイルランドの生産基盤拡大の動きが際立って現れた結果となった(表1)。
イ 今後の見通し
欧州委員会が2016年7月に公表した短期需給見通しによると、2016年および2017年の経産牛飼養頭数は、前年比1.1%減、同1.3%減を見込んでいる。生乳価格の低迷は酪農経営へ与える影響が大きく、オランダ、アイルランドを除く主要国でも規模縮小は少しずつ始まっており、生乳クオータ制度の廃止となった2015年をピークにして、2016年には減少に転じるとみられている。
(2)生乳生産量
ア 2015年の状況
2015年の生乳生産量は、前年比2.2%増の1億5170万トンとなった(図2)。EU28カ国のうち20カ国で前年超となり、生乳価格が低迷する中で、増加した国が多かった。生産量の多い順に、ドイツ(シェア21.0%)、フランス(同16.7%)、英国(同10.0%)、オランダ(同8.8%)、ポーランド(同7.2%)、イタリア(同7.0%)、スペイン(同4.4%)、アイルランド(同4.3%)となり、この上位8カ国でEU全体の8割を占める。
直近の10年で見ると、前年を下回ったのは前年比0.2%の微減となった2009年のみで、増産の傾向にある。欧州酪農危機の2009年直後、飼養頭数は減少したものの、廃業に追い込まれた酪農経営の多くが小規模農家であったこと、また、経営を継続した酪農経営の1頭当たりの乳量の増加などにより、全体の生乳生産量の減少には至らなかった。
生乳クオータ制度廃止後の2015年4月〜翌年3月まで(2015年度)の1年間で見ると、前年度比4.2%増となった(表2)。増加量は622万トンとなり、日本の2015(平成27)年度生乳生産量の8割以上に当たる。
国別に見ると、アイルランドが最大増加率の同18.5%増となった。2014年度は同4.0%増であったものの、同制度の廃止を機に増加幅を大幅に増やした。また、最大増加量はオランダで、2014年度の同0.4%増から2015年度は同11.9%増となった。その他は、同1〜5%程度の増加にとどまっており、イタリアは同2.2%減となった。
生乳クオータ制度廃止後の1年間の増産は、アイルランド、オランダの両国がけん引したこととなる。
イ 今後の見通し
2016年第1四半期(2016年1〜3月)の生乳生産量は、前年同期比6.9%増と前年を上回って推移している。国ごとに見ると、アイルランドをはじめとした輸出拡大を視野に生産を拡大する国と、乳価低迷などを理由に規模を縮小させる国の2極化が傾向として見て取れる。同期間の増加量は247万トンであり、主要輸出国である米国が同50万トン増、ニュージーランドは微増、豪州は減少となる中、EUは世界の主要国・地域の中で最も増産傾向にある。
欧州委員会は、2016年および2017年生乳生産量は、前年比1.4%増、同0.5%増と見込んでいる。生乳クオータ制度の廃止で増産は妨げられないものの、乳価低迷や飼料価格の高騰などの影響を強く受けて、生産拡大のスピードは少し緩まっていくものとみられている。EUCOLAIT総会でも、2016年第1四半期はかなりの程度の増産となってはいるが、4月以降、増産ペースは減速すると報告された。
(3)生乳取引価格
平均生乳取引価格は、2014年9月以降、一貫して前年同月を下回って推移している。2015年7月に5年ぶりに100キログラム当たり30ユーロ(3480円)を割った後、2016年5月には欧州酪農危機の2009年10月以来の同26ユーロ台(3016円)となった(図3)。
欧州委員会は、支援策として乳製品の公的買入や民間在庫補助(PSA:Private Storage Aid)といった市場介入の実施により需給改善を図っている。公的買入は、各加盟国のバターまたは脱脂粉乳の卸売価格が、公的買入価格を下回った場合、当該国の機関が、製造業者または取扱業者の申請に基づき同価格で買い入れるもので、EU全体で上限数量が定められている。PSAは、需給の状況をみながら欧州委員会が期限を定めて実施するもので、民間企業に対してバター、脱脂粉乳、チーズの保管費用の一部が補助されるものである。
これら支援への申請量は価格低迷に比例して増え続けているが、価格の回復には至っていない。欧州委員会は、現状を「危機的状況にある」とし、共通農業政策(CAP)の共通市場規則(CMO)に規定される市場不均衡時の特別措置として、生乳減産を目的とした自主的生乳供給計画の策定を可能とするEU規則を策定し、2016年4月12日から6カ月の期間限定で施行した。しかし、増産意欲のある生産者が依然として少なくないことから、同計画で効果ある減産が実現することは難しいとみられている。欧州委員会は、EUCOLAIT総会でも、議論はされているが、現時点で同計画に基づく減産は適用されていないと報告した。
平均生乳取引価格は、増産の継続、ロシアの禁輸措置や中国の不透明な需要など需給の緩和要因から、低迷がしばらく続きそうだとみられている。
(1)バター
ア 2015年の状況
2015年のバター生産量は、前年比4.2%増の209万トンとなった(図4)。EUCOLAIT総会での報告では、バターは他の乳製品と比べ、比較的安定した需給状況にあり、域内の消費もバターに対する健康的なイメージが強まっていることから、やや増加傾向にあるとした。また、米国をはじめとしたEU産バターの需要は強く、乳製品の中では最も安定した品目となっている。
2015年のバター輸出量は、前年比17.8%増の13万6018トンとなった(表3)。前年に1万6196トンあったロシア向けの減少分を他の輸出先の増加分で補った。輸出先は、最大が米国向けで同97.9%増、次いでサウジアラビア向けが同56.0%増、エジプト向けが同203.6%増と続く。米国のバター需要はEUにとって大きな輸出機会となっており、増加量は8633トンと大幅な増加となった。
また、まだ量は少ないが、カナダ向けが前年比194.0%増の2067トン、韓国向けが同93.0%増の1440トン、キューバ向けが同283.9%の1025トンとなっており、今まで主たる輸出先でなかった国への輸出量も拡大傾向にある。そういった国への市場開拓および輸出拡大も輸出増加の要因となっている。
2015年のバター平均卸売価格は、前年比11.8%安の100キログラム当たり301.98ユーロ(3万5030円)となった(図5)。2016年に入ってからはさらに下落傾向にあり、5月2日の週に同249.68ユーロ(2万8963円)まで落ち込んだ。しかし、直近の2016年6月27日の週には同296.55ユーロ(3万4400円)と回復を見せている。
PSAによるバター在庫は、2015年8月に9万9467トンに達し、2016年5月末時点では9万1139トンとなっている(図6)。価格は、公的買入価格(100キログラム当たり221.75ユーロ(2万5723円))を上回っていることから、公的買入は実施されていない。大量の公的買入が実施されている脱脂粉乳などと比べると、比較的安定していることが分かる。
イ 今後の見通し
欧州委員会は、2016年および2017年は、生産量が前年比3.2%増、同1.7%増、輸出量が同28%増、同5%増を見込んでいる。2015年同様、米国、サウジアラビア、エジプトを中心に堅調な需要を見込んでいる。
(2)脱脂粉乳
ア 2015年の状況
2015年の脱脂粉乳生産量は、前年比14.8%増の152万トンとなった(図7)。乳製品需給が緩和状態にある中、生乳の多くは保存期間の長い脱脂粉乳に向けられており、生産量はかなり大きく増えている。生産量の増加に比例して、公的買入およびPSAによる在庫量も大幅に増えている。EUCOLAIT総会の報告でも、脱脂粉乳の国際市場は停滞していることから、厳しい需給状況はしばらく続くであろうとした。
2015年の脱脂粉乳輸出量は前年比5.5%増の68万3683トンとなった(表4)。前年に7884トンあったロシア向けの減少分は他のアジア諸国への輸出増加分で補った。輸出先は、最大がアルジェリアで同26.0%減、次いでエジプトが同21.7%増、中国が同14.4%減と続く。フィリピン、ベトナムといった一部新興国への輸出を増やすも、生産量の増加と比較すると輸出はわずかな増加にとどまった。
2015年の脱脂粉乳平均卸売価格は、前年比30.8%安の100キログラム当たり185.43ユーロ(2万1510円)となった(図8)。バター同様に、2016年に入ってからはさらに下落傾向にあり、5月2日の週に同162.48ユーロ(1万8848円)まで落ち込んだ。しかし、直近の2016年6月27日の週には同170.32ユーロ(1万9757円)とわずかながら回復を見せている。
公的買入による在庫量は、2016年5月末時点で21万1192トンであり、PSAによる在庫量は、同時点で3万3756トンである(図9、10)。欧州委員会は6月、追加支援として公的買入の申請上限数量の2回目の引き上げを行った。公的買入による在庫量は大幅に増加傾向にあるが、価格を回復させるまでには至っていない。
イ 今後の見通し
欧州委員会は、2016年および2017年は、生産量が前年比4.5%増、同7.6%減、輸出量が同3.5%減、同15.0%増を見込んでいる。2017年には、生産量が4年ぶりに減少に転じる一方、輸出量がかなり増加するため、域内の需給バランスは改善するとみられている。
(3)チーズ
ア 2015年の状況
2015年のチーズ生産量は、前年比1.4%増の885万トンとなった(図11)。EUCOLAIT総会での報告では、チーズの供給過剰が価格の低下を招いているとした。
2015年のチーズ輸出量は、前年比0.2%減の71万8925トンとなった(表5)。輸出先は、最大が米国向けで同16.8%増、次いで日本向けが同48.3%増、スイス向けが同2.0%増、サウジアラビア向けが同23.9%増、韓国向けが同60.1%増と続く。
バター、脱脂粉乳の輸出量が前年を超える中、チーズは微減となった。ロシア向けに輸出していた乳製品の7割がチーズであったが、他の輸出先が増加したため、ロシア向け減少分をほぼ補った。
2015年のチーズ平均卸売価格は、前年比17.7%安の100キログラム当たり309.59ユーロ(3万5912円)となった(図12)。他の乳製品同様に、2016年に入ってからはさらに下落傾向にあり、5月2日の週に同251.96ユーロ(2万9227円)まで落ち込んだ。しかし、直近の2016年6月27日の週には同262.86ユーロ(3万492円)とわずかながら回復を見せている。
PSAによる在庫量は、2016年5月末時点で2万9442トンであり、徐々に増えつつあるが、価格を回復させるまでには至っていない(図13)。
イ 今後の見通し
欧州委員会は、2016年および2017年は、生産量が前年比1.6%増、同1.2%増、輸出量が同9.0%増、同2.0%増と見込んでいる。EUCOLAIT総会での報告によると、EU産チーズは、他の乳製品と比較して、米国産やオセアニア産などとの競合が少ないとされ、ブランド力が輸出競争力の一つとなっており、さらなる市場開拓を後押しするとみられている。
また、2016年1月に経済制裁が解除となったイランに注目が集まっている。EUCOLAIT総会での報告によると、イランは、生乳生産量は増加傾向にあるが、国内需要に追いついていない状況にある。同国のチーズ需要は高いため、今後多くのチーズを輸入するとみられている。2020年には3〜4万トンの輸入量になると見込まれ、EUにとって大きな輸出機会とみられている。
さらに、中国のチーズ需要も引き続き増加傾向にある。同国は、所得の向上と食の多様化を背景に、外資系のファストフードやレストランでの消費が拡大しつつあることから、輸出拡大を見込めるとしている。
(4)飲用乳
ア 2015年の状況
2015年の飲用乳生産量は、前年比2.2%減の3046万トンとなった(図14)。2008年の世界的な金融危機に端を発した景気後退などにより消費が落ち込んで以降、生産量はほぼ横ばいで推移している。
一方、2015年の飲用乳輸出量は、前年比20.5%増の83万3092トンとなった(図15)。中でも、中国向けは、前年比52.7%増の31万1282トンと飲用乳輸出量の4割を占める最大の輸出先となっている。また、中国にとってもEUは、飲用乳輸入量の3分の2を占め、最大の輸入先となっている。これは、中国の消費者のEU産の安全性に対する高い評価に加えて、低迷するEUの生乳価格とユーロ安による割安感が、輸出を後押ししていることによる。
イ 今後の見通し
欧州委員会は、2016年および2017年は、生産量が前年比0.3%減、同0.2%減と減少を続ける中、輸出量は同30%増、同15%増を見込んでいる。
中国では、EUから輸出される飲用牛乳は、主に常温での長期保存が可能な超高温殺菌牛乳(LL牛乳)が主流であり、粉乳を使用した乳飲料に対して競争力のある価格で消費者に提供されていることから、地方都市へも販路が広がっている。また、消費者が容易に購入できるネット販売の拡大により、今後もEU産LL牛乳の消費量は増えていくとみられている。
EUCOLAITは、今後の市場見通しなどに関するアンケートを会員に対して定期的に実施している。今回の総会でも実施され、業界関係者が市場をどのように見ているかなどが明らかにされた。
(1)生乳生産量
2016年の生乳生産量については、前回(2016年1月実施)同様、前年比1〜2%の増産を見込んだ者が最も多かった。1〜3月の生乳生産量が前年同期比6.9%増となる中、4月以降、生乳生産の伸びが緩やかになると見越したものと考えられる。また、欧州委員会の見込み(前年比1.4%増)とも同程度となった。
欧州委員会が支援策の一つとして措置した自主的生乳供給計画については、同計画による減産は「ない」あるいは「1%以下」と回答した者が9割を占め、業界関係者は、同計画による減産に期待していないことが確認された。
(2)バター
バターの需給状況については、均衡状態にあるもしくはやや供給不足と回答した者が一番多く、欧州委員会や専門家の見解と一致した。ただし、やや供給過剰とした者も2割程度おり、国や企業間などでの違いが見られた結果となった。
また、2016年の輸出量は、前年から1万5000〜2万トン(前年比11.0〜14.7%)増と回答した者が一番多く、前年比28%増と見込んだ欧州委員会より低い見方となった。
(3)脱脂粉乳
脱脂粉乳の需給状況については、アンケートの結果が分かれることがなく、極めて供給過剰な状態にあるとした者が6割を占め、その他のほとんどの者も供給過剰もしくはやや供給過剰と回答した。脱脂粉乳は、2016年に入ってから公的買入による在庫量も急増しており、厳しい状況と認識されていることが分かる結果となった。
(4)チーズ
チーズの2016年輸出量については、前年から2〜4万トン(前年比2.8〜5.6%)増と回答した者が4割、4〜6万トン(同5.6〜8.3%)増と回答した者が3割となった。欧州委員会の予測(同9.0%増)より低い見方となったが、イランや中国への期待感も大きく、同6万トン(同8.3%)増以上と回答した者も全体の15%を占めた。なお、前回アンケートでは、同0〜2万トン(同0〜2.8%)増と回答した者が一番多かったことから、期待が増していることが確認された。
(5)欧州委員会への要望
欧州委員会に対する要望で最も多かったのは、前回同様、FTAなどの国際貿易交渉のスピードアップで、出席者の5割が回答した。これに次いで多かったのが、公的買入数量の増加で、前回から17ポイント増の2割の者が回答しており、脱脂粉乳の価格回復が見込めない中、欧州委員会の支援を求める声がより大きくなっていることが分かる結果となった。
今回のEUCOLAIT総会は、生乳クオータ廃止から1年が経過し、生乳生産の増加と国際市場の停滞により、生乳および乳製品価格が低迷するなどEU酪農が危機的状況下にある中での開催となった。
欧州委員会は、域内需給改善のため輸出拡大を推し進めるとしており、総会でも強調していた。アイルランドをはじめとした輸出拡大志向の国がけん引していくものと考えられ、具体的には、米国向けのバター、中国向けのチーズや飲用乳、イラン向けのチーズ、その他新興国であるアフリカ、アジアの国々からのさまざまな需要などに、積極的かつ着実に対応していくことになるであろう。総会でも、欧州委員会の国際貿易交渉のスピードアップを求める声が多かったが、これは、EU各国の乳業関係者がそれによって自らの市場開拓をさらに進めたいという強い意向の現れである。
しかし、EUCOLAIT総会の後、英国が大方の予想に反しEUからの離脱を決め、ロシアも禁輸措置を2017年末まで延長するなど、輸出拡大にとって先行き不透明な事象が相次いで起きている。
国際乳製品市場に大きな影響を与えるEU酪農は、生乳クオータ制度廃止後、増産のスピードを緩め始めた。廃止後2年目となる2016年は今後のEU酪農の方向性を示す意味でも重要な一年となるであろう。
コラム 生乳クオータ制度の廃止を望んでいたアイルランド酪農
生乳クオータ制度廃止前からの増加率が最大となったアイルランドの生乳生産量は、同制度が実施された31年間でニュージーランド(NZ)と4倍以上の差がついている。同国は、同制度がなければNZ並みに増産したかもしれず、生乳生産のポテンシャルを持つ国として、EUの中で最も同制度の廃止を待ち望んでいた。
同国は、英国の西に位置し、国土は日本の2割、人口は日本の4%弱と、北海道に近い規模である。農用地は、国土の3分の2を占め、そのうち永年採草・放牧地は7割を超える。気候は、暖流のメキシコ湾流と偏西風により温暖で、最も寒い1月と2月の平均気温は4〜7度で、降雪もほとんどない。主な農畜産物は、生乳、大麦、牛肉である。
同国の酪農経営は、ほとんどが家族経営(平均経産牛飼養頭数80頭程度)であり、雨が多く、牧草の生育に適していることから、補助飼料を用いることもあるが季節繁殖を主とした放牧による経営を行っている。2〜3月に子牛を出産し、4〜11月に搾乳を行うのが一般的となる。生乳生産量は、日本の7割ほどであり、人件費は東欧諸国などと比べて高いが、コストの大部分を占める飼料費が抑えられていることから生産費はEUで最低レベルにあり、輸出競争力を有している。生乳生産量の9割以上を加工用に仕向け、その大部分を輸出するなど、同国において酪農産業は主要な産業の一つとなっている。
アイルランド政府は、2010年2月、同国の農林水産物に関する2020年までの長期戦略の中で、生乳生産量を2007〜09年の平均生産量から5割増加させる目標を掲げた。
目標設定後(2011〜14年)の年平均設備投資額は、設定以前(2005〜10年)から5割増加した。また、アイルランドの乳業は全て農協系であるが、中でも最大のグランビア社は、酪農経営のリスクマネジメントとして、酪農経営と乳業で取引価格や期間をあらかじめ契約で定める生乳の固定価格制度(売買契約)を2011年から実施している。これにより、酪農経営は経営の見通しが立ち、キャッシュフローを安定させることができる他、収益の予測が可能となる。さらに、2016年1月からは、生乳だけでなくグランビア社が販売する飼料についても固定価格制度を始めている。
今回、訪問したダブリン大学の付属農場は、グランビア社と3年の売買契約を締結して生乳を出荷しており、訪問した日(2016年6月1日)の生乳取引価格は、基本乳価である1リットル当たり24セント(27.8円)に、乳脂肪および乳タンパク含量に応じて加算された同27セント(31.3円)であった。ただし、生産コストは同25セント(29円)であり、自分たちも含めこの国の多くの酪農経営が現在置かれている状況は、厳しいものであるとした。しかしながら、2〜3年の長いスパンで経営を見ていることから、現状としては耐え得る範囲であるという。
EUCOLAIT総会で、アイルランドの農業大臣は、アイルランドにとって酪農は最も重要な産業であり、欧州委員会と連携し、世界で最も急速に成長した自国の酪農部門のさらなる拡大を図っていくとした。また、現在、全世界110カ国以上に輸出しているが、今後は、アフリカ諸国、中国、中東、米国などへの市場開拓および輸出拡大を行うとした。
生乳価格の低迷など厳しい情勢下、欧州委員会が、生乳クオータ制度廃止以降、生産者に対して求めている「価格変動に対応できる強い酪農経営体の構築」の実践を、今回の訪問で確認することができた。