調査・報告 学術調査 畜産の情報 2016年12月号
宮崎県畜産試験場 家畜バイテク部 主任研究員(現 北里大学) 鍋西 久
牛の健康管理を行う上で体温の測定は最も基本的かつ重要な手段であるが、従来の直腸温などの測定では個々の体温を継続的に測定するのは困難な状況にある。ICTを活用した小型温度センサーを付けた体表面温度モニタリング用ネックベルトを開発し、牛に装着して試験を行った結果、子牛の発熱を日常の健康管理よりも先に検出できたことや、肥育牛でも体温の概日リズムを観察することができた。
わが国における乳・肉用牛の飼養農家戸数と飼養頭数は減少傾向で推移しており、特に肉用牛においては、もと牛不足による慢性的な子牛の市場価格高騰の要因のひとつとなっている。従って、繁殖基盤の強化が喫緊の課題であり、増頭事業などの対策が講じられている。1戸当たりの飼養頭数は、肉用牛繁殖経営に限らず、酪農や肥育経営においても同様に年々増加している。さらに、環太平洋パートナーシップ(TPP)の大筋合意に伴い、今後も経営規模の拡大が加速することも予想される。
しかしながら、規模拡大による飼養頭数の増加は、スケールメリットによる単位当たりコストの低減が期待できる一方で、飼養管理面での対応が追いつかず、疾病や事故発生件数の増加にもつながる危険性もはらんでいる。平成25年度の家畜共済統計表(農林水産省経営局2014年11月)によると、肉用牛の死廃事故頭数は5万9438頭、病傷事故頭数は104万4337件と報告されており、多額の損害は畜産経営を圧迫するだけでなく、飼養者に対して大きな精神的ダメージとなることから、日常的な健康管理の重要性が叫ばれている。そのため、牛群における個々の健康状態を効率的に把握でき、重篤な症状が現れる前に早期に発見できる技術が強く望まれている。
牛の健康管理を行う上で体温の測定は最も基本的かつ重要な手段であるが、従来行われている直腸温の測定は1頭ずつ行わなければならず、さらに保定や測定作業に多くの労力を要するため、健康管理の一環で牛群における個々の体温を継続的に測定するのは困難な状況にある。結果的に、何らかの症状が現れた牛に対する事後処置となっているケースが多いのではないかと考えられる。
一方で、異業種分野に目を向けると、リモートセンシング技術、クラウドシステムをはじめとしたICTの活用が急速に進展し、農業分野への活用が期待されているところであり、農林水産省においてもロボット技術やICTを活用して超省力・高品質生産を実現する新たな農業(以下「スマート農業」という)を実現するための取り組みが始まっている。ICTを活用して超省力・高品質生産を目指すスマート農業を実現するための取り組みとしては、すでに園芸部門では環境モニタリングを中心に普及が着実に進んでいるものの、畜産分野におけるICTの有効活用についてはいまだ検討の余地が残されている。
畜産分野におけるリモートセンシングを活用した先行技術としては、雌牛の活動量の変化から発情を検知するシステムや、腟内に挿入した温度センサーで測定した体温データから分娩時期を予測するシステムがすでに製品化されている。後者は、牛の体温をモニタリングできるシステムであるが、センサーを腟内に挿入する必要があるため、日常的な健康管理の一環として継続的に長期間使用するには適さない。また、システムを応用できたとしても雌牛に限られる。また近年では、温度センサーを経口投与して胃内の温度をモニタリングするシステムについても開発が進んでいるが、あくまでも胃内温度であること、飲水による影響やセンサー回収の問題などがあり、研究段階での活用にとどまっているのが現状である。
非侵襲的に牛の体表面温度を測定するシステムとして、サーモグラフィーカメラを活用した取り組みが報告されているが、設備費が高額であるとともに、操作性や機動性についていまだ改良の余地があるため、生産現場において普及する段階には至っていない。
そこで本研究では、牛群における個々の健康状態を効率的に把握することを目的として、ICTを活用して非侵襲的に牛の体温を継続的にモニタリングすることによって、日常的な健康管理の一環として、生産現場で活用可能なリモート体温監視システムを開発した。
(1)目的
本研究では、黒毛和種繁殖雌牛において、頸部体表面温度と腟内温度および環境温度との関係について検討し、非侵襲的に測定した頸部体表面温度が深部体温を反映できるかどうか検討した。
(2)材料と方法
供試動物として黒毛和種繁殖雌牛3頭を用い、平成27年8月8日〜8月15日までの8日間を試験期間とした。腟内温度は、小型のデータロガー付き温度計(サーモクロンSLタイプ:KNラボラトリーズ)を装着した腟内留置型黄体ホルモン製剤(以下「CIDR」という)を膣内に留置して1時間ごとに測定を行った。CIDR抜去後、データをPCに取り込んで解析に供した。
頸部体表面温度は、ネックベルト内側に小型のデータロガー付き温度計を装着し、温度計が頸上部の体表面に密着するようにベルトを締めて固定し、1時間ごとに測定を行った。なお、試験期間中における牛舎内の環境温度についても1時間ごとに測定した。
(3) 結果と考察
図1に、牛舎内の環境温度と腟内温度との関係を示した。環境温度と腟内温度との間には有意な正の相関が認められ(r=0.49、P<0.01)、環境温度の上昇に伴い腟内温度も上昇した。
図2に、牛舎内の環境温度と頸部体表面温度との関係を示した。環境温度と頸部体表面温度との間には有意な正の相関が認められ(r=0.48、P<0.01)、環境温度の上昇に伴い頸部体表面温度も上昇した。
従って、黒毛和種繁殖雌牛の深部体温と体表面温度は、牛舎内の環境温度と相関していることが示された。
図3に、頸部体表面温度と腟内温度との関係を示した。試験期間中の腟内温度の平均は38.5±0.2℃、頸部体表面温度の平均は35.1±1.6℃であり、頸部体表面温度は腟内温度よりも低く推移することが分かったが、腟内温度と頸部体表面温度との間には有意な正の相関が認められた(r=0.42、P<0.01)。
図4に、試験期間中の腟内温度と頸部体表面温度の日内変動を示したが、いずれにおいても、早朝から夕方にかけて上昇し、夜間から翌朝にかけて低下する体温の概日リズムが明瞭に観察され、両者の変動パターンは非常に近似していた。
以上のことから、黒毛和種繁殖雌牛において、ネックベルトに装着した温度計で非侵襲的に測定した頸部体表面温度が、深部体温を反映できる可能性が示唆された。
(1)目的
本研究では、黒毛和種育成雌牛において、頸部体表面温度と腟内温度の関係について検討し、非侵襲的に測定した頸部体表面温度が深部体温を反映しているか否か検討した。
(2)材料と方法
供試動物として280日齢の黒毛和種育成雌牛1頭を用い、平成27年9月2日〜9月22日までの21日間を試験期間とした。腟内温度は、小型のデータロガー付き温度計(サーモクロンSLタイプ:KNラボラトリーズ)を装着したCIDRを膣内に留置して1時間ごとに測定を行った。CIDR抜去後、データをPCに取り込んで解析に供した。
頸部体表面温度は、ネックベルト内側に小型のデータロガー付き温度計を装着し、温度計が頸上部の体表面に密着するようにベルトを締めて固定し、1時間ごとに測定を行った。
(3)結果と考察
図5に、頸部体表面温度と腟内温度との関係を示した。試験期間中の頸部体表面温度の平均は34.9±0.8℃、腟内温度の平均は38.6±0.3℃であり、頸部体表面温度は腟内温度よりも低く推移することが分かったが、腟内温度と頸部体表面温度との間には有意な正の相関が認められた(r=0.44、P<0.01)。
図6に、試験期間中の腟内温度と頸部体表面温度の日内変動を示したが、いずれにおいても、早朝から夕方にかけて上昇し、夜間から翌朝にかけて低下する体温の概日リズムが明瞭に観察され、両者の変動パターンは非常に近似していた。
以上のことから、黒毛和種育成雌牛においても、ネックベルトに装着した温度計で非侵襲的に測定した頸部体表面温度が、深部体温を反映できる可能性が示唆された。
(1)目的
これまでの研究において、ネックベルトに装着した温度計で非侵襲的に測定した頸部体表面温度が、深部体温を反映できる可能性が示唆されたが、頸部体表面温度を測定するためのネックベルトは存在しない。そこで、小型温度センサーを装着できる体表面温度モニタリング用ウェアラブルネックベルトを新たに開発することとした。
(2)新たに開発したウェアラブルネックベルトについて
本研究で新たに開発した体表面温度モニタリング用ウェアラブルネックベルトは、金属製のバックルを末端に配置したポリプロピレン製のベルト(PPベルト)に面ファスナー(AKテープ)を縫製したベルト本体に、クッション材としてネオプレン素材を縫製したこれまでにないネックベルトであり、小型温度センサーを装着できるセンサーポケットを設けることにより、ウェアラブル化に対応できるようにした(図7)。また、既存のネックベルトでは対応できなかったセンサーの装着と、首の太さの個体差に対応するために、無段階調節が可能な面ファスナー方式を採用した。これは、頸部体表面温度を精度良くモニタリングするためには、ネックベルトを緩み無く締める必要があるためである。
(1)目的
本研究では、新たに開発した体表面温度モニタリング用ウェアラブルネックベルトを実際に使用して子牛の頸部体表面温度を測定し、得られた測定データと日常の飼養管理における健康管理記録とを照合することで、日常の健康管理の一環としてのウェアラブルネックベルト利用の有効性について検討した。
(2)材料と方法
本研究では、供試動物として黒毛和種子牛3頭を用い、平成27年10月8日〜11月10日までの34日間を試験期間とした。頸部体表面温度は、ウェアラブルネックベルトに小型のデータロガー付き温度計を装着し、温度計が頸上部の体表面に密着するようにベルトを締めて固定し、10分ごとに測定を行った。
日常的な飼養管理のなかで実施した健康管理の記録と、ウェアラブルネックベルトで測定した頸部体表面温度とを照合した。
(3)結果と考察
試験期間中、3頭のうち2頭は健康上の問題は観察されなかったが、1頭の子牛において食欲不振と熱発が観察された。
図8、9に、試験期間中健康上の問題が観察されなかった子牛2頭(No.360J、No.47J)のウェアラブルネックベルトで測定した頸部体表面温度推移を示した。いずれも、明瞭な概日リズムが観察され、試験期間中大きな変動は認められずに推移した。
図10に、試験期間中に食欲不振と熱発が観察された子牛1頭(No.41J)の頸部体表面温度推移を示した。日常的な飼養管理においては、11月9日朝に食欲不振によって体調不良に気付き、直腸温を測定したところ熱発を確認し、その後、解熱剤投与が行われた。しかしながら、ウェアラブルネックベルトで測定した頸部体表面温度推移を見ると、飼養管理者が体調不良に気付く2日前の11月7日から高く推移し、3日後の11月10日に通常温度に低下した(図11)。頸部体表面温度の日平均値を比較すると、熱発前30日間では33.1℃であったのに対し、熱発3日間では34.3℃となり、1.2℃の温度上昇が認められた。
さらに、図12に食欲不振と熱発が観察された子牛の頸部体表面温度の実測値と、前7日間の平均値の推移を示した。熱発前7日間の同時刻の平均温度と比較すると、11月6日から実測値が高く推移していることが明らかとなり、飼養管理者が体調不良に気付く11月9日よりも3日も前に頸部体表面温度が上昇していたことが明らかとなった。
頸部体表面温度をモニタリングし、温度変化をいち早く察知するためには、今後、実測値に対する比較対象として移動平均値を採用することで、平常時温度からの逸脱による体調の変化を見逃さなくできる可能性が示唆された。
(1)目的
本研究では、新たに開発した体表面温度モニタリング用ウェアラブルネックベルトを実際に使用して肥育牛の頸部体表面温度を測定し、得られた測定データと日常の飼養管理における健康管理記録とを照合することで、日常の健康管理の一環としてのウェアラブルネックベルト利用の有効性について検討した。
(2)材料と方法
本研究では、供試動物として黒毛和種肥育牛6頭を用い、平成27年12月10日〜12月24日までの15日間を試験期間とした。頸部体表面温度は、ウェアラブルネックベルトに小型のデータロガー付き温度計を装着し、温度計が頸上部の体表面に密着するようにベルトを締めて固定し、1時間ごとに測定を行った。
日常的な飼養管理のなかで実施した健康管理の記録と、ウェアラブルネックベルトで測定した頸部体表面温度とを照合した。
(3)結果と考察
試験期間中、飼養管理者による日常の健康管理における健康上の異常は、全ての肥育牛で観察されなかった。
試験期間中における肥育牛1頭(No.T1)の頸部体表面温度の推移を典型的なデータとして図13に示した。牛舎環境温度が低下した日に頸部体表面温度も低下したが、前3日間平均値と比較した実測値の変動に大きな変化は認められなかった。
図14に、試験期間中における6頭の頸部体表面温度推移を示した。個体差はあるものの、朝低く、その後、夜間にかけて高く推移し、翌朝にかけて低下する体温概日リズムが明瞭に認められたことから、本研究で開発したウェアラブルネックベルトで測定した頸部体表面温度をモニタリングすることで、体温変動を推測できる可能性が示唆された。しかしながら、本試験期間中において、健康上の異常が観察されなかったことから、肥育牛において日常的な健康管理に活用できるかどうかについては、結論付けることができなかった。従って、今後、さらに試験を継続して健康上の異常をいち早く察知できるか検討する必要があると考えられた。
(1)目的
牛では、分娩前に体温が低下することから、分娩予定牛の体温を継続的に測定することで分娩時期を予測する技術が古くから用いられてきた。
本研究では、新たに開発した体表面温度モニタリング用ウェアラブルネックベルトを実際に使用して分娩予定牛の頸部体表面温度を測定し、分娩前から分娩までの体表面温度推移について検討し、本研究で開発したウェアラブルネックベルトで測定した頸部体表面温度をモニタリングすることで、分娩を予測することができないか検討した。
(2)材料と方法
本研究では、供試動物として分娩前の黒毛和種繁殖雌牛1頭(No.46)とホルスタイン種1頭(No.185)を用いた。分娩前の頸部体表面温度は、ウェアラブルネックベルトに小型のデータロガー付き温度計を装着し、温度計が頸上部の体表面に密着するようにベルトを締めて固定し、10分間ごとに測定を行った。
(3)結果と考察
図15に、黒毛和種分娩牛の分娩前後の頸部体表面温度推移を示した。
また、図16に、頸部体表面温度の実測値と、前3日間の平均値の推移を示した。前3日間の同時刻の平均温度と分娩日当日の頸部体表面温度を比較すると、分娩時刻(11月17日23:00)の約20時間前の11月17日3:00から著しく低下する結果となった。
図17、18に、ホルスタイン種分娩牛の分娩前後の頸部体表面温度推移、頸部体表面温度の実測値と前3日間の平均値の推移を示したが、分娩時刻(11月12日7:00)の2日前から体表面温度の著しい低下が観察された。
以上のことから、本研究で開発したウェアラブルネックベルトで測定した頸部体表面温度をモニタリングすることで、分娩時期を推測できる可能性が示唆された。
本研究で開発したウェアラブルネックベルトによる体表面温度モニタリングシステムの概要は以下のとおりである。本システムを活用し、牛の体表面温度を自動で測定、収集することが可能となる。
わが国における乳・肉用牛の飼養農家戸数と飼養頭数は減少傾向で推移しているが、1戸当たりの飼養頭数は近年増加傾向にあり、経営規模の拡大が進んでいることが示されている。しかしながら、規模拡大による飼養頭数の増加によって飼養管理面での対応が追いつかず、疾病や事故発生件数の増加にもつながる危険性もはらんでいる。そのため、牛群における個々の健康状態を効率的に把握でき、重篤な症状が現れる前に早期に発見できる技術が強く望まれている。
牛の健康管理を行う上で体温の測定は最も基本的かつ重要な手段であるが、健康管理の一環で牛群における個々の体温を継続的に測定するのは困難な状況にある。一方で、ICTを活用して超省力・高品質生産を目指すスマート農業を実現するための取り組みとしては、すでに園芸部門では環境モニタリングを中心に普及が着実に進んでいるものの、畜産分野におけるICTの有効活用についてはいまだ検討の余地が残されている。
そこで本研究では、牛群における個々の健康状態を効率的に把握することを目的として、ICTを活用して非侵襲的に牛の体温を継続的にモニタリングすることによって、日常的な健康管理の一環として、生産現場で活用可能なリモート体温監視システムを開発した。
本研究において、ネックベルトに装着した温度計で非侵襲的に測定した黒毛和種牛の頸部体表面温度が、深部体温を反映できる可能性が示唆された。そこで、小型温度センサーを装着できる体表面温度モニタリング用ウェアラブルネックベルトを新たに開発した。
新たに開発したウェアラブルネックベルトを用いることによって、子牛の熱発を日常の健康管理よりも先に検出できることも確認し、肥育牛においても体温の概日リズムを観察することができた。さらに、今回は本文には掲載していないが応用展開として、分娩予測および発情周期の把握(発情発見)にも活用できる可能性も示唆された。
今後は、次のステップとして生産現場における実証試験へと進展させていく必要がある。