卵用地鶏という新しいジャンルへの挑戦 |
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独立行政法人家畜改良センター 岡崎牧場 場長 山本 洋一 |
1 はじめに
鶏卵は生活必需の食料品として、差別化という意識、発想が生産および消費サイドとも少ないが、今後の国際化の進展の中で、中小規模の採卵鶏農家の存続、多様性のある豊かな食生活の提供という観点から、積極的な取り組みが期待される。
もちろん、これまでも、こだわり飼料(飼料米、ハーブなど)、特定の栄養成分(ビタミン、ミネラルなど)を給与するなどの取り組みも一部行われてきている。
しかしながら、最近の世界的なトレンドとしては、北欧などを中心に、「アニマルウェルフェア」や「持続可能」といったキーフレーズで差別化を行う銘柄卵(最近では福祉対応型のケージだけでなく、さらにハイレベルの平飼い、放し飼いなどの取り組みも増加)がシェアを大きく伸ばしており、近いうちに、わが国にもその影響が及んでくるのではと予想される。
そうした差別化のトレンドは、欧米における価値観、飼育事情などを基に進められており、例えば、放し飼いの実施について、わが国のようなアジアモンスーン地域では広く適用するのが難しいであろう。
こうした中で、わが国独自の価値観(鶏種の違いなど)にこだわり、「肉用の地鶏」と同じような発想で、通常の外国鶏種と異なる卵用の地鶏(以下「卵用地鶏」という)という概念を卵用鶏の差別化、付加価値化の運動に織り込んでいくことは意味があると考える。
2 地鶏の概念、定義など
地鶏を国語辞典などで調べると、「古くからその地域で飼われている在来の鶏」などと記述されるのみであるが、平成11年に、おいしい鶏肉を求める消費者ニーズの高まりの中で、フランスの「赤ラベル認証鶏」を参考に、「在来種」などを交配利用した「地鶏肉の日本農林規格(以下「地鶏JAS」という)」が制定され、その認定基準(図)が、JAS認証のみならず、広く地鶏という言葉の定義として認識されてきている。
しかしながら、「地鶏JAS」は肉用鶏(親鶏になる前の若齢肉)を対象としたもので、卵用鶏(鶏卵、成鶏肉)まで言及するものではなく、「在来種」を利用した卵用鶏については定義づけがないグレーゾーンにあると言える。そのため「卵用地鶏」という新しい概念を打ち出し、その定義を明確にした上で、普及、PRなどすることは特に問題は無いと考える。
養鶏の歴史を振り返ると、実は、昭和時代前半ごろまでは、鶏を卵用として利用した後に肉利用する「卵肉兼用」というスタイルがほとんどであり、むしろこれこそ本家本元であるとも言える。
また、「地鶏」というと、各地域の固有の在来種というイメージにこだわる人も多いが、最近の地域の一体化、世界のグローバル化の中では、必ずしも、県ベースで開発されたものにこだわるのでなく、例えば、独立行政法人家畜改良センター(岡崎牧場)のような全国ベースで開発されたものも対象とするのが妥当であろう。
これまで、県ベースで「卵用名古屋コーチン」、「土佐ジロー」、「あすなろ卵鶏」など、国ベースで「岡崎おうはん」といった「卵用地鶏」が開発されているが、未だ少数派で認知度が低く、差別化の大きな流れとなっていない(写真1〜3)。
3 卵用地鶏の取り組みのメリット
(1)卵直販店など中小規模養鶏農家の活動を支援する有望なツール
最近の地域活性化の取り組みとして注目される卵直販店などにおいては、卵の新鮮さなどをアピールするので通常の外国鶏種で十分というところも多いが、今後のさらなる発展を考えれば、多様な国産の鶏種の品揃えを充実し、鶏の外貌や卵の色の違いにより見た目で違いがわかることは大きなセールスポイントとなる。
(2)地鶏肉とのセット販売による新たな販売ルートの獲得
最近、地鶏肉を取り扱う販売店から、地鶏を連想させる「こだわりの卵」をセットで販売したいとの声をよく聞く。肉用の地鶏そのものに産卵させるのは鶏の能力、生産コストなどの面で難しいので、産卵性の優れた「卵用地鶏」があれば、生産サイドはもちろん流通・販売サイドにおいても、お手頃価格で必要量を確保でき、商売の展開が容易になると考える。
(3)副産物収入の拡大(産卵利用後の成鶏肉)
産卵利用後の成鶏肉は、もともと「かしわ肉」と呼ばれテーブルミートとして利用もされていたが、飼料の栄養を卵の生産のために徹底的に転換利用する育種改良の中で肉量や品質が低下し、利用が衰退した事情がある。
「卵用地鶏」は、通常の外国鶏種と比べ、飼料の卵への利用性は劣るものの、その分、肉にコクやうまみが多く歯ごたえがあり、昔のような「かしわ肉」として有利販売できる可能性がある。
4 今後の課題および対応方針(案)
(1)認知度の向上、新規参入の拡大
「卵用地鶏」の取り組み、運動を進めるに当たっては、個々の活動はもちろんであるが、わが国固有の鶏種が卵用鶏でも存在することを世間に広く認知してもらうことが何よりも重要である。
岡崎牧場としては、現在、取り組みを行っている県などと連携し、今後、こうした取り組みに関心を持つ生産者(卵直販店)、流通・販売業者、さらにはマスコミまで含めた幅広い関係者を対象としたシンポジウムなどの活動を行い、認知度の向上を図る予定である。
さらに、新たな「卵用地鶏」の開発を模索する県、民間団体などに対し、各種情報提供を行うとともに、岡崎牧場の保有系統をできるだけ活用し、自給飼料を給与するなどで地域の特色を付与するといった効率的で低コストな取り組みもアドバイス、サポートしていきたい。
(2)定義の明確化
「卵用地鶏」について、現在のところ、「通常の外国鶏種の卵用鶏と異なる鶏種」、「在来種を交配利用した卵用鶏」という大まかなイメージで活動を呼びかけているが、今後、定義の明確化を図っていくことが求められる。
個人的な意見であるが、基本的には、「地鶏JAS」の基本的な理念(わが国の「在来種」の交配利用)を継承するものの、卵用鶏の場合の「在来種」としては、例えば卵殻色にインパクトを持つ青色卵のアロウカナ種、その他の新品種も追加するなどの修正が必要であるとともに、卵用鶏まで平飼い飼育のみと限定するのは現実的でないとも考える。
(3)成鶏肉の有利販売
成鶏肉をテーブルミートとして販売するには、一定規模以上の生産ロット、年間を通じた計画的な出荷が商売上のポイントとなる。従って、小規模の取り組みをまとめて処理・加工、販売するネットワークの構築や、長期保管のきく冷凍品でも利用できるような工夫を行うことも重要である。
また、飼育方法も、通常の2羽飼いのケージ飼育では体が大きくならない、脂が乗りにくいなどの課題もあり、アニマルウェルフェアの考えを重視し、思い切って、飼育密度を下げ1羽飼いや、平飼い飼育にトライするのも有効かも知れない。
(4)育種改良の強化
鶏の産卵性能や卵質の善し悪しは、生産コスト、販売戦略に大きく影響を及ぼすだけに、「卵用地鶏」だから能力的にかなり劣っても仕方ないと許されるものではなく、できる限り鶏種としての能力を向上させる努力が必要である。
岡崎牧場では、「卵用地鶏」の開発のもととなる主要なロードアイランドレッド、横斑プリマスロックについては1系統当たり2500〜3000羽、アロウカナや烏骨鶏についても450羽え付けという大規模な育種改良を行っている。
それらを交配利用し作出された「岡崎おうはん」、「岡崎アロウカナ」、「烏骨鶏」は、現時点でも高い産卵成績を示しているが、ゲノム(遺伝子)解析を使った最新の育種改良手法なども取り入れ、今後、さらに能力向上に向けた努力を続け、その育種素材などを各県、民間にも提供していきたい。
5 おわりに
本年7月に、独立行政法人家畜改良センター岡崎牧場主催で、卵用地鶏という新しい概念を提案する初の試みとして「卵用地鶏シンポジウム」を開催(名古屋市)したところ、80名以上もの多くの関係者に出席いただき、関心の高さを感じることができた。
今後、多方面の方と意見交換など重ねながら取り組みを進めていきたいと考えており、皆様からのご意見、アドバイスなどいただければ幸いである。
(プロフィール)
昭和57年4月 農林水産省(家畜生産課)入省
昭和58年4月以降 農林水産省課長補佐(畜産振興課、飼料課)、地方農政局畜産課長(東北、関東) 種畜牧場課長(兵庫)など
平成18年4月 家畜改良センター兵庫牧場長
平成25年4月から現職((独)家畜改良センター岡崎牧場場長)