特 集  畜産の情報 2016年2月号


食肉ハラールビジネスの現状と課題
〜南薩食鳥グループの鶏肉と佐藤長八商事の 牛肉の取り組み〜

中村学園大学 学長 甲斐 諭



【要約】

 世界をみるとイスラム教徒の人口増加率はキリスト教徒に比較して高く、また、国内で開催される各種イベントに訪日するイスラム教徒が増加しており、食肉ハラ−ルビジネスの拡大が期待されている。しかし、国内では食肉ハラールビジネスのための生産・加工・流通の各段階における対応が遅れている。本調査研究では南薩食鳥グループの鶏肉と佐藤長八商事の牛肉を対象にした取組みを分析し、食肉ハラールビジネスの現状と課題を考察した。

1 イスラム市場・ハラ−ルビジネスの重要性

 2010年の世界人口は約69億人であった。これを宗教別に見るとキリスト教徒が最も多く21.7億人(全人口の31.4%)で、これに次いで多いのがムスリム(イスラム教徒)の16億人(同23.2%)である。

 しかし、図1、図2に示すように2050年にはそれぞれ29.2億人(同31.4%)と27.6億人(同29.7%)になると予測されており〔1〕、今後、イスラム市場・ハラ−ルビジネスが急速に重要になっていくものと推測される。

 地域別にムスリム人口の分布を見ると最も多いのはアジア・大洋州であり、全世界のムスリムの62%、10億人弱が居住している。そこにはインドネシア、インド、パキスタン、バングラデシュなどムスリム人口が1億人を超す国があり、中央アジアにもイスラム諸国が多い〔2〕。これらの国々や中東諸国は、徐々に経済発展し、生活の質も向上していくので、ハラール食品の市場規模は2013年の1.29兆米ドルから2019年には2.54兆米ドルに96.3%も成長するものと予測されているなど〔3〕、今後、イスラム市場・ハラ−ルビジネスは、ますます重要になっていくものと思われる〔4〕

 ハラールとは、イスラム法で許容された飲食物であり、飲食が許されない食材がハラームであるが、2014年度時点で国内ハラール認証機関から認証を取得した国内の食品業者(製造業)の品目は80件であり、その内訳は次の通りである〔5〕

 加工食品16件、調味料15件、飲料11件、鶏肉3件、牛肉3件、乳製品2件、その他である(図3)。

 また、その食品業者の都道府県別件数(合計80件)は以下の通りである。東京都19件、愛知県6件、静岡県5件、大阪府5件、福岡県5件、鹿児島県2件、その他である(図4)。

 上記の2014年度時点で国内ハラール認証機関から認証を取得した鶏肉3件、牛肉3件のうち、本稿では(1)鹿児島県で鶏肉を、また(2)東京都で牛肉と鶏肉を対象としたハラール認証を受け、ハラールビジネスを先駆的に展開している2つの組織を研究対象として実態調査を行った。

 この調査を通して食肉ハラールビジネスの取り組みの契機と現状および展望と課題を考察するのが、本稿の目的である。

2 南薩食鳥グループのハラールビジネスの取り組み

(1)南薩食鳥グループ発展の小史

 南薩食鳥グループ(以下「Nグループ」という)は、同一敷地内にある南薩食鳥株式会社(以下「N社」という)と株式会社エヌチキン(以下「Nチキン」という)の2つの会社から成り立っている。それぞれ違った発展過程を経て成長してきた企業であるものの、現在では、図5に示すように主にNチキンが後述の種鶏・親鶏・地鶏の処理解体・加工・製造を担当し、N社がその製品の販売を主に担当している。両社は製造会社と販売会社の関係にあり、両社の代表取締役は徳満義弘氏である。

 表1に示してある通りN社の前身は、1968年に創業した田中物産(後に株式会社児湯食鳥の子会社となる。)であるが、1979年にN社に社名変更した(初代社長は児湯食鳥社長の片平すなお氏)。1981年に現在の基幹事業である種鶏と親鶏の処理・販売に着手し、1984年には約2億円を投資して食鶏加工場を増築した。その後も加工場の増築を重ね、1995年には現社長の徳満義弘氏が社長に就任し、「幸福創造企業」を経営理念に掲げて経営を発展させている。

 同年に宮崎県に食品加工場を新設し、2000年には児湯食鳥の子会社ではなくなった。N社の2014年度の販売額は45.3億円であり、2015年8月時点の従業員数は130名である。

 一方、2000年にN社の社員と地元の養鶏農家が共同して農事組合法人エヌチキンを立ち上げ、新工場を建設し、製造部門を独立させて、ISO9001(品質マネジメントシステム)認証も取得した。2012年に同法人は株式会社エヌチキンに社名変更した。Nチキンの2015年度の販売額は30.7億円であり、同年8月時点の従業員数は281名である。

 処理解体・加工・製造工程の主要部分は機械化されているとはいえ、細部は手作業に依存する製造工程が多く、また取扱製品数が多いこともあり、雇用者数が多くなっている。

 Nグループの本社は鹿児島県南九州市知覧町にある。Nチキンの工場は知覧町(第1工場と第2工場)にあり、N社の工場が鹿児島県日置市(伊集院工場)および宮崎県児湯郡(宮崎工場)にある。また営業所は福岡市、鹿児島駅構内、東京都にあり、販売を展開している。

 Nグループは、2011年にイスラム教徒向けのハラールフードの製造に着手し、2012年農林水産省の六次産業化・地産地消法に基づく総合化事業計画の認定を受け、レトルトなどの加工場を新設して同年にハラール認証を取得し、現在に至っている。ハラール認証機関により規制が大きく異なっているが、Nグループでは、日本国内で多数あると言われている認証機関の中で、マレーシアハラルコーポレーション(以下「MHC」という)からの認証を受けている。なお、この機関はマレーシアの認証機関ではなく、在日マレーシア人が運営している認証機関である。

(2)食鳥産業の構造とNグループの種鶏業界における地位

 Nグループが取り扱っている種鶏(原種鶏を含む)と親鶏(いわゆる廃鶏)と地鶏について検討しておこう。一般的に鶏は食鶏と採卵鶏に大別され、食鶏はさらに細分化される。

 すなわち、

(1)日齢50日前後で処理解体されるブロイラー(あるいは若鳥と呼ばれている。国内で年間約6.5億羽が出荷される。)

(2)ブロイラーにするための卵を供給する種鶏(国内で年間約480万羽が出荷される。雄成鶏(5kg/1羽、10%)と雌成鶏(4kg/1羽、90%)、雄雌とも日齢450日程度で処理解体される)

(3)ブロイラー種鶏にするための卵を供給する原種鶏(外国からひなで輸入される。国内で年間8万羽出荷、日齢450日程度で処理解体される)

(4)採卵鶏で年間産卵数が減少し始めた親鶏(国内の飼養羽数1.3億羽、約9,000万羽が出荷される。雌(1.7kg/1羽)、日齢550日程度で処理解体される)

(5)採卵鶏にするための卵を供給する種鶏(雄成鶏(2kg/1羽、10%)と雌成鶏(2kg/1羽、90%))、

(6)採卵鶏種鶏にするための卵を供給する原種鶏(外国からひなで輸入される)、

(7)地鶏(銘柄により80〜150日で処理解体される)

の7タイプがある。

 このうちNグループでは(1)のみを除く6タイプの鶏を取り扱っている。

 わが国では2014年にブロイラーは約6.5億羽出荷されており〔6〕、種鶏と原種鶏は約500万羽が出荷される。そのうちNグループが青森県以南の各県のブロイラー飼養の企業や農家から契約により約200万羽(全国の約40%)の種鶏と原種鶏を集荷している。種鶏・原種鶏業界には約20社が営業を展開しているが、創業以来この分野で35年程営業を展開しているNグループが種鶏・原種業界では第1位の地位を占めている。

 一方、わが国には採卵鶏が2014年に約1.3億羽飼養されており〔6〕、親鶏は約9,000万羽が出荷される。そのうちNグループが兵庫県以西の各県の養鶏場から契約により約600万羽(全国の約6.6%)を集荷している。

 一般に鶏肉は飼育日数が増すとうま味成分のイノシン酸やグルタミン酸が増え、味が良くなる。しかし、その反面、肉質が固くなる傾向にある。九州では従来、種鶏・親鶏の鶏肉料理が多く、人気も高い。図6のように鹿児島県ではとり刺し、たたき、煮しめなど、宮崎県ではモモ焼き、福岡では水炊き、がめ煮などに種鶏・親鶏の鶏肉が大量に使用されている。そのためNグループ製品の販売先は約1,000カ所で、九州内が約70%であり、スーパー、ハム・ソーセージメーカー、飲食店、通販、コンビニに精肉や加工品の形態で販売している。今後、国内他地域にも拡大すべく努力している。

 Nグループでは1日当たり3万5,000羽の食鶏を処理解体し、製品に加工している。そのために前述のように2015年8月時点でN社が130名、Nチキンが281名と多くの従業員を雇用している。従業員の中には約60名のフィリピン人とベトナム人の外国人技能実習生が含まれている。このように多数の従業員が必要な1つの理由は処理羽数が多いというだけでなく、Nグループの製品は(1)原料肉(ハンバーグ、餃子など)、(2)テーブルミート(精肉店・量販店向け)、(3)業務用食材(焼鳥、モモ焼など)など多岐にわたり、約1,000アイテムを製造しているからでもある。同業他社の場合は、自社で最終商品を製造するのではなく、食肉メーカーに鶏肉を卸売りする事例が多い。

 Nグループは九州の南端に位置しているため物流費がかさむので、高付加価値製品の生産に注力する必要があり、同業他社の約10倍のアイテム数の製品を生産し、供給している。そのために手作業が増え、従業員数増加を引き起こしてしている。高付加価値の新商品開発を模索している過程でハラール商品の開発を思いついた。

(3)Nグループのハラールビジネス開始の契機

 Nグループのハラールビジネス開始の契機は次の4点に要約される。第1は九州の食肉業界に希望と展望を与えることであった。九州の食肉業界はリーマンショックや高病原性鳥インフルエンザ、さらには口蹄疫の発生により大きな打撃を受け、また、少子高齢化の影響もあり、需要拡大に対して先行き不安が広がっていた。その閉塞へいそく感の打開策の1つとして、Nグループが先頭を切って導入したのがハラールビジネスであった。

 第2は、鶏肉の海外輸出の模索の結果である。一般に日本人は鶏肉のモモ肉を好んで食べるが、米国人はムネ肉を好む傾向にあるので、日本のムネ肉を米国に輸出しようとしたものの、防疫上ハードルが高かったので、中近東へのムネ肉輸出を考えた結果、ハラールビジネス導入が必要と判断した。

 第3は、Nグループにとってハラールビジネスは比較的導入しやすかったことである。加工場が古くなっており、建て替えを検討している時期にハラールビジネスを構想したので、新設工場では豚肉や豚肉由来のものを一切取り扱わず、また、工場近辺に豚肉処理場もなく、ハラールビジネス導入の決心をしやすかった。また、既に鶏肉ビジネスを大きく展開しており、品質管理システムISO9001も取得して顧客満足度を高めており、九州をはじめ全国の食品メーカーや外食チェーン店、小売店などに対し鶏肉を広く販売していた実績があり、イスラム教徒向けのハラールビジネス導入が容易な環境にあった。

 第4は、外国人が多く集まる2020年の東京オリンピック・パラリンピックの選手村などへの食材供給の準備を開始したことである。Nグループは多くのイスラム教徒が来日することを想定し、既に安全・安心・新鮮な商品の開発にも取り組み、高付加価値商品を開発するなどハラールビジネスの重要性を認識していた。

 上記の諸要因を総合的に判断して、2011年にハラールビジネスの取り組みを開始した。それは業界初の取り組みであり、全国的にも大変注目された。現在では国際線ドバイ向けエミレーツ航空の機内食にNグループ製品が採用されている。

(4)Nグループのハラール商品の販売額と商品の種類

ア ハラール商品の販売額

 3年目を迎えたNグループのハラール商品の販売額は現在、月商で約200万円である。数量についてはアイテムが複雑なので、カウントできない。ゼロからのスタートであったが、毎年2倍、3倍のペースで増えている。2014年は月商が約100万円程度であったことを思えば、急速な成長分野である。

 日本国内で世界ボーイスカウト大会などがあるとイスラム教徒も多数参加しており、ハラールラーメンなども良く売れるので、販売に出向いている。日本国内で国際的なイベントが今後増えるので、確実に需要は拡大すると予測している。また、国内在住のイスラム教徒も増加しているので、消費は増加するものと期待している。今後の増加スピードを維持して、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの頃には年商6億円の販売額になることを目標に努力している。

イ ハラール商品の種類

 Nグループでは表2に示す商品を製造販売している。チキンウインナー、チキンハム、チキンハンバーグ、チキンメンチカツ、鶏ラーメン、チキンカレーなどである。

 しかし、これらの商品は少量生産で、手作り生産であるためにコストが高く、販売単価が高くなっている。ブラジル産鶏肉を主原料に生産されたと思われる同業他社の単価に比較して1.2倍から4倍高い。また、ブラジル産が若鶏を使用しているのに対して、Nグループでは種鶏と親鶏を使用しているためにうま味はあるが、肉質が硬いとの指摘もあり、販売に苦戦している側面もある。

 それらの問題点を克服して、Nグループでは上記以外のハラールフードの冷凍鶏肉として、次の商品を販売している。ムネ肉(1キログラム)、ムネ挽肉(1キログラムと500グラム)、種鶏ササミ(500グラム)、親鶏モモ(骨なし、2キログラム)、皮なしムネ肉(1キログラム)、親鶏中抜き(1キログラム)、親鶏ムネ(2キログラム)などである。

 さらにハラールフードの冷凍加工品として、次の商品を販売している。チキンソーセージ(200グラム)、チキンソーセ−ジ(ハーブ入り、200グラム)、ビーフ&チキンウインナー(200グラム)など多数の商品を製造販売している。

(5)ハラール商品の海外輸出の展望

 Nグループは現在、MHCの認証を受けているが、認証効果は日本国内のみで有効であり、海外輸出には不向きである。MHCは、最近、海外との相互認証を得て、インドネシアでも認証が有効〔7〕になったものと考えられる。しかし、まだ同機関とは折衝段階であり、インドネシアに輸出するには今後、契約やロゴの更新が必要になり、それに伴う契約金の上積みが懸念されている。

 今後の輸出先としてマレーシア、インドネシア、ドバイ、トルコ、イランの5カ国をターゲットにしている。しかし、各国から認証を受けるのは非効率であるので、ハラールに関して最も規則の整備が進んでおり、厳格であるマレーシアイスラム開発局(Department of Islamic Development Malaysia、マレー語で Jabatan Kemajuan Islam Malaysia、以下「JAKIM」という)の認証取得を考えている。また、中東を中心に57カ国が参加している認証があるので、今後はそれの認証取得も新たに目指す考えである。

 鹿児島県内に在住しているイスラム教徒との交流を通して、アドバイスをもらっており、当面、マレーシアへの輸出を考えているが、マレーシアの人口は約3,000万人と少ないので、輸出相手としては小さい。一方、人口が約3億人と多いインドネシアは所得水準が低いという問題点がある。

 後述のようにNグループのハラール商品は生産コストが高いので、1人当たりGDPがある程度高い市場への輸出が重要で、アラブ首長国連邦のドバイ、また、GDPの比較的高いトルコに優先的に輸出したいと考えている。

(6)ハラールビジネスの課題

 前述のようにNチキンは、全国から生きた種鶏・親鶏を受け入れ、1日に約3万5,000羽を処理解体している。そのうちハラール方式で処理している割合は数%である。ハラール処理羽数が数%にとどまっているのは、(1)処理、(2)商品開発、(3)加工、(4)販売の各段階において課題が内在しているからである。

ア 処理段階における課題

 ハラール処理解体羽数を増やすと不良品が約20%程度まで増加し、また、処理効率が低下し、認証コストも増加する可能性がある。そのためにハラール処理解体羽数を増やすことに 躊躇 ちゅうちょ している。

 日本式の鶏の処理法では 頸動脈 けいどうみゃく を切り、完全放血し、手羽先などに血液を残存させず、高品質な鶏肉の製造に努めている。一方、ハラール処置法は早く絶命させるために、頸動脈のみならず気管も切断するので、鶏が暴れて、吊るしている器具から落下して骨折する場合が多く、また、早く絶命するために血液が体内に残留するなどして、肉質の劣化を招くリスクが高く、結果的に不良品の発生率を20%程度まで高める危険性がある。

 また、認証を受けているMHCの規制は比較的緩やかではあるが、1羽の処理に以前は10秒間の祈りが必要であり、処理効率が大幅に低下した。そのため祈り時間を再検討してもらい、現在では1羽当たり4秒間の祈りにしてもらっている。しかし通常の日本方式であるオートキラーの場合は1時間で4,000羽(1羽当たり0.9秒)を処理しているので、ハラール処理は日本方式の約4.4倍の時間を要している。ハラール処理羽数を増やすと、処理効率が大幅に低下し、経営に負担を与えるので、ハラール処理羽数の増加には問題があることが分かる。

 以前は処理担当のイスラム教徒は1人であったが、現在では3人を雇用し、ハラール処理羽数の増加に人的な準備は出来ている。今後は、1羽単位の祈りから2,000羽単位の祈りに転換できるように、また、鶏が暴れないように電気ショック方式の導入などを認証機関と協議中である。

イ 商品開発段階における課題

 Nグループのハラール商品のアイテムは約100種類あるが、現実にはその20%のアイテムが販売額の80%を売り上げている。全国各地から多品目のアイテムの注文を受けており、嬉しいことにはなるが、販売数量が少ないアイテムの商品開発はコストアップ要因になるので、対応出来ていない。顧客ニーズへの対応と経営資源集中化との矛盾の克服が課題である。

 現在、日本にはブラジルなど外国からハラール処理した鶏肉が大量に輸入されているが、それらの輸入ハラールチキンがどの程度の厳密さが担保されたものであるか不明である。

 しかし、Nグループではハラール処理の厳密さを保持した、イスラム教徒から信頼される「メイドインジャパン」のハラールチキンの商品化に真摯しんしに取り組んでいる。そのためにコストが高くなるという課題に直面している。

ウ 商品加工段階における課題

 ハラールチキンの加工場では調味料などに豚由来のものを含んではならず、鶏ガラなどを利用して自ら調味料を作る必要があり、コストアップ要因になっている。

 Nグループのハラールチキン製品はまだ輸出は行われていないので、海外向けの味付けではなく、日本食の味付けにしている。しかし、日本食風味にするとアルコールを含むしょうゆの使用が問題になる。Nグループでは自然発酵のアルコール含有率が0.5%未満のハラール認証を受けた高価なしょうゆを使用している。その他、信頼されるハラール食品の製造にはしょうゆ以外のタレなどの副資材の使用にも豚由来ではなく、しかもアルコールを含んでいないなどの厳密な管理が必要になり、それがまたコスト増加の要因になっている。

エ 販売段階における課題

 販売先である実需者は少量多品目の商品を要請してくるので、その副原料確保が問題になる。Nグループでは信頼性を高めるためにメイドインジャパンの原材料を使用した商品作りを心掛けている。しかし、実需者である販売先が豪州産のハラール牛肉を副原料に使用してチキンビーフウインナーやチキンビーフハンバーグを製造するように要請してきている。副原料に全幅の信頼が置けないが、販売先である顧客の要請なので、理念と現実の矛盾に直面している。

 国内には約10万人のイスラム教徒が在住していると言われている。しかし、分散して在住しているので、どこで売れば効率的に販売できるのか課題がある。国内には約80カ所のハラールショップがあると言われているので、そこへの販売を試行したが、十分ではなかった。今後は株式会社トーホーキャッシュアンドキャリーのA-プライスなどの業務用スーパーへの販売を検討している。また、一般スーパーやネット販売への対応も必要になっている。

 一方、インバウンドのイスラム教徒は30万人と言われているが、国内の飲食店やホテルではハラール対応が十分に出来ていない施設が多い。そのためイスラム教徒に食事提供ができないレストランやホテルが少なくない状況である。今後は機内食や観光地のレストラン、ホテル、土産店への販売が必要になっている。

 イスラム教徒は現在、16億人と言われているが、まだまだ所得の低い国も多く、価格水準からみて輸出は容易ではない。イスラム教徒の所得も徐々に向上しているので、オリンピック以降には輸出が拡大するものと予測している。

 Nグループは原料や副原料それに調味料なども国産にこだわり、手作業商品が多いので、コストが高くなっている。従ってブラジル産などの約1.2〜4倍の価格で販売せざるを得ない状況であり、できるだけ高所得のイスラム教徒への販売が必要になっている。

(7)ハラールビジネスによる地域活性化に対する金融機関からの評価

 Nグループは、2014年11月に鹿児島相互信用金庫から、種鶏を使ったスモークチキンや加工品を全国展開していること、特に「ハラールフード」の先進的な取り組みが高い評価を受け、地域経済の発展・振興に貢献した企業や団体を表彰する「第3回そうしんビジネス・イノベーション大賞」を受賞している。

 2015年2月には宮崎銀行から、ハラールフードなどの高付加価値商品の開発の取り組みなどが高い評価を受け、「ふるさと振興助成事業」の助成先に選定された。

3 佐藤長八商事株式会社のハラールビジネスの取り組み

(1)S社発展の小史と現況

 佐藤長八商事株式会社(以下「S社」という)は1955年6月に東京都台東区上野において菓子食品卸売業山形屋として開業し、1965年5月に株式会社となり、現在では菓子・食品・雑貨の卸、酒類・煙草・貴金属の販売、レストランとホテル経営など多角的にビジネスを展開している企業である。

 2012年12月には熊本県天草市にてメガソーラーの運用を開始し、2014年1月にはイスラム教徒を雇用し、千葉県幕張において日本国内初のハラール食品専用加工施設「サラムフーズプロセッシング」を竣工させ、(1)NPO法人日本アジアハラール協会、(2)宗教法人日本イスラム文化センター、(3)UAEのガルフハラールセンターから認証を受けている。

 さらに、JAKIMに対して認証を申請中である。従って、S社の製品は中東諸国なかんずく湾岸諸国に対して輸出できる状況になっているので、今後の輸出が期待される。

(2)S社のハラールビジネス開始の契機

 ハラール食品を取り扱う以前、S社は現在の食品業界に氾濫はんらんしている添加物や保存料の使用に疑問を抱き、今後の食品の安全安心を確保するためには、それらの使用を控えることが必要であると痛感し、新たな食品の製造加工法を模索していた。

 折しもイスラム教徒の訪日客が日本国内での食事に苦労している事実をS社が知り、ハラール食品に興味を持った。S社がハラール食品について調査すると、ハラール食品はイスラム教徒向けの食品というだけではなく、可能な限り自然に近い飼育法で生産された食肉などを、極力、添加物や保存料を使用しない加工法で製造された安全安心な食品であることが分かった。

 以上のように、S社が模索していた安全安心な食品の1つの解答がハラール食品であることが確認されたので、ハラール食品の製造に踏み切った。S社はハラール食品をイスラム教徒向けだけの食品として製造している訳ではなく、むしろ安全安心を求めている多くの消費者向けの食品として捉えている。

(3)S社の「天草黒牛」を用いたハラール食品の製造と流通チャネル

 S社は上記のハラール食品専用加工施設「サラムフーズプロセッシング」を2014年1月に竣工させ、豪州産のハラール認証の牛肉を原料としたハラールカレーなどの製造から開始した。

 その後、熊本県天草市においてハラールの基本となる考えにのっとった育て方である良質な牧草や自家配合した飼料を与え、広大な自然の中での放牧によりストレスのない環境で和牛を肥育している野嶋牧場があることをS社が知り、取引を開始した。

 天草市で肥育された和牛を熊本県人吉市にあるハラール認証を受けているゼンカイミート株式会社のと畜場に搬送し、解体処理し、部分肉にして上記の千葉県幕張のハラール食品専用加工施設に送り、精肉や調理加工品にしている。2014年10月から1頭買い方式で取引が開始された。

 S社は精肉、調理加工品の製造はするが、自社ではそれらの小売りをしておらず、大手百貨店と同オンラインストア、自社のホテル、と都内のレストランなどに卸販売している。精肉はレストランに対して、調理加工品は百貨店に対して良く売れている。

 精肉としてはサーロイン、ヒレ、リブロース、カタロースなどの部位別に、また、調理加工品としてはローストビーフ、ビーフハンバーグを製造し、卸販売している。ビーフハンバーグは季節を問わず人気があり、ローストビーフはクリスマスの季節に、また、精肉は夏季に焼肉用としてよく売れている。

4 食肉ハラールビジネスの今後の展望と課題

 上記のように世界のハラール食品の市場規模は2013年の1.29兆米ドルから2019年には2.54兆米ドルに96.3%も成長するものと予測されているので〔3〕、今後ともハラール食品市場は、ますます重要になっていくものと思われる。この拡大が予測される世界のハラール食品市場にわが国の食肉産業が対応していくには課題も多い。今回の実態調査から得られた結果を考慮して、食肉の生産・加工・販売の3段階に分けて課題を整理してみたい。

 生産段階では、外国産牛肉・鶏肉と国産鶏肉の場合、トレーサビリティが確立されていないので、農場における飼養管理状況が不明であることを認識し、それへの対応が必要である。

 加工段階では、国内のほとんどのと畜場は牛と豚の両方を処理しているので、ハラール牛肉の十分な供給ができない実態にある。一方、国内のと畜場をみると老朽化のため建て替えが必要になっているところが多い。今後は、隣県でと畜場が乱立している地域などでは、県境を越えて広範囲に零細と畜場の再編統合を推進し、あると畜場は豚処理を他に譲り、牛専用に再整備すれば国内でのハラール牛肉供給が容易になる。今後はその様な対応も必要ではないか。

 国内販売段階では、イスラム教徒も参加する国際的イベント情報を広範に一元的に収集し、ハラール食品を取り扱う供給者側とホテル・レストラン・小売店などの実需者側に、その収集情報を提供する組織の形成が望まれる。

 海外販売段階では、所得が高く、消費者の多い販売先国を選別し、認証受審先も選択して、集中輸出を図るべきであろう。

≪追記≫

 本稿を草するに際し、南薩食鳥株式会社と佐藤長八商事株式会社から貴重なご教示を賜り、農畜産業振興機構からは多大な調査協力を頂いた。記して感謝の意を表したい。

参考文献

〔1〕Pew Research Center, The Future of World Religions: Population Growth Projections,2010-2050,2015.

〔2〕前田高行「世界のムスリム(イスラム信者)の人口は?」前田高行責任編集『新・アラビア半島定点観測』2013年10月。

〔3〕前田高行「拡大するイスラム経済―Global Islamic Economy 2014-2015 Report解説―」前田高行責任編集『新・アラビア半島定点観測』2015年10月。

〔4〕中小企業診断協会『ハラール食品の製造・流通マニュアルに関する報告書』2015年1月。

〔5〕三菱UFJリサーチ&コンサルティング『平成26年度ハラール食品に係る実態調査事業』2015年1月。

〔6〕農林水産省「畜産をめぐる情勢」2015年10月。

〔7〕マレーシアハラルコーポレーションのホームページ。


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