調査・報告 専門調査 畜産の情報 2016年7月号
明治飼糧株式会社 研究開発部 顧問 寺田 文典
新しい国産濃厚飼料原料であるイアコーンの開発が進んでいる。イアコーンを原料としたサイレージはトウモロコシホールクロップサイレージに比べて、TDN含量が75 〜 85%と1〜2割 高く、10アール当たり800 〜 1000キログラム(乾物ベース)の収量が期待できることから、 飼料自給率向上に向けた畑作版耕畜連携の切札として注目される。本稿では、イアコーンの飼料 特性と実用化に向けた取り組みを紹介する。
平成27年3月に決定された農林水産省による食料・農業・農村基本計画では、飼料自給率について37年度には40%まで引き上げることを目標としており、そのためには、粗飼料の自給率を現状の77%(平成25年度)から100%に引き上げるとともに、濃厚飼料についても12%から20%まで引き上げる必要があるとしている。国際的な飼料価格が高止まりしているなか、濃厚飼料自給への挑戦は大胆に取り組む必要があるが、その努力は飼料用米とエコフィードにとどまっていることから、技術開発分野からは畜産の将来展開をにらんだ上で、さらに、濃厚飼料自給率改善のためのより多くの選択肢が提案されなければならない状況である。
とはいえ、「飼料用米やエコフィードならともかく、トウモロコシ穀実は低価格の輸入飼料に太刀打ちできないので自給は無理である」、との思いが一般的なのではないだろうか。しかし、自給飼料増産のためにはほ場面積が伸びなければならず、新たな畜産用ほ場の開発が困難な現状の中で、水田の転換作物あるいは畑作の輪作作物としてのトウモロコシ穀実の導入を考えることは理にかなっている。水田の畜産的活用については、耕畜連携研究の展開で一定の方向性は見えてきているものの、わが国に115万ヘクタール存在している普通畑(ちなみに、わが国の畑地は205万ヘクタール、うち普通畑115万ヘクタール、樹園地29万ヘクタール、牧草地61万ヘクタール)の有効利用のための飼料作導入、いわば、耕畜連携の畑作版を推進することは大変有意義であると考える。
わが国の最大の畑作地帯である北海道でイアコーンサイレージの取り組みが始まったことは歴史の必然ではないだろうか(図1)。
(1)イアコーンとは
わが国の畜産におけるトウモロコシの利用は、乾燥子実、ホールクロップサイレージが主体であるが、欧米諸国ではいろいろな形態があり、子実や、子実と芯(ear corn)、さやと子実と芯(ear corn with husk)を乾燥、あるいはサイレージとしても貯蔵し利用している。
最近、わが国でもトウモロコシ子実サイレージの実用化研究が、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構北海道農業研究センター(以下「北農研」という)の大下友子上席研究員らによって始められている。大下らは、さやと子実と芯のサイレージをイアコーンサイレージ、子実主体のサイレージをハイモイスチャーコーン(以下「HMSC」という)、子実と芯の粉砕サイレージをコーンコブミックス(以下「CCM」という)と名付けて(HMSC、CCMを合わせてプレミアムイアコーンと呼んでいる)、その実用化研究に取り組んでいる(図2、写真1)。
この研究を始めた動機について、大下は次のように話している。
「飼料価格が高騰するなかで、『畑では粗飼料を作り、配合飼料は輸入で』という常識を打ち破るべきだと考えました。」、「畑作地帯では、土壌の有機物不足、硬盤化が進むなかで、高齢化、労働力不足が顕在化しつつあり、省力的な輪作作物が求められていました。であれば、国土を守るのはトウモロコシ、という想いが研究の始めにありました。」
大胆な挑戦だったようだ。なぜ茎葉を利用しないのか、コストはどうか等々、当初は畜産関係者になかなか理解を得られなかったが、「地域で資源を循環させる体系を」という思いは徐々に賛同者を得るようになっていき、現在では実証試験段階とはいえ栽培面積はすでに数百ヘクタールに達しており、その可能性には多くの方々が注目している。
(2)イアコーンサイレージの栄養価と給与試験成績
イアコーンサイレージとはどの程度の栄養価を有するものなのか、家畜飼料として使えるものなのか、北農研が出版した「イアコーン生産・利用マニュアル(第1版)」、北海道畜産草地学会における大下らの報告などから試験成績を眺めてみたい。
イアコーンサイレージの可消化養分総量(以下「TDN」という)は約80%(乾物中)であり、ホールクロップサイレージと子実の中間に位置する(図3)。ルーメン内での消化速度もトウモロコシ子実(圧片)<イアコーンサイレージ<ホールクロップサイレージの順で速くなり、繊維含量、デンプン含量も異なることに注意が必要である。サイレージとしての発酵そのものは微弱であるが、ロールベールとして1年間の保存は可能である。これを実際にトウモロコシ子実の代替えとして、トウモロコシサイレージ給与時、牧草サイレージ給与時、放牧時に利用し、乳量、乳成分および血液性状を確認したが、差はみられなかった。
国産濃厚飼料原料として十分活用できるという成績である。
(3)イアコーン収穫調製体系
栄養的に十分に使えるとなると、次の興味は作りやすさはどうなのか、収量はどうなのか、そして価格的にはどうなのか、といった点である。収穫作業は、ハーベスタの収穫用アタッチメントを雌穂収穫専用スナッパヘッドに変更することで従来のホールクロップサイレージ収穫体系と同様に行うことが可能であり、収穫物を裁断型ロールベーラで密封梱包すると梱包密度はホールクロップサイレージの約2倍となり、乳酸とエタノールを含む嗜好性の良いサイレージが出来上がる。収量も10アール当たり800〜1000キログラム(乾物)が期待でき、この研究段階でのコスト試算では、TDN1キログラム当たり51円であった。自給粗飼料がTDN1キログラム当たり50〜70円程度、輸入トウモロコシが50円前後であることを考慮すると、イアコーン利用の可能性はますます高くなる。
実は、雌穂収穫専用スナッパヘッドは超大型で高価であり(写真3)、これを導入できる経営体がどれだけあるのかと、筆者も当初は疑問に思っていた。しかし、最近はほ場面積の集約化やコントラクターの大規模化が急激に進んでいるようであり、また、このことは畜産関係だけでなく、イアコーン栽培の受け皿と大下らが想定している耕種関係でも同様の状況である。実際、株式会社北海道クボタによると、すでに北海道では畑作関係でもプレミアムイアコーンの収穫が可能な大型コンバイン(写真3右)の導入台数が数十台を超えているとのことであった。現実の変化の速さは驚くほどであり、先を見越した研究の重要性を改めて実感した次第である。
イアコーンサイレージは水分含量40%程度、刈取適期は完熟期であり、北海道でも品種の早晩性を考慮することでかなりの地域(5月16日〜10月10日の単純積算気温(注)が2300度を超える地域)で作付けが可能である。当然、日本のその他の大畑作地帯である関東、九州でも作付け可能である。
北農研では、平成23年度農林水産業・食品産業科学技術研究推進事業、平成26年度補正事業の攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術緊急展開事業などにより、実証研究を北海道内で実施している。後者の事業では、道内5カ所に試験地を設定し、(1)地域間耕畜連携型、(2)地域内耕畜連携型、(3)酪農経営内利用型の3タイプの可能性を検討している。耕畜連携の対象は畑作、経営内利用ではTMRセンターが対象となる。
(注) 単純積算気温は日平均気温の積算値で、作物の栽培限界の指標の一つとして用いられている。
(1)地域間連携による流通・利用体系の構築 〜株式会社スキット(北海道勇払郡安平町)と農事組合法人美生ファーム(北海道川西郡芽室町)の連携〜
北海道勇払郡安平町は馬産地として有名であるが、畜産、耕種ともに盛んな地域で、畑作については4品目(麦、てん菜、スイートコーン、小豆)の輪作をベースとして展開している。しかし、スイートコーン栽培が量的に限られていることから畑作経営の持続性を高めるための有望な輪作作物を求めていた。イアコーンを畑輪作の5品目に加えることができないかとの要望である。安平町でイアコーンを栽培している株式会社スキットの鈴木悟代表によれば、イアコーン栽培後のてん菜栽培は他のほ場に比べて良好であり、残さによる畑土壌の物理性改善効果、すなわち輪作効果が期待できるのではないかとのことであり、「手ごたえを感じている」とのことであった。価格が折り合えば、栽培面積は増えるものと思われるが、そのためにはおおよそ10アール当たり現物で2トンの生産を挙げることが必要と大下ら(北農研)は考えている。そこで、現地では、播種法や肥培管理、品種選定などで収量増を目指す実証研究を継続しており、このハードルはそれほどは高くなさそうである。
安平町で生産されたイアコーンサイレージは十勝の芽室町の農事組合法人美生ファームに運ばれ、肥育牛用の飼料として使われている。配合割合が50%を超えても、食いが落ちず嗜好性もむらがないとのことで好評である(写真5)。
地域間の異種の農業を繋ぐツールとして、イアコーンは興味深い。
(2)畑作地帯における地域内耕畜連携、資源循環型家畜生産体系(畑作経営への導入) 〜有限会社トヨニシファーム(北海道帯広市豊西町)〜
いうまでもなく帯広市は北海道の代表的畑作地帯であり、長いもは川西ブランドとして海外にも輸出されている。この地でホルスタイン種去勢牛の生産販売、にんにくの栽培・販売を手掛けている有限会社トヨニシファームでは平成27年、自己所有地1ヘクタールと委託栽培で4ヘクタールのイアコーン試験栽培を行っている。安平町と同様、畑作側では有望な輪作作物候補としてとらえている。畜産側でも、コストはもちろんであるが、それに加えて特徴ある飼料を利用した特徴ある牛肉生産が行われることで、差別化できる商品(牛肉)の開発につながることが望ましい。いわば、地域での6次産業化を加速するツールとしてもイアコーンに期待が集まっている。
(3)経営内循環型=自給自足濃厚飼料生産型(酪農経営への導入) 〜有限会社ジェネシス美瑛(北海道上川郡美瑛町)〜
酪農経営における飼養頭数の増加、労働力確保の困難さから、飼料作、飼料調製の外注化は大きな流れとなっている。イアコーンを畜産経営内で利用するに際しては、茎葉が未利用であるという点は大きなハンディである。しかし、労働力が不足し、コントラクターの請負面積が大型化する中で、飼料生産における労働ピークの分散は必須であり、その観点から、トウモロコシサイレージ栽培とは収穫適期が異なるイアコーン栽培の飼料作体系への導入は理にかなったものと言える。
イアコーンをわが国で最初に実用規模で導入した有限会社ジェネシス美瑛(以下「ジェネシス美瑛」という)の取り組みを代表の浦敏男社長にお聞きしたので紹介したい。
ジェネシス美瑛は平成19年から稼働のTMRセンターで、現在構成員は8戸(その他非組合員9戸にも供給)で、総畑面積は976ヘクタール、TMR生産量は成牛換算で1550頭分相当、製品の種類は搾乳牛用(ロボット搾乳牛用を含む)と育成・乾乳用の5種類である。自給飼料生産における品質管理が徹底しており、飼料自給率の高さは群を抜いている。草地更新を毎年30〜35ヘクタール実施しているだけでなく、良質な粗飼料生産を目指して短草多回刈り向けオーチャードグラス+ペレニアルライグラス草地の導入や飼料用大豆の試作を行うなど常にチャレンジングである。その結果として、1戸当たりの年間出荷乳量はおおよそ900トンと多く、しかも設立当初比で4%アップしている。
イアコーンの導入もチャレンジングな浦社長の姿勢の表れの一つであり、20年の飼料価格高騰時、民間会社からの試作依頼に応じて取り組みを開始した。試験栽培の翌年、サイレージを開封し給与したところ、嗜好性は抜群で、「濃厚飼料としてこれを作ろう、絶対すごい」、と感じたとのこと、劇的な出会いだったのではないだろうか。もちろん、粗飼料生産ではなく濃厚飼料生産に取り組むとなると、資源利用面、コスト面でも不明な点が多く、批判は多かったと聞く。しかし、「安心、安全な餌を自分たちで作る」との考えで取り組み、現在では70数ヘクタールを作付している。
イアコーンサイレージの給与面での評価は、「嗜好性がよい」という点に加えて、「夏場の食い込みが落ちないので、乳量の減少も少ない。」との感想も聞こえている。北農研の大下によると乳酸発酵は弱いがアルコール含量が高いことがこのような飼料特性に関係しているのではないか、とのことであった。飼料研究としても興味深い点である。
しかし、自給率を上げる手段としてイアコーンは有効であるが、浦社長はこれを利用していくためにはさらにコストを下げることが必要と考えている。低コスト化のためには、一定面積の栽培が必要であることから、そのためには外部、すなわち畑作分野との連携、外注、あるいは「余裕ができれば販売も考えている」とのことであった。浦社長は、自らもマルチ栽培を導入して収量増に努めている(露地栽培に比べて収量は1.4〜1.8倍に増加)。
また、労働ピークの平準化という効果はイアコーンの導入で実感できたが、27年の天候不順の中では、リスク対策としても有効であったとのことである。黄熟で刈り取る、完熟で刈り取る、それぞれの時期の天候、作業量で作付面積を割り振ることができれば、トータルとしての自給飼料の収穫量は確実に確保できるというわけである。イアコーンを飼料作の作業体系に組み込むことで、自給率向上、飼料コストの低減だけでなく、大規模飼料作体系の最適化が容易になるという大きなメリットがここに生じている。
イアコーンは研究開発段階から実証・普及のステージへと移りつつある。現在、農林水産省でも、「スマートフィーディング実証事業」として、イアコーンなどの国産濃厚飼料原料のモデル実証事業が始まっている。畜産部飼料課によると、この事業は、「イアコーン、トウモロコシの実とり、ソフトグレインサイレージなどの国産濃厚飼料資源に注目、その生産、給与を通じて、効果検証を行おうというもので、農場における生産拡大分を対象として(1農場100トンを上限に)、原物1キログラム当たり20円の補助を行うというものです」とのことであり、こういった支援を受けてイアコーン栽培が点から面に、北海道から全国へと展開することが期待されている。
そのためには、品種開発や作業体系(特に都府県版)に関する技術・情報の蓄積とともに、さらなる低コスト化への取り組みが必要であることは言うをまたない。イアコーンをさらに発展させたHMSCやCCMなどのプレミアムイアコーンはエネルギー濃度がイアコーンよりもさらに高いことから、流通コストの低減も期待され、豚での利用の試みも始まっている。
自給濃厚飼料利用は地域と畜産物の新しい物語を織り成すことも可能とする。多様なトウモロコシのサイレージ利用はnon-GMO畜産物あるいは有機畜産物への展開もあり得るし、実際、北海道津別町では利用が進んでいる。前項で紹介したジェネシス美瑛では6次産業化も模索しており、販売所である「丘のさんぽ道」ではイアコーンのパンフレットをつけて宅配、インターネットでの取り扱いも行っている。北農研の上田靖子主任研究員によると、イアコーンサイレージの給与により生産された牛乳はγ-ラクトン類が多く、より甘味を感じることができるとのことであり、特徴ある生乳とそれによる特徴ある乳製品の製造販売は高付加価値化の近道ともなる。
自給濃厚飼料原料として、イアコーンは栄養価が高く、嗜好性にも問題が無く、かつ、コスト的にも引き合う可能性があることから、注目を集めている。栽培技術、調製・利用方法に関する現地実証研究の成果も着実に積み上がってきていることから、今後、栽培面積の拡大と低コスト化はさらに進むものと思われる。
わが国の畜産業にインパクトを与え得る潜在的な可能性を持ったイアコーンが定着し、さらに拡大していくためには、畑作部門との連携こそ重要な鍵である。そのため、目指す目標を畜産分野・耕種分野で共有することがその第1歩となる。畜産関係者はもとより畑作関係者にいかにイアコーン普及の理念と情報を提供し、賛同を得ていくか、どのようにして両者の間にWin-Winの関係を構築していくか。幅広い情報発信と同時に、両者の関係を的確にコーディネートできる公的機関(第3者機関)の役割が今まで以上に重要となるのではなかろうか。
謝辞:本稿は、(独)農研機構北海道研究センター大下友子上席研究員、(有)ジェネシス美瑛浦敏男社長へのインタビュー、平成27年8月に行われた「攻めの農林水産業の実現に向けた革新的技術緊急展開事業 イアコーン等自給濃厚飼料活用型低コスト家畜生産体系の実証 平成27年度現地検討会」における取材に基づいて作成した。ご協力いただいた大下上席、浦社長はじめ、関係各位に深く感謝申し上げる。
【参考文献】
〔1〕(独)農研機構北海道農業研究センター「イアコーン生産・利用マニュアル(第1版)」http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/publication/files/earcorn_manual.pdf
〔2〕大下友子(2013)「イアコーンサイレージの生産技術と乳牛への給与体系の開発」 北海道畜産草地学会報第1巻pp.9-12
〔3〕浦敏男 「イアコーンサイレージを活用したTMRセンターの取り組み」平成22年度自給飼料活用型TMRセンターに関する情報交換会資料 pp.48-56.https://www.naro.affrc.go.jp/nilgs/kenkyukai/files/tmr2010_10.pdf
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