調査・報告  畜産の情報 2016年7月号


身体によい脂肪酸とは;トランス脂肪酸とω(オメガ)脂肪酸の役割

NPO法人「食と健康プロジェクト」 理事長 高田 明和
昭和女子大学 生活科学部 健康デザイン学科 教授 高尾 哲也
教授 小川 睦美
昭和女子大学 生活科学部 管理栄養学科 教授 石井 幸江
講師 清水 史子
東京都済生会渋谷診療所 松岡 健平
東京都済生会中央病院 加藤 清恵
昭和大学医学部 内科学講座 循環器内科学部門 准教授 木庭 新治



【要約】

 トランス脂肪酸と聞くと肥満や動脈硬化の原因というように悪い面だけを考える方が多いかもしれませんが、トランス脂肪酸の中には、糖尿病や心筋梗塞になりにくくする作用をもってい るものもあります。牛乳、バター、食肉などの畜産物にはトランス脂肪酸が多く含まれていますが、自然界に存在するトランス脂肪酸は身体に良い働きをします。また、畜産物に含まれるω脂 肪酸にも身体に良い働きをすることがわかっています。そのため、心配をせずに牛乳、バター、食肉などを摂取してもらい、特定の脂肪酸に偏るのではなくさまざまな脂肪酸をまんべんなく摂取してもらいたいと思います。

1 はじめに

脂肪と聞くとみなさんは肥満や動脈硬化などの原因というように悪い面だけを考える方が多いのではないでしょうか。しかし、私たちはエネルギーの約25%を脂肪からとっています。また、脳は水分を除くと約70%は脂肪からなっているのです。このように脂肪は身体にとって非常に重要な栄養素なのです。

脂肪は主に脂肪酸から出来ています。さらに脂肪酸は構造の違いから飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸の三つに分けられます(表1)。脂肪酸の中で植物油や動物油で最も多いのが、飽和脂肪酸ではパルミチン酸とステアリン酸、一価不飽和脂肪酸ではオレイン酸、多価不飽和脂肪酸では植物油に含まれるリノール酸とリノレン酸です。例えば、牛肉や豚肉では、最も多く含まれている脂肪酸はオレイン酸で、次にパルミチン酸とステアリン酸、多価不飽和脂肪酸ではリノール酸が少し含まれているだけです。また、魚ではEPA(エイコサペンタエン酸)とDHA(ドコサヘキサエン酸)と呼ばれる脂肪酸が多く含まれています。



脂肪酸はこのようにさまざまな種類のものがいろいろな食品に含まれていますが、その働きにそれぞれ特徴があります。飽和脂肪酸は主としてエネルギー源として働きます。これに対して、不飽和脂肪酸は細胞膜の成分になったり、生理活性物質になったりします。

食ベ物から摂取した脂肪は十二指腸で酵素の働きによって脂肪酸に分解されます。人は分解された脂肪酸から飽和脂肪酸や一価不飽和脂肪酸を作り出すことができます。しかし、多価不飽和脂肪酸のリノール酸やリノレン酸は作り出すことができないので、どうしても食ベ物から摂取しなくてはなりません。一時期、リノール酸はコレステロールを減らして、動脈硬化を防ぐ作用があるとされ、生活習慣病の予防に摂取が勧められてきました。しかし、最近の研究ではリノール酸をあまり取りすぎるのは健康上よくないということが明らかになりました。また、コレステロール低下の作用は、これまでコレステロール上昇の元凶のように言われてきた飽和脂肪酸のステアリン酸にもあり、パルミチン酸もコレステロール上昇に影響を与えないことが分かってきました。さらに一価不飽和脂肪酸のオレイン酸にはリノール酸を上回るコレステロール低下作用があるということも明らかになってきました。このように脂肪酸の研究が進んでくると、特定の脂肪酸をたくさん取ることは好ましいことではなく、さまざまな脂肪酸をまんべんなく取るようにすることがよいと考えられようになりました。

最近は、脂肪酸についてもう一つ大きな話題が人々を不安にさせています。米国のFDA(食品医薬品局)が2015年6月16日に、一部の菓子類やマーガリンに含まれ、心疾患のリスクを高めるとされるトランス脂肪酸を、2018年6月から全面的に使用禁止にすると報道したからです。まるで全てのトランス脂肪酸が心疾患のリスクを高めるかのような報道の仕方でしたが、実際には工業的に産生されるトランス脂肪酸を禁止したというものでした。簡単に言えば、自然界にあるトランス脂肪酸ではなく、工業的に産生されるトランス脂肪酸が心疾患を引き起こす作用を持っているので、食品製造に使用することを禁じたということです。では、なぜ工業的にトランス脂肪酸を作るのでしょうか。それは工業的に産生されたトランス脂肪酸は融点が低いという性質をもっているからです。つまり、軟らかい(ソフトな)マーガリンを作ることができるからです。

しかし、トランス脂肪酸は自然界では反すう動物の脂肪に存在し、牛乳、バター、食肉などの畜産物に含まれていることが多いため、米国でトランス脂肪酸の使用が禁止されるといった報道がされると、みなさんも畜産物を食べてよいのかと心配になると思います。

こうしたことから、本稿では、トランス脂肪酸とは何か、身体によいトランス脂肪酸はないのか、さらにはこれに関連してω(オメガ)脂肪酸とは何かということを説明したいと思います。

(注) 炭素原子はつの腕をもっていると言われます。他の炭素原子とつの腕を使って結合している時は一重結合と言い、二つの腕を使って結合している時は二重結合と言います。

2 トランス脂肪酸とは

脂肪酸のうち、不飽和脂肪酸はシス型とトランス型に分けられます。シス型とは二つの水素が炭素の二重結合を挟んで同じ側についていること、トランス型とは二つの水素が炭素の二重結合を挟んでそれぞれ反対側についていることを示します(図1)。



二重結合が多数あるトランス脂肪酸はありますが、自然界には二つ以上二重結合があるトランス脂肪酸はほとんどないので、このようなものは大抵工業的に作られます。これが心疾患のリスクを高め、身体に悪いとして禁止されたのです。

脂肪酸を構成する炭素の数が18個の場合にはC18と書き、さらに二重結合が一つある場合にはC18:1と書きます〔1〕。図1の右側に示すようにC18:1の脂肪酸で、カルボキシル基側(図1の下の方)から数えて9番目に二重結合があるトランス脂肪酸をエライジン酸と呼び、t9-C18:1と表記します。この脂肪酸は自然界に少なく、工業的に多く作られます。この脂肪酸の摂取の多い人は糖尿病や心疾患になりやすいという報告もあります。一方、カルボキシル基側から数えて11番目に二重結合があるトランスをt11-C18:1と表します。この脂肪酸は牛肉、牛乳など自然界に多くあります。これはバクセン酸と呼ばれるものですが、最近の研究ではこの脂肪酸の摂取の多い人は糖尿病、心疾患になりにくいと分かり、「身体によいトランス脂肪酸」ということになっています。さらに、Kleberら〔2〕は炭素が16個あるトランス脂肪酸、パルミトエライジン酸(t9-C16:1)の血中濃度が多い人は心疾患になりにくい、さらに突然死しにくいというデータを発表し、これを「心臓を保護するトランス脂肪酸」と名付けています。

私たちは糖尿病、急性冠症候群(心筋梗塞、狭心症)の患者の血液を調べました。すると、パルミトエライジン酸の多い人は心疾患になりにくいことを見い出しました(表2)。さらに、C18:1の脂肪酸のうちエライジン酸が多いと糖尿病を伴う急性冠症候群になりやすいことも分かりました。



ハーバード大学のZongら〔3〕は北京と上海の住民を対象に牛乳、バター、食肉などの畜産物を食べると健康にどのように影響するかを調べました。前述したように、これらの食べ物にはバクセン酸(t11-C18:1)が含まれるので、それを指標としました。するとバクセン酸の摂取量の多い人は糖尿病の危険率が20%も減っていたのです。

私たちは糖尿病、急性冠症候群の患者の血中のトランス脂肪酸の濃度を調べました。すると表2に示すようにバクセン酸には変化がありませんでした。さらに最近のハーバード大学のMozaffarianら〔4〕の研究によれば、自然界に存在する、つまり畜産物に存在するトランス脂肪酸は心疾患を引き起こさないということが示されています。

二重結合が二つあるトランス脂肪酸は、例えば炭素の数が18個の場合にはC18:2と書きます。このうちトランスのニつあるt/tと表記するものは工業的に作られるもので、これは心疾患を引き起こします(図2)。

以上のように、畜産物に存在するトランス脂肪酸が心臓に悪いという根拠はないのです。



3 ω(オメガ)脂肪酸とは

他にも身体によいとされる脂肪酸があります。それはテレビなどで盛んに宣伝され、魚に多く含まれるEPA、DHAなどの脂肪酸です。これらはω脂肪酸と呼ばれるもので、脂肪酸のメチル基側(図1では上の方)に二重結合があるものです。例えば、メチル基から3つ目の炭素に二重結合のあるものをω3、6つ目に二重結合のあるものをω6と呼んでいます。アラキドン酸(ARA)は6つ目に二重結合があるのでω6脂肪酸と呼ばれており、畜産物に多く含まれています(表3)。



なお、アラキドン酸、EPA、DHAなどのω脂肪酸は、炭素が18個あるリノール酸、リノレン酸から次第に炭素の数が増えて産出されます(図3)。



4 魚の摂取は健康に必要

表3に示すようにEPADHAは魚に多く含まれています。私たちは糖尿病、急性冠症候群の患者の血中のEPADHAの濃度を調べました(表4)。すると、糖尿病、急性冠症候群ではEPADHAの濃度が健常者に比べていずれも低くなっていました。



図4に最近のEPADHAの研究結果を示します〔5〕,〔6〕。ブドウ糖は輸送体によって細胞の中に運ばれます。この働きが弱いと血液中のブドウ糖が多くなり、糖尿病になります。EPA、DHAを摂取すると細胞内でブドウ糖を取り込む輸送体、GLUT4が細胞膜に多く現れます。するとブドウ糖が血液から細胞に移りますから、血糖値は下がります。また、糖尿病ではすい臓などに炎症が見られますが、血糖値が下がると身体の炎症が抑えられます。そのため、すい臓の炎症が抑えられるとインスリンが多く出て、血糖値が下がります。さらに、EPA、DHAを摂取すると、小腸からGLP-1という物質が放出されます。これはすい臓からインスリンを出させる働きをもっています。これは薬にもなっています。つまりEPADHAは糖尿病を予防する作用があるのです。この他にも動脈硬化を防ぐ作用があるとも言われています。



5 魚のみでなく畜産物も必要

私たちは糖尿病、急性冠症候群の患者の血中のアラキドン酸などの濃度を調べました。すると、糖尿病、急性冠症候群ではEPADHAだけでなくω6脂肪酸のアラキドン酸も減っていることがわかりました(表5)。



ジホモγ(ガンマ)リノレン酸はアラキドン酸の前駆物質(前段階の物質)です。つまり、アラキドン酸はジホモγ(ガンマ)リノレン酸からできます。ジホモγ(ガンマ)リノレン酸の血中濃度に有意差はありませんが、アラキドン酸は糖尿病、急性冠症候群では減っています。つまり、アラキドン酸を多く含む食肉には糖尿病、心疾患を防ぐ効果があるのです。

また、ここでは詳しく述べませんが、食肉にのみ含まれるトランス脂肪酸にt4-C18:1がありますが、糖尿病、急性冠症候群の患者血液では、このトランス脂肪酸の濃度が低くなっています。つまり、食肉摂取の少ない人はこれらの病気になりやすいのです。

表3に示すようにアラキドン酸は畜産物に多く、EPADHAは魚に多いので、魚だけでなく畜産物も食べた方が糖尿病や心筋梗塞などになりにくいということが分かります。

6 トランス脂肪酸、ω脂肪酸の日米比較

私たちは共同研究者であるサウスダコタ大学のHarris教授から米国の50歳以上の男性の脂肪酸のデータを入手しました。すると、心臓を保護すると言われているパルミトエライジン酸は日本人の血液に多く、工業的に作られることが多いエライジン酸、リノエライジン酸は米国人の方が多くなっています(表6)。



最近の技術の進歩で日本ではマーガリンなどの製造において工業的に作られるトランス脂肪酸はほとんど使用されてないとされていますから、日本の消費者はトランス脂肪酸のことをあまり心配する必要はありません。

最後に日本人と米国人の食生活の違いを象徴するようなデータを示しましょう。それはω脂肪酸のアラキドン酸、EPA、DHAの血液濃度の日米差です(表7)。



食肉摂取の指標であるアラキドン酸の量は米国人の方が多く、魚摂取の指標であるEPA、DHAは日本人の血液濃度の方が高いのです。

7 トランス脂肪酸と進化

私たちの先祖は400万年くらい前にアフリカで地上に降り立ちました。そのときの脳の大きさは今のチンパンジーと同じくらいでした(図5)〔7〕

200万年くらい前に道具を使うHomo habilisが出現しました。彼らは石で槍や斧のようなものを作り、それを用いて狩りを行い、動物を食料として得ていました。さらに、150万年くらい前に直立原人(Homo erectus)が現れ、火を使うようになりました。この時の脳の大きさは900ccくらいでした。直立原人は獲得した肉を火で焼いて、食べやすく、消化されやすくしました。現人類は1350ccくらいの脳の大きさをもっています。これは重さに換算すると体重の2%にすぎませんが、全カロリーの24%も使っています。つまり脂肪を多く含む肉のような栄養素に富んだ食べ物を取る必要があるのです。

このように長い歴史の間に食肉を摂取するようになった人類は、そこに含まれるトランス脂肪酸を身体に良いように変えてきたと考えられます。つまり自然界に存在するトランス脂肪酸はむしろ健康に良いのです。ですから、心配せずに牛乳、バター、食肉などの畜産物を摂取してもらい、特定の脂肪酸に偏るのではなくさまざまな脂肪酸をまんべんなく摂取してもらいたいと思います。



【参考文献】

〔1〕Mozaffarian,D. et al. NEJM 354;1601,2006

〔2〕Kleber, M. et al. Eur Heart J. 2015 Sep 22. pii: ehv446.

〔3〕Zong,G. et al. Diabetes Care 37;56,2014

〔4〕Wang,Q.et al.J.Am.Heart Asooc, Augu/27,2014

〔5〕chimura,A. et al. Nature 483;350,2012

〔6〕Oh,D.Y. et al. Cell142;687,2010

〔7〕Leonard, W.R. & Robertson, M.L. Am.J. Hum.Biol.6;77,1994


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