話 題  畜産の情報 2016年3月号

「スマート酪農」への
期待と課題

筑波大学 名誉教授 永木 正和


“スマート”な情報環境

 さまざまなモノ(産業用機械や生活用器具)に通信機能が付加され、インターネットにつながった。これを「モノのインターネット」(Internet of Things、以下「 IoT」という)と言う。そこで、IoT下で複数のモノをつなぎ、24時間稼働させることで、人間側がいちいち命令を与えなくても、モノの側が一連の動作を完結し、目的を果たしてくれるようになった。

 “スマート”とは、「賢い」、「粋な」などを意味するが、私たちはIoTによって賢く情報を利用して行動する環境を構築できた。

 このスマート化の流れに沿って農業分野でもIT化の研究開発が進んでいる。以下、酪農に限定して、想定される「スマート酪農」の輪郭を紹介し、課題を述べる。

「スマート酪農」の輪郭

 「スマート酪農」とは、IoTのネットワークに、乳牛個体、牛舎内、草地に装備された入出力端末、中央処理装置およびクラウドが連結し、ネットワーク内を送受する情報に基づいて酪農経営を遂行するIT技術体系である。なお、こと畜産経営に関するIoTは、モノだけでなく、家畜も一頭ずつインターネットにつながるのが特徴である。

 「スマート酪農」は次の模式図のようにイメージされる。

 近年、メガ・ファームに限らず、家族経営の酪農経営でも、搾乳ロボットの導入が進んでいる。「スマート酪農」への胎動と見て取れる。

 背景理由として、次の4点が挙げられる。

1 “乳牛改良”という酪農界挙げて取り組まなければならない事業があり、ITを活用した乳牛登録や乳牛検定などが実施されてきており、早くから情報利用になじんでいた。

2 従事者の高齢化や引退で、飼養頭数規模の維持が困難になった。しかし逆に、搾乳ロボットの導入で、飼養規模の拡大が可能となり産乳成績の向上や長命連産も期待できる。

3 耕種部門と異なり、海外で発売された施設・機器の多くがそのまま利用できる。

4 搾乳ロボットが補助事業の対象になった。

スマート酪農経営のイメージ

 スマート酪農の原理は、これまでも強調されてきた「データに基づく科学的根拠に裏付けられた飼養管理」そのもので、多面的に連続的・大量にデータを取得し、そして機械に任せられる範囲で機械に連続作業させる。情報入力端と出力端が強化されている。目指すのは、次の3点である。

1 人に優しい経営

 経営者への支援:データ分析による科学的根拠に基づく決定支援。

 就業者への支援:AIを生かした24時間運転、自律運転ロボットで作業者の負担軽減。

2 乳牛に優しい飼養管理(アニマルウェルフェアを原点にした飼養管理)

  個体の生体情報に基づく、栄養・産乳バランス、衛生管理・疾病予防、計画的繁殖。

3 周辺の生態環境に優しい管理

  適正糞尿処理はもちろんで、草地土壌と牧草生育状況のデータによる良質粗飼料生産

 つまり、飼養技術の基本を忠実に実践するための「プロセス・イノベーション」である。

 ITによる入出力端末として、まず挙げるべきは個体別に情報を取得するのに不可欠な個体識別装置である。次に、スマート酪農のシンボリックな装置である搾乳ロボットである。搾乳ロボット1ユニットの処理能力は60頭〜70頭である。なお、ロボット搾乳に不向きな個体や疾患牛の搾乳、搾乳ロボットのトラブル時対応に、通常、アブレスト・パーラー(フリーストール牛舎での単列設置方式のミルカー)も併設、その代わり搾乳頭数規模を最低でも100頭程度とする。

 搾乳ロボットはVMC(Voluntary Milking System)方式の24時間稼働である。乳牛には自由に採食させ、搾乳させるのでストレスがかからない。1日の乳牛の搾乳回数が3〜4回に増えて、産乳量が増加し、しかも成分乳質、衛生乳質ともに高まる。もち論、個体別の緻密な飼料給与設計ができており、産乳量に見合った嗜好性の高い良質飼料を確実に食い込ませる。そのために、不断給餌にして「飼料給与ロボット」と「餌寄せロボット」が24時間稼働している。

 搾乳ロボットは、搾乳の量と質に関する各種データ(乳量、流速、搾乳時間、電気伝導率、乳温、色調など)を収集する。従って、搾乳ロボットはスマート・システムの出力端であるとともに、入力端でもある。入手したデータ解析から乳量・乳質の産乳成績、乳房炎やケトーシスなどの代謝病の発症判定もする。

 乳牛個体に装着するセンサー機器としては、発情検知、蹄病などの疾病の発見、搾乳ロボットや飼槽への訪問回数、放牧時の運動量や横臥時間の推計(前肢に装着)、そしゃく音から反すう時間を推定するセンサーなどがある。分娩房とフリーストール牛舎内にはWebカメラが、哺育舎には哺乳ロボットが装備される。これらのいずれもがIoT配下の重要なサブシステムを構成する。

 外の乳牛検定協会、家畜共済診療所、普及センター、JAなどにもつながっている。さらに、関係者、経営仲間がネット上に集い情報を共有し合う交流サイトのSNSは、酪農経営者の情報空間を広げる重要なサブシステムである。

 酪農経営主が畜舎を離れても、スマートフォンやタブレットから遠隔観察・遠隔操作できる。警告情報も受信する。こうして、搾乳と給与の年中無休・定時間帯拘束から解放される。「超省力高生産性酪農」を実現しながら、「ゆとり酪農」も実現する。「ワンマン経営」も可能になる。

 飼料作部門では、トラクターの自動運転がまもなく実現する。組作業で進めてきた収穫作業は、無人機を伴走させてワンマン作業が可能になる。他方、GPS付きの個体識別装置を装着した放牧牛の遠隔監視や音声誘導ができるようになる。

 なお、理論式に基づいて厳密な栄養計算、飼料給与設計を行っても、放牧地での採食量を正確に把握できないと意味をなさない。計画的な移動放牧を実施しているニュージーランドでは、生草立毛の牧草量を推計する「携帯式牧草量推計装置」がある。これをスマート酪農に組み込んで、栄養管理をより正確なものにしたい。近年、西日本の中山間地域の耕作放棄水田などで、肉牛や乳牛を放牧している。放牧酪農や山地酪農はもとより、こうした「耕作放棄地放牧酪農」の放牧管理に採用したいスマート技術である。

結びにかえて−スマート酪農への課題−

 スマート酪農は本格的なIoTへ動き始めている。だが、最大の課題は、酪農経営側の投資の経済便益確保である。搾乳ロボットと補助のアブレスト・パーラーを併設した100頭搾乳牛規模のフリーストール牛舎の建設で1億円近くになる。定期保守契約料も高額である。関係業界は、システム価格の抑制に最大限の努力を願いたい。過不足なく、本質的に必須、有効な機能と性能だけで構成されたシステムの製品化、パーツの汎用性、共通性を高めて単価引き下げを図れる標準化、そして緊急対応のサービス体制が整った健全な企業(農業ベンチャー)の発展を期待する。

 第2の課題は、ロボット自体が生産性改善を図ってくれるわけではなく、経営者の役割を手抜きできる場面などあり得ないということである。スマート酪農への期待効果である超省力も、量と質の両面での産乳成績向上も、長命連産も自動的について来るわけではない。高い産乳成績を得るためには良質の飼料が生産されなければならない。食い込みやボディ・コンディションの周到な個体観察、そして長命連産を維持する衛生管理と疾病予防、的確な繁殖と分娩の個体監視と関連作業など、いずれもスマート酪農のデータを最大限に生かした技術と管理の励行である。日々の個体観察・管理の適否が次々と連鎖して最終的に経営成果につながっている因果応報を頭に置いて、経営者がすべきことを確実に実行する。

 その上で、スマート酪農がもたらす節約された労働をどこに活用するかである。ゆとり時間確保、ワンマン経営の確立、規模拡大、肉牛部門や6次産業化部門の導入、・・・・などである。

 第3の課題は研究開発である。スマート酪農の基本コンセプトは、乳牛個体が遺伝的に持っている産乳能力、繁殖能力を無理なく引き出すことである。ある酪農経営主が、「乳牛は自家牧場の従業員である!従業員に気持ちよく働いてもらう環境を整えるのが私の役割だ!」と言ったのを思い出した。乳牛個体それぞれのポテンシャルを、生体情報のデータ取得と解析から把握し、無理なく能力を発揮させる最適環境をつくるのがスマート酪農である。この観点から、肝心の生体情報は、どんな情報か、どのように取得すればよいか、どのように解析すればよいか、研究課題は沢山ある。

 若者が希望と意欲と誇りをもって酪農経営に就業するには、躍動感があり、発展の可能性を秘めた酪農業でありたい。「スマート酪農」が次世代を担う若者の未来への扉を開く酪農の技術ステージであって欲しい。

(プロフィール)
永木 正和(ながき まさかず)

平成4年8月 鳥取大学 農学部 教授
平成9年8月 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 教授
平成18〜19年度 農業情報学会 上席副会長
平成21年3月 筑波大学を定年退職、同年から現職

元のページに戻る