【要約】
ニュージーランドの牛肉産業は、酪農乳業の拡大とは対照的に縮小傾向で推移してきた。しかし、近年の乳価の下落と牛肉価格の上昇を受けて、肉用牛経営への楽観的な見通しが広がっている。牛肉輸出においても、米国や中国の堅調な需要と、TPP大筋合意を受けた日本向けの拡大が期待されている。その一方、酪農乳業が基幹産業であることに変わりはなく、牛肉輸出において、米国向け輸出の長期的な拡大は見込めない上、中国市場では南米諸国に一部を奪われている。このため、牛肉業界は、今後は、現在の良好な市場環境を好機ととらえ、従来の低コスト生産・低価格販売を伸ばすとともに、日本や中東、EU向けの高単価製品の生産販売も重要と捉えている。
1 はじめに
ニュージーランド(NZ)は、世界有数の牛肉輸出国で、日本にとっては、豪州、米国に次ぐ牛肉輸入先国であるが、日本向け輸出は、日豪経済連携協定(日豪EPA)発効などにより減少傾向にある。また、NZ国内では、長期的な酪農生産の拡大に伴い、牛肉産業が相対的に縮小を続けてきた。
しかしながら、この数年は、乳価の下落と牛肉価格の上昇、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定の大筋合意、さらには、競合国である豪州の牛肉生産の減少見込みなど、良好な市場環境が見られ、NZの牛肉産業への関心が高まりつつある。
本稿では、NZの肉用牛生産、牛肉輸出の動向と見通しについて、食肉企業の動向や貿易協定の締結状況も踏まえ、報告する。
なお、本稿中の為替レートは、1NZドル=80円(2016年1月末日TTS相場80.34円)を使用した。
2 肉用牛生産の動向
(1)肉用牛生産の特徴
NZの肉用牛生産は、放牧が主体である。トウモロコシや小麦などは補助的な役割にとどまり、本格的なフィードロットは、南島の1カ所のみである。これは、国土全体に広がる牧草地を活かした低コスト生産を強みとしていることが背景にある。そのため、NZの牛と畜頭数(成牛のみ。以下、特段の記述がない限り同じ。)には、牧草の生育に合わせた明確な季節変動が存在する。まず、春ごろ(9〜11月ごろ)に栄養価の高い牧草を採食させ肥育を進め、気温上昇と乾燥気候から牧草の生育が緩慢となる夏から秋(12月〜翌3月)にかけて、一度目のピークを迎える。通常、去勢牛など肉用牛のと畜頭数は、この時期に最も増加する。その後、夏場を過ぎ秋(4月ごろ)にいったん減少するものの、5月には、乾乳期に入る前の乳用経産牛の淘汰が行われるため、2度目のピークを迎える。そして、牧草の生育が弱まる冬(6〜8月)にかけて、大幅に減少する(図1)。
また、NZでは、肉用牛と羊の複合経営が主流である。これは、牛に比較的草丈の長い牧草を採食させ、その後、羊に短い牧草を採食させることによる。こうした複合経営には、牛・羊の価格変動リスクを分散して経営の安定を図る意味もある。
(2)肉用牛飼養頭数
2000年代後半以降、酪農生産の拡大が続き、NZの肉用牛飼養頭数は、肉用牛・羊複合経営から酪農経営への転換が図られ、減少傾向となっている(図2)。ただし、2015年は、乾燥気候と乳価の下落を要因に乳用経産牛の淘汰が進んだため、肉用牛に加え乳用牛の飼養頭数も、10年ぶりに前年を下回っている。
肉用牛を品種別に見ると、アンガス種が全体の34%、ヘレフォード種が10%、両種の交雑種が10%となっており、いわゆる肉専用種が全体の過半数を占めている(図3)。一方、ホルスタイン種も全体の14%を占めており、酪農部門から供給される乳用種の雄は、NZの牛肉生産にとって重要な存在といえる。
NZの肉用牛生産の中心は、マヌワツ・ワンガヌイ地方などを含む北島であり、飼養頭数全体の約7割を占めている(図4)。全体の約3割にとどまる南島では、カンタベリー地方が生産の中心である。なお、NZの肉用牛経営戸数は、約1万8000戸であり、1戸当たり飼養頭数は約200頭となっている。
(3)牛と畜頭数
肉用牛飼養頭数が減少傾向で推移していることを踏まえると、NZの牛と畜頭数は、繁殖牛の淘汰や肥育牛の早期と畜の増加に伴う一時的な増加を除き、長期的には減少傾向が想定されるが、実際には増加と減少が繰り返されている(図5)。これは、NZのと畜頭数の約3割を酪農由来の経産牛が占めており、酪農生産の動向(乳価の変動に伴う経産牛の淘汰の増減)が大きく関係しているためである。
なお、NZでは、酪農部門で産出された乳用種雄子牛の約8割は、生後4日間程度で子牛肉向けとして出荷される。近年、子牛のと畜頭数は、酪農生産の拡大により急増しており、成牛と畜頭数の8割の水準まで増加している。一方、残りの約2割の乳用種雄子牛は肉用牛生産者に出荷され、通常20カ月齢前後まで肥育される。
(4)最近の動向
ア 気象動向
2014/15年度(10月〜翌9月)の夏季(2015年1〜2月ごろ)に南島の東部沿岸部を中心に発生した干ばつに続き、2015/16年度は、エルニーニョ現象の影響が懸念されている。NZでは、エルニーニョ現象が発生した場合、春から夏(10月〜翌2月ごろ)にかけて、南島東部沿岸部を中心に乾燥気候の可能性が高まる。2015/16年度も同様の傾向が見られ、牧草の生育に悪影響を及ぼしているとされているが、北島ワイカト地方やマヌワツ・ワンガヌイ地方、南島カンタベリー地方の一部では、一定の降雨により牧草の生育環境が良好な地域も見られ、地域差が生じている。
乾燥気候の進む地域の肉用牛生産者は、補助飼料(小麦、トウモロコシなど)の給与や淘汰などによる飼養密度低減へ向けた対応を迫られている。今回の乾燥気候では、牛肉価格が上昇している一方で乳価は下落していることから、肉用牛生産者は去勢牛や雄牛の早期と畜、酪農生産者は経産牛の淘汰を進める傾向が高くなっている。そのため、2013/14年度後半以降、と畜頭数はおおむね前年同月を上回って推移している。
また、ニュージーランド一次産業省(以下「一次産業省」という)は、2015年2月以降、南島東部沿岸部について、「中程度」の干ばつ状態と位置づけている。同省は、干ばつなど異常気象について、3段階にレベル分けしており、2段階目の「中程度」とされると、生産者は、最低限の生活が保障される給付金の交付や、農場経営へのアドバイス、メンタルケアなどを政府から受けることが可能になる。
なお、ニュージーランド国立水圏大気圏研究所は、エルニーニョ現象は、2015年末にピークを迎え、2016年は徐々に弱まるとしている。それでも、2016年1〜3月にかけては、乾燥気候が続く可能性が相対的に高く(表1)、通常の気象環境に回復するのは、2016年7〜9月ごろと予想している。
イ 価格動向
現在、NZの畜産業界の最大の焦点は、高い牛肉価格と安い乳価という対照的な価格にある(図6)。NZでは2000年代以降、高い乳価を受けて、肉用牛経営から酪農経営への転換を伴いながら、酪農生産が急激に発展してきた。
しかし、2014年ごろから、国際需給を背景とした牛肉価格の上昇と乳価の下落を受け、牛肉部門は、酪農部門に比べて見通しが明るいという見方が広まりつつある。これは、牛肉部門が、米国や豪州からの牛肉供給の不足と、中国などでの需要の高まりを背景に、今後も牛肉価格が高値で推移するとみらていることによる。一方、酪農部門は、EUの生乳生産の増加と、中国の乳製品需要の減退、また、ロシアの禁輸を背景に、需給の緩和基調が続いており、乳価の大幅な回復が当面見込みづらいことが背景にある。
ウ 経営動向
肉用牛・羊経営と酪農経営の現金所得の推移は、図7の通りである。両者は集計方法などが大きく異なるため、同じ指標での比較はできないが、それぞれの傾向についてのみ着目すると、酪農経営の現金所得は変動が大きく、2013/14年度をピークにその後は大幅に減少している。一方、肉用牛・羊経営は、安定かつ緩やかな増加傾向にある。こうした点からも、乳製品の国際相場に大きく左右される酪農経営に比べ、価格変動リスクが分散される肉用牛と羊の複合経営は、比較的安定しているとされる。
さらに、ラボバンクニュージーランド(オランダの農業系金融機関ラボバンクのNZ支部)によると、2014年以降の今後の経営への平均期待値(注)は、酪農経営でマイナス18%となっている一方、肉用牛・羊経営では、プラス26%となっている。こうした結果からも、肉用牛・羊経営に前向きな見通しが広がっていることが推察され、畜産への新規参入者も、これまでの酪農一辺倒に比べれば、肉用牛経営に移行すると考えられる。
ただし、近年、乳価の上昇を受けて、肉用牛・羊経営から転換した酪農生産者は、搾乳施設の整備などのため、借入による多額の資金を投入しており、再度、肉用牛・羊経営に回帰する可能性は低いとみられている。
(注)同調査は、四半期に一度、今後の経営見通しについて、生産者が、「楽観的」、「変わらない」、「悲観的」から選択するもの。平均期待値は、「楽観的」の割合から「悲観的」の割合を差し引いた値の2014年以降の平均。プラスの値が大きくなるほど、楽観的な見通しが多いことを示し、マイナスの値が大きくなるほど、悲観的な見通しが多いことを示す。
(5)今後の見通し
一次産業省によると、NZの肉用牛飼養頭数は、これまでの減少傾向から一転し、2016/17年度以降、微増での推移が見込まれている(図8)。これは、高い牛肉価格と、中国などの牛肉需要拡大を見越したものが要因として挙げられるが、大幅な頭数増加は見込まれていない。現状の乳価が安いながらも、牛乳・乳製品はNZの総輸出額の約3割を占め、酪農乳業は基幹産業であることを踏まえると、土地、牛、労働力など酪農生産に供されている多くの資源が、肉用牛生産に仕向けられる可能性は低いと考えられるためである。このため、現在の牛肉と生乳の対照的な価格が長期的に継続しない限り、肉用牛生産の本格的な増加は難しいとみられている。
3 牛肉輸出動向
(1)牛肉輸出の特徴
ア 牛肉輸出の概要
NZの牛肉生産の最大の特徴は、輸出仕向け割合が約80%と高いことにある。これは、同国の人口が450万人程度と市場規模が小さいためであり、他の畜産物の輸出仕向け割合も同様の水準となっている。そのため、外国為替相場の動向も、NZの牛肉輸出に大きな影響を及ぼす。2014年以降、米ドルに対して、NZドル安傾向が続いており、NZの牛肉輸出を後押ししている(図9)。
牛肉の最大の輸出先は、輸出量全体の約半数を占める米国向けであり、次いで、中国向けが全体の約15%を占め、さらに、韓国、日本、台湾、カナダ向けがそれぞれ同5%ほどを占めている(図10)。
また、NZの牛肉輸出の約95%は冷凍牛肉である(図11、12)。これは、地理的に輸出先の国々から離れていること、放牧生産のためコストが安く低価格商品として有利性が高いこと、経産牛の割合が高く、加工・外食向けの挽き材が主な用途であること、などが背景にある。
イ 食肉企業の概要
NZでは大手食肉企業4社を中心に牛肉の生産・輸出が行われている(表2)。このうち、シルバー・ファーン・ファームズ(SFF)社とアライアンス社は協同組合系企業であり、牛肉の販売などで上げた利益を肉用牛の買い取り価格などを通じて組合員である生産者に還元している。
また、アンズコ社とSFF社には、海外資本が進出している。アンズコ社については、長年、同社に出資している伊藤ハム株式会社が、2015年3月、株式取得比率を48%程度から65%へ引き上げ、過半を取得することで、子会社化を行っている。一方、SFF社は、2015年10月、中国の大手食肉加工メーカーである上海梅林(英語名「Shanghai Maling」)が、株式の50%を取得することで合意した。上海梅林は缶詰などの牛肉製品を東南アジアやEUに輸出しており、親会社は中国の大手食品企業、光明食品である。さらに、光明食品の子会社である光明乳業は、NZの大手乳業メーカー、シンレイ社の株式の40%程度を保有しており、光明食品グループは、NZの大手食肉企業、乳業メーカー双方の主要株主になる。
なお、アフコ社は、タリーズグループという同族企業の傘下にある。同グループは、NZ第2の乳業メーカーであるオープンカントリーデーリー社も傘下に収めている。従って、光明食品グループとタリーズグループは、食肉と乳業双方で競合関係にある。
(2)国別輸出動向
ア 米国
NZから米国への主な牛肉輸出品目は、ハンバーグなどの加工向け原料となる挽き材であり、多くは経産牛がその原料となる。現在、干ばつ後の牛群再構築の時期にある米国は、国内の牛肉生産が減少しているため、NZの輸出量は増加傾向にある。今後は、米国内の牛肉生産も徐々に回復に向かうとみられるが、NZの牛肉業界は引き続き米国向け輸出は好調に推移するとみている。これは、米国では、常に一定量の挽き材の輸入需要があることによる。また、NZの競合国である豪州では、干ばつ後の牛群再構築の時期に入り、牛肉生産量、輸出量ともに減少見込みとなっていることも背景にある。
イ 中国
近年、NZは中国向け輸出を急増させている。2011/12年度(10月〜翌9月)に全輸出量の2%にも満たなかった中国向け輸出は、わずか3年で10倍近く増加している。
その一方、2014年の中国の牛肉輸入量に占めるNZ産の割合は15%弱であり、半数近くを占める豪州とは大きな差がある。また、2015年9月以降、中国が輸入を解禁したブラジルからの輸入量が、NZ産を上回るまで急増している。さらに、今後は、中国・豪州自由貿易協定に伴う豪州産の輸入関税削減の影響が予想される。このような中で、NZの牛肉業界は、楽観的な見通しを示している。これは、中国市場のさらなる需要拡大が見込まれる中、豪州の牛肉生産が減少する見通しである上、完全放牧、成長促進剤不使用といった「クリーン・グリーン・セーフティ」なイメージを前面に押し出し、中間層を中心としたNZ産牛肉の需要拡大を図ることができるという期待に基づいている。
ウ 日本
日本は、長期にわたり、NZの主な牛肉輸出先の一つであり、特に冷蔵牛肉は、冷蔵輸出量全体の約2割を占める最大の輸出先である。しかし、2013年以降、日本での米国産牛肉の輸入月齢緩和や、日豪EPAによる関税削減に伴い減少傾向にあり、2015年の日本のNZ産牛肉輸入量は、前年から約3割減少している(図13)。
しかし、NZの牛肉業界は、今後の日本市場に期待を示しており、その最大の焦点はTPP協定である。TPP協定が発効されれば、日本の牛肉輸入関税が削減され、牛肉生産の減少が見込まれる豪州と輸出条件が平準化される。さらに、最近の日本での脂肪交雑の少ない、いわゆる赤身肉需要の高まりも、日本で浸透しているNZの「クリーンでナチュラル」なイメージと相まって、有利に作用するとみられている。
ただし、家庭での消費は穀物肥育牛肉が一般的な日本に対して、必ずしも大幅な輸出増加を期待しているわけではない。NZの牛肉業界は、世界全体を視野に入れ有望な市場を探す中で、日本という高単価冷蔵牛肉の安定的な市場に対して、現在の輸出量を維持しつつ、新たな輸出機会を開拓したいという姿勢である。
エ その他
その他の輸出先として、NZの牛肉業界は、東南アジア、中東、EU市場を重視している。東南アジアは、今後の人口増加や経済成長を見越した、いわば中国と類似の輸出先と位置づけられている。一方、中東やEUは、ロイン系など比較的単価の高い冷蔵牛肉の輸出拡大を期待しており、一部は日本向けと競合する可能性がある。
なお、NZの多くの食肉工場はハラール認証を取得しており、イスラム教徒の多い中東、マレーシア、インドネシアでは、有利に作用するとみられている。ニュージーランド食肉産業協会によると、NZの赤身肉(牛肉・羊肉など)輸出額の20%超は、ハラール認証取得済みのものであり、中東など約75カ国に輸出されている。
(3)貿易協定の動向
国内市場の小さいNZは、貿易自由化の推進国として知られている。2016年1月現在、NZは16の国・地域と自由貿易協定(FTA)などを締結・発効しており、主要な牛肉輸出先では、韓国、中国、台湾が挙げられる(表3)。いずれの国・地域とも、牛肉関税は段階的に撤廃することで合意しており、台湾、中国はすでに撤廃されている。
2015年10月のTPP協定の大筋合意により、NZは、日本、米国、カナダ、メキシコ、ペルーとの間で新たな市場アクセスの機会を得ることになる(表4)。このうち、メキシコとペルー向けは、NZからの輸出実績はほとんどなく、米国向けはすでにWTO協定に基づく低税率の関税割当(21万3402トン)を有している。また、カナダ向けは米国より市場が小さく輸出品目が似通っているため、米国向けの補完的役割が強い。こうしたことから、日本市場に対し、唯一、関税が撤廃されないにもかかわらず、安定的な市場としての輸出拡大が最も期待されている。
さらに、2015年10月には、NZはEUとのFTA交渉の開始に合意しており、牛肉業界は、高単価冷蔵牛肉市場の拡大につながることを期待している(図14)。なお、同時期に豪州もEUとのFTA交渉の開始に合意しており、今後のNZ・EU間の交渉にも影響してくるとみられている。
(4)今後の見通し
一次産業省によると、2015/16年度の牛肉輸出量および輸出額は、米国や中国からの堅調な需要と、米ドルに対してNZドル安傾向にある為替相場を背景に、ともに前年度を上回ると見込まれている(図15)。その後、輸出額は大幅な増加の反動から減少する一方、輸出量は緩やかな増加傾向の継続が見込まれている。
以上の通り、NZの業界は、米国の牛肉生産の回復見込みや、中国市場でのブラジルとの競合はあるものの、それを上回る需要の拡大を見込むなど、楽観的な見通しを示している。しかし、実際には、供給余力の限界や、中国市場では、ブラジル産が急増していることもあり、今後は、比較的高単価な製品の市場であり、すでに供給チェーンが確立され、輸出拡大への新たなコストも比較的少ないとみられる日本、EU、さらには中東向けなども重要になってくると思われる。
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コラム 一次産業成長パートナーシップ(PGP)
(1)概要
2010年以降、一次産業省は、「一次産業成長パートナーシップ(Primary Growth Partnership:PGP)」という事業を実施している(表)。これは、政府と民間事業者の共同出資のもと、研究開発や市場調査、技術改良などにより、農畜産業の生産性・収益性の向上につなげるものである。
2015年9月現在、18のプログラムが進行中であり、プログラムの事業期間は3〜7年である。これまでの政府・民間事業者合わせた投資総額は、7億2400万NZドル(579億円)におよび、このうち食肉関連のプログラムは、3億5700万NZドル(286億円)と半分近くを占め、最大となっている。
(2)事例1:「グラスフェッド脂肪交雑牛肉」
このプログラムは、その名の通り牧草肥育で脂肪交雑の入った牛肉を生産するという、日本では少し奇異に思えるものである。これは、NZでは、牧草肥育の「赤身肉」生産が主体とはいえ、世界的な穀物肥育による脂肪交雑牛肉への需要の拡大を反映したものである。
基本的な趣旨は、プログラムに参画する民間事業者の有するWagyu(注)の精液をアンガス種や乳用種と交配させ、交雑種を生産・輸出するというものである。一次産業省によれば、180を超える肉用牛生産者が参画しており、脂肪交雑牛肉の生産により、生産者は、相対的に高い価格での取引が可能になるとしている。2014年には、英国向けの販売促進が奏功し、Wagyuバーガー向け牛肉の販売契約が成立しており、アラブ首長国連邦、米国での販売促進も進めている。
こうした成果はあるものの、牧草肥育による脂肪交雑の追求は限界がある。そのため、一次産業省も、あくまで牧草肥育で一定の脂肪交雑を求めるニッチ市場への供給拡大が目的としており、一部の高単価製品市場での輸出機会の拡大を期待している。
(注)海外では、和牛の遺伝資源が導入され、和牛遺伝子の交配割合が50%以上のものを一般に「Wagyu」と称することが多い。本稿では、日本固有の「和牛」と区別して、「Wagyu」とする。
(3)事例2:「ファームIQ」
「ファームIQ」は、家畜改良や農場経営効率化の指導、市場調査など、牛肉の供給チェーン全体の付加価値化を目指すさまざまなプログラムを総合したものとなっており、SFF社と農業関連総合企業ランドコープ社が参画している。
中でも、「ビーフEQ」という調査は、科学的知見に基づく牛肉の食味調査を行い、SFFが牛肉の食味を保証するというものである。これにより、肉用牛生産者は、自らの牛肉の客観的な評価を得ることができ、高い評価を得られれば、肉用牛価格にプレミアムを付けることが可能になる。NZの肉用牛取引では、肉質や歩留まりなどによる価格差は少ないとされる中で、こうした取り組みは、肉用牛生産者の生産意欲を向上させ、輸出市場でも、より高品質な牛肉として、販売することが可能になる。
(4)事例3:「フードプラス」
「フードプラス」は、従来、NZ牛肉は、挽き材を中心に低価格商品という位置づけであったが、牛肉に含まれる栄養成分の機能性食品や栄養補助食品への活用や、ブロス(肉の煮汁)の利用などを通じて、新たな付加価値を付けるというものであり、アンズコ社が参画している。
一次産業省としては、研究開発・市場調査を通して、市場の求める製品の生産が拡大されることを期待している。実際に、すでにアンズコ社は新たな栄養補助食品などを生産しており、同社のパンフレットでもその意義を強調している。
(5)PGPの狙い
PGP実施の背景には、NZの農畜産業に対する政府による関与の度合いがある。NZでは、農業生産者に対する経営安定対策のような補助金制度はほとんどなく、各経営の努力に委ねられている。そのため、研究開発などによる支援により、生産性や収益性の向上を促すことが政府の重要な役割となっている。
また、既述の牛肉産業関連プログラムの共通点は、付加価値の創出にある。従来、NZの牛肉産業は、低コスト生産に基づく低価格商品という点を強みとして、輸出拡大を図ってきた。しかし、最近は、脂肪交雑牛肉の需要拡大や、栄養や健康への意識の高まり、南米諸国の輸出拡大を踏まえ、NZでも、新たな価値を加え、相対的に高単価な牛肉の生産・輸出の拡大を図っている。
もちろん、こうした取り組みは、新たなコストが発生することを意味し、低コスト生産というNZの強みが弱まる可能性も有している。それでも、あくまで放牧が主体であり、競合国と比べ生産コストが安いことに変わりはなく、また、絶対的な数量は、従来の低コストを強みとした挽き材などの製品に比べ限られることから、当面は、低コストの優位性を維持しつつ、製品の多様化を進めていくことは可能とみられている。
4 おわりに
NZの牛肉産業は、2000年代以降、酪農乳業の急激な拡大を受けて、相対的な縮小傾向を余儀なくされ、NZの畜産と言えば、まず酪農乳業という意識が国の内外で広がってきた。しかし、それは、中国などの乳製品需要の拡大を要因とした高乳価があって成り立つという脆弱性を内包していた。
2014年以降、中国の乳製品輸入需要の後退などを背景とした乳価の下落により、NZの畜産業界では酪農から牛肉産業へ関心が移行しつつあり、牛肉産業への楽観的な見通しが広がっている。さらに、米国の堅調な輸入需要、豪州の牛肉生産減少、中国の牛肉需要拡大やTPP協定による日本市場の拡大への期待が重なったことで、NZでは、今後ますます牛肉産業への期待は高まっていくとみられている。
その一方、大幅な生産・輸出の拡大が見込みづらいのもまた事実である。まず、最近のと畜頭数の大幅な増加により、今後は、出荷適齢牛の減少が考えられる。また、NZの牛と畜頭数の少なくとも3分の1は酪農生産から供給され、低い乳価と言えども、乳用経産牛淘汰の拡大には限度がある。さらに、一度乳価が上昇すれば、酪農生産者は経産牛の保留傾向を高め、牛肉生産余力の低下と酪農生産のさらなる拡大が予想される。加えて、中国市場への楽観視は強いものの、ウルグアイやブラジル南米諸国との競合が高まっており、両国は中国の牛肉輸入において、NZを上回っている。
以上を踏まえると、NZの牛肉業界としては、現在の良好な市場環境を好機ととらえ、市場拡大を図るとしているものの、生産余力には限界があり、米国や中国向け輸出が業界の思惑ほど増えるかは不透明である。その一方、付加価値を付けた牛肉の生産・輸出も進められており、日本やEUへの市場アクセスの改善期待もある。もちろん、付加価値化の取り組みは、コスト増加を招く可能性はあるものの、それでも放牧主体の低コスト生産による相対的な優位性は、維持されるとみられている。そのため、今後、NZの牛肉業界としては、「量」で勝負する米国や中国向けはもちろん重要であるものの、冷蔵品や単価の高い部位が相対的に多い日本、中東、EUなど「質」を求める市場において、ニッチな需要を創出する動きも活発になってくると思われる。
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