調査・報告  畜産の情報 2016年11月号


薬剤耐性(AMR)対策
アクションプランについて

農林水産省 消費・安全局 畜水産安全管理課


【要約】

 抗生物質などの抗菌剤が効かない薬剤耐性菌が世界的に問題になっています。わが国では本年4月に、この薬剤耐性問題への対策に関する行動計画(アクションプラン)が決定されました。このアクションプランでは、薬剤耐性問題に対して、畜産分野における対策が強く求められています。
 本稿では、この薬剤耐性問題とは何なのか、なぜこの問題と畜産とが関わりがあるのか、そして、畜産分野で関係者が何をすべきなのかについて紹介します。

1 はじめに

(1)薬剤耐性問題とは

薬剤耐性菌とは、“抗菌剤が効かない細菌”であり、抗菌剤の使い過ぎなどによって増加します(図1)。この薬剤耐性菌が感染症を引き起こすと、治療のために抗菌剤を使用しても効かないため、治らないということになります。この薬剤耐性菌による感染症の増
加が特に人の医療分野で懸念されており、
OECDの報告書では、「薬剤耐性菌による死亡者数は、このまま何も対策をとらない場合、2050年には、現在のガンによる死亡者数を超える1000万人に達する」との試算が紹介されており[1]WHOは、「感染症の治療が困難であった“抗菌剤のなかった時代”に逆戻りする」と警鐘をならしています。

このような状況を踏まえ、昨年5月にWHOは、薬剤耐性対策に関するグローバルアクションプランを採択しました[2]。また、わが国では、内閣官房、厚生労働省、農林水産省などの関係府省で検討を重ね、本年4月、関係閣僚会議において「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(以下「アクションプラン」という)が決定されました[3]



(2)薬剤耐性問題と畜産との関わり

では、なぜ、この人の医療上の問題となっている薬剤耐性問題が畜産と関わりがあるのでしょうか。それは、人の医療だけでなく、畜産においても抗菌剤が使われており、畜産分野で増加した薬剤耐性菌が畜産物などを介して人にでんし、人の医療に影響すると指摘されているからです。

畜産分野では、動物用医薬品や飼料添加物として抗菌剤が使用されています。抗菌剤は、家畜の健康を守り、また、安全な畜水産物を安定生産するために必要不可欠な資材です。しかし、抗菌剤の使用により、薬剤耐性菌が増えれば、家畜の治療が困難となるだけでなく、人の感染症の治療をも困難にすることが懸念されています。

従って、薬剤耐性問題と畜産との関わりは大きく、畜産分野においても薬剤耐性対策を積極的に実施することが強く求められています。アクションプランには、人の医療分野だけでなく、畜産分野において必要な取り組みが記載されています。

2 アクションプランの概要

わが国の畜産分野では、これまで薬剤耐性対策として、薬剤耐性菌の出現状況(薬剤耐性率)を把握するための動向調査・監視を実施しながら、抗菌剤の慎重使用(後述)の徹底などに取り組んできました。その結果、現在のわが国の畜産分野における薬剤耐性率は、抗菌性物質の使用量削減などに徹底して取り組んでいるEUなどと比べてもほぼ同水準にあります。

これまでのわが国の畜産分野における取り組みは決して不十分なものではないと考えられますが、世界的に対策が進められていく中にあって、アクションプランでは、これまでの取り組みのさらなる徹底・強化と新たな対応が必要と考えられる課題への取り組みが求められています。

わが国のアクションプランは、WHOのグローバルアクションプランを踏まえたものとなっており、「(1)普及啓発・教育」、「(2)動向調査・監視」、「(3)感染予防・管理」、「(4)抗菌剤の適正使用」、「(5)研究開発・創薬」に加え、G7の中でアジアにある唯一の国としての「(6)国際協力」の6つの分野について、今後5年間(2016年から2020年まで)に実施すべき戦略・取り組みが記載されています。

畜産分野における、6つの分野ごとの主な取り組みは次のとおりです。

(1) 普及啓発・教育

畜産分野では、抗菌剤の使用者である獣医師、生産者などが薬剤耐性に関する意識を高め、理解を深めることが重要であり、研修会などを通じた普及啓発、教育の強化・充実を推進することが求められています。

(2) 動向調査・監視

薬剤耐性菌の出現状況を把握すること、抗菌剤の使用量がどのようになっているかを調査すること、また、人と動物分野の薬剤耐性菌の比較分析を行うことは、薬剤耐性対策を適確に実施していく上で重要となります。そのため、アクションプランでは、動物分野における薬剤耐性菌や抗菌剤使用量の動向調査・監視体制である、「動物由来薬剤耐性菌モニタリング(JVARM)」の充実を図るとともに、人医療分野の動向調査・監視体制である「院内感染対策サーベイランス事業(JANIS)」との連携を一層推進することとされています。

(3) 感染予防・管理

家畜の飼養衛生管理水準を向上させ、動物の健康状態を良好に維持することは、動物の感染症の発生を予防し、安全な畜水産物の生産を確保するとともに、抗菌剤の使用機会を減らすことにつながります。従って、感染症の予防・衛生管理水準の向上は、薬剤耐性対策における極めて基礎的かつ重要な要素であると言えます。

そのため、家畜伝染病予防法に基づく飼養衛生管理基準などの遵守の徹底や、ワクチンの開発・使用を促進する取り組みを通じて薬剤耐性対策へとつなげていくことが求められています。

(4) 抗菌剤の慎重使用

抗菌剤の“慎重使用”とは、「抗菌剤を使用すべきかどうかを十分検討した上で、適正使用により最大の治療効果を上げ、薬剤耐性菌の出現を最小限に抑えるように使用すること」です。使用基準などの法令や用法・用量を遵守し、使用上の注意に従って使用する“適正使用”を行うことはもちろんのこと、さらに注意して抗菌剤を使用する、という考え方です(図2)。

農林水産省では、平成25年12月、「畜産物生産における動物用抗菌性物質製剤の慎重使用に関する基本的な考え方」を公表し、獣医師や生産者向けのリーフレットを作成するなどにより、抗菌剤の慎重使用の徹底を推進してきました。しかしながら、この「考え方」については、まだ、十分に関係者に認識されていないとの声も聞かれることから、より徹底した周知、普及・啓発に取り組む必要があります。



(5) 研究開発・創薬

感染症を予防することにより、抗菌剤を使用する機会の低減につながるワクチンなどの研究・開発、抗菌剤の使用を制限することによる影響(薬剤耐性率の変化など)に関する研究などの推進を図ることが盛り込まれています。

(6) 国際協力

薬剤耐性は国境を越えた脅威であり、世界的に対策に取り組むことが重要です。そのため、OIEなどの国際機関との協力の下、特にアジア地域における薬剤耐性対策の強化に関する国際協力を推進していくことが求められています。

3 諸外国の状況

ここまで、わが国のアクションプランについて紹介してきましたが、WHOのウェブサイトには、本年9月時点で、わが国を含む25カ国のアクションプランが掲載されています[4]G7各国(米国、カナダ、英国、フランス、ドイツ、イタリア、日本)やEU、豪州やデンマークなどの畜産国においては既にアクションプランが策定され、さまざまな取り組みが進められています。ここでは、ウェブサイトに掲載されている情報をもとに、諸外国における薬剤耐性対策の事例として、EUおよび米国の取り組みを紹介します。

(1)EUの取り組み

EUでは、2006年に、成長促進目的の抗菌剤(飼料添加物)の使用が一律禁止されたほか(抗コクシジウム剤は使用可能)、各国において、使用量低減などのための取り組みが進められています。

(1) オランダ[5]

抗菌剤の使用量を2013年には2009年比で50低減させるとの目標を設定し、「群当たり」、「獣医一人当たり」の抗菌剤の使用量について明確な目標設定を行うとともに、家畜群ごとに抗菌剤の使用量を国の中央データベースに記録し、群ごとに健康管理計画の策定を義務づけるなどの取り組みが行われました。その結果、目標期限よりも1年早い2012年には50低減の目標を達成するとともに、人の医療上重要な抗菌剤である第3世代・第4世代セファロスポリンの使用量を、90以上削減したと報告されています。

(2) デンマーク[6、7]

デンマークでは、2010年にイエローカード制度という仕組みが導入されました。これは、国が農家ごとの抗菌剤の使用量を把握し、使用量が多い農家に対して、イエローカードで改善を指導するというものです。また、2013年には、動物用医薬品の区分ごとに異なる課税率を設定する制度が開始され、人の医療上重要な抗菌剤については高税率を設定する一方で、ワクチンについては無税とし、抗菌剤の使用量低減とワクチン使用の推進を図っています。

(2)米国の取り組み

米国は、2013年12月に、業界向けガイダンスを発出し、人の医療上重要な抗菌剤を成長促進目的で使用することを自主的に中止するよう要請しました[8]。この方針は、2015年3月に策定された米国のアクションプランでも引き継がれ、ガイダンス発出から3年後に、ガイダンスに基づく取り組みの実施状況を評価するとしています[9]

4 畜産関係者に求められていること

薬剤耐性対策は、本年4月のG7新潟農業大臣会合、5月のG7伊勢志摩サミット、9月の国連総会などでも主要議題として取り上げられ、薬剤耐性対策の積極的な推進について言及されています。

上述の通り、わが国の畜産分野では、これまで、耐性菌の出現状況(薬剤耐性率)の監視や抗菌剤の慎重な使用などに取り組んできており、現状の薬剤耐性率は欧米諸国とほぼ同水準となっています。このように、わが国の取り組みは決して不十分なものではありません。しかしながら、世界的に薬剤耐性に対する注目が高まる中、諸外国は、上述のように、動物分野において、成長促進目的での抗菌剤の使用禁止や抗菌剤の使用量の削減などの対策を実施し、その取り組みについてアピールしているという状況にあります。今、わが国の畜産関係者に求められていることは、このような薬剤耐性問題を取り巻く状況を十分理解した上で、国産畜産物に対する消費者からの信頼に応えられるよう、前向きに薬剤耐性対策に取り組むことだと考えます。具体的には、「飼養衛生管理の徹底やワクチンの使用により感染症を減らすことにより、抗菌剤の使用機会を減らすこと」と、「抗菌剤の使用を真に必要な場合に限定すること」が対策の基本となります。このような対策に畜産関係者が一体となって取り組むことが、国産畜水産物に対する消費者からの信頼に応え、家畜に対する抗菌剤の有効性を維持することにもつながると考えています。

農林水産省としては、食品安全委員会の人の健康への影響評価などを踏まえつつ、生産者や獣医師など関係者との意見交換を重ね、より具体的に対策をとりまとめ、取り組んでいきたいと考えています。生産者の皆様には、薬剤耐性の問題は獣医師だけの問題とは思わず、前向きに対策に取り組んでいただきたいと思います。

5 おわりに

WHOは、毎年11月の1週間を世界抗菌薬啓発週間(今年は11月14日から20日まで)と位置付け、薬剤耐性に関する理解を深め、意識向上を図ることを目的としたキャンペーンを展開しています[10]。わが国も、本年から、11月を薬剤耐性対策推進月間とし、薬剤耐性問題や抗菌剤の慎重使用に対する意識向上を図ることとなりました。消費者の関心もさらに高まると考えられます。

今後も関係者の皆様との意見交換を進めながら、わが国のアクションプランに基づく取り組みを関係者一丸となって進めていきたいと考えていますので、ご理解・ご協力をお願いします。

【参考文献】

[1]M. Ceddhini, J. Langer and L. Slawomirski, OECD(2015)「Antimicrobial Resistance in G7 countries and beyond: Economic Issues, Politics and Options for Action」

[2]WHO(2015)「Global Action Plan on Antimicrobial Resistance」

http://www.who.int/antimicrobial-resistance/publications/global-action-plan/en/

[3]国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議(2016)「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン 2016-2020」

http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokusai_kansen/pdf/yakuzai_honbun.pdf

[4]WHOホームページ「Library of national action plans」

http://www.who.int/antimicrobial-resistance/national-action-plans/library/en/

[5]オランダ Ministry of Economic Affairs(2014)「Reduced and Responsible: Policy on the use of antibiotics in food-producing animals in the Netherlands」

[6]デンマーク Ministry of Food, Agriculture and Fisheries Danish Veterinary and Food Administration(2010)「Special provisions for the reduction of the consumption of antibiotics in pig holdings (the yellow card initiative)」

[7] European Commission(2016)「Final report of a fact-finding mission carried out in Denmark from 01 February 2016 to 05 February 2016 in order to gather information on the prudent use of antimicrobials in animals」

[8] U.S. Department of Health and Human Services Food and Drug Administration Center for Veterinary Medicine(2013)「Guidance for Industry #213 New Animal Drugs and New Animal Drug Combination Products Administered in or on Medicated Feed or Drinking Water of Food-Producing Animals: Recommendations for Drug Sponsors for Voluntarily Aligning Product Use Conditions with GFI #209」

[9]USA(2015)「National Action Plan for Combating Antibiotic-Resistant Bacteria」

[10]WHOホームページ「World Antibiotic Awareness Week 2016」

http://www.who.int/antimicrobial-resistance/events/world-antibiotic-awareness-week-2016/en/


				

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