特集:世界の牛肉需給と肉牛・牛肉産業の状況 畜産の情報 2016年11月号

グローバルの前にローカルありき〜
日本の肉牛生産は「和」の結晶〜

農業ジャーナリスト・フリーアナウンサー 小谷 あゆみ


日本じゅうの畜産女性が大集合

日本じゅうの畜産女性で組織する「第28回全国畜産縦断いきいきネットワーク大会」が9月に東京で開かれ、牛・豚・鶏から養蜂まで、畜種を越えた生産者総勢100名が一堂に会しました。毎年盛り上がりを見せるのは、参加者全員による1分間スピーチです。夫のこと、子供のこと、経営のこと、快く送り出してくれた家族への感謝から、口蹄疫、東日本大震災、熊本地震を経験しての報告もあり、東北から九州までみなさんの方言を聞いていると、ああ日本というのは北と南、東と西で、ずいぶん違うんだな。そして日本の畜産は、こうした一人一人の生産者と家族によって成り立っているのだということをつくづく感じさせられました。日本がひとくくりにできないように、世界もひとくくりにはできません。グローバルとは、地域の個性の集合体に他ならないのです。

グローバル化をどう生き抜くか?キーワードとしてよく耳にするのが、「持続可能性」と「多様性」です。本稿ではこの2つを柱に、日本の畜産の強みとは何かを考えたいと思います。

EUのバイヤーが感激した日本の牧場

今年3月に開かれた日本畜産物輸出促進協議会の活動報告会で印象的だったのは、元デンマーク大使館に勤務され、EUの流通事情にも詳しい土谷眞寿美さんの言葉です。EUでは生産過程における「動物福祉」が重要で、取引では必ず放牧の有無や、平飼いの密度などについて詳しく聞いてくるそうですが、あるとき、彼らを九州の牧場へ案内すると、牛がおだやかで、人に寄って来ることに驚いたというのです。牛に家族同様に接する日本では当たり前のような飼養管理が、畜産先進地域であるヨーロッパの人々をうならせたのです。日本の生産者は意識せずとも昔から「アニマルウェルフェア」を実践していたのです。

生産者とは「与える人」

福島県田村市常葉町の和牛繁殖農家、国馬ヨウ子さんは、8頭いる牛全員に「きよこ、なつこ、みどり、さきこ、あやめ、ひさこ、ふくこ、ゆりこ」と名前をつけて育てていました。近づいても牛達は少しも逃げる様子はなく、のんびりしています。国馬さんは「牛も家族ですから。大事にしてやればいい結果を出してくれる」と話してくれました。また、国馬さんはさまざまな会合のリーダーを務めていますが、そうした席で必ずおっしゃるのは、「お父さんが出してくれたおかげ、お父さんのおかげ」という言葉です。夫も、牛も、客人も、どんな相手であれ、大切に扱い、尊重する。そうされた相手はおのずとよい働きをみせるものです。お邪魔したときも食べきれないほどの手料理をごちそうになりました。ふるさとの祖父母が用意してくれるような大盤ぶるまいで、お腹より何より心があたたかく満たされました。こうした慣習は、実は日本の多くの農村・産地に残っています。つまりこれこそが日本の強みです。「生産・供給する人」は「与える人」なのです。



家族農業が世界の神戸ビーフを担う

世界に名立たる「神戸ビーフ」、「但馬牛」の産地・兵庫県で、肉用牛の繁殖を担う農家は1250戸です(H27年「畜産統計」)。その多くが高齢で飼養頭数平均12頭という規模ですが、人数で考えると圧倒的な力です。生産者のみなさんがもっと長く続けたくなるには、自身と誇りを持ってもらう必要があるでしょう。

2015年、「神戸ビーフ」と「但馬牛」は、国の地理的表示(GI)保護制度に登録されました。国が守るべき財産だと認めたわけですが、この名誉は、生産者一人一人に与えられたものに他なりません。全員が神戸ビーフマイスターなのです。

2014年、国連は「国際家族農業年」を制定し、地球の食料問題の解決策の一つとして、家族農業や小規模農業の重要性を呼びかけました。世界では、およそ4億の家族農業世帯が数十億人の食料(つまり人の命)を担っています。その国連の掲げる「持続可能な農業」における優良事例の一つは「耕畜連携」です。

耕畜連携で「三方よし」農業

兵庫県の中でも畜産の盛んな淡路島は、水田を活用した米、たまねぎ、レタス(はくさい、キャベツなど)の三毛作という年中フル回転の土地利用型農業を誇っています。その土づくりを担う取り組みこそ「耕畜連携」なのです。地球の未来を考える上でも、畜産農家と耕種農家が手を取り合うことは、好循環型で、社会貢献型の「三方よし」農業と呼べるでしょう。

世界農業遺産 阿蘇のあか牛
脳が喜ぶエシカル消費

世界が認めた耕畜連携が、阿蘇にあります。雄大な牧草地に赤牛が放牧される農業システムは、国連食料農業機関(FAO)により、「世界農業遺産」に登録されています。畜産を営むことが、地域を美しく保ち、観光資源を創り出し、国土を守っているのです。その産物である「あか牛」が人気の理由は、ヘルシーな赤身肉という食味に加えて、生産システムが環境に良いという別の喜びを消費者の心にもたらします。これは震災後の「応援消費」などとも同じ心理で、「エシカル(道徳的な)消費」と呼ばれます。誰だって、自分の(消費)行動が、環境を破壊するよりは、環境に貢献する方を、心地よいと思うでしょう。あるレベル以上の食味であれば、次に求めるのは、食べることで脳が快適になるかどうかです。好きな人との食事がおいしいように、脳を満たすのは味だけではありません。価値基準の多様性はますます高まっています。今、和牛生産でも「エコフィード」の利用が増えていますが、背景には、コストだけでなく、作り手自身が環境や社会に配慮した和牛生産をしたいという気持ちの表れなのではないでしょうか。



友産友消で喜び合う関係

最近「CSA(コミュニティがサポートする農業)」という言葉を耳にします。私はこれを「友産友消」と置き換えているのですが、考えに共感すると友達になるように、生産者と消費者が友達になって理解し合い、応援し合えば、価格や品質といった物質面だけの関係ではなく、互いが相手の存在を喜び合う「心のつながり」が生まれます。「顔の見える」どころか、「性格まで知ってる」友達なら、認証マークもいりません。これほど親しみと安心と喜びのある食があるでしょうか。

グローバル化のカギは「和」

昨年、地球の食料とエネルギーをテーマに開催されたミラノ万博で、日本館はトップクラスの人気でした。和食ブームに加えて、わたしが感じたのは「日本らしい農業」に対する評価です。

日本館のテーマは「Harmonious Diversity(共存する多様性)」。「ハーモニー」とは一般に「調和」と訳されますが、それは同時に、「和やか」「平和」「和する」の「和」であり、「和食」の「和」なのです。これこそグローバル化に必要なカギです。地球規模で食料問題を考えると、これからは勝ち負けを争う時代ではありません。みんなが尊重し合い、助け合う「和」と「多様性」の時代です。

牛肉生産も、その業界だけを考えるのではなく、稲作農家を、白菜農家を、ネギ農家を、また畜種の違う鶏卵農家を、尊重し、共存することが大切です。どれ一つ欠けても「すき焼き」は完成しません。日本の和食文化は日本の農林漁業あってこそです。お酒、醤油があるおかげで牛肉はおいしいのです。日本の食文化、日本人らしい「心」により育まれた農業は、どの国の誰にも真似できません。これからの食は物質よりも体験や感動で心を満たす時代です。今こそ農業全体が手を取り合って力を合わせることが、最も日本の農業を美しく、強くさせるに違いありません。



(プロフィール)

小谷 あゆみ(農業ジャーナリスト・フリーアナウンサー)
石川テレビを経てフリーに。NHKEテレ「介護百人一首」司会。野菜をつくるアナウンサー「ベジアナ」として都会のベランダ菜園から農業を変える活動。農ある暮らしの豊かさ、持続可能なライフスタイルを提唱し、全国の農村を取材・講演。農林水産省・食料農業農村政策審議会・畜産部会臨時委員ほか


				

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