調査・報告 畜産の情報 2016年9月号


繁殖雌牛の増頭に向けた地域の取り組み
〜最近の肉用子牛価格をめぐる情勢を交えて〜

畜産経営対策部 肉用子牛課



【要約】

 最近の肉用子牛の取引価格は、全ての品種において、過去に例を見ない高値で推移している。黒毛和種では、高齢化などによる離農が進み、繁殖基盤が急激に縮小し、取引頭数が減少する一方で、枝肉価格の高騰に伴い肥育生産者の導入意欲が向上していることが、高値の主な要因となっている。
 こうした中、繁殖雌牛の増頭に地域ぐるみで取り組み、また、生産者それぞれの創意工夫によって規模拡大を実現している3事例を紹介することで、繁殖雌牛増頭の参考になれば幸いである。

1 はじめに

最近の肉用子牛の取引価格は全ての品種において、高値で推移している。これは、高齢化などによる離農が進んで繁殖基盤が縮小し、出荷頭数が減少したことが主な要因となっている。

農林水産省では、生産基盤の弱体化に危機感を持ち、畜産再興プラン実現推進本部を立ち上げ、平成27年3月に「酪農及び肉用牛生産の近代化を図るための基本方針」で示された畜産再興プランの緊急に対応すべき最重要課題の一つとして、繁殖雌牛の増頭を取り上げ、以下の主な運動を展開することとした。

・今後3年間の繁殖雌牛増頭に向けた目標の設定

・畜産クラスター事業などへの取り組み状況や進捗状況の把握

・キャトル・ブリーディング・ステーション(預託施設)の活用、繁殖成績の改善など優良事例の調査・とりまとめ・共有

・繁殖技術改善に向けたシンポジウムの開催

これらの対策が効果を表し、農林水産省が公表した「畜産統計(28年2月1日現在)」によると、肉用種子取り用めす牛の飼養頭数は、22年以来、6年ぶりに増加に転じた。

本稿では、畜産統計および当機構が公表している「肉用子牛取引情報」から、近年の肉用子牛の飼養動向を概観するとともに、このような状況の中で、地域において繁殖雌牛(黒毛和種)の増頭を実現している取り組み事例を紹介する。

2 最近の繁殖農家の動向

畜産統計によると、繁殖が可能な2歳以上の肉用種子取り用めす牛の飼養頭数は、平成22年の58万8400頭をピークに減少し、27年には50万4800頭となったが、28年は6年ぶりに増加し、51万500頭となった(図1)。



これは、高齢化などによる離農が進み繁殖基盤が縮小してきたことに加え、22年4月の口蹄疫の発生、23年3月の東日本大震災および同年8月の大規模畜産業者の経営破綻もあり、繁殖雌牛の飼養頭数は大きく減少してきたが、肉用子牛の取引価格が上昇していることに加え、繁殖雌牛の増頭対策など各種の補助事業の成果により、繁殖雌牛の導入意欲が高まったためと考えられる。

また、肉用種子取り用めす牛の飼養戸数は、15年以降、一貫して減少しており、28年は前年比6.1%減の4万4300戸となった(図2)。



子取り用めす牛の飼養規模別飼養戸数は、全体の約7割を占める「1〜9頭」の小規模経営は、28年には同9.1%減の3万100戸まで減少した。

「10〜49頭」では、22年以降減少していたが、27年にわずかに増加に転じ、28年は同1.1%増の1万2380戸となった。

「50頭以上」では、26年に同17.5%増の1911戸となり、その後減少し、28年は1818戸となっている。

3 肉用子牛取引情報による動向分析

(1)全国の動向

当機構では、市場で取引されている肉用子牛の取引データを集計し、ホームページなどで「肉用子牛取引情報」(以下「取引情報」という)として公表している。

なお、取引情報で集計対象としているのは、市場で取引されたもののうち、体重100キログラム以上340キログラム以下、日齢100日以上399日以下の肉用子牛である。

子取り用雌牛の飼養頭数が平成22年をピークに減少する中、黒毛和種子牛の取引頭数(雌雄合計。以下同じ。)は、22年度は口蹄疫発生のため減少した。23年度は回復したものの、25年度以降減少し、27年度は前年度比3.4%減の32万2608頭と、取引情報の収集を開始した2年度以降、最も少ない頭数となった(図3)。



今後は、繁殖雌牛の増加から、取引頭数の減少にも歯止めがかかることが期待される。

また、黒毛和種子牛の取引価格(1頭当たり。雌雄平均。以下同じ。)は、取引頭数の減少と枝肉価格の上昇の影響を受け、27年度には同20.7%高の68万8432円と、取引情報の収集を開始した2年度以降、最も高い価格となった。

枝肉価格は、東京食肉市場における和牛去勢A−4の推移を見ると、23年度を底に上昇を続けており、27年度平均枝肉価格は同20.1%高の1キログラム当たり2446円と近年にない高水準にある(図4)。



27年度における肉用子牛の取引価格は、黒毛和種子牛以外も同様に上昇傾向となり、乳用種子牛(ホルスタイン種)が同51.1%高の22万874円、交雑種子牛(肉専用種と乳用種の交雑の品種をいう。)が同18.5%高の38万4796円となるなど、いずれも過去に例を見ない高水準となっている。

(2)主要な家畜市場の動向

ア 北海道ホクレン十勝地区家畜市場

北海道ホクレン十勝地区家畜市場は、平成27年度の取引情報において、最も黒毛和種子牛の取引頭数が多かった市場である。

22年度は全国ベースでは口蹄疫の影響で減少したが、同市場は前年度比4.6%増の1万5631頭であった。24年度に同16.3%増加し、以降はほぼ横ばいとなり、27年度は同5.3%減の1万6569頭となった。全国平均の同3.4%減と比べると減少率は大きい(図5)。



取引価格は、22年度は同11.9%高の40万4129円となったが、23年度を底に上昇し、27年度は同21.3%高の68万9406円となった。

同市場によると、最近の取引頭数の減少は、「24年度に取引頭数が増加したのは、大規模畜産業者の経営破綻により、これまで相対取引されていた子牛が市場へ出荷されたためである。その後の取引頭数の減少については、繁殖農家の後継者不足が大きな要因である。特に後継者がいない繁殖農家は、一定の年齢(60代後半)までに離農する傾向が見られる」とのことであった。

イ 兵庫県但馬家畜市場

兵庫県但馬家畜市場は、同市場で取引される但馬牛が、神戸牛のもと牛として導入されることから、全国平均に比べて高値で取引される傾向がある。

取引頭数は、ホクレン十勝地区家畜市場と同様に、平成22年度は前年度比4.4%増となった。その後、24年度をピークに減少し、27年度は同5.0%減の2762頭となった(図6)。



取引価格は、23年度を底に上昇し、27年度は同22.3%高の84万553円となり、全国平均より15万円上回る結果となった。

同市場によると、「取引価格の上昇は、高齢化による離農や廃業による取引頭数の減少が要因であるが、他地域より高値で取引され、現在の取引価格が80万円台であることで、離農を踏みとどまる生産者もいるのではないか」と、今後の増頭意欲に期待を寄せている。

ウ 鹿児島県曽於中央家畜市場

黒毛和種の飼養頭数が全国で最も多いのが鹿児島県である。その中で取引頭数が県内1位で、県全体の約2割を占めるのが曽於中央家畜市場(全国2位)である。

取引頭数は、平成23年度に同14.3%増の1万8811頭となったが、以降、減少し、27年度は同5.3%減の1万5606頭となった(図7)。



取引価格は、22年度以降上昇し、27年度は同19.9%高の71万1036円となった。

同市場によると、「地域で増頭に向けた取り組みは実施しているものの、地域の約7割の生産者が高齢であることから、離農による繁殖雌牛の減少分を補えない状況となっている。離農する生産者の基盤を地域内で引き継ぐことができれば、規模拡大を図れるのではないか」とのことである。

なお、27年度の取引頭数が前年度を上回った市場もいくつかあり、その中でも頭数が多い熊本県家畜市場(前年度比0.6%増)、宮崎県児湯地域家畜市場(同1.3%増)、沖縄県八重山家畜市場(同1.3%増)などについては、機会を見てレポートしたい。

4 肉用子牛生産者補給金の交付状況

肉用子牛生産者補給金制度(以下「子牛制度」という)とは、肉用子牛生産の安定を図るために、肉用子牛価格が低落した場合に肉用子牛生産者補給金(以下「補給金」という)を交付する制度で、肉用子牛の生産者のセーフティネットとしての役割を担っている。補給金は、四半期ごとに農林水産大臣が告示する平均売買価格が保証基準価格(農林水産大臣が毎年度決定)を下回った場合に、その期間中に販売または自家保留した肉用子牛を対象に交付される(図8)。



補給金は、肉用子牛価格の上昇を受け平成25年度第2四半期以降、28年度第1四半期まで12期連続で全品種交付されていない。また、子牛制度を補完し、対象肉用子牛(黒毛和種、褐毛和種、その他の肉専用種)の平均売買価格が発動基準を下回った場合に、差額の4分の3を支援交付金として交付する肉用牛繁殖経営支援事業があるが、これも26年度第3四半期以降、7期連続で全品種で交付されていない。

5 繁殖雌牛増頭に取り組んでいる繁殖農家の事例紹介

これまで述べた通り、全国的に繁殖雌牛が減頭している中でも、地域の協力などにより増頭に取り組む黒毛和種農家の事例を3つ紹介する。

(1)行政・農協と手を取り合い繁殖雌牛の増頭に取り組む(山形県むろがわ町)

ア 山形県真室川町で繁殖雌牛の増頭に取り組んでいる遠田茂一・晃弘氏親子

遠田家は、代々、水稲の栽培を行ってきたが、茂一氏の父親の代に繁殖雌牛(黒毛和種)10頭を導入して、水稲と繁殖経営の複合経営となった(写真1)。その後、茂一氏が経営継承し、長男の晃弘氏は県立農業大学校で畜産を学んだ後、就農した。晃弘氏は在学中から、真室川町やJAと新牛舎のレイアウトや設備について相談を重ね、平成22年度に50頭規模の多頭飼育型の牛舎を完成させた(写真2)。現在、繁殖雌牛、育成牛(黒毛和種)を合わせて72頭を飼養している(27年11月時点)。





遠田家が規模拡大を行う決め手となったのは、真室川町が運営する秋山牧場の存在が大きかったとのこと。分娩間近の牛や6カ月齢未満の子牛など飼養管理に注意を払う牛を自身の牛舎で飼育し、その他の牛は秋山牧場に預託している。例年20頭程度、労働力が必要な稲の収穫時期はより多くの牛を預託している。

こうして生まれた労働力は、こまめな観察の実施や衛生環境の強化に充てられる。日頃の観察で発情時期を見逃すことが少なくなったことから、直近の平均分娩間隔は375日となり、26年度のJA真室川の平均値389日より短くなっている。また、籾米サイレージ(ソフトグレインサイレージ、以下「SGS」という)を利用することによって配合飼料の利用を減らし、飼養コスト低減もできた。

現在、経営は軌道に乗っているものの、肉用子牛価格の変動に備えて、試験的に肥育(2〜3頭)を取り入れ、将来は、子牛生産から肥育までの一貫経営に移行していくことも視野に入れている。今後も、遠田親子が真室川町の肉用牛生産を盛り上げてくれることが期待される。

このように、行政や農協が取り組む公共牧場やSGSをうまく自身の経営に取り入れたことにより、労働力や経営コストの低減が図れ、その余剰生産力を繁殖雌牛の導入に費やしたことが経営規模の拡大につながったと考えられる。

イ 真室川町における公共牧場の利活用

山形県内の最北端に位置する真室川町は、県内でも有数の豪雪地帯であるとともに、耕地面積1872ヘクタールのうち94%が水田という水田農耕地帯である(図9)。畜産業は、稲作や園芸との複合経営が主体で地域内の農業産出額に占める畜産の割合は約20%(残りは米約60%、園芸約20%)となっている。現在、42戸の繁殖農家がいるが、いずれも稲作や園芸との兼業であり、平均飼養頭数は1戸当たり約15頭である。



真室川町は、畜産振興策の充実を目的として、平成7年度から公共牧場として秋山牧場を運営している。町では13年の国内初のBSE発生に端を発した子牛価格の下落を、繁殖雌牛増頭のチャンスと捉え、「優良繁殖雌牛の自家保留をしよう」と根気強く生産者に推奨をした。これが功を奏し、秋山牧場の利用頭数は、14年度以降、受け入れ可能頭数70頭を超えて利用されるようになった。放牧期間は5月上旬から11月上旬までで、真室川町から委託を受けたJA真室川が管理業務を行っており、当初は冬期の受け入れは行っていなかった。

真室川町は、19年度に手狭となった秋山牧場の機能強化に取りかかることとした。機能強化をするに当たり、繁殖農家の廃業理由を調査したところ、豪雪地帯ゆえの冬場の除雪作業や秋の稲わら収集に労働力を奪われるという回答が多かった。これらを踏まえ、増頭意欲のある後継者だけではなく、高齢者層にも長く繁殖経営を続けられるよう、草地の拡張、周年預託施設およびコントラクター整備を、21〜23年に国、県の事業を活用し、機能強化を図った。24年度に周年預託を開始したところ、繁殖農家は秋山牧場に牛の一部を預けることで、自身が所有する牛舎の収容能力の1.5倍まで規模拡大ができるようになった(写真3)。また、粗飼料生産の負担が軽減されるため、少頭飼いであった繁殖農家にも増頭の意欲が出てきた。このことから、町内全体の黒毛和種の増頭意欲が一層高まり、同町の繁殖農家戸数の減少に歯止めがかかり、繁殖雌牛の飼養頭数も周年預託開始以降、26年度は微減したものの、増加傾向となった(表1)。

また、周年預託施設の利用により、生産技術の高位平準化が実現されたため、JA真室川の平均分娩間隔は県平均値418日よりも約1カ月短縮された。





コラム JA真室川における籾米サイレージ(SGS)の取り組み

 県内でも有数の水田地帯である真室川町では、全国的にも珍しいSGSの導入が積極的に進められている。SGSとは、収穫した飼料用米を乾燥せずに細かく砕いて、ポリエチレン製のフレキシブルコンテナバッグ(注)(以下「フレコンバッグ」という)などに密閉してサイレージ発酵(乳酸発酵)させた飼料である。牛の嗜好性に優れ、長期保存(1年程度)ができる。一般的な飼料用米を使用する場合、県内で乾燥・籾摺りした後に玄米を県外の飼料工場まで輸送して配合飼料に調製し、再び県内に輸送して生産者へ供給される。一方、SGSは、生籾を粉砕してサイレージ発酵させていることから、乾燥費が不要な上、JA真室川が運営するカントリーエレベーターで加工が完結する。このため、飼料工場での加工調製費や輸送費をかけずに畜産農家に供給することができ、飼料コストを軽減することができる。当初、真室川町では、SGSと同様に乾燥調製が不要な稲WCSの増産も検討されたが、SGSの方が稲WCSと比較してTDN含量が高いことから、SGS生産に取り組むこととした。耕種農家は、水田について主食米や大豆と合わせた輪作を行っており、飼料用米のSGSについては、国から、水田利活用で10アール当たり8万円の助成を受けることができる。飼料用米の収穫は、コントラクター組合などに委託して行われ、その後、SGSに加工するため生籾の状態でJA真室川に販売される。同農協は、籾殻処理で用いられる破砕機を使い、生籾を加水・破砕してフレコンバッグに詰め込み、乳酸菌の添加などを行った後に密封する。その後、貯蔵場所に移して発酵させ、2カ月程度でSGSが完成する。できたSGSは、フレコンバッグのまま秋山牧場などの畜産農家に供給される。

 繁殖農家は、SGSを低コスト濃厚飼料として配合飼料の代替で利用し、家畜から排出されるふん尿を、堆肥として耕種農家に供給することで町内での耕畜連携が図られている。

(注) フレキシブルコンテナバッグとは、穀物や飼料、石灰、土砂などの梱包、輸送、保管に適した袋状の包材のこと。



(2)地域で支え合い規模拡大に取り組む(鹿児島県湧水町)

ア 地域のサポートを受け規模拡大に取り組むおおしげ翔一朗氏

湧水町で繁殖経営を営む大重翔一朗氏は、町やJAなど、地域の補助事業や技術的支援を受けながら繁殖雌牛を40頭(うち1頭は補助事業を利用)まで増頭した(写真4、図10)。





平成26年の就農に当たっては、当機構が実施していた新規参入円滑化等対策事業を利用し、約40頭収容できる繁殖牛舎を設置した。

大重氏は、就農に向けて、農業大学校卒業後、JA鹿児島県経済連の繁殖実験センターに就職し、6年間勤務した。同センターで職員として働くことで、繁殖経営に必要な知識・技術を習得した上で繁殖農家として独立した。

大重氏は、牛のストレスを軽減させるため、適度に体を動かせるスペースを作り、パドック牛舎を整備している(写真5)。これが、分娩間隔の短縮につながっており、26年度の分娩間隔は356日と、鹿児島県の平均値408日より短くなっている。



また、コスト削減を図るため、飼料については、父親と共用している200アールの水田のうち、170アールで粗飼料生産を行っている。

生まれた子牛は全て姶良中央家畜市場へ出荷しており、同市場の平均売買価格程度で販売できており、平均出荷日齢は鹿児島県の平均値268日齢より4日程度短い264日齢と良好である。

これには、あいら農業協同組合が、月齢に合った飼料給与体系や給与量の目安などの基準を独自にまとめた「あいら子牛育成飼養管理マニュアル」が寄与している。大重氏によれば「自らの飼養体系を構築するに当たり、その指標となる基準値として大いに役立っている」とのことだ。

27年4月〜5月にかけて、最初に導入した繁殖雌牛の出産時期が重なり、20頭程の子牛が生まれたが、既存の牛舎ではスペースが足りず、当時、父親が所有する牛舎を借りて飼養することとなった。この経験から、規模拡大のためには、牛舎の拡充は必要不可欠であると考え、自己資金により、15頭規模の育成牛舎を建設している。

大重氏は「父親も繁殖農家なので、農業機械を共用することができる。父親の助けも借りながら生産していきたい。補助事業はもちろんのこと、子牛相場をみて繁殖雌牛を50頭まで増頭したいが、牛の世話などは1人では限界があるため、増頭に応じた雇用も必要であると感じている。これも視野に入れて検討していきたい」と意気込みを語ってくれた。

このように、就農前に充分な知識・技術を習得していること、また積極的に補助事業を利用していることが、就農2年目ではあるものの、地域の中核的な生産者となっている要因と考えられる。

イ 地域の取り組み

大重氏が繁殖経営を営む湧水町は、水や気候風土を効率的に活用した多彩な農業が行われている。その中で、肉用牛生産は、同町の農業産出額39.6億円の約4分の1となる9.7億円を占めており、重要な地域産業となっている。

同町は、肉用牛生産の振興のため、畜産農家の所得増大・後継者育成を図りながら、農業機械の共同利用など、積極的なコスト削減および効率的な畜産経営を推進しており、昨今の全国的な肉用子牛価格高騰への対応として、繁殖雌牛を導入する際、購入費が50万円超の場合、その額との差額の5割を補助(上限10万円)する事業や、1頭当たり50万円を限度とする融資事業を実施し、繁殖基盤を強化することにより、地域の畜産経営を支えている。

また、JA鹿児島県経済連では、前述の大重氏のように、農業大学校を卒業した畜産農家の後継者が、繁殖実験センターへ就職し、繁殖経営に必要な知識・技術の習得はもちろんのこと、畜産農家としてコミュニケーション能力の向上が図られるよう支援している。この経験を生かし、就農後もすぐに地域の輪に入ることができ、地域の担い手育成に大きく寄与している。

(3)自らの創意工夫により低コスト和牛繁殖経営に取り組む(岩手県盛岡市(旧玉山区))

JA新いわて東部営農経済センターの玉山地区の繁殖農家の1人、裕紀氏は、父親の美紀氏と意欲的に繁殖雌牛の増頭に取り組んでいる(写真6、図11)。





同営農センター管内の繁殖経営の状況を見ると、平成27年3月末現在の繁殖農家戸数は399戸、繁殖雌牛は3030頭(うち短角牛150頭)、1戸当たりの平均飼養頭数は7.59頭となっている。

同営農センター管内を地区別に見ると、玉山地区の繁殖農家戸数が最も多く164戸、次いで岩手地区の144戸となっている(なお、岩手県全域の26年の繁殖雌牛飼養頭数は3万5000頭、JA新いわて管内は1万5000頭)。飼養頭数規模別に見ると1〜5頭が231戸(57.9%)、6〜9頭が83戸(20.8%)の順で多く、米穀や酪農との繁殖複合経営やサラリーマンとの兼業がほとんどを占める。管内で将来を期待されている裕紀氏は、岩手県立農業大学校を卒業後、農協職員だった父親の美紀氏が退職後に導入した黒毛和種10頭を引き継ぐとともに、新たに黒毛和種10頭を導入し、就農した。現在は、家族経営協定を締結し、主に裕紀氏が繁殖、父親の美紀氏が育成、哺育を母親が担当するよう役割を分担している。経営を始めてから7年経った現時点では、繁殖雌牛を50頭、子牛を30頭飼養し、さらなる繁殖雌牛の増頭を目指している。

裕紀氏の経営の特徴は、できるだけ増頭に資金を回すため、牛舎の自作、放牧の導入や機械の共同利用などにより設備投資などのコストを抑えている点である。

現在2棟ある成牛舎のうち1棟は、裕紀氏自身が建造したパイプハウスの簡易式牛舎で、最大で25頭飼養可能となっている(写真7)。施設園芸用ビニールなどを利用し、季節に応じた温度調節も可能である。



もう1棟の成牛舎は、地元建設業者の協力の下、フリーバーン式で、通常よりも柱が少ない牛舎を建設した(写真8)。牛が自由に歩き回れるスペースが十分に確保されているため、雌牛の発情の初期徴候を発見しやすく、種付けのタイミングを見逃すことが少ないことから、歩数計型発情発見システムなどの導入費も不要であるという。さらに、現在は、自身で購入した資材や廃材を用いて新たな牛舎を建設中である。



粗飼料は、近所の稲作農家との堆肥の交換により、稲わらを入手し自らロールラップサイレージにして使用している。また、牧草を自作地と借地で栽培するほか、5〜11月は公共牧野に雌牛のみ放牧している(1日1頭当たり126円)。

裕紀氏は、繁殖雌牛の増頭に取り組む理由として、(1)所得の向上、(2)頭数が多い方が楽しい、(3)地域全体の飼養頭数の底上げを挙げている。特に(3)は、削蹄師の仕事や自身が所属する農村青年クラブの活動などを通じて、地域の牛が減っていることを繁殖農家から聞き、若手の生産者が牛を増頭することにより地域の活性化に貢献したいという強い志からだ。

現在は繁殖経営に専念したいと考えているため、当面、一貫経営に移行する予定はなく、今後も年間5頭を目標に増頭を図り、100頭程度まで増やす意向である。

このように、コスト管理を第一に考え、牛舎の建築から牛の削蹄までできることは自身で行い、工夫して経営コストを低減していることや、地域の生産者や若い担い手などと飼養管理技術を情報交換したりアドバイスを受けるなど人の輪によって経営規模の拡大が実現できている。

6 おわりに

肉用子牛取引価格は、平成28年度に入っても、全品種で前年度を上回る高値が続いている。このような状況は、一時的には繁殖経営の収益改善に役立つものの、肥育を含めたわが国の肉用牛の健全な発展にはつながらないことが懸念される。

現在、肉用牛生産のスタートに位置する繁殖農家は、高齢化や後継者不足などに直面し、全国の生産基盤の縮小が心配される中、前述の通り、ようやく繁殖雌牛の飼養頭数が6年ぶりに増加に転じた。この動きを維持し、確実なものとすることが重大な課題である。

繁殖経営は、繁殖雌牛の分娩間隔をいかに短縮し、産まれた子牛をいくらで販売し、その生産費をどれだけ抑えられるかで収支が決まる。そのため、繁殖農家は、繁殖雌牛の発情の見分け、種付け、事故率の低減、生まれた子牛の育成といった知識・技術をいかに習得できるかが、自身の経営の収益に大きく直結する。

そして、繁殖経営の健全な発展を図っていくためには、しっかりと知識・技術を身につけた上で、自らが経営についてよく理解し、公共施設の利用や地域での創意工夫によるコスト削減に取り組んで、今から強い経営としていくことが必要である。

今回紹介した方々は、もう既にこの取り組みに着手し、強い経営を目指しており、今後、各地でこのような取り組みが広まって生産基盤が強化されることを望むものである。


				

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