話 題 畜産の情報 2016年9月号

肉を食べて健康寿命を延ばそう

日本応用老年学会理事長・医学博士 柴田 博


1 人類は肉と共に進化してきた

最近の人類学の発展は目覚ましい。人類の起源のことも解明されるようになってきた。人類の祖先となった猿人は、アフリカのサバンナ砂漠に誕生した。サルに近かった存在の中から肉を食べる種が進化したと考えられている。250〜 60万年前のことである。

その人類は原人、旧人、新人と進化してきたわけであるが、食物の中心は肉であった。ただし、ドングリのような木の実や果物も摂っていたのでライオンのような純粋な肉食ではない。ともあれ、魚介類を食べ始めたのは10万年くらい前、穀物を食べ始めたのもこの頃である。農耕の始まりは1万年くらい前のことにすぎない。

よく人間は雑食といわれる。しかし、肉食の特徴をより強く持っている。人間に必要な20種類のアミノ酸のうち9種類は自分で合成できず、肉類など動物性食品に依存しているのもその証拠の1つである。また、食品中のコレステロールを一定以上吸収しないようにバリアーがあるのも肉食動物の特徴なのである。

2  肉を食べた国民から順に長寿となった

人類の遺伝子は4〜5万年前から大きくは変化していない。従って寿命が100歳を少し超える能力は昔から持っていた。旧約聖書にも天上ではなく地上の人間の限界寿命は100歳くらいとしている。モーゼは120歳まで生きたとされている。

遺伝子的には100歳まで生きる能力を持つ人類であるが、平均寿命が50歳を超える国民(民族)が出現したのはわずか1世紀前のことであり、それは欧米先進国である。表1に示したのは19世紀後半の世界の年間1人当たりの食肉消費(供給)量である。ここには示されていないがニュージーランドは現在も豪州と同じくらいの肉を消費している。この2つの国がまず平均寿命50歳の壁を突破し、スウェーデン、米国、英国、フランスなどがこれに続いた。当時の死因の8割以上は感染症であり、肉を食べる国民ほど免疫力が上昇し平均寿命が延伸した。

日本は年間3.0キログラムと豪州の30分の1に満たない。この頃の日本人の平均寿命は30歳代の後半に低迷していた。日本人の平均寿命が50歳を超えたのは1947年であり、欧米に半世紀の遅れをとった。



図1にこの100年余りの、日本人の1人1日当たりの動物性たんぱく質と植物性たんぱく質の摂取の推移を示した。かつては大量の米と大豆(主として味噌)から今の1.5倍の60グラムの植物性たんぱく質を摂っていた。一方、動物性たんぱく質は1日3グラムくらいで実にたんぱく質全体の5%を占めるにすぎなかった。



時代と共に動物性たんぱく質は漸増、その分植物性たんぱく質は漸減し、戦後の1979年にちょうど半々になった。この変化は日本人の疾病構造に大きな変化をもたらした。図2に戦後の日本の男性の主要死因別に見た年齢調整死亡率の推移を示した。脳血管疾患(脳卒中)は国民病といわれ、米と食塩の過剰摂取、動物性たんぱく質と脂肪の不足が危険因子となっていた。しかし、動物性たんぱく質の増加と共に死亡率は減少し、1981年には、悪性新生物の死亡率を下回るまでになった。日本人の魚介類の摂取は戦後間もなく良いレベルになった。しかし、脳卒中死亡率の減少には、肉類の貢献がきわめて大きかった。



3 健康寿命を伸ばす肉類

筆者たちは、高齢者の肉類摂取がまだ少なかった20年前に表2に示すような指針を作った。(3)の魚と肉の摂取割合では、現在では、70歳以上でも魚介類3に対し肉類2と、この指針の1対1にかなり近くなってきている。高齢になると肉の割合が多いほど寿命も健康寿命(注1)も延びることを筆者たちの研究は実証している。現在は、この指針を若者や中年者にも用いていただくことを勧めている。

(注1)  健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間。



表3に何をどれだけ食べたら良いかを具体的に示した。基本となる動物性食品や野菜の摂取量は、年代や性別により大きな差はない。ごはん類など主食の摂り方は、性別、年代別によっても大きく異なるので、ここに示していない。



表4に食肉の特長を示しておく。世界保健機関(WHO)と国際連合食糧農業機関(FAO)の決めたアミノ酸スコア(注2)は、牛乳、卵、魚も肉と同じ100である。大豆86、精白米65、小麦粉44を大きく引き離している。同じアミノ酸スコア100の食品の間にも、さまざまな生理活性物質の差がある。肉には、脂肪酸の構成がオリーブ油に多い一価不飽和脂肪酸が多いとか、脂肪を燃焼させる上で必須のカルニチンが多いなどの特質がある。肉を食べると太るなどという迷信があるが、食品への知識不足のためである。肉の種類による差異もある。ビタミンB1は豚肉に、カルニチンや鉄分は牛肉に、抗酸化物質のカルノシンやアンセリンは鶏肉に多いなどである。1種類に片寄らないことが健康寿命の延伸のために肝要である。

(注2)  アミノ酸スコアとは、たんぱく質に含まれる9種類の必須アミノ酸のバランスを数値化したもの。アミノ酸スコアが100の食品は、必須アミノ酸をバランス良く含む食品であるといえる。




(プロフィール)

1965年 北海道大学医学部卒業

1966年 東京大学医学部第四内科医員

1972年 東京都老人医療センター

1982年 東京都老人総合研究所副所長(現 名誉所員)

2002年  桜美林大学大学院老年学教授(現在名誉教授・特任教授)、日本応用老年学会理事長


				

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