調査・報告  畜産の情報 2017年4月号


JA出資型酪農生産法人による酪農生産基盤の維持・拡大
〜北海道標茶町の(株)TACSしべちゃの取り組み〜

札幌事務所 所長 平石 康久



【要約】

 JA出資型酪農生産法人株式会社TACSしべちゃは、ストレス軽減を重視した飼養管理や良質な飼料の生産により、順調に生乳生産を伸ばしている。また、研修生を受け入れ、地域の担い手育成にも積極的に取り組んでいる。

1 はじめに

わが国の酪農は、高齢化・後継者不足などから飼養戸数および飼養頭数が減少するなど、生産基盤の弱体化が進行しており、国は、畜産クラスター事業などを通じて、担い手や乳用後継牛の確保などに対する地域ぐるみの取り組みを支援しているところである。

こうした中、北海道釧路管内の標茶町農業協同組合(以下「JAしべちゃ」という)は、雪印種苗株式会社(以下「雪印種苗」という)および標茶町とともに設立した株式会社TACSしべちゃ(以下「TACSしべちゃ」という)を通じて、草地型酪農によるモデル的な低コスト経営を実践するとともに、就農を希望する研修生も積極的に受け入れている。

本稿では、JA、企業、町が出資して立ち上げたJA出資型酪農生産法人であるTACSしべちゃの酪農生産基盤の維持・拡大に向けた取り組みについて報告を行う。

2 標茶町の酪農の概要

標茶町は北海道の東側、釧路管内に位置し、総面積は東京都の約半分の大きさにあたる1099平方キロメートルの広さがある(図1)。

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同町の気候は、春季から夏季にかけては冷涼で秋季は晴天が続くことが多い一方、冬季の積雪は比較的少なく、平均気温はマイナス10度程度まで低下する(図2)。

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この広大な面積と夏でも冷涼な気候によって、標茶町は酪農に適した地域となっている。

標茶町を管内とするJAしべちゃの平成27年度の販売品取扱実績約200億円のうち生乳は約64%を占めており酪農は町の基幹産業であるが酪農部門の担い手不足は大きな課題となっている。

農林業センサスのデータによると、平成17年から27年の10年間で標茶町の乳用牛の飼養戸数は28%減、飼養頭数は14%減といずれも大幅に減少した。その減少率は、前者が北海道平均を若干上回る程度であるのに対し、後者は道平均の3倍以上となっている(表1)。

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草地型酪農が展開される標茶町では、牛の飼養と飼料生産はセットであり、増頭する場合、相応の草地と労働力の確保が必要となるため、飼料生産の目途が立たないと、離農した酪農家の乳牛は経営を継続する別の酪農家には継承されない。このため、飼養戸数の減少が飼養頭数の減少に与える影響が、他の地域に比べて大きくなっている。

このため、標茶町においては、一定の担い手が確保されることが、同町の酪農の存続において、他の地域にもまして重要な課題であるといえる。

3 TACSしべちゃの概要

このような状況の中、JAしべちゃの組合長である取剛氏は、離農が進み農地を荒廃させることがあってはならないとの強い危機意識を持ち、酪農生産基盤の維持拡大を図るため、草地型酪農によるモデル的な低コスト経営を実践することによって組合員への情報提供を行うとともに、担い手育成も目的とした法人設立を目指し、雪印種苗株式会社(以下「雪印種苗」という)や標茶町へ協力を呼びかけた。

雪印種苗は、次の理由から組合長からの打診に応じることとした。

(1)川上である酪農生産への貢献は、会社として重要なテーマであった。

(2)JAが直接生産現場に乗り出すという、新しい形の担い手が現れると予想していた。

(3)雪印メグミルクグループとして草地改良が経営に与える影響について経営実証調査をしていたこともあり、TACSしべちゃへの出資は経営に参画しながらそれを肌で感じることができる。

(4)TACSしべちゃに職員を派遣し経営に参画することで、生産現場の生の声を聞くことができる。

(5)新規の就農希望者のニーズを把握することができる。

同社は、草を食べさせて牛乳を搾るという根釧地域の草地型酪農について、良い土を作ることが良い草を作り、良い草が良い牛を作ることによって生乳生産量が増加するということが実証できるなら、会社にとっても非常に意義のあると考えている。この視点からTACSしべちゃを、同社のノウハウを生かして実現できる場にしたいと考えたのである。

平成24年8月以降、JAしべちゃと雪印種苗、標茶町による法人設立に向けての検討が始まり、平成25年11月25日、株式会社 TACSしべちゃが設立された。

TACSとは、Town(町)の「T」、Agricultural Cooperative(農協)の「AC」、Snow Brand Seed(雪印種苗)の「S」の頭文字からとっている。

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経営の概況は表2のとおりである。また、初年度(平成27年4月~28年3月)の生乳生産量は1939トンであった。

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雪印種苗は、場長としてベテラン職員を派遣している他、草地の植生調査、収量調査への協力や研修生の各種指導を行っている。飼料給餌のメニューの調整、ミルカーの操作などの適正な手順、牛の健康状態の見極めといった研修生の指導には同社の草地、飼料、牛舎に関するさまざまな専門家を派遣している。

牛舎の建設に当たっても、レイアウトについて積極的にJAしべちゃとともに知恵を出し合った。

また、経営計画についても、同社の知見を生かし、策定に協力した。

このように、JAしべちゃがTACSしべちゃの運営を主導しつつ、雪印種苗の協力を得ることによって、両者がTACSしべちゃの経営を支えていることが、大きな強みになっている。

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(1)ストレス軽減を重視した飼養管理

TACSしべちゃの目的の1つは、組合員の見本となるなような牧場になることである。やり方によって、同地域でも生産量の伸びしろがあるとの考えからである。

まず、ストレスを軽減させるため、牛舎のレイアウトにはこだわった設計を行っている(図4)。育成牛は分娩の2カ月前からずっと同じ牛舎内にとどまることができ、環境変化によるストレスを与えないように工夫されている。また、牛床にはクッション性が優れたマットが敷かれており、牛がリラックスしておうでき、脚にも優しい。また、哺乳舎内に保温室を設けるなど、厳寒期の死廃事故を防ぐような工夫が行われている。

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また、環境の変化により、導入当初に蹄炎が一時期増加した。蹄炎が起こるとエサを食べることがおっくうになり、その結果乳が出なくなり、繁殖成績も悪くなることが懸念される。

そのため、削蹄や1日2回の搾乳時に脚の洗浄などを行うことによって、蹄炎を防止するとともに、蹄炎の原因の1つである蹄病の感染を防止するため、10日に1度の蹄浴の実施などを行い、成果を上げている。また、導入直後に搾乳牛全ての体細胞検査を実施し、その後も、分娩の前後にも全頭を対象に体細胞検査を行い、治療の必要な牛を早期に見つけている。

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当初導入された大部分の搾乳牛は、27年4月に開催された管内の離農セールにおいて購入している。TACSしべちゃは牛が導入による環境の変化でストレスがかからないようにストレスの軽減を最優先として、慎重な取り扱いを行った。

そのために、乳量の増産を図るよりも、牛の安楽性を第1に考え廃用率を抑えることを心がけたという。これにより、乳量や乳質が順調に推移している他、計画では3割を見込んでいた廃用率も、1割未満にとどまっている。

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(2)良質な飼料の生産

標茶町の草地は3分の2が雑草または裸地で占められている。この状態を改善して牧草地から収量を向上させることができれば、いまの経営資源のままでもっと生乳生産量を増加させることが可能である。

このため、草地利用型酪農において重要な課題である草地の植生改善について、雪印種苗の協力の下、デモンストレーションを行い、標茶町に有効と見られる技術の普及に努めている。

例えば、標茶町で行われることのなかった牧草の種子を発芽させずに越冬させるフロストシーディングや、労力がかかることから生産者から敬遠されがちな草地更新について、プラウで牧草地を全面耕起して播種する完全更新の他、根の層(ルートマット)をアッパーロータリーで破砕し播種を行う簡易更新などを実演して、管内の生産者への技術の普及に努めている。

搾乳牛は基本的に3種類のTMRで管理しており、簡素化している。TMRの構成内容も特殊な飼料を使わず簡便な配合としている。これによってTMRを均質に調整することが容易になるうえ、従業員の負担を減らすことができる。その一方、TMRにもちいるサイレージは開封ごとに成分調査をし、粗飼料の栄養価によって濃厚飼料との混合比率を微調整している。

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(3)新規就農者の支援について

TACSしべちゃのもう1つの目的は、新規就農者に対する支援である。

新規就農者に対しては、町の担い手育成協議会(以下「協議会」という)が手厚い支援を行っているが、TACSしべちゃは特に技術的なサポートを中心に行っている。

新規就農を目指す研修生はTACSしべちゃで酪農家として必要な搾乳、給飼、除糞、出産介助、子牛管理、草地管理といった技能や心構えを、実際の作業を行いつつ学ぶことができる。搾乳施設については、ロータリーパーラーではなく、就農後の利用が予想されるパラレル(ダブルアップ)パーラーを使っている。

また、研修生は2年間の研修期間中、協議会から毎月15万円程度の給料が支払われるとともに、以前、教員住宅であった建物を宿泊施設として利用できる。協議会による月2回程度の座学も受講可能である。

研修後は、北海道農業開発公社や標茶町の事業を利用して、離農した一部の酪農家の農場や施設を継承することができるが、離農者が出てもその農家の設備や環境が、希望と合致しない場合、ヘルパーとして経験を積みながら、就農を待つことになる。JAしべちゃも営農継続について組合員にアンケートを実施し、近い将来、離農もしくは経営中止を考えている生産者には個別に接触し、研修生への円滑な継承に努めている。

さらに、研修者は放牧酪農を希望することが多いことから、平成29年4月から就農前1年間自ら経営を実践できるように、TACSしべちゃの分場として、40頭程度の飼育頭数で放牧酪農ができる農場が用意される予定である。

こういった形で、可能な限り研修生の希望を尊重する形で継承が行われるような配慮がなされている。

指導役の職員は単に研修生に作業を教えるだけでなく、「なぜこういう作業を行うか」という問いかけを行い、作業を行う意味も理解してもらうよう心がけているということであった。

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(4)今後の見通し

機械と乳牛の償却費があるため、単年度で黒字化するのは設立から数年かかる見込みであるが、順調に生乳生産量を増やし、経営を進めている。

順調な要因として、相座副場長は、次の3点を挙げている。

ア 粗飼料の調整がうまくいき良質な飼料を確保できた

イ カウコンフォートを充実させることにより、乳牛の疾病が少なかった

ウ 酪農に対して高い意識を持つ職員や研修生を受け入れることができた

ウについては、自分たちの農場を経営するように、午後10時に見回り、出産の兆候が見られたら見回りを増やし、難産のときに分娩の介助をしたため、分娩時の事故が少なく、生まれた子牛の世話もできるので子牛の事故率が低かったことにも現れている。

4 おわりに

TACSしべちゃは2つの目的のうち、1つ目の目的である、組合員に対して経営の見本となる牧場となることについては、雪印種苗のノウハウを生かした粗飼料主体の飼養管理を行うとともに、組合員への技術指導を行い、波及効果を生み出すことに成功している。

2つ目の目的である新規就農者に対する支援(担い手の育成)では、現在、研修中の第1期生である夫婦1組(2名)が平成29年度に町内で就農する予定であり、結果が出ようとしている。

TACSしべちゃの今後の活動が、標茶町の酪農家戸数、乳牛の飼養頭数の維持・拡大につながることに期待したい。

最後になりましたが、今回の取材にあたり、御協力いただきましたTACSしべちゃ相座誠取締役副場長、雪印種苗株式会社トータルサポート石井耕室長、同影浦隆一次長および関係者のみなさまに感謝申し上げます。


【参考】

石井耕、清水友「株式会社TACSしべちゃの紹介」牧草と園芸第63巻第5号(2015年)

龍前直紀「TACSしべちゃ、初年目の取組み」牧草と園芸第64巻第4号(2016年)

龍前直紀「草地酪農を目指すTACSしべちゃの取り組み」2016年1月29日講演 広報酪総研No.21-4

大竹匡巳「JAや民間企業出資で大規模酪農新型出資が北海道全体に波及効果」日本政策金融公庫AFCフォーラム2016年10月号

(株)TACSしべちゃニュースリリース 平成28年11月21日


				

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