特集:生産基盤の強化に向けて  畜産の情報 2017年2月号


酪農経営の安定的な発展に向けて
〜酪農ヘルパーによる担い手の確保・育成〜

一般社団法人酪農ヘルパー全国協会 事務局長 佐藤 千秋



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1 酪農ヘルパーの仕事

酪農は、乳牛を育てお産させることによりその乳牛から生乳を搾り、その生乳を販売することにより経営が営まれている。この生乳を毎日、搾らないと乳牛は乳房炎などの病気になりやすく、このため、酪農は搾乳や給餌などの作業を1日も欠かすことができない周年拘束性の強い産業である。

特に家族経営の酪農家にとって、病気やけがのときや冠婚葬祭などの休日を取りたい場合、代わって作業する人を確保することが不可欠となっている。

このため酪農ヘルパーは、酪農家が都合により搾乳作業や給餌作業を休むときに、安心して休めるように代わって作業を行うことにより、酪農家を支えている。

酪農家を支えるため、図1のようにさまざまな組織や専門家がいるが、その中の一つに酪農ヘルパーがあり、その酪農ヘルパーが所属する組織が酪農ヘルパー利用組合(以下「利用組合」という)である。利用組合の形態には、会社組織や農協組織などがある。

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酪農ヘルパーは、依頼があった酪農家の搾乳時間に合わせて牛舎を訪れ(このことをしゅつえきと言っている)、酪農家の代わりに搾乳などの作業を行っている。

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一般的な酪農ヘルパーの仕事の流れを次の図2に示したが、この作業体系は利用組合によって異なり、作業開始時間や作業時間は個々の酪農家により異なっている。

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図2の「夕朝出役型」では、夕方から作業が始まり午後8時の終了後にいったん帰って、翌朝、再び作業が始まり午前9時の終了までを1日としているが、「朝夕出役型」は朝の作業に始まり夕方の作業で終了する。

また、酪農ヘルパーは、乳牛の飼養形態や管理方法、飼料給与手順、搾乳機器などが酪農家によって異なることから、また、乳牛の健康状態や注意事項など依頼酪農家との事前打ち合わせが大切である。

酪農ヘルパーの1日は朝夕それぞれ3〜4時間ずつの1日6〜8時間程度の労働が多く、日中は自由時間としているところが一般的である。

この自由時間を利用して、酪農家を訪れ新規就農に向け酪農の勉強をされている方もいれば、その地域の人々との交流を深めたり、絵画の制作やスキーやサーフィンなどの活動時間に充てている方もいる。

酪農ヘルパーになって活動したいと思う方は、是非、一般社団法人酪農ヘルパー全国協会(以下「全国協会」という)のホームページを開いて「酪農ヘルパーガイド」⇒「酪農ヘルパー募集情報」を開くと全国の利用組合からの募集情報が掲載されているので、アプローチしてみてほしい。

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2  酪農ヘルパーの歴史と補助事業の経過

1960年代前半は、酪農家は全国で40万戸以上あり、1戸当たりの飼養頭数も平均3頭程度で、もし酪農家が病気やけがなどで作業ができなくなったときには、近隣の酪農家同士が「い」のような相互扶助により対応ができていた。

しかし、1970年代に入ると、酪農家戸数の減少と個々の経営規模拡大が進む中、乳牛の泌乳能力向上や飼養管理技術向上により周辺酪農家に安易に頼ることが困難になってきた。

また、この頃に他産業並みに休日を確保しよう、労働時間を短縮しようなど労働負担の軽減目的、冠婚葬祭時の緊急時利用から研修会への参加などの計画的な休日利用を確保する機運が広がり、「酪農家が集まり酪農ヘルパーを恒常的に雇用する」という発想で、専任の酪農ヘルパーを共同利用する酪農ヘルパー組織が全国各地で設立され活動するようになった。

このような情勢を捉え、農林水産省により1990年に全国的な酪農ヘルパーの普及啓発、定着を図るための補助事業として「酪農ヘルパー事業円滑化対策事業」が創設され、この事業が今日の酪農ヘルパー事業発展のいしずえとなるとともに、酪農ヘルパー事業の普及と充実を図ることを目的に全国協会が設立された。

酪農ヘルパー事業が展開する過程で補助事業の拡充・見直しが行われ、現在は、傷病による長期にわたる利用に対する支援、酪農の担い手となる酪農ヘルパーの人材育成の支援、酪農ヘルパー組織の強化に資するため「酪農経営安定化支援ヘルパー事業(以下「安定化事業」という)(独立行政法人農畜産業振興機構の補助事業)が実施され、酪農ヘルパー事業の普及に寄与している。

酪農ヘルパー制度を定着させることにより、酪農経営に不可欠な経営支援組織として酪農ヘルパーが地域農業の担い手の育成、農村の活性化に大きな役割を果たしてきたといえる。

3  酪農ヘルパー利用組合と酪農ヘルパーの現状

安定化事業の一環として、全国協会が、毎年8月に全国の利用組合から前年度の酪農ヘルパー利用状況について報告を受けて、「酪農ヘルパー利用実態調査」としてまとめている。

平成28年8月調査によると、酪農家利用戸数、酪農ヘルパー利用日数、酪農ヘルパー員数などは次のとおりである。

(1)利用組合数と利用参加酪農家戸数

表1に示したように、和歌山県を除く全国46都道府県に303(北海道88、都府県215)の利用組合があり、これらの利用組合に、1万1943戸の酪農家が参加している。

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農林水産省の畜産統計(28年2月現在)によると、全国の酪農家戸数は1万7000戸(前年比4.0%減)、303利用組合のエリアには酪農家戸数は1万5109戸あるが、北海道で1割弱、都府県で3割弱の酪農家が利用組合に未参加となっている。

利用組合に参加しない理由として、法人経営であり社員や従業員を雇用しているから酪農ヘルパーは不要という酪農家や、飼養頭数が少ないため1頭当たりの酪農ヘルパー利用料金に換算すると割高と考える酪農家もいる。

しかしながら、家族経営の酪農家にあって傷病時の搾乳作業を想定すると、従業員が少数雇用の酪農家や飼養頭数の少ない酪農家にとっても、セーフティネット機能を持つ酪農ヘルパー制度への参加が必要と思われる。

(2)酪農家の年間利用日数

年間利用日数別に利用農家戸数の割合を見ると、表2(平成27年度実績)に示したように、全国の利用農家のうち、年間利用日数が12日以上(月1回以上の休日確保)は65.0%(北海道59.8%、都府県69.2%)であり、そのうちの半分程度の農家が月2回以上の休日を取得している。

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この年間利用日数について、利用農家1戸当たりの利用日数を年度別に表3に示した。

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27年度に酪農ヘルパーを利用した酪農家は、利用組合参加農家の約9割であり、年間利用日数は21.8日であった。24年度以降、年間20日を超えて推移している。月平均に換算すると7年当時の月1日休日取得から2カ月に3日以上取得するようになった。

利用日数が増える背景として、当初は冠婚葬祭などの利用目的が多かったが、現在は研修会への参加や家族旅行などの利用目的も増えてきている。さらに酪農家の病気やけがなどに対応した傷病時利用がこの10年間で2倍近くになっている。

今後、酪農家の高齢化や作業機械の大型化などに伴い、酪農家のセーフティネットとしてさらに増加する傾向にある。

このように、酪農家の年間利用日数は年々増加し今後も利用の要望が多くなると思われるが、一方では、酪農ヘルパー要員の維持確保が厳しい現状において、酪農家の要望にどこまで応えられるかが課題となっている。

(3)酪農ヘルパー要員数

全国の利用組合などに雇用され働いている専任ヘルパーは1082名(前年比2.8%減)、利用組合からの要請により不定期に出役する臨時ヘルパーは913名(同4.7%減)が登録されている。

1利用組合当たりの酪農ヘルパー要員数は、表4に示したように、全国平均では専任ヘルパー3.6名、臨時ヘルパー3.0名の6.6名となる。酪農ヘルパー要員数が最も多かった平成17年と比較すると、当時は利用組合数も多く1利用組合当たりの専任ヘルパーは3.6名と変わりはないものの、臨時ヘルパー要員数は大きく減少している。

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臨時ヘルパーの減少は、出役計画確定後に発生した病気やけがなどの緊急的突発的出役要請に、柔軟な対応ができにくくなるため、各組合とも頭の痛いところである。

専任ヘルパーや臨時ヘルパーの担い手は、当初は、酪農後継者が実家の経営に携わる前の実践研修の場として、数多くの方々が活躍していた。しかしながら、酪農家減少や後継者不足だけでなく、個々の酪農経営規模の拡大とともに、就学終了後、直ちに親元の牧場の手伝いをする方が多くなっていることも減少要因になっている。

結果、酪農ヘルパーの担い手は年々非農家(実家が農家ではない家庭)出身の方が多くなっている。このため、各利用組合では専任ヘルパーとして安心して働けるように、利用組合内外での新人ヘルパー研修の強化を図るとともに、労災保険・雇用保険・健康保険などの社会保障の充実に努めており、北海道で100%整備され、都府県でも整備されつつある。

4  酪農ヘルパーからの優良事例発表大会について

全国協会では、平成14年から独立行政法人農畜産業振興機構の補助事業で、酪農ヘルパー事業の普及・啓蒙推進の一環として優良事例発表大会である「酪農ヘルパー事業中央研究会」を毎年12月に開催している。

一昨年(27年)は、岡山県にある公益財団法人中国四国酪農大学校(全国協会が実施している酪農ヘルパー養成技術研修の開催場所)の副校長から、卒業生のほとんどが酪農畜産関係に就職されている中、最近の卒業生を取り巻く課題や要望、人を生かす重要性について講演があった。

事例発表として、千葉県の南房総みるく酪農ヘルパー利用組合の女性専任ヘルパーから、女性ヘルパーとしての活動報告とこれからの希望について、鹿児島県で柔道整復師であった夫が酪農経営を目指し、夫婦ともに酪農ヘルパーとなって牧場を取得し新規就農するまでの経過が発表された。

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また、北海道農業協同組合中央会酪農畜産課長より北海道酪農ヘルパー事業推進協議会の昨年度(27年度)からの新たな取組として、全道の各利用組合と協力して実施した「酪農ヘルパー体験ツアー」を通じて、酪農現場を知って、酪農ヘルパーという仕事を体験してもらい、将来の酪農ヘルパーや新規就農に関心を持っていただくきっかけ作りの説明があった。

今年度(28年度)は、千葉県中央家畜衛生保健所の家畜防疫獣医師より、酪農ヘルパーが酪農家に出役する際に気を付けるべき家畜衛生防疫の心得として、実際に酪農家に出役するときに注意を払うべきポイントを分かり易く説明を頂いた。また、28年4月14日と16日に発生した熊本地震時における熊本県内の酪農家の被害状況を事務局である熊本県酪連指導課より、実際に活動された専任ヘルパーから地震発生後の酪農ヘルパー活動について報告があり、震災時の危機管理の重要性が訴えられた。

北海道宗谷南酪農ヘルパー利用組合で酪農ヘルパーと事務局を兼務されているベテランヘルパーから、酪農ヘルパーが活動しやすい環境を作ることが新人ヘルパーの定着化につながるとの経験から、酪農家と酪農ヘルパーをつなぐ活動について説明があった。

また、オホーツクはまなす農協管内の町に新規就農した元酪農ヘルパーから、酪農ヘルパーから新規就農に至るまでの経過と就農してからの仲間とのつながりが発表され、これから新規就農を目指す方々へのメッセージが発信された。

この発表会には毎年100名程の方が全国から東京に参集し、発表者と参加者との意見交換を行うとともに、酪農ヘルパーとして長年勤めた方への酪農ヘルパー全国協会会長表彰も行われている。ぜひ読者も足を運んでいただけると幸いである。

5 酪農ヘルパーから新規就農へ

酪農ヘルパーは、優良発表事例発表にもあったように新規就農の受け皿ともなっていて、酪農ヘルパーとなった方の中には自ら酪農経営を始めるための準備期間と考えている方もおり、毎年、数名の酪農ヘルパーが新規就農者として誕生し、新たな酪農家として活躍している。

表5は酪農ヘルパー利用組合から報告があった方のみであり、酪農ヘルパーから研修農場などで研修されて就農された方を含んでいないことから、酪農ヘルパーを経験され新規就農された方はもっと沢山いると思われる。

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新規就農するにも親元の酪農を継ぐにも、酪農経営技術の習得は不可欠である。

酪農ヘルパーは酪農家の一番近くにいて、日々の業務就業を通して家畜飼養管理技術を身につけ、1つの牧場だけでなく、たくさんの酪農家に出役することにより、多種多様な酪農経営や技術を学ぶことかでき、このことは就農するときの経営に生かすことができる。

また、酪農ヘルパー就業中に酪農ヘルパー同士で結婚して新規就農を実現する方もいれば、酪農家後継者や子女と結婚して酪農後継者となる若者も沢山いて、結婚を通した酪農の担い手確保にも酪農ヘルパーは大きな役割を果たしている。

6 おわりに

平成27年3月に公表された、新たな「食料・農業・農村基本計画」によると平成37年度における生乳生産量の目標は750万トンとしている。これを達成するためには現状の生乳生産量を維持する必要がある。

酪農家にとって、休日確保目的だけでなく病気やけがなどによる緊急時にも対応してくれる酪農ヘルパー制度があることにより、安心して働くことができ、酪農経営に大きな支えとなっている。このことが、酪農の継続性につながるものと考える。

また、若い子育て中の酪農家にとっては家族旅行や子育て仲間との交流のための休日取得が可能なことは大きな楽しみであり生活のリズムにもなっており、酪農ヘルパーはいたら助かる存在から経営維持のため必要不可欠な存在になっている。

酪農生産基盤強化のために、酪農ヘルパー制度は必要な制度であり重要な役割を担っていると考える。

年々、酪農ヘルパー利用日数が増加している中、その担い手である酪農ヘルパーを確保・育成するために、酪農家だけでなく農協を始め酪農関係団体や行政機関などの更なる力強い支援が望まれる。

最後に、自然の中で、栄養豊富な牛乳を供給してくれる大きな動物との心の触れ合いにあこがれる貴方、酪農ヘルパーとして力を発揮してみませんか?大いに歓迎します(図4)。

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(プロフィール)

昭和51年3月  岩手大学農学部畜産学科卒

昭和52年4月  全国酪農業協同組合連合会 入会

平成18年8月  全国酪農業協同組合連合会 総務部品質保証室長

平成22年6月  椛S日本農協畜産公社 専務取締役

平成27年2月  (一社)酪農ヘルパー全国協会 事業第一部長

平成27年7月から現職


				

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