特集:生産基盤の強化に向けて  畜産の情報 2017年2月号


北海道根室地域の酪農における試験研究と技術普及の現状と方向

畜産・飼料調査所 御影庵主宰 阿部 亮



【要約】

 北海道草地型酪農における試験研究と技術普及の状況を根室農業改良普及センターと根釧農業試験場で聞き取り調査を行った。地域の諸課題に向けて試験場では個別技術と体系化技術について最終的にはマニュアルを作る事を目標として基礎的な研究と応用的な研究が実施され、普及組織では活動地域を重点化し、年次的に目標を定めながら、そこで成果を上げ、それを地域全体に波及してゆくという手法が採られていた。また、課題の解決に当たっては、地域内の関係機関と役割分担を決めながら連携協力している姿が確認できた。

1 はじめに

北海道根室管内は日本の最東端に位置する。いわゆる根釧原野と称せられた地域に昭和31~39年の間に根釧パイロットファーム建設で360戸が別海町に入植し、48~58年にかけては新酪農村建設事業で約1万5000ヘクタールの農地造成と約200戸の入植・移転が行われ、草地型酪農地帯としての基盤が築かれてきた。平成26年度の根室管内の生乳出荷戸数は1233戸であり、27年度の生乳生産量は78万6800トンで、これは国内生産量の10.6%、北海道内生産量の20.2%を占めている。

現在、乳牛頭数や酪農家戸数といった生乳生産基盤が減衰傾向にある中で、この流れを止め、持続的な経営形態を維持し、推進してゆくためには、政策的な面での支援と技術的な面での向上がともに必要である。そして、後者については、地域の試験研究機関と普及組織の役割が大きく、その力が地域の技術基盤の厚さを増し、そこから発せられる技術情報を酪農家が取り込むことによって経営の改善が図られ、酪農家経済の安定と向上に寄与する。その場面での貢献が期待される試験研究機関と技術普及組織はどのような活動をしているのだろうか、28年9月13日に別海町の根室農業改良普及センターと中標津町の根釧農業試験場を取材し、活動状況をお聞きした(図1)。質問(Q)と回答(A)の問答形式を主体に、その内容をお伝えする。

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2 根室農業改良普及センター(佐藤公之所長)

<根室農業改良普及センターの概要>

根室振興局管内5市町村を管轄下において主に酪農関係の技術普及・指導を推進している。本所を別海町に、中標津町に支所を置いている。平成28年度の普及に関わる職員数は26名であり、担当地域を決めた地域班と管内一円を活動対象とする広域班の二部門の体制を布いている。広域班の活動内容は、担い手、クリーン・有機、高付加価値化である。27年4月1日~28年5月15日までの間に、日本農業新聞、北海道新聞、釧路新聞に27の活動事例とその内容が紹介されている。

Q1 根室地域の酪農における現在の経営と技術の課題として重要であり、喫緊の解決が必要なものとして、どのようなことがありますか。

A まず、自給飼料です。米国のトウモロコシ相場は直近では低下傾向で推移しているものの、配合飼料の価格は以前と比べて高い状況にあり、その影響で物材費に占める飼料費の割合が高くなり生産コストを上昇させていますから、それを下げるためには、この広い草地基盤をいかに有効に活用してゆくかが重要な問題です。そのためには、サイレージの栄養価を高め、発酵品質のよいサイレージを作り、それを十分に摂取させるということが重要になります、私達はそのための技術的な支援をしなければなりません。それと自給飼料ではトウモロコシサイレージの安定的な生産が求められています。ここはトウモロコシ栽培の限界地域と言われているのですが、それが何とか作れる状況になってきています。土作りとか、マルチ栽培によるもので、根室管内のトウモロコシ作付面積は現在2264ヘクタールに拡大してきていますが、まだまだ安定生産に向けた品種の選定や病害虫対策などの栽培管理技術の課題があります。

次に生産基盤が老朽化しているという問題があります。それによって生産力が下がっている、そこを脱皮してゆく、そのバックアップをしてゆくためには地域の支援システムを構築してゆく、コントラクターとかTMRセンターの充実ですね、それが求められているという状況です。それともう一つ、一頭当たり乳量は伸びているんですが、施設の老朽化と未熟な飼養管理技術による疾病、特に周産期病や子牛の事故率が高い農場が多くあることです。こういった農場に対しては技術のレベルを高める取り組みが必要です。

 

Q2 そのような問題に対してどのような仕組みで取り組まれているのですか。

A 私達根室農業改良普及センターでは重点普及課題というものを掲げてやっています。そこを中心に重点活動するという形です。重点普及課題というのは、地域内での緊急度、重要度の高い課題に普及活動を重点化し、計画的、持続的に濃密指導・支援を進める課題です。そして、そこでの課題は地域に共通するものであることが要件となります。草づくりであったり、サイレージ調製であったり、施設の老朽化であったり、飼養管理であったりします(写真1)。そして、普及支援をすることで生産構造の改善に資することが期待できる課題です。そこで得られた成果は、管内の地域全体に広く波及させてゆかねばなりません。そのためには、市町村や農協など地元関係機関と重点普及課題の取り組みを共同で行い、活動成果を共有することになります。

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Q3 表1に重点普及課題を示しましたが、その一つを紹介して下さい。

A 根室市歯舞地区の9戸の酪農家に対しての普及課題、「人が残り、地域が残る持続可能な農業の確立」を紹介しましょう(表1)。この地域は、「施設の老朽化が進み、今後施設投資が必要となる経営が多い」、「子牛の事故率が根室市平均より高い」、「農作業受託組織がなく、家族労働による粗飼料収穫作業を行っており、収穫期間中の労働過重、適期収穫が難しいという課題を抱えている」、「若手経営主や後継者を中心に施設投資への意欲が急激に高まっており、農業生産システムの再構築の必要性を感じており、普及センターに支援を求めている」といった特徴をもっています。ここでの重点推進項目として大きく二つを掲げています。一つは「後継牛確保に向けた取り組み」で哺育子牛の事故率の低下を目指して、哺育牛の飼養管理の実態調査、暑熱対策の情報提供、哺育管理担当者研修会の実施、哺育管理の改善への取り組みを行っています。もう一つの柱が、「将来構想の樹立」です。この課題では、今後の経営方針や将来構想について各酪農家に聞き取り調査を行い、生活設計を踏まえた中長期の酪農経営計画について、家族全員が出席の中でJAの助言を受けながら検討しています。また、お話ししましたように農作業受託組織がこの地域にはありませんし、今後さらに労働力の不足が懸念されますから、TMRセンターやコントラクター組織などの農業生産システム構築の可能性について、若手経営者や後継者を中心にJAとともに検討を開始しております。

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Q4 どのような方法で進めてゆくのですか。

A 酪農家への個別巡回、研修会、検討会をテーマごとに行ってゆきますが、それとは別に地域限定FAXを月1回以上、酪農家に配信しています、この中では、技術情報の他に巡回時の出来事を記述することで、酪農家とのコミュニケーションが深まり、この活動の狙いや内容についての理解が深まってきています(写真2)。

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Q5 重点普及課題の他に根室農業改良普及センターのお仕事には何がありますか。

A 重点普及課題というのは地域を定めて、そこの背景を踏まえて技術と経営で解決すべきことを重点化し、その成果を他地域に広く波及させてゆくものですが、そうではなく根室地域全体の問題を広域的に捉え、酪農の持続性を図ってゆくという性質の取り組みがあります。「広域推進事項」と言っております。今は「地域農業を支える多様な担い手の育成・確保」を課題として掲げ、「地域のリーダーとして活躍できる青年農業者の育成」、「地域において活躍できる多様な世代の女性農業者の育成」、「新規就農者や参入希望者の経営の早期安定による地域への定着強化」、「地域営農支援組織の持続的な安定経営と運営」を目標として、管内連絡協議会、会員交流会、青年農業者会議、農学ゼミナール、営農技術講座、農業者間交流会、TMRセンターネットワーク活動などを支援しております。

その他に、病害虫に対する効率的な防除方法の確立や耕種的な防除技術の確立を目指した畑作物に関するクリーン農業の実施にもあたっていますし、農畜産物の高付加価値化では、特に乳製品加工を指向している人に対しての情報提供や加工についての技術支援も行っています。また、私達の活動や仕事の成果を皆さんに伝達するための広報活動が非常に大切で、これによって地域の人達が情報を共有することができます。ですから、「普及センター便り」、「ホームページ」、「営農改善技術資料」、「JAだより(技術のコーナー)」や各種の技術情報を皆さんに提供しています。

Q6 根室農業改良普及センターの人は酪農家にどのように接近し、交流・支援をしているのでしょうか。

A まず、先にお話ししました重点地区での重点普及課題については、農業者や関係機関と十分な合意形成を図りながら計画的に普及活動を展開しています。今は、多様化する農業課題に対し限られた人員での効率的、効果的な活動が求められます。

根室農業改良普及センター職員が闇雲に前触れもなしに、「どうですか、何か問題はありませんか」と目的もなく酪農家を訪れることはあまりしません。酪農家の方から牛の調子が悪いので飼料を見てくださいとか、乳質に問題が出てきたので搾乳手順を指導して下さいというような要請にはお答えしています。それから、個人ではなくてJAの青年部から、例えば、搾乳ロボットの勉強会を開いてくださいというような要請もあります。「搾乳ロボットの導入を考えているのだけれども、メーカーだけの話を聞いても良い話しか聞けない、施設の考え方とか、飼養管理など総合的な面から根室農業改良普及センターの整理した話を聞きたい」というような要望です。私達は上で述べましたような普及活動と同時に調査研究ということも仕事にありますから、今、関心の高い搾乳ロボットについても知識と情報の蓄積を行っていますので、それを講習会の中で生かしております。

また、酪農家がグループで視察に行くことがありますが、そのような時に、搾乳ロボット、乾乳牛舎、育成牛舎、フリーストール、良質なサイレージ調製のそれぞれで、何処の農場に行ったらよいかを教えて下さいというような依頼もあります。

Q7 JAとの連携はどのような形で行われていますか。

A TMRセンターの設立検討会、哺育センターの設立検討会、草地の植生改善プロジェクト、農協の経営安定生乳増産プロジェクトなどの定期的な会合に参加して協議をし、役割分担をしながら、それぞれの事業を支援する形が一般的ですね。やはり、根室管内は草地型酪農ですから、植生改善プロジェクトにはJAも力を入れています。それは草地の計画的更新だとか、適正な施肥を行いながら良い草を採ろうという取り組みです。それからJAが行う経営安定のための生乳増産プロジェクトへの参加がありますが、これには飼養管理の見直しが含まれます、しかし、その解決に当たっての課題や手法は一様ではありません、ここは乾乳期の管理だとか、ここは乳質の改善だとかですね。ですから、それぞれの農家が抱えている問題点を取り上げ、支援するという形をとっています。そうすることによって、伸びしろのある経営に向上させ、ひいては、それがJA全体の生乳生産の増加につながってゆきます。それと、最近の問題としてサルモネラ症が多くなってきています。これは緊急に解決しなければならない問題ですから地域の機関が連携して取り組んでいます。JAは牛舎の消毒、農業共済組合は牛の治療、家畜保健衛生所は採材と細菌検査、普及センターは発生経路の特定と飼養管理対策です。

Q8 根釧農業試験場との連携はどうですか。

A 根釧農業試験場は場内だけではなく、現地の酪農場での実証的な試験を展開されています。その際に必要なことで、試験場では情報を持ち得ていない事柄ですね、それを支援しています。例えば、実証農家の選定や調査シート作成へのアドバイスなどです。

 また、試験研究機関で開発された新技術を私達の仕事につなげてゆくための「新技術伝達研修」というのが年に一回開催されます。私達はその中で、その春に普及奨励や指導参考に指定された研究成果について勉強し、現地に生かしてゆくための検討を行っています。

 根釧農業試験場には研究と普及を繋ぐために2名の普及員が常駐しています。

Q9 道内の他の地域で普及センターの職員数の減少の話をよくお聞きするのですがこちらはどうですか。

A 減少してきています。平成7年には根室管内に41名の職員がいたのですが、それが18年には34名に、27年には26名になっています。このような流れの中で普及活動の重点化が行われてきました。限られた人数で効率的に成果を上げるためには、重点的な取り組みが必要だ、そして、そこで得られた成果を他の地域に波及させてゆく、それが私達の採っている対応です。それと、先ほどから申しあげているように多様・多彩なニーズがありますから、職員の資質の向上が重要となってきます。個別の問題に対する指導力や総合的な指導力に優れた普及指導員の配置を心がけています。そのためには常に次世代を養成しておかなければなりません。そこで必要なこととして、私はOJT(On the Job Training)が大切だと思っております。現場で優れた先輩の姿を見せながら、実力をつけさせる、若い普及員を育てる、技術者として育てる、それを日常的に行っています。

Q10 普及指導員の理想像をどのようにお考えですか。

A 多くの人達とのコミュニケーションがしっかりと出来ることがまず一番に必要だと思います。技術だけでは人は付いてこない、地域の中にいかに溶け込むか、コミュニケーションがうまくとれて、現場に入っていって、会話を通じながら、農家の立場に立って、地域の問題を考えてゆく視線・目線が大切だと思い、そういう普及員になってもらおうという教育を若い人達にはしています。その場合の教育の形はチームです。今は一人の力ではどうにもならないという問題が多い。チームの中で役割分担をしながら、現場に入り、その中でOJTもやってゆくという形を採っています。

3 根釧農業試験場(草刈直仁場長)

<根釧農業試験場の概要>

地方独立行政法人北海道立総合研究機構農業研究本部根釧農業試験場として北海道の乳牛と草地・飼料作物の研究を担っている。オホーツク海に近い中標津町に位置し、278ヘクタールの広大な面積の中で155頭の乳牛を飼養し、24名の研究職員、20名の技術職員、2名の普及指導員が研究と技術普及の任を担っている(写真3)。その歴史は古く、昭和2年に国の試験場の支場として設置され、25年に道立の試験場となり、平成22年に独立行政法人となっている。現在の研究体制はグループ制をとり、飼料環境グループ、乳牛グループ、地域技術グループの3つを持っている(図2)。28年度に推進されている研究課題は表2に示す42課題であるが、研究成果の公表を26年度の年報に見ると、内外の学術雑誌に4、学会・研究会での発表が20、酪農雑誌などへの寄稿が53あり、その他に道内各地で行われる技術・経営に関わる研修指導への講師派遣が数多く見られる。根釧農業試験場の掲げるスローガンは、「人と牛と環境にやさしい酪農をめざして」であるが、その中のキーワードには、地域農業の活性化、省力・低コスト、高品質自給飼料の生産、資源循環と環境調和、安全でおいしい牛乳・乳製品、乳牛の健康増進、新技術の普及と実証がある。

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Q1 平成28年度に実施されている研究課題の数は42ありますが、その経費区分はどうなりますか。

A 北海道立総合研究機構(以下「道総研」という)内の交付金が38%、北海道からの受託研究が5%、公募型の競争資金が38%でこの中には文部科学省の科研費課題が3つ含まれています。それから民間会社などとの共同研究が5%、そして民間会社や農業団体などからの受託研究が14%という割合になります。

Q2 公募型や受託研究は別として交付金を中心とした研究課題の選定というのはどのような形で行われるのですか。

A 試験研究に対するニーズ調査が北海道農政部(農政部)と各振興局、それから道総研でそれぞれに行われます。農政部が行う調査では農業団体や農政部各課の要望が集約されます。各地域の振興局が行う調査では地方自治体や農協からのニーズも出されますが、多くは農業改良普及センターからのニーズが集約されます。もう一つは、道総研が行うニーズ調査があります。道総研には農業研究本部(以下「農研本部」という)を含め6研究本部のもと22の機関がありますが、ここでも農業を含めた各分野のニーズが集められます。それらのニーズは試験場に回ってきますが、試験場ではそれら全てに回答するとともに、取り組まねばならないニーズを選定します。その後、農政部と農研本部の合同の委員会である北海道農業技術推進委員会で重点実施項目が決定されます。それを基礎として7月に新規課題検討会が各部門ごとに開かれます。各部門からの新規課題が農研本部に集約され、優先順位を付け、予算の範囲内で新規課題が決定されます。それが9月末くらいですね。

 試験の開始は翌年の4月からになりますが、その前に設計会議というのがあり、修正すべきは修正し、新年度から試験が始まります。試験期間は3年というのが多いですね。

Q3 冒頭の概要にも書きましたが、年報で拝見致しますと学会・研究会や種々の専門雑誌への発表、そして、研修指導など、試験研究成果の広報を熱心に行っておられます。

    今お聞きしたニーズ調査から始まる試験研究の成果は道内のシステムとして、どのような形で成果の伝達が開始されるのでしょうか。

A 毎年1月に北海道農業試験会議・成績会議というのが開催されます。終了課題の成績が検討され、指導参考事項とか普及奨励事項などの評価が下されます。それを受けてまず最初に普及センターの職員を対象に新技術の伝達研修が行われます。それから農政部の主催で農業新技術発表会が札幌で開かれますし、畜産技術連盟の主催で畜産新技術発表会も札幌で開かれます。これが成果公表のスタートですね。その後、各地域の振興局ごとに地域版の新技術発表会が開かれます。

Q4 試験場で開発された新技術を酪農家の経営にどう生かされていますか。

A 試験場内の乳牛を使って試験をし、成果を出して、普及センターにそれを伝達しただけではなかなか普及しない場合があります。酪農家それぞれに独自の生産体系がありますから、開発した技術がすんなりと導入される所は限られてきます。新技術をアレンジしたり、農家の体系に組み込むような工夫をしなければなりません。そうなると現地に入って、その技術を入れて、実証しながら、それを周辺の農家に見せながら、ということをしなければ新技術が浸透しないということで、現地実証を増やしています。そうしますと、場内の仕事もありますから、オーバーワークになりかねない。ですから、場内の牛を減らすという方策を採らざるをえないのです。現地試験をこのような意味から増加させるという計画で現在の乳牛頭数155頭を最終的に、平成31年には120頭まで減らす予定でいます。

 現場の技術職員も現地での仕事のサポートを行っています。外での仕事は牛を押さえつけるなどの力技が必要で、研究員だけで仕事をするのは大変ですので現場の技術職員も一緒に行きます。今の現場の職員は昔のように労務職ではなく技術職です。独立行政法人となってからは技師という職種で採用しています。ですから、人工授精師の免許を取らせたり、削蹄師の免許を取らせたりといろんな技術を習得してもらっています。実際に削蹄の講習会に行って削蹄の実技を見せるのも、削蹄師の免許を持っている現場スタッフがやっています(写真4)。新技術を普及させるために、今言いましたようなことを行っていますが、それは普及員の仕事ではないのか、と言われたりもします。しかし、研究と普及の狭間というのがあって、どちらも、それは研究だとか、いやそれは普及だとかと言っていると、その溝は埋まらないですから、やはり現地に行って、成果が広まるまでのとっかかりまではやらなければならないということで頑張っています。

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Q5 今のお話に関連しますが、人の数は昔と比べてどうですか。

A 研究職員の数は今から10年前の平成18年が30名でしたが現在は24名と20%減少しています。

Q6 農業改良普及センターとの連携協力はどのようですか。

A 一つは後でお話ししますが、今年から始まる乾乳期管理の重点研究では普及センターの協力を得ながら仕事を進めています。それと、メドウフォックステイルという黒穂のやっかいな草地強害雑草がありますが、その防除対策のマニュアルが作成されています。それを現地実証的に普及させるべく主に中標津町管内で普及センターと一緒に仕事を進めています。それから、これは全道的な規模ですが、酪農関係の普及員と試験場の研究員が組織する酪農研究懇話会があります。ここでは年2回、テーマを決めて情報の交換を行っています。また、普及センターからの支援要請というのがよくあります、昨年は18件ありました。一例を紹介しますと、「牛乳生産費集計システムの地域内での活用方法」があります。これは経営の研究チームが開発したシステムなのですが、それを地域で活用してゆきたいと釧路管内の普及センターからの支援要請があり、成果の普及の一環ということで協力しております。

Q7 JA、ホクレン、民間会社などとの連携・協力にはどのようなものがありますか。

A ホクレンや民間の種苗会社とは共同研究や受託研究を実施しておりますが、その中で牧草の品種の比較試験を行っておりますので、その現地検討会ではこれらの皆さんと意見交換を行って品種の評価を多面的に行っています。また、JAの要請で各地域の技術研修会や講演会に出かけていきます。最近多いのは植生改善のテーマですね。植生改善については単協だけではなく、根室生産農業協同組合連合会、釧路農業協同組合連合会、十勝農業協同組合連合会などの広域組織が行う現地検討会、技術指導や講演会にも参加しています。農業共済組合の家畜診療所とも交流があります。年に3回、獣医師を対象に繁殖についての超音波診断(エコー)の研修をここで開いています。場内の牛を使って、丸一日をかけて研修を行っています。これについては試験場で成果を出しているということもあり、より精度の高い繁殖検診をということで、後で述べます子宮内膜炎の診断方法も含めて行っています。また、農家向けの削蹄技術講習会も行っています。平成24年に簡易な削蹄技術の方法を成果として出しているのですが、その普及も含めてですね、これはJAや普及センターの要請で今まで7市町村で延べ10回開催しています。「削蹄をすると乳量が上がりますよ、分娩の1カ月から2カ月前に削蹄をすると、分娩後の立ち上がりが良いですよ、やりましょう」とお話ししています。

Q8 平成25年に北海道自給飼料改善協議会が20年から24年にかけて行った2869筆の草地調査の結果を発表していますが、道内の平均で牧草の割合は52.3%で、雑草が35.3%、裸地が12.4%とショッキングな結果でしたが、その後のこの問題に対する対応はどのようですか。

A 草地植生の改善に関する研究が昨年に終了しまして、28年の春に、「地下茎型イネ科草種に対応したチモシー採草地の植生改善技術と地域における植生改善推進方法」のマニュアルを公表しました。これを基にして全道各地で植生改善を進めてゆこうという流れにあります。

Q9 農協などとの連携をしながらマニュアルの成果を広めているわけですね。

A そうです。先ほど申しあげた通りなのですが、植生改善の最初は雑草と牧草の見分け方から始まります。実は、20~30年前とは違って地下茎型のイネ科雑草が増えています。それで皆さん、なかなか区別がつかないということで、まずは農協の職員を対象に見分け方を習得してもらい、次に農協職員から地域全体に広めていこうと研修会を行っています。今は、TMRセンターやコントラクターが牧草地の管理をすることが多くなってきたということもあり、草地の雑草を見分けることが出来なくなっている酪農家も多いのではないかと心配しています。最近は規模拡大で牛の管理に追われ酪農家が草地を見る時間があまり取れなくなっているということもその原因としてあるのかもしれません。たとえ雑草が多くてもご自分の草地に雑草は少ないと思っている方に草地更新をしましょうと言っても、なかなか乗ってこないですね。ですから、草の見分け方をしっかりとするところから啓蒙してゆかねばならないと思っています。

Q10 日本の酪農の技術課題の一つとして繁殖成績の悪化、空胎日数が長く分娩間隔が昔と比べて長期化しているということがありますが。

A 「乳用牛群能力検定成績のまとめ」((一社)家畜改良事業団・乳用牛群検定全国協議会)を見ますと、平成27年度の分娩間隔の最頻値は360日と1年1産に近いのですが、平均値は433日と元年度の405日と比べて1カ月近くも伸びています。グラフで分布図を見ますと、最頻値から横軸の右の方に長く分布しているんです。ですから、平均値が伸びているんですね。場内の牛を見ましても、4割〜5割の牛が足を引っ張っています、そのような牛を調べてみますと、繁殖機能が著しく悪いことが分かります。それは卵巣疾患で言いますと、卵巣静止、鈍性発情、卵胞膿腫、黄体遺残などの病的な状態にあります。 卵巣疾患は診断が比較的容易なのでそのように分かるのですが、子宮はどうなのか、それが最近ようやく分かってきました。現地の農場を調査したところ約4割の牛が子宮の修復に問題があるということです。つまり、子宮内膜炎の状態にあるのです。本来ならば子宮が修復していなければならない時期にそうとはならずに受胎を妨げているということが分かってきました。どうしてなのか、遡ってゆきますと乾乳期から分娩後のさんじょくまでを含めた周産期の管理に行きつきます。

Q11 研究課題としてどのようにその問題に取り組まれていますか。

A 平成28~30年の3年間の重点研究、「現地牛群データに基づく乳牛の周産期疾病低減を目指した乾乳期飼養管理法の体系化」でスタートしています。目標は乾乳期の管理法をマニュアル化することです。四つの柱があります、一つは、「現地牛群データを活用した適正な乾乳期間の設定」です。これは道内の牛群検定情報の解析から乾乳期間はどのくらいが適切かを調べると同時に、試験場の牛を用いて乾乳期間と飼養成績との関係を調べてゆきます。乾乳期間は60日でなくとも40日くらいでよいのではないか、40日という乾乳日数の意味を、乳量や乳成分、乳牛の健康の面から総合的に評価し、適切な乾乳期間ならびに乾乳期間を短縮できる条件を明らかにしたいと考えています。二つ目が、「周産期疾病を低減するための乾乳期飼養管理法の確立」です。ここでは、飼料の栄養濃度やカルシウムを中心に据えたミネラルの給与法、飼料摂取量の低下を抑える飼養環境について周産期疾病を低減するための個別の技術開発を行っていきます。三つ目が、「周産期疾病を低減する乾乳期の飼養管理法の現地実証」です。ここでは、現地の酪農家で周産期の状況を改善していくことで農場がどう変わってゆくかということを実証していきます。四つ目が、「乾乳期飼養管理のマニュアルの作成」です。

Q12 この試験を推進する方法論的な特徴はどういう所ですか。

A 二つあります。一つは現地調査・実証です。場所はここから10分くらいの所にある9戸の酪農家です。ここは根室農業改良普及センターの重点地区にもなっている所ですが、普及センターの方々と連携協力しながら仕事を進めています。ここで、現状を把握し、技術を導入し、改善効果を実証するという流れで仕事を進めていきます。現在は現状の把握ですが、ボディコンデションスコア(Body Condition Score、BCS)、飼料の摂取状況(Rumen Fill Score、RFS)、肢蹄スコア、衛生スコアなど(注1)を調査しています。衛生スコアというのは、後ろ肢にどれくらいのふんが付着しているかというもので乳房炎の発生率を判断する指標にもなるものです。もう一つの特徴は経営データとのリンクです。その狙いは、クミカン(注2)、牛群検定、疾病の診断データを用いて収益性、乳質、繁殖、疾病に係わる指標を作成し、他の酪農家と比較して飼養管理改善の動機づけを図ることで、そのために周産期モニタリングシートを作成しています。これはベンチマーキング(注3)の考え方ですが、これを用いながらも、現地の牛を見て、他の農家と較べて貴方の所はこうだと言ってあげることも併せないと、なかなか農家の方は動いてくれないと思っています。

(注1) スコアの比較:どのスコアも農家間の差が大きい。9戸の酪農家は同じTMRセンターの構成員ということから、給与される飼料は同じであり、スコアの差は飼料の質を除いた飼養管理や飼養環境の違いによると判断される。

(注2) クミカン:組合員勘定制度(組勘)の意味、農協と組合員との間の取引決済方式のことである。農家経済の計画化、組合員取引の集中管理、事務の効率化を目的としている、北海道における農業経営管理の特徴である。

(注3) ベンチマーキング:種々の飼養成績や経営成績について、自分の農場が地域全体の酪農家の中でどのような地位にあるのか、また、高い生産性を持つ農場と比較して自分の農場はどの部分が違うのかを比較する仕組み。

Q13 受胎の悪い牛では子宮内膜炎が多いということでしたが、その診断は簡単なのですか。

A 従来は外陰部から膿汁が出た状態で内膜炎と診ていたのですが、膿汁が出なくても子宮の中に炎症があるという牛が多いのです。私達が使っているのはサイトブラシという人の産婦人科用の頸管経由で子宮内から細胞を採ってくるブラシですが、それを使って、採ってきた細胞を染色して診断します。そうしますと、膿汁も出ていないし、エコーを撮っても全く異常はないのですが、炎症細胞がたくさんある牛が多いのです。いわゆる潜在性の子宮内膜炎です。しかしながら、サイトブラシという方法が面倒くさいのです。それに染色をしなければなりませんから、それを日常の仕事として獣医さんはなかなかできない。しかし、先にもお話ししましたが、試験場で行う獣医さんの研修会ではその必要性を強調しています。

4 おわりに

筆者は昔から地域産業コンプレックス(複合体)の必要性を訴えてきた。地域の畜産関係の組織の人達が地域の酪農家を包み込み、経営と技術の諸課題を克服しながら持続的な農業、ここで言えば酪農を推進してゆく形である。その中では、試験研究機関と普及組織の役割は大きい。けれども、本文中にあるように、その組織定員数は漸減の方向にある。これは今回の調査地だけではなく、全国的な傾向でもある。そのような中で、根室地方では試験場や普及組織がどのような対応をしているかに関心があり、それをお聞きした。試験場では場内から現地の農場に一歩踏み出し、多くの乳牛のデータを採る、普及センターでは重点地域と重点課題を設定し、そこで得られた成果を全体に波及させてゆくという手法が採られていた。「試験場」、「普及センター」が日常何をしているかについては、農業関係者の間でも案外知られていない。酪農に関して試験場や普及組織が日常、どのような活動をしているのか、本稿でそれを知っていただければ幸いと考えている。

最後に、今回の取材に快く応じて下さり、多くの資料をご準備いただいた根室農業改良普及センターの佐藤公之所長、根釧農業試験場の草刈直仁場長に心より感謝申しあげます。


				

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