調査・報告 専門調査  畜産の情報 2017年1月号


地理的表示制度と乳製品の地域ブランド戦略
〜十勝地域の工房製ナチュラルチーズを対象として〜

北海道大学大学院農学研究院基盤研究部門農業経済学分野 講師 清水池 義治



【要約】

 本稿の目的は、地理的表示制度が、乳製品製造業者にとってどのような機能と意味を有するかを解明することである。分析対象は、十勝ブランド認証制度、十勝地域の工房製ナチュラルチーズである。
 十勝ブランド認証制度は、衛生管理水準や原材料の使用ルールといった統一的な基準を設け、この基準をクリアさせることで地元の中小事業者の衛生管理水準や技術水準を底上げさせる機能があった。地理的表示保護制度の登録に向けて共同熟成庫事業に取り組む十勝品質事業協同組合の品質基準に十勝ブランド認証制度の基準が採用され、ナチュラルチーズ工房としては一連の取り組みとして意識されている。

1 はじめに

自由貿易の進展、人口減少に伴う国内市場の縮小など、日本農業を取り巻く環境は今後さらに厳しさを増すと予想される。そのため、農家所得の維持・増加に向けて、特に、農産物の付加価値向上が求められている。実際に、6次産業化や農商工連携といった取り組みを通じて、国産農産物を利用した特色ある高付加価値型食品の製造・販売が拡大している。

このような食品には、輸入食品や大量生産される食品との差別化が求められる。さらに、高付加価値型食品生産の零細性および地域限定性を考慮すると、その食品が製造される地域に固有の風土性(Terroir、「テロワール」(注1))に基づく差別化戦略、すなわち地域ブランド戦略が有効と考えられる。

ところで、こうした地域固有の食品を審査・認証する地理的表示制度が全国各地で設立されている。農林水産省が2015年に、EUの地理的表示制度をベースとした地理的表示保護制度をスタートさせたことから、地理的表示制度を活用した地域ブランド化への取り組みの進展がますます期待されている。

本稿の目的は、地理的表示制度が、乳製品製造業者にとってどのような機能と意味を有するかを解明することである。そのために、(1)複数の自治体を地理的範囲とする地理的表示制度における乳製品の認証状況と、(2)地理的表示制度に基づく認証を受けている乳製品製造業者の地域ブランド戦略を分析する。

分析対象とする乳製品は、地域固有性を食品特性に反映させやすい工房製ナチュラルチーズ(注2)とする。対象地域は、工房製ナチュラルチーズ生産が地域的に集積している北海道・十勝地域とし、地理的表示制度は十勝ブランド認証制度、ナチュラルチーズ事業者は十勝品質事業協同組合(帯広市)、株式会社十勝野フロマージュ(中札内村)、有限会社NEEDS(幕別町)を分析対象として扱う。

(注1) テロワール概念については、須田(2005)pp.73-74を参照。

(注2) 本稿では、大手乳業メーカーが大量生産するナチュラルチーズではなく、中小事業者によって小規模に製造されるナチュラルチーズという意味で用いる。

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2 地理的表示制度の種類と十勝ブランド認証制度

(1)地理的表示制度と日本の地理的表示保護制度

地理的表示制度(Geographical Indication、GI)とは、ある製品の品質や社会的評価といった特性が、主としてその製品の地理的原産地に由来する場合に、一定の地域をその製品の原産地であると特定する表示制度である(注3)。工場で大量生産が可能でどの地域でも製造可能な食品ではなく、地域固有のオリジナリティを有する食品が地理的表示制度の対象となる。

日本にはすでに、国や地域団体などによる複数の地理的表示制度が存在する。表1で、本稿に関わる地理的表示制度を比較した。

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詳細は表の通りであるが、時期的に最も早い2006年に発足した地域団体商標制度は、地域名称を含む商標制度であり、商標を所有する団体(組合など)の排他的な商標権を認め、信用を維持するための制度である。一方、2015年に発足した地理的表示保護制度(図1)は、品質などの特性が産地と結びついていること、名称は国の認めた品質などの基準をクリアすれば当該地域内のどの生産者でも使用可能である点が大きく異なる。これは、地理的表示保護制度は、名称使用者の権利というよりは、伝統的な食品(製法を含む)の保護と活用に重点を置いているからである。

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(注3) WTO協定における「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定」(TRIPS協定)の定義より。

(2)十勝ブランド認証制度

ア 認証制度の発足経緯と経過

十勝ブランド認証制度は、十勝ブランド認証機構の運用する地理的表示制度である。十勝ブランド認証機構の事務局を担っている公益財団法人とかち財団(帯広市)(注4)を訪問し、調査を実施した(写真1)。

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十勝ブランド認証制度の目的は、「十勝」という地域ブランドの価値を向上させ、価値を裏付け、消費者から信頼を得ることである。十勝ブランドに対する消費者評価は高いものの、そのブランド力を十勝管内の農家・業者が十分に活用できていないという問題意識を受け、とかち財団の支援により2000年に発足した十勝ブランド検討委員会で具体的な検討が始まった。

他の地理的表示制度の検討を通じて、ブランドを認証する制度が必要との結論に至り、十勝を代表する食品である納豆、豆腐、牛肉、チーズ、ハム・ソーセージの品目別部会が設置され、制度構築に向けた関係業者の議論が進められた。

その中で、2003年から3年間、ナチュラルチーズを対象としたモデル認証事業が実施された。チーズで先行実施されたのは、日本のナチュラルチーズの約7割が十勝で生産され、チーズ工房が多く設立されてきたものの、衛生管理水準の問題が業界全体で共有され、一定の基準づくりが求められたためであった。

小規模なチーズ工房向けの衛生管理マニュアルを作成した上で、「安全」「安心」「美味しい」の3項目の認証基準(現在の基準は後述)を策定した。モデル認証は3度行われ、8事業者53製品のナチュラルチーズが認証された。

その後、認証主体は、有識者中心の十勝ブランド検討委員会から、認証を受けた事業者で構成される十勝ブランド認証機構(2007年設立)に移行した。認証品目もパン・菓子・乳製品が加わり、現在では全4品目となっている。

(注4) 十勝管内の市町村や農業団体、企業などの出資で1993年に設立された法人である。

イ 認証体制

図2は十勝ブランド認証制度の認証体制である。認証主体は、十勝ブランド認証を受けた食品加工業者で構成される十勝ブランド認証機構である。つまり、十勝ブランド認証制度は被認証事業者による自主認証制度と言える。十勝ブランド認証機構の財源は、事業者の会費収入(年1万円)と十勝ブランド認証機構事務局のとかち財団負担金(同200万円)である。

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十勝ブランド認証機構は認証基準の共通項目を策定するが、具体的な認証基準はチーズ・パン・菓子・乳製品の4つの各部会で策定・管理されている。認証期間は1品目につき3年間で、毎年、中間検査(一般消費者による試食)が実施される。認証された品目には、認証マークを使用できる(図3)

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また、認証品目を社会的に周知するPRも十勝ブランド認証機構の重要事業のひとつである。

支援組織としては、自主認証の客観性を担保する助言を行う十勝ブランド事業支援委員会、認証基準策定・管理や認証を受けようとする事業者に対する専門的・技術的支援を行う十勝圏地域食品加工技術センター(運営主体:とかち財団)がある。

ウ 認証基準

表2は、十勝ブランド認証制度の認証基準である。認証基準は、実際に認証を受けた事業者が議論して策定されてきた。基準は「安全」「安心」「美味しい」の3項目からなる。

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「安全」は、HACCP方式を基本とする衛生管理基準の採用である。各品目で作成された衛生管理マニュアルに基づいて、製造・清掃・その他の記録簿の作成・保管、ならびに原材料・製品検査、従業員検便が求められる。

「安心」は、十勝産、十勝産原料使用、添加物不使用のこだわり、正確な情報提供である。全品目に共通する基準として、十勝管内で生産され、主原料は100%十勝産とされている。チーズの場合、主原料である生乳は全量、十勝で生産されていない塩・スターター・凝乳酵素(レンネット)を除く全ての原料が十勝産という基準で、他品目より厳しい。チーズの場合、添加物は一切不使用としている。

「美味しい」は、事前登録制の一般消費者による官能検査である。1回につき10名前後で、品目ごとに決められたチェック項目ごとに点数化して評価する。チーズの場合は、消費者は事前にチーズの特性に関する説明を受ける他、別途、チーズ研究者や実需者などの専門家検査を実施する。チーズの分類によって評価基準は異なる。

エ 認証状況と成果

表3に、2016年7月現在の認証状況を示した。4品目合計で、36事業者・136製品となっている。チーズは5事業者・38製品で、1事業者当たりの品目数が多い。主な認証製品は、カマンベールやモッツァレラなどソフト系チーズが多い。

チーズの現在の認証数は、モデル認証時の8事業者53製品より少なくなっている。これは、途中で、凝固剤も含めて添加物を一切不使用としたこと、衛生管理の記録簿の内容が大幅に追加されるなど、認証を受けた事業者自身によって衛生管理に関する認証基準が引き上げられたことが影響していると思われる。

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十勝ブランド認証制度の成果として、認証製品の売上高が顕著に増加したと一般的に言うことは難しい。ただし、認証基準策定や十勝圏地域食品加工技術センターの指導を通じて衛生管理水準が全体的に向上したことと、認証機構による広告・宣伝といった共同マーケティングは、特に独力でこれらを実施するのが難しい中小事業者にとってメリットがあったと言えよう。また、認証基準の策定などをめぐる事業者間の議論を通じて、後述のような事業者間の連携を生み出す素地を作った点で意義を有していると思われる。

3 地理的表示制度を活用した工房製ナチュラルチーズの地域ブランド戦略

(1)北海道における工房製ナチュラルチーズ生産の動向

図4は、北海道における工房製ナチュラルチーズ向け生乳処理量と工場数の推移である。なお、生乳処理量はホクレン販売分(道内シェア98%程度)のうち主要乳業メーカー分を除く「その他」、工場数は主要乳業メーカーの工場を含む数値であり、工房製ナチュラルチーズの生産動向を直接示すものではない。ただし、生乳処理量の「その他」は実質的に中小事業者の生乳処理量を示し、また、工場数も主要メーカーの工場数はわずかで、かつ近年ほとんど変化がないことを考えると、工房製ナチュラルチーズの生産動向を近似的に示すものと考えていいだろう。

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まず、直接消費用ナチュラルチーズの工場数(注5)だが、2000年代前半に50工場から60工場程度に増加し、直近2年間でさらに65工場程度まで増えている。2000年代前半からは約3割の増加で、工房製ナチュラルチーズへの活発な新規参入が見られると言える。

次に、生乳処理量は、2000年代前半の2000トン台から、2000年代後半には6000トン台に大きく増加、2010年代に入ってからは増加傾向が続き、2015年度には1万2000トンとなった。15年間で6倍近い伸長であり、著しく増加したと言えよう。

1990年代からナチュラルチーズ消費量は増加してきたが、単なる量的増加にとどまらず、個性的なチーズが消費されるようになる質的な変化が生じてきており、地域固有性を有する工房製ナチュラルチーズの需要が順調に拡大していると考えられる。

なお、十勝地域にはナチュラルチーズ工場が40程度存在し、道内の7割弱が集中している。また、ナチュラルチーズ生産量でも十勝地域内で同程度のシェアがあると言われており、北海道内、すなわち日本国内で最大の産地と言うことができる。以下では、十勝におけるナチュラルチーズ事業者の3事例を検討する。

(注5) 大手乳業メーカーで生産の多いプロセスチーズ原料用ナチュラルチーズの工場数は含まれていない。

(2)十勝品質事業協同組合

ア 事業協同組合の目的と設立経緯

2015年から開始された十勝管内ナチュラルチーズ工房の共同事業を担う十勝品質事業協同組合(帯広市)の代表理事を務める佐藤聡氏へのヒアリングを実施した(写真2)。佐藤氏は地元建設会社の経営者である。

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十勝品質事業協同組合は、ナチュラルチーズなどで乱立している十勝ブランドを統一して市場で一定のシェアを確保し、得られた利益を農業生産者に還元することを目的としている。設立は2015年6月で、建設業・食料商・ナチュラルチーズ工房2社の経営者4名が理事、事務機器卸の経営者1名が監事となっている。組合には、後述の(株)十勝野フロマージュ、(有)NEEDSなど6社のチーズ工房が加入し、理事の2社と合わせて8社のチーズ工房が組合に参画している。今後も加入するチーズ工房は増える見込みである。

帯広産業クラスターや十勝品質の会といったそれまでの実践を踏まえ、十勝の基幹産業である農業を支えるため、チーズや麺・パン・パスタ、ハム・ソーセージの加工・商品化を目指していたが、チーズで先行実施することになった。ブランドの統一化のため、地理的表示制度の活用を目指した。そのために品質の統一が必要とされ、その手段としてナチュラルチーズの共同熟成庫が採用された。

ところで、各工房の技術のオリジナリティで勝負してきたチーズ工房をまとめるのは容易ではない。そこで、農業以外の他業種が農業を支援するというスタンスで取り組んできた。建設会社の経営者である佐藤氏が、組合の代表理事となったのもそのためである。

イ 十勝品質事業協同組合による共同熟成庫事業のねらい

十勝品質事業協同組合で取り組んでいるチーズは、ラクレットである。切り口を加熱して溶解させたラクレットをジャガイモなどにかけて食されることが多い(写真3)。ラクレットは十勝の複数のチーズ工房で製造されてきたが、今回は植物発酵成分が豊富に含まれる十勝川温泉のモール温泉でウォッシュ(注6)したラクレットに取り組んでいる。ヨーロッパのラクレットと比較して匂いや味がまろやかであり、物産展や高級レストランでの評判は上々で、堅調な需要拡大が期待されている。

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現在、十勝品質事業協同組合はこのモールウォッシュラクレットを国の地理的表示保護制度に申請中だ。申請理由は、地理的表示保護制度では製法を含めてラクレットが共有財産となり(表1参照)、品質などの基準を満たすチーズ工房が自由にラクレット生産に参画して、オール十勝での販売戦略を構築できるからである。なお、品質などの基準は、別組織ではあるが、十勝ブランド認証制度の認証基準が採用されている。

帯広市内のレストラン「十勝農園」内で中型の共同熟成庫を試験的に運用中(写真4)で、2016年内には音更町の十勝川温泉にて大型の共同熟成庫を稼働させる予定である(写真5)。中型熟成庫は1ホール4キログラムのラクレットを年500ホール、大型熟成庫は同2万ホールほど製造でき、投資額はそれぞれ3000万円、2億円である。熟成期間は2カ月半程度である。

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共同熟成庫のメリットは、熟成を同じ熟成庫で行うことで各工房間の熟成品質のムラを平準化できる点にある。これはチーズの統一ブランド確立には重要な点である。また、各工房で生産したラクレットを共同熟成庫に入れる時点で十勝品質事業協同組合が買い取ることで資金が早期に回収できる(注7)他、各工房で熟成庫建設が不要になるため規模拡大が簡単になるなど、チーズ工房の経営面でのメリットは大きいと言えよう。

(注6) ウォッシュとは、塩水やアルコール類といった液体を、定期的にかけながらチーズを熟成させる方法である。熟成環境と使用される液体によって特定の菌類が繁殖し、乳成分から特有の旨味成分が生成される。

(注7) 現時点では熟成庫搬入時点での買い取りではなく、チーズを工房から預かって熟成手数料を受け取るという方式である。

(3)チーズ工房事例(1):株式会社 十勝野フロマージュ

ア 工房の沿革

北海道中札内村所在のチーズ工房、株式会社十勝野フロマージュ(以下「十勝野フロマージュ」という)の会長である赤部紀夫氏にヒアリングを実施した(写真6)。

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十勝管内の乳業メーカーで勤務していた赤部氏は1996年頃からカマンベールチーズの製造に関わっていたが、定年を契機に自身でチーズ工房の設立を決意した。たまたま訪問した中札内村の水のおいしさに感激し、牛乳の品質がよいと判断した中札内村に工場を建設して2000年10月に製造を開始した。

最初に3種類のカマンベールを製造、2003年には工場を一部増築してアイスクリーム製造も始めた。2013年には、増加する製造量に対応してさらに工場を増築、バターとクリームチーズ、2014年にはラクレットが製造品目に加わっている。

イ 製造と販売

十勝野フロマージュはチーズなどの原料乳を全量、外部の酪農家から購入している。乳質のよい特定の酪農家1戸に購入先を限定し、原料乳調達にこだわっている。1日当たり原料乳処理量は600〜1500キログラムくらいで、年間処理量は約400トンである。十勝のチーズ工房の中では処理量がかなり大きい工房と言える。基本的に毎日製造している。原料乳のうち8割程度がチーズ、残り2割がアイスクリームに加工されている。

従業員数はパートを含めて13名で、赤部氏が会長、赤部氏の長男が社長、三男が製造責任者という経営体制である。直営店は、工場隣接、道の駅なかさつない、帯広市の藤丸百貨店の3箇所にある(写真7、8)。

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表4に十勝野フロマージュの販売品目の一部を示した。カマンベールを中心としたチーズと、アイスクリーム、バターなどで、販売アイテム数は多い。売上高の6割程度がカマンベールで、特に「おいしい」、「なかさつない」、「田楽みそ漬け」が売れ筋である。

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基本的に直営店での販売が中心だが、国内外の物産展での販売やレストランとの取引もある。複数の航空会社の機内食で採用された実績もあり、評価は高いと言えよう。課題は、観光客が少なく直営店での売上が減少する冬場の販売である。

年間売上高は1億5000万円程度で、2013年の投資以前と比べるとおよそ2倍に増加した。

ウ 十勝ブランド認証制度と十勝品質事業協同組合の位置付け

十勝ブランド認証制度の認証基準は、いいチーズを作りたいという思いで、保存料や凝固剤といった添加物を一切不使用としたり、生菌数基準を引き上げたりするなど厳しくしてきた。結果として、参加する工房は5つまで減ってしまったが、認証基準は大変高い水準となって認証製品の品質が高まり、評価しているとのことだ。

もともとラクレットに力を入れたいと考えていたため、十勝品質事業協同組合の共同熟成庫事業に参画している。ラクレット用熟成庫の増築が不要、製造3日後程度で十勝品質事業協同組合に販売できるという点で経営的にメリットがあると考えている。現在試行中の共同熟成庫にも70ホール程度を入れ、積極的に対応している。

(4)チーズ工房事例(2):有限会社 NEEDS

ア 工房の沿革

北海道幕別町所在のチーズ工房、有限会社NEEDS(以下「NEEDS」という)の代表取締役である長田正宏氏に対してヒアリングを実施した(写真9)。

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大正時代から牧場経営を行っている新田牧場内は、1996年に新田牧場内にナチュラルチーズ工房を開設し、ナチュラルチーズ生産を開始した。2003年12月に、ニッタ(株)よりNEEDSが事業を引き継ぎ、ナチュラルチーズ工房を改修および増築して、現在に至っている。

イ 製造と販売

NEEDSはチーズなどの原料乳を、新田牧場から購入している。770ヘクタールの新田牧場は飼養頭数120頭、敷地700ヘクタールで、飼料の牧草とデントコーンは100%自家調達で賄っている。また、新田牧場の乳量で足りないときは、近傍の1戸の酪農家(十勝関内幕別町)より生乳を調達している。

NEEDSの原料乳処理量は年間400トン程度でほとんどがチーズに加工されており、十勝野フロマージュと同様に十勝でも大きいチーズ工房のひとつである。また、モッツァレラチーズの自動製造機械を導入し、フレッシュタイプのチーズを大量生産してコストダウンを図っている。

従業員数は10名である。直営店は、工場と同じ新田牧場内にあり、1店舗のみである(写真10、11)。

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表5はNEEDSの製造製品の一部である。熟成の不要なフレッシュタイプ、特にモッツァレラチーズのアイテム数が多い。「いつものテーブルにチーズを」というコンセプトに基づき、クセのない、現在の日本人の嗜好に合ったチーズを生産している。ピザやケーキなど乳製品を使った加工品も製造する。

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販売先は日本全国で、ビジネスマッチングイベント・北海道物産展での販売、ニッタ(株)グループ企業やカタログ通販業者、有名飲食店・ホテルとの直接取引などである。他のチーズ工房との棲み分けを意識して、域外販売を重視する一方で直営店での販売は重視しておらず、直営店での売上は全体の2%にすぎないのが特徴的と言える。

NEEDSの売上高は事業を引き継いだ当初は、年間2000万円弱であったが、順調に拡大を続け、2016年度には1億6000万円程度に達する見込みである。

ウ 十勝ブランド認証制度と十勝品質事業協同組合の位置付け

長田氏によれば、十勝ブランド認証制度は、十勝圏地域食品加工技術センターと協力して、事業者自身で十勝ブランドの価値を向上させる高い認証基準を考えていこうと取り組んだという。結果として全てのチーズ工房がクリアできるわけではない厳しい基準となったが、高い衛生管理水準を設定して統一的に進めていったのがよかったと評価している。それが、次の共同熟成庫の取り組みの基礎になったとのことだ。

十勝品質事業協同組合には、以下の2つのメリットがあると認識している。第1に自社製品の品質安定と向上である。他工房との熟成庫の共同運用を通じて、自社技術のさらなる研さんやイノベーションが期待できる。第2として売上への寄与である。ラクレットには大きな潜在需要があると予想しており、多くの工房が参画して共同事業を行うことで十勝のチーズ業界全体として発展できると考えている。

4 おわりに

本稿の目的は、工房製ナチュラルチーズを対象として、地理的表示制度が、ナチュラルチーズ業者にとってどのような機能と意味を有するかを解明することであった。

十勝ブランド認証制度は、食品の原産地が十勝であると特定する狭義の意味での地理的表示制度の機能にとどまらず、衛生管理水準や原材料の使用ルールといった統一的な基準を設け、この基準をクリアさせることで地元の中小事業者の衛生管理水準や技術水準を底上げさせる機能があったと言える。また、こういった基準を事業者間の議論を通じて策定することで、事業者間連携に向けた意識が醸成され、続く共同熟成庫事業を生み出す源泉ともなった。

一方で、十勝ブランド認証制度自体には売上を直接増加させるような機能が強いとは言えないものの、地理的表示保護制度の認証と共同熟成庫事業に取り組む十勝品質事業協同組合の品質基準に十勝ブランド認証制度の基準が採用され、ナチュラルチーズ工房としては一連の取り組みとして意識されている。共同熟成庫を手段として品質の統一化を図って、販売促進効果の強い地理的表示保護制度に登録されれば、地域の共有財産としてラクレット生産・販売の拡大が期待でき、チーズ工房の地域的な集積を生かした地域経済の持続的発展の道が拓けるだろう。

このように、同じ地理的表示制度でも、制度の目的や設立背景によって期待される効果は異なる。よって、農産物の高付加価値化を目指す地域ブランド戦略を考える場合、当該地域の農業生産者、食品加工業者の現状を踏まえて、複数の地理的表示制度を重層的に活用することも必要と思われる。

【参考文献】

・関根佳恵「GI制度はどのような役割を果たせるか」『農業と経済』第81巻第12号、pp.62-70、2015年12月

・庄子太郎「小規模食品製造業者間における組織的活動の展開論理─北海道・十勝における小規模ナチュラルチーズ製造業者の事例をもとに─」『2008年度日本農業経済学会論文集』、pp.231-238、2008年12月

・須田文明「フランスにおけるテロワール産品の活用─『味の景勝地』を例に─」『農業と経済』第81巻第12号、pp.71-78、2015年12月

・北海道十勝総合振興局産業振興部農務課『2015 十勝の農業』(2016年1月)p.29


				

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