海外情報  畜産の情報 2017年1月号


EUにおける食肉の地理的表示

調査情報部 国際調査グループ


【要約】

 EUでは、地理的表示(GI)制度により特定の地域で生産され、その産地に由来する高い品質や評価を持つ製品が保護されている。具体的には、PDO(原産地呼称保護)、PGI(地理的表示保護)、TSG(伝統的特産品保証)の3つの制度があり、PDOは製品と産地の結び付きが重視されており、生産工程(生産、加工、調製)のすべてが一定の地理的領域内で行われている必要がある。一方、PGIは少なくともその1つが地理的領域内で行われていればよい。TSGは、他の類似製品と区別できる特徴を有していなければならないが、製品と原産地との間に関連性があることは求められていない。
  GIに登録されることで、行政や関係団体の支援を受けやすい傾向があり、こうした支援が新たな投資に結び付いている。また、生産工程が厳しく管理されることから生産物に対する消費者の信頼も高い。
  GI制度では、国内よりも海外のマーケットを視野に入れたときに、その効果がいっそう発揮される。2015年から日本でも始まった地理的表示保護制度を活用し、海外市場を開拓されることを願うところである。

1 はじめに

EUでは、特定の地域で生産され、その産地に由来する高い品質や評価を持つ製品は、地理的表示(Geographical Indication。以下「GI」という)制度により保護されている。

GI制度とは、地域特有の伝統的生産方法や生産地の特性によって高い品質や評価を獲得している産品の名称を、知的財産として保護する制度である。

日本においても、地域で育まれた伝統と特性を有する農林水産物食品のうち、品質等の特性が産地と結び付いており、その結び付きを特定できるような名称(地理的表示)が付されているものについて、その地理的表示を知的財産として保護することにより、生産者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図ることを目的として、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律(通称「地理的表示法」)」が平成26年6月に成立し、同法律に基づき地理的表示保護制度が、平成27年6月1日から運用開始されている。

EUのGI制度には、日本の農産物を登録することができるが、その場合、日本のGI制度に登録されていることが条件になる。このため、EUへ輸出する農産物の呼称をEU域内で保護するためには、まずは日本のGI制度に登録する必要がある。

現在、EUのGI制度には1500弱の農林水産物食品が登録され、保護されている。今回は、主要食肉生産国であるフランス、イタリア、英国においてGI制度により保護されている食肉製品を調査し、その運用実態を報告する。

なお、本稿中の為替レートは、1ユーロ=121円(11月末日TTS相場:121.20円)を使用した。

2 EUのGI制度の概要

(1)EUのGIへの取り組み

GIとは、ある製品が特定の国や地域を原産地とし、その品質や評判などの特性がその原産地と結び付きがある場合に、その原産地を特定する表示を行うものである。世界的に広く認知されているGIには、フランスの「シャンパン」やイタリアの「プロシュート・ディ・パルマ(パルマハム)」などがある。

原産地の伝統や文化、地理に深く根付いた製品のGIを保護することにより、地域コミュニティに文化的・経済的な価値を創出し、かつ消費者に信頼できる情報を伝達できるといった利点がある。しかし、近年、GIの不正使用や模造が世界的に増えているため、EUはGI保護の強化を積極的に進めており、特に2国間の自由貿易協定(FTA)にGI保護の条項を含めることとしている。2016年10月に調印したEUカナダ包括的経済貿易協定(CETA)や2015年12月に締結したEUベトナム自由貿易協定(EVFTA)にもGIの規定が盛り込まれた。一方、EU米国間の包括的貿易投資協定(TTIP)でもEUはGIの保護を求めているが、交渉が難航しており具体的な進展は見られていない 。

現在行われている日EU経済連携協定(EPA)交渉では、EUは4つの主要関心事項 の1つにGIを挙げている。2016年の交渉では第16回交渉(4月11〜20日)で、EUの食品GIと衝突する呼称の有無に関する協議や日本側が保護を求めるGIの提示があり、第17回交渉(9月26〜30日)ではGIの条項のテキスト案について検討が行われた。日本側にとってもGIは日本産品の輸出促進のツールであり、日本のGIに対する国際的保護の確立を追求することを明確にしている 。

(2)GI制度の概要

EUにおいてGIの保護と関係の深い制度としては、「原産地呼称保護(PDO)制度」、「地理的表示保護(PGI)制度」、「伝統的特産品保証(TSG)制度」の3種類がある。

PDOは製品と産地の結び付きを特に重視しており、生産工程(生産、加工、調製)のすべてが一定の地理的領域内で行われている必要がある。後述するように、原則的にすべての原材料が同じ地理的領域内で調達されることが求められる。PGIは生産工程の少なくとも1つが地理的領域内で行われていればよい。一方、TSGは、他の類似製品と区別できる特徴を有していなければならないが、PDOやPGIとは異なり、製品と原産地との間に関連性があることは求められていない。

PDOおよびPGIでは、EUで認定・登録されると、そのロゴマークをラベルに表示することができ、呼称が保護される。

これらの制度を定めた主な法令は欧州議会・理事会規則で、さらに登録申請のルールが欧州委員会実施規則、ロゴマーク、原材料の調達などのルールが欧州委員会委任規則に規定されている。

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(3)主な認定要件

GIの主要法令である欧州議会・理事会規則、および実施規則で示されている主な認定要件を以下に挙げる。登録申請では、それぞれの要件を満たすことを裏付ける情報の記載が求められている。

(1)名称

(PDO、PGI):

申請時にその名称が商業的に使用されていること、または、特定製品の名称として一般的であること。使用できる言語は、原産地の言語とし、当該地理的領域において当該製品を表すのに使われているか歴史的に使用されていたものに限る。すでに登録された名称と全面的または部分的に同じ名称、一般製品を示す名称、特定製品に直接言及していない名称、動物・植物の品種名と矛盾する名称、製品の由来について消費者に誤解を与える可能性がある名称、独自に作った名称などは登録できない。

(TSG):

名称が一般的性質だけを示す場合には登録できない。申請後に、他の加盟国または第三国から既に使用されていると異議申し立てがある場合には、区別するために「(国名・地域名)の伝統に従って作られた」との記載を伴うことがある。

(2)地理的領域

(PDO、PGI):

製品の特異性と地理的領域の特異性の間に関連性がなければならない。地理的領域の特異性には、地形、気候、土壌、降雨量、日照時間、標高などがある。なお、生産者の知識・技術も地理的特性となり得るが、この場合はそれを示す特別な技能であること。製造方法が製品の際立った特性にどのように寄与し、他の製造方法と比較して優れている点を明確に示す。なお、地理的領域に起因する評価に基づくPGI申請を行う場合、受賞歴、専門書・報道などの文献での言及などが可能とされる。

地理的領域は正確に示す必要があり、可能な限り物理的境界(川、道路など)や行政の境界で示す。

PDOにおいては、生産工程のすべてが地理的領域内で行われていなくてはならない。飼料においても、原則、同じ地理的領域内で調達されることが望ましいが、技術的に調達が現実的でない場合は地理的領域外からの飼料を加えることができる。ただし、それにより地理的環境による製品の品質や特性が影響を受けないことが条件となる。その場合、地理的領域外の飼料は、年間ベースの乾燥物で全体の50%を超えてはならないが、詳細な説明が必要となる。原材料についても同じ地理的領域内から調達されていることを原則とし、地理的領域外の原材料が使用される場合は、申請時に詳細な説明と正当化できる理由を示すこと。

一方、PGIにおいては、生産工程の少なくとも1つが地理的領域内で行われていればよい。申請時には原材料調達から最終製品まで全工程を列挙する必要があり、食肉の場合、解体や部分肉生産も生産工程の一部となるが、スライス、肉挽き、包装は生産工程の一部ではない。なお、製品のスライス、肉挽き、包装など最終製品の後に発生する工程に特定のルールや制限があれば、申請時に示す必要がある。原材料の調達について制限を課す場合は、EU域内の流通の自由を保障した単一市場での調達が可能となるように、製品の特異性に関連した品質基準などとの関連性について正当化できなければならない。

(TSG):地理的領域は問われない。

(3)製品の説明

(PDO,PGI):

他の製品と区別される特性を明確に示す必要がある。独自の製品である必要はないが、一般的製品と区別がつかない場合は認められない。申請時にはその特性を示す技術的・科学的データが必要で、これには製品固有の物理的、化学的、微生物学的、官能特性的なデータが含まれる。

(TSG):

製品が物理的、化学的、微生物学的、官能特性的な特徴を持ち、製品固有の特性を示していること。申請時には、生産者が従う必要のある生産方法が示されていること。使用する原材料や成分の特性、製品を準備する方法も含まれる場合がある。また、生産方法は現在においても実際に使用されている必要があり、歴史的な慣行は、生産者が現在においてもこれに従っている場合に申請時に含めることができる。

(4)GIの認定手続きと異議申し立て

GIの認定において、生産者団体は詳細な製品仕様を作成した上で、EU域内の生産者は各加盟国の当局に、第三国の生産者は直接または当該第三国の当局を経由して欧州委員会に申請する(図1)。申請は、加盟国当局の欧州委員会などにより精査され、欧州委員会が規則に整合していると判断するとEU官報に公示される。

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認定手続きでは、第三者の登録申請に対する異議申し立ての機会が設けられており、第三国の団体や関連当局も異議申し立てができる。異議申し立てには、以下の2つがある。

・加盟国当局に対する異議申し立て

加盟国当局は、受理した認定申請を精査した後、欧州委員会に申請書類を送付する前に、申請内容を公表し、異議申し立てがあればその妥当性を検討する。当局は、申請内容が要件を満たしていると判断した申請書類を欧州委員会に送付するとともに、問題なしと判断された異議申し立ても併せて欧州委員会に通知する。

・欧州委員会に対する異議申し立て

加盟国および第三国の団体や関連当局は、官報への公示から3カ月間欧州委員会に異議申し立てができる。欧州委員会に認定申請をした加盟国以外の加盟国の団体などは、自国の当局に異議申し立てを行い、当局が欧州委員会に異議申し立てを行う。

異議申し立てには、申請が規則の規定に違反する可能性があるとの文言を必ず入れる。欧州委員会は、認定申請をした当局または団体にこの異議申し立てを送付する。

異議申し立ての後、2カ月以内に異議根拠陳述書が提示されると、欧州委員会は異議根拠陳述書の妥当性を調べる。

異議根拠陳述書に妥当性が認められると、受領してから2カ月以内に、異議申し立てをした当局または団体と認定申請をした当局または団体の間で、当事者間の協議を実施する。双方は関連情報をそれぞれ提示し、申請が規則を順守しているかが検討される。双方が合意に達しない場合は、関連情報は欧州委員会にも提示される。協議期間は3カ月以内だが、申請者の申請により最大3カ月間の期間延長ができる。

当事者間の協議で合意すれば、欧州委員会実施規則として認定され、EU官報に公表されるが、協議の内容によって、当初の登録申請内容に修正が行われる場合がある。協議で合意に達しない場合には、最終的に欧州委員会が認定の可否を判断する。

(5)欧州委員会と加盟国の役割

GI制度においては、欧州委員会が最終的な認定の可否を決定するが、生産者団体が製品仕様を作成し、これを加盟国当局が精査した上で欧州委員会に申請を行うこととなる。加盟国によっては、当局が規則や欧州委員会ガイドラインを解説したガイダンスを提供している。登録されたGIのコンプライアンスの確保についても、国によっては地域の当局が行う場合もある。

GIの加盟国レベルでのコンプライアンスの管理・監視については、欧州委員会の健康食品安全総局に属する食品獣医局(FVO)が定期的に確認し、報告を行う役割を担っている。

また、冒頭でも記述したように、EUは、GIの不正使用や模造に対しGI保護の強化を推進している。

ただし、コンプライアンスに関しては、EUレベルでの監視水準は定められていない。食品安全性の観点からFVOが加盟国におけるGIのコントロール制度を監査・評価しているが、加盟国によっては、当局によるコントロールは行われているものの、管理方法が明確に定められていない、製品仕様が完全にチェックされていない、所管省庁などによる監視が適切に行われていない、製品の包装やラベルに関する情報の入手が容易でなく市場監視が難しい、などが課題として挙げられている。

3 食肉GI製品の事例

(1)英国牛肉PGI:スコッチビーフ

「スコッチビーフ」の呼称は、EUでGI制度が開始された1996年にPGIとして登録された(図2)。スコットランド良質食肉協会(QMS)がスコットランドのPGI登録された食肉(「スコッチビーフ」および「スコッチラム」)の管理・促進を行う機関とされており、2000年に前身の「スコッチビーフ・ラム協会(1974年設立)」が組織再編され、その役割を継承した。

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「スコッチビーフ」を名乗り、指定のロゴ マークを製品に添付するには、まず牛については、スコットランドで生まれ、出荷までQMSから認定を受けた農場で飼育された牛であることが必要であり、飼料はQMSの認定を受けた飼料供給業者から入手したものを使う必要がある。さらに、牛を運ぶ運搬業者、家畜市場、と畜・加工業者もQMSの認定を受けたところを使わなければならないという「全工程保証」の体制を敷いている(図3)。

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■QMS保証制度

スコッチビーフに認定される牛肉は認定農場で生まれ、かつ、と畜・加工も認定を受けたと畜・加工場で行われる必要がある(図3)。これらの農場やと畜場は、スコットランドのアニマルウェルフェアの管理運営団体(SPCA)の基準を満たす必要があり、SPCAが、農場の監査・評価を行う独立認証機関(Acoura)とともに農場を検査する。

認定はトレーサビリティにより、個体識別番号と牛の履歴を確認して行われる。また、スコッチビーフとしての適格性を簡易的に確認できるSPECCシステムが開発されている。

また、スコッチビーフとして認定される牛は、出荷月齢が12カ月齢超で、去勢牛・未経産牛は48カ月齢未満(平均18〜30カ月齢)である。また、非去勢の雄牛は16カ月齢未満とされ、乳用種の場合はひき材利用のみ認定される。種雄牛や経産牛は、スコッチビーフに認定されない。

さらに、去勢牛・未経産牛の枝肉は、EUの牛肉格付けで肉の付き具合を表す「E,U,R,O,P」の上位4つの「E,U,R,O+」に限られ、また、脂肪の付き具合を表す「1〜5」では、2〜4、そして5Lのみが認められる。5Hは脂肪が付き過ぎと判断され認定されない。

■QMS飼料保証制度

認定を受けている飼料供給業者のみが、スコッチビーフとなる牛の飼料を供給できる。ここでいう飼料とは、複合飼料、混合飼料、飼料原料およびミネラル・ビタミンサプリメントを指す。Acouraが飼料供給業者の評価・認定を行う。

■QMS家畜運搬保証制度

肉牛を農場から家畜市場やと畜場に運搬する場合は、認証を受けた運搬業者を利用しなければならない。肉牛の運搬ではアニマルウェルフェアの観点が重視され、Acouraが運搬業者の評価・認証を行う。

■QMS家畜市場保証制度

スコッチビーフとなる肉牛の競りを行う家畜市場は、QMSの認証を受けている必要がある。特に、牛のストレス軽減を目的とする肉牛の取り扱いと競りにおける行動規約が定められており、Acouraが評価・認証を行う。

■QMS食肉加工業者保証制度

スコッチビーフとなる肉牛のと畜・解体を行う食肉加工業者も同様に、アニマルウェルフェアの観点から、ストレス軽減とそれによる肉の品質向上に努めることが求められており、QMSの認証を受ける必要がある。

2016年10月末時点でQMS保証制度の認証生産者数は9786戸であり、スコットランドの繁殖雌牛全体の9割以上がQMS保証制度の認証農家で飼養されている(表2)。

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QMSによると、スコッチビーフとして小売販売された牛肉は年間3万2000トン(枝肉換算ベース)で、スコットランド産牛肉全体の約20%に相当する。2015年のスコットランド全体の牛肉生産量は16万9220トン、推定生産額は6億6500万ポンドであった。スコッチビーフに認定される資格がある牛の年間生産額は4億3000万ポンドと推定されており、65%を占めることになる。

もと牛を導入した農場が認証を受けていても、認証を受けていない農場で生産されたもと牛には、スコッチビーフとなる資格がない 。このため、育成・肥育農場がもと牛を子牛市場から購入する際には、トレーサビリティが重要となる。

スコッチビーフとなる品種の統計はないが、スコットランド全体の子牛登録件数の品種別割合は図3の通りである。アバディーンアンガス種がステーキ肉として高い評価を受けているものの、古来よりスコットランドではフランス原種のリムーザン種やシャロレー種などが多く飼養されている。また、乳用種も多く、スコッチビーフとなる可能性もある。

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スコッチビーフに認定される資格のある牛は、そうでない牛に比べプレミアムが付くことから、子牛市場でもと牛を購入する際は、スコッチビーフの認定要件を満たす牛かどうかを確認することが重要となる。QMSが最近導入したSPECCシステムは、牛のパスポートをスキャンすると出生以降の履歴が分かるため、もと牛購入の際の重要な情報となっている。SPECCは近々家畜市場にも導入され、スコッチビーフ認定要件となる情報がパネルに表示されるとのことである。

スコッチビーフは、消費者に対し、生産やアニマルウェルフェアの観点で最高水準の基準を満たしたプレミアム牛肉であることを保証している。消費者も、これにより一般の牛肉より高い価格を受け入れているのである。

PGIのマークは、EU全域で特に食通の市民の認知が比較的高いため、格好のマーケティングツールとなっている。マーケティングはEUの補助を受けているが、補助の要件の一つは、PGI認定とされている。認定の二次的な利点としては、マーケティングの結果が生産者に最終的に還元されることである。

(2)イタリア豚肉PDO:チンタセネーゼ

PDOチンタセネーゼは、チンタセネーゼ豚から得られる豚肉に対する呼称を保護するもので、イタリア農水省によれば世界で唯一PDOに認定された豚肉である。チンタセネーゼ豚は、胴体に白い帯(チンタ)のある黒豚で、セネーゼはシエナ県を意味する。

古代から存在する品種とされるが、30年ほど前に絶滅の危機に瀕したところ、保護協会の設立や地元大学の研究などにより飼養戸数・頭数が回復した。トスカーナ州の農村開発プログラムにおいても、生物多様性保護の観点からチンタセネーゼ種保存の重要性が認められており、EUの欧州農業農村開発基金(EAFRD)の交付対象となっている。

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PDO認定までの道のりは長く、2000年のチントトスカーノ豚保護協会設立から、2014年に「PDOチンタセネーゼ豚」として登録されるまで14年を要している。

保護協会が主導する準備期間を経て、シエナ県行政の支援の下、2005年に「チントトスカーノ豚」の豚肉の呼称に対しPDO登録を申請した。翌年、国レベルでは暫定的なイタリア版PDOであるDOPが認定されたものの、欧州委員会から、「チントトスカーノ豚」の呼称は地域的関連性に欠けるとして2009年に却下された。その後、名称を「チンタセネーゼ豚」に変更して再申請し、2014年にようやくPDOとして登録された 。

保護協会は、現在、PDO登録に合わせてチンタセネーゼ豚保護協会(以下「保護協会」という)と改称されており、生産者、と畜・食肉加工業者が加盟している。保護協会は、チンタセネーゼ豚の加工品に対しても品質保証マークを発行する。

また、イタリア北東部におけるPDOおよびPGI登録製品の豚肉、食肉加工品、チーズの品質管理・認証の第三者管理機関であるイタリア北東部品質協会(INEQ)が1998年に設立され、試験や認証を行うとともに、チンタセネーゼ豚のPDOを管理している 。

チンタセネーゼ豚は精肉として消費されるほか、域内外で高い評価を得ているトスカーナ伝統のさまざまなサラミや生ハムとして加工されている。

主なPDO認定基準:

・原産地:トスカーナ州内の海抜1200メートルまでの地域内で、出生・飼育・と畜までのすべてのプロセスが行われること。この高度まではチンタセネーゼ豚の飼料となるどんぐりの生育と農耕に適したケルセチン(フラボノイドの一種)の豊富な混合林が多い。近隣にはイガマメやミヤコグサ、クローバーなどの牧草地があり、チンタセネーゼ豚は、日中はこうした場所で放牧され、夜間は畜舎で過ごす。

・品種:INEQが管理する品種登録簿またはチンタセネーゼ豚群血統簿、あるいはその両方に記載されている父豚・母豚の間に生まれた豚であること。

・飼育:最低4カ月間、柵で囲まれた区画内の自然環境で放牧し、夜間や悪天候時に避難できる施設を設ける必要がある。交配期および産前産後は特別な畜舎に移す。飼育密度は、1ヘクタール当たりの生体重の合計で最大1500キログラム(10頭程度)とされる。

・飼料:森林または牧草地(どんぐりの実がなるホルムオークの木(ナラの一種)と小さな平地、泥水溜りがあるのが理想的とされる)に放牧される。生後4カ月齢以上になると、重量の60%が地元産で構成される栄養補助飼料を、毎日生体重の3%相当給与する。飼料供給業者は、PDO仕様で指定された地理的領域から調達した飼料であることを明記した文書を生産者に交付し、生産者はそれを保管し、INEQから要求があれば提出しなければならない。

・と畜:12カ月齢以上でと畜され(平均24カ月齢)、生体重は平均170キログラムとなる。

・表示:半丸枝肉のもも、ロース、ばら、かた、ほほの各部位に焼き印を押す。部分肉(肉または包装)には、PDO呼称入りのロゴマーク、EUのPDOマークおよびトレーサビリティコードを表示する(図5)。

・肉の特性:と畜45分後のpHが6.0〜6.5、水分78%以下、脂肪分2.5%以上、肉色はピンクまたは赤色で軽い霜降りが入っていること、きめが細かく身が締まっており軟らかくジューシーであることといった基準がある。風味を高めるオレイン酸が豊富な一方、過剰にあると肉質を低下させるリノール酸は少ない。

・トレーサビリティ:生産プロセスの各段階で豚の移動を記録する。45日齢で個体識別のための耳標を装着し、と体には焼き印を押す。加えて、生産者、と畜業者、解体業者の登録簿とINEQへの生産量報告データにより、サプライチェーンの川上〜川下全体のトレーサビリティを確保している。

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保護協会によると、2016年6月時点でのPDOチンタセネーゼ豚の認定生産者数は84戸であるが、この他にもチンタセネーゼ豚の生産者67戸がいる。このうち20戸は、保護協会の準会員的な立場で認定と正式加盟の待機組であるが、残りは保護協会には加盟しない生産者や、PDO指定地理的領域外の生産者である。これらの生産者はチンタセネーゼ豚の呼称を使用することはできない。

保護協会によると、2016年に入って新規加盟申請は増えており、1月から10月までに15件の申請があった。2014年にPDO登録されたことで、加盟希望が増えている。

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PDOチンタセネーゼ豚のと畜頭数は、INEQの統計によれば2012年の3862頭以降減少しており、2015年は現時点で未発表であるが、保護協会の試算では2890頭とされ、減少傾向が続いている。

イタリア養豚協会(ANAS)によると、2015年のイタリアの豚と畜頭数は789万9561頭で 、チンタセネーゼ豚のシェアは0.027%と非常に小さい。チンタセネーゼ豚は、飼育にかかる期間が約2年間で、通常(7カ月)より長いことから、資金の回転が悪く、規模拡大や新規参入が少ないと考えられる。

PDO認定の見込まれるチンタセネーゼ豚の枝肉は、通常の肥育豚の2倍以上である1キログラム当たり3.3〜3.5ユーロ(399〜424円)で取引されている。チンタセネーゼ豚肉はトスカーナ郷土料理に不可欠として、州政府などによるプロモ―ションも行われてきた。地元レストランがメニューにPDOの名称を記載すると人気が高まり、肥育豚価格も一般豚に比べて大幅に高くなったという。

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(3)フランス鶏肉PGI:ペリゴール鶏(プーレ)

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ペリゴール鶏は、フランス国内では1965年からラベルルージュに認定されている伝統ある銘柄鶏である(図7)。2015年9月24日にEUにPGI登録を申請し、2016年10月13日に認定された。

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「プーレ」とは若鶏(雄・雌)を指し、去勢雄鶏の「シャポン」と肥育雌鶏の「プーラルド」も、それぞれほぼ同時期にPGI登録された。プーレは年中流通するが、シャポンとプーラルドはクリスマスに食される特別な鶏で、それぞれ150日以上、120日以上長期飼育される。去勢は3週齢になる前に行われる。

シャポンは高値で販売されるが、飼養管理規則が厳しく(1.5カ月の鶏舎消毒期間を設けるなど)効率が悪いため、シャポンとプーラルドの生産を隔年で行う生産者もいる。PGIの指定地域は、プーレ、シャポン、プーラルドはいずれも同じである。本稿ではこれ以降、プーレを「ペリゴール鶏」と記述する。

ペリゴール鶏の肉は、皮が薄く身が引き締まってジューシーで、ロースト、鉄板グリル、煮込み、パピヨット(包み蒸し焼き)などの調理方法が一般的である。

ペリゴールはドルドーニュ県の一部であるが、現在は正式な地域名ではない。家禽肉以外にも、フォアグラ、トリュフ、栗、くるみなどの有名な産地である。

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・地理的領域:フランス南西部のドルドーニュ県全域およびその周辺7県の一部が指定地域である(図8の緑色部分)。この地域は、山の裾野が広がり、多数の水流に小さな谷が連なっており、鉄、金、石灰、カオリンなどの鉱物が豊富である。穀物生産に適しており、トウモロコシや穀物が広範囲に栽培されている。囲われた放飼場には起伏に富んだ森林もあり、骨格や筋肉の形成(特にもも・ささみ)を促し、皮下脂肪が抑えられる。

・品種:保護協会が毎月リストを更新することになっており、PGI認定時点で認められている品種は5種となっている。「スローグロース」と呼ばれる成長の遅いタイプの鶏種で、首周りに羽毛がなく体が黄色の鶏と、羽のある体が白い鶏の2種類がある。ペリゴール鶏は肉づきが良く、引き締まった筋肉が骨格の上に均等に分布している。皮は薄く、色が均一で(黄または白)、脂肪は皮下全体にまんべんなく分布し、腹腔や羽内側の脇部分に局所的な集中がない。

・飼育基準:42日齢以降は、極端な悪天候を除き毎日昼間に放飼する。81日齢以降に食鳥処理場に出荷される。飼育密度は、鶏舎(固定施設)では床面積1平方メートル当たり11羽以内、放飼場は1羽当たり2平方メートル以上である。床面積150平方メートル未満の簡易鶏舎(夜間開放型)では、1平方メートル当たり20羽以内とされる。

鶏舎の敷料にはわらが使われ、わらの上に少量の全粒穀物を撒くことで、鶏が穀物を突くために動き回り、わらの通気性が良くなり快適な寝床ができる。このようなアニマルウェルフェアのノウハウも規定されている。

・飼料:飼育期間全体を通して、植物性原料とミネラル、ビタミンのみとし、トウモロコシ、トウモロコシ以外の穀類1種以上と、タンパク質作物を含まなければならない。飼育段階によって配合割合が定められており、特にトウモロコシの配合割合は、鶏の体の色(黄または白)によって異なる。

・鶏肉生産:飼育・と殺ともに指定地域で行わなければならない。知識と技術の蓄積した食鳥処理場で処理することにより製品の品質と評判を維持している。湯浸け、脱羽、中抜き、丸鶏の整形、冷却の各過程において蓄積された技術が必要とされる。

・ラベル表示:指定ロゴマークを製品包装および販売文書に表示する。

・流通時の形態:丸鶏ないしカット肉で流通し、冷蔵、冷凍を問わない。包装形態はシュリンクラップ包装、真空包装ないしガス充填包装が可能である。丸鶏の形の整え方は3つあり、「métifet(半下ごしらえ済み)」と呼ばれる頭を落とさず手羽元に折り込んだ整え方が伝統的とされる。

・製品重量:最低重量がeffilée(細長形)では1.3キログラム、prête à cuire(下ごしらえ済み)では1.0キログラムと定められている。

・トレーサビリティ:産卵・ふ化から飼育、食鳥処理場への輸送、と殺・中抜きといった処理工程、冷蔵・冷凍、配送、包装、流通といった各段階で移動が記録される。

・認定基準に対する書類検査と目視検査が行われる。

フランスのGI制度やラベルルージュの認定や管理を行う国家原産地品質機関(INAO)の資料によると、PGIペリゴール鶏の認定生産者数は、PGI登録された2016年10月時点で256戸となっている。

2014年のペリゴール鶏の出荷羽数は620万羽(黄色の肉色77%、白23%)で、このうちおよそ9割がペリゴール鶏生産者組合の加盟生産者によるものであった。2016年の生産羽数は590万羽(黄色85%、白15%) で、農家1戸当たりでは約23万羽と見込まれる。

ペリゴール鶏のフランス全体の鶏肉に占める市場シェアは6%である。

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4 おわりに

EUの主要畜産国である英国、イタリア、フランスにおいてGI制度で保護された牛肉(スコッチビーフ)、豚肉(チンタセネーゼ豚)、鶏肉(ペリゴール鶏)を概観したところ、いずれも一般の食肉製品より高値で取引され、生産者の収益向上に貢献している。

ペリゴール鶏の調査において、GI登録製品を生産するメリットは、政府のお墨付きを得ることで、行政や関係団体の支援を受けやすいことが確認された。チンタセネーゼ豚の生産者も、トスカーナ州政府から年間を通してさまざまな支援を受けているという。生産者団体からの技術支援であったり、業界からの情報提供をはじめとしたサービスであったりするが、こうした支援により新たな投資へと結び付いているようである。

地域的表示は、知的財産として保護されるだけではなく、それに付随した利益の増加も図られ、例えば、生産工程が厳しく規定されるものの、生産された農産物に対して消費者の信頼を得ることができる。

スコッチビーフにおいては、生産者から飼料業者、家畜運搬業者、と畜・解体業者などが認証制度の中で一体となって高収益型の体制を実現することで、地域経済を大きく支えている。スコッチビーフで5万人が直接・間接に雇用されていると推定されており、これは、日本で政府を挙げて推進している畜産クラスターの優良先進事例とも言えるだろう。

EUの肉牛産業は、経済が停滞する中、やや供給過多で厳しい状況にあり、輸出に活路を求めている。スコッチビーフの調査において、日本の肉牛産業の現状を説明したところ、国内という小さなマーケットを優先している状況に理解を得ることができなかった。生産者の利益を増やすためには、より大きなマーケットに目を向けるのが自然と考えているようである。

GI制度では、国内よりも海外のマーケットを視野に入れたときに、その効果がいっそう発揮される。2015年から日本でも始まった地理的表示保護制度を活用し、海外市場を開拓し、「儲かる農業」が実現されることを切に願うところである。

(中野貴史(JETROブリュッセル))


				

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