調査・報告 学術調査  畜産の情報 2017年7月号


黒毛和牛の受胎率に寄与する環境要因の調査

国立大学法人宮崎大学テニュアトラック推進機構 テニュアトラック准教授 佐々木 羊介
国立大学法人宮崎大学 農学部 教授  大澤 健司
NOSAIみやざき家畜診療部生産獣医療課  上松 瑞穂



【要約】

 本研究では、生産現場で構築されるビッグデータを活用し、黒毛和種繁殖雌牛の受胎率に関連する要因の探査を実施した。本研究より、未経産牛では3回目の交配まで、経産牛では2回目の交配まで受胎率の低下がみられないことが明らかになった。また、黒毛和種牛では約半数の牛が不受胎を経験しており、交配回数によって、受胎率に影響する因子が異なることが明らかになった。特に初回交配では、冬または春において交配された繁殖雌牛や、分娩後早期に初回交配を行われた繁殖雌牛において受胎率が低下する傾向が認められた。また、再交配間隔に関して、交配回数や産次に関わらず、再交配間隔18〜24日で最も受胎率が高くなった。再交配間隔の延長は受胎率の低下や空胎日数の増加につながるため、不受胎であった個体の早期発見と早期の再交配が重要である。

1 はじめに

黒毛和種牛の飼養戸数は小規模農場を中心に年々減少傾向にあり、過去10年間で8万2300農場から5万1900農場まで37%減少している1。その一方で1戸当たりの飼養頭数は肥育牛を中心に年々増加しており、少頭数飼育から多頭経営へと推移してきている [1]。この多頭化と反比例して、黒毛和種牛の繁殖成績は年々低下しており、(一社)家畜改良事業団の調査によると、黒毛和種牛の初回受胎率は平成元年の67.5%から平成26年の55.0%へと10ポイント以上低下している[2]。さらに、平成20年以降、子牛価格は右肩上がりで高騰しており、全国の家畜市場で取引される黒毛和種子牛1頭当たり取引価格は、平成20年と比べて、平成28年の時点では2倍近くまで高値となった[3]。また、黒毛和種牛繁殖農場は、国際競争の激化や飼料、資材の高騰などの問題を抱えており、生産現場では繁殖成績を向上させる効率的な飼養形態の確立が求められている[4]。国内における和牛生産の生産効率を改善するためには、子牛の供給頭数の増加が急務であり、そのためには受胎率の向上が求められる。受胎率の低下は子牛の生産効率を低下させ、農場経営の損失へとつながるため、受胎率の低下に影響を及ぼす要因を探査することは重要である。特に、不受胎を何回も繰り返すリピートブリーダーの存在は母牛群の受胎率を低下させる主要な原因であるため、その原因の究明は急務とされている。

そこで本研究では、大規模データベースを活用して、年々低下している黒毛和種繁殖牛の受胎率の改善のために、リピートブリーダーの母牛における低受胎率に寄与する要因を探査することを目的とした。初めに繁殖雌牛の受胎率に関連する因子の探査として、初回交配日齢や産次、交配回数、分娩後初回交配日数、交配季節との関連性を分析する。次に、不受胎を呈した繁殖雌牛を対象として、再交配までの日数が受胎率に及ぼす影響を分析する。これらの分析により、低受胎率に関連しているリスク因子の特定を行い、そしてそれらの因子におけるリスク値の定量を行った。

2 材料と方法

(1)調査対象とした農場

本研究は宮崎県に所在する黒毛和種牛繁殖農場を対象として調査を実施した。調査対象地域における和牛繁殖農場のうち、繁殖雌牛の個体情報、分娩や交配に関する電子記録を保有していた農場を調査対象とした。調査対象とした農場から、2005年7月1日から2010年4月30日までに種付けされた記録を収集し、977農場における6741頭の未経産牛における11182交配記録および1万3139頭の経産牛における61302交配記録を分析に用いた。

(2)分析に用いた項目の定義と分類

収集したデータセットを基に、各繁殖雌牛における個々の繁殖成績を算出した。本研究では、調査1として全ての繁殖雌牛を対象として、受胎率に関連する要因の探査を行った。関連する因子として、未経産牛では初回交配日齢、交配季節および交配回数を、経産牛では産次、分娩後初回交配日数、交配季節および交配回数を用いた。また調査2として、初回交配において不受胎であった繁殖雌牛を対象として、再交配間隔と受胎率の関連性を調査した。

(3)統計分析

統計解析にはSASソフトウェアVersion 9.4(SAS Institute Inc., Cary, NC, USA)を用いた。統計モデルとして、GLIMMIX procedureによる多変量混合効果ロジスティック回帰分析を用い、受胎率に関連する因子の分析を行った。

(4)結果

ア 調査1

本研究では977農場で飼養されていた6741頭の未経産牛における11182交配記録および1万3139頭の経産牛における61302交配記録を分析に用いた。未経産牛の受胎率の平均は、47.0 ± 0.5%であった。受胎率は交配回数と関連がみられたが(P < 0.05)、初回交配日齢および交配季節とは関連がみられなかった。各項目における受胎率の数値を表1に示した。交配回数に関して、4回目以上に交配された牛の受胎率は1回目、2回目および3回目に交配された牛よりも低かった(P < 0.05)。しかし、1回目、2回目および3回目に交配された牛の受胎率の間には差がみられなかった。

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経産牛の受胎率の平均は、47.8 ± 0.2%であった。受胎率は産次、交配季節、分娩後初回交配日数、交配回数と関連がみられた(P < 0.05)。有意であった主効果間の交互作用を分析した結果、交配回数×分娩後初回交配日数と交配回数×交配季節が有意であり、この2つの交互作用を最終モデルに加え、それ以外の交互作用は除外した。最終モデルにおいて、交配季節の主効果に有意差はみられなかった。各項目における受胎率の数値を表2に示した。受胎率は産次が高くなるにつれて低くなった(P < 0.05)。分娩後初回交配日数が90日以上の牛は、それ以外の牛よりも受胎率が低かった(P < 0.05)。交配回数に関して、受胎率は2回目に交配された牛で最も高く、1回目、3回目、4回目以上における交配の順で低くなった(P < 0.05)。

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表3には経産牛の受胎率に対する交配回数×分娩後初回交配日数の交互作用の数値を示した。経産牛の受胎率に対する分娩後初回交配日数の効果は交配回数によって異なった(P < 0.05)。初回交配では、分娩後初回交配日数が48日以下の牛で受胎率が最も低くなった(P < 0.05)。しかし、2回目の交配では、分娩後初回交配日数間における受胎率の差はみられなかった。4回以上の交配では、初回交配とは逆に、分娩後初回交配日数が48日以下、49〜64日、65〜89日の牛は分娩後初回交配日数が90日以上の牛よりも受胎率が高かった(P < 0.05)。

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表4には経産牛の受胎率に対する交配回数×交配季節の交互作用の数値を示した。経産牛の受胎率に対する交配季節の効果は交配回数によって異なった(P < 0.05)。初回交配では、冬(47.3 ± 0.6)および春(48.2 ± 0.5)に交配された牛は、夏(50.8 ± 0.5)および秋(52.2 ± 0.5)に交配された牛よりも受胎率が低くなった(P < 0.05)。しかし、交配季節間における受胎率の差は、2回目、3回目、4回目以上の交配ではみられなかった。

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イ 調査2

1回目の交配で不受胎であった繁殖雌牛1万1769頭の32639交配記録における再交配間隔の平均± SEMは57.0 ± 0.3日であった。表5には再交配間隔毎の繁殖雌牛の割合を示した。全体の記録のうち、正常発情周期であった割合は47.1%であり、非正常発情周期であった割合は52.9%であった。再交配間隔のなかで、最も割合が高かった再交配間隔は18〜24日であり、30.3%であった。次いで、25〜38日、39〜45日、46〜59日、60〜66日という順番であった。また、再交配間隔が67日以上であった繁殖雌牛の割合は28.8%であった。

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受胎率は再交配間隔、産次、交配回数と関連がみられたが(P < 0.05)、交配季節とは関連がみられなかった。受胎率は再交配間隔が18〜24日であった牛で最も高くなった(P < 0.05)。再交配間隔が39〜45日であった牛は、再交配間隔が25〜38日および46〜59日であった牛と受胎率に差がなかった。再交配間隔が11〜17日、60〜66日、67日以上であった牛は最も受胎率が低かった(P < 0.05)。また、再交配間隔が正常発情周期であった牛は、非正常発情周期であった牛よりも受胎率が高くなった(P < 0.05)。産次、交配回数は受胎率と関連していたが、再交配間隔との間に有意な交互作用はみられなかった。

3 考察

交配回数別の経産牛の受胎率に関して、受胎率は1回目の交配よりも2回目の交配で高くなり、その後低下していった。この結果より、生産者は初回交配で不受胎であった経産牛に対して、最低でも1回はもう一度交配を行う必要性があることが示唆された。また、繁殖雌牛群として高い受胎率を達成するためには、交配回数が早い段階で牛を受胎させる必要があると考えられる。さらに、交配回数と産次の間に交互作用がなかったことより、この交配回数と受胎率との関係性はどの産次においても共通することが示唆された。一方未経産牛では3回目の交配まで受胎率に差がみられなかったことより、生産者は初回交配で不受胎であった未経産牛に対して、最低でも2回は再交配を行う必要性があることが示唆された。

未経産牛、経産牛両方において、交配回数が4回以上の繁殖雌牛は受胎率が最も低くなった。これらの繁殖雌牛は、繁殖器官に何らかの異常を持っていた可能性がある。不受胎を繰り返す繁殖雌牛の特徴として、繁殖器官の異常、排卵不良、交配後6日目での低プロジェステロン濃度、1〜3ミリメートルの卵胞の不足、染色体異常などが原因として考えられると報告されている5。不受胎を繰り返す未経産牛および経産牛は、これらの個体における繁殖器官に異常がないかを確認し、異常が認められた際は治療を行うこと、そして治療を施しても改善が認められない際は廃用することが推奨される。しかし、未経産牛に関しては、経済的な面より一回の産子創出もなく廃用することは経済的な被害が高いことより、未経産牛の段階では受精卵移植などを実施し、その後の飼養計画に関して注意深い観察が必要であると考えられる。

経産牛における産次別の受胎率に関して、産次1から8以上に産次が増加するにつれて、受胎率が55.1±0.4%から34.4±0.4%へと低下した。これは加齢に伴う繁殖能力の低下が原因として考えられる。黒毛和種牛では産次の増加に伴って子宮回復に要する期間が延長すると報告されている6。本研究では、8産以上の高産次の割合が21.5%であり、過去の研究で報告されている8産以上の繁殖雌牛の割合3%と比較して7、高産次の割合がかなり多いことがうかがえる。群内の産次構成を適切に維持し、農場の群成績を向上させるためにも、高産次の繁殖雌牛に対する廃用基準の設定や更新計画の立案が重要である。

受胎率に対する分娩後初回交配日数の効果は交配回数によって異なった。初回交配では、分娩後初回交配日数が48日以下である経産牛で受胎率が低下した。これはこの群の経産牛では子宮回復がまだ終わっていなかったことが要因として考えられる。子宮回復には分娩から最低40日が必要であると報告されており8、個体差もあるため、交配の準備が整っていない牛が存在していた可能性がある。しかしながら、受胎率に対する分娩後初回交配日数の効果は2回目の交配ではみられなくなった。これは、分娩後初回交配日数が48日以下であった牛でも、初回交配にて不受胎であったために子宮回復までの時間が十分に確保したことが理由として考えられる。一方、分娩後初回交配日数が90日以上であった経産牛は、3回目以上の交配では受胎率が低下していた。発情回帰が遅く、不受胎を繰り返す繁殖雌牛に対しては注意深く観察を行い、必要に応じて治療を施す必要性があるかもしれない。

受胎率に対する交配季節の効果も交配回数によって異なった。初回交配では、冬・春に交配された繁殖雌牛が夏・秋に交配された繁殖雌牛よりも受胎率が低下した。このことより、黒毛和種繁殖雌牛の受胎率は、夏場の暑熱ストレスよりも冬場の寒冷ストレスに影響を受けていることが明らかになった。この一因として、調査地域における牛舎構造が考えられる。宮崎県は開放型のフリーストール牛舎が多く、牛舎内と牛舎外の気温差があまりない。冬場は夜間で零下付近まで気温が下がるため、分娩後における子宮回復や体温維持のために代謝エネルギーが増量していることが考えられる。このことより、寒冷ストレスの負の影響を軽減するためにも、飼料給餌プログラムの見直しや冬場における飼養管理の改善が推奨される。

本研究では、再交配間隔の平均が57.0±0.3日であった。約半数の繁殖雌牛は正常発情周期の期間にて再交配されていた一方、残り半数の繁殖雌牛は非正常発情周期の期間にて再交配されていたことが示された。再交配間隔で最も牛の割合が高かった期間は再交配間隔18〜24日であり、これは牛の正常発情周期が21日であることに起因すると考えられる。また、再交配間隔が1824日であった繁殖雌牛は、産次や交配回数にかかわらず受胎率が最も高かった。このことより、どの産次やどの交配回数であっても正常発情周期で発情が回帰した繁殖雌牛は受胎する確率が高くなることが示唆された。

再交配間隔39〜45日は正常発情周期の期間であったものの、再交配間隔が25〜38日および46〜59日であった牛と受胎率に差がみられなかった。また、再交配間隔が67日以上であった繁殖雌牛は全体の約30%も存在していた。再交配間隔の延長は繁殖雌牛の空胎日数を増加させ、分娩間隔の延長につながる。再交配間隔を短くするためにも、不受胎であった個体の早期発見が重要であり、そのためには直腸検査やエコーでの画像診断による妊娠確認が推奨される9

4 おわりに

本研究では、生産現場で構築されるビッグデータを活用し、黒毛和種繁殖雌牛の受胎率に関連する要因の探査を実施した。本研究より、未経産牛では3回目の交配まで、経産牛では2回目の交配まで受胎率の低下がみられないことが明らかになった。また、黒毛和種牛では約半数の牛が不受胎を経験しており、交配回数によって、受胎率に影響する因子が異なることが明らかになった。特に初回交配では、冬または春において交配された繁殖雌牛や、分娩後早期に初回交配を行われた繁殖雌牛において受胎率が低下する傾向が認められた。これらの要因の影響を低減させるために、重視すべき飼養管理の改善点や改善計画を明確にする必要がある。特に、高産次の経産牛に対する飼養管理の改善や淘汰基準の設定、不受胎である個体の早期発見と早期の再交配が重要なポイントとなるものと考える。


【参考文献】

[1]農林水産省.2016.畜産統計調査.URL: http://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/tikusan/

[2]一般社団法人家畜改良事業団 家畜改良技術研究所,受胎調査成績.2015. URL: http://liaj.or.jp/giken/gijutsubu/seieki/jyutai.htm

[3]農林水産省.2016.畜産環境をめぐる情勢.URL: http://www.maff.go.jp/j/chikusan/kikaku/lin/l_hosin/attach/pdf/index-37.pdf

[4]Osawa, T. 2014. International perspectives on the impacts of reproductive technologies on food production in Asia. Advances in Experimental Medicine and Biology, 752, 213-228.

[5]Maurer, R. R., and Echternkamp, S. E. 1985. Repeat-breeder females in beef cattle: influences and causes. Journal of Animal Science, 61, 624-636.

[6]居在家義昭、岡野彰、鈴木修、島田和宏、小杉山基昭、大石孝雄. 1989. 肉用牛における分娩後の子宮修復に及ぼす産次,ほ乳量,ほ乳刺激の影響. 家畜繁殖学雑誌, 35, 45〜49.

[7]Manfredi, E., Foulley, JI., Cristobal, M. S., and Gillard, P. 1991. Genetic parameters for twinning in the Maine-Anjou breed. Genetics Selection Evolution, 23, 421〜430.

[8]岡野彰、福原利一. 1980. 黒毛和種雌牛における分娩後の子宮復故の組織学的研究. 日本畜産学会報, 51, 284〜292.

[9]Lamb, G. C., and Fricke, P. M. 2015. Ultrasounddearly pregnancy diagnosis and fetal sexing. URL: http://www.beefusa.org/Udocs/ PR101-UltraSound.pdf


				

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