海外情報  畜産の情報 2017年7月号


ブラジル酪農の現状と今後の拡大可能性

調査情報部 米元 健太、伊佐 雅裕


【要約】

 世界第6位の生乳生産大国であるブラジルは、近年生乳生産が増加基調で推移しているものの、国内需要が旺盛なことや生産コストが主要輸出国と比べて高いことから、現時点では輸出余力や競争力をほとんど有していない。しかしながら、粗放的な生乳生産が主体であった同国の酪農は、増産を推し進める中で生産性および品質向上に努めており、将来的には乳製品輸出国に加わってくる可能性がある。

1 はじめに

ブラジルでは、2000年代以降、世界の食糧供給基地としての存在感を増し続けている。同国の食料生産における過去の成長スピードを振り返ると、大豆やトウモロコシ、鶏肉などは2000年代以降、他国を凌駕する勢いで飛躍的な増産を成し遂げ、現在では国際市場で欠かせない地位を確立している(表1、図1)。しかしながら、乳製品市場におけるこれまでの輸出実績は限定的で、現在のところ純輸入国に位置付けられる。この背景には、2億人を超える人口を抱える中、ヨーロッパ系移民の食文化が広く根付いていて牛乳・乳製品消費が旺盛なことが挙げられ、生乳生産は増加基調にあるものの、現時点では国内需要を満たすまでにはわずかに至っていない。

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こうした中、当機構は、2017年3月に現地調査を行ったことから、本稿では、将来的な乳製品輸出国としての潜在能力は注目に値するものの、実態がさほど知られていないブラジルの酪農・乳業について体系的に整理した上で、課題や見通しなどを報告する。

なお、文中の為替レートは1米ドル= 112円(2017年5月末TTS相場111.96円)、1ブラジルレアル=35円(同34.52円)を使用した。

2 酪農の概況

(1)品種

ブラジルは、日本の22.5倍の広大な国土を有しており、様々な気候帯が存在する。南部3州は、温帯に属しているため、ホルスタイン種の飼養が可能であるものの、その他の地域の大半は、熱帯や亜熱帯気候などに属すため、牛には基本的に暑さとダニなどに耐え得る適性が必要となる(図2)。

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乳用牛の品種改良が本格的に始まったのは、NESTLE社など外国資本の大手乳業メーカーが進出し始めた1960年代とされるが、当時はギルやグゼラといったゼブー系の純粋種の改良が中心で、生産性の向上は思い通りに進まなかった。しかしながら、1978〜1988年にかけて、官民連携の下、粗放的な放牧飼育でも一定以上の生産性を保つ乳用牛の改良に取り組んだ結果、ギルとホルスタインの交雑が最も適していることが判明し、ブラジル発祥の品種ジロランド(ギルランドとも呼ばれるが、現地ではジロランドと発音されている)が誕生した(表2)。

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ジロランドは、雑種強勢により、熱帯適性を持ちながら、生産性も比較的高い。ジロランドは、1996年にブラジル農牧食糧供給省(MAPA)より正式に品種として認定されたため、改良研究の歴史が浅いが、品種改良などにより生産性も徐々に向上している。現在では、ブラジルにもっとも適合した乳用牛として認識されており、生乳生産の7〜8割程度がジロランドによるとされている。

品種別の飼養割合は公表されていないが、ブラジルジロランド協会(以下「ジロランド協会」という)によると、乳用牛の半数以上がジロランドで、このほか南部を中心にホルスタインが一定数いるほか、ジャージーやブラウンスイスもわずかに飼養されている。

コラム1:ジロランドの血統管理

 ジロランド協会は、MAPAが1989年にジロランドの普及と改良を目的としたジロランドプログラムをスタートするにあたり、血統登録業務などを委託すべく設立された協会である。ジロランド協会は、血統評価やデータベース化を通じて、ジロランドの後代検定において根幹を担っている。

 本部は、最大の生乳生産州であるミナスジェライス州のウベラバ市にあり、国内数カ所に支部を有する。収集した個体データ(親牛の登録番号など)を所有するデータベースに登録し、血統の評価・分析や、写真付きの血統書の発行などを行っている。

 血統登録されたジロランドには、耳標をつける必要がある。耳標番号は、数字4桁とアルファベット1〜3桁(A〜ZZZ)の組み合わせである。血統登録は、任意であり、現在までに161万頭が登録されている。

 ジロランド協会は、会員からの年会費(規模に関係なく年間一律700レアル(2万4500円))のほか、血統登録サービスなどの収入を元に活動しており、国からの補助金は交付されていない。2014年以降は、ジロランドの国際化を推進しており、中南米諸国やアフリカなどへの輸出の後押しや技術協力も行っている。なお、種雄牛や人工授精用の精液の販売は行っておらず、Alta Genetics社などの民間企業が担っている。

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 ギルとホルスタインそれぞれの遺伝子を持ち合わせていれば、交雑割合に関係なくジロランドとみなされる。ただし、ジロランド協会は、ホルスタイン5/8:ギル3/8の交雑割合が地域適性に優れ、最も生産性が担保されるとみなしている(コラム1−図)。

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 ジロランドの外見は、交雑割合が同様でも個体差がかなり大きく、ホルスタインの特徴が強い場合もあれば、ギル寄りの場合もある。外見の標準化は、これまでの研究では難しいとされ、これからの課題とされている。ジロランドの全ての個体に共通している特徴としては、熱帯種ならではの下がった耳の角度が挙げられる。

(2)飼養管理

乳用牛の飼養管理は、伝統的に粗放的な放牧飼育が一般的である。政府は1980年代に、増大する需要を受けて、米国を参考に飼料給与型の酪農体系への転換を検討したものの、コスト面から断念した経緯があり、以降、放牧主体の生産体系が続いている。

現在、濃厚飼料やサイレージなどを給与する補助飼料給与型の経営が一部で見られるものの、穀物生産が盛んだが土地に制約のある南部のほか、複合経営や資金力のある農家がさらなる泌乳量向上を図る場合に多く、全体から見ると少数派である。また、雨季は放牧、乾季は牛舎で飼養する者もいるが、生産性は高くなるものの多額の資金が必要となるため、現状では一部にとどまっている。

ジロランドは、粗放的な放牧のほか、集約的な穀物管理にも適合している。近年は、地価が上昇基調で推移する中、耕地面積の拡大が続き、相対的に草地面積は減少傾向で推移している。このため、酪農生産現場では、単位面積当たりの収益性を上げるべく、集約的な飼養管理が拡大傾向にある。ブラジルは広大な国土を有しているが、耕地面積の拡大や保全エリアの設定により、草地の確保が難しくなってきているという悩みがある。

(3)酪農現場の現状

国際酪農連盟(IDF)によると、2015年のブラジルの酪農家戸数(自家消費も含む)は、104万2342戸であった。現地聞き取りでは、2007年には140万戸程度であったので、戸数は減少傾向で推移している。1戸当たりの平均乳用牛飼養頭数は、20頭程度(1日当たり搾乳量200リットル前後)とされるが、小規模酪農家の廃業(異業種への転換)などにより、大規模化が進んでいる。

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ブラジル農牧研究公社(EMBRAPA)によると、主産地では、平均乳用牛飼養頭数は80〜100頭程度である。国内の上位10%の酪農家が、全体の4分の1の乳用牛を飼養し、3分の1の生乳を生産しているとされ、同国酪農の成長を牽引している。

酪農コンサルタント会社のMilkpointが毎年公表する酪農家の年間生乳生産ランキングによると、ブラジル最大の酪農家の1日当たりの生乳生産量は6万リットルを超えているほか、上位100者は同8000リットルを超える水準となっている。

今回の現地調査では、近年拡大しつつある穀物給与型の集約的な酪農経営であるBoa Fe農場(ミナスジェライス州ウベラバ市郊外)を訪問したので、以下のとおり報告する。

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Boa Fe農場は、現社長の父親が1959年に中国から移り住んで設立した会社(Boa Feグループ)の酪農部門で、現在は、(1)酪農(2)農業(3)食品製造の3部門を有している(表3)。ブラジルでは大規模かつ先進的な酪農経営に位置付けられる。搾乳牛を舎飼いで管理し、濃厚飼料を配合した飼料を給与することで高泌乳量を実現しているが、これにより生乳生産の季節性も抑えることが出来ている。なお、雌子牛は、カーフハッチで個別管理し、育成牛や乾乳牛は放牧地で飼養している。

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農場が位置するエリアは、年間平均降雨量が1850ミリメートルと多く、国内では牧畜に適した気候とされているが、乾季においては牧草の生育が悪くなるので、トウモロコシのサイレージなどの補助飼料を給与している。

課題としては、従業員1人当たりの生乳生産量が年間15万リットルと、欧州(同30万リットル)や米国(同50万リットル)と比べて低い水準にとどまっていることが挙げられた。これは、同国は労働者の権利が強く休みを多く確保する必要があり、結果的に従業員を多く抱えなければならないためだが、将来的には同25万リットルを目指しているとのことであった。また、育成牛の放牧地は、強い日照を避けるための日陰を作るべく植林をする必要があるとのことである。このほか、乾草の調達コストの低減も課題として挙げられるものの、自前で生産できないことから、引き続き悩ましい問題とのことである。

今後は、搾乳牛飼養頭数を現在の2倍程度の1000頭まで拡大すべく、コンポストバーン牛舎をさらに2棟建設する計画である。

(4)拡大する飼養管理「コンポストバーン」

EMBRAPAによると、コンポストバーンは、1980年代中ごろ以降、米国やカナダ、オランダ、イスラエルといった酪農先進国で定着し、2011年にブラジルでも導入された。コンポストバーンは、ユーカリやマツのおがくずまたは落花生の殻といった低コストで調達できる有機物を敷料として使い、一日2回20センチ程度をかくはんして牛床の適切な発酵を促す。なお、牛床の発酵を促すために湿度を下げる必要があり、扇風機を多めに設置する。こうして、12〜15カ月程度使われた牛床は、有機堆肥として直接散布することが出来る。

現在では、300戸以上の酪農家が同方式を採用するに至っている。EMBRAPAは2014年以降、熱帯におけるコンポストバーンの有用性に関する研究を進め、避暑性に優れ、集約的で生産性も向上することを実証しているが、建設コストもコンクリートや鉄骨などの資材を多用するフリーストールの半額程度で済むことから、今後酪農現場での導入が増える可能性が高い。

ジロランド協会のLeandro Paiva技術部長やBoa Fe農場のJonadan Ma氏によると、コンポストバーンには、フリーストールよりも乳量や繁殖率が向上する傾向があり、四肢の問題も少なくなることから、アニマルウェルフェアを考慮した生産性の高い飼養管理とのことであった。

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コラム2:人工授精(AI)の普及状況

 今回訪問した精液販売最大手のAlta Genetics社は、本社をカナダに構え、米国や欧州など世界90カ国で優良精液を販売している。同社はブラジルで、輸入精液の販売のほか、国内有数の生産性を誇る様々な品種(肉用種および乳用種)の種雄牛を所有して精液を製造・販売しており、2016年の販売本数は450万本であった。

 同社によると、乳用牛全体に占めるAI実施率は1割程度であるものの、近年AI用精液の売り上げが伸びている(コラム2−図)。その背景としては、同国では放牧地が広大で飼養管理が難しい上、熱帯種の雌牛は夜間に発情しやすい特徴があり労力が増えてしまうため、大農場を中心にホルモンであるプロジェステロン(1本当たり9米ドル(1008円)程度)を用いて、雌牛の発情を同期化して同じ日にまとめて人工授精を行う方法が普及しつつあることが挙げられる。人工授精の受胎率は、50%に達すれば良い方とされ、2回人工授精しても種がつかない場合は、種雄牛による自然交配、いわゆるまき牛での種付けに切り替えることが多いという。

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 同社は、精液の注文が入ると、顧客の信用調査を行った後、農場に7日以内に到着するように凍結精液を発送している。発送方法は、専門の輸送業者に委託し、保険を掛けた上でトラック輸送する場合がほとんどである。

 同社の担当者によると、乳用牛の生乳生産能力の7割は飼料によって決まり、残りの3割は遺伝によるという。種雄牛の能力は、生まれた子牛の能力より測定している(後代検定)。

 同社では、選抜された種雄牛について、ひん台ではなく雌牛を用いる横取法で精液を採取し、1頭当たり1回400〜800本分の精液を週平均2〜3回採取可能であるとしている。飼養しているジロランド種雄牛のうち、最も評価の高い個体の精液は、通常(通常牛1本18レアル(630円))の2倍程度の同35レアル(1225円)で販売されている。

 同社は、依然として純粋種を好む生産者も多く、また、ジロランドについては歴史がまだまだ浅いので遺伝的改良余地を残しており、現場での精液のパフォーマンスも安定していないことを課題としていたが、こうしたことからもジロランドの普及余地はまだまだ大きいと見ていた。

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3 生乳需給動向

米国農務省海外農業局(USDA/FAS)によると、ブラジルの生乳生産量は世界第6位で、乳用経産牛頭数が第3位に位置付けられる。ブラジル国家食糧供給公社(CONAB)によると、生乳生産量は2000年代以降、経済成長に伴う好調な国内消費に裏打ちされるかたちで順調に伸長したが、2015〜2016年は、主産地で干ばつが発生したことを受けて停滞した(表4)。過去10年間の輸出量を見ると、2008年には108万キロリットルを記録したものの、近年は国内需要量の増加を受けてわずかにとどまっており、現時点では輸入国として位置付けられる。

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なお、USDAの公表しているブラジルの生乳生産量は、連邦検査を受けた乳業施設で処理された生乳とみられる。CONABによると、ブラジルの2016年の生乳生産量は、3447万トンであったが、このうち、北部や北東部、中西部を中心に自給目的で市場に流通せず、連邦検査を受けた乳業施設で処理されない生乳が全体の3割程度あるとされる。

(1)月別の生産動向

ブラジル地理統計院(IBGE)が公表する月別の生乳出荷量の推移を見ると、乾季と雨季によって季節性があり、乾季で牧草の生育が悪くなる4〜6月ごろは、落ち込む傾向がある(図3)。特に、2016年は、エルニーニョ現象の影響で深刻な干ばつが発生したことを受けて、顕著な減少を記録した。

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ジロランド協会によると、フレッシュチーズや飲用乳の需要が年間を通じて堅調な中、以前は粗放的な放牧飼育がほとんどで乾季と雨季の生産量の差が大きかったが、現在は舎飼いや給与飼料に投資する酪農家が増加しているので、生乳出荷量のピークと底の差は、15%程度に抑えられている。ただし、経済発展が遅れ気味の北部や北東部では、粗放的な飼養管理が大半で、かつ、干ばつも頻発しやすいことから、依然として乾季における落ち込みが顕著となっている。

(2)州別の生産動向

IBGEによると、州別の生乳出荷量の推移は表5のとおりである。最大の生産州は、「宝石の鉱山」を意味する南東部のミナスジェライス州である。同州は、金鉱石が多く採れたため先に開拓が進んだが、耕地向きの平らな土地が少ないことから、酪農が定着したとされる。また、リオデジャネイロなど需要が見込める大都市に近いことも酪農の発展を後押しした。このほか、温帯に位置し、ホルスタインやジャージーの飼養が可能な温帯に位置する南部のリオグランデドスル州やパラナ州も上位に名を連ねている。なお、最大の生産市は、パラナ州のカストロ市である。同州は、補助飼料となるトウモロコシの生産が盛んであるが、農業協同組合の活動が伝統的に盛んなため、小規模な酪農家が多い。

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同国で酪農は、投資の回収には時間がかかるものの、コンスタントに現金収入を得られるため、成長産業となっている。

(3)生産者乳価の動向

乳価は基本的に、毎月、乳業メーカー主導で決定されている(図4)。2016年は、乾季に深刻な干ばつが発生した影響で、各社とも集乳に苦労し乳価を引き上げざるを得なかったが、2017年も前年より1〜2割高い水準で推移している。なお、用途別乳価は存在しておらず、単一乳価である。

酪農家と乳業メーカーでは、書面での出荷契約を結ばず、口頭契約に基づいた全量出荷が原則である。乳価の算定方法については、各社とも企業秘密であるため公表していないが、基本的には国内需給を考慮して基本乳価を設定した上で、(1)乳質(乳タンパク質、乳脂肪、細菌数、体細胞数など)(2)目標出荷量(3)工場からの距離(輸送コスト)(4)自社の財務状況、(5)他社の乳価などを総合的に勘案して、酪農家ごとに個別に設定されている。近年は、このほか、国際乳製品相場も考慮する乳業メーカーが増えてきている。

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乳価の設定にあたっては、伝統的に乳業メーカーの立場が強いので、結果的に様々な乳業メーカー側のコストを酪農家が負わされるという構造がある。例えば、乳業メーカーは酪農家に対して、優良の雄牛、搾乳の自動化、パーラーシステムの導入などを支援すべく低利融資を行う場合があるが、償還期間中においては、当該乳業メーカーへの全量出荷が課せられるため、乳価も割安に調整される場合が多い。また、全国農業連盟(CNA)によると、伝統的に小売(スーパーマーケット)や乳業メーカーの交渉力が強いことも、酪農家の増産意欲の妨げとなっている。

こうした中、乳業メーカー各社は、乳質の優れた生乳に対して、プレミアムを支払っている(表6)。(1)乳脂率(2)乳タンパク質率(3)細菌数(CBT)(4)体細胞数(CCS)の農家別数値を定期的に検査した上で、品質が良い場合は、加算額が支払われる場合が多い。

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また、乳業メーカーは、これら4条件の他に、抗生物質や酸度などを必ず検査し、不適合であれば受け入れを拒否する。酪農家から集乳する際は、タンクローリーで回収する前または後に抗生物質の残留などを検査する。抗生物質が検出されると、タンクローリー内の生乳は全て廃棄処分となり、費用は農家負担となる。集乳後、乳業工場に到着した生乳は、改めて検査され、品質が要件を満たしていない場合、基本乳価から減額される。

(4)生乳生産コスト

国際農場比較ネットワーク(IFCN)によると、2012年のブラジルの生乳生産コストは、乳牛の泌乳能力や草地生産性が低いことから、アルゼンチンやウルグアイと比べて割高となっている(図5)。また近年、生産性は向上しているものの、人件費も毎年改定されて上昇しているため、生産コストの低減はさほど進んでいないものとみられている。

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4 乳製品の需給動向

(1)生産動向

USDA/FASが2016年12月に公表した「Dairy:World Markets and Trade」によると、ブラジルの主要乳製品の需給は次のとおりとなっている(表7)。主要乳製品については、国内で全て賄えている状況ではない。

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乳業メーカーや関係団体の29社が加盟する「Viva Lacteos」(乳業協会に相当)によると、生乳の用途別仕向け割合は、年によって多少変動するものの、近年は、飲用乳、チーズ、粉乳・その他で、おおむね3分の1ずつである(図6)。仕向け割合で見ると、飲用乳では、パスチャライズド牛乳の割合は一定程度あるものの、大半はロングライフ(LL)牛乳である。LL牛乳は、超高温滅菌して無菌の容器に充填されたもので、常温で4カ月程度保存可能とされている(表8)。

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(2)消費動向

IBGEによると、ブラジルの人口構成割合(2010年)は、欧州系(約48%)、混血(約43%)、アフリカ系(約8%)、東洋系(約1.1%)、先住民(約0.4%)となっており、欧州系の血を引く人の割合が高い。様々な文化が共存する同国であるが、乳製品消費は、欧州系に限らず広く定着しており、同国の食生活には、肉やフェイジョン豆と並んで牛乳・乳製品も欠かせないものとなっている。

また、CONABによると、2016年の1人当たり牛乳・乳製品消費量(生乳換算)は、前年比0.8%減の172.2リットルとなった(図7)。同消費量は、景気動向にさほど左右されずに漸増傾向が続いてきたが、深刻な経済低迷に陥った直近2年間は微減が続いている。なお、アルゼンチンやウルグアイの同消費量は年間220リットル程度となっており、ブラジルにはまだ拡大の余地が残されているとの見方が強い。

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国土の広いブラジルでは、地域によって牛乳・乳製品の消費事情は異なっている。南部や南東部では、所得水準が比較的高い上、酪農の産地であることから牛乳やチーズの直接消費が中心であるが、酪農地帯ではない北部や北東部では、乳業工場との距離が遠く、輸送コストが高くなるため、粉乳の消費が多くなっている。

なお、学校給食での牛乳提供を全国で義務づけるという議論があるものの賛否両論があり、現時点では市単位の判断となっている。

小売店の販売状況を見ると、牛乳は、常温のLL牛乳が主に陳列されている(表9)。この他、乳糖を除去したラクトースフリーや栄養素が添加された機能性牛乳や乳飲料も多く陳列されている中、A型牛乳(5章の(4))やオーガニック牛乳もわずかではあるものの見かけられる。

チーズでは国産が圧倒的な売り場面積を誇り、多様な種類の製品が陳列されている。中でも、最も売り上げが多いとされるのが、ブラジル特有のミナスチーズ(コラム3)である。このほか、フランス産のカマンベールなども一部見受けられる。ハードチーズは、店内で量り売りされる場合が多く、キログラム単位で購入する消費者も見かけられる。

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なお、ウルグアイの「Leche tarifada」やアルゼンチンの「Precios Cuidados」のように、政府が牛乳小売価格を一定程度管理することはなく、自由競争の下で、商品の小売価格が決定されている。

コラム3:ブラジルの食卓に欠かせない「パォン・ジ・ケージョ」と「ミナスチーズ」

 ブラジルの乳製品消費スタイルの中で欠かすことができないのは、日本でもおなじみのPao de queijo(パォン・ジ・ケージョ)である。これは、もちもちとしたチーズパンで、同国における最も一般的な食品の一つである。主な原料は、牛乳、チーズ(ハードまたはフレッシュ)、キャッサバ粉、卵であり、作る人によって食感や味付けにアレンジが加えられている。

 また、同様に食卓に並ぶ機会の多いチーズは、ソフト系のミナスチーズ(別名:Frescalチーズ)で、1キログラム当たり生乳5〜7リットルが用いられる。ミナスチーズは、ブラジルで最も消費されるチーズとして、主産地ミナスジェライス州をはじめ広く製造・消費されている。みずみずしさが特徴的で、そのまま食べられることが多く、食感はカッテージチーズに似ている。日本では、群馬県の大泉町に製造している会社がある。

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(3)輸出入動向

ア 輸入動向

2000年代中ごろには、全粉乳など一部の乳製品で輸出量が輸入量を上回った時期もあったが、近年は、旺盛な国内需要に生産が追いつかず、全脂粉乳やチーズを中心に輸入量が増えている状況にある(表10)。国別では、アルゼンチン産やウルグアイ産が大半を占める中、チーズやバターは欧州産が一定程度輸入されている。

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イ 輸出動向

輸出は近年、全粉乳が大半を占めており、そのほとんどがベネズエラ向けである(表11)。これは、ベネズエラ経済が混乱しており、日用品、特に乳製品が足りない状況が続いている中、南米南部共同市場(メルコスール)加盟国間の取引としてベネズエラが石油を輸出する代わりに乳製品などの製品を仕入れるといった物々交換に近い実態があるとされる。

チーズについては、メルコスール加盟国のほか、ロシアやメルコスール加盟国以外の近隣諸国へも年間数百トン程度ずつ輸出している。しかしながら、総量はそれほど多くなく、近年はやや減少傾向で推移している。

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5 乳業メーカーの構図

ブラジルの乳業業界は、成長産業であり、業界内の競争も熾烈である。業界内では、部門売却がまとまりやすいとの話が聞かれるほか、外国資本による買収が画策されることもある。このため、ブラジル生乳生産者協会(Leite Brasil)が公表している乳業メーカー別生乳集乳量ランキングも、毎年変動する。2015年の1〜2位は大手外国資本で、国内資本で最も集乳量が多いのは、酪農協系の乳業メーカーのitambeである(表12)。乳業メーカーが酪農場を有し生乳を生産しているケースは少なく、大規模メーカーではほとんど見られない。

今回の現地調査では、国内資本を中心に、表13のとおり乳業メーカー4社を訪問したので、以下の通り報告する。

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(1)集乳量第3位で国内資本最大手のitambe

 酪農協系の乳業メーカーとして1960年に設立され、国内5カ所に工場を有している。現在は、中央酪農組合のCCPRと商系のVIGOR が株式を半分ずつ保有している。CCPR はミナスジェライス州西部の中央酪農組合で、傘下の組合32カ所の集荷や資材販売などを主に行っている。itambeの出資割合は、元は100%CCPR であったが、後にVIGOR に50%を売却している。

訪問したウベルランジア工場は、ミナスジェライス州の中規模都市ウベルランジア市に所在する。同工場は、輸出拡大を見越して2005年に建設され、主要製造品目は粉乳とLL牛乳である(図8)。

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2017年1月時点では、酪農家4600戸から1日当たりの平均生乳集乳量が592リットルに達していた。itambeのマネージャーが酪農家に赴いて関係を密に保っており、生産性と品質向上を図る活動や契約の透明化も進めている。

また、酪農家がコスト削減出来るように、スケールメリットを発揮すべく飼料原料をまとめて購入し、買値でそのまま卸している。この調達量は近年増加しており、中でもオレンジかすは、2014年の5700トンから、 2016年は2万4000トンに増加している。

このほか、知識や情報を酪農家に伝える部門では、itambe という情報誌を毎月6000 部発行しているほか、多様なソーシャルネットワークを用いて、酪農家や消費者へ情報を随時発信している。

現状は、国内向けの方が収益性が高いため、近年の輸出実績は、粉乳を南米諸国やアフリカ向けにわずかに輸出しているのみである。

(2)集乳量第6位のEmbare

1935年にサンパウロ州に誕生したキャラメルメーカーの流れを汲み、現在はミナスジェライス州に1工場(Lagoa da Plata工場)を有する。同工場は、単一工場として国内最大級(1日当たり最大230万キロリットル)の受け入れ能力を持つ。3交代制で24時間稼動しており、集乳車も随時受け入れている。 Camponesa という乳製品ブランドとEmbareというキャラメルブランドの2本柱を擁しているが、売り上げの6割は粉乳由来となっている。

健康志向の高まりで砂糖の消費量が減り続けている中、キャラメル需要も将来的に減っていく可能性が高いので、今後は機能性や付加価値を高めた乳製品に力を入れていく方針である。同国の乳製品市場が近年停滞する中にあっても成長を続けており、今後経済が上向いて消費増が見込めれば、新工場を建設したいとしている。

輸出志向が高く、日本を含む各国にキャラメルなどを輸出している。現在の設備の処理能力からすると短期的には増産が難しく、今後は市況を考慮しながらプロダクトミックスの最適化を進める方針としており、チーズとクリームチーズの生産を開始するほか、需要増加が見込まれるミルククリームの増産も図る計画である。

また、同社は雌牛育成・預託牧場を有するなど、酪農家との距離が近いことが特徴である。品種改良とキャトル・ブリーディング・ステーション(繁殖預託牧場)の役割を担う牧場を有し、自ら育成した雌牛は、主催するセリにより、平均6000レアル(21万円)で売却している。また、預託牧場としては、酪農家から若齢雌牛を受け入れ、300キログラム程度まで育成し、受精卵移植(ET)により妊娠させた後、酪農家に返却するサービスを行っている。ET用の受精卵は、ジロランドの優良牛から採取しており、2016年には同牧場で2100頭に対してETを実施した。このほか、草地改良や経営マネージメント教育も実施しており、酪農家の生産性と収益性の改善を後押ししている。

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(3)ウベルランジア農業協同組合(CALU)

ミナスジェライス州の中規模都市ウベルランジアに拠点を構える地域の酪農協系乳業メーカーである。54年の歴史があり、多様なチーズなどを生産しているが、その製品は域内で人気を博している。現在の組合長は酪農家のCenyldes Vieira氏が就いている。

生乳処理量は3〜4年前に1日当たり15万リットルに達していたが、現在は同7万リットルにまで落ち込んでいる。これは、過剰投資に伴う原資不足で財政状況が良くない上、不況下で銀行の融資条件が厳しくなり高い乳代を支払えないため、酪農家が出荷先を他社へ切り替える事態が生じていることによる。

現在新工場を建設中であるが、資金不足により工事が中断している。完成には、あと300万米ドル(3億3600万円)程度の資金が必要なため、パートナーを国内外から募っている。

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(4)A型牛乳を製造するagronelli

ミナスジェライス州ウベラバ市に立地し、隣接して酪農場を有する。この農場では、乳用牛をフリーストールで飼養し、集約的な管理で生産性を高めている。生産された生乳の多くは、外気に一度も触れずに搾乳場と隣接する生乳処理場に運ばれてホモジナイズされた後、72度15秒の殺菌を行い、「A型牛乳」(パスチャライズド牛乳)として出荷されている。生乳の一部は、ミナスチーズの製造にも仕向けられる。

A型牛乳の製造に用いられる生乳は、MAPAの規則に基づき、細菌数1万以下、体細胞数20万以下の条件を満たす必要がある。また、A型牛乳を製造する工場は、搾乳施設から瓶詰め施設までの距離が4メートル以内かつ、敷地内は舗装されていなければならないなどの厳しい要件があるため、全国に12カ所しか存在しないとのことである。

同社のA型牛乳は、ポリエチレン製の容器に入れられ、注ぎ口も密閉されることから、賞味期限が日本の低温殺菌牛乳より長い2週間となっている。しかし、LL牛乳よりは賞味期限がかなり短いことから、半径400キロメートル程度の範囲しか流通せず、サンパウロやリオデジャネイロといった大都市の店頭にはあまり並んでいない。小売価格は、品質を踏まえて、通常のLL牛乳の3割増し前後で取引されている。

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6 政府の酪農政策と今後の見通し、課題

(1)酪農政策の概要

MAPAは、2011年12月29日、生乳生産に関する品質の向上と近代化を目指した全国生乳品質向上計画(PNQL)のもと、大臣官房訓令62号(IN62)を制定した。これは、2002年9月に制定された同51号(IN51)を改定したもので、酪農家に対する近代的な機材と周辺機器(パーラーやバルククーラー)の整備や、搾乳、集乳と輸送に関する技術条件について、より高い目標が定められている(表14、15)。

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MAPAは、IN62の適切な実施・定着を図るべく、農業融資の金利補助を通じて酪農の生産性と品質の向上を支援する計画であった。しかしながら、現地関係者によると、表14の行動規範は順次対応が進んだ一方、表15の上限基準の達成はあまりなされていない。これには、高温多湿の気候や、飼養管理技術が底上げされていないためとされており、上限基準の数値はハードルが高いとされる。

ジロランド協会によると、IN62では、生乳成分の目標数値が設定されており、乳業メーカーも品質に基づいて乳価のプレミアムを設定しているものの、酪農家にとっては求められる要求が高い割に、インセンティブが小さくあまり魅力的ではない。このようなことから、乳業メーカーと酪農家は乳代の水準をめぐって対立関係になりやすく、出荷先の変更も頻繁に起きている。

なお、政府は、乳製品の消費拡大や輸出振興について、市場経済の原理に任せ、特段の措置を講じていない。政府が講じている補助は、酪農に限らず他の農畜産品も対象とした農業融資用の予算の確保のみである。この予算は、国営のブラジル銀行や社会経済開発銀行(BNDES)が提供する農業融資において、農業者が借り入れる際の利子を一部助成するための原資となっている。具体的には、訪問時の3月時点で、市中金利が12%台で推移する中、クレジットルーラル(農業信用)は8〜9%で提供されており、市中金利との差(3〜4%程度)を国庫が負担している。酪農家は、この低利融資を用いて、家畜や機材の導入、草地更新などを行うが、現在の高金利や不況に伴う審査厳格化が借入れのネックとなっている。

(2)今後の見通しと課題

MAPAは毎年7月ごろ、農畜産物の今後10年の長期需給見通しを発表している。2016年の発表によると、国内消費量が引き続き漸増傾向で推移し、輸出余力は限定的とみられている(表16)。これについて、現地関係者からは現実的な数値との声も聞かれた。

増産速度をより早めるには、酪農業界が抱える多くの課題の解決が必要とされる。現地調査で見えてきた主な課題を整理すると、表17のとおりとなる。課題は多岐にわたるが、問題意識は業界内で共有され議論が始まっていることから、今後の改善アプローチがカギを握るのは言うまでもない。課題の一つである酪農家の乳価交渉の弱さを裏付けるデータとして、IFCNは、2015年のブラジルの牛乳小売価格に占める酪農家の取り分(乳価相当分)は28.7%にとどまっており、日本(45.2%)や米国(40.3%)と比べて低く、乳業メーカーや小売店などの取り分が多いとしている。

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7 まとめ

ブラジルの牛乳・乳製品の需給の現状を鑑みると、旺盛な国内需要に対して、酪農現場は効率の低い経営が大方を占めていることから、当面は輸入国としての立場が続く可能性が高い。しかも、人口(2015年時点:2億784万人)は、2050年に2億4000万人に達するまで漸増傾向が続くとみられる上、主要輸出先であるベネズエラの経済が低迷していることから、現在のところブラジルの乳業メーカーは、収益性が良好で市場拡大が見込める国内向けを重視しており、輸出志向は限定的とみられる。

ブラジルが他の農畜産品同様に乳製品の国際市場でシェアを獲得していこうとするならば、官民連携で様々な課題を解決し、酪農家の増産意欲を後押しすることが必要となるが、現地では、すでに酪農現場を中心に生産管理の改善に向けた議論がなされており、生産性および品質の向上に向けた努力が始まっていることが印象的であった。また、政府は現在、外国人および外国資本の農地取得の上限緩和に関する議論を本格化させており、これが実現すれば、酪農に限らず農畜産物の成長を後押しする可能性がある。

酪農産業の特性と同国の気候を考えると、ブラジル酪農・乳業の今後の伸びについては、技術的な課題が多く予測は難しいが、他の農畜産コモディティで見せたように予想を上回って成長する可能性も捨てきれない。現在の主要乳製品輸出国の生産が天候に左右され、伸び代も限られる中、広大な国土と発展途上の技術ゆえに潜在的な成長を感じさせるブラジルの酪農・乳業は、長期的には成長が確実視されている。今後、同国の動向は、国際乳製品需給の変動要因として注目を集めることになるだろう。

コラム4:ブラジルの経済の現状と見通し

 ブラジル地理統計院(IBGE)は2017年3月7日、2016年の実質GDP成長率をマイナス3.6%と発表した。同国経済は2014年以降、汚職による政治不信などの問題が表面化するなどして急激に失速しており、2015〜16年は2年連続のマイナス成長となった。対内直接投資も前年比6.6%減の536億7300万米ドル(6兆113億7600万円)となり、現在は税収不足に苦慮している。

 2016年のマイナス成長には複合的な要因が挙げられるが、農業関連では、深刻な干ばつが発生し、トウモロコシなどが大幅な減産を記録した影響が大きい。これにより、畜産業などにも影響が連鎖した結果、同国経済の牽引役であった農畜産業はマイナス成長を記録することとなった。

 しかしながら、民間金融機関の予測を取りまとめた中央銀行の直近の週次レポート「フォーカス」では、2017年の実質GDP成長率をプラス0.4〜0.5%と見込んでおり、わずかではあるものの、プラス成長に転じると予測している。また、消費活動に悪影響をもたらしてきた高い政策金利(Selic)は、2016年9月時点の14.25%から段階的に引き下げられている(2017年4月12日時点では11.25%)。市場アナリストからは、2017年末までに8%台まで引き下げられるとの予想も聞かれ、これにより市中金利の低下も図られ消費活性化につながるとみられている。

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 しかしながら、ようやく不況期からの脱出が目されていた矢先の2017年3月17日に食肉不正問題(注)が発生した。これにより、重要な外貨獲得手段である食肉輸出の一部に影響が生じた。問題発覚直後、ブライロ・マッジ農牧食糧供給大臣は、前年の食肉総輸出額の7.7%に相当する年間15億米ドル(1680億円)程度の損失が出る可能性を示唆したが、政府が問題が確認された工場の操業停止や閉鎖などを行い、食肉検査プロセスの正常化および騒動の沈静化、国内外の信頼回復に奔走した結果、損失額は当初の見通しよりも少なくなるものとみられている。

(注) 同国の食肉加工業者が検査官に賄賂を渡し、衛生基準に満たない肉を国内外に出荷していた問題。


				

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